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狂信教・下

結界の中でベインは倒れていた
全身から力が抜けていて、腹の痛みを治療する気も起きなかった
手を伸ばすと結界に触れる
結界が手を弾いた
「・・フェイン・・・」
呟いてから起き上がる
扉を閉められているせいもあるが、もうフェインの足音は聞こえなくなっていた
無意識に腕を上げた
それが結界に触れてまた弾き飛ばされる
弾かれて多少の痛みを感じた腕を見つめる
「俺は、また置いてかれてるのかよ・・」
前のフェインは自分を力不足だと思ったのか、自分を置いて任務に行ってしまい
今のフェインも自分に逃げろと言い、この場に置いて行ったのだ
結局、自分は何も出来なかった
不甲斐無さにベインは唇を噛み締めた
その身体に魔力が集まり始める
全ての魔力を腕に集中すると結界へと手を伸ばした
触れた瞬間、部屋が眩い光で包まれた


広場の中央へと続く道をフェインが歩く
目の前にはナルヴァが居て、自分の先を歩いていた
その背中を無言で見つめる
「怖いかね?」
途中で立ち止まると、そんな事をナルヴァが言った
「・・・いえ」
「君は何かをまだ迷っているようだね、それもナルヴァ神に仕えれば小さな事だと気づくさ」
「はい」
短く返事を返す、それでナルヴァが歩く事を再開した
中央に着くとその場で自分は跪く
眼を瞑ると祈りを捧げた
同じ様に前に居るナルヴァも、今は自分を見て祈っているのだろう
祈りを捧げているとベインの顔が浮かんできた
やはり、ベインと会えなくなる事に自分は恐怖しているのだろうか
「いくぞ」
考えが纏まるよりも先にナルヴァが合図を出した
周囲にあった僅かな魔力が強くなる
ついにこの時が来たのだ
これで、自分は終わる事が出来る
感じたのはやはり一抹の期待と
膨大な量の不安だった
瞳を閉じていても、暗い視界が白い光で埋められた

爆音が轟いた
フェインには何が起こったのか分からなかった
ただ、自分に光が届くと思った瞬間
突然何かに引き寄せられる様にその場から動かされていた
瞳を開けば、遠くを見つめるベインの顔が其処にあった
「・・・間に合ったか」
その瞳が自分を映すと、安堵した顔付きになる
「ベイン、何で・・結界は?」
問い掛けてから気付く
ベインの顔から自分の服に向かって雫が落ちた
落ちた雫は、赤い染みになって神官の純白の服を深紅に染める
「ぶっ壊してきた」
「壊したって・・・身体は」
フェインが全力で張った結界なのだ、無理に壊そうとしては当然それは反発する
そしてベインはそれを壊したのだ
結界によって傷付けられた身体から血が流れていて
他にも模様の様な赤色を服に付けていた
「痛ぇなやっぱ」
「馬鹿かお前は!!」
笑って言うベインを叱りつける様に怒鳴った
怒鳴られても、ベインは笑ったままだった

ベインに向かって、光が飛んだ
それをどうにかかわして距離を取る
「貴様、どういうつもりだ・・信者なのだろう」
信者の服を着たままのベインを信者の一人だと思っているのか
掌をこちらに向けてナルヴァがそう言った
「悪いな、俺は信者じゃない・・・こいつだってな」
腕の中に抱き締めているフェインを見下ろした
「フェインをこちらに返せ、そいつが必要なんだ」
「てめぇが欲しがってるのはフェインの力だろ」
「屁理屈だな・・・フェイン、戻ってこい!」
名前を呼ばれて僅かにフェインが反応を示した
心の底にあるナルヴァの信仰がそうさせるのか、立ち上がろうとしていた
動きかけたその身体をベインが抱き締める
「行くな」
「でも、ナルヴァ様が・・」
「まだそんな事言ってるのかよ!?あいつが欲しいのはお前の力で
それを奪ったらゴミ同然に捨てられるんだぞ!!」
未だナルヴァの元へ行こうとするフェインに向かって、声を荒げた
迷っているのだろう、それで動きは止まったが
ベインに返事を返す事も無かった
「ゴミ同然に捨てて何が悪い?力の無い神官など一般の信者にも劣るではないか」
迷っているフェインの耳に、ナルヴァの言葉が届いた
「・・・本気で言ってるのか」
「本心だ、役に立つ者か役に立たない者、私が欲しいのは役に立つ者だけだ」
その言葉に我慢の限界が来たのか、ベインが風を放った
それでも結界を破る事にほとんどの力を使ってしまったために
ナルヴァが軽く手を払うだけでそれは消え去る
それを見たベインが、走り出した

ナルヴァが低く唸り声を上げる
その身体から白い何かが天に昇っていた
「なんだありゃぁ・・」
「・・・あれがナルヴァ神だ」
抱きかかえているフェインがそれを見て呟く
「肉体の無いナルヴァ神はその分身として肉体のある者に憑く
それがナルヴァの名を名乗る教祖になるんだ」
説明をしている間も、ナルヴァが腕をこちらに向けると
腕から光線が打ち出され地面を焼いた
光線を打ち出したナルヴァは荒い息を吐いていた
「なんか辛そうじゃないか?」
「ナルヴァ神が神官の力を奪うのはその存在を維持できなくなる時だからな
早く力を蓄えなければナルヴァ神も、ナルヴァ様も消滅してしまうだろう・・」
悲しそうにフェインが呟いた
あんな事を言われても、やはりナルヴァに仕える神官なのだろう
「フェイン!!」
遠くでナルヴァが叫ぶ
既に教祖ナルヴァとしてではなく、生き延びるために獲物を狙う獣とほとんど変わらなかった
ナルヴァの声を聞いてベインがもっと遠くに逃げるために足を踏み出したが
全身に傷を負って力が入らないためか、その場で崩れ落ちてしまった
「くそっ・・・走れねぇ・・・・・」
血が、また一つ抱いているフェインの服に模様を作り出した
一歩も動く事が出来なくなったベインの下からフェインが抜け出した
立ち上がると、ナルヴァを見据える
「お、おいフェイン・・」
ナルヴァの元へ戻ろうというのか、ベインがその名を読んだ
「フェイン、その力を・・・よこせ!!」
光線が放たれる
寸分違わずそれはフェインの身体に直撃しようとしていた
「・・すみません、ナルヴァ様・・・・」
フェインの口がその言葉を紡ぐと同時に
魔力を右手だけに集中させてその光線を受け止めると、それをナルヴァに向けて打ち返した
跳ね返された光線が、ナルヴァの身体を貫いた

光線を打ち返すために振り上げた腕を、フェインが下ろした
その手には光線の光が僅かに残っていて
多少影響を受けたのか、フェインが膝を着いた
「な、何故だ・・・お前は完全な信者のはずだ・・」
自らの光線によって身体を貫かれたナルヴァが、呆然とした様子で呟く
仰向けに倒れたままのナルヴァをフェインが見つめた
「確かに俺は完全な信者でした・・それは今も変わりません」
大分楽になったのかフェインが立ち上がって、ナルヴァの元に近づく
「それでも・・・俺は信者である前に俺なんです」
フェインが俯いた
視線の先には、自分を見つめるナルヴァが居て
その身体が淡く光り始めた
「ナルヴァ神が存在を維持出来なくなってきたようだな・・・」
「・・ナルヴァ様」
徐々に消え始めるのを見て、不安そうな顔になっていた
「私の魔法は完璧だったみたいだな、ただ・・完璧でも君には通じなかったみたいだ」
「ナルヴァ様、俺は」
其処まで言ったところで、ナルヴァが消えた
完全に肉体が消滅してしまったのだ
ナルヴァ神の強い力も、何時の間にか感じられなくなっていた
自らの主と、信じる対象を失ったフェインは
暫く動く事が出来なかったが
静かに立ち上がると座り込んでいるベインの元へ向かった
「・・・・・終わった」
「・・・ああ」
ベインの前で屈むと、その身体に深く残る傷の治療に当たる
黙々と作業を続けていたが、次第に手に集まる魔力が薄らいでいった
「俺が殺したんだ」
そう言ったフェインを、ベインが抱き締めた
抱き締めた身体は小刻みに震えていて
「お前のせいなんかじゃねえよ」
その震えを抑える様に、優しく呟いた
言葉を言われてもフェインは震えていたのだが
数分の間抱き締めていると、落ち着いたのか震えが止まった


震えが止まるのを確認するとベインが抱き締めていた腕を放す
少し離れてから治療を再開した
フェインはまだ悲痛な表情を浮かべていたが
それを再び口にする事は無かった
「お前も馬鹿だな、結界破るなんて・・・」
身体の具合を診てフェインが言う
「下手したら今頃瀕死だぞ」
「・・嫌だからよ、もう置いてかれるのは」
言葉を聞いて、溜め息を吐いた
「悪かったな、何も言わないで任務に行って」
「そうだぞ、せめて少しくらい相談して・・・も・・」
途中まで返事を返していたベインの言葉が止まる
突然止まった言葉にフェインは不思議そうにその顔を見るが
ベインは随分驚いた様子でこちらを見ていた
「お、お前記憶戻ったのか!?俺其処まで詳しくは言ってなかったよな・・?」
言われて、初めてフェインは気付く
顔に掌を当てて考え込んだ
暫くそのままの状態だったのだが
手を降ろすと、首を横に振った
「ナルヴァ神が滅んで魔法が不完全な物になったから多少は記憶が戻ったみたいだな
ただ、完全にはまだ思い出せない・・・」
残念そうに呟きながらフェインは更に戻ってきた記憶を探る
「・・石版」
「石版?」
「神殿の奥に石版がある、それに記憶が封じてあるはずだ・・・」
それを聞いたベインは早速向かおうとするが
傷に障るとフェインに止められる
治療が完全に終わるまではその場に居る事になった
途中で思い出してきた事を一つ一つフェインが述べる
それを聞いて、ベインが一つ一つに頷いた



傷が大分塞がると二人は神殿の奥へと向かう
途中で信者に何度か止められたものの、他の者も多少は記憶が戻ったのか
何かを考えている様で大した障害にはならなかった
更にこちらには神官のフェインが居るのだ、止められる者など居なかった
「ナルヴァ様も、もっと早くに力を蓄えていればああはならなかったんだがな・・」
道を歩きながらぽつりとフェインが呟く
「なんでナルヴァはそれをしなかったんだ?」
「ナルヴァ神が存在を維持出来なくなった時にしか他人の力を奪えないというのもあるが
ナルヴァ様はナルヴァ様で信者の力を奪う事に抵抗があったんだろう、あんな事を言っていたが」
そう考えてみるとナルヴァも一概に悪いとは言えないのかも知れないと思った
それでも自分が生き残るために何人もの信者を人形の様にした事を思えば
とても同情する気にはなれなかったが
そんな事を考えていると、神殿の一番奥へと何時の間にか来ていた
重苦しい扉を開くと、其処に大きな石版を見つける
「これが・・その石版なのか?」
「ああ、この中に奪われた記憶の全てが入っているはずだ
他の信者の奴らの記憶もな、壊せばそれが戻る」
「ならよ、さっさと壊しちまおうぜこんなの」
ベインの言葉に頷くと、フェインが腕を伸ばした
ベインは結界を破ったせいで魔力が残っていないのだ
壊せるのは自分しか居なかった
最初はその手に魔力を練り、今にも石版を破壊しようとしていたフェインだったが
途中でその力が弱まった

「・・ベイン」
「なんだ?壊さないのかよ?」
徐々に失われて行く魔力を見てベインが眉を顰める
「お前は、前の俺の方が好きなのか?」
完全に魔法を停止させると、後ろに居たベインに向かって振り返った
「なんだよ、突然」
「これを壊したら俺は前の俺に戻るからな、少し気になった」
「・・・そうだな、確かに俺は戻ってほしいかもな」
それを聞いたフェインが、少しだけ俯いた
「やっぱり、俺は駄目なのか?」
自分では前のフェインには及ばないのかと、心の中で呟いていた
それを察したのかベインが慌てた様子をみせる
「そ、そんな事ねえよ・・・でもよ、俺は前のフェインにも戻ってきてほしいんだ・・」
他に言葉が見つけられないのか、ベインも俯いてしまう
何を言っても今のフェインを傷付ける事にしかならないと思った
「今のフェインも、前のフェインも俺は好きだ・・どっちがって事はない」
暫く考えてから、ベインが口を開いた
「でも、俺は・・もう一度前のフェインに会いたいんだ」
言ってから、フェインの顔を見るのが怖くなった
傷付けてしまったのかと思うと、顔を上げる事が出来なかった
その様子をフェインは見ていた様だが
振り返ると、石版に向けて腕を向けて再び魔力を集め始めた
「フェイン・・」
「俺は・・・羨ましい、前の俺が」
背中を向けていて、その表情を確認する事は叶わなかった
「今のお前には前の俺の存在が強く残っているみたいだ、俺の入る余地なんてものは無いな」
「そんな事・・」
「いや、俺はそれが嬉しいんだ・・・お前に好かれていた自分が嬉しい、同時に少しむかつくがな」
片方の手が握り拳を作っていた
それと同時に魔力が一段と大きくなる
「お前が望むなら、俺は前の俺に戻ろうと思う」
一度、フェインが横顔をこちらに向けた
「じゃあなベイン、俺の事も忘れるなよ」
フェインが笑った
「・・フェイン!」
放たれた魔法が、石版を一瞬にして破壊した

粉々に砕け散った石版を、フェインが見下ろしていた
最初は変化の無かったそれも
一度光ると、そのまま宙に昇って消えていった
「フェイン?」
黙ったまま動かないその姿を見て、ベインが声を出す
フェインが掌で顔を覆った
泣いているのかと、慌てて近づく
「なぁ、フェイン・・うがっ」
肩に手を掛けようとした瞬間に、フェインが振り返ると自分の腹に拳を入れた
力の入らない身体のせいで、ベインが後ろに少し飛んで座り込む
「人の記憶が無い間に随分遊んでくれたなお前は」
「き、記憶戻ったのか!?そして本日二回目のグー・・・」
腹を押さえたベインが記憶が戻った事に喜び、腹の痛みに悲しんでいた
「一応怪我人なんだぞ!?」
大体の治療を施したとはいえ、未だ傷は完全には塞がっておらず
本当に苦しそうにベインが呻く
「記憶が無い俺にあんな事しといてそれを言うのか」
言ってから、身体に触れられた事がまざまざと浮かんできたのか
その表情が更に厳しくなった
「覚えてるのかよ!?」
「当たり前だ、一応俺の記憶だからな」
言いながら、その手に夥しい量の魔力が集まる
今後の展開がベインには手に取る様に伝わってきていた
怯えた様子のベインを見て、フェインが笑った
石版を壊す前の、優しそうな顔とはまったく違う笑顔だった

「・・・ん?」
滅多打ちにされる事を想像して、その衝撃に備えて目を瞑っていたベインだったが
身体が何かに包まれているのを感じて瞳を開く
自分の身体が水に包まれていた
目の前では、フェインは跪いて治療に当たっていて
「怒ってないのか?」
「怒ってないと思ってるのか?」
その言葉に首を横に振る
「私情は後だ、今は傷の手当てを優先する」
後で覚えてろよという言葉が込められている気がした
治療を終えると、神殿の外に出た
大半の信者は記憶を塗り替えられていたのか、記憶が戻り不思議そうに辺りを見渡していて
元からの信者も流石に大人数を手に負えないのか困惑しきっていた
「ベイン、学園に戻るぞ」
愚図愚図していては厄介な事になると、フェインは早足で歩きながら言う
フェインからその言葉が出るとベインが笑みを浮かべた
やっと言ってほしかった言葉が口から出たのだ
神殿の入口へ向かう途中、ナルヴァの消滅した場所を通る
「ナルヴァ・・・様・・」
フェインが、名前を呼んだ
直後に慌てて顔を左右に振る
「完全に魔法が抜けきってないって事か・・」
吐き捨てる様に言うと、フェインはまた歩き出す
その身体全体から不機嫌だと言う様な印象を受けたが
フェインがナルヴァの事を気にしているのは、元から優しい性格なのもあるのではとベインは思った
殴られるので、そんな事は口にせず黙って後を追うのだが



学園に戻る頃には、既に太陽は空に昇っていた
町で留まる事なく、夜の列車に乗ってきたのだ
ベインは上機嫌だったが反対にフェインは何かを考えている様で
結局、ほとんど話す事も無く仮眠を取って学園近くの駅まで着いた
寝ているところをフェインに叩き起こされると、慌てて学園に向かった
「そうですか、ナルヴァは消滅しましたか・・・」
授業の前だという事もありゼルグは部屋に居て
ナルヴァについての事を全て話す
少し残念そうにゼルグが呟いていた
「昔のナルヴァ教は、ただの宗教だったと聞きます
それこそ本当に生きている人の生活に安らぎを与える様な」
安らぎを与えると聞いて、フェインは神官だった時の事を思い出す
ナルヴァ神に祈りを捧げていれば幸福を感じていたのは確かだった
それでも、ベインが来てからそれが途端に脆く崩れ去る事になる
結局、祈るだけの安らぎなど一時凌ぎにしかならなかった
ナルヴァは自分には魔法が完全に通じないと言っていたので
自分は出来損ないの神官だったのかも知れないが
「一代目の頃は、まだナルヴァ神の制御が利いていたんでしょう
或いは信者の内だけでそれを済ませられたか
しかし二代目、三代目からはそれが厳しくなった」
「どうしてですか?」
「教祖となるナルヴァ自身の力が足りなかったのかも知れません
その分他からナルヴァ神を維持する力を取り入れる必要があった」
三代目ナルヴァは、それが上手くいかなかったのだろう
信者だけでは何れ足りなくなると気付いたのか、その内町の住人を浚い
偽者の記憶を植え付けてまで無理矢理信者にしてから一部の者の力を奪っていた
「ナルヴァの教祖という立場を放棄したりは出来なかったんですか?ナルヴァ神だけを消したり」
「それは、出来なくもないでしょうが・・教祖本人はそれを断るでしょう
身体にナルヴァ神を宿しているため半分は教祖も操られている様な物でしょうし」
結論は、どうしようもなかったというところに落ち着いてしまう
それを聞いたフェインが少し俯く
「貴方は、まだ心の中に信仰がありますか?」
どうにか出来なかったのかと詰め寄るフェインの様子を見て、ゼルグが問い掛ける
「・・まだ少しあるのかも知れません・・・・失礼します」
伝える事は全て伝えたと、フェインが背を向けた
半分程眠っていたベインを軽く殴ると、引き摺る様に部屋から出て行く
突然の事に驚いたベインは、辺りを見渡していたが
とりあえずはゼルグに頭を下げると、姿を消した

「二人とも、大丈夫ですかね?」
ゼルグの部屋に、ゼルグでない声が響いた
「さあ、それは二人次第でしょう」
「先生退いてくださいよ、出れないじゃないですか」
ゼルグが、座っている場所から移動する
すると其処からグリスが飛び出した
「狭いですって此処・・」
「部屋から出てもらってても良かったんですよ?」
「普通に立ち合わせてくれればよかったのに・・・」
本当なら、二人が部屋に来た時
無事だった事にグリスは喜び扉を開こうとしたのだ
それが、途中でゼルグに止められて半ば無理矢理机の下に隠れる事になった
「何時も貴方が居ては怪しまれるでしょう?」
あの二人には、既に怪しまれているのだろうとゼルグは思っていた
尤も知られて困る事など然程無いのだが
「僕は少し困るんだけどな・・」
グリスがそんな事を呟いたが、ゼルグは聞こえないとばかりに涼しい顔をしていた
「じゃあ、僕は今日の授業の準備があるのでこれで」
一度頭を下げると、グリスが部屋の入口に立つ
「グリス」
名前を呼ばれて、その動きが止まった
「あの二人はそっとしておいてくださいね」
「・・・・はい」
授業の前に、グリスが二人の元に向かおうと思っていたのを読んだのか
抜け目無くゼルグが釘を刺した
仕方なく、一度溜め息の様な物を吐くと
グリスもその場を後にした


「お、おいフェイン!」
廊下を歩いていると、直ぐ後ろのベインから声が聞こえた
「何だ」
「何時まで引き摺ってるんだよ!!」
言われて、漸く気付いたのか振り返る
倒れそうな体勢のままどうにか此処まで耐えていたベインと目が合った
手を放すと、掴まれている体勢での動きをしていたためか倒れそうになり慌てて手を動かしていた
「・・・ごめん」
どうにか体勢を立て直したベインの耳に、言葉が届く
「どうしたフェイン、まだどっかおかしいのか」
顔を上げたベインが、肩を掴んで真直ぐこちらを見て真剣そうに呟く
無言でもう一度拳を突き出した
怯んだベインを置いて、そのまま目前だった部屋の扉を開く
部屋の中央に来ると、少し遅れてベインもやってきた
「いきなり殴るんだからよぉ・・」
愚痴の様な物を言い、ベインはフェインの後ろに立った
動かないフェインを見て、不思議に思う
「何ぼーっとしてるんだよ、襲っちまうぞ!」
背中から腕を回してフェインを抱き締めた
数秒後に自分は殴られるのかと思うと少し憂鬱にもなるが
それでフェインが何時も通りに戻るのならばと覚悟を決める
廻した腕に、フェインが触れた
殴られると思っていたのだが
そのままフェインが動かないのを不思議に思う
「フェイン・・・?」
フェインは、廻されている腕に手を乗せると目を瞑っていた
こうしていると神官だった頃の事を思い出すのだ
今となっては記憶としては残っているが、夢の中の出来事の様なもので
頭の中にぼんやりと残っているだけだった
必死に頭の中でその内容を思い出す
途中で、ベインを部屋に残したところに行き当たった
自分の名前を言いかけて咳き込んでいたのを鮮明に覚えている
扉を閉めた直後の、胸に手を当てた自分の動作
其処で漸く、ゼルグの言った安らぎの様なものを感じた事を思い出した
思い出すと同時に今のこの状態も、同じ様なあたたかさを感じている事に気づく
「大丈夫か?」
ベインの声に、現実に引き戻された
「・・大丈夫だ」
寧ろ、幸せな気分なのだから心配する事など何も無かった
背中に感じるベインには自分の表情が見えないのだから無理もないのかも知れないが
ベインの腕を掴んだ
「もう少し、このままでいいか?」
ベインは多分、驚いた表情をしているのだろう
それでも数秒すると更に身体を密着させて、腕の力を少し強めていた
あの時より、更に落ち着いた気分になった様な気がした



ベインは、廊下をグリスと一緒に歩いていた
昨日は結局任務の報告を済ませると二人とも疲労感からか眠ってしまい授業が受けられなかった
尤も、それに対してはゼルグからの話が行っているので特に問題は無いのだが
今日になると、また忙しくフェインは授業に向かい
それとは別な授業を受けていたベインは、帰り道でグリスと出会った
話は既に聞いていたのかグリスは然程驚く様な顔はしなかったが
全身から喜びを滲み出していて、見ているこっちが嬉しくなる様な状態だった
そのまま二人で歩くと、フェインの姿を見つける
自分達と同じく丁度授業が終わったところなのか、窓から外をぼんやりと見つめていた
「そうだ、見てろよ・・」
隣のグリスに小声で、悪巧みを思いついた様に話した後に
フェインに気付かれない様に静かに近付くと、ベインがいきなり抱き付いた
殴られるのではとそれをグリスは見つめていたのだが
少し驚く仕草をフェインがしたが、それ以上は何もしなかった
「どうだ!少し仲良くなったぞ!」
得意気なベインを見て、グリスが少し笑う
その二人の様子をフェインが見ていた
本当は、神官の時の自分がベインを受け入れていたので
余りベインを拒む気にならなかったのが原因だった
それでも、流石に廊下で抱き付かれるのには抵抗があったのか
素早く向き直すと何時も通りに拳を入れた
予期せぬ痛みにベインは信じられない様な顔をした後蹲り
やはりという顔をグリスはしていた
「人前で抱きつくなよ」
そう言うと、やはり何時も通りベインを置いてその場を立ち去った
蹲っているベインにグリスが慌てて近づくと、痛みを和らげる様に治療呪文を掛ける
程無くして立ち上がったベインは相変わらず何か悪巧みをしている顔をしていて
再度、フェインに飛び掛っていた
飛び掛られてフェインはまた殴ろうとしたのだが
同時に頭の中に、あたたかさを感じた全ての光景が浮かんでくる
握っていた拳を解くと、仕方なくされるがままにしていた
ある意味、ナルヴァの魔法は完全に成功していると頭の中で舌打ちをした





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