ヨコアナ
間に合った誕生日
布団に丸まって眠っていた
昨日は随分と忙しい日で、家に帰るなり横になると気絶するように寝てしまったのだ
カーテンの隙間から差し込む光が、伸ばした掌を照らしているのをぼんやりとした頭で見つめる
「・・・朝・・・・」
呟いてから、僕は起き上がる
眠い目を擦ると一度欠伸をした
次には目尻に溢れた涙をまた擦るように取り去る
そのまま、隣を見た
いつもはそこで寝ている彼の姿が、今日は見当たらず
思わず首を傾げる
布団を退けると、着替えをしてから僕は部屋を出た
いつも二人で使うリビングへ向かうと、彼はソファーに座っていて
その隣に僕も座った
「・・おはよ」
半分程寝ながら、僕は言う
彼は言葉を返すよりも早く、僕を自分の方に向かせると
満面の笑みを浮かべていた
その様子に僕は身体中の眠気が飛んでゆくのを感じる
「な、なに?」
相変わらず笑ったままの状態が続いていて、思わず怯んでしまう
「今日誕生日だよな!!」
怯んでいる僕に、彼が言った
「あ・・うん」
この部屋にもあるカレンダーを見ると、確かに今日は僕の誕生日で
そういうことかと少し安心した
今年は忘れていた訳ではないのだが
朝一番で寝ぼけていた僕に誕生日なんて単語は頭になかったのだ
彼はしっかりと覚えていたらしい
元々、起きるのは僕が早いというのに今日は彼の方が早く起きたのだ
きっと眠れなかったのだろう
数週間前から彼は毎日カレンダーの前に立っては、一日一日過ぎて行くのを見てにこにこしていた
僕にはそれがどういう意味かはわかっていたのだが
少し不気味に見えたのが記憶に新しい
「でだな、誕生日プレゼントなにがいい!?」
去年とあんまり変わらない質問を、彼がした
「誕生日プレゼント・・」
僕が呟くと、彼が大きく頷く
その瞳が期待に輝いていた
やっぱり去年と同じように僕は欲しい物があるかどうかを頭で考える
そして、これまた欲しい物をすぐに言うことができなかった
「去年と同じこと言うのは禁止だからな」
加えてこんなことまで言われては誤魔化すのは無理だった
「そ、そんな欲しい物なんてないよ・・・?」
それでも、浮かぶ物がないと申し訳無さそうに彼に言う
「ダメだ!お前は買ってくれただろ!!」
彼が叫んだ
次には、部屋の隅にある物を指差す
そこには釣具の入れ物があり、それを見てから彼に視線を戻すと頷かれた
僕に誕生日があるのだから、当然彼にも誕生日があり
僕はそれを覚えていて彼の欲しがっていた釣竿をあげたのだ
二人一緒になって釣り雑誌を読んでいたのだから、彼が欲しい物はすぐにわかり
少々値が張ったものの、どうにか買う事ができた
その後彼が意気揚々と釣竿を振り回して魚と格闘していたのが頭に浮かぶ
それを見て、買ってよかったと随分軽くなった財布を片手に思ったものだった
「だから俺もだな!」
誕生日を忘れた挙句、その相手から誕生日のプレゼントまでされた彼は
たまに忘れないように今日の日付を呟くようになった程で
なにかをしなければ気が済まないのだろう
彼が、僕の両肩に手をかけた
「なにが欲しい!?」
「えーっと・・・・・」
どうにか誤魔化すことができないだろうかと、動かす事のできる腕を動かす
すると、テレビのリモコンに手が触れて
これだと慌ててボタンを押した
スイッチの入る音がした後にテレビの画面が光りはじめる
視線をそらしながらテレビを見つめた
「おい!」
彼は焦れるのが嫌なのか叫ぶが、その声が止まった
彼の耳に入った音が原因だった
音は、テレビから発せられている物で
僕も同じように画面だけに視線を送る
丁度番組と番組の間に流れるコマーシャルがやっていて
新築のマンション情報が、大々的に取り上げられていた
通常より大分長いコマーシャルを二人揃って見つめていた
それが終わると、思わず僕はテレビの電源を切った
それでも彼は動かず、なにも映さなくなった画面を見つめていて
僕はそのまま少し息を吐いた
それを感じ取った彼が、再び動き出した
「た、溜め息しただろ今!?」
「え?そんなことないよ」
決して新築のマンションなんてプレゼントできる訳ないと息を吐いた訳じゃなかったはずだ
それでも彼はそう受け取ったのか、少し俯いていた
少しすると決心したように顔を上げる
「・・よし、買うぞ!!」
「何年後?」
素早く入れられる突込みに彼が肩を落とした
「じ、十数年後・・くらい?」
その言葉に、僕は苦笑いを零す
「買ってやるからな!」
「無理しなくていいよ?今だって釣竿買うお金も無いんだし」
釣竿をプレゼントする時、彼の財政が厳しかったのは既に知っていた
でなかったら彼の事だからきっとすぐに買って、自慢していただろう
あの時からそれ程月日が流れた訳でもないので、彼の財布の中は大体わかっていた
「う、うるさい!なにが欲しいんだよさっさと言えよ!!」
釣竿を買う金も無いだろうと言われて、彼が半ばやけになって叫んだ
瞳には少し涙が溜まっていて、よっぽど悔しいのだというのが伝わってくる
そんな彼を宥めるように僕は必死に笑顔を作っていた
「落ち着いて落ち着いて」
宥めて、少し落ち着いた彼の頭に手を乗せる
彼は相変わらず悔しそうな表情をして下を向いてしまっていて
少しいじめすぎたと反省した
元気を取り戻すように撫でると、次第に悔しい顔が段々と悲しげに変わってゆく
「せっかく今年は覚えてられたのに・・これじゃ去年と変わらねえじゃねえかよ・・・」
呟かれて、撫でる手の動きが止まった
「お前は、それでいいのかよ?」
彼が、僕を見つめた
それを聞いて僕は少し考える
「・・いいかな、別に」
大して時間を置く訳でもなく言われた言葉に、彼が少し怒った顔をする
「それじゃここ最近の俺の頑張りが・・」
それは、忘れないように努力したということなのだろうか
気にはなったけれど、話がそれそうなので聞かないでおいた
「今年は、覚えててくれたんでしょ?」
彼が頷く
「それじゃ、去年とは違うでしょ」
覚えててくれただけでも、結構嬉しかったのだ
実のところ忘れていたと言われた去年は少しショックだったけど
それを口に出しても仕方ないと言わなかったのだ
「それだけで嬉しいんだけどな・・ダメ?」
この言葉に彼が弱いのはつい最近見つけたことで
それに怯んだ彼は、視線をそらしていた
「あ、あとやっぱり忘れてる」
唐突に呟くと、彼が慌てて視線を戻した
なにも言わなかったが、数秒すると彼が思い出したかのように眉を上げた
「・・・・おめでとう」
「ありがと」
微笑んで、止めていた手を動かした
気持ち良さそうに目を瞑られる
「じゃあ、今日の買い物で荷物持ちね」
「えっ!?」
「誕生日プレゼントの代わり」
「そ、それとこれとは話が・・・」
一度に買い込むため、いつもは分担している事が多いのだが
それを一人でやると聞いて彼が慌てていた
「プレゼント無しなの?」
口を開いたまま、彼が固まった
「・・・・わかったよ」
渋々といった様子で頷かれた
玄関に立った
涼しい顔をする僕とは対照的に、彼はこれからの荷物持ちを思って覚悟を決めていた
「頑張ってね」
軽く肩を叩くと、扉を開いた
話している間に太陽が高い所に昇ったのか、顔を照らされた
こうやって彼をからかう口実ができるので
来年の誕生日が、今から少し楽しみになった
やっぱり物は期待できないかもしれないけれど
そう思って、また笑った