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クリスマスの日に

窓の外を眺めて、僕は溜め息を吐いた
暖かな息がぶつかって景色を白くぼやけさせる
次には指を差し出すと白くなった所を触って慌てて消した
「んじゃ、先輩おつかれさまっす!」
「あ、おつかれー」
顔だけを向けると、既に帰り支度を済ませた相手が入口に立って手を振っていた
「もう帰るんだ?」
「何言ってるんですか、今日はクリスマス・・彼女と一緒に居てやらないと俺フラれちまうっすよ」
途中から半分ノロケる内容になって、両手を合わせて握り神に祈るポーズをしていた
「んじゃそういう事で、先輩も早く見つかるといいっすね!」
笑顔で手を振られて扉を閉められる
それを僕は苦笑いをしながら見送った
今日はクリスマス
恋人同士は今頃、あちこちで話に華を咲かせては何をしようかと考えているのだろう
実際、僕の働いているコンビニにもそんな客が何組も来ていた
僕はといえば、それを見て少し虚しさに包まれながらも
仕事だからと割り切って営業スマイルを浮かべていた
そんなことを考えていると店の扉が開く
新しいカップルが入ってきて、クリスマス限定の予約ケーキを求めてレジに並ぶ
慌ててレジにつくと確認をしてから奥の扉を開く
すぐにケーキの入った箱を見つけると、大事に抱えて持ち出した
ほんの少しでも衝撃を加えれば脆いケーキは崩れ去ってしまうのだろう
「お待たせしました」
ケーキを差し出すと、カップルが嬉しそうに笑っていた
ただ笑っていただけなのに、なんだか自分が笑われているかのような気分に襲われる
気のせいだと言い聞かせて代金を受け取るとそれも見送った
「はー・・・終わった」
夜が大分深くなった頃、僕は切り上げる
それに代わるように別のバイトが店の扉を開いた
交代する間際、お互いに苦笑いが零れた
「じゃ、頑張ってね」
相手に言っているのか自分に言っているのか、僕にはよくわからなかった
外に出ると途端に寒さに曝されて身体を震わせる
犬人の僕の尻尾が何度も上下に動いた
家に帰ろうとするが、街には幸せそうな人が溢れていて
それを見たくなくて人気の無い道を態々選んで僕は歩く
歩いていると、いくつもある住宅の庭では飾りつけられたイルミネーションが淡く光っていて
そのまま家に目をやると窓から楽しそうにはしゃぐ子供の姿が見えた
「・・・帰ろう」
吐き出した息は白くなったが、すぐに冷えて消えた


「ただいまー」
アパートに帰って扉を開く
どうせ誰も居ないことはわかっているのに、なんとなくそう声に出した
冷えた身体を少しでも温めるために暖房をつけると僕はそのまま布団の上に倒れ込んだ
無造作に腕を投げ出すと、どこかに投げておいたテレビのリモコンを探す
「あーもう・・・」
なかなか見つけられなくて、布団を思いっきり蹴飛ばして起き上がった
その拍子に布団からリモコンが転がって出てくる
それを乱暴に拾い上げるとボタンを押した
再び布団に包まってようやく光りだした画面を見つめる
外で見た光景が、ここでも見れただけだった
「クリスマスだしなぁ」
呟きながら適当にチャンネルを回すものの、どれも似たような番組ばかりで
極めつけにコマーシャルでさえクリスマスの歌を唄いはじめた頃スイッチを切るとリモコンを投げた
見えない場所でリモコンが落ちると何度か音を立てる、その後に小さな音がした
耳を澄ますと何かが転がる音がする、きっとフタが外れて電池が飛び出したんだ
「クリスマスなんてぇえぇぇ」
うつ伏せになって枕に顔を埋めながら手足をばたつかせる
楽しんでる奴らなんて
クリスマスなんて死んでしまえ
そう思ったが、次にはそんな虚しい事しか考えられない自分が情けなくなった
このまま眠ってしまおうかと考えたけど、どうにも眠れなくて
股の間から出した長い尻尾を抱き締めたり、いじったりして無駄な時間をただただ過ごした
それにも飽きて寝返りを打つと、丁度窓が視界に入る
何処の家からのものかもわからないイルミネーションの光が、窓とその周りをいろんな色で染めていた
起き上がると外を眺めるが、部屋が暖かいせいで窓が曇っていた
「・・・・・・はぁ」
何度目なんだろうと溜め息の数を思い返すが、数えるのも面倒に思えて
立ち上がると暖房を切ってようやく暖かくなった部屋を飛び出した
店から帰る時とは違う道で人込みの中をのんびりと歩く
予想していたとおりみんな幸せそうな顔だった
帰ろうかと思い直すが、それだとさっきとさっぱり変わらないことに気づいて足をさらに踏み出した
適当な喫茶店を見つけると中に入る
程無くして運ばれてきた熱いコーヒーを口に含んだ
口内から温かさが広がって、喉を伝ってそのまま下へ下へと伝わってゆく
不思議と安心して、少しだけ笑った

今までとまったく同じように窓から外を眺める
今までのどの場所よりも、幸せそうな光景が見れた
大分落ち着いたのか今は心が荒れることもなく、おかわりした二杯目のコーヒーを啜る
見つめる景色の中で、なにか妙なものを見つけた
「あれ・・・いつもの人だ」
行き交うカップルの中で、僕の方を見て手を振っているのは
いつもコンビニで買い物をしていく虎人の男だった
そういえば今日は見かけなかったような気が、する
他のヒトと待ち合わせをしているのだろうかとそれを見つめたけれど、いつまでもこっちに手を振っていて
まさかと思って手を振ると嬉しそうに顔を縦に振った
虎が足を踏み出すと僕に向かって走り出す
あと一歩というところで、蹴躓いたのかその身体が豪快にバランスを崩した
そのまま、僕の目の前にある窓ガラスに顔面を強打した
その瞬間のなんともマヌケな顔に僕は噴出しそうになるが、痛みに顔に当てていて手を引いた頃元に戻した
照れたように笑っているその顔に向けて、店の入口がある方向を指差した
頷くとそちらに周って、少し待てば目の前にその姿が現れる
「いや、偶然だな!」
相変わらず鼻を押さえながらそう言われて、笑いを必死に堪えた
傍に居た店員に注文を頼むとそのまま向かい側に虎は座った
「本当に、偶然ですね」
何を話せばいいかよくわからなくて、いつものように答える
支払いの時に彼とは二言三言話すことが多かった
「店員さんは暇なのかぁ?」
からかうように言われて、むっとする
その顔を見て察したのかなだめるように柔和に笑われた
それも、クリスマスという今の季節ではむかつくだけのような気がした
「ごめんごめん・・」
手を合わせてわざとらしく謝られる
溜め息を吐くと、残っていたコーヒーを口に流した
虎の元に頼んでいた飲み物が運ばれてくる
帰ろうとして手を上げた
そのはずだったのだけど、嬉しそうに飲み物を飲むその顔を思わず凝視する
「・・・すみません、おかわりください」
そう言って再び席についた
「実は俺も暇でさ、苦しいよなぁこんな日に一人ぼっちだとよ」
あっけらかんと言われるが、結構キツイことを言っていると思った
「でさ、物は相談なんだけどよ」
半分ほど飲んで、虎が大きく息を吐いた
「今日一緒に居ませんか!?」
吐き出された息から紅茶の匂いがした

三杯目のコーヒーを手早く飲み干すと代金を支払って外に出る
隣には、嬉しそうに空を見上げる虎の顔
それを見て頭を抱えそうになった
なにしてるんだろう僕は
さっさと家に帰って不貞腐れて眠っているべきだったのだろうか
「どっか行くか?まぁどこ行ってもカップルばっかだけどな・・あ、今は俺たちもか?」
うるさい程の声でそう言われて、本気で帰りたくなってきた
そんな僕の気持ちなんて知るはずもなく、どんどん先へと歩き出してしまう
放っておくのも悪い気がして結局僕はその隣を歩いた
帰りたいという気持ちが強くなる
このままさらに何かを言われたら死んでしまいそうだった
「・・手つなぐ?」
死んじゃう
声には出さなかったが、口がそう動いた
顔を見ると、へらへら笑った顔があって
返事をするより先に握られた
「うわっ、冷たいな」
そうやって驚く虎の手は暖かくて、それでいて僕より大きかった
街中を手を繋いで歩く
隣に彼が居るからなのか、さっきまでの寂しさは少しだけ小さくなった
「こうやって歩いてると、ほんとにつきあってるみたいだな」
他愛無い話をしている途中でそう言われた
「・・そんなんじゃないよ、絶対」
尻尾がうるさかった
彼はそれを聞いて寂しそうに笑ったが、また明るくなると突然手を引いた
「そうだ、あっちにいいところがあんだよ!」
急に引かれて倒れそうになりながらも、転ばないように気をつけてついてゆく
しばらく歩いていると、さっきまで賑やかだった周りが急に静かになった
どこかの公園のようで、そこかしこでは静かな空気に浸っていたいカップルが歩いていた
それを見てなんだか場違いな気分になる
「こっちこっち」
そんな空間を進むと、草むらの中に入る
「ほら、ここだ」
一度手を離して草を掻き分けると、彼が振り返った
そこに立つと僕は息を呑んだ
街中の景色が、ここから一望できた
「綺麗だろ?ただ危ないから気をつけてな・・」
真下は崖になっているのか、ほどほどに近づいて景色を見下ろす
どこまでも光が見えて、目を奪われる
「・・綺麗」
思わず出た言葉を聞いて、笑い声が聞こえた
その顔を見れば、なんだか自分も笑えそうな気がして
控えめに笑ってみた
徐々に彼との距離が無くなってゆく
二人の影が重なった


大きな窓から外を見下ろした
後ろから彼が僕を抱き締める
向き直すとお互いに見つめ合った
「あ、あの・・・ありがとう」
しどろもどろになりながらも言葉を吐き出した
それを聞いて眉が上がる
「本当はあのまま帰るつもりだったから・・」
目の前の虎と会わなければ、不貞腐れてクリスマスは終わったのだろう
そうならなかった今は、いつの間にか羨ましいと自分が思っていた状態だった
「いいって、俺も楽しかったからよ」
喫茶店で会った時と変わらない笑顔で言葉を返された
正面から抱き合うと、布団の上に押し倒される
一度強く抱き締められた
服を脱がされると、その手が入り込んで僕に触った
冷たさに目を見開くが、すぐに慣れた
体毛を撫でながら彼が顔を近づけると、キスをした



暖かい布団に包まれて目を覚ました
窓からは光が射していて神秘的な印象を受ける
身体を重く感じたけど、気にせず起き上がった
部屋を見渡したけれど彼の姿は見当たらなくて
脱ぎ散らかして布団の上に散乱している服にも彼の物は無かった
そのまま床に足を着くと机の上に一枚の紙切れが乗っているのに気づく
下手くそな字でありがとうとだけ、書いてあった
息を吐いた
溜め息なのかなんなのかは気にしないで服を着ると、部屋を出た
昨日の夜の人込みはなんだったのだろうかと思うほど朝の道は人気が無くて
彼が居なくなってからの久しぶりの寂しさを感じながら、家に向かった
家に着くと、床に転がっているリモコンと電池を見つける
はっきりとした溜め息を吐くと、それを拾って元に戻して
布団に包まってしばらくの間惰眠を貪った


窓の外を眺めて、僕は暖かい息を吐いた
白くなった窓を雑巾で拭くと、今度は窓に当たらないように吐いた
「先輩、おつかれっす!」
「おつかれさま」
いつも通りの時間に今日は帰るので、僕もそれに合わせて着替えてから店を出た
外に出ると鼻先に雪がひとつ落ちる
よく見れば、足元にも結構な量の雪があった
クリスマスの日から、数日が経った
あの日から虎とは会っていない
店にやってくることはなく
元々連絡先も何も聞いていなかったので、仕方なかった
あれはクリスマスで一人の寂しさを紛らわすだけの出来事だったと自分に言い聞かせて、僕は道を歩いた
家まで続く道を歩くと、今は雪と戯れる子供の姿が見えて
結局僕は一人ぼっちに戻ってしまったんだと虚しさが強まった
振り切るように早足で歩くと、アパートが見えてくる
階段を上って取り出した鍵を鍵穴に入れようとした
「おーい!」
声が聞こえた
なんとなく階段から下を見ると、少し遠くにあの虎が居て自分に手を振っていた
思わず鍵穴に鍵を入れたまま階段を下りる
雪を踏んでその姿を見ると、虎が走り出す
途中でまた蹴躓いたのかバランスを崩すが、今度はなんとか耐えてみせた
顔をあげるとにっこりと僕を見て笑う
「また会えたな」
そう言いながら距離が縮まった
自然と、僕の顔にも笑みが浮かぶ
「あのさ、言い忘れてたし今更なんだけどよ・・・」
伝えたいことがあるのだろう、一度深呼吸をしていた
僕も、伝えたいことがあった
「つきあぶっ」
その顔に雪玉が当たった
他でもなくたった今僕が投げた物で
「痛い・・・」
目にも入ったのか、慌てて顔を振って雪を飛ばしていた
その間に僕は彼の前に辿り着くと真似をして深呼吸をした
「・・つきあってください」
彼より先に言ってやった

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