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2.小さくて大きな主人

ガイストは、自分と同じ目の前のルナファングを見つめていた
相変わらず自分の不機嫌そうな顔を見て不敵に笑っていて
苛立ちが込み上げてくるのを感じる
「そう怖い顔をするな」
「話はなんだ、俺は戻らないといけないんだ」
ネイスの元に送り込まれたという召喚獣が気掛かりだった
召喚士自体に戦闘能力というのは皆無に等しいのだ
中には腕の立つ召喚士も居るが
ガイストの見る限り、ネイスはただの子供同然だった
それでも、自分を呼び出したからには何かしらの魔力は持っているのだろうが
普段話をしている時もその魔力は感じないでいた
考えながら、掌に光が集まりはじめる
「早くしろ」
脅しにも似た様な言葉を吐き出す
少しでもおかしな返事をすればそれを放つと言っていた

「お前は、本当にあの子供の主人なのか?」
これ以上はぐらかす訳にはいかないと判断したのか、目の前のルナファングは問い掛けた
「俺は、ネイスの僕だ」
「何故お前のような者が・・・」
納得出来ない顔で言われる
このルナファングは、同じルナファングのガイストがネイスに付くのが信じられないのだろう
「俺達ルナファングは召喚獣としての位も上位に位置する、あのような子供になど手懐けられるはずが」
ネイスの様な、ただの召喚士がルナファングと契約でもしようものなら
姿こそ現れはするものの、その次は八つ裂きにされるのが常だった
だからこそルナファングという召喚獣は召喚士達からは恐れられている種族なのだ
そして、それを召喚士の卵というネイスが呼び出した事によりネイスもまたその様な目で見られている
「あの子供は何か特別な力でもあるのか?普通なら呼び出す事も叶わないだろう」
「どうだかな・・あいつから感じる魔力は並みの召喚士以下だ」
「なら、何故お前は」
問われて、ガイストは少し考える
それもその内終わると然程迷った顔もしないでルナファングの男を見つめた
「・・なんとなく?」
「・・・・・・・それでいいのか?」
答えを聞かされたルナファングは呆れた様な顔をする
「さあな、それでも俺は今あいつと居られて楽しいし・・不満は無い」
でなかったら、当に逃げ出しているところだった
「やはり、お前はルナファングらしくないな・・・」
普通のルナファングなら、子供に付く事自体がありえない事なのだ
「あんなただの子供につくとは、ルナファングの誇りはどうしたんだ」
ルナファングは誇り高い召喚獣だった
それは、ルナファングであるガイスト自身もよく分かっている事で
「最初は俺もそうだったさ、今は・・・なんでか平気なんだよなこれが」
ガイストが笑った
何時の間にか先程とは立場が逆になっていた
「それによ、俺も言いたい事がある」
笑っていた笑みを消すと、掌の魔力が更に強くなった
「例え子供と言えど、俺が従い仕えている主人だ・・主人に対する無礼は許さん」
そのまま、掌の魔力を飛ばした
ルナファングの男はそれを受け止めると、直ぐに消し去る
「同じルナファングにこの魔法は通じない、それは知っているだろう」
「次にそんな事を言えば、違うのをくれてやる」
また、魔力が集まりはじめる
それが先程と違い激しい強さを秘めているのを男は感じ取った


「そうだな・・確かに、子供と言えど主人は主人か」
ガイストが素直に従っている事を感じ取ったのか、何処か諦めた様な顔をしていた
「お前がそのつもりならそれでいい、お前のような変わり者が居ても不思議じゃないからな」
男が、笑った
先程までの不適な顔とは少し違っている様な気がした
「話は終わりだ、あの子供の元に行くがいい」
「そりゃ助かる、で・・どう戻ればいいんだ?」
儀式の座にガイストが戻ると、問い掛ける
最初は笑っていた男の顔がそれを聞いて固まった
「・・・・・・・悪い、戻るならあちらから呼び出してもらわないとそれは無理なんだ」
「ああん!?じゃネイスのところに居る奴はどうやって行ったんだよ!」
「あれは、俺がお前を呼び出すために繋いだだけの通路をあいつが無理矢理通っただけだ」
「ネイスが繋げる事は不可能なのか?」
「・・お前の主人は今、あの儀式の座の上には居ない」
儀式の座近くに居るかどうかは分かるのか、向こうから呼び出す事も不可能だと告げられる
「じゃ、どうすりゃいいんだよ・・・」
「ここから歩いて行けばいい、道ぐらいはあるさ」
「それじゃおせーだろ!!」
「仕方ないだろ?」
「お前が呼び出したんだろうが!」
叫び続けるガイストの声を聞こえていないかの様に涼しい顔をして流される
「早くしないと、子供が殺されるかもしれないぞ?あいつの種族も獰猛な一族だしな」
その言葉をガイストが聞くと、一瞬にして目の前から消えた
あの速度なら然程時間を掛けずに行けるとは思うが
それでも、この遺跡の道を知らないガイストにとっては辛いだろう
「まあ、殺されるような事はないと思うが・・・」
残されたルナファングの男は、儀式の座の隅に腰掛けると寛いでいた
「あいつも変わり者だしな、変わり者に好かれるような子供なのか・・?」
どんな子供なのか、少し興味が湧きはじめていた
「・・俺も変わり者なのかもな」
苦笑いを一つ零した



「ガイちゃん・・どこなの・・・?」
暗い遺跡の中を、ネイスが消え入りそうな声を出しながら歩いていた
その横では何故かネイスに付いてきた、変わり者が掌から光を生み出して辺りを照していて
「・・君、帰らなくていいの?」
どうにも居心地の悪さを感じたのか、ネイスが問い掛けるが
相変わらず少し考えてから頷かれた
「雷の召喚獣・・・だよね?なんでここにいるの?」
此処は光を祀った遺跡なのだ
それなのに、目の前に居る召喚獣と思われる虎の属性はどう見ても雷であり
場違いではないかとネイスは思う
それについての返答を、この召喚獣はしなかった
返事が無いのを仕方なく思うと、違う質問をぶつけようと決める
「なんていう種族なの?」
「・・・・バーストタイガー」
「ば、バーストタイガー!?」
種族名を聞いて、ネイスが驚く
「それって、すごく凶暴な召喚獣の種類じゃ・・・・」
召喚士になってから、様々な召喚獣の載っている本を見た事があるが
その中にある獰猛な召喚獣の例として、バーストタイガーが挙げられていたのを思い出す
それと同じ所にルナファングの事も書かれてあり、それをガイストに見せると苦笑いをされたのを覚えていた
「・・襲わないよね?」
震えながら、目の前のバーストタイガーから距離を取る
「・・・・・・・」
「そ、それには答えてほしいんだけどな・・」
無言のまま、バーストタイガーは歩み寄る
思わずネイスが目を瞑るが
先程の様に手を伸ばすと、今度は頭を撫でられる
閉じていた目を開くと、腕が見えた
「・・やっぱりへん・・・」
そう呟くことが、出来る事の精一杯だった
撫でられていた手が引かれると、先を急ごうと促される
また、遺跡の中を歩いていた
「広いなぁ、ここ・・」
その横で、バーストタイガーの召喚獣は頷く
「・・・・あの、名前はなんて言うの?」
無言の空気に堪えられないのか、またネイスが質問をした
「バーストタイガー・・」
「それは種族の名前でしょ?君の名前」
「・・・・・・・・ジン」
かなり間を置いてから、バーストタイガーはジンと名乗った
「ジン・・・ちゃん?」
後半の部分を言った瞬間、ジンは首を横に振った
「ジン君?」
また、首を横に振られる
「・・・ジン?」
それで、頷かれた
「呼び捨ては嫌なんだけど・・・・」
それでも、目の前のジンの無言の圧力には負けたのか
仕方なくネイスはジンに対しては特別に呼び捨てをする事に決めた

ガイストは、走っていた
ルナファングの男に、ネイスが殺されるかも知れないと言われた時から
頭の中はそのネイスの事で埋め尽くされていた
「ネイス・・どこだ」
高速で移動する度に、時折壁にぶつかりそうになるが
それに構っている暇も無く軽く魔法を放つとそれで速度を弱めていた
所々遺跡を破壊しながら進むと
少し離れた場所に、魔力を感じた
「・・・これは・・」
ネイスの魔力を感じた
その直ぐ近くに恐ろしい量の雷の魔力を感じる
「こいつが変わり者の召喚獣なのか・・?」
ネイスが無事なのかが気になり、ガイストの足は更に激しく動く



「ネイス!!」
角から、突然ガイストが現れた
「ガイちゃん!?」
その姿を見て、ネイスが嬉しそうに声を上げる
そのまま手を振った
「早くそいつから離れろ!」
「え・・?」
ガイストが、掌に集めていた夥しい量の魔力を放った
「わわわ!」
慌ててネイスがそれを避ける
その後ろに居たジンに、それが直撃した
それを見届けたガイストは素早くネイスの元へ駆けつける
「無事か?怪我してないか?」
「う、うん・・・」
何処も傷を負っていないのを見て、ガイストが酷く安心した表情になった
「それより・・」
ネイスは、ジンの事が気懸かりだった
ガイストの魔力が半端でない強さなのは、主人である自分がよく知っているのだ
その攻撃の直撃を受けたジンが心配だった
ジンの方へ視線を向けると、ガイストの放った光が固まったままだった
「・・なんだと?」
慌ててガイストが掌を払うと、ジンが受け止めていたその光が眩く輝いて破裂する
「が、ガイちゃん!」
一度ガイストへ視線を向けた後、ジンへと視線を戻す
煙と光が消えると、その場には無傷のジンが居て
無表情ばかりだったその顔がガイストを見て怒りに満ち満ちていた

怒りの表情になったジンを、ネイスは呆然と見つめていた
先程までは、無表情に近いが優しい顔をしていたのだ
ジンの身体に雷が覆いはじめる
「やるのか?ここは月の遺跡だから俺のが有利だぞ」
月の遺跡にある力は、月の属性であるガイストに味方していて
何時もよりも更に強くガイストの魔力を感じた
その魔力を見ても、ジンは怯む事無く雷を掌に集めて飛ばした
「ネイス、離れてろよ」
短く言うと、ネイスを少し遠い所に突き飛ばしてガイストが飛び出した
雷の塊を受け止めると、両手で挟んでそれを一気に破壊する
それを見届けたジンが更に幾つも雷を生み出していた

戦闘が始まって数分が経った
ネイスは、物陰から二人の様子を窺っていたのだが
やはり月の遺跡の力もあってかガイストが優勢だった
ガイストの猛攻にジンは必死に防御をしているが
一つ魔法を作り出す度にガイストが二つ作り出している状況になっていた
雷の防御を全て破ると、ガイストが最後にひとつ大きな月を出した
「消し飛べ」
掌に現れた丸い月が、一気に膨らむ
その光がジンの顔を明るく照らした
次に、その顔を影が覆う
「ガイちゃん!」
ネイスが、二人の間に入っていた
驚いたガイストは慌てて魔力を収めるが
既に解き放っていた物までは制御する事が出来ないのか、その光がネイスを包みはじめる
「ネイス!!!」
光が、部屋を照らした


ネイスは目を開いた
先程までの明かりは消え、今は暗闇が辺りを覆っていた
自分は死んでしまったのだろうかと思ったのだが
身体が、何かあたたかいものに包まれているのを感じてそうでないのだと知る
頭上から息遣いが聞こえて、顔を上げると
ジンと、目が合った
自分の無事を確認したジンは笑った
無表情という言葉は、もう似合わなかった
ガイストの魔法が直撃する瞬間、ジンは自分を抱き寄せて守ったのか
今、自分はジンの胸に顔を埋めていた
ガイストは無事なのだろうかと振り返るとジンの腕が見えたのだが
その腕の、途中から先が完全に消滅していた
「・・・ジン・・」
痛々しいその腕を見てネイスが言葉を失くした
もう一度ジンの顔を見るが、相変わらず表情は変えないままで
次に、腕を消滅させたガイストへと視線を送った
「ガイちゃん・・」
ネイスの落ち込んだ顔を見たガイストは、居心地の悪さを感じたのか俯いてしまう
「ジンは、いい召喚獣だよ・・・攻撃しないで」
「・・・わかった」
主人に言われてはどうする事も出来ないと、ガイストはそれに従う
漸く争いが静まると、ネイスは再びジンの腕を見た
ネイスが落ち込んでいるのを見て、ジンが不思議そうな顔になる
「腕が・・・・」
ネイスの言葉に、ジンが驚いた顔をするが
失わなかった方の腕でネイスの肩を軽く叩く
次には、その腕を失くした腕に向けると雷が発生した
程無くして、失くした腕が一瞬にして再生する
「うわっ!?」
それを間近で見せられたネイスは悲鳴を上げていた
ネイスの驚く顔を見れたのが嬉しいのか、ジンは子供の様に笑う
「ビックリさせないでよ・・・」
ネイスが、胸に手を当てて安堵の息を吐いた

「気が済んだか?」
何時の間にか、傍にガイストは居てネイスを見下ろしていた
「召喚獣だから腕だろうが足だろうが吹き飛ばされても平気なんだ」
そう言ったガイストを、ネイスは少し寂しそうに見つめた
「でも・・痛いよね?」
「そりゃ少しは・・・・」
実際に腕を失う程の痛みは確かに感じるのだが
直ぐにその痛みは魔力で消されてしまい、命じれば即座に再生するのだ
「だったら駄目だよ喧嘩なんて」
再び、ネイスがジンを庇う様に立つ
ジンはその後ろからガイストを見つめていて、ガイストはそれを睨んだ
「・・・ネイス、こっち来い」
無理矢理ネイスの腕を掴んで引っ張ると、少し離れた場所まで誘導する
「あいつ、なんなんだよ?」
ネイスだけ聞こえる様に態々しゃがんで話をしていた
「なにって・・・召喚獣?」
「そうじゃなくてだな、なんで雷の召喚獣がここに居るんだとか
なんでお前にくっついてるんだとか、色々あるだろ?」
「それはジンに聞いたほうが・・」
改めてネイスがジンを呼び捨てで呼んだところで、ガイストが固まった
「あ、あいつは呼び捨てなのかよ!?」
自分が幾ら呼び捨てで呼んでくれと頼んでも、ネイスは首を縦に振らなかったというのに
つい先程出会ったばかりのジンは呼び捨てなのが納得出来なかった
ネイスは親しみを込めてガイストを呼び捨てにしていないので、ある意味ガイストの方が待遇は良いのだが
「だってちゃんとか君とかつけると怒るんだもん・・」
「俺だって怒ってるだろ!」
「ガイちゃん優しいから怒っても怖くない」
さらりとネイスが言った言葉に、ガイストはまたも固まる
「怖くないのか俺は・・・ルナファングの癖に・・」
他の種族から畏怖の目で見られるはずの自分が、そうは見られていないというのは衝撃だった
「・・そ、それで・・・あいつどうするんだよ」
「うーん・・ついてくるなら、つれてっちゃおっか」
やはりその言葉にもガイストは固まった
「お、俺だけで充分って!」
「他にいたほうがいいって言ったのはガイちゃんだよ・・?」
敏感にガイストの身体が震えた
「う、浮気・・・?」
何処か遠い方を見つめながら、ガイストが呟いた
「・・・・・・浮気じゃないって、それもガイちゃんが言ったんだよ」
自分の言った言葉が、そのまま頭の中に流れていた
ネイスが意外にもジンを歓迎しているのに、ガイストはすっかり戸惑ってしまったのか
あれこれとネイスを置いて一人で考えはじめていて
ネイスはどうしたらいいのか、分からなくなっていた

混乱しているガイストをどうにか宥めようとネイスが努力していると
背中に、何かが触れた
「わっ」
後ろに引かれると、そのまま倒れそうになるが
何かに身体を支えられた
ジンがネイスを抱き締めていた
「あ、ジン・・どうする?うちにくる?」
早速ジンにネイスが話を始める
それで、ガイストが慌ててこちらを向いた
ジンはほんの少しの間考えてから
ネイスを抱き締める腕の強めると、何度も頷いた
「ガイちゃん、新しい仲間だね」
新しく出来た召喚獣にネイスは素直に喜ぶが
ガイストは対照的に肩を落としていた
それを見てジンが回していた片方の腕を解いて伸ばすと、ガイストの肩に置く
顔を上げたガイストと目が合うと、ジンが笑った
ガイストは眩暈を覚えた



新しく増えた召喚獣のジンを連れて、遺跡を歩いていた
「結局さ、いい物は見つかってないんだよね・・」
ジンに追われている間も抜け目無く時折遺跡の中を見渡していたのだが
これといって価値のありそうな物は見当たらなかった
「ガイちゃん、ジン、そういうの見なかった?」
振り返って二人を見ると、ネイスは訊く
ジンの名前を口にした瞬間ガイストの表情が厳しいものになっていた
「・・見てないな、これといって」
拗ねた様にガイストは呟く
「ジンは?」
それならば仕方ないとネイスは再びジンの名前を呼んでしまい
気づかれない様に一つ溜め息を吐いた
当のジンは、暫く考えてから首を横に振っていた
「そっか・・・」
新しい召喚獣を仲間にしたという点では、今回の成果は充分なものだったが
ギルド長から任された任務自体は何も進んでおらず、途方に暮れていた
何か目ぼしい物はないかとそのまま進んでいた時に
不意に、行く先から光が迸った
それに驚いたネイスが足を止め、ガイストとジンは直ぐに前へと出る
二人ともネイスを守るという部分は共通していた
光が治まると目の前には、ガイストと似た格好の相手が居た
先程までガイストと話をしていたあのルナファングだった

「お前は・・・」
姿を確認して、ガイストが驚いた顔をする
そのガイストの顔と、他の二人の顔を見て満足そうにルナファングの男は笑った
「まだ何か用があるのかよ?」
言いながら、掌に魔力が集まる
今度は初めから同種のルナファングにも通じる魔法を唱えていた
「まぁ待て、俺はお前の主人に用があるだけだ」
片手を上げてにこやかに笑うと、男が歩き出した
その身体から大きな魔力は感じられずガイストは道を開ける
ジンは、ただその様子を見守っていた
「お前もこの子供の僕になったのか?」
横を通る際に、男がジンに問い掛けた
問い掛けられたジンは考える様な仕草をした後に、小さく頷いた
「おかしなものだな・・お前も主を選ぶ種族のはずなんだが」
ジンがバーストタイガーという種族なのも知っているのか
理解出来ないという顔を男がする
そのまま歩き続けて、この獰猛な二人の召喚獣の主であるネイスの前に立った
「・・・・魔力はただの召喚士以下だな」
突然そう言われて、ネイスが俯いた
直ぐに後ろからガイストの凶悪な魔力を感じ、男が苦笑する
「お前は、この二人の主でいいのか?」
ネイスが顔を上げて、首を傾げた
質問の意図が分からないのだ
「お前はまだ召喚士の卵と言ったところだろう、そんな奴がルナファングを召喚するのは
どういう事かぐらいは長い間遺跡に居た俺でもわかるさ」
虐げられてはいないかと、男は暗に語っていた
意味を理解したネイスは一度考え込む
それでも然程時間を空けずに顔を上げた
「確かに、ガイちゃんを見てみんな逃げちゃうかもしれないけれど・・・僕は平気だよ」
「本当か?」
言葉に、ネイスが頷いた
「それに、ガイちゃんがいて楽しいから・・・・今はジンもいるしね」
後ろの二人に向かって、ネイスが微笑んだ


「・・ここに来てバーストタイガーまで従えたお前には愚問だったみたいだな」
軽く息を吐くと、男は掌を差し出してネイスの前で光らせた
慌ててガイストが駆け寄ろうとする
「心配するな」
それに向かって男が言った
掌の光が治まると、其処に一冊の本があった
「この遺跡にある中では最古の本の中の一つだ」
遺跡に入って来た二人の会話を聞いていたのか、男は本をネイスに手渡した
「いいんですか・・?」
受け取った本を見た後、ネイスが男を見つめた
「構わん、放って置いたところで他の奴に取られるだけだしな」
そう言うと、ルナファングの男は背を向けた
同時にガイストと目が合う
「俺の主人は、どうだ?」
「・・そうだな・・・・」
振り返るとネイスを見つめた
今はジンが傍に寄って、一緒に本を観察していて微笑ましい光景が見れた
「子供だと馬鹿にしない方が良さそうだ」
呟くと、ガイストの横を通り抜けた
「じゃあな、小さい召喚士さん」
言葉が響くと、その姿が消えた
辺りにあった光が少し弱まるが、ガイストとジンが居るので完全には暗くならなかった
「あ、まだお礼言ってないのに・・」
消えてしまったのを見て、ネイスが残念そうな顔をする
「平気だ、奴には聞こえてるさ」
ガイストも傍に寄ると、ネイスの肩に手を置いた
「・・・・・ありがとうございます!」
ネイスが、大声を出した
離れた場所でそれを聞いた男が、口元に笑みを浮かべた

目当ての物を見つけた三人は、外へ出た
それ程長い間遺跡の中に居た訳ではなかったが
遺跡の息苦しさを感じない明るい外の感触は
ずっと待ち望んでいた様な気がして、ネイスは酷く安心した
そのままギルドへと戻る
バーストタイガーのジンが増えた事で、今までよりも更にネイスに向けられる視線は多かった
ネイスはそれらを一度見つめたが、直ぐに振り返ると後ろの二人に笑い掛けて先を急ぐ
ギルド長の部屋へと、辿り着いた
「・・・おや、新しい召喚獣かい?」
ネイスの後ろに、何時ものガイストに加え別の召喚獣が居るのを見たギルド長がそう言った
それにネイスが頷いた
「バーストタイガー・・だね」
瞬時に種族まで見極めると、ギルド長が薄く笑った
「君は本当にただの召喚士なのかな、こんな獰猛な種族を態々僕にするなんて」
「二人とも、いい召喚獣です・・」
獰猛と言われるのが嫌なのか、ネイスが振り返って小声で呟いた
話題を変えようと、ネイスがルナファングの男から貰った本を渡した
「これは・・・」
手渡された本を、暫くギルド長は熱心に見つめていた
適当に開くと書かれている事の確認をする
程無くすると一度本を閉じて顔を上げた
「これを、あの遺跡で?」
ネイスが頷く
再び、ギルド長が考えはじめた
「・・・・10000カイム」
「え?」
「いや、15000カイムを報酬として支払おう」
報酬の額にネイスが目を見開いた
何時もの軽い任務なら、精々1000カイムがいいところなのだ
「そ、そんなに貰っていいんですか?」
「これでも安過ぎるぐらいかも知れない、市場に出れば30000はくだらないからね」
ギルド長の口から吐き出される桁違いの額に、ネイスがよろめいた
傍に居たガイストがその身体を支える
「15000で構わないかい?」
「は、はい!!」
結局、ネイスは部屋から出るまで頭の混乱を沈める事が出来なかった



「15000・・・・」
報酬の支払いは後日になるが、大金にネイスはまだ意識がはっきりとしていなかった
「やったな、ネイス」
ガイストがネイスの頭を撫でた
ジンは、報酬の事など気にも留めていないのか眠たそうに目を細めていた
「これでみんなで美味しい物食べられるね!」
「・・他の事に使った方がいいぞ」
召喚獣は、特に何かを口にする必要はなく
ただ単に味などが感じられる程度のために、貴重な資金を無駄にしてしまうとガイストは思っていた
「生活に必要な物とかあるだろ、色々」
「でも、みんなで取ったんだもん・・」
だからみんなで使うのだと、ネイスは言う
それにガイストは苦笑いを零した
ジンは、まだ眠そうだった

ギルドから家に帰ろうとした時
ガイストは、ネイスの表情が変化したのを感じ取った
ネイスの視線の先には、ネイスと同じくらいの歳の子供が居て
それにネイスは駆け寄った
「久しぶり!」
ネイスに声を掛けられた相手がネイスを見つめた
どうやら、ネイスがまだ召喚士になる前の知り合いの様で
それを黙って二人は見つめていた
最初は、特に何事も起きないと思っていたのだが
ネイスと話しているその相手の仕草がぎこちなくなっているのをガイストは見抜いた
当のネイスは久しぶりに会えた事が嬉しいのか、それに気づかずに話を進めていた
話しながら、ネイスは楽しそうに腕を広げたりして過剰に表現をしていた
その手が、相手に触れそうになると
慌てて相手はネイスから距離を取った
それに、ネイスもそれを見ていた二人も釘付けになる
「どうしたの・・?」
漸く微妙な空気に感づいたのか、ネイスが問い掛ける
それでも相手は何も言わず俯いていた
ネイスが近づこうとする
「近づくな!」
突然、叫ばれた
言葉にネイスの動きが止まった
「・・・おまえといるとこっちまでなにか言われるんだよ・・」
言葉を聞いたガイストが一歩前に踏み出した
それを見た相手が小さく悲鳴を上げて更に下がる
「ガイちゃん、ダメだよ」
ガイストの顔を一度見つめてネイスが言う
その時の顔を見て、ガイストが顔を顰めた
まだ二人が出会って間もない頃の、拒絶される事に慣れていない時の顔をしていた
傍に居るガイストにさえも愚痴を零さず、一人で泣いていた
それでも次第にガイストとの会話も増えて最近ではそれも無くなってきたのだ
それが今またネイスに覆い被さっていた

「おまえがこんな奴を出したから・・」
ネイスは、動かなかった
それでもガイストの悪口を言われた事は理解しているのか、握り拳を作っていた
ガイストから魔力が迸る
「ガイちゃん」
もう一度、ネイスは名前を呼んだ
それでもガイストの魔力は更に膨らみ震えが走る程になっていた
「ガイスト!!!」
ガイストの名前を叫んだ
それに怯んだガイストから、魔力が徐々に消えはじめる
「お願い、なにもしないで」
初めて、ガイストはネイスから脅威という物を感じ取った
「・・わかった」
主人の言葉に従い、ガイストは下がる
ネイスの迫力に、何時の間にか目の前に居た相手は消えていた
少し遠くを見つめた後ネイスは二人に向き直る
ガイストからは完全に魔力が消えていたが
ガイストの魔力に気を取られていたため分からなかったが
傍に居るジンからも夥しい魔力を感じた
それでも、ジンは動く事もなく表情も変えていなかった
「ありがとう、二人とも・・帰ろう」
ネイスが、笑った


ネイスは、それきり何も言わなかった
ただ二人に対しては笑顔を向けていて
自分の家が視界に入ると、急に声を出してジンに家の紹介をしていた
「あんまり広くはないんだけど・・」
ジンは、初めは部屋の中を何度も見渡していたのだが
床に腰を下ろすと壁に身体を預けて心底落ち着いた表情をしていた
「気に入ったのかな・・・・?」
それを見て、ネイスが笑う
そのネイスの笑顔を見たガイストは、複雑な表情をしていた

ガイストは、壁に凭れていた
傍には既に床に転がって熟睡しているジンが居て
口から涎が垂れているのを呆れながら見つめていた
ネイスは自分の部屋に閉じ篭っていた
こういう時なら、ガイストもネイスの傍でネイスを慰める事もするのだが
ネイスはそれを拒んでいる様な気がして、結局この部屋に留まっていた
眠っているジンを見つめる
自分の心配している事など、考えていないのだろうと思うが
直後にこの場に残っているのはやはりネイスが心配なのだろうという答えが出た
ガイストもジンも、召喚獣の世界に帰る事が出来るのだ
それをせずにこの場に居るという事は、結局ネイスが心配なのだった
意外と似ているのかも知れないと思い、苦笑いを零してから目を瞑った
不意に、物音が聞こえた
ネイスの部屋からのもので
直ぐに部屋にネイスの魔力を感じた
ネイスは、一度立ち止まると二人を見つめていた様だが
そのまま扉を開くと外へと出ていった
閉じていた眼を開くと、ガイストもゆっくりと立ち上がる
物音を立てずに、扉を開いた



今が寒い季節だからなのか
空気は澄んでいて、空の星は輝いて見えた
外に出て目を閉じるとネイスの魔力を探る
家の裏側にあるその魔力を直ぐに見つけた
回り込むと、ヘイスは地面に立っていて
ぼんやりとした様子で空を見つめていた
その身体が小刻みに震えていて、ガイストは傍に寄る
肩に触れると、ネイスが寒くないように身体中に魔力を溜めた
「風邪引くぞ」
魔力が充分に溜まると、ガイストの周囲は暖かくなる
「・・ありがとう」
ネイスが笑った
それを見たガイストも、無理矢理に笑った
「ガイちゃん、ごめんね・・」
「なにがだ?」
「さっきの事・・・」
「気にするな、ガイストって普通に呼んだのは最初会った時以来だしな」
それどころかガイストは意外に思っていた
あのネイスが、自分を怯ませたのだ
瞬間的に、ネイスが子供にはとても見えなくなった
それでも今目の前に居るネイスはただの子供だった

「あと・・・・やっぱり、ありがとう」
ネイスは笑っていた
それでも、何時の間にか涙が出てきていたのか泣いていた
ガイストはしゃがみ込むとその身体を抱き寄せる
耳に、ネイスの嗚咽が響き渡っていた
「・・やっぱり、俺やあいつの存在はお前には重すぎるのか?」
自分が居るから、今までネイスは虐げられていた
それが今ではジンも居るのだ、これから更に悪化するのかも知れない
その度にネイスは心を痛めるのだろう
それを見るのがガイストは嫌だった
考えていると、ネイスのガイストの身体を掴む手に力が籠もった
同時に首を左右に振られる
ネイスは口を開いたが、それも言葉にならなかった
「悪かった、言わない方がよかったな・・」
背中をガイストが何度か軽く叩く
それきり何も言わず、暫くの間ガイストは小さな身体を抱き続けていた


眠っているネイスを抱き抱えていた
泣き疲れたのか、今は気持ち良さそうに眠っていて
それでも目尻には涙が溜まっていた
それを力を抜いた指で払うと歩いて家へと戻る
扉を開けると、床に転がっていたジンが立ち上がって待っていた
ネイスが部屋を出た時点で魔力を敏感に感じ取り起きていたのだろう
抱えられているネイスの寝顔を覗き込む
「大丈夫だ、まだ色々問題はあるがな・・」
それを聞いて、視線をネイスに戻すと
手を伸ばして頭を撫でていた
そのままネイスの部屋に行くと、寝床にその身体を寝かせて布団を被せる
それが終わると、ネイスの顔を見つめた
満足したのか、隣に居たジンが一度笑って姿を消した
もうネイスは大丈夫だと判断したのだろう
それに続くように徐々にガイストの身体が透明になってゆく
「・・お前は、立派な主人だ」
言い終わると同時に、ガイストも消えた
それでも部屋の中には二人の魔力が残っていて
部屋の中は、とてもあたたかかった

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