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当たり前だけど中々気づかない事

「なんだよバカ!もう知らない!」
大声を上げると、部屋の扉を勢い良く閉めて走り出す
走り出した背中に相手の声が聞こえたが、全て無視をした

事の始まりは今から10分前
きっかけは何だったのだろうか
些細な事の様な気もするが
本当は大切な事だったのかも知れない
悪いのがどちらだったのかも思い出せなかった

知らない街の道を走った
この街にはつい昨日着いたばかりだった
涙が少しだけ出ていたが
風を受けるとすぐに乾いた
人通りの少ない場所を通ってどんどん進み
やがて原っぱの様な場所へ抜けた
其処には大きな木が立っていて
何処か、今走って来た街とは違う印象を受けた

木の下へと腰を掛けて背中を預ける
蹲って、さっきまでの事を思い出していた
「僕が悪い訳じゃない・・・はず」
無理矢理そう言い聞かせる
きっかけは・・・

「風邪大丈夫?」
確か、あの時は風邪を引いていた相手を気遣っていたはずだ
何も悪い事はしていない
「大丈夫だ」
「本当に?」
「大丈夫だ」
「でも、薬くらい・・・」
「大丈夫だって言ってるだろ!」
怒鳴られて、思わず身体が強張る
相手も悪いと思ったのかばつが悪そうな顔をしていた
「でも、やっぱり心配だよ・・」
その額に手を乗せて、熱があるかどうかを確かめようとするが
後少しという所で払い除けられてしまった
「触るな」
其処まで来て、僕の中で何かが切れてしまった
「なんだよバカ!もう知らない!」

「ただ心配だったのに・・・」
今も苦しんでいるのだろうか
症状は楽になったのかも知れないが何処か辛そうな仕草をしていたのが目に浮かぶ
払われた手をじっと見つめる
痛くはなかった、力なんてまったく入れずに払い除けたのだろう
その分胸から痛みを感じた
その場で、更に蹲った



部屋から飛び出したその人を追いかけて
今全速力で走っていた
何故あんな事を言ったのか
何故あんな事をしたのか
ただ、自分の風邪をうつしたくなかった
苦しむその人を見るのは耐えられなかった
だから、過剰に心配するその人に怒鳴ってしまった
差し出された手を払い除けた
とても悲しそうな顔をしていたのが目に焼きついた
だけど、こんな事になるのなら
あんな事をするんじゃなかった

「なんだよバカ!もう知らない!」
そう言った顔は悲しそうなんて通り越して
泣いていたのがはっきり見て取れた
早く探し出さなければ
許してくれなくても謝らなければ
しかし、何処へ行ったのかさえわからない
この街にはつい昨日着いたばかりだった
右も左もわからないままがむしゃらにただ走る
何処かで泣いてるかも知れないその人を探して
息を切らしながら走った


風邪を引いたのはつい三日前だったか
丁度、買出しへ出かけたのはいいが途中雨が降ってきてしまって
それでも自分は構わず走った
早く帰らないと、腹を空かしている事を容易に想像できていたから
止まっている宿へと帰ると驚いた顔をされた
自分の身体は酷く濡れていて、濡れ雑巾の様になっていたから
その人はすぐにタオルを差し出して、心配そうに見つめてきた
大丈夫だと言ってやった
無駄な心配は掛けられなかった
それが、次の日には足取りが覚束無くなっていて
無理をしてでもその街を出て今の街へと来たのだが
其処でついに風邪が悪化してしまう
その人は責任を感じている様だった
元々買い物へ行くのは自分では無かったのだが
その日は不運にもその人が転んでしまったために、代わりに自分が行く事になったのだ
足を痛めたその人を買い物へ行かせるという選択肢は自分に無いのはわかっていた
気にするなと言ったが、やはり何処かで気にしていたのだろう
この街に来てから、ずっと傍に寄り添って看病をしてくれていた
風邪がうつらないか何時も心肺だった
それで、ついに
「大丈夫だって言ってるだろ!」
思いっきり怒鳴ってしまったのだ
怒鳴られて、怖かったのだろうか
全身を震えさせて自分を見つめているのを見て不味いと思った
しかし、それでも彼は怯まないで自分の熱を計ろうと手を差し伸ばした
その手を、自分は払い除けたのだ
どんな気分だったのだろう
その時の悲しそうな顔
そのすぐ後の泣いていた顔
やっぱり、まだ頭から焼きついて離れない

街中を走り回っていると、やがて街を抜けた小さな原っぱへと出た
その木の下に、探していた人を漸く見つけた




原っぱにある大きな木の下で
探していた人は蹲っていた
少しずつ近づいて行く
どんな事を思っているのだろう
こっちを見たらまた泣いてしまうのだろうか
不安は尽きない
目の前に立ち、その人を見下ろす
しかし、その人は動かない
どうしたのかとその顔を覗いて見ると
寝息を立てている様子が見て取れた

「・・・寝てるのか」
目尻から少しだけまだ涙が出ているのが見えて
此処へ来てからも泣いていた事が容易に想像できた
手で顔を少し上げると、目尻に溜まっていた涙を指で払う
同時に、眠っていたその人はゆっくりと目を開けた


「・・・・・・あ」
最初はぼんやりと見ていたその目を見開く
「・・・・・・・もう、大丈夫なの?」
「ああ、もうな・・・」
そう聞くと、額へと手を伸ばす
今度は、払い除けられなかった
「・・・うん、熱も引いたみたい」
そう言って小さく笑う
「・・・ごめん」
笑っていると、相手から謝罪の言葉が聞こえた
「僕の方もごめん」
自然に言葉が出た
さっき、会ったら謝ろうと思い練習をしていたのだがどうしても言葉が出なかった
それをあっさりと言えた事に自分で驚く
それがおかしくてまた笑った
「帰ろうか」
「うん、でも・・道わかる?」
夢中で走っていたから、道なんて覚えていなかった
それは相手も同じ事らしく暫く考えた様な顔をする
「なに、夜までに帰れればいいさ」
「そうだね」


街へと戻りながら、さっきまで居なかった横にいる存在を確かめる
これが当たり前だと感じる様になっていた
看病されていた時、何処かで鬱陶しいと感じていたのかも知れない
当たり前じゃない事に気づいた今は、それも悪くないと思えた

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