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外伝・月の契約

暖かい布団の中、一匹の犬人の少年が布団に包まっていた
幸せそうな顔をして暢気に眠るその瞼が、薄く開かれる
「ん・・朝?」
手を伸ばして時計を手に取り、眠い目を擦ってはそれに目を凝らす
「・・・・・・えええ!?もうこんな時間!」
布団から飛び起きると急いで身支度を済ませ、扉へと向かう
外に出ると道をひたすら走り、大きな建物の方へと少年は走って行った

「遅いぞネイス!」
名指しで呼ばれ、呼ばれたネイスが身体を震わせる
「ご、ごめんなさい!」
「・・・次からは遅刻しないようにな」
「はい・・」
「授業始めるぞ、席につけ」
言われるがままに、ネイスは席に座る
遅刻をしたネイスが来た事により全員が揃ったのか、授業が始まる
此処は召喚士ギルドの隣にある、召喚士養成学校だ
先程までネイスを叱りつけていたのは此処の教師であり
ネイスは、此処に通う生徒の一人だった
此処に通う者は召喚士の卵ではあるが、自分の召喚獣を持たない者ばかりで
ネイスもそんな多くの召喚士の卵の一人だった
「ネイス!聞いてるのか!」
「・・・あ、すみません・・・・・」
「廊下に立ってろ!」
怒鳴られて、ネイスが立ち上がり廊下へと出る
暫く立たされたまま、窓から見える空の雲を見ていた
「はぁ、どうしてこうなっちゃうのかな・・」
一人ぽつりと呟く、幸いこの声を聞いている者は誰も居ない
召喚士なら、その召喚士の僕となる召喚獣が聞いているのかも知れないのだが
生憎自分には自分のためだけにその身を捧げてくれる召喚獣はいなかった
「ネイス君?」
ぼんやりとした様子で外を見ていると、名前を呼ばれた
「・・ギルド長!?」
其処には、普通ならこの建物に居るはずも無い人物が佇んでいた

「ギルド長、なんで此処に・・・・?」
此処はただの召喚士養成学校で、本来ギルド長が居るべき場所は隣の召喚士ギルドである
それが何故こんな所に居るのだろうかと、不思議でならなかった
「少し生徒の様子を見ておきたいからね、この中から未来の召喚士になる子も居るから」
柔らかくギルド長が笑う、この表情は見ている者を優しい気持ちにさせてくれた
ギルド長とは以前も廊下に立たされている時に会っていて、ちょっとした顔見知りだった
その時は窓の外にギルド長が居たので、まさか中にまで入ってくるとは思いもしなかったのだが
「また立たされているのかい?」
「・・・はい」
「・・あまり気にしなくていいんだよ、元気があるのは良い事だから」
本当はただ寝ぼけていたから立たされているとは、言えずにいた
そのまま他愛も無い話を暫くしていたのだが、部屋の扉が勢い良く開けられ二人共そちらへ視線を向ける
「ぎ、ギルド長!何故ここに!?」
出てきたのはネイスを叱り付けたあの教師で、やはりネイスと同じ様に驚きの表情を浮かべていた
「なに散歩ですよ、それよりそろそろネイス君を戻しても良い頃ではありませんか?」
「は・・はい!ネイス、戻っていいぞ」
ギルド長に言われると仕方ないのか、あっさりとネイスが部屋に戻る事を許可する
ネイスはギルド長へと頭を下げると、部屋の中へと戻った
それを確認して教師も深く頭を下げると、教室の扉を閉める
全てを見送ってから、ギルド長も再び歩き出した



午前の退屈な授業が終わると、暫く休息の時間を入れてからまた授業が始まる
今はそんな授業の始まる前の休息時間で
ネイスは、窓から外を眺めていた
此処に通っているのは、自分に召喚士としての才能があるからだと思った事は無い
それでももしなれるのなら、自分は召喚士になりたいと思った
自分の思い描く召喚士とは、召喚獣と一緒に笑い合っている絵で
そんな召喚士を見た時、自分も自然に笑えたのが大きかった
「ネイス、次の授業別の場所らしいぞ?」
生徒の一人がネイスへと話し掛けて来て、そのまま教室から走って出て行く
「・・行かなきゃ僕も」
窓を閉めて授業に必要な教科書を幾つも持ち、教室から出る
廊下を暫く歩くと渡り廊下へと出た
空と隣の召喚士ギルドの屋根がよく見えて、この場所は好きだった
その瞳に、ある建物が映る
「あれは・・」
目に入ったのは大きな建物
あの中には何も無い、あるのは魔方陣だけだ
召喚獣を呼び出す時に使う物らしいが、ネイス自身はまだあそこに入った事は無い
有能な召喚士なら態々建物に入る必要も無く呼び出す事が出来ると聞いた事もある
ふと、その建物に興味が湧いて近くにあった時計を見る
授業が始まるまではまだ多少の時間があり
辺りを見渡して誰も見ていない事を確認すると、その建物まで走りはじめた
建物の扉に鍵は掛かっておらず、ゆっくりと扉を開ける
中は外とは違い暗い部屋で、明かりも少なく何処か幻想的な雰囲気で満たされていた
「なんだろ、綺麗・・・」
辺りには小さな光の粒が落ちていて、それが魔力の小さな塊だと気づく
床全体には余り目立たないが、確かにある魔方陣
話に聞いていた通りの部屋だった
部屋の中央にネイス一人が、静かに立っていた
「来たのはいいけど、どうすればいいんだろ」
召喚獣に関する事はよく勉強しているが
実際に呼び出す事に関してはまだ習っておらず
途方に暮れて、掌に光を出すと持っていた教科書を開く
「えっと・・魔方陣の中心に立ち、属性を頭の中で思い浮かべて念じる
それに応えた召喚獣の名前を呼びそれを呼び出せば契約成立・・・・・」
教科書を一度置いて立ち上がり、目を瞑った



属性をイメージしろという本の通り、頭の中で必死に考えを巡らせた
様々な属性が浮かんできては消え、どれを思い浮かべればいいか混乱しはじめる
最後には、ただ綺麗だというだけで好きな月を心に浮かべていた
其処まで考えたところで、周辺の魔方陣が光りはじめる
目を閉じていても感じられる光に気づくと目を開き辺りを見渡す
「え?どういうこと?」
突然の状況に混乱してしまう
そんなネイスにお構いなしに周辺の魔方陣の光は徐々に強くなり、眩く光りはじめる
「眩しい・・」
掌で光を遮る、暫くそうしたまま時が過ぎた
数分が経とうという頃に漸く光は収まり、手を降ろした
「なんだったんだろ・・・・今の」
元に戻った事に一安心する、力が抜けて後ろへと身体がよろめいてしまう
そのよろめいた身体に、何かがぶつかった
「えっ・・?」
自分以外居ないはずのこの部屋で、何にぶつかるというのか
慌ててそちらを振り向くと、其処には全身を金色で覆われた大きな狼人の男が居た
「だ、だれ?」
意味が分からずに、突如現れた男へ問い掛ける
「誰とは心外だな、お前が呼んだんだろ?」
「僕が、呼んだ・・・?」
不思議そうにその男を見つめると、男も困った顔になってしまう
「違うのか?確かに見た目は子供だが強い力を感じたんだがな・・」
「君、誰?」
今更ながらに目の前の男へ、素性を問う
「俺か?俺はルナファング族のガイスト・・召喚獣だ」
「ルナファング・・・召喚獣!?」
召喚獣と言われて、ネイスが驚きの声を上げた
「なんだ?初めて見るのかルナファングは」
「え、だってそれじゃ・・僕が君を召喚したってことなの?」
「当たり前だろう、じゃなきゃ俺が目を開けた瞬間にお前の姿が見えるはずも無い」
その言葉に、ネイスは完全に思考が停止してしまう
「大丈夫か?」
ガイストがその顔を覗き込む
「ぼ、僕が・・召喚獣を出しちゃうなんて・・・・」
「それは俺も驚いた、お前みたいな小さい子供が俺ぐらいの召喚獣を呼ぶなんてな」
ガイスト自身これは意外だった、自分は決してその辺の子供に簡単に召喚出来る程
位の低い召喚獣でも無いし、何より自分のプライドがそんな事は許さないはずだった
それが何故か気づけば目の前にこの子供が居るのだから、内心は焦っていた
「えと・・・名前?」
「さっきも言っただろ、ルナファング族のガイストだ」
「ガイ・・ストって言うの?」
「だからそう言っている、お前の名前は?」
「僕、ネイス・・・」
「そうか、ネイスか・・よろしくな」
お互いの挨拶が終わり、暫く顔を見つめ合う
その二人の耳に、扉が勢い良く開く音が聞こえた

「ネイス、何してるんだ!」
其処にはあの教師が、鬼の形相で立っていた
「あ、先生・・」
「ここから光が上がっているからもしやと思ったが、まさかお前だなんて・・・」
ネイスが出した事がどうしても信じられなかった、ネイスにはまだ呼び出す魔力さえ
充分に備わっていないと判断していたのだからそれは当然の事で
「と、とにかくギルド本部まで来なさい!」
ネイスの手を掴み、無理矢理その手を引っ張る
「先生、痛い・・」
「いいから来い!」
引き摺る様に引くその手を素早い動きで何かが払った
「!?」
振り返ると、其処にはネイスを抱き抱えて居るガイストの姿があった
「困るな、俺の主人を勝手に持って行かれると」
「お前は・・・ルナファング族か」
屈強なルナファングの男を、鋭い目で見つめた
「ネイス!お前が出したんだから何とかしろ!」
「は、はい!・・・・その、行かなくちゃいけないから先生に手出さないで・・ね?」
言われた通りにネイスがお願いすると、渋々と言った様子でガイストはそれに応じる
「仕方ないな、せっかくだしこのままおぶってくか」
ネイスを肩に乗せてそのまま歩き出す
「ほら先生よ、行くんだろ?」
「あ、ああ・・・」
促されて先を歩く、しかしどうも釈然としなかった
ルナファング族というのはかなり気位の高い一族で
子供の言いなりになる程の者は中々居ないのだ
それ故に最初ネイスがこのルナファングと一緒に居るのを見た時
ネイスの事が心配だったのだが、このルナファングからはネイスを襲う様子は微塵も感じられなかった
とりあえずは、ギルド長へ報告するしか道は無い様だった
廊下を歩くと、他の生徒が物珍しさからかガイストとネイスに視線を送っていた
「人気者だな、ご主人様」
ガイストが愉快そうにネイスへと声を掛ける
「恥ずかしいから降ろして・・・」
「なに、もう少しの辛抱だ」
結局、ギルド長の元に行くまでネイスはこのまま運ばれる事となった


「ギルド長、失礼します!」
本部のギルド長の部屋まで来ると、中から返事があり扉を開ける
「おや、ネイス君?それと・・・・そこの召喚獣は一体」
普段は穏やかな空気を纏っているギルド長が、ガイストを見るなり眉を顰めた
「それがギルド長・・どうならネイスが、ルナファングの召喚に成功したらしいです」
「ルナファングの召喚に?おかしいですね・・・ネイス君の魔力ではまだ不十分なはずなのに」
二人が話し合っているのを、後ろでネイスとガイストは見物していた
「そんなにすごいことなの?」
「そりゃそうだろ、お前なんかが俺呼び出すなんて奇跡に近いぞ」
今ネイスから感じられる魔力はほんの僅かな物で
やはり自分を呼び出すには魔力の量は圧倒的に足りなかった
「ところで、君のことなんて呼べばいいの?」
「呼び方?そりゃ呼び捨てでいいじゃねえかよお前が呼んだんだから」
「呼び捨てなんて、そんなの・・・」
名前を呼び捨てにするのはどうも好きになれず
今までネイスは他人をそう呼んだ事は一度も無かった
「なら好きなので呼べばいいんじゃねえか?」
ガイストのその返答に、ネイスが笑う
「それじゃ、ガイちゃんでいいよね!」
ネイスの言葉に、ガイストが噴出した
「ちゃんはやめろ!」
「え、好きなのでいいんでしょ・・?」
「そう言ったけどよ、ちゃんは・・・なぁ?」
流石にその呼ばれ方は考えていなかったのか、ガイストが苦笑する
「もっと他にあるだろ?」
「じゃ、ガイストちゃん」
「だからな、ちゃんをやめろと・・・・・」
今一伝わらない意思に、身体から力が抜けるのが感じられた


「ネイス」
そんな事を話し合っていると、教師が振り返りネイスを見つめた
「悪いが少し部屋に入ってもらう、これは決定だ」
そう言われるがままにネイスは連れて行かれ、部屋に監禁された
其処は召喚士ギルドの中で禁を破った者の入れられる部屋で、所謂牢屋に近い所だった
「おい、出せ!」
ガイストが外に向けて叫ぶが、それに応える者は居ない
一方ネイスは、閉じ込められているというのに気にする様子も無く椅子に座っていた
「ったくよ・・・なんで俺がこんな目に」
力を使えば、この部屋くらいなら軽く破壊して脱出する事も出来る
ただ先程、それをすればネイスの今後此処での立場は無くなると囁かれそれをする事も出来なかった
子供とは言え自分を呼び出した主人なのだ、その主人を追い詰める事等出来はしない
「俺は悪ぃ事してねえぞ!」
外に居るはずの見張りに大声を上げるが、その声も虚しく響くだけだった
「あはは、ごめんね・・・・・僕なんかが呼んじゃったから」
ガイストの様子にネイスが苦笑いをしながら謝る
「別にお前に言ったんじゃねぇよ、大体呼ばれちまったのは俺だしな」
怒鳴っても無駄だと悟ったのか、扉から離れてネイスの元まで歩み寄る
「それにしてもなぁ・・・俺が呼ばれるとは」
何度もそう思ったが、やはり納得出来ない
何故この様な子供に自分が召喚出来たのだろうか
自分は決して魔力の乏しい召喚士が召喚出来る程位の低い召喚獣ではない
目の前の少年から感じられる魔力は、極僅かな物だった
「僕も、召喚獣呼んだのなんて初めてだったから・・」
「初めて・・・か、それじゃ俺がお前の最初の僕って訳か」
「しもべ?」
普段余り聞き慣れない言葉に、ネイスが首を傾げる
「召喚獣が召喚士と契約するってのは召喚獣がそいつの僕になるって事だ」
「ガイちゃんと僕は、もう契約しちゃったの?」
「そうだな、こうして俺を呼び出して名前を呼んだ瞬間からもう契約は完了している」
「へぇー・・・・僕に、召喚獣が・・」
何処か他人事の様に聞き流しているネイスを見つめる
「実感できないか?」
「少し・・だって、僕が召喚獣なんてやっぱり信じられないよ」
さっきまで召喚獣も持っておらず、ただの人も同然だった自分に
今は、こんなにも逞しい召喚獣が居る
実感出来るはずもなかった

「ネイス、立て」
「?」
「いいから」
無理矢理にでもネイスを立たせると、その前にガイストが立つ
突然、その場にガイスト跪いた
「が、ガイちゃん?」
「お前が俺の主人だ、俺はお前のただの駒の一つに過ぎない
お前を守るために俺は死のう、お前が生きるために俺は死のう
この先お前の身体が消え行くまで、俺がお前の傍に居よう」
淡々と述べられる言葉に、呆然とそれを聞く事しかネイスには出来なかった
「・・・実感沸いたか?」
顔を上げてからかう様にガイストが尋ねる
「・・ちょっと」
「ちょっとかよ」
立ち上がるとネイスの頭に手を乗せた
「まぁ最初はそんなもんだ、気を楽にしろ」
「うん・・・・」
不安そうにネイスは俯くが、恐らくこの少年なら大丈夫だろう
先程の科白は単にネイスの実感を沸かせるために吐いた物でしかない
しかし、ただそれだけの言葉さえもプライドの高い自分は滅多に言わないのだ
それが何故かこの少年には言えた、あっさりと言えた自分に驚いていた
だからこそ直感に近い物だが、この少年は自分の見込んだとおりの器だと思えた
「さて話も済んだ事だが、どうやってここから・・・ん?」
外から足音が聞こえて、耳を澄ます
程無くして扉が開かれて、其処に人の姿が見えた

「ネイス君」
「ギルド長?」
其処には、ほんの僅かだがガイストも見たあのギルド長が一人で立っていた
「すまなかったね、やっと話がついた・・・もう出ても平気だ」
ギルド長が優しく笑い掛けた
「ただもう一度私の部屋に来てほしい、そこで話がある」
それだけ言うとギルド長は背中を向けて去ってしまう
ギルド長の背中に、見張りをしていた者が頭を下げていた
「話って・・なんだろ?」
ガイストへと話を振る
「さあな、悪い方向に行かなきゃいいが」
いざとなったら、主人を抱えて逃げる事も考えているガイストは
この先何が起きても然程驚く事も無いと、のんびりとした様子だった
漸く部屋から出ると、太陽の光を浴びてネイスが心地良さそうに腕を伸ばした
「んー・・いいお天気」
「ギルド長の所行かなくていいのか?」
「・・・・行こっか」
満足したのか振り向くと、ガイストの手を掴んでネイスが先を歩く
掴まれている手を、ガイストはじっと見つめていた


「ギルド長、それで・・・どんなお話なんでしょうか」
ギルド長の部屋に戻ると、先程の教師もその場に居て
ガイストがそれを睨みつけ、そんなガイストをネイスが抑える
「仲がよろしくて結構です」
その様子をギルド長が微笑ましそうに見つめる
「それで本題ですがネイス君、君には今日から召喚士になってもらいます」
唐突な言葉に、ガイストを抑えていたネイスの動きが止まった
「・・・今、なんて言いました?」
「ですから、ネイス君を今日から召喚士と認めたいと思います」
態々丁寧にギルド長が言い直す
二度も言われて漸く言っている事が飲み込めたのか、ネイスが目を見開いた
「でも、僕そんな魔力とかは・・」
「それはわかっている、しかし君にはそのルナファングの召喚獣が居る
それだけでもう召喚士であるという事なんだよ」
隣に居るガイストを改めて見つめる
力強い体躯の狼人の格好をした召喚獣だった
「そして、出来れば当召喚士ギルドへと所属してもらいたい
所属するかは君の自由ではあるが」
淡々と語り終えるとギルド長が一息つく
「それと、君がギルド内で召喚獣を連れ歩く事も特例で許可しよう」
「ぎ、ギルド長何を!?」
ギルド長の言葉に教師が驚く
「ギルド本部は神聖な場所であり、ただの召喚士が
召喚獣を連れて入れるような場所ではありません!」
「ただの・・・なら、ですね」
「どういう事ですか?」
その返し方に、疑問を投げ掛ける
「聞くところによればネイス君は特に目立った成績でもなかったと聞きます
私も何度か話しましたが特別大きな魔力を持っているとも言えませんでした」
ネイスが俯く、自分には確かに召喚士の特徴である莫大な魔力という物が無いのだ
「ですがルナファングというのは、少なくともそのネイス君の魔力で召喚出来る程
弱い召喚獣ではないのです、それを呼び出したネイス君は何なのでしょうか?」
「それは・・・・・」
「ただの召喚士ではないのかも知れません、私の見込み違いなのかも知れませんが」
「・・ギルド長が、間違いだなんて事は」
「だからそうですね・・・・ここは一つ様子を見てはどうでしょう?
そのためにギルド内に召喚獣を連れて入る事も私が許しましょう」
ギルド長の決定には逆らえないのか、教師が振り返りネイスを見つめる
「・・聞いた通りだ、お前は今日から召喚士・・・もう養成学校へ来る必要も無い
このギルドに所属するのならば家も与えられるだろう、頑張れよ」
それだけ言うと教師は出て行く、教え子でなくなったネイスはもう無関係に等しく
他にも星の数程居る生徒の相手をしなくてはならないのだ
「それではネイス君、本題だ」
待っていたかの様に、ギルド長がネイスへと不適に笑った

「ネイス君・・・いやネイス、貴方は当ギルドへ所属する事を望みますか?」
何時も感じられる穏やかな空気から一変して、ギルド長から恐ろしい程の威圧感を感じた
「これは強制ではありません、フリーで生きている召喚士も当然居ます
君が入りたいと望むのなら君を歓迎しましょう」
ネイスが困った顔になり、横のガイストへと視線を流す
「俺はどちらでも構わないが・・・ネイス、お前が後悔しない道を選べ」
そう言われて目が覚めたのか、暫くネイスは考える
五分程経った頃だろうか、顔を上げてネイスはギルド長へと言った
「・・ギルドへの所属を希望します」
横に居るガイストが、その言葉を聞いて笑った
「ではネイス、君を当ギルドに所属する召喚士の一人として認めます」
待っていたかの様に、ギルド長がにっこりと笑う
「君の住む場所を与えましょう、本部入口のカウンターにて
召喚士である事を名乗れば後は案内してくれるでしょう」
「・・・ありがとうございます!」
「・・礼を言うのはこちらも同じだよ、人手不足だからねこのギルドも」
ギルド長から洩れた本音に、ネイスも笑った



小さな家の扉を、ネイスが開いた
「ここが・・・新しい家・・」
召喚士になった今、ネイスの住む場所は変わった
前は養成学校で何十人という生徒と暮らしていたのだ
それが、突然一人暮らしになった
部屋を見渡しながらも奥の部屋へと進む
あるのは、質素な寝床だけだった
最初の部屋に戻る
最低限の物以外は何も見当たらなかった
「・・頑張らないと」
ネイスが呟いた
その様子を、ガイストは黙って見つめていた

家を見渡して、ガイストは一つ息を吐いた
召喚士が住む家としては、随分と粗末な家だと思った
今が寒い季節だからなのか外は明るいというのに
隙間風が吹いていて部屋は肌寒いのだろう
ガイストには、それは感じられなかったが
目の前のネイスは少しだけ寒そうにしていた
そのネイスが一度顔を上げると自分と向かい合う
「・・ガイちゃん、よろしくね」
そう言われて、ガイストが少しだけ怯んだ
「・・・・よろしくな」
こうして、召喚士と召喚獣の生活が始まった


「ガイちゃん、ホットケーキ焼いたんだけど食べる?」
その後は、ネイスが自分の召喚獣が出来たとやたらと張り切っていた
何処から持ってきたのか材料を取り出し料理を始めて
目の前に並んだ料理にガイストは困った顔をしていた
用意が終わると、反対側に座ったネイスが早速食べはじめた
一口食べて満足そうに笑う
それを見て漸く、ガイストも料理を口に運んだ
「美味しい?」
問い掛けられて、暫く固まっていたが
頷くとネイスが嬉しそうに笑った
何となく、ガイストは照れ臭い気分になった


食べながらあれこれと話していると、何時の間にか夜になっていた
気温は更に下がり、ネイスの身体が小刻みに震えていた
「もう寝ないとね・・寒いや」
食器を片付けると目を擦ってネイスが自分の部屋へと歩き出す
「じゃあ、ガイちゃん・・・またね、おやすみ」
一度振り返ると、手を振った
部屋に入ると布団に身を包んだ
それでも、寒さを完全に遠ざけるのは無理だった
「・・寒いのか?」
何時の間にかガイストが部屋に来ていて
慌ててネイスは起き上がる
「・・・平気だよ、ガイちゃんは戻らなくて平気なの?」
召喚獣は用が済んだら自分の世界へと帰ると、先程ネイスは聞かされていて
帰らないガイストを不思議そうに見つめていた
ガイストは暫く考え込んでいたが
おもむろにネイスの居る布団に入った
「が、ガイちゃん・・?」
ネイスが慌てた様子でガイストを呼んだが
ガイストは何も言わずその身体を緩く抱き締めた
「うわっ、ガイちゃんすごいフカフカだあ」
毛並みの良さに、思わずネイスが驚く
「それにあったかい・・・」
気づけば寒さは完全に無くなっていた
ガイストの身体は淡い光を放っていて
魔力で態々ネイスが寒くない様にしているのだろう
見上げると、自分を見るガイストと目が合う
「ありがとう・・」
礼を言うと、疲れが溜まっていたのかネイスが直ぐに目を瞑り眠りはじめた
ガイストはその様子を黙って見つめていた
自分は、ネイスには過ぎた召喚獣だと思う
それならば今直ぐにでも契約を切って逃げ出しても良かったのだが
それとは別にこの子供に、自分は多少期待をしていた
この僅かな魔力しか持たない子供が、何故自分を呼び出せたのか
ギルド長の様に自分もまたそれに興味を持っていたのだ
ただの子供なのか、それとも自分が予想出来ない程の素質を持っているのか
まだ分からなかったが、少し様子を見ようとガイストは決めた
少しだけ、抱き締める力を強くした

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