ヨコアナ
狙われた新入生
ある街の中央部、其処に大きな建物がある
それは学園と呼ばれる場所であり、其処に行けば魔法に関する知識や
魔法自体を習得する事が出来る
しかし、ある程度の素質というものは必要なもので
そんなある程度の素質を秘めた者が、その学園に向かっていた
「ここが・・学園ね」
正門を潜り抜けて入ると、気だるそうにその人物は辺りを見渡す
立派な毛の生えた尻尾と、尖った耳
何処かやる気の無さそうな表情の狼人だった
「受付は・・・」
再度見渡すと、新入生のために開かれている受付を見つけ其処へ行く
「すみません、新入生なんですが」
一瞬自分の顔を見ると、受付の者は慣れた様子なのか話を始める
「新入生の方ですね、これから校庭の方にて新入生歓迎の会があるのでそちらへどうぞ
校庭へは其処にある道を真っ直ぐお進みいただければ結構です」
「ありがとうございます」
頭を下げると、言われた通りに校庭への道へと入る
他にも何人か新入生と思われる生徒も居て、それらの様子を窺う
何処か警戒している者、自分と同じ様に眠そうな瞳をしている者
その中に、自分を見つめている人物を見つけた
否、見つけたというよりは見つけずにはいられないと言ったところか
何しろ、自分の真横に近づくと至近距離のまま顔を見つめていたのだから
「・・・なんだ?」
自分の直ぐ横に来て、こっちを凝視する相手を見つめる
「あ、いや・・新入生か?」
相手は虎人の男で、慌てて喋り始めた
「俺は新入生だけど、おまえは?」
「お・・俺も新入生だ!」
「・・・うるさい」
いきなり叫ばれて、狼人が迷惑そうに相手を見つめる
「あ、ごめん」
謝ると、下を向いてしまう虎人
「名前は?」
唐突にそう聞くと、相手は顔を上げた
「えっ?」
「名前だよ、あるだろ?」
「・・ベインだ」
「ベインね・・・俺はフェイン、よろしく」
形だけでもベインへと笑い掛ける
そうすると、ベインの動きが止まった
「・・・?ベイン?」
「い、いやなんでもない!」
動き出すと、何処か照れた様な仕草をするベイン
「変な奴だな・・」
道の途中にある時計を見ると、歓迎会の開始まで残り三分を切っていた
「時間が無いな・・・走るぞベイン!」
そう言うと、フェインが歩き出す
「あ・・フェイン」
ベインは手を伸ばしたが、既に届かない位置に行ってしまっていた
諦めて伸ばす事のやめた手をじっと見つめる
「・・・・」
暫く見つめていたが、顔を上げるとベインもまた走り出した
「であるからして・・諸君ら新入生というのは・・・・」
「長いな・・話」
うんざりした様子でフェインが呟く
その背中に、何かが触れた
振り返ると、先程挨拶をしたベインが居た
「ごめん押した」
一歩下がると、ベインがその場に留まる
「遅かったな?走らなかったのか?」
「俺、遅いから」
どうにか言い訳を言うと、納得したのかフェインは前を向いてしまう
「長いな、話」
後ろからベインの声が聞こえる
「あと10分だ」
「げっ、そんなに?」
振り向かなくとも、どんな表情をしているかは大体想像できた
暫く無言で、ただ退屈な話を聞いていたのだが
背中に再び何かが触れた感触を感じて振り返る
「なんだ?」
「いや、なんでも」
「なんでもないならやるな、気が散る」
前に向き直すが、背中にまた触れられている感触を感じた
「いい加減にしろ」
今度は振り返らずに注意をする
しかしそれでも止まらずに、腰に手を回された
「お、おい・・なにして」
慌てて解こうとするが、意外と強い力を持っていて振り解く事が出来ない
「いいじゃねえかよ、これくらい」
「よくないやめろ!」
本当なら大声を上げたいところだが、場所が場所のため小声でしか注意する事が出来ない
幸い周りの生徒達は話に気を取られていて誰一人気付いていないのが救いだった
「やめろって・・言ってんだろ!」
右腕を折り曲げると、それを勢い良く後ろに・・頭があると思われる場所へと肘打ちを繰り出す
「いっ!?」
程無く骨に直撃した感触と、ベインの叫び声が辺りに響く
その声で回りの生徒達がこちらを見るが、既に回されていた腕は放されベインが頭を押さえて蹲っていた
結局、話が終わるまでベインは蹲っており
フェインは涼しい顔をして立っていた
「はぁ・・初日から変な奴に会ったな」
話が終わると、今日の予定はそれだけなのか学園の校舎内へと入る
授業は明日からで、寮に入る生徒は鍵を貰いそれぞれの与えられた部屋へと向かった
フェインもそれに洩れる事無く、鍵を貰うと部屋を探す
「確か、二人で一部屋だったよな・・」
そんな事を呟いて目的の部屋を見つけると、鍵を差し込む
しかし鍵を回しても鍵が外れる音がせずに、不審に思う
「もういるのか?中に」
そう考えると取っ手に手を回す、容易く扉は開いた
その中へ、フェインが入った
「よっ」
部屋に入って耳に届いた声は、それだった
声のする方向へ視線を向けると
「な、なんでおまえがここに!?」
あのベインの姿があった
「なんでって言われてもな、俺ここの部屋だし」
ベインの返事に、フェインが固まっていた
「部屋、変えて貰う」
すぐに考えを決めると振り向いて廊下へと向かい出す
「因みに部屋変えは余程の理由がない限りは却下って言ってたぞ」
再びフェインが固まる
「じゃあ・・俺はお前と此処で暮らすって事か?」
「そういう事だな、よろしく!」
嬉しそうにベインが笑う
「・・・・よろしく」
対照的に、フェインは今にも倒れそうな程呆然とした顔をしていた
学園の生活が始まって早一週間
フェインは出来るだけベインと話さない様に距離を取っていた
授業の合間に教師の一人にそれとなく聞いてみたが
やはりベインと部屋を別にしてもらうのは難しいという事だった
流石に変な奴が居るから部屋を変えてくれ、なんて我侭が通るとは自分でも思ってはいなかったが
部屋に戻るまでの時間、フェインはあらゆる方法を考えていた
寮から出ればいいのだが家は大分遠い場所にあり
街に部屋を借りる程の金も持ち合わせてはいなかった
寮に入っていればそんな金は必要無いのだ
「・・野宿」
言葉にして、慌てて首を横に振った
何故自分があんな奴一人のために外で寝なければいけないのかと、何処か怒りにも似た感情を覚える
そんな感情を抱えたまま自分の部屋に着くと
憂鬱な気分のまま扉を開いた
「あ、おかえり」
部屋の中には思っていた通りにベインが居て
自分を見ると笑顔になった
まだ大して親しい訳でもないのにこういったベインの顔を見ると
虫唾が走るのをフェインは感じる
「何笑ってるんだ、気色悪い」
低い声で睨み付けながらベインに言う
「わ、悪い悪い・・」
既に何回もベインには言った事で、その度にベインは真顔に戻るのだが
暫くしてまたフェインを見ると顔が戻っているのだ
その顔を見ていると自分が苛立っているのが敏感に感じられて
舌打ちをした後に、次の授業に使う荷物を素早く手に取るとベインを見ないまま部屋を出ようとする
フェインが部屋の入口に立った瞬間ベインも傍へと寄った
「ついてくるなよ」
「って言っても次受ける授業一緒なんだけど・・」
「なら回り道するか遅れて来い」
無茶な事を言っていると自分でも思ったのだが
ベインの顔を見ていると、どうしても言葉が荒々しくなってしまうのだった
乱暴に扉を閉めると早歩きでフェインは廊下を歩いた
大分離れた所で、自分の部屋の扉が開かれた音を聞く
無視をして先を歩くと、一定の距離を保ちながらも後ろに気配を感じた
遅れて行く事をベインが選んだのだろうと然程気にしないで授業をする教室へと向かう
ベインに言った言葉を、四日後辺りにフェインは後悔する事も知らずに
四日後の昼、フェインは遅れて来いと言った事を後悔していた
あの言葉の何をどう受け取ったのかは定かではなかったが
あれから常に後ろにベインの気配を感じていた
「ストーカーか奴は・・・・」
その癖、部屋に戻ると何故か部屋の中に先に居て
帰ってきた自分に声を掛けるのとあの苛立つ笑顔を向けるのだけは怠らない
廊下の途中で立ち止まるとフェインは作った拳を眉間に当てて悩む
今も、後ろの少し離れた角から気配を感じていた
正確にはベインの持つ魔力だったのだが
何処か禍々しい気も感じているとフェインは思う
進めば、その気配も近づいてきて
今直ぐ気配の元に行き殴りたい気分に陥る
何度かそうしようとした事もあるのだが、それで近づくと今度は綺麗に姿が消えていて
結局どうしようもなかった
だからこそ、今あの言葉を言った自分を心の底から愚かだと責めていた
自嘲にも似た笑いを浮かべてフェインはまた歩き出した
もう、後ろに居る気配に対しては諦めの気分を持っていて
好きにすればいいと思った
授業を受けていると、後ろに居たベインは自分の隣に居て
それが更に気味の悪さを大きくさせていたが
諦めているフェインは完全に気にしなくなったのか
時折ベインから声を掛けられても生返事をしていた
それでもベインは話しているのが嬉しいとでもいうのか
何処かご機嫌な様子で、授業を受けていた
それに反比例する様に自分の機嫌は更に下がって行き、授業の内容はまるで頭に入らなかった
授業が終わると、フェインは逃げ出す様に教室から出て行く
ベインと一緒に帰るか、それとも後ろに気配を感じて帰るか
顔も見たくない自分にとっては後者の方が僅かに楽だった
学園の廊下を、生徒でない者が歩いていた
道が分からないのか辺りを見渡しては必死に何かを探していて
暫く学園内をうろついていたのだが、途中で奇妙な光景を見掛ける
一人の生徒と見られる狼人が不機嫌そうな顔付きで道を歩いていた
それだけならまだ何も思わなかったのだが
狼人が通り過ぎて暫くすると、一人の虎人がその後を静かに追っていた
「・・何してるんですか?」
前を歩く狼人に気付かれない様に必死に後を追っている様で、思わず声を掛ける
追う事に集中していてこちらに気付かなかったのか、声を掛けられて初めてこちらを虎人は見た
「あ、いや・・・ちょっとな」
少し笑うと虎人は手を振って、狼人の後を更に追い始める
その様子を呆然と見つめていた
「此処に居たんですか」
後ろから声が聞こえて、振り返る
「まったく、生徒でない者が早々出歩いていいものではないんですよグリス」
「あ、すみませんゼルグさん・・」
何処か困った様な、それでも少し怒っている様子の相手が居てグリスは慌てて謝る
謝りながらも、先程の虎人の方にグリスが顔を向ける
「あの人・・・」
グリスが呟いたのを見て、ゼルグと呼ばれた者もそちらを見た
「・・ああ、ベイン君ですねあれは」
「知ってるんですか?」
「もちろん生徒ですから、と言いたいところですが
確か新入生歓迎会の時に派手な叫び声を上げた人です」
ゼルグもその場に居たので、ベインの悲鳴を聞いていたのだ
「確か、追い掛けられているのはフェイン君・・でしたかね」
既にフェインの姿は見えなかったが、何度か見た光景を思い出してゼルグは更に続ける
「あの二人何してるんですか?」
「さあ、フェイン君はかなり嫌がってますが・・ベイン君は楽しそうですね」
「・・・・・・・・ストーカー?」
「さあ、どうでしょう」
そう言ってゼルグがにっこりと笑う
どうでもいいと、その顔が物語っていた
「それよりグリス、来年から貴方もこの学園に入るんですから私の事は先生と呼びなさい」
「別に、まだ僕は生徒じゃありませんよゼルグさん」
「そうですけど、入ってから間違えて呼んだりしたら色々と恥ずかしいでしょう?」
他の生徒の居る前でそう呼んだ時の事をグリスが考える
少し躊躇う様な間を置いてから、口を開いた
「・・・ゼルグ先生」
「よく出来ました」
わざとらしくグリスの頭を撫でると、ゼルグは自分の部屋へと案内をする
ゼルグの元へ向かう前にもう一度ベインの方を見たのだが
既にベインの姿は何処にも見当たらなかった
学園の屋上にフェインは居た
柵に身体を凭れて、其処から下を見下ろす
今の自分とは正反対に学園生活を満喫している生徒達が見えた
何時しかそれを見る事に夢中になっていたのか
ベインが隣に来ているのに気付かなかった
横に居たベインは同じ様な格好をして下を見下ろしていて
漸く気付いてからフェインは慌てて凭れる様な姿勢を解いた
「何か見えたか?」
「・・・・俺が入る前に多少は期待していた光景が見えた」
今はベインの存在が気になり、とても談笑をしたいという気分にならなかった
「おまえよく此処に居るな、好きなのか?」
「別に・・」
何時見ていたのかと、頭で考えるが
それだけ返すとフェインは背を向けてその場から立ち去る
ベインは直ぐには追ってこず、何かをまた見下ろしていた
静まり返った夜の学園
明かりもほとんど見当たらず、廊下は不気味な空気で満たされていた
その中を、フェインは歩く
この生活が始まってどれ程の時間が経ったのだろうか
最近ではそれを考える事も少なくなっていたが、今それを考える
「もう二ヶ月になるのか・・?」
頭に浮かんだ答えも、何処か信用出来ていなかった
それくらい今の生活は全てが憂鬱で満たされていたのだ
今はベインの気配を感じなかった
流石に真夜中になると眠くなるのか、何時もこの時間だけはあの気配を感じなくて
この時間がフェインの心を癒す唯一の時間だった
それでも、自分にも眠気が訪れ始めると
あの部屋に帰る必要がありフェインは更に憂鬱になる
ついに、部屋の扉を開いた
とはいっても自分の部屋なのだ、開いて当たり前なのだが
そして今中に居るベインの部屋でもあった
ベインは既に寝ているのか、小さく寝息を立てていて
顔はこちらを向いていなかったがだらしない体勢で寝ていた
無邪気な様子で眠るその姿を見ると、また怒りが湧いてくる
自分はベインのせいで夜も眠れない日々を送っているというのに
当の本人は今目の前で幸せそうに眠っているのだ、無理もなかった
腕を前に出すと、掌から水が飛び出した
此処数ヶ月で何とか習得出来た、唯一の物で
形を変えれば刃にもなる物だった
ベインが寝返りを打つとその顔が見える
予想通り気持ち良さそうに眠っていて、身体中が熱くなるのを感じた
いっその事、今殺してしまおうかと思ってしまう
今なら喉を水で切る事も、顔を水で覆って窒息死させる事も出来るのだ
後は上手い理由を述べてどうにか誤魔化せれば全てが済むのだと
それでこの生活も終わるのだろう
もう一度、ベインの顔を見る
見た瞬間に掌の水が一際大きくなった
次には、その水が消え去る
「馬鹿馬鹿しい・・・」
それだけ言うとフェインは自分の寝床に入り、直ぐに眠り始める
身体を疲労感が支配していて、何時もよりもずっと早く眠りに落ちる事が出来た
フェインが眠り始めると、寝ているベインが目を開いた
ほんの少し、ベインが笑った
学園の廊下を、生徒でないグリスが歩いていた
今日はまた久しぶりに、自分が入る学園の様子を見にきたのだ
入るのはまだ大分先だが、中の事を知っておいて損はなかった
「また迷った・・」
学園の中は意外と広く、この間の様にグリスは迷ってしまう
そしてまたあの光景を見た
視線の先には数ヶ月前に見た不機嫌そうなフェインが居て
その身体から何処か疲れた様子が感じられた
フェインが去った後数秒すると目の前にはベインが現れて
グリスと目が合うとグリスに手を振った
それに応える様に手を振り返す
「鬼ごっこですか?」
「・・まあ、そんな感じ」
再度手を振ると、ベインはフェインの後を追ってその場を後にした
「グリス、また勝手に学園を歩いてるんですか?」
背中に、捜していたゼルグの声が届いた
何処か呆れた様な、それでも少し笑っている様子のゼルグが居てグリスは頭を下げる
「ゼルグさ・・・ゼルグ先生、あのフェインって人まだ追い掛けられてますよ」
直後によく出来ましたと、ゼルグから言われる
「まだやってるんですか?あの二人は」
グリスが黙ったまま指を差すと、何かを懸命に追っているベインの姿がまだ見えた
「鬼ごっこだそうです」
「とても楽しそうですね」
微笑ましいといった様子でゼルグが笑う
やっぱり、どうでもいいと言われている様な気分にグリスは陥った
「それよりグリス、あと半年もすれば貴方もこの学園に入るんですから道に迷わないでくださいね」
「先生が歩いちゃ駄目って言ってるんじゃないですか・・」
「そうですけど、私の部屋に来るまでに迷った様子でしたので」
完全に見抜いているのか、相変わらず笑った顔をしているものの
威圧感を感じてグリスがたじろいだ
「私の部屋までの道は覚えましょうね」
「はい・・・先生」
この間と同じ様にゼルグが自分の部屋までの道を案内する
ゼルグの元に向かう前にもう一度ベインの方を見たのだが
真面目そうな顔で、フェインを追っていた
暗い空間にフェインは居た
掌には激しい稲妻が集まっていて
汗を掻きながらもどうにかそれを制御する
力を強めると、稲妻が一塊になった次の瞬間掌の上で綺麗に砕け散った
「雷術初級、習得・・」
そう言うとフェインは歩き出す
程無くして現れた空間にある扉を開くと、其処から出た
開かれた門から飛び出したフェインはその場に跪く
「やっぱりキツイな・・これは」
全身から汗が噴出していて気分は最悪だった
ベインの事から逃げる様に、此処最近フェインは魔法に没頭していて
今習得した初級魔法で既に四つ目にもなっていた
初級といえども魔法は魔法で、自分の身体に負担を掛けている事は分かっていたが
こうでもしないとベインの事を考えてしまいそうで頭がおかしくなりそうだった
目を瞑って呼吸を整えると、少し離れた場所にベインの魔力を見つける
今は自分の魔力がほとんど無いせいもありそれが嫌になる程感じられて
動かない身体を叱咤して立ち上がると、自分の部屋へとフェインはふらつきながら向かう
部屋に着くと中にはベインがやはり居て
自分の様子を見て少し慌てていた
「また魔法覚えたのか・・?」
遠目からではよく分からなかったのか、目の前に居る疲れきったフェインを見て驚いた顔をする
足取りが覚束無いフェインを見て心配なのか、ベインが手を伸ばした
「触るな!!」
伸ばされた手を強い力で払い除ける
振り払われた手を見て、ベインが少し寂しそうな顔をした
それが何時も見ていた顔とは違っていて、一瞬その顔を見つめたが
直ぐに目の前のベインを押し退けると自分の寝床に入る
ベインは、その様子を見ていたのだが
暫くすると部屋から出て行った
今まではベインも部屋に居続ける事が多かったせいで、扉の閉まる音を聞いたフェインは
やはりおかしな気分にさせられた
翌日、フェインは学園の外に出ていた
今日は授業が無い日なので生徒の大半は街に出たりしているのだろう
フェインは街の喧騒が苦手なのか、そういった所には向かわずに
何も無い外の草原を歩いていた
少し離れた場所には、相変わらずベインが居た
今は隠れる所が無いので振り向けばはっきりとその姿を確認する事が出来て
振り返ると、ベインを見た
目が合ったからなのか、そのままベインが歩き続けて二人が向き合う
「・・何でお前は何時までも付いて来るんだ」
問い掛けなくても分かっていた、目の前のベインは自分に惚れているのだ
その事は一緒の部屋と決まった次の日に言われた
冗談じゃないと吐き捨てる様に返したのを今でも覚えている
あの出来事が無ければ、まだ普通に話せていたのだろうかと思ったが
遅かれ早かれ今の状態にはなっていただろうと自分を納得させた
「付いて来るなよ」
睨み付けて言うと、フェインは歩く
少し進んでも後ろから足音は感じられなくなって
漸く一人になれたと、溜め息を吐いた
草原の中を静かに歩いた
時折吹く風が草を撫でて、聞こえの良い音を奏でる
この時間が何時までも続けばいいと思ったが
明日は授業があり、そう長居は出来なかった
それでも今だけは穏やかな気持ちでいたいと
一歩ずつ静かに歩きながらフェインは思う
草原の奥に進んでも更にフェインは歩き続けた
このまま何処か遠くに行ってしまいたい気分になるが
それではなんのために自分は学園に入ったのかと後で後悔してしまいそうなので
それを考えるのだけはやめた
草の中から、音が聞こえた
ベインが自分を追い掛けてきたのかと思って無関心そうにそちらを見ると
数匹の魔物が、フェインを見ていた
魔物の一匹が素早くフェインに駆け寄ると飛び掛り腕に牙を立てる
最初はそれを呆然と見ていたが、自体を把握すると慌ててフェインは魔物に向かって魔法を放つ
生み出された水によって弾き飛ばされた魔物が地面に倒れる
「・・・多いな」
今見えるだけでも二匹が視界の中に居て
少々分が悪いと判断する
腕からは、牙を突き立てられたためか血が流れていて
其処で初めて今自分が危険な状況に遭遇しているのだと理解する
掌に魔力を溜めて、倒れている魔物に容赦無くそれを放る
淡い光が当たると其処から稲妻が発生して魔物の皮膚を焼いた
焦げた様な臭いと、魔物の叫び声が辺りに響き渡る
その様子を眉一つ動かさず、つまらなさそうにフェインが見つめていた
フェインに向かって、もう一匹が飛び掛る
気を取られていたフェインはそれにあっさりと押し倒された
魔物は、牙を剥き出しにしていて
自分の喉を噛み切って息の根を止めるつもりなのだろうと暢気に考える
手に魔力を溜めていたフェインだが
不意に、その手に魔力を集めるのをやめた
魔物が一際大きく口を開くと、喉元に牙を向けた
自分に止めを刺そうとした魔物が、突然フェインの上から退いた
視界にはベインが映っていて、どうやら魔物を蹴り飛ばした様だった
息を荒げたベインは自分を見下ろすと信じられない様な顔をする
全ての出来事を黙ったままフェインは見ていた
「何やってるんだよ!?」
フェインに向けて、ベインが怒鳴った
「・・・襲われてた」
「んなもん見りゃ分かるわ!なんで抵抗しなかったんだ!!」
自分が途中から抵抗をやめたのを何処かで見ていたのだろう
何時もは笑っていたその顔が酷く焦った様な表情をしていて、意外に思う
ベインが自分の身体に触れるとゆっくりと抱き起こした
起こされてから触れた事に対する文句を言うのを忘れていたとフェインは気付く
起こされて、ベインに蹴り飛ばされた魔物を見ると
今もまた飛び掛らんとばかりにこちらを凝視していた
無言でベインが魔力を溜めると、魔物に向けて放つ
小さな真空刃の様な物が生まれて、魔物の身体を切り裂いた
傷を負った魔物は不利だと感じたのか、最後に一声鳴くとその場から逃げ去った
魔物の居なくなった場所で、ベインがフェインの事を睨んでいた
何時もとは完全に立場が逆になっていて
「何で抵抗しなかったんだ」
「俺の勝手だろ」
「ふざけるな!死ぬところだったんだぞ!」
肩を掴んでベインが更に怒鳴った
心の底から怒っているのが感じられて、フェインは俯く
「嫌なんだよ・・お前が居ると、俺がおかしくなる」
学園に戻ればまたベインが居るのかと思うと
途端に身体中から力が抜けて、抵抗する気も起きなくなったのだ
「構わないでくれよ・・・・」
例え今ベインがフェインを追う事をやめたとしても、既にフェインの中にはその根が深く張っていて
同じ部屋に居るという事だけでフェインは気がおかしくなりそうだった
「・・ごめん」
ベインから言葉が零れた
「俺、そんなに追い詰めてたんだな・・・・」
何時もの自分なら、何を今更とベインを睨むところだったが
そんな事をする気力も無い程今自分は滅茶苦茶な状態だった
ベインが、フェインの手を取った
その手を自分の喉元に導く
「今なら、殺せるぞ」
唐突にそんな事を言う
何を言っているのか、フェインには最初理解出来なかったが
一度ベインを殺そうか迷った夜の事を思い出す
「俺をやりたいのならやればいい、ただ・・・お前は死なないでくれ・・」
掴まれている腕に、雫が落ちた
ベインの目から涙が出ていて
それが腕の傷に当たって少し沁みた
何故目の前のベインが泣いているのかと、フェインは不思議に思っていた
泣きたいのは自分の方だったのに
目の前のこの男が何故泣いているのだろうと
導かれた手は相変わらずベインの喉元に当てられていて
今、指先から刃に変えた水を出せば容易く殺す事が出来るのだろう
そしてベインはそれを覚悟している様にフェインには見えた
暫くその状態が続くと
ベインの後ろから、音が聞こえた
それを聞いたフェインの口元に笑みが浮かぶ
次の瞬間、ベインの事を横に払い飛ばした
払い飛ばしたベインの居た場所には先程の魔物の仲間なのか、傷を負っていない魔物が居て
それが自分に飛び掛った
払い飛ばされたベインは慌てて起き上がると、見ることになった
魔物に喉元を食らい付かれたフェインの姿を、見ることになった
喉元を食らい付かれているフェインを、ベインが呆然と見つめていた
「フェイン!!」
慌ててもう一度魔法を唱えると、上に乗っていた魔物を一気に吹き飛ばした
感情が高ぶって放ったためか、風で切り裂かれた魔物は飛ばされた先で動かなくなる
その様子を長く見る訳でもなくフェインに駆け寄った
抱き起こすとその身体を揺する
「フェイン!」
「・・大丈夫だ、噛まれちゃいない」
言われて冷静にその喉を見ると、魔物の唾液は付いていたが
それ以外にはこれといった物は見当たらなかった
牙を通す直前に魔法が間に合ったのだと、ベインは安堵したが
次の瞬間にはまた泣き出しそうな顔をする
「何で助けたんだよ・・・俺を殺したいんだろ」
「別に、殺したいと言った覚えは無いんだが」
確かにベインの前で魔力を高めたりはしたものの、口に出した事は無く
焦っているベインをからかう様にフェインが笑う
「それに、助けてくれただろお前も」
「そりゃ・・俺は好きだからなおまえが」
助けるのは当然だとベインは言う
「お前も、そんな顔するんだな」
未だにフェインの事を心配そうに見つめるその顔を見て、フェインが口を開く
「何時も何時も笑ってばっかで、気色悪かったのに」
「悪かったな・・・好きな奴見て笑って何が悪い」
恥ずかしそうにベインが顔を横に向けた
それを見てまた少しフェインが笑うと、立ち上がる
「帰るか・・」
歩きながら噛まれた腕の治療をする
「あ、フェイン・・・」
歩き始めたフェインに声を掛けて手を伸ばそうとするが
また自分がフェインをおかしくしてしまうのかと思うと、伸ばした手も出した声も途中で止めた
少し歩いてからフェインが止まると、振り返る
「来い、後ろに居られると気味が悪い」
そう言って再び歩き出す
最初はそれを見つめていたベインだが
数秒して言われた事を理解したのか、慌ててその後を走って追い掛けた
フェインは、横に居るベインの顔を横目で見つめる
今は、後ろに気配を感じるよりもこの形の方が随分と楽に思えた
「いよいよこの日が来たか・・・」
その日は、去年に引き続いて今年も行われる新入生歓迎の会の日だった
フェインにとってはどうでもいい事だったのだが
一つ、見過ごせない出来事がある
一年を共に過ごした相手と別れる日でもあるのだ
あの日から、少しはベインとも打ち解けて最近では普通に話す様になり
魔法もかなりの上達を見せて、つい最近一つ中級の魔法を習得するまでになった
ベインも自分を見習う様に魔法の修行に明け暮れたのか大分力をつけた
そのベインとも、今日で部屋を別にするのだった
学園の広場に来ると、先に来ていたベインがこちらに手を振る
「よ、フェイン!」
それに腕を上げて応えると、並んで寮の部屋の鍵を貰う列に並ぶ
事前に適当な組み合わせで同室する相手が決められており、鍵を貰えばそれで終わりだった
「いよいよお前ともお別れだな」
「寂しいな、フェインじゃないなんて・・・」
「俺は煩いのが居なくなるからすごく嬉しいぞ」
「・・・・もっとオブラートに包めよ」
歯に衣着せぬ物言いに、ベインは少し落ち込む様な顔をする
「まあ、これきりじゃないんだからそんな落ち込むなよ」
離れたとしてもそれは部屋のみで
授業や、間の時間などは特に今まで通りになるのだろうとフェインは思っていた
「・・・そうだよな、別にこれで終わりって訳じゃないよな」
前向きな事を言っている様に聞こえるのだが、その顔は今にも泣き出しそうで
部屋が別になるのを心底悲しんでいるのが感じられる
「そういう奴は嫌いだぞ」
その言葉一つで、半分程出ていた涙を拭うとベインが真面目な顔になった
随分動かしやすい相手だと、言葉には出さず心の中で呟いた
生徒の列が少なくなり、いよいよベインの番になる
フェインよりも前に居たベインは先に鍵を貰う事になり、受け取ると振り返った
「・・じゃあな」
「ああ、次の相手には変な事するなよ」
「俺はフェインが好きなんだ」
「・・・早く行け、邪魔だ」
言われて、後が支えているのに気付いたベインは慌てて列から飛び出した
「フェイン、またな!」
そう言って、ベインは自分の与えられた部屋へ向かい走って行く
それに向かって手を振りながらもフェインも部屋の番号の書かれた鍵を貰うと
ベインとは違い直ぐに列から出て、その場から立ち去った
部屋を探しながらフェインは考えていた
次に一緒になる生徒はどんな相手かと
「まぁ、あいつ程変な奴はいないな」
ベイン以上に嫌な奴が居たら、今度こそ学園を飛び出すしかないと頷く
「どうか今度は普通の奴でいてくれ・・・」
そんな事を呟いて目的の部屋を見つけると、鍵を差し込む
しかし鍵を回しても鍵が外れる音がせずに、不審に思う
「もういるのか?中に」
そう考えると取っ手に手を回す、苦労せずに扉は開いた
その中へ、フェインが入った
「よっ!」
部屋に入って耳に届いた声は、またそれだった
ただ、前に聞いた時よりも幾分調子が上がっていて
声のする方へ視線を向けると、あのベインが居た
「・・・・・なんでお前が此処なんだよ!?」
「なんでって言われてもな、俺ここの部屋だし」
「同じ事言ってんじゃねえよ!!」
今度はその言葉に固まるより先にフェインが後ろを向いた
「部屋変えて・・・無理だよな・・」
「無理だろ」
「またお前とかよ・・」
「そういう事だな、よろしく!」
一年前のあの日と変わらない様子で、ベインが笑顔で言う
「・・・よろしく」
倒れそうな程ではなかったが、何処か釈然としない顔をフェインがしていた
学園の廊下を、生徒になったグリスが歩いていた
生徒になったのだから、ゼルグに何かを言われる事も無いと学園の観光をしていた
様々な設備があり一つ見る度にグリスは感心した様にそれらを見ていた
「・・・何だかデジャヴ・・」
既に考えるよりも先に、頭の中に迷子の単語が浮かんできていた
視線の先に、誰かが居るのを捉える
何度も見たフェインの姿が其処にあり、不機嫌そうに歩いていた
「何時までやってるんだろ・・」
思わずそんな言葉が零れる
だが、前に見た時よりも違う事が起きた
「フェイーン!」
通り過ぎたフェインを見ていると、反対側からベインの声が聞こえた
やってきたベインとまた目が合う
「あ、この間の」
「新入生です、よろしくお願いします・・・・鬼ごっこはやめたんですか?」
「・・そんなところだな」
そう言って、ベインが微笑むともう一度フェインの名前を叫んで走り始める
「グリス、また迷ってるんですか?」
既に三度目のやり取りだと、声を聞きながらグリスはぼんやりと考える
それは後ろに居るゼルグも多分思っている事だろう
疲れた様子のゼルグが、こちらを見ていた
「歓迎会お疲れ様です・・先生、あの二人何かあったんですか?」
「みたいですね、仲が良いみたいです」
視線の先には、ベインがフェインに絡んでいる姿を見る事が出来た
迷惑そうな顔をしているフェインを見てゼルグが含み笑いをする
「鬼ごっこはやめちゃったそうです」
「そうですか、でも楽しそうで何よりです」
どうでもいいというよりは、疲れていてそれに興味が持てないのか
少し溜め息を吐いてゼルグが再度二人を見つめる
「それよりグリス、ちょっと肩が凝ったので部屋で揉んでくれませんか」
今までと同じ様にゼルグが自分の部屋までの道を案内する
流石にゼルグの部屋に続く道だけは覚えたのか、途中から先をグリスが歩いた
グリスが得意気に前を歩いていたので
もう二人の姿を振り返って見る者は誰も居なかった