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善人と物取り
 

暗い夜道を、俺は歩いていた
遠くには街の明かりが見えて、あの中ではきっと暢気に笑ってる奴らが腐るほどいるんだろう
それを一瞥してから夜道をさらに歩き続ける
程なくして、前方に小さなテントを見つけた
それを見て俺の口元が綻んだ
「今日の獲物はアレだな・・」
足音を完全に消すと、一気に距離を詰めた
テントの中には淡い光が灯っていたが、寝息も聞こえていて
恐らく明かりを点けたまま眠っているのだろう
まさに、仕事をするには最高の状態であり
起こさないように中を覗いた

「・・・子供?」
中を覗き見てから、俺はついそんな言葉を零した
慌てて口を閉じるが、目の前に居るのはどう見てもただの子供で
狭いテントの中で動物みたいに丸まっていた
辺りには他にテントも見当たらず、テントの大きさから見ても一人のようで
子供がなんでこんな所に居るのか俺はそれに興味を持ったが
仕事をする必要があるのを思い出して、もう一度子供を見つめる
犬人の子供で、尻尾の先まで丸めて静かに眠っていた
寝顔は愛らしく、時折寝言のような事を言っては微笑んでいる
思わず俺は息を呑んだ
「荷物じゃなくてこいつ浚って売っぱらったほうが儲かりそうだな・・」
なかなか高値で売れるのではと俺は思った
その筋の奴から見ればまさに垂涎の的だ
そんな事を言う俺も、実はそんな趣味を持っているのだが
その俺が見たからこそこの子供はかなり上物と言えるものだった
しかし、売るにしても色々と面倒が増えるため
俺はそんな物を抱えるのは願い下げだとばかりに荷物へと視線をずらした
荷物の入った鞄を、子供は抱き締めていて
これを持っていくのに思わず罪悪感を感じるのだが
それでも、俺も生きるために必死なんだと言い聞かせると決心をして手を伸ばした
次の瞬間
「ひがぶべべべ!!!」
そんな大袈裟な、と誰もが思うような悲鳴を俺は豪快に上げた
途端に意識が遠くなり、倒れると俺は子供と仲良くテントの中で横になった
身体が少し焦げ臭かった



痺れの残る身体を、誰かに揺さぶられていた
静かに目を開くと自分を心配そうに見つめるあの子供が居て
必死に口を開けてなにかを言っていた
「大丈夫ですか!?」
起きたのを確認したのか、子供が再度言葉を言い直した
「あ・・・あぁ」
起き上がると同時に身体がふらついた
片手を床に着けて体勢を整えると一度大きく深呼吸をする
それにしても、気絶する前のあの変な衝撃はなんだったのだろうか
「あの・・なんでここに?」
子供が、当たり前の質問をした
目覚めて隣に焦げ臭い見知らぬ他人が居たら困るだろう誰だって
「それは・・・だな」
物取りです、と素直に白状する訳にもいかず
数秒沈黙してから俺は顔を上げた
「道を歩いてたら随分小さいテントだったんでな、中を見て子供一人なのかと心配になって・・・」
さも善人気取りの言葉を吐き出した
自分で言っていて反吐が出そうになる
「それで、大丈夫なのかと近づいたら・・・・・・・」
いきなり感電したかのような症状に襲われ、意識を失った
言葉にして思い返すとなんとも間抜けに思えた
「あ、やっぱり触っちゃったんですか・・」
それを聞いて、子供が恥ずかしそうに俯いた
その表情に思わず見惚れるが、慌てず騒がず平静を装い続きを促す
「今、僕に触れます?」
そんな事を言われた
訳がわからなかったが、訊かれた通りに俺は手を伸ばしてその腕に触れた
感電するようなこともなく、今度は触る事ができた
「僕が眠ると、僕の周りに変な魔法が出てくるらしいんです・・・」
「変な・・魔法?」
確かに、なんの前触れもなくああなったのは魔法のせいかとも思っていたが
使い手であるはずの子供は特に魔法を唱える仕草もしていなかった
「寝ると勝手に出てくるんです」
「おい、危ねぇぞそれ」
かなり軽く言われた気がするが、かなり危険な代物だろう
「だから、あれ・・」
テントの外を子供が指差した
テントから顔を出すと、少し遠くに随分大きなモンスターが転がっていた
おそらく、感電して逃げ出したがあそこで力尽きたのだろう
下手したら俺もああなっていたのだろうかと背中に冷たい汗が流れた
「よかった、死んでなくて」
背中に恐ろしい一言が届いた


子供と、俺は話をしていた
さっきのモンスターの死体を見てから、とても近寄る気にはなれずに距離を置いていた
既に昼も過ぎており、今の時間では仕事も少しやり難かったため
結局、ただなんとなく俺は話をしていた
「一人なのか・・?」
「はい、一人で旅をしています」
ある程度予想はしていたが、改めて聞いて俺は少し驚いた
「子供の一人旅なんて危ねぇだろ」
危ないのは、この子供に手を出そうとした俺みたいな奴なのだろうが
「でも、僕どうしても行かなきゃいけない所があって・・・・」
俯いていたが、その顔は何か決意を秘めた表情をしていて
ここに来るまでにも何度も言われた言葉なのだろう、旅を辞める気は無さそうだった
もっとも、そんな事情俺は知ったこっちゃないのだが
既に俺の興味は子供から大分離れはじめていた
確かに自分の踏んだ通り悪くない子供だった
表情もよく変わるし、見ていて飽きないだろう
それでも眠っている間に触れる事ができないのでは、商品にはなりそうもなかった
諦めたように溜め息を吐くと、視界に子供の鞄が目に入った
そういえば結局気絶したために、あの中身は確かめていないのだ
「・・・その鞄、中になに入ってるんだ?」
期待もせずに聞いた、こんな子供が大金や高く売れる物なんて持ってるはずがないだろう
「あ、これですか・・?」
子供は、鞄を手に取ると無造作に逆さまにした
すると低い音を立てて、札束が落ちてきた
それを見て思わず俺は固まる
「・・・どこでこんな金」
俺の仕事が数日絶好調でも、これだけ溜まるか怪しいものだった
「この間、お尋ね者の人が気絶してて・・」
恐らく、俺とまったく同じ理由で来たのだろう
生憎と俺は小物だからお尋ね者にはなっておらず、それが幸いした
「なかなか目を覚まさないから、近くの町に届けたらこんなに」
もしかしたら俺も危なかったかも知れないと、安堵した
次には、目の前に転がる金を見て頭を回転させていた
気づくと、口が勝手に開いて言葉を紡いでいた

「その金、俺が倍にしてやろうか」
俺の口から出た言葉に子供が目を丸くした
そりゃそうだろう、これで充分大金と呼べるのだ
それがさらに倍になるのなら夢のような話だった
「旅をしてるおまえにはわからないだろうが、実はこの辺はすこぶる物価が高くてな
だからこの金だけでも足りるかわからんぞ」
口から出任せを言った、第一俺だってはっきりと物価なんてわかっちゃいない
それでもこの子供は俺以上にそれを知らないはずだ
「で、でも・・そんなにお金は使わないので・・・・」
さすがに子供といえどこんな大金を自分の手元から無くすのは抵抗があるのか
手に持つ札束をぼんやりと見つめていた
「それに、いくらなんでも倍になんて」
倍になれば、安い家程度は買えるほどだ
いくらなんでも信じられないのだろう
「いいのか?俺はよくわからんが・・行く所があるんだろ?
金の事なんかで困りたくないだろう」
先程の子供の決心している事を口に出した
その言葉に一度顔を上げた後、随分長い間考えていたようだが
俺の前にそっと札束を置いた
「二日で倍にする」
言いながら、静かに札束を手に取った
内心は今にも浮かれて踊りだしそうなほどだった
この金があればしばらく仕事をサボる事も、遊んで暮らす事もできるのだ
もっとも、本気で使おうとすれば一日で使い切ってしまう額でもあるのだが
「じゃあ、二日後にな」
テントから出て俺は言った
「・・お願いします」
子供は、俺を少しの間見つめてから微笑んだ

街へ向かう道を歩きながら、俺は悪魔のように笑っていた
途端に先程の微笑んでいた顔が浮かんできて、不快な印象を受けるが
すぐに考えた改めた
この金を倍にする気などさらさらなかった
それに、もし本当に倍にして返したとしても
そんな金を持っていては無駄に他人に狙われるだけだ
あの子供にメリットなんてものは一つも無い
「だったら、多少金が無くても安全なほうがいいよな」
金を数えながら、俺は呟いた



店から俺は出た
身体中から酒の臭いが漂っていて、ただの酔っ払いだった
あれからもう三日が経っていた
今頃、騙された事に気づいた子供は途方に暮れているだろう
この街は広い、とても初めて来たような奴が俺を探し当てられるとは思えなかった
口元を緩ませると、酒臭い息を吐き出した
手持ちの金を確認する
既に、半分の金は使っていた
よくもたった三日であれほど使ったと自分に感心していた
おかげで昼から夜まで普段は口にもしない上等な酒をただ飲む日々が続いていた
道を覚束ない足取りで歩きながら、残りの金をどうするか考えていた
また酒まみれの日々を送ってもいいし、なにかを買ってもいい
生まれてからずっと今の生活を送っていた俺にはなんだか新鮮なものだった
もうすぐ自分の借りているボロ家に着くというところで、俺は立ち止まった
あの子供は、なにをしているのだろうか
なんとなくそれが頭に浮かんでいた
もちろん差し出されたのは札束だけだから、多少の金はあるのだろうが
今頃自分を憎んでいるのだろう
結構な事だと、笑い飛ばしたのだが
それでもやはり数秒してから再び浮かんできた
「変な酔いかたしちまったかな・・・・」
掌で顔を覆う
長い間なのか、短い間なのか
酔っていてよくはわからなかったが
顔を上げると、俺は来た道を引き返した

夕焼けの道を歩いていた
朝から夕方まで飲んでいたのかと、自嘲気味に笑った
夕日を見つめながら歩いていると、いつのまにかあの場所の近くに来ていた
「もういるわけないよな・・・」
金の事を諦めてさっさと行くのが利口なはずだ、金は使わないと言っていたのだから
笑いながら、その場所に着いた
直後に、俺の笑った顔は固まっていた
視線の先には、三日前と変わらないテントがあり
その近くの大きな石にあの子供が座っていたからだった
慌てて数歩下がると、気づかれていない事を確認してからじっくりと物陰から観察を始めた
初めて会った時と変わらず、のんびりとした雰囲気を漂わせていて
とても憎んでいるとか、そんな気配は感じられなかった
それでも少しだけやつれて見えた
多分、動かずに待っているのだろう
自分がいない間に俺が来ては困るのだろうと思って
「・・・まだかなぁ」
大きく伸びをして、子供が呟いた
途端に、俺は逃げ出した
街まで続く道を全力で走った
街に着いた頃には、狂ったように鳴る胸に手を当てて必死に呼吸を整えていた
頭の中が、今まで感じたこともない罪悪感で満ち満ちていた
「なんで・・まだいるんだよ・・・」
理解できなかった
それ以上に、自分の中に今溢れている罪悪感も理解できなかった
ようやくボロ家に帰ると、扉を乱暴に閉めて部屋で座り込んだ
狂った胸も今は落ち着いていて、大きく息を吐く
札束を取り出した
最初に見せられたのより、見事に半分になっていた
「足りねぇよな・・やっぱ」
もう諦めてしまおうかと思ったが
子供の顔が、今度は先程の夕日に染まった顔が浮かんできて
札束を置くと俺は外に出た



あの道を歩いていた
あの子供がいた道だった
今もいてくれるのだろうか
それはわからなかったが、それでも歩いていた
遠くに、テントが見えた
まだいてくれたことに安心したが、次には絶望を感じた
テントの傍に子供がいた
隠れることはせず、歩き続ける
「・・あ!」
俺の姿を見たのか、子供がわかりやすい声を上げた
俺に向かって手を振っている
最初は嬉しそうにしていたその顔が、俺の姿がはっきりと見えると驚いた顔になった
当たり前だ、きっと今の俺は血まみれなのだろうから
それでも、子供に笑いかけると俺は歩き続けた

傍まで歩み寄ると、俺は膝を着いた
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでいた
それには答えず、俺は札束を取り出した
量は、半分になったあの日と然程変わっていなかった
「悪い・・半分になっちまった、倍にするって言ったのにな」
どうにか、元に戻せないかと仕事に出たのだが
ただの物取りではとても無理だと判断したために、一つでかい獲物を狙った
狙ったまではよかったが、運悪く見つかってしまい
今の今まで袋叩きに遭っていた
さすがに仕事をするのは無理だと、家に戻ったのだが
そのまま返す訳にもいかず、自分の金に手をつけていた
それでも到底元の額には足らず、それ以上なにも言えなかった
札束を差し出すと子供がそれを受け取る
最初は、少なくなった札束に子供は目を落としていた
やはり半分になっては結構ショックなのだろうと、苦笑いをしたのだが
次には札束を無造作に後ろに放っていた
「傷、痛くないですか?」
掌に魔法の光を灯すと子供が訊いた
「え・・・?あ、いや・・」
後ろに転がっている札束と子供の顔を交互に見つめた
「いったいなにしたんですか・・・こんな傷」
傷を見て子供が悲しそうな顔をした
また、理解できない想いが生まれた


テントの中で、寝かされていた
さすがに傷だらけの身体を大地に置く気にはならなかったのだろう
傷の手当てをされながら、ぼんやりと上を見つめた
外が夕焼けなのがここでもわかっただけだった
「よかった・・なんとかなりそうです」
傷の具合を見て、子供が心底安心したように呟いた
感電しても平気だったからな、さすがだ俺
「昔から身体だけは丈夫だったからな・・・」
身体を起こすと、先程よりも大分楽になっていて
意外と子供の腕が良いことがわかった
「それで、金なんだが・・・すまん」
再度俺は謝った
結局、ただ金を減らしただけだった
それなのに目の前の子供は特に怒る様子を見せていなかった
「いいんですよ・・お金は」
半分になった金を子供が見つめた
「それに、無事でよかったです・・・無茶しないでくださいね」
俺がなにをやったかは知らないのだろうが、子供がそう言った
やっぱり、俺は理解できない気がした
もし俺が子供の立場だったら、相手を殴っているところだった
もっとも、その前に他人にあんな大金を貸すなんてことはしないのだが
俯く俺になにかを子供が言いかけたのだが、言葉が出ないのか
一度振り返ると鞄を取り出した
「あの、なにか食べます・・・?って言っても木の実くらいしかないですけど」
鞄の中から、木の実を取り出した
そのまま鞄を置くと、音も無く鞄が潰れた
あの中には、もう本当にほとんどなにも無いのだろう
そして、目の前に木の実が置かれた
「待ってる間に森に行ったら、美味しい実があったんです」
子供が微笑んだ
今までそれを食べていたのだろう
それさえも、子供は差し出していた

子供が、また驚いた顔をした
いつのまにか、泣いていた
「あ、あの・・ごめんなさい、いりませんよね・・・」
木の実を出されたことだと思ったのか、木の実を慌てて手に取っていた
「そうじゃない・・」
自分が、なんだかとてつもなく嫌な奴に感じられて
目の前の子供が、とても優しく感じられて
勝手に泣いていたのだ
本当の善人なのだろう、この子供は
汚い俺とは違うのだと思った
「・・泣かないでください・・・・」
見ているのが辛いのか、子供がそう言った
「・・・悪いな、迷惑ばかりかけてる」
笑いながら涙を拭った
笑った顔を見て、子供が少し微笑んだ
その後は、少しだけ話してから俺は家へと帰った
別れ際に子供が明日また旅に出ると言った
少し寂しい顔をしたが、手を振るとそれきり振り返らなかった



道の上で、俺は待っていた
あの道とは違う道だった
前から人影が現れる
あの子供だった
子供は、俺を見て何度目かの驚いた顔をした
「あ、あれ?道逆・・・?」
俺が居ることで、俺の居た街に来ているのだろうかと子供は慌てていた
「そうじゃない、このまま進めばいい」
街は、この道とは反対の方向だ
「・・じゃあ、なんでここに・・・・」
子供から問いかけられて、俺は少し視線を逸らした
「金・・減らしちまったからよ」
「それは、もういいって言ったじゃないですか」
気にする必要は無いと子供は笑った
それに、またほんの少しだけ理解できない想いが浮かんだが
それとは同時に、嬉しい気持ちも今は心に浮かび上がった
「・・・・だからよ・・その、嫌じゃなかったら
減った分ぐらいは俺がおまえの行く所まで助けてやろうかって・・・な」
言いながら、顔から火が出そうになった
なにを言っているんだと自分に対して思うのだが
目の前の子供は、途中から笑い出すとすぐに頷いた
「はい、それじゃ・・・目的地までお願いしますね」
そう言われると、先程の理解できない気持ちは一瞬にして吹き飛んで
どうしようもない程の嬉しさが不思議と込み上げてきた
我慢できなくて、思わず俺は笑ってしまった
「ああ、よろしくな」
精一杯の返事をした


「ところで、目的地までどれくらいかかるんだ?」
昼間の、平和な道を歩きながら俺は問いかけた
振り返っても俺の居た街はもう見えなくなっていた
元々、家賃も滞納していてまさに逃げ時だったので丁度よかったと思っていた
そんな事は、俺の雇い主には言えないのだが
「えっと・・・・・・・あと、半年くらいですね」
「は、半年だぁ!?」
予想外の返答に、俺は思わず声を上げてしまった
やはりという顔をして子供は苦笑いをしていた
「とっても遠いんですよ」
「・・・・・あの金の分だけで足りるんだろうな・・」
使った金の分同行すると決めたのだと、暗に語る
もっとも、今更あの家賃滞納ボロ家に戻るわけにもいかないのだが
「大丈夫ですよ、まだ半分あるんですから」
少なくなったが、それでも結構な量の札束を子供が取り出した
これからしばらくただ働きの仕事かと息を吐いた
「もっと飲んどくんだった・・・・」
「え、飲みに使ったんですか?」
思わず出た言葉に子供がそう言った
「あ、いや・・・その・・・・・・」
返答に詰まると、子供は少し怒った顔をしたが
その後すぐに笑顔に戻った
「それじゃ、一ヶ月はただ働きでいいですよね」
俺は、それに頷く事しかできなかった
それでも、表情は笑っていた



 

「・・・ほら、もう少しで着くぞ」
重い身体を懸命に引き摺りながら、俺は声を出した
背負っている子供からの返事は無い
それに、俺の身体が敏感に震え上がった
「お、おい寝るなよ頼むから!!!」
「んー?」
焦った俺の言葉が言い終わった頃、からかうような声が聞こえた
騙された、こいつは寝てない、ただの芝居だ
「こ、この野郎・・・・」
「ご主人様にそんな口調でいいんですか?」
「うっ・・」
見なくても、どんな顔で言っているのかが頭の中でリアルに想像できた
「・・もうすぐ町に着きます、ご主人様・・・」
「ん、わかった・・早く着かないとまた眠くなっちゃうから急いでね」
それを聞いて、自然と早足になる
それでも駆け出さないのはその身体を気遣っての事だ
歩くのに疲れたと言うから、親切心から背負ってやっているというのに
どうしてこんな事になっちまったのか
頭の中で愚痴を零しながらも必死に足を踏み出した
「寝るなよ!絶対寝るなよ!!」
時々強く揺さぶりながら声を掛ける
駄目だ、この掛け声は確実に裏切られる気がする
そう思っても口からこんな言葉しか出せない自分のおつむを呪うしかなかった
最初に出会った頃は、本当に善人だと思ったのに
深く付き合ってみればやっぱり年相応の狡さというか、憎さが今眠りかけている子供からもするもので
あれは単に初対面の相手に失礼の無い態度なだけだったのだと今更悟っていた
身体から焦げ臭さが漂う
初めて会った時もやられたが、こいつは眠ると身体の回りに何故か魔法の結界が自然に発生する
それをすっかり忘れて背負ったのが運の尽きだ、居眠りでもされようものなら
途端にあの電撃が発生してあっという間にウェルダン俺の出来上がりで
俺の悲鳴ですぐに起きてくれるからここまで何とか持っていた
背負った以上、今更降りて歩けとも言い出せずにもう何度痺れたことか
なんだ、結構良い奴だな俺

「つ、着いたぞ・・・」
町の入り口に立って、倒れそうになりながら呟いた
「・・大丈夫?」
「それはお前が言うべき言葉じゃない・・・です、ご主人様」
力一杯言い切った
途中から子供の顔に僅かに陰りが見えたせいで慌てて台詞を付け足していた
言い終えると、ゆっくりとしゃがみ込んで子供を降ろす
「宿についたらお風呂先に入って良いから、ね」
さすがに俺を苛め過ぎたという事は理解しているのかあの人の良い笑顔を向けてくる
また騙されそうだ俺
「・・・ああ」
また騙されてるぞ俺
散々感電させられたというのに、口元がにやけているのが悔しい
元々俺の趣味に子供がぴったりな顔をしているから仕方が無かった
中身は大分ズレちまってる気もするが
「ほら、行こうよ」
笑顔で腕を引かれて、辛い身体を動かす
逃げ出さないのは、恩があるからだ
それに金も返してない、扱いが多少荒いのは嘘ついて酒飲んでたせいだ
そう自分に言い聞かせて
諦めた笑みを浮かべながら、一緒に歩いた



「広いねこの町・・」
翌日、すっかり元気になった身体が丈夫なだけが取り柄の俺の隣で町を見渡している子供の言葉だった
二人で行動するようになって一週間が経つが、未だに進展は無かった
なにせ、布団に入ると寝つきが良いのかすぐに眠ってしまう
気づかずに近づいたり、もしくは狙っている時に散々感電させられまくっていた
若いのに、俺
空を見ながら文句を言っていると、いつの間にか傍に居た子供の姿が見えなくなっていた
それでも辺りを見渡すとすぐに見つけられた
「可愛い坊主だな、恵んでくれねぇか・・?」
「え?あの・・えっと・・・」
しかも絡まれてる、それを見て溜め息を吐いた
手遅れになる前に傍に駆け寄ると、無言で絡んできた男の腕を掴んだ
「悪いな兄ちゃん、俺の連れなんだよ」
笑顔で言った、言いながら掴んでいる手は腕が折れそうな程の力を出している
それで、不利なのを悟ったのか男は慌てて逃げ出していた
振り返ると、困った顔をして俺を見ている子供が居た
「いいの・・?」
「いいんだよ、話すの忘れてたけどこの町はこういう奴多いから気をつけろよ」
子供の口調に関しては、初対面の奴には親切で俺はそれに騙された
ただ、中身の甘さについては地なのか
俺が見つめると鞄に入れかけていた手を慌てて引っ込めていた
あのままだったら素直に恵んでいただろう
男はその仕草でどこに金目の物を持っているのか大体の見当をつけてしまうし
第一、俺が最初見た時のように子供自体を売る事も考えてしまうかも知れない
そういう所も、世間の厳しさを知らない子供らしさと言えばそうだった
「とりあえずもっと金持って無さそうな格好をするんだな」
そう助言する俺の服装はかなり汚れていた
こういう場所に出入りするのが楽なようにボロ服は用意していたし
町に出る前に砂を掛けて更に汚くしていた
「あ、だからそんな小汚い格好してるんだ」
感心したような顔を向けられる
「ああ、だから俺を微妙に避けてたんだな・・」
いきなり俺がこんな格好をしたもんだから、町に出てから少し距離を置かれていたのだが
そのせいだったのかと、やっと答えを見つける
「悪いな、説明は必要だったよな・・・とにかく、この町ではホイホイ人についていくなよ」
それにしっかりと頷かれる、どこの先生だ俺は
それでも何も知らない子供に教えるのは大人の義務だろうと勝手に頷く
教える前に騙した奴の考えとは思えなかったが、今はそうだった

三人目
なんの人数かと言うと、物乞いの数だ
この町ではなんの風習かは知らんが、まず物乞いから入るらしく
隙を見せれば次には金目の物を盗むという手段が多かった
当然、一番鴨にされやすいのが今俺と一緒に居る小さい奴で
数えた数がそのまま、思わず恵もうとして盗まれそうになった回数だった
さすがに何度も鴨にされそうになっていると学ぶ事もあるのか
今は俺が目を光らせなくても簡単には危険に陥らなくなったが
それに代わるように、その表情が少しずつ曇っていっていた
それでも慰めの言葉は掛けてやらない
こんな事で一々金を減らしていたら切りが無いからだ
使おうと思えば金なんていくらでも使えて、すぐに消えてなくなってしまう
経験者の俺が言うんだから間違いなかった
これからの旅で金はいくらでも必要になる
だからこそ、こんな所で落とす訳にいかなかった
「・・・・そこの方・・」
四人目だ
反射的に、そう思って声が掛けられた先を見た
石の壁に身体を預けて、辛そうに呼吸を繰り返す男が居た
それに俺は疑いの眼差しを向ける
今までとは違うパターンだ
それに、子供は戸惑いながらも歩み寄っていた
その肩を掴む
「やめとけ」
「でも・・本当に困ってるのかも」
再度男を見た
確かに、その様子から演技臭さは感じない
多分、あの荒い呼吸は気管か肺の辺りが本当にやられているのだろう
つまり半分は盗み目的かも知れなくて、それでも残り半分は本当に助けを求めている相手だ
そんな奴もここにはいくらでも居る、弱さを見せれば人は同情するのだから
そして、同情しきっている子供がここに居る
「行くぞ」
腕を無理矢理引いた
それと同時に、男が掠れた声で震える手を伸ばした
内心舌打ちをした次には掴んでいた腕が振り払われる
遅かった、もう少し早く遠くに引っ張れば何事も無く切り抜けられたはずだったのに
俺から離れた身体は既に男の下に駆け寄っていた
その途端に今まで虫の息に見えていた男が、素早く動き無防備な子供の腕を引き寄せた
「・・動くな」
苦しそうな声で男が呟く
懐に隠していたのか、凶器が子供の首に突きつけられていた
無抵抗なのを知ると連れの俺へと視線が向く
空いた手が俺に差し出された
「わかったよ」
仕方なく俺は自分の持っている分の金と金になりそうな物を取り出す
金はほとんど持っていなかったが、子供が俺の身包みを借金の事で剥ぐ事はしなかったから
元々着飾る意味で金目の物は持っていた
俺の取り出した物を見て男は目の色を変えていた
差し出された腕を強く揺らしていて
それを男に渡そうとする仕草をした
余程金に執着があるのか、あと少しという位置になると男は身を乗り出してしまい
それが俺には好都合で、有りっ丈の力を籠めて男の手を弾いた
完全に体勢を崩したのを確認してから素早く人質を救出すると
もう一度力を籠めて、男の胸部を蹴り飛ばした
強い力で蹴り飛ばされ、岩壁に全身を叩きつけた男は
本当に身体が弱く呼吸困難になったのか、倒れると僅かに震えるだけになった
容赦はしない、下手をすれば俺の主人が殺されちまうのだから
それでも病人を蹴った後味の悪さは言葉で言い表せない程で
「ほらよ」
舌打ちをしてから、結局俺は持っていた物を投げつけた
腕の中に収まる顔を見つめる
倒れた男を心配そうに見つめていた
たった今まで自分に凶器を突きつけていた相手だというのに
どうしてそんな顔ができるんだ
それが苛立ちになった頃、今度は振り払われないように強く腕を握って歩き出した
背中に、ようやく元に戻ったのか男の苦しそうな息遣いと咳の音が届いていた



雨が降っていた
水玉が叩きつけられている窓の前に、耳から尻尾に至るまで
落ち込んでいる様子を表している俺の主人が居た
宿までの道は安全だった
何を言っても子供は返事をしなかったし
俺も、そこまで多くの言葉を吐き出さず
ただただ誰かがまた手を出してこないかと見張っていたのだから
「風邪引くぞ」
その言葉に、窓の外を見ていた瞳が向けられる
ようやく俺を見てくれたのだが
それに安堵する事は今はできなかった
頭を乱暴に拭いていたタオルを、胸に当てる
身体が火照っているのはたった今まで湯を浴びていたからだ
目の前の子供も俺より先に済ましているはずなのに
今にも震えそうに見えた
「・・・どうして・・」
俯いた顔から、消え入りそうな声が聞こえた
「どうしてここの人はみんなああなのかな・・」
物乞いしてきた連中の事を言っているのだろう
確かに今まで通ってきた町にも物乞いをする奴は居たが
それでも恵もうとして襲ってくる奴は見掛けなかった
根っからの正直者で善人なこいつは、それが信じられないのだろう
「生きるためだろ、生きるためには仕方ないんだよ」
思った事を正直に口にした
俺だって、この旅に出る前はただの物取りだったのだから
どうしてそんな事をするのかくらいわかっていた
「でも・・・」
こういう町では相手を信じると馬鹿を見る
それでもどこかで相手を信じていたいのか
上げた顔はあの時蹴り飛ばされた男を心配するように見ていた時と同じ状態だった
子供の前で盛大に溜め息を吐く
「誰だってそういう所はあるさ、俺だってお前を騙そうとしただろ」
この誰だっての部分に、目の前の主人は見事に当て嵌まらない
だからこそ俺みたいなゴロツキの神経が理解できないのだろうが
「違うよ・・君は・・・」
一緒に居る俺の事を信じているのか、まだそんな言葉が口から出る
それに僅かに苛立ちを覚えた
最初に会った時と同じだ、何をしたって相手を疑ったり憎んだりする事がない
気がつけば、その身体を傍にある寝床の上に押し倒していた

「俺の、どこがどうあいつらと違うんだ?」
腕を立ててその顔を覗き込む
今の俺の表情は、あいつらなんかよりずっと凶悪で欲望を曝け出しているはずだ
ずっとこうしたかったのだから、今よりも先の事を想像するだけで口内に唾液が溢れてくる
俺を見るその顔に怯えの色が混じる
これで、この旅も終わってしまうかも知れない
そんな事が不意に頭を過ぎった
何故だか、寂しい気持ちに襲われる
俺の心を読み取ったのだろうか
押し倒されている子供の表情が、ほんの少しだけ微笑む
無理に笑っているのだろうが、それでもそれに目を奪われた
「違うよ・・確かに僕を騙したけれど、ちゃんと戻ってきてくれたから」
言葉を言い切った
やっぱりこいつは何にも分かっちゃいないんだ
諦めの感情が胸に溢れ出してくる
抵抗をしないその身体を抱きしめた
間に挟まれたさっきまで持っていたタオルが、少し冷えた今は無言で主張をしていた
いきなりの事に身体が震えていたが、それでも子供は逃げる事はしなかった
まだ信じているのだろう、きっと
「・・馬鹿が・・・・」
抱きしめたまま、動かなくなる
どうしてこんな考えを持っているのだろう
やっぱりまだわからなかった
「・・・次またああいう奴に恵みたくなったら俺に言えよ」
いつまた、あんな風に人質に取られるかわかったもんじゃない
だったらまだ俺が渡した方がいいのだろう
子供の考えを全否定するのは無理だった
俺だって、それに助けられてここに居るのだから
胸の中で、微かな声と
縦に動く首の感触がした




陽射しが強く、暖かい朝だった
横に在るその顔は、昨日までの暗い表情ではなくなっていて
それを見て、安堵の息が出た
「そんなに心配してるの?」
陽に照らされた顔が俺を見た
そんなに、心配してる顔なのだろうか俺
実際心配しているから、構わないのだが
「大丈夫だよもう」
その言葉を信じて、歩き出した
朝の早い、人気の疎らな今は昨日のように気を配る必要が無い
人込みに隠れる事ができないのだから、盗もうとすれば当然殴り合いになる
子供一人ならどうなるかわからないが、少なくとも俺が居てその事態に陥る事はないのだろう
そう考えていると、少しだけ嬉しくなった
町の出口に差し掛かる
少し早い気もするが、この町に長居をするのは避けると決めていた
その入口に、見覚えのある姿を見つける
咄嗟に、横に居たその身体を引っ張り後ろへ移動させた
昨日俺が蹴り飛ばしたあの男が入口に立っているのだ
渡した物で治療は受けられたのか、今は静かに立ち竦んでこちらを見ていた
後ろに庇い歩きながら、伸ばした片腕は子供の肩に置かれる
予め、肩を叩いたらすぐ逃げるように指示していた
少しずつ男との距離が近づいてゆく
あと少し、というところで
不意に、男が頭を下げた
「・・・ありがとう」
上げられたその顔は、敵意を剥き出しにするどころか
心底申し訳ないという表情で、身体から力が抜ける
後ろに隠れているはずの子供が、顔を出していた
それに男ももう一度頭を下げる
子供の顔が笑顔になった


「お前もお人好しだな・・・普通、刃物首に向けてきた奴なんか信用できないだろ?」
道を歩きながら、俺はぶつくさ文句を呟いていた
礼を言われたものの、やはり癖になった疑心暗鬼は止められずに迷っていた俺を余所に
子供は前に飛び出して話を始めるものだから、溜め息を吐いていた
しかも治療の足しにならないかとまた金を差し出したのだから、これには俺も男も驚いて固まってしまった
「でもほら、あの人もいい人だったし」
「だからなんでそうなるんだよ、金渡したからニコニコしてただけだろ」
子供の反論を投げ遣り気味に叩き落とす、なんかもう面倒臭かった
俺の苦労はなんだったのかと、再度溜め息を吐いた
「結局俺のアクセサリーまで・・・」
叩きつけたのは俺なのだから、仕方ないのだが
元々着飾るタイプじゃないのに、更に地味になっていた
「またおぶらされてるし・・」
昨日は遅くまで子供が考え事をしていたのは知っていたので、結局また背負っていた
進んでやってるから、やっぱり仕方ないのかも知れない
感電死を志願する辺り、俺も相当危ないらしい
「ごめんね、今度は寝ないようにするから」
何回くらい感電するかと物思いに耽っていた頃、その声が届く
そんな事より、今寝てもいいから若い俺のために夜眠らないようにしてほしかった
実際にそうなったら、絶対に自分を止められなくなって子供が気絶して結局感電死するとはわかっているのだが
相手を気遣う気持ちが、必要なのだろう
今まで盗みで生きてきた俺には、致命的に足りないものだった
「おい、寝るなよ」
背後からの声が聞こえなくなって、慌てて声を掛ける
「あ・・うん」
十分後くらいに感電する
予感というより未来が見えた気がした
一度しゃがむと、少し配置を直してから立ち上がった
自分の主人だからと、理由をつけるとそのまままた歩き出した

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