ヨコアナ
暗殺契約
目の前で倒れている身体を、黙ったまま俺は見つめた
その身体からは体温が徐々に失われて、冷たくなっているのだろう
布を取り出すと、手に握り締めた刃物から血を拭きとった
辺りに証拠を残していないことを確認すると、その場から足早に立ち去る
透明な水の中に、赤が混じる
手にこびり付いた血を落としているところだった
慣れたとはいえ、血はそう簡単に手から離れる事はない
況して、見かけは誤魔化せても鼻には臭いがまだ届いてくるのだ
それも出来るだけ無くす様に乱暴に手を擦った
ある程度洗い終わると、立ち上がり遠くを見つめる
血の混じった川は最初赤かったが、流れるにつれ再び元の透明さを取り戻していた
其処からも立ち去り、町の中へと訪れる
人込みの中を掻き分けて進むと、大きな建物が見えた
その建物を見つめながら、黙って右手を差し出す
傍から見れば怪しい人物にしか見えないと、何時もそう思うのだが
それでもそのまま目を瞑り待てば、何時の間にか俺の手の中には報酬の金が握り締められていた
俺がするのは、依頼人から命令を受けて誰かを手に掛ける殺し屋だった
そして、今音も立てずに俺に報酬を渡したのは依頼人からその手の仕事をまた別に頼まれた運び屋なのだろう
殺し屋を警戒して、間にまた誰かを挟むという依頼人は多かった
「顔も見せねぇか・・・」
軽く溜め息を吐いてから、帰路に着く
今日の仕事は済ませたし、まだ完全に身体から血を消し去ってはいない
長居はどう転んでも良くなかった
住んでいる住居に着くと一度その前で立ち止まる
この中の安部屋を一つ、借りていた
仕事をする以上、家は必要だが嗅ぎ付けられた時のために何時でも引き払える場所を選んでいた
扉の前まで辿り着くと、隠し持っていた鍵を取り出して鍵穴に差し込む
そのまま手を捻れば、難なく鍵は開いた
扉を開けると同時に、不意にその隙間から折りたたまれた一枚の紙が飛び出して落ちる
それが地に着くよりも先に素早く拾い上げると、広げて中身を確認する
「次の仕事か・・・」
呟きながら部屋の中に入ると、ゴミ箱に紙をそのまま捨てる
依頼を断る訳ではない、紙に書いてあるのは俺の名前と僅かな雑談の様なものだった
それが依頼が来たという証で、後日予め俺が公表している幾つかの場所に行くだけだ
残りは会って話をしてからという事になる
もっとも、依頼人本人が来るのは稀でそれもどうでもよかったが
考えながら服を選び出すと、次に乱暴に身に着けている服を脱いでゆく
すぐに裸体になると、特に気にもせずに廊下に出て歩いた
脱衣場の扉を開けると傍に服を置き、汚れた服を幾つか取り出して見つめた
「・・これは駄目だな、血が付いちまってる」
上着の一枚に血が残っていて、思わず舌打ちが漏れる
血はなかなか落ちない、その上処分するにも手間が掛かるからひたすら面倒だった
だから、相手を殺す時は後ろから近づき首に手を伸ばしてから喉を切り裂くのを俺は好んでいた
好むという言い方はおかしいのかも知れないが、その後の手間を考えれば俺は確かにそれを好んでいるのかも知れない
駄目になった服を別の場所に置くと、今度は鏡で自分の裸を見つめて血が付いていないか確認をする
幸い手首にまだ微かに残っているだけで、仕事は充分な成功を治めていた様だ
服の残りは床に落として、そのまま浴室へ今度は赴いた
シャワーを出すと、それを一身に受け止める
全体を軽く濡らすと、今度は細かく身体を洗いはじめた
顔から始まり、其処から徐々に下へ下へと手は滑り落ちてゆく
その途中で、股間に辿り着いた手が熱くなっているペニスに触れた
思わず顔を下ろして、呆然と見つめる
湯の音だけが暫く浴室に響いていたが、その内何も無かった様に俺は作業を再開させた
月明かりを浴びながら、その元である月を見上げた
こういった月光の強い日は、暗殺には向かない
昼間より人気は無く、その癖光に照らされたまま動くと非常に目立つ
だから、殺し屋はこういった日は避ける傾向にあった
これからするのはただの契約の話だから、あまり気にせずに俺は歩く
公園の入口に、立ち竦んで辺りを見渡した
予定していた時間よりも早めに来たからか、依頼人の姿は見えない
それで良かった、先に場所を取り妙な細工がされていないかを見る必要がある
何より無関係の通行人が居ると邪魔だった
自分が一人きりなのだということを確認すると、傍にあった椅子に座った
服装はとにかく目立たない物を着ていて、ただの一般人にしか見えないだろう
もっとも、こんな時間に公園に座っている男なんてどんな奴でも怪しいだけだろうが
そんな風に、暇を持て余していた時だった
何時の間にか公園の入口に見慣れぬ姿が見えた
現れた姿を一瞥するが、すぐに俺は視線を逸らして気配を消した
ただの子供だった、大方非行に走っているか何かなのだろう
それ以上に走っている俺が言うのも何だが、構わずに遠くを見つめた
下手に見れば絡まれるか、それは無くとも怪しまれてしまう
そうなっては一度退散し、日を改めるしかなかった
「あの、殺し屋さんですよね?」
傍を、子供が通り過ぎるのかと思った
目の前に歩いてきていた子供が声を出し俺に話し掛ける
それに俺は暫くの間固まっていた
「・・・・・・・・お前が依頼人なのか?」
または、仲介人か
「はい、依頼人です」
そう言って子供は笑うと俺の無関係な相手であって欲しいという願望を見事に打ち砕いた
目の前に佇む子供を見つめる
まだ少年の犬人で、狼の俺と並ぶと兄弟か下手をすれば親子と見られかねない容姿だった
「先に確認させて貰う、冷やかしなら俺は帰るぞ」
冷たく睨みながら脅す様に言葉を吐き出した
下手な事を言えば殺す、という事は流石にしないが
大抵の相手ならこれですぐに本題に入る事が出来る
少年はただ笑って、逃げもせずに頷いた
それに俺は内心怯む
この歳で相手が殺し屋だと知り、更に睨まれているのに逃げる事さえしないのだ
それで、冷やかしではないのだと理解した
「・・・そうか、依頼を聞こう」
本気なら、俺は子供が依頼人でも構わなかった
金さえ貰えればそれでよかった
「ありがとう、それじゃ依頼を言うよ・・・殺してほしいのはね・・」
俺が手を出す気が無いのを見透かしているのか、子供は砕けた言葉で話しはじめる
それに若干苛立ちを感じながらも黙っていた
突然、子供が右手で人差し指を作る
作った直後に、それは子供自身に向けられていた
「僕」
俺の考えていた全てが、一瞬にして吹き飛んだ
「・・・・帰るぞ」
立ち上がり、背を向けて歩き出すと同時に腕が掴まれる
「冷やかしじゃない」
それを聞いて、盛大に溜め息を吐いた
「詳しく、聞かせてくれ」
今は、そう返すのが精一杯だった
椅子に座り直し、隣に座った子供がぽつぽつ話す言葉を黙って俺は聞いていた
「僕の両親・・・今は居なくなっちゃったけれど、僕にお金だけは残してくれて」
最初の苦労話の様な話が終り、続けて言われた言葉だった
「だから、この依頼のお金の心配はしないで、いくらでもあるから」
微かに自慢された気がするが、自分を殺してほしいと言われた後ではそれも頭の中を通り過ぎてゆくだけだった
こうして話を聞いているのは、単に興味本位という部分が大きかった
自分を苛める気に入らない奴を殺せとか、そういうくだらない話だったら
さっさと帰るか、引き止められた瞬間に殴り倒して終わりにさせるのだが
子供の言葉がいつまでも気になって結局残る事になっていた
「でも・・お金が僕の物になってから、周りに変な人が来るようになって・・・」
よくある話、なのかも知れなかった
まだ若い子供から金を騙し取ろうと企む連中が連日押し寄せては、すっかり疑心暗鬼になってしまったという
頼りだと思っていた友人、知り合いその他全ても今は遠巻きに見るだけか
それでなければ、押し寄せる害虫の群れに混ざっているかだった
「もう、疲れちゃったから・・・だから、お願い」
一通り話を聞き終えて、最後の言葉がそれだった
「持ってる金、どうにかできないのか?寄付したり誰かにくれてやるとか」
そう助言をしても、首は横に振られた
「そういう所の周りに、いつも人が居て・・近づけないよ、信用してお金を渡せる人もいないし
今日は何とかここに来られたけれど、次も来られるかはわからない」
見張られているという事は、それだけの額なのだろうか
それは一先ず後回しにする事にしたが、確かにこの程度の事で済むなら既に問題は解決していて
態々俺に殺してください、なんて言いに来ないのだろう
「しかしな・・・俺に、依頼人を殺せっていうのか?」
何処でもそうだが、依頼人を裏切る様な奴は信用されずその場を過ぎても後で滅びが待っている
況してや殺し屋が依頼人を殺すのだ、そんな事が知れたらどうなるか予想はついた
「依頼人が指定したのが自分自身なら、殺すのと同時に依頼も成功なんだし・・・大丈夫、だよね?」
子供の方も其処のところは知っていたのか、問い掛けてくるが
俺にはなんとも答えにくい問題だった
俺自身がそれはいいと答えても、評価するのは周りなのだ
少なくとも今までとまったく同じ様に仕事が取れるという事は無くなるだろう
話し終えたのか、今は黙ったまま俺を見上げていた
それに俺はどうしたものかと考え込んでしまう
はっきり言えば、気の毒だと思う
殺してしまえば、金も貰えるのだから俺にとってはいい話だ
考えを纏めると、俺は子供の喉に手を伸ばした
「よし、これで契約完了だ」
子供に書かせた書類を預かり俺は頷いた
俺が子供を殺す事で、一部の金は俺の物になる
今は主になった子供の家の中に俺は居た
あの後、すぐに子供を殺した訳ではない
第一契約を完全に交わしていないし、金の用意もまだしてもらっていない
脅しとして喉に手を伸ばしたが、何も言わずにその瞳は俺をまだ見ていた
それで根負けしたのは俺で、暫く様子を見る事にした
幾ら金で人を殺す俺でも、子供の殺しだけは慎重に事を運ぶと決めていた
それが依頼人なら尚更だった、何時考えが変わるか分かったもんじゃない
契約書に名前はラルスと記入されていて
そのラルスは交わされた契約に満足そうに笑っていた
これから殺される奴の顔には、とても見えなかった
「この紙に書いてあるシアンって、本当の名前?」
俺が書いた名前を指差して、ラルスが問い掛ける
契約書自体には互いの名前をしっかりと書かなければならない、これは以降厳重に保管して誰にも見つからない様にする物だった
「いや違う」
「偽名?」
「それも少し違うな、殺し屋としての名前みたいなもんだ」
「本当の名前は?」
「さあな、忘れた」
長い間、この名前を名乗っていたからか
本当に自分の名前が思い出せず、何時しかそれを気にする事もなくなっていた
「・・・とにかく、暫く俺は様子を見るぞ」
ラルスの状態をよく見ておきたかった
それで俺自身が殺したいと思えば殺せばいいし、無理なら早々に切り上げればいい
殺し屋としての名前に傷は付くが、依頼人を殺したなんて言い触らされるよりはずっとマシだ
「帰っちゃ駄目だよ」
席から立ち上がり、今日のところはこれで帰ろうとした身体が引き止められた
「ここに居て、ちゃんと殺してくれるんでしょ?」
「・・・そりゃお前次第だが、それとは別に俺が此処に居る理由はないな」
必要なら、朝ラルスが気分良く寝醒めを迎え外に出た瞬間に永遠の眠りにつかせてやってもよかった
だが、まだ俺は決めかねているのだ
「理由ならあるよ、ちゃんと契約書見てよ」
言葉に、手に持っていた契約書を広げて中身を確認した
最初の部分は何時も俺が見ている物と変わらない、ただ依頼人の名前が違うだけだ
しかし途中まで呼んだところで、俺は思わず声を出した
「・・・なんて書いてある?」
「暗殺者は対象を殺すまで、常に対象に目を配れる位置に居ること」
「だよね、なら居てくれなくちゃ」
「何時書いたんだ・・・?」
俺が書いた記憶はない
ならば、書いたのは間違いなくラルスだ
可愛いさを見せつける仕草で、ラルスがまた笑った
肩の力が抜けるのを感じたが今更どうにも出来なかった
この紙を破り捨てる事など、あってはならないのだから
子供だと思って、完全に油断していた
ラルスの家に居る事になってから俺が考えたのはとにかくそれだけだった
少し目を離した隙に、ラルスにとって条件がいい様に書き換えられていたのだから
とは言っても別に俺から金を毟り取るだとか、そういう物ではなかった
ただ、ラルスに目を配れる位置に居る事
それでいて依頼者でもあるラルスが声を掛ければ、それに答えなくてはならなかった
奇妙な生活が始まった次の日だった
「おはよう、シアン」
朝起き上がれば、ラルスが食事を作って俺を待っていた
起き抜けの生気の無い顔を俺はしているのだろう
商売柄夜に活動する事も多いし、慣れない場所で熟睡など殺し屋としてはありえない事なのだ
それでもこの家は何時も死線を掻い潜る生活を送っていた俺には、少し場違いに感じられた
席に着くとラルスの作った食事を口に運ぶ
美味いとは言い難いが、今も懸命に調理に熱中しているところを見るとこれで精一杯な様で
知り合いの手作りを食べる事など無い俺は、多少の事には目を瞑ってただ黙々と食事を続けた
ラルスの相手は、特に辛くはなかった
朝食を共に食べて、食休みを共に過ごし、ラルスが話はじめれば相槌を打つ
昼食を食べて、夕食を食べて、風呂に入り言葉を交わしてからそれぞれの寝具に身を沈める
当たり前の生活だったが、依頼に日々を忙殺されていた頃と比べると
随分と生活が変わったのだと、眠る前に考えた
ただ当たり前の生活として少し違うのは、余り外に出ない事で
ラルスは、自分に会いに来る者と会いたくないのだろう
その全てはラルスに会いに来るのではなく、金に会いに来ると表現しても差し支えのない者なのだから
それでも食料の買い足しが必要になると、俺が窓から一度外に出て周りに人が居ないのを確認してからラルスを外に出していた
日々を過ごしてゆく中で、俺はラルスが殺すに足るのかを考えていた
目の前に居るラルスは俺には明るく振る舞い、何も考えていない様に見える
それでも初めて会ったあの時の顔を思い出せば、やはり判断は決めかねたままだった
結局、ラルスに話掛けられてその考えもまた後にしようと、後回しを続けて日々が過ぎてゆく
そんなある日だった
ラルスが何時もよりも、更に機嫌良さそうに俺を起こしに来る
「今日はね、約束があるんだ」
詳しく話を聞くと、遠い親戚から連絡があったとの事だった
最初はまた金の話だろうとラルスも乗り気では無かったのだが、そうではなくラルスの両親が亡くなった事についての話で
ラルスが相続した遺産で困っていると聞いて、励ましの言葉も述べてくれたのだという
これからその相手と会う事になっているらしく
漸く自分と話をしてくれる相手が現れたのだと、本当に嬉しそうだった
俺は、それで少し助かったとも思った
ラルスが話せる相手は今のところ俺しか居ないのだ
依頼人の言葉だから、俺はラルスがどんな事を言っても答えなければならない
それに付き合うのは嫌ではないが、それでも時々他の奴にも話して貰う事は大切だと思っていたのだ
所詮、俺はただ雇われただけの殺し屋なのだから
何時も通り俺が先に外に出て、人が居ないのを確認するとラルスを呼んだ
そのままラルスを連れて親戚との待ち合わせの場所へと向かう
辿り着くと、俺は入口で待ちラルスは一人で入っていった
日が傾くまで其処でただ黙々と時間を潰す
ラルスが帰ってきたのは、空が半分夜になった頃だった
その顔はやはり笑っていて、肩を押すような事を言われたのだろう
「あ、そうだ」
帰り道の途中、ラルスが声を上げた
「どうした?」
「ちょっと買い物行ってくるね、シアンは先に帰っててよ」
「一人で平気か?」
「大丈夫、それにずっと待たせてたしね・・・今日は、美味しいもの作るよ」
そう言ってラルスは姿を消した
後姿を俺は見送った後、空を見上げる
「何やってんだろうな、俺」
本当に殺し屋だったのかと、長い時間続けてきた稼業を疑っていた
殺し屋がただ休みを取り、休むのとは違うからこんなにのんびりと時間を過ごしていた
ただ休むだけなら、それが過ぎれば深手を負ったのかと見られかねない
仕事の依頼に響くし、同業の中でも特に殺しを好む連中まで呼び寄せる事になる
もっとも、其処までして俺を殺しに来る奴も滅多に見ないのだが
ラルスを見ているとそんな血に塗れた場所を暫く忘れる事が出来た
ラルスの消えた道を見る
其処に、怪しげな男達が入っていく姿が見えた
「・・・・・?」
最初は、ただ気になっただけだったが
その動きに、似た様な臭いを感じ取って俺は走り出した
嫌な予感がした
腕の中で、ラルスが震えていた
予想していた通り、男達の狙いはラルスで
どうやら、ラルスが一人になる機会を見計らっていた様だった
追われていたラルスを間一髪のところで助けだし、そのままラルスを物影に隠れさせてから全員を始末する
殺し屋同士が争えば、どちらかが深手を負いどちらかは死ぬ
それは大体決まっていて、だから普通の殺し屋は殺し屋同士争わない
死ねばそれまでだし、深手はさっき考えた通り仕事に響くと妙な相手を引き寄せる
俺だって、殺し屋同士の争いには興味が無い
しかし、男達が狙っているのは俺の依頼人であり標的だった
契約内容は俺が依頼人を殺す事だ
俺がそれを遂行する前に、依頼人を殺されては契約は途切れる
依頼人が殺されれば依頼はそれまでだし、標的を誰かに取られたら失敗だ
だから躊躇なく全員始末した
元々、ラルスを追い詰める途中で人通りの無い場所に居てくれたのは好都合だった
流石に返り血がどうだと考えている余裕は無かったが、一人一人確実に絶命させて掃除を済ませる
刹那、胸を抉られる様に斬られたが痛みを無視してそのままその相手も始末した
胸を抑えながら座り込み、余った片腕でラルスを抱き締めていた
「悪い、一人にさせたな」
標的の傍に居るという決まりを破った事になる
ラルスは、首を何度も横に振って泣いていた
ラルスが泣き止むのは早かった
泣くよりも、俺の治療を優先したのだろう
家に帰りすぐに手当を施された
幸い大分血は失ったが、致命傷とは言えず
今まで負ってきた傷と変わらずに処置をした
「ごめん・・・なさい」
斜めに包帯を巻いた俺を見て、ラルスは謝った
「気にするな、お前は依頼人なんだ」
仕事を遂行する上で、ただ必要なだけだ
「それよりも、もう昼間の奴には会うな」
「・・どうして?」
言うかどうか迷ったが、安全のために俺は言葉を吐き出した
「あの男達は、待ち合わせをした建物から出てきた」
言いながら、俺は服を着て部屋を出た
背後でラルスが椅子に座る音がした
その内また、すすり泣く声が聞こえた
「ひああっ!!」
ラルスが悲鳴に近い声を上げて、胡坐を掻いて座る俺の上で身体を仰け反らせる
俺は黙ったまま、ラルスの直腸に固くなったペニスを突き入れた
部屋に戻り数時間が経過した頃、扉が叩かれラルスが部屋に入ってきた
そのまま、ラルスは服を脱ぎ俺の前に裸体を晒していて
特に何も言わず、ラルスの身体を引き寄せてそれを乱暴に犯していた
こんな事が無かった訳ではない
依頼を済ませた後に、依頼人が金を渋り代わりに足りない金と一緒に女を寄こす事は多かった
何も言わず受け取るが、俺の弱みを見つけるための可能性も否定出来ないため
何時も目隠しをし、何も解らぬ様にしてから俺はただ穴に突っ込んでいた
妊娠を避けるために、射精をする時は引き抜いてから自らの手の中に吐き出す
種を拭き取ったら再び挿入し、気絶するまでそうしていた
用が済めば、身体を綺麗にしてやり後日人込みの中で目隠しを外し解放してやる
その時に振り返るなと念を押すが、振り返った何人かをまた殺した事もあった
「あぅぅ!!!!」
もう一度突き上げると、泣きながらラルスは喘いだ
依頼人のラルスの前では、面倒な事をする必要はない
ラルスが俺の身体を求めるのなら黙って犯してやる
どちらかと言えば、ラルスはただ申し訳なくて自分でいいのならと俺に自らを差し出している様なのだが
この際、細かい事を気にはしなかった
まだ幼いラルスの身体は、成人した俺のペニスを迎えるには辛い
それが俺には異常な程の刺激を加えて、ラルスには痛みを与えていた
それでもラルスは引かずに俺を求めていて、それに応えるべく俺も容赦はしない
「ひっ、うあぁ!?」
完全に悲鳴にしか聞こえない声だった
ひたすら勃起したペニスを奥までぶち込んで、引き摺り出したところでまた突き入れる
ラルスには拷問にしか感じられないかも知れない
「うぅっ・・」
俺が時折漏らす声に、ラルスは敏感に反応を示した
それで喜んでいるのだろうか、締め付けは強くなってゆく
「ぐっ、ううっ!!!」
小さな身体を抱き締めてから、呻いて俺は絶頂を迎えた
ラルスと暮らす前までは忙しさで
ラルスと暮らしてからは一日中傍に居るために出来なかった射精だった
大量の精液が、ラルスの身体に注がれてゆく
既に全てが入っているのに、まだ奥があると言わんばかりに俺は唸りながら何度も腰をラルスにぶつけた
自分の動きが、止められそうにない
今までに経験した事の無い程俺は欲情していた
今のラルスなら俺に殺されるどころか、俺を殺せそうだとそんな事が頭を過った
当のラルスは俺の吐精を感じているのか、尻尾の先まで力を無くした様に俺に身体を預けていたが
時折小さく声を上げると、強請る様に腸内に入りきったペニスを締め上げていた
それを喜ぶ様に、輸精管を通った俺の精液がまた鈴口から飛び出しているのだろう
暫くの間、俺は抜きもせずにその感覚を味わった
互いに息を整えた頃、ラルスが顔を上げて俺の身体を見る
背後からの止めを狙う事の多い殺し屋は、却って其処を突かれる事もある
まだ駆け出しだった頃に受けた傷は生々しく、今日新しく受けた傷の周りに居座っていた
傷が無ければ、鍛え上げられた筋肉に回りは称賛でも送るのかも知れないが
傷だらけの身体は、俺にはただ醜いだけにしか見えなかった
身体の傷にラルスが手を伸ばして、何度か撫でる
「痛い?」
「いや・・・」
跡が消えないだけで、痛くはなかった
昔の傷が痛むと、そんな年寄り臭い台詞を言う程長生きもしていないし出来るとも思っていない
ラルスの手が、包帯に添えられる
「・・怖かった」
言いながら、ラルスは俺の身体に頬を寄せた
「狙われてるってわかって、怖かった・・・」
俺が、ラルスを見る目
ラルスには優しい目に見えるのかも知れない
あの男達の目は、獲物を見つけた目だ
同じ殺し屋で、同じ相手を殺しに来ている
それなのに、ラルスは俺に身体を預けているのが不思議に感じられた
ラルスは、死ぬ事に怯えていた
そんな事、最初に会った時から本当は分かっていた
本当に恐れていないのなら、疾うに自殺しているのだから
「ごめんなさい」
ラルスが、謝った
何に対して謝っているのか、俺にはよく分からなかった
「ラルス、今は俺に抱かれろ」
自分でも戸惑う程の欲求が俺を駆り立てていた
依頼も、標的も、殺すのも、今はどうでもよかった
ラルスの身体をゆっくりと寝かせると、そのまま一度突き上げる
互いの口から、喘ぎが漏れた
ぐったりとした様子で、死んでいるかの様にラルスは動かなかった
先程まで俺を受け入れていた場所からは、俺の吐き出した精液と血が混じった液体が零れている
隣に横になるとその身体を抱き寄せた
頭や首筋を何度か撫でると、その瞳が開かれる
「すっきり・・した?」
「ああ」
今まで溜まりに溜まっていた物が、全て抜け切った
それに力無く笑うラルスの瞳にはほとんど光が無い
本当に、身体中の力を使い果たしたのだろう
「ありがとうシアン、一緒に居てくれて」
「・・・・」
何となく、吐き出す言葉が見つからない
殺す相手に礼を言われても、殺しに来た俺は適当な言葉が浮かぶ程器用じゃない
「結局、誰も僕の事見てなかったけれど・・・・・・」
自分に刺客を出した親戚の事を言っているのだろうか
酷く寂しそうな顔をしていた
「でも、殺し屋のシアンだけはちゃんと見てくれてたんだね・・なんか、変なの」
ラルスの微かな笑い声が聞こえた
「ラルス」
名前を呼んでから、貪る様に口を合わせて舌を入れる
ラルスは慣れない口づけに懸命に舌を合わせるが、俺自身も好んでする訳ではないのでぎこちない接吻だった
口を離すと、ラルスの背中を撫でる
「もう寝ろ、殺す前に過労で死なれるのは困る」
それを聞いてまたラルスが笑い、礼を述べるとそのまま眠りはじめた
ラルスの身体を抱き締めながら、俺も瞳を閉じる
こんな風に人を抱き締めながら寝るのは初めてだった
ラルスの瞳を見つめた
その手には通帳が握られている
「契約、覚えてるか?」
俺の手には、あの契約書と一振りの刃物が握られていた
「もちろん」
ラルスが、微笑んで俺を見てくれた
そのまま刃を高速で払うと、当たった物が二つになった
壁に押さえつけられ目を閉じたままのラルスの顔を見る
痛みを堪えようとしていた様だが、その内不思議そうに瞼を開いて床を見ていた
床にあるのは、二つに裂かれた通帳だった
「俺のした意味、分かるか?」
落としていた視線が、俺に合わせられる
ラルスは何も言わなかった
分からないのかも知れないし、言うのを避けているのかも知れなかった
「お前のせいで俺は戻れなくなった、今更殺し屋として復帰する事も無理だろう」
随分長い間、ラルスと共に居た
この仕事を降りてもラルスを殺しても、もう復帰する事は出来やしないだろう
「依頼主を守るために同業者も殺した、何れ俺を狙う奴も出てくる」
結局俺は道を塞がれた
それでも、それを何時しか覚悟する様になっていた
「だからラルス、俺は此処にはもう居られない」
黙ったまま、俺の言葉を聞いてくれていた
最後の言葉を俺は頭に浮かべる
「お前を殺すために、今は俺と逃げろ、そうしないとその内俺も死ぬ」
追手の数が増えれば、勝てる訳がない
第一ラルスをこの手で殺すためにこの手で守る必要がある
俺一人ならまだしも、ラルスが居てそれは不可能だった
全てを聞き終えたラルスは無表情のままだったが
不意に、口元を緩ませた
「あんまり、愛嬌の無い告白の仕方だね」
「うるさい」
断じてそういった話ではない、仕事の話だ
そう言い聞かせても口にしても、ラルスは笑い声を止めてくれなかった
「うん、わかった・・・行こう、シアンも殺されるの、嫌だから」
身支度を済ませると、何時もの様に外を見てから家を飛び出した
何時もの様に、戻る事は二度とないだろう
遠くなってゆく町を見つめた
ラルス一人では此処まで来る事も辛かったのかも知れないが、人気の無い道を熟知している俺には楽なものだった
「疲れた・・・」
隣に居るラルスは、何度か深く息を吐いた
「鍛えてないからだ」
「何度も襲ってくるからだ」
カウンターの様な言葉が届いて、俺の表情が固まる
確かに、初めて交わった日の後も肉欲が耐え難くなった時は散々犯したのだ
「それにしても、本当に出てきてよかったの?バルトさん」
ラルスが、聞き慣れない言葉を発した
固まっていた俺の表情は、次に身体も固まる事になる
聞き慣れていないはずなのに、何故か聞いた気がする名前だった
其処まで思考を巡らせて漸く、それが俺の本当の名前なのだと思いだした
「どこで聞いた」
「殺し屋リストの古い方」
まだ駆け出しだった頃、俺が世話になった殺し屋に仕事を回す仲介屋の持っていた本
ラルスが俺を指名したのは、どうやらその本を何処からか見つけ出して来たようで
確かに、あの頃の俺はバルトという名前を使って最初は仕事をしていた
その内軌道に乗ると同時に今までを決別するためにシアンという名前を付けたのだった
「・・・まぁ、いい」
別に、依頼人に名前が知られても困る事はない
そう考え直すと一枚の紙を取り出した
ラルスと交わした、あの契約書だ
宙に放り出し素早く刃物を取り出して一閃すると、半分になった
それが落ちるよりも先に更に腕を動かして、復元が困難になった頃に手を引く
「これで終わりだ、殺しも依頼も殺し屋も全部辞めてやる」
全てが白紙になった
もっとも、俺は殺し屋として再起不能というかなりの痛手を受けていて
まったく白紙になんてなっていなかったのだが
「ねえ、もう一度契約してくれない?」
名残惜しそうに、破れた紙を見てラルスは声を出す
「何のだ、俺はもう殺し屋なんかじゃない」
「いいじゃんなんでも、とりあえず僕のお手伝いとか、僕の奴隷とか、あるでしょ」
「なんでお前の、が頭につくんだ」
言いながらも、俺は新しい契約書を取り出した
「本名、ちゃんと使いなよ」
名前を書くところで目敏くラルスが言葉を挟む
名前を書き終わると、今度はラルスに手渡した
ラルスは自分の名前を書き終わると、すぐに紙を戻す
互いに立ち竦んだまま書いたせいで、文字は書いた俺達でなければすぐには読めないくらいに酷かった
契約内容については、白紙のままで
「内容はどうするんだ?」
「書ききれないから、いいよ書かなくて」
そう言って、ラルスは先程の疲れは何処に行ったのかそのまま歩き出した
仕方なく契約書を仕舞うとその隣を歩く
「よろしくね、シアン」
「その名前でいいのか?」
疑問に思って、問い掛ける
「殺し屋の名前だけど、僕が好きになって呼んだ時はこの名前だったし
今はついシアンって言葉が先に出ちゃうよ」
それならそれでいいのかも知れないと俺は思い直した
道を歩きながら、考えるのは空欄になった契約内容の事だった
とりあえずは、書き切れないくらいになるまでラルスと行動を共にする事が交わした約束事の目標だった