ヨコアナ
3.本契約
「召喚、ルナファングガイスト!」
魔方陣の中央で、ネイスが叫んだ
直ぐにその後方に光が溢れ、淡く光るガイストが現れる
「ガイちゃん、おはよう!」
振り返るとネイスが笑って元気な声で言った
主人の様子に多少圧倒されながらも、ガイストは片手を上げて答える
「ネイス、何か用件があるのか・・?」
「えっと・・・用件っていうほどではないかも知れないけど・・少し待ってね」
再びネイスは魔方陣の中央に戻る
そして、暫く黙ったまま身体中に魔力を溜めていた
「・・召喚、バーストタイガージン!」
言葉を言うと同時に、魔方陣全体から雷の魔力が溢れ出した
一度それが眩く光ると、ガイストの隣にジンが現れる
現れたジンは眠たそうに目を細めていた
「・・・・・・」
目を開くと、ジンはネイスの姿を確認する
確認し終わると同時に少しだけ笑い、手を振った
「やった・・ジンも召喚出来た!」
ジンを召喚したのは今のが初めてであり
ガイストと同じ様に呼び出せるかがネイスは心配だったのだが
無事呼び出せた事に安堵して、また笑った
「・・・それで、用件は」
にこやかな二人を交互に見て、複雑な顔をしたガイストが続きを促した
それに素直に応えると、ネイスが口を開く
「・・遊ぼう!」
三回目の笑みを浮かべていた
ガイストが不満そうな顔をしていた
今はネイスの家の壁にその身を預けていて
視線の先には、床に仰向けになるジンと
その上で気持ち良さそうに目を細めるネイスが居た
「なぁ・・・普通、外で遊ばないか?」
「だって寒いんだもん今」
季節は未だ冬であり、寒さの苦手なネイスは家の中で遊ぶことを選んだ
ジンは何も言わずただネイスに言われるがままその相手をしていて
今はネイスの丁度いいベットになっていた
「ジンもあったかいね・・・」
ガイストと比べているのか、ネイスが恍惚の表情で呟く
その頭をジンが撫でていた
それを見て更にガイストは表情を曇らせる
「・・ネイス!」
耐え切れなくなったのかガイストが叫んだ
すっかりジンに埋まっていたネイスが顔を上げる
「どうしたの?ガイちゃん」
手を上げて、ガイストが口を開いた
しかしそれ以上先は、言葉を出せずにいた
誇り高きルナファングが言いそうにない事を言おうとしていた
慌てて首を横に振る
「・・もしかしてガイちゃんも遊びたいとか?」
ガイストの動きが止まった
視線を徐々にネイスへと向ける
「そんな訳ないか、ガイちゃん嫌がってたもんね」
ガイストの返事を待つ事なくネイスはそう言うと、再びジンとじゃれはじめる
言葉を吐き出せない自分をガイストは疎ましく思った
それ以上に、ジンは何も言わずただネイスの相手をしていた
その後は、依頼の報酬で買った食材でネイスが料理をした
奮発したと言った食材は偶に見かけるネイスが何時も食べている物よりずっと上質の物で
それにも、ガイストは眉を顰めてしまう
ジンは睡魔が全身に回ったのか机に頭を乗せて眠っていたが
料理を運んできたネイスに起こされると、一度目を擦ってから料理に手を伸ばしていた
ガイストも料理を口にすると、少し微笑む
「美味しい・・?」
味の心配をしているのか、ネイスは珍しく俯いているが
直ぐにジンが身体全体で喜んでいるのを見て、笑った
その二人の様子を見つめていた
自分では素直に言う事が出来ないだろうと思っていたところで
ジンは丁度いい存在かも知れないとも思った
そのまま暫く会話を交わしながら時を過ごしていたのだが
不意に扉を叩く音が部屋に響いた
一度動きを止めたネイスが顔を上げると慌てて向かった
扉の前で一度立ち止まると、租借していた口の中の物を一気に飲み込んで息を吐いた
その仕草にガイストの口元が緩む
視界の隅に、ジンを捉えた
ネイスの作った料理を頬張りながら一々幸せそうな顔をしていて
「お前も一応ヤバイ種族なんだよな・・・」
そうは思えなくて、そう言った
ガイストの言葉にジンはガイストを見る
口には食器を加えており、口元は汚れていて
膨大な魔力を持っている以外は普通の虎人と何も変わりはなかった
所詮召喚獣とヒトの違いなどその程度の事ではないかとも思ったのだが
それでも、ネイスは自分と今はこのジンが居る事で更に差別を受けてしまう
段々と暗くなるガイストの表情をジンが不思議そうに見つめていた
丁度その時、二人の元にネイスが戻ってくる
「手紙だって、急ぎの」
封を切ると紙を取り出してそれに目を落とした
読んでいる途中でその目が見開かれる
「ギルド長からの手紙だ・・」
ギルド長からの手紙と聞いて、ガイストは顔を上げた
ネイスは暫くそれを見つめていたのだが
途中から首を傾げはじめた
「本契約?なんのこと・・・・?」
今度は、ガイストがそれに反応を示した
「・・・もうそんな時期なのか」
「ガイちゃん、知ってるの?」
「ああ・・とりあえず、飯の後に話すぞ」
頷くと、ネイスは席に戻り料理をまた食べはじめた
ガイストは、それ以上食べる事が出来なかった
食事も終わり、食器を片付けて
今は静かになった室内でガイストとネイスは向き合っていた
隣で、ジンは気持ち良さそうに眠っており
起こした方がいいかも知れないと思ったが、ネイスが寝かせておいてと言ったので何もしなかった
「それで、本契約ってなに?」
手紙には、ギルド長からの言葉で
そろそろ本契約をしてみてはどうだろうかと書かれていた
まだ召喚士の勉強をしていた時にネイスはいきなり召喚士になったので
手紙の意味が上手く飲み込めていなかった
「そうだな・・まず、契約の事はわかるよな?」
「召喚士が召喚獣を呼び出す事だよね?」
ガイストが頷く
ネイスと今こうしているのも、呼び出された事から始まった
「召喚士の魔力に召喚獣が呼応する、それで召喚獣は召喚士の場所に召喚される」
「それで契約が完了するんじゃないの・・?」
最初に、ガイストと出会った時ガイストはそう説明していた
「ああ、だがこれは契約と言っても仮の物みたいな意味でな
本契約はこの契約が済んでからしばらくして、それでもまだ主従の関係を続けたい時にするものだ」
通常は一年以上も待つ事はほとんど無いのだが
ネイスの特別な事情をギルド長が察して、今までは何も言わなかったのだろう
そして今が適当な機会だと思ったのか、この手紙を送ってきた
「じゃあ、別になにかが変わる訳でもないの?」
「そうだな、契約を切る事が難しくなる以外に特に支障はない」
一度本契約を交わすと、召喚士が死ぬ以外に楽に契約を切る方法は無かった
本契約をした後に契約破棄をしたくなり、主人を殺した召喚獣の話もガイストは知っていた
「なら明日にでも行こうよ!」
そんな思いを知るはずもなく、ネイスが笑って言う
本契約を結べば召喚士として完全な僕を持ったという事にもなり
今までよりも多くの任務を任されると書いてあったのを見てネイスは乗り気だった
「そうだな・・・・」
それにガイストは頷いた
それでも明るさの失われたガイストを見てネイスが心配そうにその顔を見つめる
「どうしたの?ガイちゃん」
「いや、なんでもない・・」
そう言って二言三言話すと、ガイストは召喚獣の世界へと帰ってしまう
残されたネイスは、眠っているジンの頭を撫でると
複雑な顔をして自分の部屋へと戻っていった
扉を開くと、ネイスが外へと出た
その後ろにガイストとジンが続く
「あとは、ギルドに行ってギルド長に話すだけだね」
本契約の前に一度来てほしいとも手紙に書いてあり、振り返ってネイスが言う
「・・ああ」
ガイストは、まだ何かを考える仕草をしていた
それを見てネイスは表情を曇らせたが
二人に気づかれないように前を向き直した
ギルドへ着くとそのままギルド長の部屋へ向かう
まだ朝早い時間だからなのか、迎えたギルド長は少し眠たそうにしていて
それに反応する様にジンが欠伸をした
それを窘めるとネイスが手紙を手に取り用件を切り出した
「本契約をするんだね・・?」
ネイスが頷く
「今回はガイスト君との本契約を薦めたが
機会があればジン君との本契約も、しておくといいかも知れないよ」
ジンとも本契約を結べるのなら、かなりの戦力になるのだ
ギルドにとってもネイスにとっても悪い話ではなかった
「・・ジン、どうする?」
問い掛けられて、半分眠っていたジンが慌てて目を開いた
「・・・・ごめん、後でいいや」
恐らく余り頭に話は入っていなかったのだろうと思うと、ネイスが苦笑いを零した
ギルド長に視線を戻すとギルド長も静かに笑っていた
「それでは、今回はガイスト君との本契約でいいかな?」
「はい・・・いいよね?」
後ろのガイストへと視線を向ける
ガイストが黙ったまま頷いた
「・・・・それでは、当ギルドにある儀式の部屋で本契約をするといい
手順はガイスト君なら知っているだろう」
話が終わると、ネイスが頭を下げて部屋から出る
それにジンが続いた
「ガイスト君」
ガイストが向かおうとした時、ギルド長がガイストを呼び止めた
「・・何か、迷っているのかい?」
流石にギルド長は直ぐにガイストの様子の違いを見抜いたのか、言葉を口に出す
「迷っているのなら本契約はオススメしないが・・・」
ギルド長も本契約をした後の契約破棄の事を心配しているのだろう
それにガイストは首を左右に振った
「そういう事じゃねぇ・・・・んですよ、ただあいつが心配なんです」
途中で一度咳をしてから、ガイストが俯く
「もう一度、本契約の前に話してみます」
ガイストが頭を下げて部屋から出た
それを黙ってギルド長は見送っていた
大きな建物の入り口に立っていた
この中に魔方陣があり、其処で本契約をすることになる
「ジン、お留守番ね」
ネイスが言うと、ジンは頷いて入り口の横に座ると然程間を置かず眠りはじめた
それを見て薄く笑うと、ネイスはガイストを見る
「行こう、ガイちゃん」
扉をネイスが開いた
薄暗い空間の中に二人は佇む
足元には巨大な魔方陣があり
思わず喉を鳴らした
「・・なんだか、にてるね」
辺りを見渡してからネイスが呟いた
「なにがだ?」
「ガイちゃんと初めて会った所と」
ガイストがネイスを見つめた
初めて会ったのは、まだ召喚士養成学校に居た頃だった
「・・当たり前だろ、養成学校はギルドの隣だし
造りはほぼ同じのはずだ」
それでも、あの時よりも部屋はずっと広かった
「・・・ところで、本契約ってどうするの?」
ガイストと目を合わせると本題に入った
本契約と聞いて、ガイストが少しだけ俯いた
「本契約は、主従の関係を維持させるためのものだ
これでよりお互いの位置を知る事ができ、魔方陣が無くても楽に呼び出せるだろう」
上級の召喚士なら、態々魔方陣を使わずとも仮契約の召喚獣を呼び出せるが
ネイスにはとても無理な芸当だった
「主人と、僕となる者がお互いの魔力を交換するだけでいい・・
お互いがお互いの魔力を感じていればそれでいいんだ
それが召喚獣にとって主人の物であるという証にもなる」
ガイストの説明を、ネイスは熱心に聞いていた
理解すると掌を差し出して其処に淡い光を作り出す
無言で、ガイストもその手に月の光を灯した
「ネイス・・」
ネイスが掌の光をガイストへ渡そうとした時にガイストは重い口を開いた
「なに?ガイちゃん」
「・・・・本当にいいのか?俺と本契約を交わしても」
言葉に、ネイスの表情が曇った
「本契約をすれば、簡単に契約を切る事はできないんだぞ?」
ガイストには、ネイスを殺す事は出来そうもなかった
それ以外の方法では、互いの身体の中に在る相手の魔力を消せばいいのだが
魔力の強いガイストの魔力を消すには長い月日が掛かるのだろう
「お前はこの一年、俺と居て辛い事ばかりを味わってきた・・それが続くんだぞ」
今まではやろう思えば直ぐに契約も切る事が出来た
ガイスト自身ネイスに興味があったので、ネイスのやれる限りは続けていこうと思っていたのだが
意外にもネイスは今この時まで、それを耐え切ってきたのだ
しかしこの先は、下手をすれば一生ネイスは自分を呼び出した者として蔑まれて行く事になる
加えて今はジンも居るのだ、これからは更に風当たりは強くなる
一緒に居たいと思ってはいるのだが
今直ぐに自分とジンとの仮契約を切り、普通の生活に戻せやしないかとも思っていた
「ガイちゃん」
ネイスが、名前を読んだ
何時もよりも迫力のある様な気がした
「僕は、ガイちゃんと一緒に居られて幸せだよ」
ネイスが微笑んだ
それを見て、思わず顔が熱くなるのを感じる
「辛い事ばかりってガイちゃんは言うけど、楽しい事もいっぱいあったよ」
何時でもガイストは自分の傍に居た
それがネイスの心の支えになっていた
最初の内は、ガイストを呼び出したからこうなったのだと多少は恨んだ事もあったが
直ぐにガイストと打ち解けて、その想いも消えていった
「だから、僕にとっては辛い事ばかりなんかじゃない」
何時の頃からか、今の生活が好きになっていた
時々畏怖の目で見られて怯える事もあったが
それ以上に、今は充実してネイスは幸せだった
「だから・・・だからさ、ガイちゃんだけは辛い事だったなんて言わないでよ・・」
頬に涙が伝った
ガイストには、ただ自分が辛いだけにしか見えない時だったのかと思うと途端に物悲しくなった
ガイストが、手を差し出した
魔力を持つ手とは反対の手でネイスの頭を撫でた
「・・俺は、駄目な召喚獣だな」
ネイスはただ辛いのだとばかり思っていた
それが、何時の時もガイストの心を責め続けていた
「ダメじゃないよ、こんなに優しいんだもん」
涙を無理矢理拭うとネイスは笑ってみせる
子供だと思っていたが今は本当に立派な主人になっていた
子供なのは、800歳を過ぎた自分なのかも知れなかった
撫でていた手を引くと、ネイスの前に差し出した
その掌の上にネイスは自らの魔力を乗せる
それは次第に掌の上で溶けて、姿を消した
今度はガイストがネイスの掌に眩い光を放つ魔力を置く
ネイスが、それを胸に当てるとその身体に魔力は吸い込まれた
一瞬だけ二人の身体が光った
光が止むと、ネイスが少し驚いた顔をしていた
「あったかい・・・」
「・・俺もだ」
自分以外の魔力を身に宿すという事の意味を知った
今までよりもずっとガイストが近くに居る様な気がして
それだけでネイスは安心出来ていた
ガイストも同じ様に、胸に手を当てて口元に笑みを浮かべていた
「ありがとう・・・ネイス」
「・・こちらこそ」
本契約を祝うかの様に、ガイストの周りにある月の光が強く輝いた
「召喚、ルナファング・・ガイスト!」
ネイスがガイストを呼び出した
現れたガイストは、目を開くと一度辺りを見渡した
何処を見ても暗闇も魔方陣も見当たらず、此処がただの昼の道だという事が分かる
「・・・本当に本契約しちまったんだな」
何時もと違う場所に召喚されて、漸くガイストは本契約を結んだ事を理解する
「・・後悔してないよな?」
「ガイちゃん、それは言わないって約束でしょ」
あの後もガイストは執拗にネイスの事を心配していて
今後その話題は口にしないようにと、ネイスが注意していた
それでもガイストは心配そうな顔をしていた
「・・大丈夫だよ」
どうにか元気付かせる様にネイスは笑う
それを見たガイストが諦めた様に笑い返した
「ガイちゃん、本契約をしたから新しい任務を貰ったよ」
ガイストが元に戻ったのを確認してネイスが言った
「今までと違って、少し遠い所に行くみたい・・」
今までは魔方陣が無ければガイストを呼び出せなかったために、こういった任務は貰えず
本契約をした効果とも言えた
「しばらくは、ガイちゃんの心配してる事も大丈夫だね」
知らない場所に行くのなら、此処の様に風当たりは強くないはずだ
それを聞いてガイストは安堵した
「ガイちゃん行こう!」
ネイスが走り出した
それを暫しの間見守ってから、ガイストも足を前に出した
穏やかな時間が、また始まった
ガイストは、歩きながら口元に笑みを浮かべていた
ネイスと二人きりなのは何だか随分久しぶりな気がした
最近はジンが傍に居るからなのか、自分が主人を独占する時間が無かったのだ
今は、そのジンも居ないからか
時折振り返ってはネイスは手を振っていた
「・・・あ、そうだ」
何かを思い出したのか、ネイスが立ち止まった
「どうしたんだ?」
「待っててね」
ネイスが目を瞑った
ガイストは本能的に嫌な予感を覚える
それが、数秒後にジンが現れるという事態で的中した
その姿を見てガイストは思わず一歩後ろに下がった
当のジンは、瞳を開くと
自分に向かって笑顔で手を振るネイスを見て笑った
「ね、ネイス・・・・」
「・・・えへ、本契約」
これ以上無い程幸せそうにネイスがガイストに向けて笑った
それを見てガイストは一度深い溜め息を吐いたが
相変わらず幸せそうなその顔を見ると、次第にその気持ちも消えていった
「将来は大物だな・・・」
誰にも聞こえない様にガイストが呟いてから、歩を進めて先を促した
穏やかな時間に、少しだけ賑やかさが足された気がした
身体に掛かる重みに、ガイストは低く呻き声を上げた
重さに耐えきれない大地が見る見る内に足を呑み込んでゆくのが視界に収まる
「ガイちゃん!!」
ネイスの声が聞こえた
その後ろには、ガイストへ駆け寄ろうとするその身体を抱き締めて繋ぎ止めているジンの姿もあった
「馬鹿野郎!来るんじゃねぇ!!!」
有りっ丈の大声で怒鳴りつけると、ネイスは一瞬怯んだ様だった
それに安心すると、力が抜けたのか更に重みは増す
両腕で支えているのは巨岩だった
ネイスとジンが立っているのは洞窟の前で、自分はその入口で岩に潰されそうになっていた
どうにかネイスの身の安全を確保したのはいいが、これ以上はとても耐えられそうになかった
片膝をつくと、周りに岩が落ちはじめ脱出は困難になる
「ガイちゃん!」
前に出ない身体を、ネイスは乱暴に動かす
それでもジンは決して放す事はなかった、それは主人の身を危険に晒す事だった
「なんでガイちゃんだけ・・・こんな目に・・」
眼尻に涙を浮かべたネイスが弱弱しく呟く
その間にも岩の量は増え、段々とガイストの姿はそれに隠れていった
「・・・そんな顔するなよ、ネイス」
呻きながらも、ガイストは笑って見せた
ネイスが俯かせていた顔を跳ね上げる
何時もの様な嫌らしい笑みを、ガイストは浮かべていた
「俺の好きな奴が助かるんだ・・・こんな幸せ、そうそうお目にかかれないもんだろ?」
言い終わった頃に、ガイストの腕の力は抜け巨岩が落ちた
ネイスが、叫んだ
「っていう感動的な話だったはずなんだがよ」
暗闇に光を灯して、ガイストはぶちぶちと不貞腐れた様に話を始める
「別に、外側に出る力が無かっただけで岩持つの諦めて後ろに下がれば平気だし
その後どうにか外に出てネイスと合流して感動の再会ってヤツを味わうつもりだったんだよ」
呟く言葉が、反響しあって此処が洞窟の中なのだとうんざりするほど伝わってくる
「感動的だろ?命を張って助けた主人との対面なんて・・・まぁ、死なないけどな」
独り言の様に話しているが、そのガイストの前には黙ったまま何度も頷き納得した顔のジンが居た
それを見て、ガイストは頬を引き攣らせ額に皺を寄せた
「なんでお前まで来てるんだこのアホたれが!!」
「・・・・・命令」
「無視しろよそこは!」
岩が落ちる刹那、ネイスは振り返ってジンを見てその名を叫んだのだ
何を求められているのかを即座に理解したジンはそのまま雷で塞ぎかけた道を抉じ開け無理矢理洞窟へと侵入した
ガイストが怒るのも無理はなかった、今ネイスは独りで外に居るのだから
盗賊が出ると噂されているこの辺りを歩かせるのは心配だった
「今は俺達を召喚出来ないから、お前だけでもあいつの傍に居ないといけねぇってのに・・・」
周辺一帯は、魔力の環境が悪く本契約を交わしたネイスでも召喚は困難だった
自然にある力を利用して召喚をする事が多いのだが、その魔力の無い地では上手く呼び出すことが出来ないのだ
熟練者なら多少は無理が利くが、それでも本契約を交わしたばかりのネイスには酷な事だった
「・・・・とにかく、すぐにでもネイスの所へ戻るぞ」
ジンを叱り飛ばしても仕方ないと、ガイストは奥の道へと歩きはじめる
間後ろの巨岩を全力で壊してもいいが、下手な事をして大きく崩れれば外に居るネイスが危険に晒されてしまうため
道がある今は、そちらを利用しようという判断だった
ガイストの遠退く足音を聞いて、漸くジンは閉じていた瞼を開く
二三度辺りを見渡すと、慌てた様子でガイストを追って走った
舌打ちをしながらガイストは歩いた
全速力で走っては、確実に壁にぶつかる
それを避けるために魔法を使えば今度は間違いなく壁が崩れ落ちるのだろう
急ぎたくてもそれが許されない今の状況に腹が立った
「・・・・しかも隣がお前じゃなぁ」
横目で嫌味を隠さずに口にするが、当のジンは眠たそうな顔をして黙々と歩いているだけだった
この虎の召喚獣がまともに話すところをガイストは見たことが無かった
例えばこれがネイスなら、他愛もない
後で思いだす事も出来ない会話をするのかも知れない
其処まで考えて、自分がどれだけネイスに懐いているのかが理解出来てガイストはちょっとだけ項垂れた
「犬かよ俺・・」
主人を選び、気に入らなければ牙を剥き、決して膝をつかない
大部分のルナファングはそんな種族だった、ガイストも昔はそんな考え方だったが
何となくネイスに呼ばれ、何時でも逆らえると遊び半分で行動を共にしていたのにそれが変わったのだ
隣のジンを見つめた
自分と似た様な、ともすれば召喚獣での害獣と呼ばれ兼ねない種族なのだが
このジンも、やはりネイスに従順でとてもそんな野蛮な種族には見えなかった
「壁壊せりゃまだ楽だが、やっぱ不味いよな」
何度か傍の壁を軽く叩いて質を確かめるが、軽い衝撃で既に崩れはじめていて
魔法でも放てば一瞬にして崩壊するのだろう
隣でそれを納得した様に見つめていたジンは、両手を前に差し出すとそのまま空を犬かきする様に動かしていた
「いや、駄目だろ」
確かにそれなら崩れないかも知れないが、今度は時間が掛かり過ぎてしまう
結局、前に進むしかない様で再び歩を進めた
「・・・・なぁ」
沈黙に耐え兼ねたのもあって、ガイストはジンを呼ぶ
前を見ていたその顔がこちらを見る
やはり沈黙は守ったままだったが、初めて対峙して戦った時の顔とは別物で油断しきった表情だった
「今更だけどよ、なんでお前はあいつにつく事にしたんだ?」
相変わらず、ジンはただネイスに呼ばれたらその傍に寄り体毛を提供するだけで
それ以外はひたすら眠る事を繰り返しているよく分からない存在だった
「つーかお前、ノリで入っただろ?」
「うっ」
ガイストの突っ込みに、珍しくジンの口から音が出る
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
暫く瞳を大きくして固まった後、元に戻るとジンは首を横に何度も振っていた
「・・・・それならいいけどよ」
呆れながらも、ガイストは内心心配なのだ
ただの子供に、自分を含めた凶暴な召喚獣がつく事に
中途半端な気持ちでネイスに仕えてほしくなどなかった
「お前があいつに心から仕えたいと思ったのなら、それでいいんだ
ただ、もし違うのなら・・・あいつを追い詰めないでくれ」
ネイスは今がいいのだと言う、自分もそれに同意をする事が出来る
それでもネイスが傷つく事実もまたあるのだ
ガイストが出来るのは、ネイスを心から支える者を受け入れることだけだった
それすら余計な事なのかも知れないが、自分の主人の問題なので流石に引けなかった
独りで考え事に耽っているとふと笑い声が聞こえてガイストは顔を上げた
眠たそうな顔だったジンが微笑んでいて
細めていた瞳が今は大きく開いて、自分を映していた
「・・・・俺は、ガイストとネイスが羨ましい」
そう言って、またジンは微笑む
まったく裏表の無いその表情に肩透かしを食らいつつもガイストは恥ずかしくなった
ジンはただ、ネイスを見つめて一緒に居たいと思ったのだろう
自分とネイスの繋がりを見て、僕になると決めたのだろう
それなのに自分は、ただジンを疑うだけだった
「・・・・俺が悪かった」
一つ息を吐いてガイストは謝罪する
気を悪くした訳でもないジンは、ただ笑い声を上げて先を促してくれた
陽光の下で、ガイストは停止していた
視線の先に居るのは男に押さえられ首に刃物を当てられているネイスで
それを、どう助けようか思案していた
洞窟を進むと決めてから、ひたすら歩き続けるとやがて反対側の出口に辿り着いたのだが
外に飛び出したガイストの視界に広がったのは、捕まったネイスの姿だった
自分達を懸命に探し回っていたネイスは心配した通りやはり盗賊に捕まった様で
召喚獣の不意撃ちを恐れたのだろう、大胆にも目の前に現れると主人を盾にして盗賊達はガイストが召喚獣の世界に帰る事を要求してきた
ここで帰れば、ネイスはこの地では召喚が出来ないのだからそのまま連れ去られてしまう
しかし、帰らなければ身の危険が迫っていた
「わかった、俺は抵抗しない」
自分がどちらに転んでも良くない状況だと判断したガイストは軽口を叩く様に言い一歩進んだ
それとまったく同じ時間に、洞窟の入口から凄まじい爆音が轟く
唸り声も其処から聞こえ、爆音で立った土煙りが降りると牙を剥き出しにして雷を纏ったジンが居た
バーストタイガーの名に恥じないその雄々しい姿に、ガイストは口元を緩ませてからその場から消え去る
次にその姿が現れたのは、ジンの登場でネイスを押さえたまま我を忘れて固まる盗賊の前で
盗賊がガイストを瞳に映すと同時に、ガイストの一撃が決まりネイスを助けだす事に成功した
そのまま、凶悪な魔力を感じてネイスを抱き締めると再びガイストは消える
一瞬の後に、盗賊の群れにジンの放った網状の雷が覆い被さり全員を感電させていた
ジンもネイスの事を考慮してか、巻き込んでもガイストの魔力で何とかなる様に威力は抑えられていたが
本気を出せば全員を消し炭にする魔力があるのだろう
魔法を解除し、そのままジンは一番近い盗賊の元へ辿り着くと
腕を振り上げて、また雷を練り上げていた
その腕を、息を乱したガイストが掴み止める
「もういいだろ、気絶してるぞ全員」
ネイスを全力で安全な場所に移したせいで、その手に力は入っていなかったが
それでも、ジンはそれで魔法を使うのを止めた
物陰から様子を窺っていたネイスも視線を絡めると首を横に振っていた
「しかしまぁ、あいつあんなに強かったんだな」
盗賊を放置して、近くの町に辿り着き宿屋に入ってからガイストが言った
「そうだね、僕もびっくりした・・・やっぱり、強いんだね」
ネイスも、ガイストが強いのは知っていたが
ジンもあそこまで暴れる事が出来るとは思っていなかったのだろう
当のジンは、窓から見える景色を眺めては元に戻ったのか半分は眠っていた
「おかげで助かったが、ありゃ下手したら何人か死んでたな」
「ありがと、ガイちゃん」
ネイスが殺生を嫌がるのを理解していなければ、ガイストも相手を始末していたのかも知れないが
主人の意を汲む、という事がガイストの行動を決めていてジンを止める切っ掛けになった
「ったく、普段はマヌケの虎にしか見えないくせっ・・・」
ガイストの言葉が途中で終わって、ベットに座り腕を伸ばしていたネイスの動きが止まる
外の景色を見るのに飽きたジンが、背中からガイストに抱きついていた
「お、おい止めろ!お前の主人は向こうだろ!!」
そう言っても、ジンは嬉しそうにガイストに抱きついていた
「珍しいね、ジンが自分から抱きつくのって」
ネイスに呼ばれて、機嫌が良い時にそのまま抱きつく事はあるのだが
何も無かったのにジンから、というのはネイスも初めて見る光景だった
「そんなに洞窟の中で仲良くなったの?二人とも」
「ち、違うぞネイス!俺はそんなんじゃ!」
「なんで焦ってるの?」
ガイストの必死に弁明に、ネイスは首を傾げる
「さてと、それじゃ僕はもう寝るね・・ガイちゃんは床」
「っ!?お、おい俺床かよ!?」
「だってベットひとつだし、三人じゃちょっと狭い・・というか、潰れちゃう」
安宿を使っているのだ、其処にある寝具の耐久力も高が知れていて
加えて、ネイスとガイストだけならまだいいがジンも入ると窮屈なのだろう
「大丈夫だよ、最近暖かくなってきたから!」
風邪は引かないと、ネイスは強がっているのかも知れないが
纏わりつくジンから離れられないという宣告にしかガイストには聞こえなかった
「なんで俺がこんな目に・・・」
ネイスの寝床に背中だけ預けると、脱力した顔でガイストは愚痴を零した
床に横になったジンは、その顔をじっと見つめるとまた嬉しそうに笑っていた