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ヨコアナ
2.いつもどおりの風景
何時も眠っていた部屋とは違う部屋
其処で、バルは目を覚ました
「・・・?」
此処は何処なのだろうかと昨日の記憶を思い出す
途中、ブレインに殴られて模型を割られたのを思い出した
「あ・・・・」
知らぬ間に涙がまた流れた
我慢をして、更に思い出すと
ブレッドと道で出会い、そのまま家に案内されてどうにか此処まで来たのを思い出す
「そっか・・ここ、ブレッドの家」
着ている物も自分が昨日着ていた服と違っていて、少し大きかった
昨日の最後の記憶が曖昧だった
バルは、布団から抜け出すと部屋の扉を開いた
廊下に出たのはいいものの、昨日見たブレッドの家は幾つかの部屋だけだ
何処へ行っていいのか困っていると
「お、起きたか!」
横からブレッドの元気な声が聞こえた
その声に、少しだけ安心してしまう
「うん、おはよう・・」
「おはよう」
家の中で迷子になる訳にもいかないので、ブレッドの後をついていく
「ここがトイレで、あっちは俺の部屋で・・」
一つずつ丁寧に説明をしていく
「ここが昨日の居間だな」
何とか見覚えのある部屋を見つけてほっとする
しかし、実際はそんなにゆっくりしている暇も無かった
「帰らないと・・」
居間の場所が分かれば玄関も分かる
そちらへと歩き出すと、手を掴まれた
「帰るつもりか?」
「え・・」
「今帰っても、大丈夫なのか?」
「わからないけど・・」
また殴られるかも知れなかった
困っていると、ブレッドがバルを後ろから軽く抱き締めた
「ブレッド?」
「心配なんだ・・・・」
また暴力を振るわれないか
昨日の様に、壊れてしまった表情をバルがするのが堪らなく怖かった
一度振り返ると、二人が向かい合った
「しばらく、ここにいてくれないか?」
「ここに?」
「ああ、きっとあいつも・・ブレインも、気持ちの整理が必要なんだと思う」
出来るのならば、ずっとバルに居てほしいのだが
バルは帰ろうとするのだろう、それでも
「でも・・ブレッドに迷惑が」
「迷惑じゃない」
じっと目を見つめて諭す様にブレッドが言う
バルは随分と迷っていた様だが
ブレッドの、気持ちの整理という言葉を受け止めて
「わかった・・・少しだけ、ここにいる」
そう答えた
「ブレッド、よろしくね」
「よろしくな」
バルを腕から開放し、バルと握手をする
まだ、バルの顔に笑顔は戻らなかった
「うわぁあ!焦げた焦げた焦げた!!」
家の中にブレッドの凄まじい叫び声が響き渡る
椅子に座っていたバルは慌ててブレッドの居る台所へと向かった
「あちちち!」
台所へ行くと、どうにか皿に料理を盛りつけたブレッドが居た
「ブレッド、大丈夫・・・・?」
「大丈夫だって、バルはあっちで座ってろ」
無理矢理背中を押されて居間へと戻されてしまう
「うわぁ指切ったあ!」
数秒後には、再びブレッドの元へ向かっていた
「はい、消毒完了・・・」
幸い、傷は浅かったので問題は無かったのだが
皿の上に乗っていたのは半分程焦げている料理だった
「す、すまん・・・あんまりこういうのはした事が」
だからといってただ焼くだけで此処まで焦がしてしまうのは如何がなものなのだろうかと思った
「とりあえず、怪我が酷くなくてよかった・・」
そう言うバルの手には、まだ硝子の破片の傷が残っているのだが
今もまだ殴られたりぶつけた箇所は痛む様だった
バルは、ブレッドの家に今は居候していた
何れはブレインの家へ帰らなければならないのだが
今はブレインにも、そして自分にも時間が必要らしい
「じゃあ俺店があるから、なにかあったらすぐ呼べよ?」
住居として使っている店の入り口までブレッドを見送る
「うん、行ってらっしゃい」
その言葉に、ブレッドが暫く固まる
「ブレッド・・?」
「あ、いや・・なんでもない!行ってくる!」
慌ててブレッドが走って姿を消した
「・・行ってらっしゃいかぁ」
頭の中で何度か再生して、照れた様に笑っていた
ブレッドを見送るとバルは途端に暇になる
食器を洗おうにも手には包帯が巻いてあるのだ
何かする事はないかと先程訊くと、怪我をしているのだから無理をするなと言われてしまった
「暇だなぁ・・・」
自分に宛がわれた部屋に篭り、ベットに座る
ブレインはまだ怒っているのだろうか
許してくれるのだろうか
何故ブレインが怒ったのかがよく分からないバルにとっては
何を謝れば許してくれるのかもさっぱりの状態だったのだが
ふと、昨日袋に入れた壊れた模型を思い出す
確か居間の隅に置いてあったと、立ち上がると部屋から出た
「ぐちゃぐちゃ・・」
袋の中を覗くと、其処には無残な姿で砕け散った水晶と丸い星の模型があった
これでは修理どころではないのだろう
諦めるしかなさそうで、深い溜め息を吐いた
ブレッドが帰ってきたらもう一度謝ろうと決めて、部屋へと戻った
「帰ったぞー」
ブレッドの家に主の声が響く
然程間を空けずに、バルがやってきた
「ブレッド、おかえり」
おかえりの一言でまたブレッドは固まってしまう
「どうしたの?」
「い、いや・・なんでも」
こんな調子では先が続かないと自分に喝を入れる
「そう?晩御飯どうしよう・・俺が手怪我してなければ作れたのに」
見せびらかす様にバルは手を振る
怪我が治るにはまだ当分掛かりそうだった
「ま、こんな時はこれだよな」
棚からインスタントのカップ麺を二つ取り出すと、薬缶に水を入れ火を点けた
よく見ると、ゴミ箱にカップ麺の食べ終えた容器がかなり入っていた
自炊は本当に苦手らしい
「インスタントばっかだと身体に悪いよ」
「作れないもんはしゃーないだろ・・また黒焦げの物でも食べたいか?」
「それは嫌かも」
「だろ?」
バルが、小さく笑った
これぐらいになら笑ってくれるのに
ブレッドの求める笑顔は、まだ出せないでいた
二人でインスタントの麺を食べながらテレビを見る
幸い見たいテレビの趣味は合っていたようで
束の間の平和な時間が流れはじめる
「・・ごめんね」
テレビの番組が終了した時に、不意にバルが呟いた
「ん?」
「模型・・・」
「気にするなって、バルが壊した訳じゃないんだから」
「ごめん・・」
バルの瞳からまた涙が零れた
零れた涙は、一瞬だけ宙を舞ったがバルの服に落ちるとシミを作って消えた
「バル・・」
一体バルの心にはどれくらいの傷が残ってしまったのだろうか
ブレッドはそれを知ることが出来ない
一日でも早くその顔に笑顔が戻る事を祈った
夕食も食べ終えると、寝る支度をする
ブレッドの部屋はバルの直ぐ隣だ
何かあれば直ぐに駆けつけられる様にとのブレッドの心遣いだった
「じゃあ、おやすみバル」
「うん、おやすみ」
何とか泣き止んだバルは、手を振って扉を閉める
漸く安心出来ると、ブレッドは自分の部屋へと向かった
ブレッドが布団に横になり眠っていると
不意に、何処からか声がした
自分が出した声ではなく、ならば声の主は分かりきっていた
しかし、ただそれだけで隣に行くのもどうかと思い再び寝直そうとした時に
「うわあぁ!」
バルの確かな悲鳴が聞こえて、ブレッドは飛び起きた
「バル!」
廊下に飛び出してバルの部屋の扉を開ける
部屋には上半身だけをベットから起こしているバルが居た
何度も息を吸い込んで、呼吸を整えていた
「どうしたんだ?」
問い掛けて見るが返事は無かった
注意深く見ると、バルの身体が尋常ではない程に震えていた
「バル・・」
バルの横へ行き、そっと抱き締めた
それで身体の震えが弱くなった
「ブレッド・・ごめん・・」
夢を見たのだろうか、思い出しているのだろうか
詳しい事は分からなかったが、そう何度も呟いて謝り続けていた
何も言わずに更にきつく抱き締める
あたたかさを感じたのか、徐々に震えが治まりはじめた
数分経つと、完全に震えは治まった
「大丈夫か?」
腕の中のバルに問い掛ける
「うん・・平気」
漸く、ブレッドを見てバルが笑う
無理にでも笑っているのが痛々しい程に感じられた
ブレッドは、バルを抱き締めたままベットへ横たわった
「ブレッド・・?」
バルがブレッドに問い掛けるが、ブレッドは複雑な顔をしていた
「好きだ、バル・・・」
また力を籠めてバルを抱く
ブレッドの股間と密着している所に、ブレッドの雄が息衝く気配をバルは感じた
「ブレッド・・いいよ」
「え・・・?」
「ブレッドに迷惑かけてるし・・一回くらいなら・・・」
また無理に笑ってみせるバル
本当は、嫌なのかも知れない
「バル・・いいんだ」
バルの上から退くと、直ぐ横に移動をする
これ以上、バルを傷つけるのは嫌だった
「なにかあったらすぐ呼べよ・・おやすみ」
それだけ言うと、目を閉じて眠りはじめる
バルは、暫くブレッドの背中を見つめていたのだが
安心感を得たのか、睡魔に襲われてそのまま眠りに落ちた
太陽の暖かさとも、布団に包まれる温かさとも違うぬくもりが身体を包んでいた
同時に縛られている様な感覚を覚える
抱き締められているのだと理解するのに、数秒掛かった
静かに目を開けるとブレッドの姿があった
ブレッドは、バルを大事そうに抱き締めてまだ眠っている様だった
昨日、バルはブレッドを誘った
誘ったという表現はおかしいのかも知れないが、それ以外に表現の仕方が見つからなかった
ブレッドはバルを抱く事はなかった
ブレッドは自分を好きだと言った
自分もブレッドの事は好きだ
それはもちろん友達としてだが
恋人としては、正直なところ今一そう認識できなかった
バルは異性愛者なのだ
それをいきなり好きだと言われても戸惑うだけだった
ブレッドを誘ったのは、ブレッドに対するお礼としての気持ちの方が強かったのかも知れない
もしかするとブレッドは、それさえも理解して抱かなかったのではないかとも思う
もう一度ブレッドの顔を見た
何処か疲れた顔をしている、あの後も起きていたのだろうか
その顔に手を伸ばし、頭を撫でる
途端に幸せそうな顔になった
ブレッドもバルの様に何かを感じているのだろうか
暫く撫でていると、ブレッドが目を開けた
「・・・・バル?」
不思議そうに頭に乗せられている手を見つめる
バルの手の動きが止まった
「あ、起きた」
面白そうにバルが呟く
子供の様だった、実際まだ未成年ではあるのだが
「なにしてたんだ?」
ブレッドも自分の頭に手を伸ばして何をされたのか確かめる
悪戯をされたとでも思ったのだろうか
「なにもしてないよ、おはよう」
「・・おはよう」
「バル、今日は花火見に行くか?」
居間へと行き、朝食の支度をしているとブレッドが突然言った
「え、花火?」
花火と聞いて、バルは首を傾げる
居間はまだ梅雨が明けたばかりで、少し早いと思った
「ああ、まだ梅雨明けも間も無いが一足先に夏の気分を味わおうっていうイベントが近くであるらしい」
「へぇー・・・」
「今日は花火のせいで夜は暇だから、店を早めに閉める事にするんだ」
「それで行けるって事?」
「そういう事、どうせ家に居てもする事が無いんだしどうだ?」
「花火かぁ・・」
小さい頃に何度か見た程度の記憶しか無いのを思い出す
「嫌か・・?」
「う、ううん!行くよ」
慌てて首を横に振り二つ返事で承諾する
「そうか、行くのはそうだな・・・店を早めに閉めて夜の七時くらいか?」
「わかった、それまでに準備しておくね」
準備と言っても、持ち物など持ち合わせていないのだが
あえて言うのなら、心の準備と言ったところだろうか
「そんじゃ・・俺は店行くわ」
「あ、うん行ってらっしゃい」
入り口へと行きブレッドを見送る
「バル・・昨日みたいな事があったらすぐに呼べよ?」
念入りにバルに言う
「大丈夫だって」
笑い飛ばすバル
少しだけ、笑顔が戻って来た事に安心してブレッドは家を出た
「・・よし」
手に巻かれた包帯を外す
浅い傷を残すだけとなった掌が見えた
痛みは既に昨日の内から引いていたのだが、多少の傷もあったためブレッドには隠していた
とりあえず、洗濯物から取り掛かる
ブレッドはバルが此処へ来てから仕事が終わるとバルへと付きっ切りだった
もちろん、洗濯その他全ての事をしている時間は無かったのだろう
纏めて脱いだ物が置いてある場所へ行くと、山の様に洗濯しなければならない服があった
「・・頑張ろう」
言葉にして頷くと、洗濯物の山に戦いを挑んだ
元々ブレインの元に居た時から家事をしていたので、然程時間も掛からず洗濯機へと服を放り込む
あとは洗濯機を起動させれば暫くは見る必要は無かった
続いて台所の流し台へと向かう
昨日の夜はカップ麺を食べたからいいのだが、バルが来る日に洗おうと思っていたのか
流し台にもそれなりの食器が並んでいた
何とか苦戦をしつつも全てを洗い終える
「結構疲れる・・・」
額を腕で拭い、黙々と作業に没頭した
「こんなもんかな・・?」
結局、家中を年末大掃除の様に掃除し終えたバルは
居間のソファーに倒れ込んで休息を取っていた
ソファーの上で、昨日の事を考える
ブレッドにおやすみの挨拶を言って、部屋の扉を閉めて布団に入ったまではよかったのだが
目を瞑り暫くすると、あの光景がまざまざと目に浮かんできた
ブレインの、まるで狂気に満ちた目
その直ぐ後の、突き飛ばした時の泣いているかのような目も
鮮やかに記憶に残っていた
暫く悶々と考えていたが、このまま暗い気分でいると
ブレッドに感づかれてしまうかも知れないと思い、ブレッドの様子を見に家を出た
店の裏口は直ぐ其処だった、大した苦労もせずに店に入る
店内にはそれなりの客が入っていて
その中に棚をチェックしているブレッドの姿があった
暫くブレッドの様子を見守る
客が入ると丁寧に挨拶をし、店内に常に目を配っている
如何にも頼れそうな店長と言った感じだった
しかし、その様子が一変した
店員の一人がブレッドの元へと近寄り何かを話している
それを聞いたブレッドは困った顔をしていた
何事かとその場へ近づく
「ブレッド?」
「バル?なんでここに・・」
「暇だったからブレッドの様子を見に、それよりなにかあったの?」
「ああ・・今日は花火があるだろ?それでその客が今店内に集中してて忙しいんだが
店員の一人が急用ができて今帰っちまってな、なんとかしたいんだが俺は外で手一杯で・・」
急用があると言った店員は、酷く申し訳なさそうに店から出て行く
「じゃあ、俺がしようか?」
「バルが・・?」
「うん、一応店員の経験ならあるし・・」
「手はもう、平気なのか?」
バルの手を取ると、注意深く見つめる
「大丈夫だって」
バルの手には、まだ細かい傷があるもののそれ以外では問題無いくらいまで回復していた
「そうか・・よかった」
安心した様にブレッドが手を放す
「じゃあ、任せてみるかな」
急遽臨時で雇われる事になったバル
初仕事は、いきなりレジだった
「590グランになります」
レジを打ち正確に会計を読み上げて、代金と品物を交換して丁寧に頭を下げて客を送り出す
ブレッドはその働きぶりに驚いていた
バル自身、ブレインの店はあまり忙しい時間が無かったのでこれ程忙しいのは初めてだったのだが
何とか平常心を保ち仕事をこなして行く
バルの助けもあってか、店は順調に客を捌き続けピークの時間を終えた
「・・・疲れた」
店の裏部屋の椅子に座りバルが寛ぐ
「まさかバルがここまでやるとは・・・」
結局、バルはピークの時間を終えるまでほぼ完璧にレジ係をこなしていた
「失敗してなかったかな?」
「ああ、大丈夫だよ」
「よかった・・・」
自分でも心配だったのか、安堵の息を漏らす
「さて、あとは片付けするだけだから先に家に帰って準備してていいぞ」
「ブレッドも早くね」
立ち上がり、家へと戻ろうとした時腕を掴まれる
何事かと、振り返るとブレッドが自分を見つめていた
「・・なに?」
「いや・・なんでも無い」
そう言うと、ブレッドは掴んでいた手を離した
「そう?」
バルはそのまま家へと向かった
家へ戻ると、すぐさま干していた洗濯物を取り込む
太陽の匂いがした
「バル、帰ったー・・ってなんだこりゃ」
漸く片付けが終わり家に帰ってきたブレッドの目に飛び込んできたのは
今朝は汚れていた部屋のあちこちが綺麗になっている姿だった
「あ、おかえり」
其処へ着替えをしたバルが来る
掃除で服が汚れてしまった様だった
「掃除してたのか・・?」
「うん、ブレッド家事できる時間が無さそうだったから」
「まだ傷はあるんだ、無茶するなよ」
バルの手の傷をブレッドは心配しているのか、困った様に言った
「平気だよ、それでもう行くの?」
「そうだな・・バルはいいか?」
「うん、準備万端」
「それじゃ、ちょっと早いけど行くか」
家の鍵を掛けて、バルとブレッドは花火会場へと向かった
「ここ、ここが結構穴場なんだぜ」
花火会場から少し離れた、辺りには何もない原っぱ
此処なら、撃ち上がる花火がよく見れそうだった
「花火はあとどれくらい?」
「そうだな・・・あと五分ってところか、意外とギリギリだったな」
時計を見て今の時間をチェックする
「五分かぁ・・それまで暇だな」
「まぁ、横になってたまには外で寝るのもいいんじゃないか?」
そう言うと嬉しそうにブレッドは大地に身体を置いた
バルもそれに習って身体を横たえる
「・・・・・・・虫の声」
静かに目を瞑ると、何処からか虫の声がした
「ここら辺はまだ建物が少ないからな、結構虫も多いんだ」
二人しかいない原っぱに、虫の歌が聞こえる
暫く静かにその歌に聞き入っていたのだが
不意に空で爆音と共に鮮やかな光が現れた
「あ」
「お、来たか」
慌てて身体を起こす
「すごい・・ほんとに穴場だね」
「この辺には出店もなにも無いからな、それで観光客とかが来ないんだろ」
何も無い原っぱの空に、巨大な花火が咲く
「綺麗だな・・」
「バルは、花火ってあんまり見た事ないのか?」
「小さいのならあるけど、大きいのはテレビくらいでしか無いかな」
「ご感想は?」
バルの方を見てふざけた様に問い掛ける
「・・・来てよかった」
花火に夢中になっているバルの横顔をブレッドは見ていた
その顔に序所に近づきはじめる
「・・・んえ?」
気がつくと、バルは頬にブレッドの顔がくっついていた
「あ、悪い・・つい」
慌ててブレッドが離れる
バルの方は何時の間にか俯いていた
「お、俺・・飲み物買って来る」
立ち上がり、ブレッドの方を少し照れた様に見つめてバルが駆け出した
ブレッドはバルの後ろ姿を見ていた
「自動販売機自動販売機・・と」
今ブレッドといた場所はさっきも言った通り周りには何も無い
そうなると、飲み物を買うのでさえ多少離れた場所へ行かなければならなかった
「ブレッドが・・いきなりするから」
さっきの光景を思い出して慌てて気持ちを切り替える
空には、花火が大きな花の様に咲いていた
「あ、あった!」
どうにか自動販売機を見つけて駆け寄る
小銭を入れて二つ分の飲み物を取り出す
「早く帰らないと・・」
手に飲み物を取り、取るために屈んだ体勢から立ち上がり元来た道を振り返る
視界に人の形が映り込んだ
其処には、暫く見ていなかったあのブレインの姿があった
「・・・・ブレイン」
信じられない様な目で、ブレインを見つめた
「なんでここに・・」
「お前を捜していたからだ」
ブレインが少しずつこちらへと歩いてくる
思わず後ずさりを始める
しかし、下がるよりも早く腕を掴まれて一気に引き寄せられた
「うわっ」
引き寄せられた方に持っていた瓶が地面に落ちて砕け散った
中から液体が零れる
続いて、バルのもう片方の手を掴み上に掲げて力を入れる
それだけでバルの力は弱まってしまう
また一つ瓶の割れる音がした
そのままバルを拘束して、路地裏へと連れ込んだ
人気の居ない路地裏
ビルの壁に捕らえたバルを叩きつけて、服を破る
「ブレイン・・・」
バルは、ブレインにただ静止の言葉を掛け続けた
それを無視してバルのズボンを下げて下半身を露わにさせる
間髪居れずにバルの片足を無理矢理上げる
そして、既に大きくなったブレイン自身をバルの中へと
何の慣らしもせずに捻じ込んだ
「あああぁ!!」
バルの悲鳴が辺りに響く
その声も空に咲く花に掻き消された
血生臭い臭いがする
無理矢理バルの中へと進入を果たしたブレイン
其処から、血が溢れていた
ブレインは黙って、更に腰を進める
「う・・ああっ」
苦しそうな声が漏れる
もはや、何が起きているのかさえ明確に理解する事も出来なかった
ただブレインが動くたびに、身体中に耐え難い痛みが轟いた
ゆっくりと味わう様に腰を進めていたブレインだが、奥まで入ると今度は動きを早くする
「ひっ・・ああああ!」
バルはただ叫び声を上げていただけだった
その声も聞こえないというのだろうか、ブレインは少しも動きを緩める事もしない
更に行為を進めると、声が枯れたのかバルが大人しくなる
放心した様に顔が固まり、生きているのかさえわからなくなっていた
「バル・・・・・・」
切なそうに、ブレインが一度だけバルの名を呼んだ
そのまま数度バルの中に自分を叩きつけると、射精したのか何度か身体を震わせる
真紅の血の滴り落ちるバルの足に、純白の精液が混ざり合う
満足したのか、自分の雄を引き抜くブレイン
その雄は、血と精液に汚れていた
ブレインがバルから離れると、支えを失ったバルは地面へと崩れ落ちる
ブレインは一枚だけ服を脱ぐと
バルに被せて、そのままその場を立ち去った
ブレッドはバルを探していた
「バル・・どこに居るんだ?」
バルが飲み物を買いに行ってから既に一時間
幾らなんでも遅すぎる、不良にでも絡まれたのだろうか
とにかく近くに自動販売機のある場所を手当たり次第に探して行く
その一つに、不自然な場所があった
「・・・なんだ?」
機械の近く、路地裏へと続く道に瓶が二つも割れて落ちていた
不良がふざけて割ったのだろうかと思うが、この辺りはは不良の少ない地域のはずだ
不思議に思い瓶へと駆け寄る
瓶に落とした視線を、路地裏へと向けた
「・・・・バル!」
其処には、地面に崩れて座っているバルの姿があった
地面に座っているバルへと駆け寄る
その様子がただ事ではない事に直ぐ気づいた
「どうしたんだ!?」
バルの身体に手を触れる
よく見ると、その身体に纏っているのは破れた服と見覚えの無い服が一着だけだった
視線を更に下へ向けると、下肢から血が溢れているのが目に付いた
「バル・・・すまない」
血に、白い物も混じっているのがわかった
バルの顔には涙の跡が幾つも残っていた
ブレッドは、バルをそっと抱き上げて帰路へ着いた
数日、バルが目覚める事はなかった
幸い花火はまだ続いていたので、誰ともすれ違わず帰ってこれた
ブレッドは自分を責め続けた
もっと、もっと早くバルを探していれば
いや、バルと一緒に行っていれば
こんな事にはならなかったというのに
バルが目覚めるまで、ブレッドはバルの傍に居続けた
バルが眠り続けて三日が経った
漸くバルは、目を開けた
身体を起こして不思議そうに手を見つめる
腰に痛みが走る
瞬時に何があったのかが脳裏に甦った
身体をきつく抱き締める
そうしていると、ブレッドが部屋へと入って来た
「バル!起きたのか!」
ブレッドが急いで駆け寄ってくる
「よかった・・・起きないかと思った」
バルを優しく抱き締めて、バルが此処に居る事を確認する
「身体痛くないか?なにか食べたい物あるか?」
出来る事ならば、何でも叶えてやりたい
バルは、口を開こうとするが途中で表情が一瞬にして変わった
「どうしたんだ・・?」
心配そうにバルの顔を見る
バルは、口を何度も開いては閉じてから首を横に振る
「喋れないのか・・?」
その言葉に、静かに頷いた
ひたすら叫び続けたために喉を痛めたことと
ショックにより、声を発する事も出来なくなっていた
ブレッドはもう一度バルを抱き締める
バルの目から涙が零れる
自分でも、何故零れたのか分からない様だった
「大丈夫だ・・すぐに治る」
安心させる様にゆっくりと囁く
バルは、目を細めた
「誰にやられたんだ?」
そう訊いても、バルは首を横に振っていた
例えバルが隠したとしても、犯人は一人しか思い当たらないのだが
「とりあえず・・腹減っただろ、ほら」
数日の間胃に何も入れていないのだ、空腹は相当なものなのだろう
差し出されたパンを小さく千切って食べはじめる
しかし、その手が数度口へと運ぶと残りをブレッドへと戻してしまう
どうやら食欲さえ湧かないらしい
「食欲も無いのか・・・」
ブレインに確かな怒りを感じた
どこまでバルを傷つける気なんだ
それが表情に表れたのか、バルは心配そうにブレッドの顔を見ていた
「あ、すまんすまん・・・そうだ、声出ない時には蜂蜜がいいんだったかな・・」
慌てて台所へと蜂蜜を取りに走る
程無くして、蜂蜜が大量に入っている瓶とスプーンを持ってくる
「食べれそうか・・?」
頷いて、スプーンを受け取り蜂蜜を掬う
それを口の中へと流し込んだ
「どうだ?声出るか?」
すかさずブレッドが聞いてくる
流石にそれは早いだろうと、バルが苦笑いをした
「そうか・・早すぎるよな」
蜂蜜を二杯程口に含むと、それもブレッドへと帰した
バルの声が戻るのは、傷が癒えるのは何時になるのだろうか
蜂蜜を返しに行くときに、ブレッドはぼんやりと考えていた
『本日休業』
ブレッドの雑貨屋に、そんな看板が貼り付けられていた
今、バルを一人にしておくのは心配だった
無理矢理犯されて、腰を痛めてショックを受けた身体で立つ事も満足に出来ず
まるで赤ん坊の様な生活を強いられる
赤ん坊は泣く事によって何かを伝えられるが
それさえもバルは出来なかった
ブレッドはバルを抱えて室内を移動する
バルがトイレを指差すと、大事そうに抱えて其処まで持って行く
バルは悪いと思っているのか、極力何もしない様に心掛けていた
ブレッドは、遠慮するなと言う
バルを抱えているブレッドの心中は複雑だった
確かにこの手の中にあるのに
何故こんなに傷ついてしまっているのだろう
自分の物くらい、己で守らなければ意味が無いというのに
バルが喋らないと、家の中は静かな物だった
ブレッドは何かきっかけを探すのだが中々見つからない
必死に探していると、バルがブレッドに手を振る
「どうしたんだ?」
バルの元へと近寄る
ソファーに座り込んでいるバルに合わせる様に腰を屈めて覗き込む体勢になる
伸ばしたバルの手が、程無くしてブレッドの頭に乗った
ご褒美だとでも言いたいのだろうか
撫でている当の本人は楽しそうに笑っている
それでも、まだ本当に笑う事は出来ていないのだが
ブレッドから涙が零れる
バルは見抜いていたのだろうか、ブレッドが責任を感じている事に
「バル・・ごめん・・・・」
自分が酷い目にあっても、ブレッドの事を心配するバルに申し訳なくなってしまう
不思議そうにブレッドを見ながらも、バルはブレッドの頭を撫で続ける
「ごめん・・ごめんな」
もう片方の手で、ブレッドの涙を手に取って行く
ブレッドは、暫くバルの膝の上で泣き続けた
言葉を失っても、バルの様子は以前とあまり変わらなかった
変わってしまったのは寧ろブレッドの方かも知れない
少しでも物音がすると、確かめに行ってしまう
気が立っていて、心休まる時が無い様だった
そんなブレッドをバルは心配していた
膝の上で泣き疲れたブレッドを見つめる
その身体が起き上がった
「・・・ありがとな、バル」
起き上がったブレッドは、先程までの気を張っている状態から抜け出して
何時も通りの笑みを浮かべていた
「バル、本当に大丈夫なのか?」
バルが目覚めてから初めての夜になる
この間の様に、バルの記憶が甦るのをブレッドは心配していた
大丈夫だと言う様にバルは頷く
しかし、それでもやはり不安は消えなかった
もし今バルがあの悪夢を見てしまっても
声を上げて助けを呼ぶ事も出来ないのだ
それはつまり、朝まで苦しみ続ける事になる
「バル・・・その・・・・・・」
何か言い難そうな様子のブレッドにバルが首を傾げる
「一緒に・・寝てくれないか?」
ブレッドからの申し出に、バルが目を見開く
「あ、その・・そういう意味じゃなくてな、ただ単に・・だから」
しどろもどろとした様子に、ブレッドが心配しているのを悟る
そういう事ならと、バルは頷いた
布団に入るとブレッドが遠慮がちに続く
バル一人では余裕があるので、ブレッドが入ったとしても何の問題も無かった
「・・・おやすみ」
「・・・・・・・・」
口を開けて、おやすみの言葉の形を作る
掠れた声で挨拶を済ませた
バルが目を閉じるのを確認するとブレッドも目を閉じた
ブレッドは、バルが震えているのを感じて目を覚ました
声も出さないバルだったが、唯一触れている手にははっきりとそれが伝わった
「バル・・・?」
目を開けてバルの様子を見る
バルは、まだ魘されていた
その身体を揺さぶり起こす
程無くしてバルは目を開ける
「路地裏での事なのか・・?」
頷く代わりに、より一層震えが酷くなった
バルの身体を抱き締める
今度は、これでも震えが弱まる事さえなかった
声も無くバルは泣いていた
「バル・・泣かないでくれ」
涙を手で拭い、バルを慰める
「俺は、なにをしてやればいいんだ・・?」
そう呟いて、バルが眠れるまでずっと
ずっと身体を包み込んだ
朝が訪れた
結局二人とも一睡も出来なかった
仕方ないが、今日も店を休むしかないだろう
花火客の集客により多少の無理は出来るのだが
だからといって決して無茶をしていい程余裕がある訳では無い
バルは申し訳なさそうに俯いていた
自分が眠れないのならまだしも、ブレッドまでも一睡も出来なくなり挙句店を休む事になってしまったのは
ブレインの所で働いていたバルなら辛さも分かりすぎるくらい分かっていた
「休んだのは仕方ないし、ゆっくりするか・・」
昨日は結局、ブレインが近くにいないかを気にしすぎて休息が取れなかった
家にまでは来ないのかと思うと、今日は安心して休めそうだった
ブレッドが起き上がると、バルも立ち上がろうとするが直ぐに体勢を崩してしまう
「バル!」
慌ててバルを支える
ブレッドに寄り掛かりながら、バルは何とか立つ事に成功した
「もう、大丈夫か?」
暫く考える様に俯くバル
まだ支えが無いと歩く事は出来ない様だった
ブレッドは、バルの手を自分の肩に掛けると
バルを支えながら居間へと向かった
バルは家の廊下の壁に手を付いて歩いていた
何時までもブレッドに支えられている訳にはいかないのだ
ブレッドは、バルの様子を見守っていた
体勢を崩して膝を強打する
それを見て慌ててブレッドが駆け寄る
差し伸ばされたブレッドの手をバルは暫く見つめて首を横に振った
足を震えさせながらもどうにか立ち上がる
「バル、無理はしなくていいから・・」
再び倒れそうになるバルの手を掴む
それをバルは振り解いた
「・・・バル?」
ブレッドはバルの顔をまじまじと見つめる
バルはブレッドを見て首を横に振る
絶対に手助けをするなと言葉にせず語っていた
仕方なくブレッドはバルをずっと見守る事にした
バルの声の方も未だ思わしくない
喉の痛みはとっくに無くなっているのはずなのに
声を出す事が出来ない
精神的なショックはまだバルから抜ける事はなかった
リハビリを何度も繰り返して、バルは漸く自分の力で歩く事に成功する
まだ壁に手を付いてはいるが着実に進歩していた
廊下の端から端まで歩くと、達成感からか力が抜けて崩れ落ちた
ブレッドが近寄り身体を起こす
もう払い除ける力も無い様だった
バルの口から、ありがとうの形が作られる
「気にすんなって」
抱えたバルを居間のソファーに降ろす
「さてと・・昼飯だな」
朝食も食べずに朝からずっとリハビリをしていたのだ
それを見守っていたブレッドも、すっかり空腹になっていた
「げっ、カップ麺切れてる」
棚を開けると中にはこの間まで食べていたインスタントが見当たらなくなっていた
バルが眠っている間、心配で食事さえ作る気にならなかったせいだった
「仕方ない・・なにか作るか」
冷蔵庫を開けて中を確かめる
何とか食べれそうな食材を幾つか引っ張り出した
「上手く作れるといいんだが・・」
自分の料理の腕の悪さは充分に理解していた
だからといってバルに不味い物を食べさせる訳にもいかない
記憶の片隅にある、昔成功した数少ない料理の例を思い出し材料を選択していった
「うわっあちちち!」
数日前に聞いたブレッドの悲鳴が部屋に響く
慌ててバルはブレッドの方へ向かおうとするが
反動で一瞬立ち上がったものの直ぐに床に膝を付いてしまう
ソファーに手を乗せて立ち上がろうとする
しかし、先程までのリハビリのせいで思う様に立ち上がる事さえ困難だった
何とか力を振り絞り身体を立たせる事に成功すると震える足を叱咤してブレッドの元へと向かう
相変わらず料理で苦戦しているその姿を見て思わず笑みを浮かべてしまう
「バル・・?」
後ろにバルが居る事に気づいたのか、ブレッドが振り返る
「もうちょっと待ってろ!」
焦ったのか、手に持っているフライパンをぶっきら棒に振る
「あっちゃちゃちゃちゃちゃ!」
フライパンから飛び出した物がブレッドの腕に丁度乗った
慌ててフライパンの中へと飛び出してきた物をブレッドは戻す
バルは、その手を掴んで流し台の蛇口を捻りブレッドの手を冷やした
「大丈夫だってこれくらい」
苦笑いをしたが、バルは首を横に振る
暫く冷やすと、もう心配は無くなったのか掴んでいた手を放しブレッドの腕を解放する
「できたできた、と」
何とか料理を完成させると、居間へと持って行った
「いただきます」
皿の上の出来立ての料理を口に運ぶ
今日は、失敗する事もなく料理に成功した
過去の成功例を思い出せば充分に作れるのだが
不器用なのもあってか、何処かで失敗してしまう
珍しく今日は火傷するだけで作る事が出来た
バルも、この間の黒い料理とは違うのを見て驚いていた
「お、俺だってな・・やる時はやるんだよ」
照れ臭そうにそう言うブレッドに笑い掛ける
早めに食事を終わらすと、ブレッドが二人分の食器を片付ける
バルは自分で運ぼうとしたのだが、ブレッドがそれを止めて運びはじめる
その時だった
「・・・・あり・・・がとう」
ブレッドの背中に、あの声が聞こえた
驚いた様にブレッドが振り返る
「バル・・・・?」
食器を流し台へ置くと慌てて戻った
「声出るのか!?」
「・・・あ・・・うん・・・・・」
まだ小さい声だが、確かにバルは声を発していた
思わずブレッドはバルを抱き締める
「よかった・・・・」
「苦しい・・よ、ブレッド」
そうは言われても、まるで何年も聞いていなかった様なバルの声が聞けたのだ
嬉しくないはずが無い
暫くの間、バルは息苦しいながらもブレッドが自分の様に喜んでいる姿を見るのが嬉しくて
ブレッドの腕の中にいた
バルの声が出る様になったその日の内に、ブレッドは立ち上がると外へ行く
ついて来ようとするバルを制止した
「ちょっと・・私用だ、それにまだ辛いだろバル」
「そっか、じゃあここにいるね」
バルが見送る中ブレッドは家を出た
バルの、此処に居るという言葉が自分が帰ってくるまで続くように願っていた
ブレッドはブレインの店に来ていた
といってもバルが居なくなってから店はずっと休業中だったのだが
バルの寝ている間に、ポストに手紙が入っていた
内容は短く、店で待つという事だけで
それ以外には何も書かれていなかった
とりあえず、丁度時間の空いた日に行こうと思っていたらかなり遅くなってしまった
ブレインの店の前へ着くと、店を見つめる
その店の扉が開いていた
中に居る、という事なのか
覚悟を決めて扉を開いた
「・・・・・・来たか」
「よ、ブレイン博士」
ブレッドはブレインの事を初めて会った時の様に博士と呼ぶ
「博士・・か、知っているのか」
「ここら辺じゃ結構有名だぜ?研究熱心なあんたは知らないだろうがな」
苦々しく見つめながらブレッドが呟いた
「俺はお前らみたいに暇じゃないんでな」
「相変わらず性格の捩れた奴だな・・で、用はなんなんだよ?」
「言わなくてもわかるだろう?バルの事だ」
その言葉でブレッドの顔つきが険しくなる
「悪いが、強姦する様な奴にバルは返せねぇな」
「俺の物だ、どうしようと指図される覚えは無い」
「お前、バルの事をなんだと・・・・・」
「あいつは俺の物だよ、俺が拾ったんだからな」
ブレッドの身体が、震えていた
「おまえの身勝手で、バルがどれだけ傷ついたかわかってるのか!?」
ブレッドが叫んだ
それでも、ブレインは涼しい顔をしていた
「バルは・・・・・ショックで少しの間喋れなくなったんだぞ・・・」
「・・そうか」
それすらも楽しいとでも言うかの様に表情を一つも変えないブレインに、一気に掴み掛かった
ブレインを睨みつける
「バルは・・・俺を憎んでるか?」
「あいつの性格だ、俺にはなにも言いやしねぇよ」
「そうか」
それだけ聞くと、ブレッドの手を振り払う
体勢を崩したブレッドを無視して入り口へと向かう
「あいつがまだ無事ならそれでいい」
それだけ言うと、ブレインはそのまま何処かへと行ってしまった
「なんなんだよ・・・くそっ!」
床に拳を叩きつける
痛みを一瞬だけ覚えたが、直ぐに怒りによって掻き消された
暫くするとブレッドも立ち上がり、ブレインの店から姿を消した
家に帰ると、バルが居間に居た
「あ、おかえりブレッド」
「・・ただいま」
「随分早かったね」
ブレッドが家を出てまだ三十分程しか経ってないのだ、バルが不思議がるのも無理はなかった
「ああ、思ったより早く終わってな」
それだけ言うとブレッドはさっさと自分の部屋へ行こうとする
その背中をバルは呼び止めた
「どうしたの?」
「なにがだ?」
「なんか、様子が変」
ブレッドが振り返る
分かり過ぎるくらいにその顔は何かを隠している顔だった
「・・・ブレインの事?」
直感でバルは言った
「・・・・なんでわかる?」
「だから、様子がヘンだってブレッド」
ブレッドに近づき顔を覗き込む
其処までするとブレッドは諦めたのか溜め息を吐いた
「おまえには負けるよ、ほんと・・」
昨日は落ち込むブレッドを慰めて
そして今日は隠していた事も直ぐに見抜いた
バルは何処か抜けているのだが、こういう事には酷く敏感だった
「ブレイン・・・なんて言ってた?」
不安そうにバルが呟く
バルとブレインの問題は、まだ何も解決していないのだ
ただ一点に、バルはブレッドを見つめる
ブレッドが重い口を開いた
「バルが寝ている間にな、ポストに手紙が入ってたんだ
俺はあいつの・・ブレインの店に行った」
「・・・それで?」
バルが息を呑む
「バルは俺の物・・だとよ」
「・・それだけ?」
「だな、俺がなに言ってもそれだけしか言わないでとっとと消えちまったよ」
呆れた様にブレッドが呟く
暫くバルは放心した様に黙っていた
「ブレインは・・怒ってないの?」
「それは俺にもわかんねぇ、そういう素振りは別に感じなかったけどな」
「そっか・・・」
それきり、バルは俯いて考え込んでしまう
数分経った頃に、不意にバルが顔を上げた
「俺・・・ブレインの所に行ってみるよ」
「・・・行くのか」
大体予想はしていたものの、いざ言われるとブレッドは動揺を隠し切れなかった
「ごめん、でもやっぱりブレインがどう思っているのかも知りたいんだ」
「謝る事じゃない、元々俺が頼んだ事だしなここにいる事は」
「でもブレイン、今日はもう店にいないんだよね?なら明日になるし・・・今日は一緒にいようよ」
そう言うと、バルが笑った
一日というのはなんて短いものなのか
この日ブレッドは改めて感じた
一緒に食事を取りながら世間話をする
テレビを見てはお互いに軽い冗談を言い合う
そんな事をしているだけで、あっという間にバルとの一日は終わってしまうのだ
それでもブレッドにとっては幸せな事なのだが
夜になり、二人とも寝る事にしたのだが
珍しくバルから一緒に寝ようという声が掛かった
バル自身も明日この家を出る事が少し名残惜しいのかも知れない
快く承諾して、ブレッドとバルは同じ布団で眠った
「じゃあ・・行くね」
家から出て、裏道を歩き表通りまでバルを見送る
何度か足を床に落としてしっかり歩けるのを確認していた
完全とはまだ言えないが歩くのには充分なのだろう、小さく頷いていた
まだ日が昇りはじめて然程時間も経っておらず、人の気配は二人以外に感じられなかった
「ああ、俺も行こうか?」
「ダメだよブレッド、今日は店開くんでしょ」
「・・・でも心配で・・・・・」
「大丈夫だって」
バルが笑ってみせた
この間まで笑う事さえ辛そうだったその顔が、自分が初めて会った時の輝いた笑顔に戻っていた
もう自分に出来る事は無いのだと悟る
「そうか・・大丈夫だよな、頑張れよバル」
「ブレッドもね、短い間だったけど・・・ありがとう」
バルが手を差し出した
それを見てブレッドも手を出し固い握手をする
抱き締める事は、ブレッド自身別れるのが更に辛くなってしまうからしないでおいた
「・・・またね」
そう言って、静かにバルはブレインの店がある方へと歩き出した
「バル・・」
繋がれていた手を見つめて、バルを見た
強くなった様に見えた
「俺も強くならねぇとな・・・」
両手で頬を叩くと、バルが見えなくなってからブレッドもその場を後にした
自分の家の玄関を開けて中に入る
本当に短い間だったが、確かにバルは此処に居たのだ
部屋を見渡してみた、部屋はバルのおかげで綺麗なものだった
椅子に座りぼんやりと上を見た
「頑張れよ」
蛍光灯の光が、ブレッドを照らしていた
ブレッドと別れてから、ブレインの店へと道を歩き続ける
色々な事を考えていた
ブレインはまだ怒っているのだろうか
怒っていたとしてどうすればいいのか
謝れば済むのだろうか
それも、ブレインに会えば全て分かるのだろう
改めて気持ちを強く持つと、しっかりした足取りで速度を速めた
やがてブレインの店が見えて来た
一週間程度見ていないだけなのに、懐かしさを感じる
その店の前に誰かが立っていた
Yシャツに黒いズボン、何時も通りの格好にはみ出る身体の色は全て黒
予想通り、ブレインの姿が其処にあった
店の方を向いていて、その表情は見れないが
朝の光を浴びているその姿は酷く優しそうだった
そのブレインにバルは少しずつ近づいて行く
後ろからの足音に直ぐにブレインは振り返った
その目が一瞬見開かれる
「バルか・・・」
「久しぶり、ブレイン」
「久しぶり・・か、そうだな」
本当はどちらも、あの路地裏での出来事があるので久しぶりなんて感じてはいないのだが
あえてバルはそう言った
それきりどちらも黙ってしまう
バルはブレインを真っ直ぐに見つめていた
ブレインも、バルをただ見据えている
「ブレイン」
バルが口を開いた
「ブレインは・・・なんであの時怒ってたの?」
率直な質問をバルかぶつけた
「・・何故だろうな、俺でも理解できなかったよあの時は」
少し考えてからブレインも口を開く
その言葉に偽りは無いのか、ブレインは視線をまったく逸らさずに言った
「まだ怒ってる?」
「いや・・・どちらかと言うと今は晴れやかな気分だ」
強姦までしたのに、バルが戻って来たのはブレインにとっては予想外だったのだ
「晴れやか・・か、変なの」
バルが笑った
その笑顔にブレインは何処か違和感を覚える
何時もの、自分の元から居なくなる前の笑顔ではない気がした
「じゃあ最後に・・・なんで無理矢理あの路地裏で犯したの?」
バルはまだ薄く笑いながらも、問い掛けた
「・・お前が居なくなると思った、一度だけでもお前と会いたかった
会ったら・・・自分が止まらなくなった」
「・・・・・」
ブレインはまだバルを見つめていた
何処か違和感を感じるあの笑顔も今は、考えている顔になっていた
その顔が不意に、居なくなる前のバルの笑顔になった
「そっか、ブレインもそんな風になるんだ」
「・・なにが言いたい」
「いっつも色々考えてて、冷静だったからそんな風になるんだなって」
「悪かったな」
「でもね、やっぱり無理矢理は善くないと思うよ」
ブレインは黙ってしまう、反論の余地が無いのだ
「あの時すごく辛かったから、なんでこうなるのかなって」
「それは・・・すまん」
「でも、もういいや」
「?」
「反省してるみたいだし・・謝ってくれたし、俺はもう満足したかな」
もう一度バルが笑った
「・・・戻ってくるのか?この家に」
「ブレッドの家はもう出ちゃったから、ここに戻るつもりだったけど」
ブレインが溜め息を吐く、同時に頭を乱暴に掻いた
「・・・・負けた」
「え?」
「なんでもない」
そのまま店の方を向くと、鍵を開けてブレインが中に入る
「なんて言ったの?」
その問い掛けにだけは、ブレインは答えなかった
その後をバルも追いかけて店に入る
「うわ・・汚い」
「ああ、お前がいなくなってからなにもしなかったからな」
「少しは掃除してよブレイン」
「・・・お前がいないと店をやる気なんて無いんでな」
「バカ」
そのままバルは掃除用具を取り出して店の中を掃除しはじめる
一週間振りに、その空間に活気が戻った
「いらっしゃいませー!」
バルの元気な声が、ブレインの店で響いた
久しぶりに開けられた店には、何だかんだで客が集まりはじめていた
その中にブレッドの姿もあった
「ようバル、元気そうか?」
「あ、ブレッド・・元気だよ」
あれからブレインはブレッドと話をしても、以前程は機嫌を悪くする事は無くなった
今はまた何処かへとブレインは出掛けていた
「しかし今日は客が多くないか?・・・いや、からかってる訳じゃないぞ」
「そうだね・・なんだかいつもより多くて、いらっしゃいませ!」
新たに入って来た客にバルが挨拶をする
「やっぱりここの店員さんは元気がいいねぇ」
そんな事を言いながら笑顔になった
「なるほど・・・」
「え、なにか言った?」
レジをしていて上手く聞き取れなかったバルがブレッドに問い掛ける
「なんでもねぇよ、今忙しいみたいだしまた後で来るわ」
「560グランになります!ブレッドまたね!」
レジをしながらも話す事が出来るバルは、やはり最初に会った頃より大分成長していた
ブレッドは商店街を歩いていた
自分の店に戻ってもいいのだが、今は暇な時間だ
自分が居ても大して変わらないだろう
「しかし・・暑い」
梅雨も終わり今は夏真盛り、太陽の光がブレッドを金色に輝かせていた
同時に黒い縞に熱が集まってしまって何とも暑苦しい
ふと、その目にある物が止まった
「・・海か」
電化製品の店に並んでいるテレビには、海の風景が映っていた
海の中では何人もの人が楽しそうに泳いでいる
「・・・・・バル誘ってみるかな」
楽しそうに笑うバルが頭に浮かび思わず顔がにやけそうになるが、人通りの多い所で笑う訳にもいかず
ブレッドは笑いを堪えながら人込みに消えて行った
「2200・・・2300・・・・・・2370、今日はよく売れたなぁ」
平均1700前後の売り上げだったのに今日は珍しく高い売り上げが出てほくほく顔になる
店内には既にバル以外誰も居なくて、片付けを始めていた
棚の商品をチェックして足りない物を奥から取り出す
全てを取り出してふと店内を見渡して見た
音の無い静かな自分の息遣いだけが聞こえる店内は、やはり自分が居なくなる前と何一つ変わっていなかった
「戻ってきたんだ・・・・」
今更ながらその事を自覚して嬉しさがこみ上げて来る
暫く目を瞑りその場で佇んでいたが、後ろから扉を開ける音がして振り返る
「あ、おかえり」
「・・ただいま」
珍しくブレインがただいまを言ったのが妙に可笑しくて笑ってしまう
「・・なんだ?」
訝しげにバルを見つめるブレイン
「なんでもないよ」
昨日のやり取りを、今度がこっちが内緒にする番だった
「なにか食べる?と言っても冷蔵庫なにがあるかわからないけど」
「・・・適当な物でいいから頼む」
「了解」
電気を消して二人揃って奥へと入る
代わりに奥から温かな光が灯りはじめた