ヨコアナ
一日遅れの誕生日
「なぁ、今日ってお前の誕生日?」
「ふぇ?」
朝っぱらのまだハッキリとしない脳に普段は聞かない単語が入っていた
「誕生・・・日?」
「そ、誕生日だよ、知らないハズないだろ?」
そう言われて、顎に手をかけて少し考える
「誕生日だよな?」
ずいっと顔を寄せて聞かれて思わず黙りこんでしまう
「えー・・その・・・・」
「違うのか?」
すると心底残念そうな顔になる
「いや、大丈夫今日だよ」
慌てて肯定すると、ほっとした顔になった
「だよな!それじゃあなぁ・・・なにか欲しい物あるか?」
「欲しい物?」
「誕生日って言ったら、誕生日プレゼントだろ!」
拳を握り締めて言い切る様子がどこか子供らしくて笑ってしまう
「プレゼント・・・」
「なにか欲しい物あるのか?」
肩を掴まれて揺さぶられる
眩暈を覚えながらも今欲しい物を懸命に考えた
「欲しい物・・・欲しい物・・・・・・」
しかしいざ考えるとなると、中々浮かばないもので
「・・・・・ない」
「ないのか!?」
びっくりした顔をされる
「あるだろなにか!欲しい物が!」
「・・・・・ないや、ごめん」
「謝るなって・・・・」
がくっと頭を下げられてしまう
「じゃあ、じゃあな・・・行きたい場所は?」
物で駄目なら場所にしようと決めたのか、再び顔を上げて聞かれる
それでまた少し考えた
「・・・・・・・ない」
「な、ないのか!?」
さっき繰り返した事をまた繰り返していた
「ここ住み心地いいからさ」
「それは嬉しいんだけどよ・・・」
現在同棲真っ最中である
お互いに特に不満も無く、ただ毎日を平和に暮らしていた
「・・・仕方ない」
「?」
「今日一日、俺はお前が嬉しいと感じる事をしてやる!」
そう彼は天井に指を差し高らかに宣言した
「で、なにすればいいんだ?」
宣言してから五秒後、彼はこちらに顔を向けて聞いてきた
「え・・・と・・・・・ないよ?」
今日は二人とも非番であるため、暇な時間だけは有り余っていた
「洗い物とかあるだろ!」
「昨日寝る前にやっちゃったよ」
「・・・・・・」
「・・・そんなに落ち込まないで」
すっかりへこんでいる彼の頭を撫でる
「俺、なにすればいいんだ・・・?」
「いつも通りでいいってば」
笑いかけて彼を慰める
「だ、ダメだ!」
撫でている手を退けて立ち上がる彼
「とりあえず・・・朝飯作る!」
そのまま大慌てで台所の方へ向かって行ってしまった
僕はベットから抜け出すと、パジャマから普段着に着替えてゆっくりと彼の後を追った
台所へ着くと既に黒い煙が上がりはじめていた
彼はフライパンの中身を呆然と見つめている
「・・・僕がやるって」
幸いまだフォローの効く範囲だったため、すぐに食べれる状態までアレンジする
その様子を横から彼は感心したように見つめていた
「えーっと・・お皿お皿」
皿を取ろうとして棚の方を向くと、彼がすごい勢いで棚を開けた
「あ、そんなに強く開けたら・・・」
案の定皿が幾つか飛び出してきた
二枚を彼が受け止め、一枚床に叩きつけられそうな皿をどうにか掴み取る
「セーフ・・・・」
掴んだ皿に素早く料理を盛り付ける
彼はすごすごと飛び出した二枚を棚に戻していた
食事が終わり今度は皿洗いを始める
因みに食事中に僕が取ろうとした醤油を彼が取ろうとして
豪快にテーブルクロスにぶちまけてくれたため、洗濯物も増えていた
「俺が洗う!」
腕まくりをして流し台に向かう彼
程無くして焼き物が砕け散る音が部屋に響く
「大丈夫!?」
手を見ると、見事に指を切ってしまったらしく珍しくうろたえている彼が見れた
「消毒消毒・・・」
彼の指を取り水をかけてばい菌を洗い流し消毒液をかける
「絆創膏と・・・」
引き出しを開けて中から絆創膏を取り出した
「よし、完璧」
大きな彼には何だか似合わない可愛らしい絆創膏を張る
結局その後は僕がどうにか説得して皿洗いを代わり、割れた食器を片付けて洗い物を済ませた
その日夜まで彼は洗濯物に挑戦しては区別が出来なくて全部洗濯機に入れてしまったり
掃除機の袋を取り換える時に袋を破いて埃まみれになったり
布団を干そうとして、バランスを崩して僕を下敷きにしたりしていた
「・・・・・ごめん」
すっかり太陽も沈み、早めに寝ようと部屋に入ると彼が土下座していた
「俺、役に立ってないな・・・」
「そんなことないって」
何とか慰めようとするが、今の彼にはその言葉さえも辛いらしい
「ほら、もう寝ようよ」
先にベットに入り、手招きをして彼を誘う
渋々とベットに入ろうとした彼の動きが途中で止まった
「・・・どうしたの?」
ある一点に集中している彼の目を辿る、その先には今月のカレンダーが張ってあった
「あ・・・」
それで僕も彼がなにに固まっているのか気づいてしまった
今日は僕の誕生日でないことに
本当の誕生日は、昨日だったことに
彼の表情が、この世の終わりみたいになっていた
「・・・・・・・・・・・・すまん!」
ベットの上で彼はまた土下座をしてしまう
「昨日だったのか・・・誕生日まで忘れるなんて、最低だよな・・・」
本格的に彼が落ち込んでしまう
「そんな・・僕が言わなかったのも悪いんだし」
「お前は悪くない!」
彼が顔を一気に上げてそれだけは主張する
そして再び顔をベットに埋めた
「ごめん・・ほんとごめん」
ひたすら謝り続ける彼
僕は小さく溜め息をついた、それに反応するように同時に彼が震えた
僕が怒っていると思ったのだろうか
手を伸ばして彼の顎を掴む、身体がまた震えた
「ねえ、顔上げてよ」
「でも・・・朝、俺がお前に誕生日かって聞いた時お前否定しなかったよな?あれは俺のこと・・・・」
そこまで考えて、再度自分を責めてしまう彼
「もういいよ、誕生日なんて」
「よくない!」
彼は叫んだ
「俺は・・・・」
そうしてまた俯いてしまう
これでは埒が明かなかった
僕はがっしりと彼の両肩を掴んだ
「僕は怒ってないよ?どうしてそんなに焦ってるの?」
「俺は・・・お前になにもしてない、どこにも連れて行けなかった」
「そんなの仕方ないじゃん、忘れてたんだし昨日は忙しかったし」
今日が休みの分、昨日はそこそこに多忙だった
だからこそ、こういう事にはまめな彼がすっかり忘れてしまったのだろうが
「昨日じゃどうせどこにも行けなかったって」
「でも・・・せめて夜くらい食べにいけたりとか」
今からでも行けなくもないのだが、今日は僕の誕生日ではない
それでは彼が納得しないのだろう
僕は深く息を吸うと、彼の身体を自分の方へ引っ張る
「横になって」
「?」
不思議に思いながらも言う事を聞いて彼は横になった
丁度僕が膝枕をしている状態だ
「僕に言ったよね?欲しい物はないかって」
優しく、諭す様に語りかける
「今、僕が持っている物だけで、僕は幸せだよ」
そう言って彼を見つめる
同時に彼が驚いた顔をして、視線をそらした
「行きたい場所だって、君がいればいいよ、もちろんここだって」
彼が顔を横に向けてしまう、その顔を無理矢理こちらに向けさせた
「だからさ、そんなに落ち込まないでよ」
「・・・・・」
「誕生日は来年も来るって」
そう言って満面の笑みを浮かべる
それでやっと、彼のわだかまりが消えた
「・・・あ、でも」
「?」
「おめでとうっていうのは言ってほしいかな」
「あ・・・忘れてた・・・・」
今日一日、僕を喜ばす事にばかり気を取られてすっかりそれを言うのを忘れてしまったようだった
本当は、この一言を言ってくれた方が一番喜べるのだろうけど
「・・・・おめでとう」
「・・ありがと」
彼が起き上がって僕を抱き締める
その暖かさを直に感じて、安心する事が出来た
「あったかい」
そう言って僕も手を廻して力を込める
こんな一日遅れの誕生日なら
悪くないなと、声に出さず呟いた