ヨコアナ
寄生虫・下
術者のハリスを捜して学園内を走る
何十人が暴れたのか、所々で建物は破損していて
酷い所は壁が破壊され其処から外が見えた
それが逆に、まだ理性を失っていない生徒の逃げ口にもなっていたが
逃げる生徒に、暴走してそれを追う生徒
それを更に追う教師や腕の立つ生徒
学園内はフェインが思っていた以上に混乱していた
「これじゃ、ハリスなんて見つからねえよ・・・」
下手に動いては暴走した生徒と対峙する事にもなり
とてもハリスを捜すどころではない状態だった
「仕方ないな・・一度外に出るぞ」
このまま此処に居るのも危険だと判断して、二人は外に出る
外に出ると、学園内から逃げ出してきた生徒が散らばっていた
重傷の者は比較的軽症の者から治療を受けてどうにか持っている状態で
此処に暴走した生徒が来れば、一溜まりもないのだろう
重傷者の手当てをしている生徒の中に、フェインはグリスを見つける
「グリス、平気か?」
「先輩・・僕はもう大丈夫です、それより他の皆が・・・・」
学園の方に目を凝らすと、また一人怪我をした者が飛び出してきて
その後ろから暴走した魔力が襲い掛かるのを、待ち構えていた生徒が受け止めていた
「今は他の先輩が押さえてますけど、こんなの長く持ちませんよ・・」
グリスも病み上がりの身体だ、余り無理は出来なかった
「グリス・・・ハリスを知らないか?」
「えっ、ハリス君・・?」
名前自体は知っているのか、グリスが答える
「ハリス君ならさっきまで其処に居ましたけど・・」
辺りを見渡すが、既にハリスの姿は無く
フェイン達が来る事を察知していたのか、フェインが舌打ちをした
「ハリ・・ス・・・?」
その時、グリスの手で治療を受けていた生徒が声を出した
「動かないでください、治療の障りになりますよ」
厳しい口調でグリスが言うが、生徒は首を振った
「確かハリスは・・学園の裏の方に行きました
俺が逃げようと言ったらいきなり他の生徒が・・・」
重傷を負っている生徒は、数人の魔法を一度に受けたのか
切り傷や打撲やらで一目見ただけでも深手なのが分かった
「・・ありがとう」
礼を言うと、フェインが走り出そうとする
「先輩!・・ハリス君・・・・なんですか?」
背中にグリスの悲痛な言葉が届いた
「・・誰にも言うなよ」
それだけ言って、フェインは学園裏に向かって走り出した
「グリス、心配すんなって!俺がなんとかするからよ!」
俯いていたグリスに、ベインが大声で宣言する
「・・はい」
それを見て、ほんの少しだけグリスが笑った
小さくなって行く二人の姿を、グリスが祈りながら見届けた
学園の裏側
普段は生徒が近寄らない場所だが
奥に進むと更に学園から遠ざかる道があり、古い建物がある
昔は此処も授業に使っていたが、最近では使う事も少なく
教師でさえ知らない者が何人か居る程だった
「まさかこっちまで逃げてるとはな・・」
「フェイン、知ってたのかよこんな建物あったの」
ベインは、建物の存在についてはまったく知らずフェインが知っている事に驚いていた
「前にゼルグ先生が話しててな」
確かその時は、学園の歴史について聞いていた時だったか
何時か行ってみようと思っていたが、まさか今来る事になるとは思っていなかった
長い細道を通って建物へと入る
かなり老朽化の進んだ建物は、補修工事も受けておらず
所々床や壁に穴が開いていた
「なんか出そうだ」
「やめろってそういうのは!」
ベインが声を上げて注意をする
身体は、フェインの後ろにしっかりと隠れていた
「しっかりしろよ」
自分に寄り添うその身体を押す
数歩後ろに下がったベインが、床の穴に足を入れて悲鳴を上げていた
それを救出する事無く、フェインは先を進んだ
明かりの無い建物を進む
あるのは、硝子が割れたり抜けたりしてほとんど役目を果たさなくなった窓から射し込む光だけだった
埃と黴臭い臭いが鼻を掠めて不快に感じた
後ろには、漸く床から這い出したベインがやってきて
「おいてくなよ!」
「知るか」
抗議するが、まるで相手にされないでいた
「・・・おかしいな」
「何だ?何か出たのか?」
再びフェインの後ろへとベインが隠れる
それを横目で、涼しくフェインが見つめた
「ハリスが寄生虫を使って生徒を操っているのなら、此処にも居るはずなんだが・・」
歩きながら何度も思っていたのだが、此処に入ってから何もそれらしい事は起きなかった
ベインが床に足を入れた時も大きな音が出たのだ、一人ぐらい敵が来ると思っていた
だからこそベインを助けるのをやめて先に進んだのだが、人が現れる気配も無かった
尤も、それで戻らなかったのはベインを助けるのが面倒に思えたからだったが
「本当に此処に居るのか・・・?」
学園の裏と言われただけで、何もこの建物に行ったと言われた訳でもなく
来る場所を間違えたのかとフェインが思い始めた頃だった
足を止めて、フェインが耳を澄ます
「どうした?」
「静かに」
言われて、ベインは口を塞ぐ
一緒になって耳を澄ませば、近い場所から床の軋む音が聞こえた
音のする方向へフェインが気付かれない様に歩くと
一つの部屋に出た
他とは違い少しだけ広い部屋で
中央に、捜していたハリスの姿があった
「もう来たんですか」
二人が、部屋に入り中央まで来たところで
漸くハリスは言葉を発した
「・・もう一度言いに来た、今直ぐ感染している生徒全ての寄生虫の魔法を解除しろ」
「もう一度言いますよ、お断りします」
同じやり取りが繰り返されていた
「お、おい・・フェインには逆らわない方が・・・」
その後ろで、ベインがハリスに向かって忠告をしていた
「フェイン・・?ああ、学園の生徒でかなりの上位に入るって噂されている方ですね」
「お前そんな人気なのか・・」
ハリスの言葉を聞いてベインが見つめる
当の本人は、噂など気にしない性格のためそれを聞いたのも初耳だったが
「先生と話しているとよくフェインさんの事を話していましたよ、期待出来るってね」
「そんな話はどうでもいい、今は寄生虫について話してるんだ」
フェインの掌から、膨大な魔力が溢れ出す
「へぇ・・確かに、僕じゃやられちゃいそうです」
それを見て笑いながらハリスは言った
「どうだ参ったか!」
ベインが高らかに言った瞬間、フェインは黙ったまま肘打ちをその鳩尾に決める
「すまんな、こいつはオマケだ」
後ろで蹲っているベインに目もくれずに更に魔力を溜める
「乱暴者・・」
下から、ベインの呪う様な声が聞こえた
「それで、どうするんだ」
掌にはほぼ完全な魔力が溜まっていて、フェインは何時でも力を解放する事が出来る
まともに喰らえば下手をすれば相手が死ぬ程の魔力を溜めているのは自分で分かっていた
それにしても、先程から気になってはいたのだが
この場にも他の生徒が居ないのを不思議に思っていた
一人でも居れば今この場から逃げる事も容易いはずなのに
何処に目を凝らしても、居るのは目の前のハリス一人だけで
観念したのかと今の今まで思っていたが
ハリスの笑みを見て、それも違うと頭の中の考えを否定していた
自分からの圧倒的な魔力を感じても、ハリスは笑い続けていて
それがフェインには不気味に見えた
それでも、魔法を解除する気がないのなら一度痛い目を見た方がいいと
フェインが魔法を放とうとした時だった
突然、後ろから腕を掴まれる
「なんだ、ベイン」
何か言いたい事があるのかと、振り返らずに声を出すが
ベインからの返事は無く、黙ったまま腕を掴んでいた
「殺さない程度にやるから手を放せ」
こういう時のベインなら、自分の魔力を見てそんな事を思うのだと分かっているフェインは
そう言ってみるのだが、やはりベインは自分の腕を掴んだままで
更に、握るその力が段々と強くなってきた頃に漸くフェインは気付いた
反対の腕に溜めていた魔力を、軽く後ろのベインに放つ
それを身軽に避けると二人が対峙した
目の前に居る自分を見つめるベインを、信じられない目で見ていた
その瞳からは完全に光が消えていてまるで人形の様だと思う
「・・何時感染させた」
相変わらず部屋の奥で動かないハリスに問い掛ける
「さあ、何時でしょう?」
人形になったベインを見て、また楽しそうにハリスが笑った
ベインに視線を戻すと、周辺には夥しい程の風の魔力が集まっていて
一瞬だが恐怖を感じる
腕に溜めていた魔力の矛先を、ハリスに向けた
「無駄ですよ、僕を殺す前にベインさんを殺す様に命令します」
何を考えているかを、完全に読まれていた
「抵抗しないでくださいね?」
ベインが腕を差し出して其処から風が生まれた
掌の中に風が渦巻いて恐ろしい程の魔力を感じる
思わず自分の腕にある魔力を、ベインに撃とうとした
「殺しますよ」
それで動きが止まる
ベインが、自分に魔法を放った時には
もう自分の掌にあった魔力を自ら全て消し去っていて
自分の身体に飛んできた風の太刀は、身体を切り裂いた
崩れ落ちる瞬間にもう一度ベインの顔を見たが
見たことも無い程、無感情な表情をしていた
座り込んでいた
何故だと思ったが、自分の身体の肩から斜めに大きく太刀を入れられたのだと今更理解する
床に、自分の身体から出た血が少しずつ広がっていた
床の軋む音が聞こえた、ベインが自分に止めを刺しに歩いて来たのだ
ベインが流れた血に足を着けた時に漸く顔を上げる
相変わらず無感情な目をしていて
何時も無愛想な自分の顔を鏡で見ている気分になった
その手に、もう一度魔力が集まり始めると
フェインは瞬間的に魔力を集め発動させて、周辺に火を放つ
それでベインが後ろに下がった
その隙を見て、壁に向かい魔法を放って出口を確保する
どうにか立ち上がり、痛む身体を叱咤しながら其処に向かうと
其処からフェインは身を投げ出した
その様子を、ハリスとベインは黙って見つめていた
ハリスは一度手を払うと、ベインを傍まで呼び寄せてから
ベインに命令をして火を消させる
ベインの魔法により、部屋にあった火は一瞬にして全て消し去られた
「オマケでも結構使えるものなんですね・・」
逃げたフェインを追い掛けさせようかと思ったが
あの深手なら生きていても来るのは大分後になるだろうと結論づけると
自分の前にベインを跪かせる
「戻ってくる頃には、学園ももう潰れてますよ」
獣を手懐ける様に、ベインの頭を撫でた
それでも、その顔には何一つ感情を読み取れる様な動きはなかった
建物から脱出したフェインは、坂を下りていた
細道を歩く内に意外と高い所まで上っていたらしく
飛び降りた先は急な坂になっており、それをゆっくりと歩いていた
急な坂だったからなのか、追手が来なかったのは好都合で
時折立ち止まり息を整えてからまた足を進めた
大分下りると坂が無くなり、近くにあった木に背中を預けるとフェインは座り込む
「何時だったんだ・・・」
ベインに、何時の間に寄生虫を仕込んだのか
頭の中でそれを考えていた
ベインは普段からフェインの隣に居て、ハリスの近づく時間など無かったはずだった
それが、何故感染していたのか
そしてまだベインは無事なのか
其処まで考えて、慌てて身体に当てる魔力を強くする
それを考えていられる程、自分の身体は軽い傷で済んでいるはずもなかった
ベインの事が心配だったが動く訳にもいかず
残っている魔力の全てを治療に使い終わると、魔力を回復させるためにフェインは眠った
どれ程眠っていたのか
身体の痛みを感じて、フェインは目を覚ます
少しは身体に魔力が戻ってきていて、治療を再開した
目を瞑っている事と傷により神経の鋭くなったその耳に足音が聞こえた
慌てて目を開くと、音のした方向に向かって腕を向ける
音のした先には、自分の知っているゼルグの姿があった
「此処に居たんですか、フェイン君」
漸くフェインを見つけたとでも言いたいのか、ゼルグが安心した様な声を出す
「酷い傷ですね・・・」
言われて、改めて自分の身体を見つめる
破れた服からまだ消えない傷跡が見えた
その傷跡よりも、全身にこびり付いた血の方がフェインには酷いものに感じられた
「少々お待ちください」
座っているフェインの前に立つと、暫くゼルグが魔法を唱える
程無くして放たれた魔法により、身体に魔力が戻ってくるのが伝わった
そのままゼルグが屈むとフェインの治療に当たる
「・・ベイン君は?」
治療をしながら、ゼルグが問い掛けた
「ベインは、感染していました」
「・・・そうですか」
「何故でしょうか?ベインとハリスは初対面の様だったのですが」
初対面で、ハリスはベインに触れた事が無いのなら
ベインが感染している事が理解出来なかった
「・・まさか・・・」
一度治療を止めると、ゼルグはフェインに触れた
触れられてフェインは不思議そうにその顔を見つめる
触れた手を、ゼルグは暫く見つめていたが
フェインの方を向くと、寄生虫を除去する魔法を唱えた
「やられましたね」
「どういう事なんですか?先生・・俺も感染していたんですか?」
「・・・二次感染です、恐らくベイン君に触れられた事による」
言われて、フェインの目が見開かれた
「それでは、学園に居る他の生徒も今頃・・・」
「急ぎましょう」
フェインの傷の治療を、更に急ぐ
二人で掛かれば然程時間も掛からずに大体の傷を治す事が出来た
傷が大体治るのを確認すると、二人は立ち上がりその場を後にした
正面に回り込んで、もう一度建物へと入る
ついさっきまで傍に居たベインが、今はゼルグに変わっていた
「先生、学園はどうでしたか?」
「とりあえずは落ち着きました、私以外にも寄生虫に関しては知っている者も居ますし
ただ・・感染者から更に感染するとなると、治しても安心は出来ませんね」
暴走させる前に、一度でも寄生虫の扱えない教師に触れさせれば
暴走をする教師が現れてしまうのである、のんびりしている暇はなかった
「それにしても・・・ハリス君は、本当にあの魔法を使いこなしているようで
此処まで寄生虫を使っているのでは、もう・・」
ゼルグが、俯いて何かを考えていた
それを見ていたが、ゼルグが顔を上げると先を促される
「感染させるには、術者が相手に触れるしかなかったのでは?」
「私もそう思っていましたが、どうやらあの人にはそれが出来るらしいですね
元々寄生虫に関する資料はまだ研究段階で確かな物ではありませんし」
少し工夫すればそうする事も出来るかも知れないと、今更ゼルグは思っていた
建物を少し前に進んだ通りに進む
途中で、ベインが足を入れた穴を見つけてそれを見つめた
ゼルグが先を進むと、それを追った
部屋に着いた、先程自分の開けた穴が視界の隅に映る
部屋の奥には相変わらずハリスが居て
その横にベインが跪いていた
ゼルグの姿を見て、ハリスが少し驚いた顔をした
「先生自ら来るなんて・・珍しい事もあるものなんですね」
「そうですか?私は行動派なんですよ」
ハリスの呟きに、ゼルグが笑って答える
「しかし驚きました、まさか貴方が此処までこの魔法を使えるとは」
「基本的な事はあの資料に全て書かれていたので」
「ですが、二次感染は貴方が試みた事なのでしょう?」
「・・もう見抜いてるんですか?」
「一応教師ですから」
今度のハリスは、笑っている余裕が無いのか
ゼルグの事を睨みつける様に見ていた
「ベイン君に感染させたのはそうですね、グリスを運んだ時・・でしょうか?」
当たっているのか、ハリスが頷いた
風邪を引いたグリスが階段で倒れた時
それを受け止めたのはベインだった
フェインは、ゼルグに知らせるためにその場を去ったため感染を免れていたが
その後にやはり感染していたのだろう
「素晴らしいですね、貴方は」
そんな事を、ゼルグが言った
「魔法生物専門の教師として欲しいくらいですよ」
「先生、何言ってるんですか」
後ろに居たフェインが声を上げる
まだ、ハリスはゼルグを睨んでいた
「しかし惜しいですね、貴方には足りない物がある」
「足りない物・・?」
「心構えと言いましょうか、魔法に対する敬意と申しましょうか」
「何が言いたいんですか?先生は」
「いえ、ただそう思っただけですよ純粋に」
それで機嫌を損ねたのか、ハリスを守る様にベインが一歩前に出た
「抵抗したらこの人が死にますよ?」
それを見ると、ゼルグが歩き出す
ゼルグに向かってベインが風の魔法を放つが
瞬時に氷の壁が現れてそれを弾いた
風によって削られた氷が、宙で僅かに輝く
ゼルグが魔力を溜め始める
「・・殺しますよ」
「先生!」
ハリスの言う事が聞けないのか、ゼルグは表情を変えずに魔力を溜める
その目はベインの後ろに居るハリスに向けられていて
目が合った瞬間、嘲笑うかの様にゼルグが笑った
同時にベインが、フェインを切り刻んだ時よりも更に大きな風を発生させてゼルグに放つ
それを援護する様にハリスからも魔法が飛んでいた
その両方をまるで苦労もせずにゼルグは全て防ぐ
「そんなに殺したいんですか・・・だったら、殺してあげますよ!学園内に居る全ての生徒を!」
決断をハリスが下した、手を掲げるとその手に魔力を籠める
これを振り下ろせば、寄生虫に感染している全ての者は
体内にある寄生虫が宿り主を暴走に導いた挙句、魔力の使い過ぎで殺してくれる
その腕を、ハリスが振り下ろそうとした
振り下ろそうとした時、その動きが止まる
そのままハリスは膝を床に着いて座り込んでしまった
「な・・なんで・・・?」
身体が、まるで言う事を聞かなかった
「やっぱり、もう其処まで進んでいたんですね・・貴方の寄生虫は」
ゼルグの声が聞こえて、顔を上げる
「どういう事なんですか・・・?」
「この魔法には色々厄介な所がありましてね
中毒作用があり、同時に副作用により自らの身体の中に自らの寄生虫を抱える事になる」
「・・それで何の問題があるんですか?僕の身体に僕の魔力があるだけじゃないですか」
「もちろん、最初はそれで問題ありませんが」
そう言いながら、ゼルグはベインに向かって寄生虫除去の魔法を暫く唱えてから放った
ハリスの支配から解放されたベインはそのまま床に崩れ落ちた
フェインがその身体に近寄ると、失っていた魔力を分け与える
「寄生虫は意志を持つ魔法です、他の魔法生物とは違って確かな意志を
意志は使用者と同じ様な意志を持ちます」
「だから、それで何の問題が」
「意志を持った寄生虫が、術者の貴方の事を嫌っているんですよ」
信じられない様な顔をハリスがしていた
「最初は身体の中の寄生虫の割合も少ないため問題はありませんでしたが
この術を重ねる毎にその割合は確実に増えてゆく
やがて術者の貴方よりも寄生虫が強くなった瞬間、術者に牙を剥くのがこの魔法です」
「そ、そんな・・だって、あの資料にはそんな事は一つも・・・・」
身体の中で寄生虫が暴れ始めているのか、ハリスが苦しそうに呻いた
「あの資料に書いてあるのは確かな事だけです、それ以上はまだ書かれていません
すみませんね、何分術を使う被験者がまだ一人なものでして・・・」
ハリスに近づくと、掌から寄生虫を生み出した
「あれは・・先生が書いたんですか」
「ええ、私一人だけが被験者であったので確証が持てなかったんですよ
まさかそんな魔法を他人に使わせる訳にもいきませんし、それであの研究室に置いておいたんですが」
「先生は・・・先生も、危なくないんですか?」
自分がこの状況に陥っているのなら、ゼルグもそうでないかと問い掛ける
「残念ながら私は、私の意志を持つ寄生虫と仲が良いのでそうはなりませんでしたよ」
それを聞いて、ハリスが少し笑った
「もう、治りませんか?この魔法は」
「そうですね、治したとしてもまた貴方の意志を持つ寄生虫が無限に現れ続けるでしょう
魔力を生み出す根底の器官自体が既に乗っ取られていますから
その部分を治すのは現在の技術では不可能です」
「そうですか・・・・」
治す術が無いのに、ハリスは笑っていた
先程までのフェインに向けていた笑みとは違って微笑んでいる様に見えた
「間も無く、貴方の中の寄生虫が暴走して全ての魔力を使い果たします」
つまり、そうなれば自分が死ぬのだとハリスには今はっきりと分かった
身体から、魔力が溢れ出してくるのを感じる
「先生、皆は助かりますか?」
「助かります、術者が術を解くか・・・死ねば、全てただの魔力になります」
「・・よかった」
「貴方は、何故こんな事をしたんですか?」
その問いにハリスを首を横に振った
寄生虫の中毒症状だと、言われなくてもゼルグにもそれは分かっていた
「戻って、出来たら皆にごめんって伝えておいてください」
「・・・わかりました」
「ありがとうございます」
ハリスが一度頭を下げると、低く唸り声を上げる
ゼルグが下がると、ベインを肩に担いだフェインもその横に立った
「来ますよ、これが・・死ぬまで続く、本当の魔力暴走です」
ベインを床に降ろすと二人が屈み込む
「防御、フェイン君も頼みましたよ」
答える代わりに、フェインが全ての魔力を籠めて結界を張った
それに重ねる様にゼルグの結界が更に張られた
ハリスから溢れ出した魔力は、部屋にある全ての物を破壊し始める
結界にもその効果が及び始めるが、流石に教師のゼルグの力で張った結界は破られなかった
視界が全て光に包まれるとただ物が壊れる音だけが響き渡り
数分して治まった頃には、部屋の壁はほとんど壊れた状態だった
フェインの開けた穴は、既に無くなっていた
「終わりましたか・・・・」
結界を解くと、ゼルグが立ち上がる
見つめる先には倒れているハリスの姿があり
近寄るとその身体に触れる
そのまま首を横に振った
一度立ち上がり、部屋の奥に向かうと
持ち出された資料を持って戻ってくる
「これを、あそこに置いていたのが間違いでしたかね・・・」
そう言うと資料に火をつけて一瞬で消滅させる
「帰りましょう」
倒れているハリスの身体を静かに抱き上げると
ゼルグはほとんど部屋とさえ捉える事の出来なくなった程無残となった場所を後にする
降ろしていたベインをもう一度担いで、フェインもそれに続いた
学園に戻ると、ハリスの呪縛が解けたのか
暴走をしていた生徒は全て意識を失っていた
「フェイン君、君は一度部屋に戻って休みなさい」
入口から学園を一度見渡した後、ゼルグが言った
「先生は?」
「私は・・・ハリス君を」
腕の中で、既に息をしていないハリスを見た
微笑んでいて、眠っている様にしかフェインには見えなかった
「生徒達に見せる訳にいかないでしょう」
そのままゼルグは、なるべく目立たない様に生徒達の間を通って学園の中へ姿を消した
フェインはというと、ベインを担いだまま生徒の避難していた場所へと向かう
その中に相変わらず忙しそうに生徒の治療を続けているグリスを見つけて声を掛けた
「先輩!」
二人を見ると、グリスが嬉しそうに声を上げた
それに片手を上げて応える
傍まで来るとフェインの姿を見て驚くが、心配いらないと断る
「ベイン先輩は・・?」
「平気だ、寝てるだけでな」
担がれているベインの顔を心配そうにグリスが見つめる
「先輩・・もう、平気なんですか?寄生虫は」
寄生虫の事をグリスが問い掛ける
「・・・ああ、これ以上は何も起きない」
少し俯いて返事を返した
「・・ハリス君は?」
治療に当たっている間も、ハリスの姿は見当たらずグリスは心配をしていた
「落ち着いたら、先生から話がある・・・待ってろ」
そう言うともう一度手を振って、フェインは歩き出した
それを見送ったグリスは再び治療を再開した
部屋に戻ると、ベインをゆっくりとベットへと降ろした
それを降ろしたところでフェインは力尽きた様に床に座り込む
ゼルグからある程度の魔力は貰ったものの、結界を張るのにほとんどそれを使ってしまった
それよりも、今はベインを運んできたことによる疲労感の方が身体を支配していた
ベインの寝床に背中を預けながら顔を横に向けて横目でその顔を見る
操られていた時とは違って随分と安らかな顔をしていて
それを見て漸く、事件が終わったのだと理解した
理解してから改めて自分の胸へ視線を下ろすと
見事に身体から出た血飛沫で服が赤く染まっていて溜め息を吐いた
着替えようかとも思ったが、疲労感が強いためにその場で眠り始めた
もう自分の寝床に戻る気力も無くなっていた
視界が赤く染まった
フェインを切り刻んだ時、ベインはそう思っていた
実際には赤かったのは切り裂かれたフェインと
溢れ出した血に汚れた床だけだったが
それでも、ベインにはその時全てが赤く見えた
操られていた間も自分の意識はあった
ただ、表面にはそれがまったくといっていい程出ていなかっただけで
自分の身体だったのに、動かしているのだけが自分でない気分だった
跪いていたフェインを前に勝手に身体に溜まってゆく恐ろしい量の魔力を感じて震えていた
それも、表面には出ずにいたのかベインには分からなかった
分かっていたのは自分の力でフェインが抵抗をしないままに血塗れになった事だけで
止めを刺そうと近づく自身に向けて、必死に叫んでいた
最後に顔を合わせた時にフェインの瞳に映っていた自分の顔が不気味に見えた
ゼルグが来て、対峙した時
ハリスが自分を殺すと言っていたのをぼんやりとした気分で聞いていた
ゼルグが動き、自分に何かをした瞬間意識が薄くなってゆくのを感じて
寄生虫が自分を殺したのだと思った、ハリスが決断を下したのだと
死ぬのだと思うと酷く寂しい気分に襲われたが
ゼルグの後ろに居るフェインが無事なままで、自らの手でフェインを殺さずに済んで
それだけが自分の救いだと考えたところで、意識は完全に途絶えた
またあの景色が浮かんでくる
目の前でフェインが座り込んで、自分の顔を見つめていた
止めを刺そうともう一度自分が魔力を溜め始める
それを制止しようと叫んだ
今度は、それを止められそうな気がした
ベインは飛び起きた
瞳に映る景色は、自分の身体でありもうあの景色ではなくなっていた
「生きてるのか・・・?」
信じられない様に自分の掌を見つめる
特に外傷という程の物も見当たらず、至って健康だという事が分かる
次には頭の中にあの景色が浮かんできて勢い良く顔を左右に振った
「フェイン・・」
フェインを捜し出さなければと、寝床から飛び出す
一歩踏み出すと、何かが足に当たった
「・・・・・・あ・・・・・」
視線を下ろせば、フェインが居て
床は血で汚れていなかったものの
それでも目の前のフェインはあの景色のままだった
視界がまた、赤く染まった
血で汚れているフェインを、呆然とした様子で見つめていた
「フェイン・・・?」
屈み込んでその身体を抱き起こす
肩から斜めに刻み込んだ傷は、間違いなく自分が付けた物だった
飛び散った血は既に乾いて色が変色していたが、痛々しさだけが変わらないままで
胸が締めつけられている錯覚に陥る
「フェイン!」
名前を叫ぶが、その身体からは何も反応が無かった
それで不安になった、何時の間にか視界に映る全てが滲んでいた
ひとつふたつと雫がフェインの身体に降り掛かる
雫がフェインの服に染み込んで薄い跡を残すと
それに反応する様に、フェインが瞳を開いた
視界には、ベインの顔があった
元々目を開く前から耳に微かな声は届いていたが
服に何かが落ちた感触を感じて漸く目を開けたところだった
服に落ちてきたのはベインの涙で
泣いているベインの顔を見て、思わず目を見開いた
そのまま手を伸ばして指の腹で目尻に溜まっていた涙を払い取った
触れられた瞬間にベインの身体が震えたのが分かる
「・・フェイン・・・」
「何泣いてるんだお前は」
「死んでるのかと思った・・・」
「心臓動いてるのかくらい見ろアホが」
言われて、ベインが胸に掌を当てた
完全に塞がっていない傷に触れられて痛みを感じたが、顔には出さないでおいた
掌を当てて心音を聞いたのか、ベインが心底安堵した顔付きになる
「よかった・・死んでない・・・」
「勝手に殺すな」
そう言ってから起き上がろうとする
「フェイン、無理するなよ」
「先生が呼んでいるはずだ、行くぞ」
動こうとした身体を押さえられる
「駄目だ、傷治してからだ」
頑なに主張を続けるベインに、仕方なくフェインの方が折れる事になる
「なら、早く治せ」
「・・・おう」
何時もよりも丁寧にベインが治療をした
治療を終えて一度着替えてから、部屋を出る
真直ぐにゼルグの部屋に向かうと、既にグリスが中に居て話し込んでいた
「傷はもう平気ですか?」
「はい、おかげさまで」
「ベイン君は?」
平気だと、ベインが少しだけ笑ってみせた
「今回の件ですが・・学園側は、ハリス君の事については公表しない事にしました」
全員揃ったところで、ゼルグが話を始める
「生徒の中からこの様な事を起こす者が出たとは、流石に言えないでしょう」
「先生、やっぱりハリス君だったんですか?」
俯きながらグリスが問い掛ける、それにゼルグは頷いた
「ハリス君は・・・」
「死にました、寄生虫の暴走により」
ハリスの姿が昨日から何処を捜しても見当たらない事から、大体の予想はついていたのか
それ程驚いた様には見えなかったものの、今にも泣き出しそうな顔をグリスがしていた
「寄生虫の資料は全て処分しました、これで第二のハリス君が現れる事も無いでしょう
・・・・もっと早く私があの資料を処分していればよかったのですが」
資料に書かれている事は全て頭の中に入っているのだ、今更あの資料に価値など無かった
それをハリスが見つけた事により今回の件にまで発展した事をゼルグは悔やんでいた
「半分は、私が殺した様なものですからね・・・」
窓から外を見ながら呟く
誰も、掛ける言葉を見つけられないでいた
それでも、他に死亡した者が居なかったのは奇跡に近い事で
学園に残っていたゼルグや他の者が死力を尽くしていた事は充分に分かっていた
「先生、寄生虫の副作用・・本当に平気なんですか?」
どうにか話題を逸らそうとフェインが問い掛ける
それとは別に気にはしていた、ゼルグ自身もまた寄生虫によって支配されているのではないかと
「私が支配されているか・・ですね、支配されているのかも知れません」
「先生も暴走するんですか?」
「いえ、そうではありません・・・寄生虫が身体の支配権を奪った瞬間に
寄生虫が術者を殺すかどうかでこの魔法は変わるのですよ、私は生かされた方です」
そして、ハリスは殺された方に当たっていた
「この事も資料に書くべきだったのかも知れませんが、此処までこの魔法を使ったのは
学園では私一人だったもので・・・書く訳にいかなかったんですよ」
生かされている状態になったのなら、状態は以前と何も変わらないと続けられる
「中毒症状によりハリス君は変わってしまいました、同じ様に変わった寄生虫が彼を殺したのでしょう」
流石にゼルグは中毒症状に陥らなかったらしく、問題は無い様だった
大体の事を話し終えると、それで解散する事になる
学園にはまだ怪我を負った者も多くそれの援助をゼルグが求めたためだった
窓からもう一度外を見る
一日過ぎたために外に避難していた生徒の姿は無く
今は比較的元気な者が数人うろついている程だった
それらは、負傷者の治療に没頭していた者がほとんどで
今は僅かな休息を取っているのだろう、疲れ切った表情をしていた
ハリスの事を考えていた
あんな事をする生徒ではなかったと、今も頭の中で自分に向けて言う
怒鳴りつけている気分だった
ハリスが自分に向けてベインを対峙させた時に自分は挑発するかの様な行動を取った
あの時、既にハリスは寄生虫に呑まれていたからで
最善の方法は、ハリスの安定していた精神を乱す事だった
そうすれば通常よりもずっと早く寄生虫が彼を殺すのだと分かっていた
彼が寄生虫に手を出す原因を作ったのも自分で、生から蹴落としたのも自分だった
「・・半分なんてもので済みませんよね・・・・」
掌を見つめて溜め息を吐く
暫くそうしてぼんやりと考えていたのだが
怪我人の事が頭に浮かぶと、慌てて扉へと向かった
こんな事をしている場合でないのだと自分を叱咤する
扉を開こうとした瞬間、その扉が自分ではない誰かの力で開けられた
「先生!」
グリスが、其処に居た
「グリス?どうしたんですか?」
グリスには既に怪我人の手当てを命じてあって、此処に居る理由は無かった
「先生もこれから怪我人の手当てをしに行くんですよね?行きましょうよ!」
笑って、グリスが言った
目尻に少しだけ涙が残っているのを苦労する訳でもなく見つける
ハリスの事を思い出して泣いて動けずにいたのだろう
それでも、今のグリスは笑っていた
「・・行きましょうか」
それに応える様に、ゼルグも笑った
「ありがとうございます、グリス」
廊下を歩きながらゼルグが言う
「何の事ですか?」
突然礼を言われてグリスが驚いた様に顔を見つめた
「いえ、私はいい親戚を持ったものだと思いましてね」
「何言ってるんですか先生・・・それより、聞きたい事があるんですけど」
「何ですか?」
「なんであの魔法を先生が使ってたんですか?先生別に魔法生物の研究者じゃないですよね」
魔法生物に関する事なら、それを研究する者も学園には居て
その研究者達ではなくゼルグが研究をしていたのが気になった
「そうですね・・・私が行動派だからですよ」
「行動派・・」
確かに、行動派だとグリスは思った
ゼルグの部屋から出て、生徒達の集まっている部屋へと向かった
何時もは授業で使っている幾つかの部屋が今は使われていて
部屋に入ると、まだ結構な人数の生徒が治療を受けていた
一人一人の怪我をフェインが丁寧に治してゆく
それを見たベインも、慌てて治療を始めた
廊下を歩いている間、特にフェインは何も言わなかった
自分が重傷を負わせた事も、事件についても何も
それが逆にベインには辛かった
治療自体は二人が加わった事により更に早まり
数時間もすれば終わった
どうにか治療を終えて、フェインが立ち上がり一つ息を吐く
「ベイン、そろそろ帰るぞ・・・」
そう言って辺りを見渡すがベインの姿は見当たらなかった
ほとんどの怪我人の手当ては済んでいるので問題は無かったが
ベインの事だから何処かで落ち込んでいるのだと思うと、フェインは捜しに出掛けた
部屋に戻ってきたが予想していた通りベインの姿は見当たらず
図書室や他の所も捜したが、見つけられないでいた
「何処に行ったんだあのアホは・・」
舌打ちをしてから、ある場所が浮かんだ
そういえばまだ屋上には向かっていなかったと、フェインは慌ててそちらに向かう
昔、まだ学園に来たばかりの頃はよくあの場所に自分が居て
その横にベインが居たのだった
階段を上って屋上の扉を開く
重い扉が、金属の擦れる音を上げながらゆっくりと開いた
其処から数歩進んで部屋でした様に辺りを見ると
捜していたベインの背中が、漸く見つけられた
ベインに近づく
足音が聞こえているのだから何かしらの反応をするのかと思っていたが
気付いていないのか、聞こえないふりをしているのか
振り返ることもそれ以外の反応を示すこともなく、ベインは背中を向けていた
ベインに触れずにその隣に立った
何を見ているのかと、顔を向けている先を見るのだが
特に面白い光景がある訳でもなく、数名の生徒が小さく見えるだけだった
「何見てるんだ」
声を出すと、ベインが自分の方を慌てて向いた
表情からして今自分が居る事を初めて知った様子で
少しの間自分の顔を見つめていたが、顔を逸らされてしまう
「何も・・・」
ベインを見つめていた
顔を逸らされているために、見えるのは頬までで
自分の方を見ないベインに、多少の苛立ちが込み上げた
「ベイン」
名前を呼んだ
「・・何だよ」
「こっちを見ろ」
言われて、ベインは躊躇していたが
自分に命令されると聞かない訳にもいかないのか、ゆっくりと顔を向けた
今度見えた顔は、今にも泣き出しそうな顔をしていて
顔は逸らさなかったものの、視線を下に逸らされる
「こっちを見ろと言ったんだ」
声が厳しい物になる
微かにベインの身体が震えた
震えをどうにか抑えてフェインの事を見つめる
其処でやっと、視線が合わさった
フェインは自分の顔を一度凝視してから、口を開く
「お前らしくないな、そんな風になるのは」
何時もの自分らしくないと言っているのだろう
確かに、何時もの自分ならどんな事があっても笑っているのだと思った
そう思っても、今は少しも笑う事が出来なかった
「だって俺、フェインの事・・・」
言いかけて、またあの景色が浮かんでくる
目の前に居るフェインはもうあの景色のままではないというのに
何度も頭に浮かんできて、蹲りたい気分になった
自然とまた涙が出てくる
「ごめん・・」
謝る事しか出来なかった
謝る他に自分に何が出来るのか教えてもらいたかった程で
そのまま、静かに泣き続けた
いっそのこと、何時もの様に殴ってくれればどんなに楽だろうかと思う
そのフェインは、今は何もせずにただ自分を見つめていた
フェインは今の自分を見てどう思っているのだろうと、ふと考える
情けない奴だと思って呆れているのかも知れない
視界が滲んでいてその様子を知る事が出来なかったが
目の前にある何かが動いたかと思うと
自分の身体に、腕が回されていた
「フェイン・・・?」
相変わらず視界は悪いままで、その姿はよく見えなかったが
今この場に居るのは自分とフェインだけで、自分を抱き締めているのはフェインなのだろう
今度は幻でも何でもない本物のフェインだった
もう一度フェインを呼んだ、何かを言ってほしかったのだが
何も言わずにフェインは自分を抱き締めていた
どうしていいのかベインには分からなかったが
フェインのしている様に、その身体に腕を回す
振り払われないかという心配があったが、特にフェインが抵抗する事はなく
痛まない程度に力を入れて、抱き合う様に抱き締めた
「おいフェイン、まだかよ!?」
「煩い、もう行く」
部屋の中央で、ベインがフェインの事を急かしていた
「街行くんだろ?早く行こうぜ・・」
ベインは既に準備万端だったのだが、フェインの方はまだ寝起きの状態で
寝床からぼんやりとベインを見下ろしていた
ベインは、自分と街に行けるのが余程嬉しいのか
待ち切れない様子で部屋を行ったり来たりを繰り返しては
時折こっちの方を見てにっこりと笑ってみせる
そのベインに向けて、自分の荷物を投げつけた
軽く悲鳴を上げていたが、決して落とさずにベインはそれを受け取る
「荷物持ちな」
「・・まじかよ」
声の調子は嫌がる様に聞こえるのだが、相変わらず幸せそうにベインは笑っていて
フェインが、もう一つ荷物を放り投げた
学園の入口までやってくる
あとは、此処から坂を下りて暫くすれば街があるのだ
案外近い物なのだから少しは行っておくべきだったかと今更フェインは思っていた
先を静かに歩くフェインの後ろに、既に幾つかの荷物を持っているベインが居た
「一つくらい持ってくれても・・・」
「・・行くのやめようか」
「持たせていただきます」
わざとらしく深くベインが頭を下げた
その隙に、ベインの持っている荷物を一つ奪い取る
「行くぞ」
「・・・おう」
荷物を奪われてベインは呆然としていたが
フェインがさっさと歩き出すのを見て、慌てて後を追った
瞳に映るフェインの姿をしっかりと焼き付けた
今はもう、あの景色が浮かんでくる事もなかった
寄生虫 おわり