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雑貨屋の居候

「んー・・・どっちにするべきか」
両手に肉を持って、バルは考え事をしていた
二つを見比べて、次には溜め息を吐く
「どっちも良さそうなんだけどな・・」
どちらを買っても良いのだが、値段も一緒なら美味しい方が食べたいもので
しかも家にはあのブレインが居るのだ、不味い方を買う訳にはいかなかった
「・・こっちでいいか」
片方の肉を手に取ると籠に入れてさっさと次の品物を探しに掛かる
あまり時間を使う余裕も無いのだ、肉に注意を取られて他の物が取られては意味が無い
幸い目当ての品はどれも売り切れていなかった様で、安心して会計を済ませて店を出る
食料を買い足しに、スーパーにやってきて丁度出たところだった
商店街の通りを歩いて真っ直ぐにブレインの待つ家へと帰る
此処に来てから随分と経ち、見慣れた景色が目に映っていた
「バル!」
その景色の中から、自分の名を呼び手を振る人物を見つける
「ブレッド?」
そう呼ばれた虎人のブレッドは嬉しそうに更に激しく手を振った
「どうしたの?今日はお店」
袋の中の買ったばかりの品物に衝撃を与えない様にゆっくりとブレッドに近づき声を掛ける
「ああ、今日は休みだ」
ブレッドの手にも、何かが入ったビニール袋が握られていた
「今から帰るところなんだ、バルも帰るなら途中まで行かないか?」
ブレッドの住む家はバルが帰る道の近くにあり
少々遠回りすれば行ける程度だったので、一人で歩くのも退屈だと思っていたバルはブレッドと一緒に歩く事にした
「それでさ、昨日やってたテレビの・・」
「それ見た!あれ面白かったよね」
他愛ない話をしながら歩くと、直ぐにでも時間は過ぎる
程無くしてブレッドの店の前に差し掛かろうという時だった
「あ、ブレッドの店・・・あれ?誰か居る」
先に気づいたのはバルで、ブレッドの店へと指を差す
「倒れてる・・・・?」
「・・あいつは」
バルが店の前で倒れている人物へと近づく
「ブレッド、来て!」
言われるまでもなくブレッドもその場へと走り寄っていた
倒れたまま動かない相手を見て、眉を顰める
「・・・ウォル」
「え、知り合い?」
知っている素振りのブレッドにバルは視線を送るが、困惑した顔をしていた
「・・話は後だ、とにかくコイツを俺の家に」
「わかった」
二人がかりでその人物をブレッドの家へと運びはじめる
それでもほとんどは、力のあるブレッドが引き受けていた


「おも・・い」
渾身の力を籠めて、その身体を持ち上げてベットの上にゆっくりと下ろす
「それにしても・・なんでブレッドの店の前に?」
手で汗を拭いながらバルが不思議そうに呟いた
「コイツは・・俺の弟なんだ」
「えっ、弟!?」
その言葉にバルが横になっている人物の顔を覗き込む
先程までは白が多かったために何か別の物に見えていたのだが
よく見るとその顔は、白に黒の縞模様のある白虎の顔をしていた
「でも、ブレッドは普通の虎なのに」
「コイツ・・ウォルは特異体質でな、何故かコイツだけは白虎の姿をして生まれたんだ」
「へぇ・・」
「だから小さい頃からよく虐められてなぁ、できるだけコイツの身体の事には触れないでやってくれ」
「・・・わかったよ」
ブレッドに向けていた視線をウォルに落とす
顔にはまだあどけなさが残るが、身体はブレッドに似てがっしりとしていた
「なんで店の前になんか居たんだろ・・」
「それは俺にもわかんねぇ、来るとは聞いてないしな」
それを聞いて再び視線を落としたバルは、眠っているウォルの頭を撫でる
それと同時にウォルの口から小さな声が漏れた
次第にその瞳が、ゆっくりと開きはじめる

「あ、起きた起きた」
目の前にあるのは、ウォルにとっては当然知らない顔で
そのまま視界の隅に自分の兄を見つける
「・・お前、誰だ」
「え、俺?」
いきなり問い掛けられたからか、バルは言葉に詰まっていた
「兄貴、コイツ誰だ?」
遠くに居るブレッドに声を掛ける
呼ばれたブレッドが少しずつウォルへと近づく
黙ったまま二人はその動きを見ていたのだが
ブレッドはウォルの横へ来ると
勢いをつけた拳骨をウォルの頭へと叩き込んだ
「いっ・・・・てぇえええ!!」
僅かに遅れてからウォルが悲鳴を上げる
バルは目を見開いて様子を見ていた
「看病してくれた奴にコイツとか言うなウォル」
それだけを言うと、拳に口で風を送る
「にしてもいきなり殴るなよ・・・兄貴」
涙目で殴られた箇所を押さえてブレッドを睨む
「まずはバルに礼を言え」
「・・・その、ありがとう・・・・」
仕方なくバルの方へと向き直り、感謝の言葉を述べる
「どういたしまして・・それより、なんであんな所に?」
バルが率直な質問をぶつける
「あ、そうだった・・兄貴」
「・・なんだ?」
良い予感なんてまったく感じていないのか、迷惑そうにブレッドが声を出す
「悪い、一週間くらいここに住まわして」
手を合わせてウォルがブレッドに頼み込む
数秒後、その頭にブレッドの拳がもう一度降りかかった

「ブレッド・・大丈夫なの?ウォル君」
「なに、ほっときゃいいだろ」
同じ場所を殴られて、声も出せずに蹲るウォルをバルが心配する
「大丈夫?ウォル君」
「・・君なんてつけるな」
「ええっと・・・ウォルさん?」
「ウォルでいいだろ、コイツのが年下だバル」
ブレッドが口を挟む
「なに!?兄貴コイツいくつだ!」
「だから看病してくれた奴をコイツと呼ぶな!」
怒鳴り声にウォルが怯む
「・・・バルは何歳なんだ」
「あ、俺は18歳だよ」
問い掛けられたバルはあっけらかんとした様子で答える
「・・ウソだろ?」
自分と同じくらいの歳にしか見えないのか、ウォルは目を丸くする
その様子をバルはただ笑ってみているだけだった
「わかったならバルさんと呼べよウォル」
「バルでいいよブレッド、さんなんてつけられると違和感あるし」
間を置かずに、バルがそう言った
「それで、なんでそのバルが兄貴の家に?」
「あ、ブレイン待たせてるんだった帰らないと」
思い出した様に呟くと、慌てた仕草をする
「バル、ウォルにつき合わせて悪かったな・・・早く帰らないとアイツうるさいだろ?」
「まぁ仕方ないよ、倒れてたんだし」
「・・もう一回礼言っとけ」

ブレッドはバルを見送ると、ウォルの居る部屋へと戻る
二人きりになってウォルと向かい合った
「・・それで、どうして来たんだウォル」
「夏休みだから、その・・・久しぶりに兄貴に会いたくて」
「・・・向こうはどうだ?」
「相変わらず、元気にやってるよ」
「そうか、友達は元気か?」
「・・いないよそんな奴」
「ウォル・・・」
「さっきのバルって奴、兄貴の友達か?」
「あ、ああそうだが」
「ヘンな奴だな・・俺見てもなにも言わないなんて」
「ウォル、そういう事言うな」
「仕方ないだろ、白虎なんてそんな多いもんじゃないんだから」
「そりゃそうだが・・いつまでもそんな姿勢でいるな」
「・・わかったよ」
そう言うとウォルは布団を被って顔を隠してしまう
暫くその姿を見つめていたが、溜め息を吐いてブレッドもその部屋から出る
残されたウォルは目を瞑りひたすら考え事をしていた
そうしていると昔の自分を思い出す
「・・くそっ・・・」
舌打ちをして、全てを忘れるかの様に眠りに落ちた


「ただいまー」
予定より大幅に遅れてブレインの待つ家へとバルは戻る
「・・遅かったな」
ソファーに座って退屈そうにテレビを見ていたブレインがバルを見つめる
「ごめん、途中でブレッドと会って一緒に帰ってたらちょっとトラブルに」
「トラブル?」
「それはもう解決したからいいけど、ご飯遅れちゃったね・・今作るよ」
袋の中から食材を取り出すと台所へと向かう
少しすると肉の焼ける良い匂いがした
程無くしてバルが皿に盛り付けた料理を目の前に運ぶ
「はい、特売だったから奮発して牛肉」
久しぶりに食卓に並ぶ肉に、少しだけ喉が鳴る
「なんだかんだでブレインも大変だもんね、たまにはこういうの食べないと」
「・・そうだな、精をつけないとな」
それを聞いて、バルはブレインに視線を送る
視線を受けるとブレインは口元を緩ませる
その様子にバルも苦笑いを零した
「ブレイン、明日もちょっと出掛けていい?」
半分程料理を食べたところでバルが口を開く
「明日は休みだから構わないが・・なにかするのか?」
今日も休みだったのだが、手違いで追加する薬品を間違ってしまい
結局明日も休まなくてはならない状態になっていた
「ちょっと、ブレッドの家に・・・」
「・・なにがあったんだ?」
「さっきブレッドと一緒にブレッドの店に行ったら、人が倒れてた」
「人?」
「ブレッドの弟の人でウォルって言ってね、ちょっと心配で」
「・・・・そうか」
頷くと、早々に食べ終わった食器を流し台へとブレインは持って行く
「行っていいかな?」
「好きにしろ」
「・・好きにしたら怒る癖に・・・」
その言葉にブレインの動きが止まり、バルへと視線を向ける
それに気づかずバルは自分の分の食器を片付ける
流し台へ食器を戻し、皿を洗おうと腕捲りをしたところで腕を掴まれる
振り返ると同時にブレインの顔が近くにあるのを感じる
バルの身体の動きが止まる、口内にあるのがブレインの舌だと理解するのに数秒を要した
「程々に好きにしろ」
離れてブレインが言う
「・・なにそれ」
そのまま逃げる様にブレインは地下へと向かう
小さく溜め息を吐くと、バルは食器洗いの作業へと戻った


部屋の扉をバルは開いた
眠い目を擦ってから、一つ欠伸をしたが
それが終わらない内に閉めた扉の開く音がした
振り返ると、静かに自分を見つめるブレインの姿があった
「・・いいか?」
何時もの様な余計な言葉を、何一つ言わずにそれだけを言われた
瞬間的に自分の身体に震えが走るが、堪えると小さく頷いた

薄暗い部屋で、下着一枚になったバルと布団の上で向かい合った
明るい部屋でする事をバルが拒むのでそうしていたが
暗闇に目が慣れると、充分にその身体を観察出来た
ブレイン自体は、まだ上半身だけが裸の状態で
見つめられているバルは、恥ずかしそうに俯いていた
「お前からしろ」
無理な注文を短く言った
ウォルの話をされて多少なりとも不機嫌だったので、意地悪をしてみたかったのだ
バルが困った様な顔をしていたが、黙ったまま何もしなかった
数秒経つと、漸く決心したのかバルが手を伸ばす
本当は嫌に違いない今の行為なのだが、此処に置いて貰っているという気のあるバルは
逆らえはしないのだろう、その手が身体を撫ではじめる
遠慮がちに動く手と同時に、顔を寄せると口付けをされた
稚拙でもあり、初々しくもあるやり方に僅かに興奮を覚えるが決して顔には出さなかった
弱い刺激に機嫌を悪くしたとでも思ったのか、バルは慌てて身体を撫でている手の動きを激しくする
その手が股間にまで下りると、ズボンのボタンを外してからブレイン自身を下着越しに撫でた
其処まではよかったのだが、それ以上先に進む事を躊躇っているのか
バルの動きは止まってしまい、ブレインには物足りない刺激だけが残っていた
「もういい」
口を離すと、そう言った
それと同時にバルが離れる
「ごめん・・」
肩で息をしているのは、精一杯の証なのだろう
その身体を乱暴に抱き寄せると、体毛を撫でた
健康管理には気を配っているので、毛並みの良さを感じる事が出来る
腰の辺りまでを蹂躙する様に撫で回すと、その身体が震えはじめた
顔を見ると、目を瞑って必死に堪えているのが分かる
無理矢理犯したあの日の事を思い出しているのだろう
あの日までは、この程度の事も嫌がりながら感じる素振りは見せていたのだ
自分のした事だから仕方ないとは言え、心で舌打ちをした
腰から上に掌を移動させてから、抱き寄せた時と同じ様に唇を貪る
舌を捻じ込むと、それに応えようとバルも舌を動かしていた
時折悲鳴の様な声を漏らすが、お互いが口を塞ぎ合っていて外に聞こえはしなかった
洩れるのは、水の濡れる音の方が多い
バルの目尻に涙が浮かんでいるのを、見つけた
今この瞬間さえも、バルにとっては苦痛でしかないのかも知れなかった
唇を解放すると、バルが呼吸をする
それを見ながら、溜まっていた涙を舌で舐め取った
そのまま、暫くの間バルを抱き締めたままでいた
震えが止まったのは、数分後だった

腕を放すと、虚ろな目のバルが目の前に居た
屈み込んで胸に顔を埋めると、追い立てる様に刺激を与えた
口から何度も声を漏らしながらも、バルは首筋に腕を回していた
強く吸ったり、噛む度に腕の力が強くなる
「ブレイ・・・」
下着の中に手を入れると声が上がった
顔を上げて目で合図すると、バルが下着をずり下ろした
今までの成果なのか、怖がりながらもバル自身は充分な程勃起していた
何も考えずに伸ばした手でそれを掴むと、強く握り上下させる
悲鳴と言っても差し支えない声が聞こえた
バルが路地裏での事を思い出すよりも先に、もう一度口付けをして今までの事を思い出させる
下半身に集まる刺激を少しでも感じない様にしたいのか、バルが積極的に舌を出していた
それを軽く噛んだり、舌を奥に突っ込んでは反応を楽しんでいたが
突然、バルが舌を抜いて俯いた
そのまま、ブレインの胸に額を寄せる
「あっ・・ブレイン・・・」
手の中で刺激を与えられ続けているバルは、限界が近いのだろう
回されていたバルの腕が、身体を強く抱き締めていた
希望に応える様に、手の動きを激しくするとバルの身体が大きく震えた
射精を果たしたのだろう
掌に、生温かい液体が広がるのが直ぐに分かった
「うぁっ・・だ、駄目・・・・ひっ」
射精を続けているのも構わずに強く扱くと、バルが声を上げた
数秒経ってから漸く治まると、バルを横にさせる
何度も大きく息を吸い込んで呼吸を整えようとしていた
そのバルに見せつける様に、手にこびり付いた精液を舐め取る
それにバルは目を逸らしたが、ブレインが馬乗りになると慌てて視線を戻していた
「俺の分が済んでいない」
下着の中から、大きく膨らんだ性器を引き摺り出して見せつける
本当なら、このままバルの中に押し入りたいところなのだが
流石にそれをしては、今度こそバルは本当に壊れてしまうのだろう
それを充分に分かっているので、その場で自分の手で刺激を与えはじめていた
バルの精液が残っていたので、水の濡れる音が其処から響く
バルの反応を存分に堪能していたので、限界は近かった
「・・・ブレイン」
限界を迎える間際に、バルが名前を呼んで手を伸ばした
何をするのかを察知すると、自分の手を放して腰を前に突き出す
バルの手が、ブレインの雄を握る
射精を待ちわびているのか、それだけで何度も震えていて
それを感じたバルが熱い息を吐く
最初は遠慮がちに手を動かしていたバルだったが
限界が近い事もあり声を漏らしたのと、何度も震えるブレイン自身が刺激を欲しがっているのを理解したのか
徐々に手の動きを速めて、ブレインを絶頂へと導きはじめる
バルが根元まで手を動かした瞬間に、全身が硬直するとその先端から白濁液が飛び出した
遠慮する事など考えもせずに、飛び散った液体がバルの腹から顎までを汚す
満足するまでそうしていると、汚れたバルが目の前にあった
バルの様子を見下ろしてブレインが口元を緩ませる
ブレインの精液を受け止めるために閉じていた目を、バルが薄く開いた
口元に付着した液体を、少し躊躇ってから舌で舐め取るその仕草を見守る
自分の身体が汚れる事も気にせずに身体を密着させると、最後に口付けをした


後始末を済ませて、ブレインは横になっていた
腕の中で、バルが半分程目を瞑っていた
何時もなら一緒に眠る事などしないのだが、何も言わずバルが寄り添ったのでそうしていた
「ごめんブレイン、やっぱりまだ難しいかな・・」
今までの事を振り返っていたのか、バルがそう言った
「構わん」
無理をさせているのは自分だったので、それ以上の事は言わなかった
「・・・明日、ブレッドの所に行ってくるね・・」
眠る間際に、バルがもう一度そう言った

朝早く起きると、バルはまだ眠っているブレインの朝食を作り家を出た
裸のまま横たわるブレインに挨拶を言うと、少しだけ動いた様な気がした
夏にしては少し涼しい風を心地良く感じながらブレッドの店へと向かう
朝早い商店街は人気も少なく、時折散歩をしている人が居るだけで静寂が辺りを包んでいた
やがてブレッドの店の前に着くと店を見上げる
開店時間にはまだ早い様で、何時も誰かしら居る店には今は誰も居なかった
店の横にある裏道を通ると、ブレッドが住居として使っている家の玄関が見える
扉の前に立ちインターホンを押すと何処か場違いな電子音が響いた
そのまま数分待つが扉が開く気配は一向に無く
冗談のつもりで取っ手に手を掛けると鍵が掛かっていないのか、そのまま引くと扉は開いてしまう
「・・無用心」
扉を開けて中を覗き込むと、自分が少しの間世話になっていた時とほとんど変わらない廊下が見えた
「お邪魔しま・・す」
悪いとは思いつつも、何時までも入口で待っている訳にもいかずゆっくりと家の中に入る
入って直ぐ横にある部屋は居間で、入るとブレッドがテーブルにうつ伏せになっていた
「ブレッド?」
その手には酒の缶が握られていて、辺りにも幾つか飲み干した空の缶が転がっていた
「うわ、お酒くさ・・」
部屋中から漂う強い酒の臭いに顔を顰めるが
意を決して一歩を踏み出すとブレッドへと近づいた
「ブレッド、起きて」
身体を揺さぶり眠りに落ちているブレッドを起こそうとする
暫く揺すっているとその身体がゆっくりと持ち上がった
「・・あー・・・バルか」
眠たそうな目を開けたブレッドの表情は何時もと違い大分だらしない顔をしていた
「・・なんでバルが居るんだぁ・・・」
まだ酒が抜け切っていないのか、虚ろな目をしていて
暫くぼんやりとしていたのだが、手を伸ばすと横に居るバルの身体を掴みいきなり床に押し倒した
「ぶ、ブレッド?」
「夢か・・・鍵閉めたもんなぁ」
「閉まってない閉まってない!」
「バルぅ・・・・」
何とか逃れ様と暴れるが、体重を預けはじめたブレッドの重さは半端ではなく
バルの力ではどうする事も出来なかった
「わ、ちょっと重い・・どいて・・・・」
圧迫感と、目の前のブレッドの顔と其処から漂う酒の香り
次第に意識が薄れはじめる
ブレッドの顔があと少しという所まで迫ったところで、間に見慣れぬ白い腕が割って入り自分とブレッドの距離を一気に広げた
半分程酒に当てられていたバルは状況を把握出来ず、腕の持ち主を見上げた
「・・・・なにやってんだよ」
見上げた先には、昨日ブレッドの店の前で倒れていたウォルの顔があった
「兄貴、起きろ兄貴」
意識が朦朧としているブレッドを少々荒っぽくウォルは揺さぶる
「ウォル・・揺らすな、気持ち悪い・・」
「知るかバカ兄貴」
正気に戻ってきたブレッドが、自分の下に居るバルの姿を見ると目を見開いた
「ば、バル!?なんで居るんだ!」
今まで何をしていたのかと、慌てて距離を置いて確認をしていた
「その、ウォル君の様子を見に来たら鍵開いてたから入ったらブレッドが寝てて近づいたら・・」
それを聞いて自分の顔を掌でブレッドは押さえる
「・・すまん、昨日飲み過ぎた」
「いいよ、酔ってたんだし・・」
「顔洗ってくるわ・・」
立ち上がると、申し訳無い顔をしながら早足でブレッドは洗面所へと向かった

「ウォル君、ありがとう・・」
二人きりになると、バルがウォルに礼を述べた
「昨日助けてくれたからな、それと君はいらない・・」
「あ、ごめん」
「すぐ謝らなくていいって、本当に俺より年上なのか?」
「ははは・・身体は、もう平気?」
昨日の今日で、ウォルの身体は大丈夫なのだろうか思いバルが問い掛ける
「まだ少し辛いかな・・まぁ、あんな所で寝てた俺も俺だからな」
実際バルが来るまでベットで安静にしていたのだが、バルの声がして来てみると
ブレッドにバルが押し倒されているのを見て思わず身体が動いてしまっていた
「・・バル、なんでここにいるんだよ」
「だから、さっきも言った通りウォルの様子を見に・・」
「様子?」
「ほら、ブレッド仕事になったら家に来る時間無いし俺は今日暇だからなにかする事ないかな・・と」
「それだけか?」
「それだけだよ?」
思わず出てしまった言葉にバルが不思議そうに返事をする
「おまえ変な奴だな」
「えっ、そうかな・・・」
どちらかといえば、今家に居るあの藪医者の方が変な奴としては適任なのだろうが
まだブレインの事を知らないウォルの口からその名が出る事はなかった
そうこうしている間にブレッドが部屋へと戻ってくる
「あー・・そのバル、さっきはすまん」
「いいっていいって、それより今日ここに居ていいかな?ウォルの事も心配だし」
「そりゃ構わないが・・・ウォル、平気か?」
「・・平気だよ兄貴」
ウォルを気遣っての一言なのだが、気に障ったのか顔を顰めてウォルは返事をした
「なら大丈夫だな、なにかあったら俺は店に居るから頼むわバル」
「うん、わかった」
こうしてバルは、今日一日ブレッドの家でウォルの様子を見る事になった


「いただきます」
朝の匂いが漂う空間に、三人分の声が聞こえる
「バル、また腕上げたのか」
一口料理を食べて、ブレッドが笑顔になる
「そうかな・・?」
「ああ、前に作ってくれた時よりももっと美味くなってる」
「そっか、よかったなぁ」
嬉しそうに笑うバルにブレッドが満足そうに更に笑った
「・・なぁ」
その二人の間に、ウォルが割って入る
「兄貴とバルって・・つきあってるのか?」
その言葉にバルか料理を喉に詰まらせ、ブレッドは醤油入れを倒した
「な、なに言ってんだウォル!」
「なんだ違うのか?てっきりそうかと思ったのに」
「違うって、俺とブレッドは友達だよ」
バルの言葉に、醤油を拭くために雑巾を取りに奥に行っていたブレッドの身体が一瞬震える
「・・・そうか」
その様子をウォルが見逃すはずもなく、無理に笑って雑巾を持ってくるブレッドが哀れで仕方なかった
「あ、ブレッドそろそろ時間じゃ?」
「・・そうだな、行ってくるわ」
玄関までブレッドをバルは見送る
その姿はやはり付き合っている様に見えるのか、ウォルが怪訝そうに二人を見つめていた
「じゃあ・・ウォルを頼む」
「うん、頑張ってねブレッドも」
玄関の扉を開きブレッドはそのまま店へと向かう
扉が閉まるのを確認するとバルは振り返り部屋へと戻った
「さて、洗い物洗い物」
朝食の後片付けを始める
「ウォルはテレビでも見ててよ、すぐ終わるから」
流し台で食器を洗いながらソファーに座る様に促す
「・・なにか、手伝おうか?」
病み上がりとはいえ体力も大分戻ってきている、ただ何もせずにいるのはあまり好きではなかった
「大丈夫だから、座っててよ」
「・・わかった」
仕方なくソファーに座りリモコンを手に取ってテレビをつける
しかし食器を洗う音が気になりどうにも集中出来ずにいた
音を気にしながら数分が過ぎると、食器を洗い終えたバルがウォルの隣に座る
「なにかやってる?」
「・・別に」
今の時間にやっているのは、朝のニュースに信用の出来ない占い
どうでもいい何処かの中継、全て興味の無い物ばかりだった
「ほら」
そう言うとリモコンをバルへと手渡し、ウォルは立ち上がる
「ウォル?」
「・・・・・眠い」
自分の部屋へと振り返る事無くウォルは行ってしまう
その後をテレビを消してバルが追う
ウォルが向かった先は、昨日ウォルを運び入れた部屋と同じで
その部屋の扉が少し開いているせいもありバルは然程苦労せずウォルの部屋を見つけた
扉をそっと開けると、横になって天井を見つめるウォルの姿があった


「・・なんだよ」
傍まで寄ると、その顔を見つめる
天井を見つめたまま、バルへと視線を向けずにウォルが言葉を発する
「調子はどう?」
「普通・・・・」
それきり、ウォルは黙ったままだった
バルはその横に置いてある椅子に座り、ウォルの顔を覗き込む
何となくその視線を受けるのが居た堪れなくなりウォルが視線を逸らす
「・・綺麗だなぁ」
「・・は?」
そんな事を突然言われて、思わず視線をバルへと戻してしまう
「あ、その・・綺麗な色だなって毛色が」
確かにウォルの身体は普通の虎とは違い、純白に黒の縞が入っていて普段は見かけないものだった
バルにとっては、それが神秘的に見えるのだろう
「・・なに言ってんだよ」
顔を横に向けると、ウォルが溜め息を吐いた
「え?」
「こんなの、出来損ないの色だ・・」
誰かに言われた言葉だった
ウォルは他の兄弟とも、両親とも違うこの見掛けのせいで今まで散々からかわれたり虐められた過去があり
自分自身この身体が嫌いだった
「・・・そうかな、綺麗なのに・・」
残念そうにバルが呟く
「それに虎のシルエットに白と黒って目立つから、はぐれないよね」
笑顔でそう言い切るバルに、暫くウォルの動きが止まる
昔ブレッドが同じ様な事を言っていたのを思い出す
虐められても、他の兄弟に何かを言われてもブレッドは何時も味方でいてくれた
だからこそ今回、久しぶりにブレッドに会いたくなり夏休みを利用して態々会いに来たのだ
「・・ありがとう」
突然礼を言われてバルは困惑したが、悪い気分ではないのでそのまま笑い続ける
「バルはどこに住んでるんだ?」
穏やかな時間の中でウォルが質問をする
「少し遠いけど、薬品店に今は居候中」
「居候・・俺と一緒だな」
「そういえば・・」
妙な共通点が見つかりお互いに笑みが零れる
その後も二人は暫くお互いの事を話していた
ウォル自身、話せる相手も居らず寂しかったせいもあるのだが
バルの持ち前の明るい性格もあってかすっかり打ち解けてしまう
話している途中で、バルがブレインの話をすると途端にウォルの顔付きが変わる
「・・そのブレインって奴、バルと一緒に住んでるのか?」
「そりゃあ、俺が居候してるんだしそうだけど」
「どんな奴?」
「結構大人しいけど、たまに変な事するかな・・今度ウォルも会ってみるといいよ」
変な事というのが頭に引っかかったが、あえて質問はしなかった
「最初は怖かったんだけど、最近は結構優しいよ」
「つきあってるのか?」
またもウォルのその言葉にバルが咽る
「・・・・・俺は女の子が好きなんだけど」
「そうなのか?」
「そのつもりなんだけど・・俺ってそんな風に見える?」
見えるも何も、ブレッドに対する態度は優しげで見ている自分までもが優しくされている気分になる程であったし
そのブレインという相手に対しても変わりない態度であったらそう思われるのも無理は無いとウォルは思った


「あ、そろそろ時間かな・・ブレインにお昼作らないと」
時計を見てバルが立ち上がる
「ウォルもなにか食べる?食べるならなにか持ってくるけど」
「・・今は食欲無い」
「そっか、お腹減ったらなにか食べた方がいいよ」
そう言うと歩いて部屋の入り口へと向かう
「じゃあ、また暇があったら来るね」
「あ・・また」
「またねウォル」
バルが扉を閉める
それと同時に部屋に酷く重苦しい雰囲気が漂いはじめる
「やばいな・・俺」
横になり目の上に腕を置いた
「兄貴・・・・ごめん」
ぽつりと呟くと、ウォルは眠りはじめた

「ブレイン、ただいま」
家に戻ると、ブレインの姿は何時もの場所には無く
代わりに地下室から僅かながら物音がしていた
「下かな・・?」
小腹を空かせているであろうブレインのために、地下には向かわず台所へと向かい調理を始める
昨日の牛肉の残りと幾つか安く買った物を適当に料理する
少しずつだが確実に上がる自分の料理の腕に最近では驚くことも少なくなってきていた
「できあがりっと」
皿に盛り付けてそのまま地下へと向かう
「ブレイン、ただいま・・ご飯できたよ」
中に入るとあまり好きではない薬の臭いと、仄かに香るブレインの匂いが混ざっていた
薬品棚の前でぼんやりとしていたブレインが振り返る
「バルか」
「はい、ご飯」
盛り付けた皿を差し出すと、ブレインは無言で料理を受け取る
傍にあるテーブルへとそれを降ろすとそこら辺にある椅子を二つテーブルへ付ける
「薬は間に合いそう?」
椅子に座るとバルが口を開く
「もう少しだな・・明日には間に合う」
「じゃあ明日にはお店開けられるね」
ブレインの食べる様子を見守りながら、返事をした
「お前の方はどうだったんだ?」
「ウォルならもう平気みたい、元気そうだったよ」
「お前は平気なのか?」
「へ?なんで俺?」
「・・・なんでもない」
料理を一気に食べ終えると、バルへと皿を返してブレインは再び薬の調合へと戻ってしまう
「なんだか今日は変な事色々言われるな・・」
そんな事を呟きながらバルが食器を持ち戻りはじめた
その言葉を、ブレインはしっかりと聞いていた



翌日になり何とか店を開く事が出来ると、バルは何時も通りに店番をしていた
ブレインも二日休んでいた遅れを取り戻したいのか今日はバルと一緒に店に居る事になった
二日振りに店を開けたためか、通常よりも多少は多い集客率だったため
バルの方はかなり助かっていた
その店に、見慣れない人物がやって来る
「いらっしゃいま・・あ、ウォル」
白虎というのは余程目立つのか、他の客数人もウォルの方へと視線を向ける
それを居心地悪そうな顔で迎えたウォルはバルの元へと真っ直ぐに向かう
「へぇ・・ここがバルが居候してる所なのか」
「そうだよ、なにか買ってく?」
「ま、せっかく来たんだしな・・」
そう言うと、フォルは戸棚の中から適当に選んだビタミン剤をレジへと持って来る
「・・やっぱり兄弟だ・・・」
「なにか言ったか?」
「ウォルはブレッドと一緒だなって」
「なんだそりゃ?」
ブレッドとバルが話しをする切っ掛けになったのも、今ウォルの手に握られているビタミン剤であった
それが何だかおかしくで顔が綻んでしまう
妙に和んでいる二人の元へと、この店の店主が近づきはじめる
「あ、ブレイン・・この人がブレッドの弟さんだよ」
ブレインに気づいたバルがウォルを紹介する
「・・白虎?」
白虎だとは聞いていなかったブレインが眉を顰める
その様子にまたもやウォルの顔付きが暗いものになる
「えっと・・ウォルは白虎だけどブレッドとはちゃんとした兄弟だから、変な目で見ないでね?」
はっきりとバルが言うとブレインはそれで納得したのか頷いた
「ほら、ウォルもなにか言って」
「あ・・その、よろしく」
静かな威圧感のあるブレインに思わず腰が低くなる
ウォルの身体を品定めするかの様にブレインが執拗に見つめていた
「な・・なんだ?」
「白虎か・・面白そうだな」
その言葉に震えたのはウォルではなく、バルの方だった
「ブレイン、ウォルには手出さないでよ」
バルが釘を刺すと、残念そうな顔をしてブレインが持ち場へと戻りはじめる
「あいつがブレイン・・?」
「そうだよ、無愛想だけど」
「なんか・・怖いな」
「俺も最初はそんな感じだったよ」
苦笑いをしてブレインを見つめる
丁度視線が合ったのか、ブレインが静かに笑った
「・・・やっぱ怖い」
ウォルが誰にも聞こえない様に呟いた
ブレインが不気味なのか、バルとそこそこに話をすると直ぐにウォルは家へと帰ってしまう
「ブレイン・・なにもしてないよね?」
その様子が不自然に見えたのかバルがブレインに問い掛ける
「餓鬼に用は無い」
「・・・俺も子供だと思うんだけど」
バルの言い分を綺麗に無視してブレインは持ち場へと戻る
恨めしそうにブレインを見つめるバルだが、こうなってしまっては効果が無いのは分かりきっているので
諦めて仕事に戻りはじめた


ウォルが家に戻ると、居間でブレッドが寛いでいた
「兄貴、店は?」
「今は暇な時間だからな、お前が居なかったから勝手に鍵掛けて出かけられねぇしこうして寛いでるんだ」
態々棘のある言葉を選んでいるブレッドの様子は、バルに会いに行く予定だったのか
不貞腐れている様だった
「・・バルの所か?」
「あ?」
「兄貴が行こうとした所」
「・・・そうだな、バルの所だ」
あっさりとそれを認めて、再びテレビにブレッドは視線を戻す
「兄貴はあいつの事好きなのか?」
唐突な質問に、ブレッドがまた視線をウォルへと向ける
「好きって言えば好きだ、かなりな」
またもあっさりとそれを肯定していた
「・・悪い、兄貴」
居候させてほしいと言った時と同じ言葉がウォルの口から吐き出される
「俺、あいつの事好きかも」
それで、今まで冷静に振舞っていたブレッドの動きが止まった
「・・・本気か?」
ブレッドの問い掛けにウォルが頷く
「今行ってきたんだバルの所に、それで再確認した」
一呼吸置いて更にウォルが喋り続ける
「あんな奴がいるんだな、俺・・初めてだよあんな奴」
その顔は何処までも幸せそうに微笑んでいた
「お前のそんな顔久しぶりに見たな・・・本当に」
それは決して安易な気持ちで言っている訳じゃないという証拠に充分成り得る物であった
「そうか・・なら、これから俺とお前はライバルだな」
「ごめん」
「謝る必要なんて無い、好きになったら仕方ないだろう」
「兄貴は平気なのか?」
「平気な訳じゃない、ただチャンスが無くなった訳でもない、それだけだ」
そう語るブレッドの顔は、焦りというよりは闘志に燃えている顔をしていた
「ただ一つだけ言いたい事がある」
その顔が一度暗い表情に変わった後、ブレッドが口を開いた
「なに?」
「あいつを傷つけるな、もしそんな事をしたらお前が弟だろうと関係無い、ぶん殴る」
真っ直ぐに、ブレッドはウォルを見つめた
ほんの少しだけ、その様子に圧倒される
「・・・わかった」
もう二度と、自分の所に居候していた頃の壊れたバルになんて戻ってほしくないブレッドにとっては
それだけが心配の種であった
「わかったならまぁ精々頑張るんだな、邪魔はしねえよ」
テレビを消してブレッドが立ち上がる
「それと、俺の元で暮らすからには店の手伝いもしろよ?とりあえず明日からな」
「俺、そういうの経験無い・・」
「なに、裏手か棚の整理だ心配無い」
そう説明するとブレッドは玄関へと向かう
「もうすぐ売り上げ確認とかあるから早めに行っとくわ、んじゃまたなウォル」
「うん・・行ってらっしゃい兄貴」
兄を無事に見送ると、ウォルは自分の部屋へと戻る
頭の中でバルの顔が何度も浮かんでいた
「・・・好きだ」
呟いてみると、胸があたたかくなった気がした

バルへの気持ちをブレッドに話した翌日
ウォルはブレッドの店で店員として働いていた
初めは緊張して上手く仕事がこなせなかったウォルであったが
元々ブレッドと同じ様に、がっしりとした体付きであるため
重い荷物を運ぶのに一役買っていた
開店から昼の四時程度までは比較的忙しく
経験の浅いウォルは多少ふらつきながらもどうにか耐えていた
時計の針が五時を知らせる頃になると客入りも疎らになり
一息吐いていた頃に、店の扉が開かれバルが中へと入ってくる
「お、珍しいなバル」
最後の荷物を運んでいたブレッドが荷物を置き終えると、バルの元へとやってくる
「こっちも今は暇な時間だから、ブレインに代わってもらって足りない物買いに来たよ」
「最近アイツ店に居る事多くないか?」
「最近は用事が無いって言ってたかな」
用事が無ければバルの手伝いをするというのは、ブレッドにとって意外な発見であった
「案外アイツもいい奴なのかもな・・・」
「かもね、でも明日は用事があるみたいだけど」
棚から必要な物を取り出し籠に入れるとレジへと持って行く
それに、素早くブレッドが反応してレジの向こうへと回った
「・・380グランになります、と」
「ブレッドが敬語ってなにかヘン・・」
「言うなって」
初めて会った時も敬語を使わなかったブレッドが敬語を使うと
聞いているバルの方がおかしな気分になってしまう
「そういえば今日ウォルは?」
「あぁ、あいつなら裏に・・・おいウォル!」
ブレッドが少し大きな声でウォルを呼ぶと、奥からウォルがのそのそと出てくる
力仕事の後で疲れているのか不機嫌そうな顔をしていたが、バルの顔を見ると目を見開く
「バル・・?」
「ウォル、元気?」
「・・まあな」
他の店員や客も居る手前なのか、ウォルは小声で返事をしていた
「ウォル、あとは暇だからもう上がっていいぞ」
「・・わかった、兄貴も早めにな」
「ああ」
一度奥へと戻り、私服に着替えたウォルがやってくる
「ウォルも働いてるんだ」
「居候するからにはなにかしないとな」
そこも自分と同じだと、バルは思った
「ウォル、お腹減ってない?」
「そういえば今日はまだなにも食べてない・・かな」
「じゃあ作ってあげよっか」
バルの提案に、ウォルが少し戸惑う
「いいのか?」
「いいって、ブレインだけで今はなんとかなるし・・それに料理の腕も上がるからさ」
そう言ってウォルの手を引いて店の入り口へと向かう
途中でブレッドに家に上がる事を伝える
ブレッドは何かを言いかけたが、二人が先に店から出てしまい諦める事にした

「冷蔵庫冷蔵庫っと・・ほんとになんにも無いな相変わらず」
「相変わらず・・?バルはここに住んでたのか?」
「・・うん、前に少しね」
そう言うバルの顔は何処か辛そうな顔をしていて
ブレッドが自分に言ったバルを傷付けるなという言葉が脳裏に甦った
「これと・・これと、よし充分」
どうにか使えそうな材料を選び出すと、何時も通り手馴れた動きで料理を始める
料理の経験が無いのもブレッドと同じなのか、ウォルがその様子を見守っていた
「バルは・・なんでもできるな」
「そうかな?家事くらいしかできないよ・・泳げないし」
「泳げないのか?」
「まったくって訳じゃないけれど、浮かぶので精一杯かな」
フライパンを振りながらバルが喋り続ける、料理の方も決して疎かにしている訳ではなく
バルの料理経験が多少は長い事を表していた
「浮き輪が好きでさ、あれがあるからいいかなって・・・よっと」
フライパンを返して皿に綺麗に料理を落とす、思わずその様子に目を奪われた
「はい、お待ちどうさま」
割と綺麗に出来たのか、ご機嫌な様子でバルが料理をテーブルの上に置く
そのまま二人揃って出来たての料理を口に運ぶ
「・・美味い」
ただそれだけを、ウォルが声に出した
「これくらいでいいなら、暇な時作るよ」
「いい・・・のか?」
「いいって、それにウォル・・あんまりこっちに居られないんでしょ?」
確かにウォルが此処に来たのは夏休みを利用しての事なので、夏休みが終わる頃には帰らなければならない
当初の予定では一週間だったのだが、最大限に予定を延ばしたとしても二週間が限界であった
「そうだな・・・・まぁ、それまでバルの料理を食い尽くすさ」
それを考えると、儚い恋だと心の中で声がしたが
振り切る様に微笑んで言葉を発した
「飽きるってそれ」
バルが苦笑いを零すと、ウォルも笑顔になる
束の間の平和な時が流れていた


「ウォルは彼女いないの?」
食事も終わり食休みをしている頃に、雑談をしていたバルが問い掛ける
「いない、な・・」
「そうなんだ・・・綺麗なのに」
「そう言ってくれるのはバルだけだよ」
事実、同性の友達も少ないウォルにとっては異性の相手等居ないに等しく
同時に異性自体が苦手なウォルにとって彼女という物は無縁であった
「他にもきっといるって、色んな人に会えばきっと」
それが他でも無いバルであり、ウォルが好きなのをバルは知らないままでいた
「おっと、そろそろ帰らないと・・」
時計を見ると既に時間は六時半を回っており、いい加減に帰らないとブレインが不機嫌になる頃になっていた
「じゃあウォル、また後でね」
立ち上がり玄関の方へと向かうバル
そのバルの腕を、ウォルが掴んだ
「ウォル・・?」
振り返ったのと同時に強い力で引き寄せられる
気がつけば、床に倒れる自分の上にウォルが跨っていた
こんなところまでもブレッドと一緒だと、ぼんやりとバルは考えていた

「ウォル、どうしたの?」
どうしたもこうしたも無いのは分かっているのだが、そう言わずにはいられないのかバルが口を開く
「早く帰らないと怒られちゃうよ」
「帰さない」
ウォルのその手が、バルの服へと伸びる
「わっ、ちょっとウォル!」
慌ててバルがその手を掴むが、もう片方の手で両手とも掴まえられ押さえ付けられてしまう
「バル・・・」
ウォルが切なそうに小さくバルの名前を呼ぶ
まだあどけなさが残っていたはずのその顔は、立派な雄のものへと変わっていた
「ウォル、放して・・」
「駄目だ」
そうこうしている間にも服をたくし上げられて、自分の胸元が露になってしまう
バルが必死に抵抗するが、体格差と力の問題がありとても適いそうに無かった
その手が今度はバルの下半身の方へと下りようとしていた
その瞬間に、バルの頭の中にあの日の光景が鮮明に映し出された
突き入れられる度に身体に走る痛みに、悲鳴を上げていた
どうしてこうなるのか、それが理解出来ずに涙が溢れた
全てが、鮮明に甦った
バルのか細い悲鳴に漸く正気を取り戻したのか、ウォルの動きが止まる
「やだ・・もうやだよ・・・・無理矢理なんて嫌だ・・・・・・・」
人形の様に拒否の言葉を繰り返すバルに、ブレッドの言葉が再び聞こえた
「あ・・バル?」
今更思い出したのか、手を引っ込めてバルの顔を見る
尋常ではない程に震えているその様子に目を凝らす
既にバルの身体には力がまったく入っていない状態だった
瞳から涙が幾つも零れていて、先程までの自分が恋焦がれていた優しい顔は無くなっていた
「バル・・ごめん、ごめんなさい」
ウォルが必死にその身体を抱き締める
温もりに包まれて漸くバルの涙が止まりはじめるが、今度はウォルの方が泣いていた
「ごめん・・・」
何度も同じ言葉を紡ぎ出してバルを抱き締める
何時の間にか平常心を取り戻したバルが、そっとウォルの頭を撫でた
「・・・よかった・・・・・」
自分に言ったのか、それともウォルに言ったのか
バル自身にもよく分からない言葉だった



暫く、バルを固く抱き締めていたウォルだったが
抱き締める力を緩めると顔を上げる
「・・ごめんバル」
充血しきった目に、覇気の無いその顔は既に子供の様だった
「うん・・平気」
身体の震えが治まるのを自分で確認してゆっくりとバルが口を開く
「俺、どうかしてた・・」
掌を自分の顔にウォルが当てながら涙を拭う、辛そうな顔をしているのは本当に今した事を後悔しているのだろう
「ウォル、俺は平気だから気にしないで」
どうにか持ち直したバルは必死にウォルを励ます
本当は、今にもまた泣き出してしまいそうな程辛いのだろう
ウォルにはそれも充分に分かっている事だった
先程のバルの尋常では無い様子、過去に何か嫌な思い出があるのだろう
それを自分は的確に突いてしまった
ブレッドとの約束を早くも破った事になる
「・・ごめん、俺もう帰らなきゃ」
未だに自分を包んでいるウォルの腕をゆっくりと払うと、立ち上がったバルがウォルを見下ろす
「また・・ね」
消え入りそうな声でそう言うとバルが外へと走り出す
「バル!」
名前を呼んだが、バルが振り返る事はなく
扉の閉まる音だけが家中に響き渡った
呆然とその場で座ったままのウォルの耳に
今度は勢い良く開けられた扉の音が聞こえる
「ウォル!」
慌てた様子のブレッドが家へと入ると、床に座っているウォルを見つけて駆け寄る
「・・兄貴・・・」
力無く吐き出された言葉に自分で驚いていた
「今、途中でバルに・・なにがあったんだ」
何時もよりも早めに店を閉めたブレッドは、ウォルの居る家へと帰ろうと通路を通っていた時に
偶然家から飛び出したバルとぶつかってしまったのだ
まさかこの時間までバルが居るとは思わなかったブレッドは気さくに話し掛けたが
俯いたその顔に見えたのは涙と、脅えている様な表情で
慌てて理由を問い質したが、バルは首を横に振るだけでブレッドを振り切るとそのまま走って行ってしまった
「俺・・バルを、襲った」
「・・なんだと!?」
その言葉に激怒したブレッドが、ウォルの服を掴み持ち上げる
「あいつ、震えてた」
ぽつりと呟く様に言葉が吐き出された
「ふざけんな!バルを傷つけるなと言ったはずだ!!」
益々頭に血が昇ったブレッドが今にもウォルを殴らんと拳を震わせていた
しかし、その動きがウォルの顔を見て止まる
「どうしよう・・・俺、なんでこんな事したんだろう・・・」
ウォルの顔は涙が溢れてぐしゃぐしゃになっていて
その顔を見ては、ブレッドはウォルを殴る事が出来なかった
「わかってた、やっちゃいけない事ぐらい・・でも、俺には時間が無かったし
だから気持ちを伝えたくて・・だけど、あんな事に・・・・」
拳を震わせながらブレッドは暫く黙っていたが
その内服を掴んでいた手を、ゆっくりと放す
「行け」
溢れている涙を必死に手で拭いながら、ブレッドの言っている事が理解出来ないウォルがブレッドを見つめる
「行って謝ってこい、今のお前にはそれしかできないだろ」
真っ直ぐにウォルを見つめていた
ウォルは、涙を乱暴に払うと立ち上がった
「兄貴・・ありがとう」
「勘違いすんな、駄目だったら殴るぞ」
ウォルが走り出す
家の扉を開けて、通路を走り商店街の通りに出る
一度だけ行ったバルが暮らしているあの薬店への道
ほんの少し前にバルが通ったであろうその道を
同じ様にウォルが走る
走っていて思う事はバルの事ばかりで
最後に見た泣き顔だけが頭にちらついていた
店まであと少しという場所まで差し掛かったところに
漸く、探していたバルを見つける
疲れたのだろうか、今は歩いているその姿が酷く小さく見えた
「バル・・・バル!」
名前を呼ぶと、今度は振り返った

振り返って見えたその顔を、黙って見つめていた
一度、涙を拭う仕草をされる
傍に歩み寄って向かい合うと手を伸ばすのだが
それにバルは敏感に身体を震わせた
自分の手を見つめてから、腕を下ろした
「バル・・さっきはごめん」
言葉を発すると、緊張が解けたのか
幾らかバルの表情が柔らかくなった
「でも聞いてほしいんだ・・バル、お前が好きだ」
言いたかった言葉が、漸く言えた
こんな状況で言う事になるとは、思ってもみなかったが
それでも、何も言えなかった前と比べたら少しだけ前に進めた気がした
「だから・・・できれば、嫌わないでほしい・・」
最後に、小さくそう呟いた
こんな事になるまでバルを追い詰めておいて、勝手な言い分なのは分かっていたが
自分を綺麗だと言い、好意的に見てくれたのは
家族以外ではバルが初めてだった
そのバルに嫌われるのが、どうしても怖かったのだ
ウォルの言葉を、バルは全て聞き終えると
少しだけ笑った
「・・また、明日も会えるか?」
バルの返事を待つ事無く切り出した
返事を出来る程、バルの頭は冷静ではないだろう
それにだけは、小さく頷いて返事をされた



目の前に並べられた皿を見て、バルは溜め息を吐いた
あの後、結局ほとんど話す事もなくウォルとは別れていた
浮かない顔でブレインの元へ戻ると、自分の様子を見て黙って奥へ通してくれた
店が終わり、戻ってきたブレインを前にどうにか明るく振舞おうとするのだが
結局、何も出来ずに早々に食事を済ませると席を立った

夜も深くなる頃、ブレインは廊下を歩いていた
バルの様子は気になってはいたが、無理に聞き出すまでもないと思い
何時も自分が使っているソファーのある部屋へ向かうところだった
「・・・ブレイン」
扉の取っ手に手を置いたと同時に、バルの声が聞こえる
顔を向けると、寝室からバルが顔を覗かせて自分を見ていた
それ以上は何も言わなかったが、用があるのだと解釈するとそちらに向かう
部屋に入ると、バルはそのまま布団に潜り込んでいたので
同じ様にその横に入った
「どうしたんだ?」
バルから誘う事など、早々無い事なのは分かっているので
出来る事なら先日よりも更に先に進ませようかと考えるが、バルの様子が何時もと違うのは分かっていたので
いきなり襲う事はせずに、軽く撫でてみようと手を伸ばした
その瞬間にバルは目を瞑り、身体を震わせる
宙に浮いた手が当てを失って苦笑いを漏らした
「俺は居ない方がいいのか?」
触れられるのさえも怖いのなら、これ以上する事は無いとそう言うのだが
それにはバルは首を横に振った
何もするなという返事と受け取ると、布団の上に漸く腕を落とした
目を瞑ろうとした時に、その手にバルの手が重ねられる
表情を見ると、珍しく自分には見せない安心しきった顔をしていたので
軽く手を握るだけに止めて眠りについた


朝になってバルが目を開けると、手を握ってくれていたブレインの姿は無くなっていた
気だるい身体を一生懸命に起き上がらせると、欠伸を掻く
布団から抜け出してブレインの居る居間へと向かった
部屋に入ると、珍しくブレインが料理をしているのが目につく
「・・おはよう」
挨拶をすると、一度ブレインが振り返ったが
何も言わずにまた料理に打ち込みはじめていた
椅子に座ってのんびりしていると、目の前にブレインの作った料理が並べられる
頬張ると、思っていたよりもずっと良く出来ており驚くのだが
それも、今の気分ではあまり喜べなかった
ブレインの方も、自分の様子を充分に分かっているのか何も言わずに食事を取りはじめる
一晩過ぎると、昨日よりは大分冷静さを取り戻していた
料理を租借しながら考えに耽る
どうにかして、ウォルと向かい合わなくてはならないのは分かっているのだが
どうにも決心が付かなくて迷っていた
「バル」
朝食が済むと、皿を片付けるのだが
その途中でブレインが言葉を発した
「いつまでそうしているつもりだ?」
そう言われて、一度俯いた
「・・ごめん・・・」
このままではブレインにも悪いと思い、どうにかしようと考える
そのまま、ブレインは一度俯く自分の顔を覗き込む
「俺はお前以外の事はどうでもいいんだが、お前がそんな状態になるのは困るんだ」
どうでもいいという言葉に驚くが
次には、遠回しに元気を出せと言われているのに気づく
「だから行ってこい、店は俺が残る」
事情も何も知らないはずなのに、見透かされた様に言われた
尋ねもしなかったのはやはりどうでもいいと思っているからなのだろうかと考えるが
それよりも、今はウォルの元へ行こうと頭を切り替える
慌てて準備をすると、店の入口に向かった
「・・ブレイン、ありがとう」
振り返って礼を言ったが
棚の商品を見ているブレインは、振り返りもしなかった
それに少しだけ微笑むと、バルは店を飛び出した

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