ヨコアナ
狂信教・上
学園の教室から、フェインが廊下へと出た
「あとは部屋に戻るだけ・・か」
丁度授業が終わったところで、少し疲れた様子でそう呟いた
無理もない話しで、今日は実技の授業は無かったものの
代わりに魔法の教科書という教科書をひたすら読み漁っていたのだ
今は何も考えずただ部屋に戻りたいという気持ちで胸が満たされていた
「フェイン君」
考えながら自分の部屋に戻ろうと歩き始めると
壁に身体を預けていたゼルグが視線の先に居て、自分の名を呼んだ
「先生、どうしたんですか?」
「少し・・よろしいでしょうか」
何時もは笑いながら話し始めるゼルグが、今日は真顔でそう言った
「・・・・はい」
それを見ただけでただごとではないとフェインが判断する
それに応える様にゼルグが頷いた
そのままゼルグの部屋へと案内される
何時もゼルグと話しているグリスの姿も今は見当たらなかった
椅子に座るとゼルグがフェインを見据えた
「どうしたんですか?こんな時間に」
既に夕暮れ時を迎えており、ゼルグの後ろの窓からは夕日が差し込んでいて
その光がゼルグの身体を輝かせていて何時もの純白とはまた違った印象を与えていた
暫く黙ったままのゼルグだったが、一度息を吐くと漸く口を開いた
「ナルヴァ教?」
ゼルグの口から、聞き慣れない言葉が吐き出された
「隣町で近頃頭目を表してきた宗教団体・・と言いましょうか」
「その宗教団体がどうしたんですか?」
「任務として、その団体について調べてほしいんです・・出来れば潜入をして」
何か気になる事があるのか、腕を組んだままゼルグが話を続ける
「二代目ナルヴァの頃から怪しい噂は聞いていたのですが」
「噂?」
「行方不明です、住民の」
言われて、確かベインがその事について何か騒いでいたのを思い出す
隣町で原因不明の誘拐事件の様なものが多発しており
ベインは幽霊の仕業だ何だと一人で騒いでいて
自分はそれを冷ややかな視線で見つめていたのだった
「今のナルヴァは三代目です、そしてその三代目に代わって数ヶ月・・」
「行方不明者の増加・・・ですか?」
大体予想は出来たのか、フェインがそれを言葉に出す
「その通りです、被害者の半分はその宗教の信者であり、親族の話によれば
居なくなる前にナルヴァの元へ行くとの言葉を残したため私はナルヴァが怪しいと踏んでいます」
「それを、俺が探ればいいんですか?」
ゼルグが頷いた
「ベインは?」
「彼は呼んでいません、この任務は非常に危険を伴いますから・・下手をすれば命も落とすかもしれません
彼は確かに期待できる生徒ですがそれはこれからの話です、彼にはまだ任せられません」
「俺一人で良いと?」
「他にも実力のある生徒を数人送りました、その生徒と現地で会ってください」
「ベインを連れて行く事はできませんか?」
少し考えてからフェインが問い掛けた
「先に申し上げた通り非常に危険な任務です、力不足の者を向かわせる事は出来ません
この任務は個々の力が問われるため相乗効果ではなく個人の力でのみ選抜された生徒を送ります」
ベインを連れて行く事は許されないと、言外には込められていた
「一人、先に向かわせた生徒からの連絡もありません・・断っても結構ですよ」
脅す様に言われるが、出来るのならゼルグもこんな任務を言い渡したくはないのだろう
厳しい表情の中に悲壮感が漂っていた
「表沙汰にしたくないため、教師が向かう事も出来ません・・・助けも期待出来ないものです」
「・・・・行きます」
「・・そうですか、出発は何時に?」
フェインの返事を聞いても、その顔は何も変わらなかった
ただ何時もの穏やかな様子ではなく、暗い雰囲気を漂わせていた
「直ぐにでも、後ではベインに感づかれるので」
「分かりました、必要な物は全てこちらで用意しますので部屋に戻る必要はありません」
部屋に戻るという事はベインに会うという事であり、それを聞いてフェインは安堵した
数十分後、準備を整えたフェインが学園の入口に立っていて
一度振り返ると、街に向かって歩き出した
「此処がそのナルヴァの神殿・・か」
町へ来てみると、直ぐに遠くに一つ飛び出た白い建物を見つける事が出来た
其処へ向かうに連れて周辺を歩く住民にも変化が現れ始めていた
服装がやたらと白い物を着込んだ者が多く、眩しい印象を受ける
神殿の前に立ってその様子を見つめる
「他の生徒・・・中に居るのか?」
辺りにそれらしき人物も見当たらずフェインが正面を歩いて神殿に入る
その様子を、神殿の窓から見ている人物が居たが
それにフェインは気付かなかった
神殿に入ると辺りを警戒する
既に周りの者が着ている服は完全に白い物で統一されていて、フェインの格好の方が目立っていた
「信者の服なのか・・?」
そう言いながら奥に進むと一度外へ出た
其処に人も集まり始めていて、揃って中央に顔を向けていた
それに合わせる様にフェインもとりあえずは中央を見る
中央には、中年といったところの犬人が
例に漏れる事なく白い服を纏って少し高い石段に立っていた
「ナルヴァ様・・・」
隣に居た一人の信者らしき男が、そう呟いた
「あれが、ナルヴァ・・」
集まる信者に向けて手を振っていた
暫くはそうして様子を探っていたのだが
一向に進展しない状態に嫌気が差して信者の群れを抜け出した
目立たない様に広場の中央から横に向かうと、神殿の扉を見つけて入る
人の気配が感じられず、警戒しながら進んだ
更に奥に進もうと次の扉を開く
「・・・行き止まりか?」
入った部屋には物体と言える物が何も存在せず、ただ壁だけが周囲を囲んでいた
中央まで歩くと突然妙な音が耳に届く
何事かと様子を見守っていたのだが、急に気が遠くなる感覚に陥った
慌てて魔法を唱えると周辺に風を発生させて、全てを遠ざける
「なん・・だ・・・・?」
床に膝を着きそうになるがどうにか堪えると部屋の外に覚束無い足取りで向かう
どうにか部屋の外に出ると呼吸を整えた
顔を上げかけたところで、今度は首に鋭い痛みを感じる
元々意識が朦朧としていたために、然程強い衝撃でもなかったがそれでフェインは倒れた
周辺に纏っていた風が徐々に薄くなってゆく
最後に、瞳に映ったのは風で揺れる白い布だった
「フェイン遅えなぁ・・・・」
フェインが学園を出てから三時間後のベインの言葉だった
「待ってるって言ったのによ」
授業が別なフェインと授業が終わったら直ぐに話したいがために
部屋で待っていると朝に言ったのだ
帰ってくるはずのフェインをただ待っていた
既に外は暗闇に包まれていて、授業も全て終わっているというのに
フェインが帰ってこない事に不安を覚える
部屋から動かなかったのは、もうすぐ帰ってくるだろうという思いと
自分が部屋で待つと言ったからだった
もしも捜しに行っている間にフェインが帰ってきてしまっては
自分が居ない事に嫌味を延々と零すのだろう
「待ってるって言ったんだし・・・その内帰ってくるよな」
ベインも今日は授業で疲れており
横になってフェインを待とうとしていたのだが
油断していたのか、数分も経たない内にそのまま眠りに落ちた
翌日になってもフェインが部屋に戻ることはなかった
梯子からフェインの寝床の様子を見て、何も無いのを見たベインは呆然としていた
「・・・・・どうしたんだ?」
今までに無い事態に自分の頭の中が混乱しているのを感じた
慌てて途中まで登っていた梯子から飛び降りると廊下に出る
廊下には何時も見ている、複数の生徒が賑やかにしている景色があった
その景色の中に、フェインの姿だけを見つける事が出来なかった
そのままベインは走り出す
ゼルグなら、何か知っているのかも知れないと淡い期待を抱いて
部屋の扉を勢い良く開けると、ゼルグは椅子に座っていた
その隣ではグリスが何時もの様に話をしていて
「おや、ベイン君どうかしましたか?」
「先生、フェイン知りませんか・・・?」
そう言うと、動きが僅かに止まった
「知ってるのなら教えてください、フェインは何処に行ったんですか」
ただならぬベインの様子を見て、グリスもゼルグに視線を向ける
二人に見つめられて、誤魔化す事が困難だと悟ったのか
フェインに話をした時の様にその口が開かれた
「ナルヴァ教・・・」
「あ、それって今隣町で噂になってる宗教団体ですよね?新聞に載ってましたよ」
そう言って、グリスは机に置かれている新聞を取り上げるとそれを見る
程無くして指し示した所にはベインが騒いでいたあの事件が載っていた
「彼には、ナルヴァ教を探る任務を任せました」
食い入る様に新聞を見つめる二人にゼルグが言う
「・・なんで、フェインだけなんすか」
顔を上げるとベインが問い掛ける、グリスもそれに頷いた
「申し訳無いのですが、この任務にベイン君を向かわせるわけに行かなかったんです」
「どうしてですか?先生」
「・・・ベイン君では、力不足だからです」
ベインの方を見ないで、ゼルグが言った
その言葉に言われたベインも、聞いていたグリスも固まった
「今回の任務は少々厄介な物でしてね、ですから実力の足りない生徒にはご遠慮頂いております」
淡々と語られるが言っている事は事実で
普段は温厚な顔のベインが珍しく厳しい顔をしていた
最初はそうしてゼルグを睨んでいたのだが
振り返ると、一気に走り出す
「待ちなさい、言ったはずですよ貴方では力不足だと、危険です」
途中でその身体が止まったが、無言でまた走り出した
その後にグリスが続こうとしていた
「グリス」
「で、でも先生・・・」
「グリス!」
叫ばれて、グリスが身体を震わせた
この教師が叫ぶところなど滅多に見た事がなかったために、瞬間的に身体が恐怖で支配される
固まっている間にベインは随分と遠い所に行ってしまったために
もう追いつく事が不可能な程になっていた
「どうしてですか、先生・・・」
「危険な任務なんです、無理に犠牲を出したくありません」
「・・フェイン先輩は、無事なんですよね?」
それには応えないで、ゼルグが机の新聞に目を落とした
ベインは列車を降りた
隣町とはいえどこれに乗って一時間以上も掛かる程の距離があった
学園では今頃通常の授業が行われているのだろうが
今のベインには、それも頭の中には入ってこなかった
列車に揺られている間ずっとフェインの事を考えていた
無事なのかどうかがただ心配で、無事であってほしいと願っていた
それとは別に自分を残して行ってしまった事が心に引っ掛かっていた
フェインも、ゼルグが言う様に自分を力不足だと思っているのだろうか
列車から降りて見渡した町は随分閑散としていて
町を歩く人の半分は白い服を纏っていた
「まあ、行方不明で有名な町に人なんか来ないよな・・・」
通り過ぎる人込みを見ていると、遠くに大きな建物が僅かに見えた
其処に向かって走り始める
近くまで来ると、神殿の様な造りになっており
白服を纏った者が何人も出入りしていた
「此処がナルヴァの神殿なのか・・?」
確証は無かったが、何となく中にフェインが居る様な気がして
神殿の中に向けてベインは進んだ
辺りに居る信者と思われる人の波に押される様に列を進むと広場に出る
丁度その場所に人は集まっていて
ベインもその中に加わると様子を窺った
中央の石段の上に男が立っていた
それを見た周りの信者が騒がしくなる
鬱陶しそうにそれらを見つめていたのだが
石段の上の男が背中を向けて下がると、代わりに別の男が前に来ていた
その姿を最初は呆然と見つめていたのだが
はっきりと顔の形が分かると、ベインが目を見開いた
他と変わらず、白い服を纏っていたが
周りに居る信者よりは随分と軽装なその相手は
紛れも無く、自分が捜しているフェインだった
「フェイン・・・・」
白い服を纏ったフェインの姿を、見つめていた
白い布から覗く灰色の手や、顔が鮮やかだった
次には正気に戻ると周りの信者を掻き分けて慌てて進む
「・・フェイン!」
石段の目の前まで来ると、丁度石段の一番前に進んで辺りを見渡していたフェインと目が合った
「近寄るな!」
手を伸ばせば届きそうな距離だったが、それをするよりも先に近くに居た別の信者に止められる
「お、おまえら・・」
自分を止めた相手の顔を見てまたもベインは驚く
何処かで見た顔だと思ったが、確かに学園で見た生徒だった
それも一人ではなく、自分を遮った者の何人かはそうであった
「な、なにしてんだよ、バイトか?」
「何を言ってるんだ貴様は、フェイン様に近寄るな!」
ベインの言葉に余り耳を傾けず、押し退け様と押される
「待てよ!フェイン!!」
徐々に押されながらも石段の上のフェインへと手を伸ばす
当のフェインは、自分を見て首を傾げていた
その内別の信者がフェインの元に駆け寄ると、それに頷いて歩き出す
振り返る時にフェインがもう一度ベインを見たのだが
やはり首を傾げて、そのままベインの前から姿を消した
信者に追い立てられる様にベインが神殿の外へと出される
もう一度入ろうとしたが、先程ので信者の集まりも終わったのか
大半の信者が外に出ていて入口も見張りが居た
加えてベインが騒ぎを起こした事により何人かはこちらに視線を送っており
仕方なくベインは引き下がる事になる
比較的信者の少ない場所まで引き返すと近くに宿を取った
一人部屋を取って横になっていたのだが
フェインとの生活に慣れきっていた自分にはどうにも落ち着かないものであり
結局、然程眠る事もなく朝まで考え事をしていた
窓から光が差し込んでいた
その光をフェインは全身に受ける
白い布に身を包んでいるだけであり、光によって照らされた白が輝いた
胸に掌を当てると目を瞑り祈りを捧げる
何も聞こえない、ただ自分の息遣いだけが聞こえる部屋だったが
その部屋に扉を叩く音が響いた
目を開いて当てていた手を下ろすとフェインが振り返る
そのまま扉の前まで足を運んだ
「誰ですか」
部屋の扉を少し開けると、信者の一人が居た
自分とは違い少し重そうな装備をしていて、神殿を守る者なのだと考える
布を被って俯いておりその顔を確認する事は出来なかった
「すみませんフェイン様、教祖様がお呼びです」
「ナルヴァ様が・・?」
呼ばれる時間にはまだ少し早く、その顔に焦りが浮かぶ
「直ぐに支度をしますので少しお待ちください」
丁寧な口調でそう言うと、背中を向けた
その瞬間、いきなり服を掴まれ
体勢を崩されるとそのまま部屋の壁に背中を叩きつけられる
それに少し顔を顰めたが、フェインは直ぐに掌に魔力を溜め始めた
「やめろ、こんな距離で撃ったらおまえも怪我するぞ」
耳元でそう囁かれて、仕方なく集めていた魔力を消した
「・・誰だ、俺に何か用があるのか?」
自分を狙う者がいる事があるのだと思いながら言葉を口にする
それを聞いた相手は、何故か溜め息を吐いていた
一度離れると相手が被っていた布を取り払った
程無くして見えたのは、虎人の顔で
それはベインの顔だったのだが
今のフェインには、それを理解する事が出来なかった
「フェイン・・・」
愛しい者の名を呼ぶかの様に、ベインは名前を呼んだ
「誰なんだ?お前は」
顔を見せてもそう言われて、衝撃を受けたのか途端に悲しそうな顔になる
「俺の事、覚えてないのか・・?あいつらもそうだったし・・・」
フェインに手を伸ばした時に遮ってきた生徒達の顔が浮かぶ
「悪いが俺はお前なんか知らない、俺は此処の神官だ」
「神官だ?違えよお前は学園の生徒だ」
「学園の生徒・・?」
それでまたフェインは首を傾げる
「其処でお前は俺と一緒に居たんだ」
言い聞かせる様にベインが言った
その言葉にフェインは首を横に振る
「違う、俺は昔から此処に居たんだ」
「なぁ、どうしたんだよフェイン」
フェインの吐く言葉に我慢が出来なくなったのかベインが詰め寄った
「どうもしてない、俺は此処の神官だと言っただけだろう・・他の奴呼ぶぞ」
顔を扉に向けると、それを遮る様に腕が目の前に現れた
他でもない目の前のベインの腕であり
そのまま、ベインがフェインの身体を抱き締めた
最初はそれに抵抗していたフェインだったが
不意に懐かしさにも似た様な想いが生まれて
結局、動きを止めて暫く黙ったまま抱き締められていた
「で、俺はその・・学園に居たのか?」
「ああそうだ、つい一昨日まで一緒に居たんだぞ」
あれから、フェインは何かを感じ取ったのか
今は自分を知っているというベインの言葉に耳を傾けていた
「その学園でな、俺達は付き合っててだな」
「付き合ってた!?」
ベインの言葉にフェインが驚く
実際に二人の仲が其処まで進んでいるのかは別として
ベインはあること無いこと全てを吹き込んでいた
「だからな、キスするのも普通なんだぞ」
言いながら近寄ると口付けしようとするが、慌ててフェインは逃げる
ベインの言う事は信じているらしいが、身体が勝手に動いている様だった
それを見てベインが笑う、余り変わった気がしないのだ今のフェインは
何時もの棘のある台詞が少ない意外は、だったが
「それにしてもダセエよなぁこの服・・・着てるの嫌になりそうだ」
自分の着ている服を引っ張るとベインが愚痴を零す
此処に入るために見張りをしている信者を一人呼び寄せて無理矢理奪い取ったのだった
丁度顔も隠す事が出来るために怪しまれず此処まで来る事が出来た
「ナルヴァ様に仕える者の着る服の悪口を言うな」
乱暴に服を扱うベインをフェインが注意する
どうやら、根底にはナルヴァという存在がある様だった
「おまえだってなんだよそれ、変にヒラヒラしやがって」
「こ、これは神官の服だからな・・・」
服を指差されて、フェインが軽くその服を掴んだ
「こんなヒラヒラじゃ捲り上げたらパンツ見えちまうよな!」
言いながら、素早くその服の端を掴んで持ち上げた
それを見たフェインが慌てて布の一部を押さえる
一瞬だけ浮かび上がった布の間から見えた物を見て、ベインが固まった
下着を履いているのだとばかり思っていたのだが、何処まで見てもそれが見当たらず
フェインが背中を向けたからまだ大丈夫だったが際どい所まで見てしまった
「・・・は、履いてねぇのかよ・・」
「な、ナルヴァ様の右腕と称される神官がそんなものつけられるわけが無いだろう・・・・」
今の白い服以外着る事が許されないのか、恥ずかしそうにフェインが俯いていた
ベインに服を弄られるのが嫌なのか
先程よりもフェインが距離を保ち、更に服を押さえつけて話を進める
「此処で何してるんだ?フェイン」
「ナルヴァ様のために祈りを捧げている・・・神官の仕事だ」
「神官っていうのは外に居る奴らとは違うのかよ?」
「あれは一般の信者だな、神官は力を買われて任命される位の高い者の事・・だ」
確かに三種類の中級魔法を使いこなすフェインは魅力的だったのだろう
今のフェインの状態はよく分からなかったが
ナルヴァという者がフェインに何かをしたという事だけはどうにか分かった
「俺は小さい頃から此処に居て、最近やっと神官に任命されたんだ」
胸に手を当てて、幸福そうにフェインが笑う
余程神官になれて嬉しいのだろう
「だから違うって、一昨日まで一緒に学園に居ただろ」
「それは嘘だろ」
「じゃあお前、魔法何処で覚えたんだよ?お前の親もこの町に居ねえだろ?」
言われて、フェインが暫く考える
「・・・確かに、父さんも母さんもこの町に居ないな・・」
どうやら最近の記憶だけが重点的に弄られている様で
矛盾している幾つかの点が思い浮かんだのか、フェインが更に考え込んでいた
「疑問に思わなかったのかよ?今まで」
「・・考えた事が無かった」
ナルヴァに仕える事に夢中だったためか、今までそういった事を考える事をしなかったのか
この時初めてフェインは疑いを持った
大体の事を話し終えると、フェインが立ち上がる
「何処に行くんだ?」
「時間だ、信者の集まりのな」
昨日の様にまたあの広場へ行くという事なのだろう
扉から出ようとするその腕をベインが掴んだ
「フェイン・・帰るぞ」
「何処にだ」
「学園に決まってんだろ」
ベインの言葉に、フェインは俯く
「・・・俺は神官だ、帰るわけにはいかない」
「違う!お前は学園の生徒だろ、変に思わないのかよ此処に居て!!」
「確かに、そうかも知れない・・此処に居る事は」
一度、目を閉じてフェインが息を吐く
開かれた目には意志の光が宿っていた
「それでも俺は神官でナルヴァ様に仕える身だ、行かせてもらう」
腕を振り払うと扉の取っ手に手を掛ける
「お前は此処から逃げろ、もうすぐ他の信者が部屋の掃除に来るからな・・・」
一度立ち止まってそう言うと、フェインが扉を開いて部屋から出て行った
「・・なんでなんだよフェイン・・・・」
残されたベインが俯いてそう呟いた
今は、窓からの光がベインの事を白く照らしていた
石段の上にフェインが立った
白服の信者達はフェインを見て声を上げる
尤も、先程まで此処に居たナルヴァと比べれば少ないものだったが
一頻りその視線と声を受け止めて、フェインが振り返ろうとすると
信者の中に居たベインと目が合った
今は頭に何も被っておらず、ただフェインに視線を送っていたが
フェインは一度俯くと、そのまま背を向けた
下がった先には自分を見つめる人物が居た
「どうしたんだねフェイン、随分暗い顔じゃないか」
自分が仕えているナルヴァだった
「ナルヴァ様・・俺は、本当に神官なんですか?」
フェインからの問い掛けにナルヴァは不思議そうな顔になる
「何を言っているんだ、お前は偉大なるナルヴァ神の分身となる私に仕える神官ではないか」
「・・・そうですね」
「神官になりたいと願う者は他にも居るが、実力が伴わない者を神官にするわけにはいかない
お前は数ある信者の中から選ばれた存在なんだ」
「はい、失礼しました」
軽く頭を下げると、ナルヴァの横をフェインが通る
その様子をナルヴァが見ていたが
フェインが通り過ぎると口元に笑みが浮かんでいた
「本当に素晴らしい神官だよお前は・・・」
信者の集まりが終わると、ベインは外に出る
昨日の様に入口には見張りが居て、中に入る事は難しそうだった
信者の服を着ているため無理をすれば出来なくもないのだが
この服を奪われた信者は今頃血眼になって自分を捜しているのだろう
顔を見られない様に気絶させはしたものの、やはりそれが気になるし
何より今のフェインを見るのが怖かった
結局、町の中を歩いていた
息苦しさを感じる信者の服を一目に付かない所で脱ぐと、元の服に着替える
そのまま宿へと戻った
暗くなった外の様子を、窓から見つめていた
昼間使っていたあの広場に今は明かりが灯されていて
それを呆然とした様子でフェインは見つめる
明かりの傍に、一人の男が現れた
此処からではよく分からなかったが
それがナルヴァだという事をフェインは知っていた
それに続く様にもう一人別の者が現れる
それが誰なのかはフェインには分からなかったが
何のために其処に居るのかは、知っていた
ナルヴァの後ろに歩いている者が明かりで照らされた
神官の服を纏っていて、自分と同じ神官の誰かなのだろうと思う
神官はナルヴァの前に跪くと祈りを捧げていた
ナルヴァは一度神官の前で同じ様に祈ると少し距離を取る
両側に造られた明かりを照らしていた柱が光り始めた
柱から跪いた神官に向けて光線が撃たれる
それを浴びた神官が耳を塞ぎたくなる様な声を上げた
思わずその叫び声にフェインが顔を顰める
一頻り叫び続けた神官は、声が枯れたのか次第に声が小さくなり
光が止むと同時にその場に倒れ込んだ
其処まで見て、フェインは振り返る
見ているのに耐えられなくなったのだ
「次は、俺かもな・・・」
掌を見つめながらそう呟いた
不思議と、不安で仕方がない心の中にベインの顔が浮かんできた
そのままその手を胸に当てると、少しだけ安心出来た
ベインがナルヴァの神殿に最初に潜入してから五日が経った
その間にフェインの部屋には何度も忍び込み
連れ出す事は叶わなかったが、それなりに信用を得る事に成功する
何度自分が説得してもフェインが動く事はなかった
ただ、訪問を重ねる度に明るさが失われている様な気がしていた
それを隠すためなのか、フェインは執拗に自分に話掛けてきていた
「ベイン、本当にこんな事をしてたのか?俺達は・・」
「ああ、してたぞ」
布団の上で胡坐を掻いたベインの脚の上にフェインが居て
身体中をその手が這っていた
体毛と程好い肌の張りを何度もなぞっては深いところまで押し進める
腕から始まった手の動きは服の隙間から入ると腹の辺りにまで及ぶ
くすぐったいのか僅かにフェインが震えた
「お前の言うことが本当なら、少し前の俺は今とは大分違う奴だったんだな・・・」
「そうだな、結構違ったかもな」
前よりもずっと素直になっているとベインは内心驚いていた
今までのフェインにこんな事をすれば、その次には地獄が待っていただろう
それを思い浮かべてベインの動きが止まったが
ベインから与えられる刺激に震えながら耐えているフェインにはそれが分からなかった
「お前は、お前の好きだった奴とは違う今の俺と居てそれでいいのか?」
服の中で蠢く手がいよいよという場所に向かった時、その腕をフェインが掴んだ
それを上げて目の前まで持ってくるとそう呟く
「俺はフェインが好きだからな」
そのまま一度手を引くと、首に腕を回された
見る事は出来ないが、その顔は幸せそうなのだろう
「でも俺は、此処からは・・」
言ったと同時に力を強くされる
それ以上先は言えなかった
日が暮れ始めるとベインが帰る
掃除をしに部屋に来る信者には自分ですると言い、少しは長く居させる事が出来たが
夜が来ると決まってフェインはベインを帰らせた
夜は警備が厳しいとベインには説明したが
自分が心配しているのは別の事だった
一人残った部屋であの広場を見つめる
今日もまた一人、神官が犠牲になるのだ
この光景をベインが見たら意地でも自分を連れ浚う事が分かっていたフェインは
夜には来るなと念を押していた
ナルヴァの姿が見え始めると、フェインは逃げる様に窓から離れるとそのまま床に蹲ってしまう
ナルヴァに仕える者として、その身を捧げる事は至福でもあると
自分の頭には刻み込まれていた
頭の中で何度も見た景色なのだ
それは、埋め込まれた偽りの記憶ではあったが
ベインが来るまでは実際に見ても平気だったのだ
それが今ではどうしようもなく怖く感じていた
自分も何時か犠牲になる日が来る
その日が来た時が、ベインとの別れの日だ
信仰心よりも大きくなって行くベインの存在が段々と恐怖に変わる
頭の中で信仰と、ベインが揺れていた
それを掻き消す様に神官の断末魔の声が神殿中に響き渡った
部屋の扉をベインが叩いた
既にこの神殿に忍び込むのも慣れたもので
着ている信者の服も最近では愛着が湧いてきていた
服を弄りながら扉が開けられるのを待っていたのだが
何時まで経っても扉が開かれず、仕方なく手を掛けた
鍵は掛かっておらず扉は容易く開く
音を立てない様に中に入って扉を閉めた
部屋の中には、フェインが居て自分に背中を向けていて
手を胸に当てて何かをしているのだが
後ろからではよく分からなかった
横まで移動してその様子を観察する
僅かな音も立てずに熱心に祈りを捧げていた
身体中から大きな魔力を感じる
やはり、目の前に居るのは自分と暮らしていたあのフェインなのだ
その身体に手を伸ばす
触れるよりも先にフェインが目を開いた
「勝手に入るのは善くないんじゃないか」
「だって返事ねーんだもんよ」
「・・・少し集中していた」
当てていた手を降ろすと、纏っていた魔力が徐々に薄くなる
こちらに顔を向けるとフェインが少し笑った
何処か寂しそうな笑みだとベインは思った
何時もの様に、ベインが他愛ない話をしていた
連れ出されそうとするのを拒む以外フェインが自分を拒否する事はなかった
「いい加減学園にも帰らねぇとなぁ・・・先生も怒ってるぞフェイン」
話と話の間に学園の話題を出して興味を引こうとするが
フェインはそれには無言だった
返事の無いフェインへと手を伸ばす
肌に触れると、その身体から僅かに反応があった
「このまま押し倒しちまうぞ」
「・・・出来ればやめてほしい」
困った様子でフェインが呟いた
その身体を横に倒してその上にベインも圧し掛かる
「嫌か?」
目を見つめながらベインが言う
「お前が好きだった奴じゃないんだ、そういうのはやめるんだな」
ベインの胸へと手を伸ばすとその身体を押した
抵抗する事もなく素直にベインが上から退く
起き上がったフェインが窓を見て、少し慌てた様子をみせる
何時の間に時間が過ぎていたのか、沈む夕日が見えていたのだ
「ベイン、もう帰るんだ」
突然そう言われてベインが目を丸くする
「別に、まだ平気だろ」
「警備が強化される、早くしろ」
ベインの身体を無理矢理扉の方へとフェインが押していた
「わ、分かったよ・・じゃあ、またな」
渋々といった様子でベインが扉を閉める
閉める直前までフェインに手を振っていた
扉が閉まると、窓から外を見る
ベインが神殿から離れるまでは、始まらないでほしいと願った
「すっかり暗くなっちまったな・・」
神殿の廊下を歩きながらベインが愚痴を零す
「まぁ、その分フェインと居られたしいいか」
元の部分はあまり変わっていないのにベインは安堵していた
これでもし凶暴な性格にでも変わっていたら
無理矢理にでも自分が何かをしていたはずで
そうならなかった事を素直に喜んだ
「早く出ねぇとな、警備が厳しいんだっけか・・・」
慌てて神殿の外へ出る道を歩く
走ると、周囲に居る見張りの者に怪しまれるのだ
どうにか見張りの眼を掻い潜って外に出た
「あとは正面から出るだけだな」
広場の隅の方を、進んでいた
「・・ん?」
少し離れた場所から光が灯されているのを見つけた
其処はあの信者の集まりで使われていた場所で
石段の上に、信者に手を振っていたナルヴァと
その隣にフェインと同じ様な格好をした者が居た
「あいつも神官なのか・・・?」
それが気になり足を止めると、気付かれない様に監視する
神官の格好をした者がナルヴァの前に跪いていた
ナルヴァがその場から離れると、柱が光った
次には中央に居た神官が声を上げる
その光景を、ベインは呆然と見つめていた
「なんだよこれ・・」
聞くに堪えない叫び声に思わず耳を塞いだ
暫くすると神官が倒れる
「ふん、もう力を無くしたのか」
傍まで歩み寄ったナルヴァが吐き捨てる様に言った
「次の神官は・・・そうだ、フェインが居たな、あいつなら素晴らしい力をくれそうだ」
名前を出された途端、ベインの思考が停止した
次には正気に戻ると一気に走り出す
神殿の外へではなく、フェインの部屋に向かって
建物に入り廊下を走ると、見張りの者が自分を見て押し止める様に前を塞いだが
横をすり抜けると更に走り続けた
辿り着いた部屋の扉を渾身の力を籠めて開く
「フェイン!!」
飛び込む様に中に入って辺りを見渡した
明かりは点けておらず、視界は薄暗かったが
部屋の壁に凭れ蹲り、震えているフェインを確かに瞳に映した
「フェイン、どういう事だ」
蹲っていた身体が、ベインの声を聞いて一瞬震えた
「フェイン!」
傍まで来るとその身体を揺する
「貴様、フェイン様の部屋で何をしている!?」
廊下ですれ違った見張りの者が漸く追い付き、ベインの身体を押さえてフェインと離した
「おい、フェイン!!」
「・・・待ちなさい」
蹲っていたフェインが立ち上がった
その頃にはベインを押さえる者の数が増えていて
今にも潰されそうな程のベインと目が合った
「その者は私に伝えなければならない事があり急いでいました、放しなさい」
落ち着いた様子でフェインが言うと、それを聞き入れたのかベインが解放された
そのまま見張りの者達はフェインに一礼すると部屋から出て行く
「いい気なもんだな、次はお前の番かも知れないというのに・・・」
去って行く一人が小声で呟いた
それを床に倒れていたベインが聞いて、飛び起きる
「・・見たのか」
「見た、何なんだよあれは」
「神官は一定の期間ナルヴァ様に仕えた後、次はナルヴァ様の中に居るナルヴァ神に仕える事になっている
ナルヴァ神には身体が無いためああして持っている全ての魔力を捧げる事を仕える事としているんだ」
「魔力を捧げたら・・・どうなるんだ」
「死にはしない、全て奪われて喋る事も出来なくなる、それを生きていると認めるかは人次第だ」
表情一つ動かさずにフェインが淡々と述べる
何時かこの時が来る事を知っていたのだろう
対してそれを知るはずもないベインはただ怒りを浮かばせていた
「フェイン、此処を出るぞ」
「断る」
「ふざけんな!お前はそんな事になってもいいっていうのかよ!?」
「俺はナルヴァに仕える者だ、あれはナルヴァ神と同化すると言っても過言ではない程の事で
それは信者にとっての至福だ・・・逃げる理由など何処にある」
何も恐れる事は無いとフェインが言う
ただ、その身体だけは僅かに震えていた
フェイン自身はそれを目の前のベインのせいだと思っていたが
全てを奪われる恐怖にも震えているのには気付いていなかった
意地でも動かないフェインの事をベインが見据える
普段ならばフェインに対してみせる表情ではなかったが
今は、目の前のフェインを睨み付けていた
手が伸ばされるとその腕を掴む
それをフェインが振り払った
「帰れ、そしてもう来るな・・・お前は信者でもなんでもないだろう」
それに応える事無くベインは尚も食い下がる様に手を伸ばす
伸ばしかけた手が、途中で止まった
フェインの身体から夥しい魔力を感じたからだった
「近づけば殺すぞ」
右手から炎が生まれた、続いて左手からもそれが生まれる
これを放てばこの部屋程度は吹き飛ばしてしまうのだろう
「んな事したらお前まで・・」
「お前に連れ去られるよりは遥かにマシだ」
はっきりと、フェインがそう言った
それを聞いたベインが固まる
フェインが右手を前に向けた
「・・分かった、もう・・・・帰る」
帰る以外の選択肢が、ベインには見つけられなかった
フェインの姿が見えなくなるまでその顔を見つめる
「早くしろ」
相変わらず表情一つ変えずにフェインが言う
そのまま、ベインを部屋から追い出した
魔力を消し去ると扉の鍵を閉めて、扉に身体を預けた
「もう、来るなよ」
扉の向こう側で、動く物音が聞こえた
三日が経った
昼間、ベインは何度かフェインの元へ来た様だったが
その全てにフェインが会う事はなく、部屋の中で呆然としていた
「フェインさん、今月の家賃払ってくださいよ!」
「借りてるわけじゃありません」
時折、同じ声で別の事を言っている場合があったが適当にフェインは応えていた
フェインが出るつもりが無いのを悟ると、その足音も遠退いて行った
そしてついに、その夜がやってきた
部屋の中で、窓から外を眺める
空には月があり広場を煌々と照らしていて
あの明かりが無くても様子を窺う事が出来た
もうすぐ、ナルヴァの使いが部屋に来るのだろう
それに連れられてあの広場に行けば、それで自分は終わる
そうすれば今の複雑な気分も綺麗に消え去ってくれるのだろう
そう考えると、案外悪くないものの様にも思えてきた
次の瞬間にはベインの顔が浮かんできて、やはりその想いも打ち消されるのだが
部屋に、音が響いた
迎えが来たのだろう
迎え入れる先はナルヴァ神と同化する天国なのか
全てを奪われる地獄なのか
自分には、よく分からなかった
扉の鍵を開けると勢い良く扉が開かれた
そのまま首を掴まれるとこの間の様に壁に押し付けられる
「・・まだ居たのか」
「悪いな、諦めが悪いんだ」
言葉や姿を見るわけでもなく、それがベインだという事が分かっていた
押さえ付けられたまま、無言で時が過ぎる
「今夜・・俺があそこへ行く」
先に口を開いたのはフェインだった
それを聞いたベインの顔が一気に絶望に包まれる
「何があっても俺は行く、無駄な事はするなよ」
「・・・なんでなんだよフェイン」
手の力が段々と弱くなる
そのまま、ベインが床に崩れ落ちた
「なんでお前はそこまでするんだよ・・」
「俺は、ナルヴァ教の神官だからだ」
「そんなの関係ねえだろ!お前は学園の生徒だ!」
フェインの服を掴むと、ベインが縋る様に迫る
その様子をフェインは見つめていたのだが
掴んでいる手を取り上げるとベインを立たせた
「・・悪いな」
ベインの腹に力を籠めた拳を繰り出した
突然の事に防御する事もままならなかったベインは、鈍い悲鳴を上げて数歩下がって尻餅をつく
ベインが起き上がるよりも先にフェインは素早く魔法を唱えて、それを放った
座っている状態のベインの周りに光が溢れて結界が発生する
力を弱める事もせずに作り上げた結界は、並の者では破る事はかなわない物だった
「お前でも破るには時間が掛かるだろうな」
閉じ込めたベインに、フェインが笑い掛ける
「・・フェイン・・・・」
腹の痛みによって上手く声を発する事が出来ないベインが、半ば蹲りながら顔を上げた
「ありがとう、ベイン・・・お前が俺に色々な事を教えてくれた
恐らくお前が言っている事は本当の事で、俺達は楽しく暮らしていたんだろう」
フェインが言葉を紡ぎ始める、それをベインは聞いていた
「此処にずっと居た俺は・・いや、これも造られた記憶かも知れないか
ただそれでも俺はお前の事を知れて、初めてしっかりとしたあたたかいものに触れた気がする」
ナルヴァ神に祈りを捧げている時もあたたかさは感じていたものの
それはやはり想いだけで、ベインは目の前に居て自分にそれをくれたのだった
「学園って所に居た頃の俺はきっと幸せだったんだろうな・・・お前みたいな煩い奴が居て
俺は其処に行ってみたいと思っていた、それは今でも変わらない」
「フェイン、だったら・・・」
フェインが目を瞑り、首を左右に振った
「それでも俺は神官だ、そうしたところで心の何処かで負い目を感じるだろう
だから・・・此処でお前とは終わりだ」
ベインに背を向けて、歩き出す
「無理に破るなよ、俺が全てを奪われた時にその魔法は解ける・・お前は逃げろ」
口を開きかけたベインが痛みによって咳を吐き出す音が耳に届く
部屋から出て扉を閉めると胸に掌を当てた
今は、とてもあたたかい気がした
手を下ろすと、フェインが広場に向けて歩き出した