ヨコアナ
死神の視線・上
夢を見ていた
辺りは闇と呼べる物以外は何も存在せず、その中で一人フェインは漂っていた
まるで門の中に居る様な感覚に陥っていたが
門に入った記憶が無かったために、それを夢と判断している
加えて意識がどうもはっきりとしなかった
門の中に入る時は、大抵万全の体調で入るのだ
こんな状態であの門の中に自分が入っているとはとても思えずにいた
それならば、今自分は夢を見ているとしか答えは浮かばなかった
夢ならそれで構わなかった、どうせあと数時間もすれば
自分と同じ部屋で寝食を共にしているベインが、自分を起こすはずなのだから
其処まで思考を巡らせると、大分余裕が生まれたのかフェインはこの夢を楽しもうと思った
暗い世界に意識を傾けて辺りを見渡すが
相変わらず全ては闇のままで、直ぐにフェインは飽きてしまう
興味が薄れながらももう一度辺りを見渡すと
音が聞こえた
何処から聞こえたのかは分からなかったが、何となく正面に視線を戻す
其処から強烈な魔力を感じた
自分が危険だと判断を下せる程、強い魔力で
頭の中で警報が鳴り響いた
咄嗟に腕を前に出して魔法を放とうとするが
夢の中だからなのか、掌からは何も出ずにそれを呆然と見つめていた
魔力が一層強くなると、徐々に自分に近づいてくる
視界の隅に何かが光った
闇しか存在しない世界で、初めて闇以外の物を眼で捉える事が出来た
捉えたのは、鈍く光る鎌の様な鋭利な刃だった
刃物が自分に振り下ろされる瞬間にフェインは飛び起きた
まだ夜なのだろうか、起きてから見た世界も暗かった
それでも光が全く無いといえば嘘になるのか、ぼんやりとした景色が映っていた
背中に冷たい汗を掻いていて、呼吸も荒かった
「何なんだ・・」
喉が渇いているのか、何時もより少し声が掠れていた
「フェイン?どうしたんだ?」
下から、ベインの声が聞こえた
「なんか魘されてたみたいだったけどよ・・」
思ったよりも大きな音を立てていたのか、下に居るベインを起こしてしまった様で
自分以外の声を聞いて少し安心する事が出来た
「・・・何でもない」
「そうか?まあ何かあったら呼べよな」
そう言ったベインは、直ぐにまた眠り始める
半分程寝ぼけていたのだろうとフェインは思った
少しの間呼吸を整えるためにフェインも起きていたのだが
落ち着いたのを確認すると再び横になる
汗で濡れた布団と、じっとりした体毛の感触が気持ち悪かったが
その内吸い込まれる様に、意識が消えた
「フェイン、起きろフェイン」
身体を少し強く揺さぶられて、フェインは起こされる
瞳を開くと心配そうに自分を見つめるベインの顔があった
「ほんとに魘されてたのか?」
起こす前のフェインの表情は、ベインが今まで見てきた寝顔とは随分違っていて
何時までも魘されていて苦痛に満ちた表情をしていた
「保健室、行くか?」
「いや、いい・・・夢見ただけだ」
必要以上にベインが心配をしていたが、手を上げると平気だと言ってみせる
ちょっとした夢を見ただけなのだ、それだけで態々体調不良を訴える気にはなれなかった
フェインが起き上がる、ベインは相変わらず心配そうな顔付きをしていたが
邪魔をしない様に梯子を降りて下で待機する
「何の夢見たんだ・・?」
待ちながら、ベインはそれを気にしていたのか問い掛ける
「さあな、忘れたさ」
完全に眠りから覚めたのか、梯子から降りてきたフェインは何時もの様子に戻っていて
横目でそれを見たベインは安心した様に一つ息を吐いた
部屋を出た二人は図書室で本を漁っていた、今日は授業も無く一日中暇だったのだ
何時もは外へ行こうと煩く言うベインだったが、フェインの体調を気にしているのか
この日は特に何も言わずにフェインを見守る様に傍に居た
「それにしても珍しいな、フェインが変な夢見るなんて」
「そうか?」
適当に探してきた本をベインはこれまた適当な様子で見つめながら言う
フェインはまだ目当ての本が見当たらないのか、本棚と睨み合っては少しずつ移動していた
「てっきり俺はお楽しみの最中かと・・」
無言で、ベインに向けて掌を向ける
「本が多いからよく燃えそうだな此処は」
どうでもよさそうにフェインが呟くが、下手な事を言えばそれを実行する気なのだとベインは察知する
「可愛くねえやつ・・・がっ」
梯子を使って高い場所の本を探していたフェインが、手に持つ本を無造作にベインに投げつけた
投げられた本は狙いを外す事なく、ベインの頭に命中する
「本当に可愛くないな・・・」
余程痛かったのか、涙目になりながら頭に当たって床に落ちた本を拾う
「男に可愛さなんてもんは必要ない」
目的の本が全て見つかったのか、数冊の本を抱えてフェインが机に近寄ると本を置く
「多少の可愛さは必要だろ・・ってこんなに読むのかよ」
フェインが置いた本だけでも驚く程だったが、加えて今拾った物まで読むつもりなのかと
信じられない目でフェインを見つめる
「明日試験だぞ」
「まじかよ!?・・・って別にフェインは平気だろ」
日頃からこういった物を読み漁っているフェインは今更読まなくとも
本人が満足するほどの出来になるだろうとベインは思う
現に、この間あった試験でも特に慌てた様子も無くフェインは上位に入っていた
ベインは、数日前から大慌てで本を読み漁りどうにか納得出来る点を取ったのだが
「なんで今更こんな物読むんだ・・?」
読む必要も無いだろうとフェインを見上げる
「お前用だ、これは」
「俺用・・・おい!こんなに読めるか!!」
一冊読むだけでどれ程時間が掛かるのかと頭で考えると、眩暈がした
「心配するな、明日試験で出る問題予想したの見るだけだから」
ベインの隣に座り、一番上の本を手に取ると書いてある中から幾つかを指差す
「どうせ勉強してないだろ・・しかも今回は試験の事も忘れてる」
言われた事は図星で、試験があるのもフェインの言葉で初めて思い出したのだった
一つ一つを丁寧にフェインが教える、そのおかげなのかすんなりと頭に入るのを不思議に感じていた
「・・聞いてるのか?」
途中から反応の薄くなったベインに、フェインが視線を向ける
何か別の事を考えている様子だった
「・・・・幸せだなぁと」
「・・は?」
いきなりそんな事を言われてフェインが訝しげな顔になる
「俺、幸せだ!」
そんな事を言いながらベインは抱きつこうとする
途中で、その動きが止まったかと思うとベインは蹲ってしまう
予め準備をしていたのか、持っていた本を閉じると低く構えてその腹に減り込ませていた
「見事なお手前で・・」
「お前のする事ぐらい予想出来る、あともっと静かにしろアホ」
減り込ませていた本を持ち上げてから図書室を見渡すと、他の生徒数人がこちらに視線を向けていた
一度静かに睨むと、全員が慌てて視線を逸らす
閉じてしまった本の先程まで読んでいた所を開きながら、フェインが溜め息を吐いた
大体の事を教え終わると、図書室から出て廊下を歩く
何処へ行く訳でもなかったが、部屋に籠もりきりなのもどうかと思ったからで
静かに歩くフェインの少し後ろでは、幾つかの本を持ったベインが居た
「あとは部屋で予習すれば大丈夫だろ、予想合ってればな」
「本当に合ってるのか・・?」
「知らん、やらないよりはマシだろ?」
如何にも他人事だという様な意味を込めて言われたものの
確かにあのままでは完全に試験の事を忘れていたベインにとっては
それだけでも充分に有り難い事だった
先を歩いていたフェインが、窓から外を見下ろす
視線の先には、太陽の光が降り注ぐ学園の庭があり
何人かの生徒が外に出て気持ち良さそうに日光浴をしていた
「庭か、悪くないんじゃねえか?」
フェインが庭に対して興味を引かれている事を感じ取ったベインはそう言った
それに応える様にフェインも頷く
「なら行こうぜ、早く」
ベインが少し早歩きで庭へ続く道を行く、手に抱えている本を落とさない様に細心の注意を払っていた
庭に向かい始めたベインに続こうと思って歩を進めたのだが
途中で何かとすれ違った気がした
慌てて振り返るが、今歩いてきた道があるだけで他には何も無かった
すれ違った瞬間は確かに黒い何かが見えたのだが、それが無い事に首を傾げる
「フェイン、行くぞ!」
遠くからベインの声がして、振り返るとフェインはそちらへ向かって走り出す
おかしな日だと、心で思った
陽射しの強い学園の庭
太陽の光が当たる位置では、暑くて敵わない事から
近くの大きな木に二人揃って寄り掛かり寛いでいた
陽射しが直接当たる事はなく、時折吹く風が少し汗を掻いた身体に冷たく当たった
手渡された本をベインは熱心に読んでいたが
もう言う事は無いのか、フェインは目を閉じて辺りから微かに聞こえる音を聞いていた
風が一つ吹くと真上から葉の囁きが聞こえて、それに耳を傾ける
ベインは余程本に熱中しているのか
何時もは何かを言うその口も、今は閉じられていて
こんな時間もあるのかと少し意外にフェインは思う
「ちゃんと読んでるんだろうな」
目を閉じている自分に気づかれない様に、何かをしているのかと声を出す
「ちゃんと読んでるって!」
そう言いながらも、目の前から微かに物の動いた後の風を感じた
それだけで自分に何かをしようとしていた事に気づく
「次何かしようとしたら殴るぞ」
「はい・・」
それで大人しく本を読む気になったのか、紙を捲る音が聞こえて
規則的ではないにしろ、丁度眠気を誘う音になっていた
また、あの夢を見ていた
相変わらず暗い景色だけが広がっていて
それ以外の物は何も見えなかった
魔力を感じた
今度は後ろからで、素早く前に飛び去る
地面が抉り取られた様な音だけが其処から聞こえた
かわしたつもりだったが、腕から痛みを感じて
生温かい液体が腕を伝っているのが分かった
どうにかしようと魔力を集めようとするが
やはりこの場では使う事が出来ないのか、何時もは直ぐに集まる魔力が
まったく集まらず、舌打ちをして腕を押さえる
痛みに気を取られていたせいか、何時の間にか目の前にまで強い魔力が迫ってきていて
見上げると、あの鎌の様な物の刃だけが見えた
それが、自分に向かって素早く振り下ろされた
「フェイン!!」
ベインの叫ぶ声が聞こえた
同時に腕からも痛みを感じてフェインは起きる
今度の痛みは、ベインが自分の腕を強い力で掴んでいたからだった
「どうした、読み終わったのか」
ベインの後ろに広がる葉の間から僅かに見える空を見たが、今もまだ青空が広がっており
然程時間が経っていた訳ではない事を理解する
ベインの声が聞けて安心したのか、フェインが口元に笑みを浮かべていた
「そうじゃねえよ、また魘されてたぞ・・・」
そう言うベインの顔は酷く焦った様な顔をしており
自分は其処まで酷く魘されていたのだろうかと疑問に思う
「それに・・」
ベインが手を伸ばしてフェインの顔へと触れる
何かを払ったのだが、払われて漸くそれが涙だという事に気付いた
「何で泣いてるんだよ・・・そんなに嫌な夢だったのか?」
どれ程嫌な夢だったのか、それが分からないベインは
まるで自分が夢を見たかの様に顔を顰めていた
「・・そうだな、痛かった」
「えっ、痛かった!?」
次の瞬間には、何を連想したのか一気に下品な笑みを浮かべる
「・・・お前の浮かべた様な夢じゃない」
その顔を冷めた様子で見つめる
「悪い悪い、それにしてもまたなのか・・やっぱり保健室行くか?」
泣くほど辛い夢なら、余程辛いのだと考えるとベインは保健室へ行く事を提案する
「いや、いい・・・」
「本当にいいのか?無理するなよ?」
ベインは食い下がるが、大丈夫だろうと自分に言い聞かせた
それに目を覚ました時に自分以外の、ベインの声が聞こえて安心出来て
寝覚め自体は悪くないと思ったからでもあったが
「もう帰ろう・・少し、寒い」
立ち上がって学園内に向かいフェインが歩き出す
重ねてある本と、フェインの様子を見て思わず投げ出した本を拾ってベインもその場から立ち去る
寒くなった訳でもないのだが、また汗を掻いていたからか
フェインには、陽射しの当たらないまま風の当たるこの場所が酷く寒く感じられた
部屋に帰ってから直ぐにフェインは眠りに入ってしまう
ベインが何かを言おうとしたが、身体全体がだるいのか
言葉にあまり耳を傾けずにフェインは梯子を上った
「フェイン・・本当に平気なのか?」
「平気だ、それよりお前は勉強しろ」
言葉の内容だけは何時もと変わらないのだが
それ以外の全てが何時もと違っていた
長い間、ベインは心配そうに見つめていたのだが
その内自分も寝床に入り、手に持っていた本を読み始めた
フェインは、朝早くに目覚めた
眠りに入ったのが大分早かったから無理もなかったのだが
不思議と、今度は夢を見ないで起きる
もう平気なのだろうかと起き上がってから考えたのだが
それを知るのは、次にまた眠る時だろうと結論づけると
今日の授業で使う物の整理をしてベットから下りる
まだ寝息を立てているベインに視線を送ると、顔の上に開いた本を乗せたまま眠っていて
それを見て目を細めると薄く笑った
「ベイン、朝だぞ」
動かない身体に微かに手を触れて揺らす
それだけで起きる様子は無かったが、乗せられていた本が布団に落ちると
少し間を置いてからベインが目を開いた
「もう朝なのかぁ・・?」
起き上がって眠い目を擦りながらフェインを見る
「変な夢・・・・見なかったか?」
まだ起きたばかりだというのに、ベインの心配事はそれなのか
一度両手で自分の顔を叩くと真面目そうな顔で問い掛けられる
「見てない、治ったのかもな」
「そうか・・よかった」
聞かなくともフェインの顔を見れば見ていない事など分かるのだろうが
言葉にされて更に安心したのか、ベインが嬉しそうに笑い出す
「そんなことより試験の心配をするんだな」
「うっ、そうだったか・・・」
どうやら、試験の事はすっかり頭から抜けていた様で
途端に慌てた様子を見せ始める
「心配するな、昨日あれだけやったんだし出来るだろ」
自分の予想が当たっていれば、とは言葉には出さないでおく
それでも自信が持てないのか不安そうにベインが俯いていた
「いい点取れたら、街に出て美味いもん食べるか」
その言葉を聞いてベインが顔を跳ね上げる
「俺、頑張る・・」
フェインと街に外出する機会など早々無いのが分かっているベインは
それでやる気が出たのか、慌てて横にある本を手に取りまた読み始める
「もう少ししたら出るぞ」
それに頷くと、時間の許す限り見たいのか更に本に目を通していた
扉が開かれた
中からは一斉に生徒が出てきていて
そのほとんどが疲れた顔をしていた
人込みの喧騒から抜け出したフェインは、然程疲れた様子も見せず
廊下の窓から外を見下ろしていた
試験だけは大半の生徒が受けるが、この後の授業は生徒が選ぶものであり
次の授業をする部屋へと向かい始めていて
数分もすると廊下は人気が疎らになっていた
それでもフェインは窓から外を見下ろして何かを待っていた
あと少しすれば、ベインが自分を捜しに来るのだろう
それを待っていた
後ろから、何かの気配を感じる
慌てて振り向いたが、やはり其処には何も存在せず途方に暮れてしまう
突然、視界が全て闇に染まった
次にはあの鎌が空を切る音がして
今度は何処からそれが来るのかさえも分からず呆然と立ち尽くしていた
そのまま待てば、足に微かな痛みを感じてそのまま倒れた
足から異常な程の熱が伝う
不思議と、強い痛みがあるとはあまり思わなかった
右足の感覚が、完全に無くなっていて
失っているのだと漸く気付いた
「フェイーン!」
試験が終わり廊下に飛び出したベインは、フェインを捜していた
「なんでフェインと部屋が違うんだよ・・」
そう愚痴を零すが、もし同じ部屋だったとした場合
フェインにばかり気を取られて試験どころではないだろうというのが頭に浮かぶと
これでよかったのかもしれないと思い直して、今はフェインを捜す事に没頭した
それでも流石にこの人込みの中でその姿を捜すのは困難であり
数分の間待つ事になる
フェインが自分を待っているのかは分からなかったが、フェインの性格からして
こうやって他の生徒大勢に囲まれて移動する事が少ないのを知っているため
何処かで一度生徒の波を回避しているのだと予想をしたのだ
漸く人込みが無くなったところで、ベインは廊下を見渡す
遠くに捜していたその人影を見つけた
それを見つけて、自分の顔が綻ぶのがありありと感じられた
走り出したベインは考えていた
まず何から話そうかと
まだ自分の感じた手応えでしかないが、試験は順調だったのだ
それを伝えたかった
フェインの顔の様子がしっかりと肉眼で捉えられる距離になった頃に
ベインの表情が変わった
視線の先に居るフェインは、何処か遠くを見つめながら怯えていて
その身体が、突如倒れた
「フェイン!!」
叫んだ自分の言葉が、耳に痛かった
夢を見ていた
今度は、暗い夢ではなかった
見えるのは、荒れた地で立ち竦む子供だった
子供は、今にも泣き出しそうな顔で辺りを探っていて
見渡していると、音が聞こえた
子供と一緒に振り返ると其処には大きな身体の魔物が居て
子供を見て涎を垂らしていた
本能的に危険を察知したのか、子供が逃げ出す
それでも子供の走る速さなど高が知れていて
直ぐに追いつかれ、鋭利な爪を魔物が繰り出した
足に爪が掛けられて血が飛び散った
地面に転んで、動かない足を懸命に動かして子供は手を伸ばす
子供の目の前に、何かが現れた
黒い布切れに包まれたそれは子供を静かに見下ろしていた
「助かりたいのか?」
聞こえた言葉は、子供に囁かれていたが
それを見ている自分にも言われた様な気がした
子供はその問い掛けに必死に頭を縦に振っていた
それを見た相手の上に、鎌が現れた
その姿が消える
次には、後ろに迫っていた魔物の首が飛んだ
首を飛ばされた魔物はそのまま石の様に固まった後に、砂の様に崩れ去った
「お前の命が大きくなった頃、その命を頂戴する」
それだけを言うと、子供に何かをしたのか
足の傷が綺麗に消え去った
それと同時に、黒衣を纏った相手も消えた
痛みの無くなった足を子供が不思議そうに見つめる
その場に、別の人影が現れた
現れた人影は子供を見て驚いた様に声を上げた
「フェイン!」
夢で叫ばれた言葉を、現実でも叫ばれている気がした
それもそのはずで、今自分を見下ろしている者がそれを叫んでいるのだろう
眠っているフェインに僅かな反応があったためか、ベインがその名を呼んでいた
「フェイン!フェインフェインフェインフェイン!!!」
「うるせえぇ!!」
いきなり目を見開いたフェインが素早く拳を振り上げてその顎に一撃を食らわせた
突然攻撃を受けたベインはそのまま舌を噛んだのか、暫く蹲っていた
「病室ではお静かに」
蹲るベインの隣にゼルグが居た
恐らく授業をしているところをベインに無理矢理連れて来られたのだろう
半分迷惑そうな顔をしていたが、授業をしなくて済んだのが嬉しいのか
もう半分はご機嫌な様子で自分の淹れた茶を啜っていた
「・・・何で俺、保健室なんかに」
ゼルグの姿を見て慌てて辺りを見渡すと、清潔そうに保たれた部屋の様子と
薬の臭いが鼻を擽っていた
「・・倒れたんだよ、いきなり」
漸く痛みが抜け始めたのか、ベインが立ち上がる
「もう平気なようですね、それでは私は引き続き授業があるので」
場の空気を読んだのか単に言った事が本当なのか、足早にゼルグがその場から立ち去る
扉が閉まるのを二人揃って見届けていた
他に部屋には誰も居ないのか、心配そうに自分を見つめるベインと目が合う
「もう大丈夫か?痛くないか?・・・痛ってぇ・・」
「・・お前が大丈夫か」
殴られた場所を擦りながらベインが問い掛けるが
自分よりもそちらの方がどうにも重大な事の様に思えた
「平気だ、立ち眩みがしただけでな」
夢の内容を言っても仕方ないとフェインは思ったのか、立ち眩みだと返す
「・・・・本当なのか?」
今までに無い程、フェインは魘されていて
それを見守っていたベインは気が気でなかったのだ
「また、夢見たんだろ・・?」
「気にするな、悪い夢ってだけで外傷も何も無いだろ」
「傷ならあるぞ!」
言いながらベインが指を差す
差された場所は額で、手を当てると包帯が巻かれていた
探る様に手を動かすと、右目の上辺りから多少の痛みを感じた
「たんこぶ出来てたってよ!」
何故か満足そうにそう言われて、息を吐いた
包帯を取り払うと自力で治療をする
ゼルグが何故この傷を治さなかったのかは分からなかった
ベインには、起きるまであまり触れるなと言ったのだろうが
他に外傷が認められないと知ると、フェインが起き上がろうとする
その動きをベインが制した
無言で首を横に振られる
目を合わせると、自分の事をただ見つめていて
仕方なくフェインは布団をもう一度被る事になった
ベインが喋り続けていた
退屈そうにしているフェインを退屈させない様に、必死に話題を探していて
「試験結構うまくいったぞ!」
忘れていたのか、話の途中で思い出した様にベインが言った
うまくいったとは言ってもフェインより出来が悪い事は明らかなのだが
その事を漸く伝えられてベインか満足そうな顔をしていた
「そうか・・・美味いもん食いに行かないとな」
約束をフェインが口に出した
実際にはまだベインの点数など分かってはいなくて
単にベインが手応えを語ったに過ぎず、何時もならその事を指摘するのだが
何となくそんな言葉が口から出た
「いや、まだ分かんねぇだろ・・・」
何時もはフェインが言う事をベインが口にする
「それにこんな状態だしな・・元気になったら行こうな!」
少し残念そうな顔をしていたが
悟られない様にベインは明るく振舞っていた
「・・ごめん」
フェインの発した言葉に、ベインが固まった
「き、気にすんなって!その代わり元気になったら梯子するぞ!」
直ぐに元に戻るとまた笑い出す
その顔を見ながらフェインも少し笑っていたが
内では別の事を考えていた
あの夢は夢なんかではなく、昔自分の身に起こった出来事なのだ
忘れていたのは傷の痛みや幼すぎたせいであり
それが今になって夢として出てきた
そして、あの夢が出てきたという事は
あの鎌を持った相手の言ったその時が来たのだろう
それを悟ったフェインが思った事は、単純に約束を守れるかどうかという事だけだった
フェインの肩を支えたベインが、部屋に戻ってきた
あの後、暫くするとゼルグが保健室に戻ってきてもう大丈夫だろうと状態を見て言ったためだった
額の傷が無くなっているのを見るとゼルグはフェインににっこりと笑い掛けた
それに思わずフェインは視線を逸らしていた
「フェインは軽いな」
フェインとは反対の言葉を、ベインが笑いながら言う
保健室まで運んだのも自分なのだが、慌てていたのか重さは覚えていなかった
「お前みたいに体調管理の出来ない奴じゃないからな」
「・・・可愛くねぇ・・」
呟きながら、フェインを床に下ろした
座ると、フェインは目を瞑った
一瞬にして眠りに落ちたかの様にベインには見えた
「フェイン・・・」
不安になって名前を呼んだ
「何だ」
フェインが目を開いた
たったそれだけで、酷く安心した様な気がした
本当は、今フェインを苦しめている物を追い払えれば一番安心出来るのだが
「大丈夫なんだよな・・・・?」
先程の様に、フェインが再び倒れないかがベインは心配だった
フェインの瞳を真っ直ぐに見つめる
フェインが笑った
それでも、諦めた様な笑みでベインの表情は更に曇った
「なんでそんな顔するんだよ・・」
フェインが言おうとした言葉を、ベインが言った
自分の顔は其処まで酷いのかと考えるが
それでも、今胸を張って頷く事は出来なかった
「大丈夫だ・・・多分な」
意地悪そうに笑った
ベインの表情だけは、変わらなかった