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5.隔たり

刃が、身体の真横を通り抜けた
そのまま後ろの壁を破壊する音が耳に届く
予め軌道を読んだフェインは楽にそれを避けたが
突然攻撃された事に混乱していたベインは間一髪のところで何とかかわしていた
「な、なんなんだよあいつ・・」
床にしゃがみ込んで頭を押さえていたベインが顔を上げた
「あいつが親玉だ、やるぞ」
「マジかよ!?」
言った直後にまた刃が飛んできて、それをどうにか避ける
「強すぎねえかアレ・・・」
「まぁ、魔物を束ねる者だしな、強くて当たり前だ」
廊下から広場に出ると、風を使うその魔物の回りには数体護衛をしている様な魔物が居て
無造作に溜め込んでいた魔力をフェインは放つ
飛び出した炎が魔物達を飲み込む前に、強風が吹いて一瞬にして炎を掻き消す
一度舌打ちをしてから、今度は水を出すと砲弾の様に固めて打ち出した
風の結界にそれがぶつかると削り合う形になる
「親玉だけはあるな・・・」
あと数秒もすればこちらの水が弾け飛ぶ事になると予想すると、フェインは顔を顰める
風の結界に守られているからか他の魔物は動けないのは好都合だったが
このままではやはり自分達の魔力が先に尽きてしまう事になりそうで
今の内に何か打開策を考える必要があると、敵を見据えて考えていた


考えている途中で、後ろから強い魔力を感じる
「フェイン、加勢するぞ!」
掌に膨大な風を集めたベインが自信満々に言った
「お、おいバカやめろ!」
言い終わるよりも先にベインは溜めに溜めた風を放つ
先程廊下で使った物よりも更に強い風で、当たれば相手はただでは済まないだろう
それが普通の魔物ならの話だったが
ベインの風と、敵の魔物が使う風の結界がぶつかる
間に挟まれた水の砲弾はフェインの予想よりも大分早く弾けて消えた
それを見たフェインが顔を掌で押さえる
「お前ってやつは・・・」
「あ、あれ?おかしいな・・」
顔を掌で押さえながら、指の間から結界とぶつかり合うベインの風を見つめる
これはこれで足止めになるかと、思いはじめていたのだが
ベインの風の勢いが途中で止まり相手の結界の力が強くなるのを見てフェインは驚く
「ベイン!」
慌ててフェインが下がると、ベインの手を取ってそのまま更に下がった
突然腕を引かれてベインが体勢を崩すが倒れない様に引っ張られていた
「な、なんだよ?魔法に集中できないだろ」
「いいからこい!というかあの魔法は止めろ!」
叫ばれて、仕方なくベインは魔法を消し始める
「せっかく頑張ったのに・・」
残念そうに魔法を消すのだが
消した後の残った結界を見て、ベインも目を丸くした
「な、なんか強くなってる・・・・」
背中に、恐ろしいと思えるくらいの魔力を感じた
走りながら飛び込む様に廊下まで避難すると
広場から、轟音が轟いた



広場に風が吹き荒れていた
廊下まではその力が及ばなかったが
あの場に残っていたら今頃身体中を切り刻まれていただろう
「どうなったんだ・・?」
広場を見てベインが不思議そうに呟く
次にはその手を引いていた、今は息を整えているフェインに顔を向ける
大分呼吸が安定してくると、振り返ってベインを睨み付けた
「このアホ!あんな風の塊みたいな敵に風撃つアホが何処に居る!!」
「そんなアホアホ言うなよぅ・・」
ベインの使う風が、敵の結界に全て吸収されて
突然自分の持つ魔力が大幅に増えた魔物はそれを制御しきれなくなり、その力が暴走していた
鬼の様な顔をしてフェインがそれを説明した
漸く何が起こったか理解出来たベインは、反省した様に俯いていた
「で、でも俺風以外中級魔法なんて無いぞ・・・」
「初級でもいいから他使え、風だけは使うなよ」
このままでは勝てるものも勝てなくなると、厳しく言う
「わかった・・・ごめん」
謝られて、その顔を見つめる
ベインはベインで精一杯やったのだと、顔を見ればそれが分かった
何か言葉を掛けたかったが浮かぶのは皮肉の言葉ばかりで
自分の性格の悪さに溜め息を吐いた
ベインはそれさえも自分に向けられた物と感じ取ったのか、更に俯いたが
それにフェインは気付く事なく魔力を掌に集めた

吸収された魔力は、暫くの間暴走して広間を埋め尽くしていたが
その魔力も尽きてきたのか風の音が徐々に小さくなる
最初と同じ様に広場を覗くと
暴走した風の影響で壁という壁には傷が出来ていた
風を使う魔物も、その周辺に居る魔物も無事なのは
暴走をしていた間はあの魔物が他の魔物を守っていたという事なのだろうか
魔物にも意外と心があるのかも知れないと、そんな事を思った



フェインが魔法を放つ
初級の魔法しか使う事の出来ないベインは、思うままに動く事が出来ずにその様子を見守っていた
時折傷を受けたフェインに向けて治療をする程度で、あとは観戦に入る
「フェイン頑張れ!」
その言葉を聞いたフェインがベインを睨み付ける
先程までの気持ちも何処かのんびりとしたベインの声を聞くと吹き飛んでいた
「お前もなにかしろ!」
それだけ言うと、炎を敵に投げ付ける
やはり結界が行く手を遮りどうにも攻撃が届かなかった
それのお返しだと言う様に強風が吹いて慌ててそれを避ける
腕に小さな傷がまた生まれた
ベインが駆け寄ると、傷の治療をする
「厳しくねえか・・?」
敵わないのなら一度逃げるべきだとベインは提案する
それにフェインは首を横に振った
「こんなのが生徒の集まる部屋に行ったら不味いだろ」
部屋には、負傷者が何十人と居て
其処にこの魔物が現れては恐ろしい事になる
どうにか他の教師や生徒達の増援を待つ必要があった
怪我を治すついでに自らの魔力をベインが分けているのか、身体中に魔力が湧いてくる
それを確認すると掌に光を灯した
今までよりも強く、飛び出した炎が結界を包む
暫くの間はぶつかり合っていたが、やはり敵の方が上手なのか破られ様としていた
その時、魔法と魔法の間に新しい炎が投げ込まれる
横に居るベインが無理矢理魔力を捻じ込んだ火術を使っていた

間に入った炎は、フェインの炎と混ざると火力を増す
一瞬だけ結界よりも威力の上回った炎が結界を飲み込んだ
まさか破られるとは思ってもいなかったのか、風を纏う魔物は次の魔法を唱える
それが形として現れるよりも先に、水の砲弾を撃ち飛ばした
これが当たれば中々の致命傷にもなったのだが、その時漸く周辺に居た魔物の一匹が動くと
風を使う魔物の身代わりになってその砲弾を受け止めた
そのまま水の砲弾を受けた魔物は壁際まで吹き飛ばされ、壁に激しく打ち付けられると倒れる
再度砲弾を撃とうとしたが、相手の魔法は完成していて再び結界が辺りを覆っていた



砲弾を生み出すのを一度止めてから、相手を見据えた
「お、おい・・今のよかったんじゃないか?」
ベインも手応えを感じ取ったのか声の調子を上げる
無言のままフェインはもう一度結界を破れる程の力を練り始めた
あとはベインが手を貸せば先程の様に結界が壊れるのだろう
結界を再度壊そうとした時だった
魔物が奇声を上げる
思わず耳を塞ぎたくなる程の音で
奇声を上げ終わった魔物から更に強い魔力を感じた
叫び声がまだ耳に残っていて動きの遅れた二人にその強い魔力が向かい始める
慌てて逃げるか、防御を張ろうとしたのだが
既に目前にそれが迫っていて、どちらも間に合わなかった
どうにかベインだけでも下がらせようとしたのだが
腕でその身体を押しても少しも動かず、目の前の光景に呆然としていた

突然、音が聞こえた
痛みが来る事を予測して無意識の内に閉じていた瞳を開く
景色の全てが歪んで見えた
最初は何故そう見えるのかが理解出来なかったが
目の前にあるのは分厚い氷だという事を数秒遅れて漸く理解する
「平気ですか?二人とも」
声が聞こえて、振り向くと
掌を向けてこちらを見つめてにっこり笑うゼルグが居た
「先生・・・」
一瞬にして氷が現れたのに驚いたのか
何時の間にか座り込んでいたベインも立ち上がってそれを迎える
「すみません、もっと早く来れたらよかったのですが」
「何かあったんですか・・?」
「いえ、グリスが全身麻痺に陥ったので治療を」
ゼルグの言葉を聞いて、覚束無い足取りの原因はそれだったのかと
今頃床にでも寝かされているグリスをベインは気の毒に思った



ゼルグが現れた事により、形勢は一気に逆転した
ゼルグ一人でも充分に倒せるだろうと、今の氷の防御を見てフェインは考えていた
「あれが、黒幕ですか?」
氷越しながらも相手の姿はどうにか見えて、それを見て頷いた
「珍しいですね、風の使者ですか・・」
「・・・ってなんだ?」
横に居るフェインに向けてベインは問い掛ける
問い掛けられて、フェインが遠くを見つめた
「特定の場所で生まれるモンスターの事ですよ、その場所の属性を司ります
もちろん魔法を使うからそれなりに頭も良いし普通のモンスターよりも強いんですよ
そういったモンスターは何かの使者と昔から崇められたり、恐れられたりしています」
フェインが答えるよりも先にゼルグが丁寧な説明を話す
子供にでも分かる様な言い方だと、フェインは思った
「とにかく、倒す必要がありますね・・・」
何時も飄々とした様子のゼルグの身体から夥しい魔力を感じる
自分の数倍はあるだろうとそれを見つめていた
「私は結界を破壊する事だけに専念しますので、攻撃はお願いしますね」
ゼルグの力なら、結界ごと相手を押し潰す事も出来るのにそう言われる
それに対してフェインが口を開こうとするが、無言で笑い掛けられて仕方なく頷いた
話をしていると敵が焦れたのか、また風が吹き始める
ゼルグの使う氷がそれを防ぐと、削られた氷が宙で輝きながら風に乗せられて
広場の温度がかなり下がった様な気がした


目の前の氷が砕け散った
同時にゼルグが掌に氷を出現させた
それを手で押し潰すと氷が弾け飛ぶ
次に、敵の上空に突然巨大な氷が現れる
「アイスケージ」
硝子細工の様な氷が、そのまま落下した
下にある風の結界を押し潰そうとする
結界がどうにかそれを押し返そうとするが、然程時間が掛かる事もなく結界の方が弾け飛んだ
壊された結界に使われていた魔法の破片がこちらへと向かってきたが
再度氷の壁が三人を守る様に現れて完全にそれを防いだ
手を上げると、全ての氷に罅が入る
数秒してから硝子の割れる音が延々と鳴り響きながら四方八方に氷が飛び散った
予め狙っていたのか、飛び散った氷が魔物を何体か串刺しにした
「では、後はどうぞ」
後ろに居る二人に振り返って愛想良く笑ってみせた
「先生一人だけでやれるんじゃないすか・・・」
「結構疲れるんですよこれ、ですので後はお願いします」
そう言って二人の間を通り過ぎると、壁に身体を預けてのんびりとした様子になった
釈然としない様子でベインはそれを見つめていたが
フェインが言われた通り敵を攻撃しようと歩を進めたために、前を向いた

水の砲弾を作ると、無造作にそれを発射した
それに合わせる様にベインが風の魔法を使う
「おい」
「心配するなって」
風の魔法は、砲弾の周辺に一瞬だけ現れると
砲弾の進む速度が一気に倍になる
それが残っている僅かな敵に当たる頃には、風の魔力は完全に無くなっていた
「これなら、俺だって役に立つだろ?」
役に立てたのが嬉しいのか、ベインが白い牙を見せながら笑った
「下手したら足を引っ張るがな」
「・・・努力する」
着弾するまでに全ての風を取り払わなければ、それが逆に相手に吸収される事になり
フェインの魔法をよく見ていなけれは出来ない事だった
「ベイン君だから出来る事ですね」
後ろから、感心した様に呟いてゼルグが手を叩いていた



風の使者の周辺に居る魔物がまた一つ、壁まで飛ばされる
結界を張ろうとするのだが、その度に壁に寄り掛かっているゼルグが指を上げると
集まりかけていた風を完全に散らしてしまいとても結界を張れる状態ではなかった
フェインが炎の渦巻きを頃合を見計らって発動させる
その炎の中にはベインの炎も多少混じっており
炎は風の使者を飲み込む
長い戦いが漸く終わろうとしていた
渦の中心で、必死に炎を退けようと努力をしているのだが
それを許すはずもなくフェインは火力を最大級にまで上げる
魔力が尽きるまでその状態を維持させていた
数分して、魔力が尽きると渦巻きが徐々に小さくなりやがて消える
もう、其処には何も残っていなかった
「なんでなんも残ってねえんだ・・?」
それを見てベインは不思議そうに声を漏らす
「恐らく風が身体の大部分を司っていたのでしょう、あの姿も風で作られた様なものです」
ベインの風を易々と吸収したのが、その証拠の様で
風に風を放ったのだ、効くはずもなかった
「・・・一度戻りましょう、生徒達にも説明をする必要があります」
壁に寄り掛かっていた身体を起こすとゼルグが歩き始める
それを見て、フェインも後ろに続こうとした

広間に風が吹き荒れた
先程まで風の使者が居た場所に風が吹き、その姿がまた現れる
それでも其処から感じられる魔力は僅かな物だった
風の使者が、自らを風の刃に変える
それがフェインの背中に向けて物凄い速さで飛ばされた
「フェイン!!」
後ろに居たベインはそれに逸早く気付き叫んだ
フェインはその声を聞いて漸く何かが来ていると悟ったのか振り返る
目前に、刃はもう迫っていて
先を歩いていたゼルグも慌てて振り返った

刃と、フェインの間に何かが入り込んだ
入り込んだ何かは風の刃を受け止める
「・・・ベイン・・」
自分に背中を向けたベインが、自らの腕に風を集めて刃を受け止めていた
その身体が徐々に押されてフェインの居る方へと下がり始める
腕に、幾つも刃が入り血が噴出した
最初は押され気味だったベインだったが
身体にある魔力全てを腕のみに集中させると、一度叫んだ
そのまま両手で刃を掴むと無造作に引き裂いてしまう
最後に、あの風の使者の声が小さく聞こえると
打ち破られた刃から静かな風が辺りに広がって、風の使者は完全に消滅した
その腕には、今まで感じていた風の使者の魔力も多少なりとも感じていて
何時もよりも強い魔力をベインが有していた
「吸収した・・?」
ベインが振り返ると笑った
腕に出来た傷は、魔力が全て腕に集中しているのと傷が浅かったためか瞬時にして塞がっていた
「役に立ったろ?」
また一つ、ベインが笑ってみせた
「・・・・・そうだな」
自然と、そんな言葉が口から出ていた

風の使者を倒した事を、報告に向かう
指示を出していた者が消えた事により魔物は統率力を失ったのか
ほとんどは既に逃げ出していて、残りも生徒や教師に討伐されていた
集まる生徒の前でゼルグが説明をすると緊張感が解けたのか
大半から安堵の息が漏れていた
「それでは、私はこれから他の教師達に報告に行きますので」
報告せずとも大半は魔力を感じなくなった事に気付いているのだが
一応言葉でも伝えた方が良いと言って、ゼルグは立ち去る
「さて、俺達も帰るか・・」
魔力は余り残っておらず、フェインは今眠りたい気分だった
横に居るベインもそうではないかと思っていたのだが
風の使者の魔力を充分に吸収したのか、疲れた様子など微塵も見せていなかった
部屋に着くと、壊された扉を見て少し顔を掌で押さえる
「暫くでかい隙間風に晒されそうだ」
皮肉る様な言い方をして、フェインは寝床に入った
数分すると、ベインがフェインの入っている寝床へと梯子を登るが
数秒すると、叩き落されたのか激しい勢いで床へと落下した
「おやすみ」
声だけは酷く優しい響きだったのを、ぶつけた頭を押さえながら聞いた



翌日になると、グリスが部屋にゼルグが呼んでいる事を伝えに来た
自分の部屋は無事なのか、扉が無くなっているのを見て一瞬目を丸くしたが
他の部屋を見るとまだ大丈夫だと思ったのか真顔に戻る
「グリス、身体平気なのか?」
「先生のおかげで・・・」
麻痺になった原因も、治したのもゼルグだったために心中は複雑だった
グリスに連れられて、ゼルグの待つ部屋へと向かう
昨日の魔力を感じさせない様な温和な表情のゼルグが二人を迎えた
「昨日はご苦労様でした、そしてすみません・・・休暇を与えたのに、余り休暇になりませんでしたね」
申し訳無さそうにゼルグが頭を下げて謝る
それを見たベインも慌てて頭を下げた
次に顔を上げた時、ゼルグの顔には満面の笑みが浮かんでいた
「その代わりと言ってはなんですが、今日は出掛けましょうか」
そんな事を言われて、頭を下げていたベインも下げていなかったフェインも顔が固まった
唯一グリスだけは事前に話を聞いていたのか表情を変えずに笑っていた


空は晴れ渡っていて、何処までも青い空が見えた
時折雲が点々と流れており、それをベインは目で追っては顔を動かす
「・・・なんで、こんな所に」
岩に座っているベインに背中を預けてフェインは不機嫌そうに呟く
あの後、ゼルグの提案で近くの丘に行く事になった
乗り気でなかったフェインはどうにか逃げ出そうとしたのだが
逃げ出す前にベインに捕まり、今の状態に陥っていた
「だから、ピクニックだろ」
そう言われて、ベインに預ける体重を増やした
「いい天気じゃないですかフェイン君」
地面に腰を下ろしたゼルグがフェインに微笑む
その横でグリスは持ってきた大きな鞄から何かを取り出していた
「学園が大変な時にどうしてこうなるんですか」
「大変だからこそです、補修工事をお願いしたので私達は厄介払いって事ですね」
グリスから茶を手渡されてそれを啜る
「あとは、グリスのご機嫌取りです」
隠すつもりも無いのか堂々とそんな事を言った
当のグリスは、こうして外に揃って出ていられるのが嬉しいのか
ご機嫌な様子で様々な物を手に取っていた
「フェイン先輩、食べますか?」
「いらん、こいつにやれ」
空を相変わらず見上げているベインを肘で小突く
少し体勢を崩したベインにグリスが手作りの弁当を手渡した
それを一口食べてベインが笑う
更に大きく背中を預けて、今度はフェインが空を見上げていた
随分平和な時間だと考えながら瞳を閉じた

のんびりとした時間が流れる中
グリスは立ち上がって、三人とは距離を取った
その様子を見ているのはゼルグだけで
少し歩いた所で振り返ったグリスはゼルグに手を振った
見過ごすはずもなくそれを見てゼルグが近づく
「どういうつもりなんですか?」
遠くの二人には聞こえない様に小声で話される
「どういうつもりとは?」
「此処に来た理由です」
「それは先程述べたはずですが」
他に理由などあるわけ無いと言った顔をゼルグがしていた
それを疑いの眼差しで見つめる
「ご機嫌取り・・は喜んで受けますけど、厄介払いというのは無いんじゃないですか?
学園があんな状態だと生徒の力が必要な所も多いはずです」
荷物運び程度や、今回で被害を受けた分何かしら任務を受けてそれを工事費に当てたりと
少なくとも今遠くに居る二人は後者の面でかなり役に立つはずだった
「確かにあの二人なら命じれば直ぐにでも報酬のある外の任務を任せられますが・・」
教師側の何人かはフェイン達の存在を既に認めていて
時々その事について話し掛けられる程だった
「今は休ませてあげたいんですよ、ほんの少しでも・・・いけませんか?」
グリスが凍り付いた
その時に見たゼルグの表情は、まるで懇願する様な切ない色を滲ませていて
ゼルグのこんな表情を見たのが初めてだったグリスは
それきり、言葉を失った
「だから、せめて帰るまではあの二人に楽しんでもらいましょう」
次にはまた何時も見ている笑い顔になっていて
どうにかそれに頷くと、ゼルグは振り返って二人の元へと戻っていった
どうも釈然としない様子でグリスはその姿を見つめていた



岩に座っている二人の元にゼルグが近づく
フェインが先程よりも更にベインに体重を預けているために
今にもベインが倒れそうな勢いだったが
それにどうにか耐えながらグリスの弁当を食べていた
「楽しんでいただけていますか?」
声が聞こえて、閉じていた瞳をフェインが開く
先程までこの教師とグリスが少し遠くに行っていたのは何となく分かっていたが
特に変わった様子も無かったためにそれについては聞かない事にした
「はい、そこそこ」
不機嫌そうに言いながら、また寄り掛かる
ベインも一度立ち上がれば楽になるのは分かっているのだろうが
そうするとフェインが地面に背中から落ちるために決して動こうとはしなかった
「ベイン君は?」
問い掛けて、ベインが顔を上げるが
口の中一杯に弁当の中身を頬張っているために、頷くだけに返事を止めていた
「それはよかった、帰ったらまた色々と忙しくなるでしょうし充分に楽しんでください」
一度微笑んでからゼルグが傍の地面に座ると、残しておいた茶をまた飲み始める
その頃になって漸くグリスが戻ってくるのだが、ゼルグの顔を見て何かを考える仕草をしていた
「どうした?」
「・・・なんでも・・」
背中を向けると荷物を漁り始める
取り出した茶をベインへと届けて、グリスも空を見上げていた
真上に昇った太陽が落ちるのは、まだ大分先になりそうだった


帰りの道を四人が歩く
然程食べた訳でもない三人は平気な様子だったが
グリスの弁当を散々食べたベインは苦しそうに歩いていた
「考えて食べろよ」
「う、美味かったんだから仕方ないだろ・・・」
その言葉を聞いて照れた様にグリスが笑った
「フェインもあれだけ上手ければなー・・」
言った途端、無言のままフェインがベインの腹を軽く殴った
鈍い悲鳴と共にベインの足取りが危うくなる
「・・・・下手とは言ってないぞ」
アルマとディオの家に居る時、フェインの気紛れで一度料理をしたのだが
それを一口食べたフェインは納得出来ない様な顔をしていた
ベインは、フェインの作った物なら何でも良いという風に全て食べていた
「いや、上手く作れない自分に苛立ってな」
「ならなんで俺殴るんだよ!」
「何となく」
即答する辺り、最初から殴るつもりだったのだろうと必死にフェインに訴える
「また今度、作ってやる」
そう言ってフェインが足を速める
慌ててベインはその顔を見ようとするのだが、既に見る事は敵わなかった
先を歩いていたゼルグの事もフェインは追い越すのだが
追い越す瞬間ゼルグはその顔をしっかりと見たのか
途端に笑い出してしまい、必死にそれを堪えている様だった
「先生、どんな顔してたんだ?」
吐き気を懸命に抑えているため走り出す事も出来ないベインが問い掛ける
歩く速度を遅めて横にゼルグがやってくる
「・・期待しておくといいみたいですよ」
それだけを言うとまた速度を速めてしまう
横に居るグリスと、ベインが顔を見合わせた



学園に戻ると入口でとりあえず解散になる
「機会があればまた行きましょう」
ゼルグが手を振って自分の部屋へと戻ってゆく
結局、一番楽しんでいたのはゼルグだった様な気がした
途中まで一緒に歩くとグリスも自分の部屋へと帰りだす
持っていた鞄が大分小さくなっており、その大半はベインの胃袋に入っていた
部屋に戻ると、扉の無い部屋の中から誰かの気配を感じた
「なんだ・・?」
それを見たフェインが駆け寄った
相変わらず苦しそうな様子のベインは駆け出す事なく、その様子を見て静かに歩いていた
「げっ、フェイン・・・」
中に居たのは数名の生徒で、フェインの顔を見るとしまったという様な顔をしていた
何時も静かなフェインは他の生徒と話す事も少なく、この生徒達もそうなのだろう
「何してるんだ人の部屋で」
許可も無く部屋に入っている生徒達をフェインが睨む
「悪い、帰ってきてから言おうとしたんだけど居ないから・・」
「だから、何してるんだ」
何処か言い難い様子の生徒だったが、ある場所に指先を向けた
その場所の扉が開かれるとすっきりとした様子の他の生徒が出てくる
身体は全体的に濡れていて、開かれた扉から湯気も出ていた
扉の中は風呂場になっているとそれを見てぼんやりと思った
「俺達の部屋壊されててさ、風呂も入れないんだわ・・・先生に相談したら使えるところ貸してもらえって」
扉の壊された二人の部屋は好都合だったのだろう、鍵が掛かっていないのだから
無言のまま生徒達をフェインが見つめる
今出てきた生徒もフェインの存在に気付くと驚いてフェインを見つめていた
「その・・・フェイン・・・・・」
無断で使ったのは事実であった事から、生徒達はフェインの威圧する様な視線に怯んでいた

「・・好きにしろ」
「え?・・あ、ああ・・・ありがとよ」
それだけ言うと、フェインはさっさと梯子を登り姿を消してしまう
遅れてきたベインは、生徒が集まっている事に多少驚いたが
満腹のためか気にせず自分の寝床に入ろうとした
「お、おいベイン!」
先程フェインと話していた生徒がベインにも声を掛ける
ベインは他の生徒と話す事も多く、この生徒とも面識があった
「悪い、風呂借りてる・・それと、あいつ怖くないか?」
上に居るフェインに聞こえない様に話しながら、寝ているフェインに視線を送る
「そうだな・・・可愛いぞ」
「か、可愛いだぁ!?」
「ああ、可愛いぞ」
微笑んで、ベインが寝床に入ろうとする
その頭に、聞こえたのか上から荷物の一つが投げ付けられ鈍い音を立てた
痛めた所を押さえて涙目になりながらも、ベインも布団に入り眠り始めた
「・・・あれで可愛いのか・・」
呟いた瞬間、上段のベインから恐ろしい程の魔力を感じて
既に風呂に入った生徒も、入らなかった生徒も慌てて部屋から飛び出していった
部屋に静けさが戻ってからフェインは漸く眠り始めた
「・・可愛いだろ」
その様子を見守っていたベインは、意地悪そうな笑みを浮かべていた
上から、寝床を肘で打つ音が聞こえた

天井から、ひとつ雫が落ちた
落ちた雫は水面に波紋を作る
それを、ベインは静かに見つめていた
「やっぱいいよなぁ風呂は」
此処数日は他の生徒が風呂を借りる必要があったために
こうしてのんびりと湯に入るのは随分と久しぶりだった
少し寒い浴室で冷えた身体が湯に包まれて
それだけで酷く安心出来た
目を瞑ると、此処までの苦労の一つ一つが浮かんでくる
生徒が風呂を借りる度にフェインは機嫌を悪くして
その度にベインが宥めていた
それが逆にフェインの逆鱗に触れたのか、何時もよりも強い力で殴られていた気もする
中には腰にタオルを巻き付けただけで出てくる生徒も居て
自分はそれを見て僅かに興奮していたが、それよりもその生徒を見てフェインが更に機嫌を悪くするために
二人以外居なくなった部屋でただただ怒りを受け止めていた
借りに来た生徒にそれが及ばなかったのがせめてもの救いだったが
「痛ぇなぁ・・・」
昨日殴られた所に湯が沁みていた
「すぐ手が出るんだからよ、フェインは」
本人が居ないのをいい事に、珍しく悪口を言っていた
「大体その気になりゃあ俺だってな・・」
途中からは湯の中に口を沈めて、泡を立てて発音していた
腕を掲げた
体毛が湯を充分に吸い込んだために、はっきりと逞しい腕の様子が見て取れる
そのまま視線を下に降ろすと厚い胸板があり
それを見るために少し身体を湯から出す
身体から水滴が落ちて、幾つも波紋を作り出していた
水の動く音が浴室に響き渡る
顔からも雫が落ちた
落ちた雫は、胸を伝って腹に流れさらに下に流れる
それも見ようと、もう少し身体を持ち上げようとした

浴室の扉が開かれた
慌ててベインは湯の中に身を沈める
勢い良く沈めたために、湯が大量に浴槽から流れ出ていた
「・・・何してるんだお前は、無駄遣いか」
斜め後ろから声が聞こえてベインは振り返る
「お、おまえこそなんだよ!覗きか!変態!」
途端にこちらに向けて炎が出されて、ベインが固まる
「そんなに釜茹で気分を味わいたいのか?」
無言で首を何度も横に振った
湯は大分外に出てしまい、胸までが湯から出ている状態で
そんなベインの事を興味無さそうにフェインが見つめていた
「・・・ゼルグ先生が呼んでる、もう少ししたら行くぞ」
用件はそれだけなのか、それで扉を閉めてしまう
取り残されたベインは若干の寒さを感じたのか
今までより深く湯に身体を沈めて、何かを考えていた



風呂から上がったベインが服を着て部屋に戻る
「親父臭いなおまえは」
首回りにタオルを巻いたベインを見てフェインが冷ややかな感想を述べた
「もう少し待ったら先生の所に行くからそれまでに身体乾かしとけよ」
今はもう部屋の扉は直されていて、フェインの不機嫌も随分治まってきていた
それでも一つ一つの小言がベインの胸に突き刺さるのか
フェインとは正反対にベインは複雑な顔をしていて
フェインが自分に背中を向けているのを確認してから、その肩を力任せに掴んで引き寄せた
突然身体を引かれて身動きの出来ないフェインを壁に押し付ける
「・・何だよ」
こんな状態になっても冷静さを失わずに静かにベインを見据える
「・・俺の覚えてろよが爆発した」
「は?」
言っている意味が分からずフェインが目を丸くするが
お構いなしにベインは服に手を掛ける
「・・・・やめろ!!」
伸ばされた手を乱暴に払い除けた
次には、無理矢理顎を掴まれて口付けされると口内に舌を進入させられる
貪る様に口の中で暫くベインが暴れていた
風呂から上がったばかりで体温の高いベインが身体を密着させていて
蒸し暑い空気に辺りが包まれる
フェインの見えない所で再度手を伸ばすと
腹の辺りから潜り込ませた腕を身体中に這わせる
其処まできて今更の様に危機感を感じたのかフェインが暴れ始めた
どうにか声を上げるが、止まるはずもなく
今の今まで修理されていた扉を見て嬉しいと思っていた気持ちが
今はそれが原因で外に声も届き難い事を知ると急に消え始める
相変わらず口内ではその舌が歯列をなぞっていてくすぐったい様な感触を受ける
漸く舌が引き抜かれると、間に唾液の糸が伝っていて
それ以外にも口から漏れた液が口元を濡らしていた
「なんのつもりだ・・・」
服の中に潜り込んでいた腕も掴むと力を強めて外へと出す
「・・言っただろ、あとで覚えてろよって」
少し緊張した面持ちで、ベインがそう言った


壁に押し付けられながら、フェインは考えていた
どうにかして今のこの状況を打破する方法を
下手に魔法を使えば狭い部屋で自分も巻き込む事になるし
第一それで誰かが駆けつけた場合、今の状態を見られては
ベインが動けなくなるまで自分が暴走する事も目に見えたために下手に動く事が出来なかった
「・・べ、ベイン、先生が呼んでるから早く・・・」
「そんなの後でいいだろ、大体フェインがもう少し待つって言ったんだろ」
言いながら、ベインが首筋を舐めた
それが段々と上がりもう一度口付けをしてから耳にまで及ぶ
その瞬間に身体全体に痺れる様な感覚が襲い、フェインが内心驚いた
「気持ちいいのか?」
微妙な変化を感じ取ったのかベインが何時もと違う笑い方をする
何故だか、それを見て少し安心した気分に囚われた
表情を見られたくなくてフェインが俯く
その表情を見るために、ベインが屈んだ
屈んだ先にはフェインの下肢に纏う服があり
一度息を呑んでから、それに手を伸ばした

手を伸ばした瞬間、素早くフェインが動く
服を脱がそうと掛けられた手を振り払うと有りっ丈の力を籠めて目の前のベインを蹴飛ばした
吹き飛んだベインが慌てて起き上がろうとするが、それよりも先にその身体に馬乗りになる
喉元に、指を当てた
「・・・降参」
指先に軽く魔力を籠めていたのを感じ取ったベインが、自分からそう言った
フェインが上から退くと、背を向けて乱れた服を直す
「・・乾かしたら行くぞ」
その背中にベインが抱き付いた
声を荒げ様とフェインが腕を上げかけた
「もう少し・・・これも駄目なのか?」
耳元で囁かれて、暫く考えてから振り上げた腕を下ろした
抱き締めているベインはそれだけでも嬉しいのかご機嫌な様子で腕を回していて
自分の顔を見られていないのが唯一の救いだと、フェインは思った



「で、何でこうなる」
抱き締めていたベインも、自分の体勢も変わってはいなかったが
辺りの景色だけが変わっていた
立っているのは土の上で、周辺も土だけが存在していた
「任務だろ、任務!」
「少し前にこれと同じ様な事があったような・・」
ゼルグに連れられて丘に行った事を思い出していた
「気にすんなって!それに結構重大な任務なんだぞ」
受けたのは、日照り続きで水の枯れた村を救う任務で
確かに此処に住む人にとっては死活問題だった
「川の水が干上がったんだよな」
「井戸の水もだってよ・・・大変だよな」
真上には今も燦々と太陽が輝いていて
身体が大量の汗を掻いていた
視線を下に向けると、巻きつく様なベインの腕がまだしっかりとあった
「・・・・・・外で抱きつくな!!」
後ろに居るベインを、フェインが殴った

殴られて土に顔を埋めているベインの横でフェインが考える
「これをどうにかしろって言ってもな・・・」
「・・・・魔法で井戸の水いっぱいにするってのは駄目か?」
痛みが大分引いたのか、槌で汚れた顔をベインが上げた
「お前は此処に永住する気か、そんなんじゃすぐ枯れるだろ」
例え溢れる程にしたとしても、数日で干上がってしまうのだろう
それをしたところで村を救った事にはならなかった
「永住か・・悪くないな・・・・」
何か別の事を考えたのか、ベインが夢見心地で語っていた
「・・・一人で暮らせよ」
既に聞こえないのだろうが、フェインがそう言った
傍で夢見心地のベインを放ってフェインは腕を組んだ
「井戸も干上がったのか・・」
つまり、井戸の下にあった水脈が枯れたということで
「・・新しい水脈でも探せばいいのか?」
言葉にしてみたが、簡単なことではないだろうと頭の中で別の自分が囁いた
「水脈?水脈ってどこにあるんだ?」
水脈と聞いたベインが、子供の様に瞳を輝かせて詰め寄る
説明するのも面倒なフェインは地面を指差した
「何処に水脈があるかだな、問題は」
言いながら、フェインは歩き出す
一面は干上がった土地で、早くしなければ本当にこの村の住民は避難を余儀無くされるだろう
辺りを見渡していたのだが、その背中に強い魔力を感じて振り返る
ベインが腕を掲げて風を集めていた
特に止める様子も無くそれを見守っていたのだが
ベインが地面に向けて大量の風を放つ
一瞬にして風は地下深くまで進んで行った
「ベイン、それはいくらなんでも無謀過ぎるだろう」
この広い場所で水脈を見つけるのは容易い事ではなかった
第一、水脈があるとも限らないのだ
それでもベインは他の場所にも幾つか魔法を放っていた
言っても無駄だろうと、退屈そうにそれを見ていたのだが
幾つかの穴を見つめていたベインの動きが止まる
「・・・どうした?」
地面から音が聞こえた
次には、ベインが覗いていた穴から勢い良く水が噴出す
「うおお!?」
顔に水が掛かって数秒してから、ベインが離れて悲鳴を上げた
噴出した水は宙で舞うと辺りに降り注ぐ
太陽の光と合わさって、少し小さい虹が出来た
「フェイン、やったぞ!!」
「・・・運がいいな、お前は」
強運振りにフェインは呆れた様に言葉を呟いた
水は未だ止め処なく溢れていて、遠くからそれを見ていた村人の何人かが指を差して歓声を上げていた
「大当たりだな」
村人の素直に喜ぶ様子を見たフェインが薄く笑う
顔から雫を飛ばしながらベインも笑っていたのだが
その顔に、影が覆った
「んがぁっ!?」
水の勢いで天高く昇っていたのか、一つの石の板の様な物がその顔面に直撃した
余程痛いのか、数歩下がるとベインは仰向けに倒れてしまう
「・・・大当たりだな」
呆れながら、フェインがそう言った


気絶していたベインを引き摺って、木陰に避難していた
水は暫くすると止み、少しずつ流れていて
然程待たない内に小さな川となっていた
数ヶ月振りの水に村人は喜んでいるのか、大勢が川に近づいていて
それを見ながらフェインはのんびりとしていた
「・・・ん・・」
ベインが目を覚ましたのか、起き上がる
「川は・・?」
鼻を擦りながらもどうにかそれだけを問い掛けた
それを聞いて、川のある方へと指を差す
村人達が集まっているのを見たのか、ベインが笑った
「ていうか何なんだよいきなり人の顔に降ってきやがって・・・」
「これだ」
横に置いていた物をフェインが取り出して見せる
「・・・石版?」
丁度顔を覆うくらいの大きさで、何かが書かれていたが
ベインにはそれを読む事は不可能だった
「学園に戻らないと何とも言えないな」
「貰ってきていいのか?」
「水を出してくれたお礼だとさ、依頼の報酬とは別のな」
学園の外からの依頼だったため、戻って少しすれば報酬が学園側に入るだろう
尤も人命の懸かっていた非常事態の任務であったため、報酬は然程期待出来る額ではないのだが
それでもこれを受けたベインは放っておけなかったのだろう
もう一度小さな川を見て、口元に笑みを浮かべでいた
「帰るぞ、何時までも此処に居ても仕方が無い」
立ち上がり石版を持ったフェインが歩き出す
村人を見つめながら、ベインはゆっくりと立ち上がって同じ様に歩き始めた


学園の入口に立った
「少しは直ってきたみたいだな」
魔物によって破壊されていた箇所を見つめる
ほとんどの部分は前の状態に戻っていて、魔物が襲ったとは思えない程だった
その傍では、数名の生徒が集まっていて
掌に魔法の光を発生させていた
「こんなところで修行か」
「まだ全部の部屋直ってないみたいだしな、仕方ねぇだろ」
それを横目に、学園に入る
「俺も強くならねえとな・・」
言葉に、フェインが歩みを止めた
振り返るとベインの顔を見る
「お前が?どういう心境の変化だ」
普段からベインは強くなるという事に関心が無いのは、一年は共に暮らして知っているフェインは
この言葉に怪訝そうな顔をする
「この間のさ、俺・・駄目だったからな」
風の使者との戦いの事を言っているのか、ベインが少し俯いた
ベインの持っている風では、風の属性の使者には意味が無かったからで
その事をずっと考えていたのだろう
「だからさ、俺役に立ちたくて・・・」
苦笑いをベインがした
何故かその顔を直視出来なくなる
「役に立っただろお前は、最後に」
自らを風の刃に変えてフェインに襲い掛かった風の使者を、ベインは止めたのだ
それだけで充分だとフェインは思っていた
「お前が決めたのなら構わないが・・・無理はするなよ」
フェインが歩く事を再開した
「・・おう」
他人には甘いのだと、意外そうにその背中を見つめていた

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