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4.来襲

眠い目を擦って、ベインは目を覚ました
外から鳥の鳴き声が聞こえて、目覚めは酷く良かった
ベットに居るであろうフェインに視線を送るが、既にその姿は無く
ゆっくりと起き上がると大欠伸を一つしてから立ち上がる
昨日は暗くて見えなかった部屋を見渡した
学園の寮にある物と、置いてある物は然程変わらず
フェインが居なくなっても余り手を加えていない事が分かった
それでも掃除だけはしているのか、埃一つ無い部屋だった
簡素な造りの机の上に写真立てを見つけて、それを見つめる
写真には今より大分小さいフェインの姿と、大分若いフェインの両親が居た
写真のフェインの顔は笑っていて、宝物を見つけた様な気分になる
「何人の物勝手に見てるんだお前は」
次の瞬間には後頭部に中々強い痛みを感じて振り向く
握り拳を作ったままのフェインが、写真の面影を残さない無愛想な顔をしていた

「あ・・おはよう」
「・・・おはよ、朝飯できたってよ」
どうやら、朝食が出来たからまだ寝ているベインの事を起こしに来たらしい
丁度写真を見ていたベインを見つけて思わず手が出てしまった様で
「勝手に見るなよ」
そう言って、写真立てを倒して見えなくしてしまう
「せっかくフェインの家に来たのに・・」
「またストーカーだと紹介されたいのか?」
「それは・・・少し困る」
「少しかよ」
軽く鳩尾に向けて肘打ちを喰らわせる
それに合わせる様にわざとらしく痛がる素振りをする
「ほら、早く行かないと母さんが来る」
それでふざけていたベインも元に戻ると部屋から廊下に出る
扉を閉める直前に見た部屋は、倒れた写真立てに目が行ってしまい
それが何処か寂しさを伝えていた


廊下を歩いて、フェインの両親が待つ昨日の部屋へと向かった
部屋に着いて椅子に座れば、目の前には昨日の料理とはまた違った豪勢な料理が置かれていた
「朝はさっぱりしたものがいいわね」
別の料理を作りながら、ディオがそう言った
向かい側には昨日寝ていたのと余り変わりない様子でアルマが机に突っ伏していた
「・・大丈夫ですか?」
そのアルマから呻き声が聞こえて、ベインが心配する
「平気よ、ただの二日酔い・・・あれだけ飲めばね」
出来立ての料理を置いてからアルマを見つめる
「あなた、ベインさんも来ましたよ」
「・・・う・・・・・そうか」
客人のベインに失礼の無い様にとアルマが起き上がろうとする
「いいですって、そのままで・・・」
一瞬見えたその表情は本当に辛そうな顔をしていて
自分のせいではないのだが、申し訳無い気分になってしまう
心配そうにアルマの事を見つめていたのだが
何時の間にかその隣に、フェインが立っているのに気付く
アルマの様子を暫く見ていたフェインは軽く溜め息を吐くと
掌をアルマに向けて魔法を唱え始める
一瞬だけ掌から光が溢れたかと思うと、それでフェインはベインの隣に座り食事を取り始める
少しすると、呻き声が徐々に小さくなり次第に聞こえなくなる
その次には顔を上げると、初めて会った時の様な顔に戻っていた
「父さん、暫く酒禁止」
朝食を頬張りながらフェインがはっきりと言いつける
それで、アルマが俯く
「す、すまん・・・」
「フェインったら、そんな魔法も使えるのね・・・・私も覚えようかしら?」
俯くアルマを慰めながら、ディオが感心したのかフェインを見つめる
「それに魔法が使えたら夫婦喧嘩の時にも便利よね」
「や、やめろ!」
勢い良くアルマが顔を上げると、ディオの腕を掴み首を横に振る
「ははは・・・夫婦喧嘩か」
ついこの間フェインに丸焼きにされた光景が浮かんで来て、ベインは少しも笑えなかった


朝食を終えると、一度二人は部屋に戻る
結局朝食をしっかり食べられたのはフェインとディオだけで
ベインは丸焼きにされた光景を思い出し食欲が引いてしまい
アルマはひたすら魔法を覚えるのはやめてくれとディオに頼み込んでいた
途中、ディオが分かったからと食べる様に促したのだが
それでもアルマは引かず、結局フェインが食べ終わるまでその状態が続いた
恐らく今頃はディオに諭されて少しずつ食べているのだろう
フェインが席を立つと同時に、ベインは慌てて口に料理を運んだので
空腹ではなかったが、料理を満足に味わえなかった事を少しだけ後悔していた
部屋に入るとフェインはベットに腰掛けて、ベインは片付けていないままだった布団に座る
最初は無言のままにフェインの事をベインは見ていたのだが
フェインが目線を自分に向けていないのを確認すると静かに移動して机の写真立てに手を伸ばす
あと少しというところで、その手の僅か上を弾丸の様な火の粉が通った
それで完全にベインの動きは止まってしまう
「・・・火事になるぞ」
「平気だ、すぐに消せる」
フェインの方に再度目を向ければ、既に自分に向かって狙いを定めていて
結局写真立てを起こすのを諦める事になる
「いいじゃねえかよ、見るくらい」
手を引いてからそう抗議する
写真立てに触れられていなければ問題無いのか、掌にある火の粉をフェインが吹き消していた
返事をする事なく、フェインは荷物を漁り始める
「何してるんだ・・・?」
「準備だ、準備」
「何の準備だよ」
「・・聞いてなかったのか?昨日」
昨日と言われて、ベインは暫し考える
アルマと宴会の様な事をした光景だけが頭に浮かんできていた
結局首を横に振る事にする
「まあ、行けば分かる」
準備が済んだのか、フェインの手には本が握られていていて
やはり何をするか見当がつかなかったが、部屋から出ようとしたフェインの後ろに付いた



晴れた日だった
昨日まではまだ厳しい陽射しとまでは言い難かったのだが
今は、そう言っても差し支えない程太陽は輝いていて
自分の腕や、顔面から首元に至るまでの露出した部分を明るく照らしているのだとベインは思った
「・・何で俺がこんな事しなきゃならねえんだ・・・・・」
足元には、自分の半分埋まった足と土があった
手には、畑を耕す所謂鍬があった
後ろには、少し遠くに日陰で椅子に座りながら本を読むフェインの姿があった
「おいフェイン!聞いてないぞ!?」
そのフェインに向けて大声を上げた
相変わらず自分の声が聞こえていないかの様な反応をされて、ベインはその姿を睨む
「まあまあベイン君、せっかく来たんだから」
横には、自分と同じ様に鍬を持ったアルマが居て
二人のやり取りを苦笑しながら見守っていた
アルマに諭される様に言われると、仕方なくベインは畑を耕し始める
最初は横に居るアルマの動きを見てそれと同じ様に作業をしていたのだが
フェインの方を振り返ると、ディオと何やら楽しそうに話しているのを見て納得出来ない思いが込み上げる
気付いたら、フェインに向かって走り出していた


走り出したベインを見ても特に驚く様子も無くフェインは相変わらずディオと話していて
手には、先程まで持っていた本が開かれていた
全力で走ってきたベインはフェインの前に着くと少しの間息を整える
顔を上げて目を合わせると、フェインはディオに少し待つ様に言い離れた場所へとベインを誘導した
「何だ」
「だから、何で俺がこんな事しなきゃ・・」
「何か文句があるのか?」
「おおありだ!」
怒鳴っている様に見えるが、後ろのディオに聞こえない様に二人共小声で話していた
「じゃあ聞くが、お前はまさかあれだけただ飯食らっておいて何もせず帰るつもりじゃないだろうな」
囁く様に言われてベインの動きが止まる
「それともただ飯喰らいのストーカーにでもなりたいのか?」
フェインの言葉が、重く圧し掛かった
「俺はそれでもいいんだが・・・」
涼しい顔をして、閉じていた本をまたフェインが見る
「だ、だからって何で俺だけなんだよ、お前もやれよ!」
「俺はほら、これ」
持っている本をベインに見せる
本は魔法に関する簡単な本で
後ろに居るディオを見れば、向かい合わせた手から小さな光が出ていた
「な、暇じゃないだろ」
ディオに魔法を教えている最中で暇じゃないと、相変わらず涼しい顔をしたまま言う
「・・後で覚えてろよ・・・・・」
「はいはい、お前が覚えてられたらな」
ベインの怒りを軽く受け流しながらディオの元へと戻る
ベインは、まだ何か文句を言っていたが渋々アルマの元へと戻っていった


アルマの横まで戻ると、不機嫌なままで畑を耕す
「ベイン君、そう怒らずに」
アルマにそう言われて、ベインの力が弱まった
「あの子もいい所があるから、怒らないでくれよ」
「・・分かってます」
分かっていなければ、自分がこの場に居る訳が無かった
それでも物の言い方には何時も納得出来ない様な思いを抱いていて
ひとつひとつを思い出して、溜め息を吐いた
「・・・私は、ベイン君が羨ましいなあ」
そんな事をアルマが言った
突然言われて、ベインは不思議そうにアルマを見つめる
「今フェインは君と一緒に居る、私がそれが羨ましいな・・成長していく様を一番近くで見れるのだろう?」
確かに自分は何時もフェインの横に居る事が多い
というよりは、自分がそれを望み無理矢理にでも一緒に居るのだ
「私が知っているフェインは家を出る前までだった、其処からは何も知ってはいない
たまに手紙は来ていたが、やはり実際に会わないと何も分からないだろうね」
耕す手を互いに止めて、話をしていた
「だからきっと、今のフェインを一番知っているのは君なんだろう」
アルマが笑った、フェインと少し重なって見えた気がした
「私と、ディオが見れるのはこの種が育っていくところだけだ」
耕すのが終わったら植えるつもりだったのか、取り出した小さな種を見せられる
「だから、私は君がとても羨ましい・・君にとっては迷惑な話かな?」
羨ましい気持ちもあるが、まるで馬車馬の様に扱き使われているとも時には思えて
何もいい事だけではないのだろうとアルマがまた苦笑いをした
「急ごう、じゃないとまたフェインが何か言ってきてしまうんだろう?」
それでアルマが耕す手を再開した
ベインは、暫くアルマの事を見ていたが
何か考えが纏まったのか、同じ様に畑を耕し始めた

畑を耕すのが終わると、漸く二人は家に戻り始めた
長い間作業をしていたがアルマは疲れた様子を見せず元気な状態だった
老化の予防になるだろうと、鍬を担いで微笑んでいた
言われた通りフェインの父親とは思えない程しっかりとした体躯を持っていて
それをぼんやりとベインが見つめていた
「なんだ、あっちの方がいいのか」
耳元で囁かれる様に言われて、ベインは驚く
「ち、違う!断じて違う俺はフェイン一筋だ!」
「叫ぶな!」
持っていた本で、首筋を強打される
眩暈がしたがどうにか耐えると涙目でフェインを見つめた
「・・何だよ」
ベインが訝しげに自分を見ていた
アルマの言葉を思い出す、今のフェインを一番知っているのは自分だと
そう思うと、今の状態も悪くないと思えた
「気持ち悪いな」
次の瞬間には、そんな事を言われてやっぱり落ち込むのだが
「もっと労いの言葉をだな・・・」
「よくやったストーカー」
「もういい・・」
言葉に期待するのは諦める事にした


夕食を四人揃って食べる
すっかり打ち解けているベインは、もう家族の様なもので
相変わらずアルマとあれこれ話し込んでいた
出されている料理に使われている物の説明をディオがした
「幾つかは、あの畑で出来た物なんですよ」
今日耕した畑に植えられる種も、成長して何時か此処に並ぶのだと思うと
何となくベインは嬉しい気持ちになった

就寝の準備を済ませると、アルマとディオに挨拶をして二人は部屋へ戻った
「寝るぞ、明日には学園に帰る必要がある」
フェインはさっさと布団に入ると、寝る体勢になる
少しその様子を見ていたのだが、ベインはそれに覆い被さる様にしてベットへと倒れた
「おい、お前の寝る所は其処だぞ」
間近にある顔を見て、それでもフェインは動じる事無く冷静に言った
「いや、お前の成長ぶりを俺が見とこうと思ってよ」
「何言ってるんだお前は!?」
言っている意味が分からずフェインが抵抗するが
圧し掛かられていて上手く抵抗出来ずにいた
「大きくなったなーフェインは」
抱き締めながらふざけた様にベインが言う
吹き飛ばしてやりたい気分だったが、それをすればアルマやディオが来てしまいそうだった
こんなところを二人に見られたら、家に帰る事がこれから出来なくなると思う
「放せ、ベイン」
「もう少し・・・」
何かされるのかとフェインは注意深くその様子を見守っていたのだが
ベインが自分の身体を抱き締めたまま動かなくなっているのに漸く気付く
耳を澄ませば、小さな寝息が聞こえた
「疲れた・・か」
確かに一日中働いていた様なもので、アルマも今はよく寝ているのだろう
無理をさせすぎたのだろうかという思いが頭を駆け巡った
どうにか動かすことの出来る腕を懸命に動かすと
ベインの頭を少し撫でてからフェインも寝る事にする
今は、この重さに文句は言わないでおこうと決めた

撫でられている夢を見ている
ベインの頭の中は、今それで一杯だった
撫でているのは恐らくフェインなのだと、勝手に決め付けては幸せな気分に浸っていた
「もっと・・」
声に出していたのかはよく分からなかったが
少なくとも夢の中の自分はそれを呟いていた
呟くと同時に撫でる強さや、動きが変わって
それでまたひとつ嬉しさが増していた
もう、夢でも現実でも構わないとベインは思った


相変わらず自分の上に乗ったまま暢気に寝ているベインを、フェインは気だるそうに見つめていた
「重いんだよ・・・」
更には、暑苦しくも感じていて寝心地はそれ程いいものとは言えなかった
それでも無下に出来ないのは、心の何処かで
やはりベインに対する申し訳無い気持ちか何かでもあるのかと考える
ベインは自分に対してもう随分と長い間言い寄ったりしてきているが
自分がそれに応える事などほとんど無く、何時もベインだけが張り切っていた気もする
そういうベインに対して、何かしら申し訳無く思っているのではないかと考えるが
どうもはっきりとした答えは浮かんでこなかった
出来るのは、暇潰しも兼ねたこの暢気な顔をした相手の頭を撫でる事くらいで
たまにならばこんな時間も悪くないとフェインが思い始めた頃だった
部屋の扉が開かれる
「フェイン?もう起きているの?確か今日戻る日だったわよね・・朝ご飯出来ているから食べなさい」
丁度ディオが起こしに来たところで、横になっているフェインに視線を送る
「・・・ベイン起こしてから行く」
「私もこれからあの人を起こさなきゃ、昨日は二人とも頑張ったものね」
小さい含み笑いをしながらディオは扉を閉める
「・・バレてないよな」
寝床の上に居るのはフェイン一人で
直ぐ横の床に、ベインは移動していた
というよりは、扉が開かれる直前にそれを察知したフェインが蹴落としたのだった
落とされたベインはかなりの痛みを感じたのだろうが
余程楽しい夢を見ているのか、フェインがそれを見下ろしても幸せそうに眠っていた

幸せそうに寝息を立てているベインを無理矢理起こすと、朝食を食べに向かう
ベインは無理に起こされたためか多少不機嫌だったが
フェインの顔を見ると寝ていた時の様にまた幸せそうな顔になっていた
何の夢を見ていたのかは、あえて聞かないでおいた
「なんか首が痛ぇんだけど・・寝違えたかな」
首を押さえてベインが呟く
起きた時、自分が床に移動していたのを見て
寝相が悪く転げ落ちたのだと思い込んだのはフェインには好都合だった
「フェイン、何か知らないか?」
「知るか」
「そうだよな・・」
少しも疑わないベインの反応を見て、また少し申し訳無い気持ちにフェインはなる
「まあ、いい夢も見れたし我慢するか」
余程夢の内容が気に入ったのか、そう言ってベインは大きく伸びをしていて
気楽に構えていられるベインが羨ましいと思った



「フェイン、もう帰るのか?」
食事の最中にアルマが口を開いた
結局この家に居たのは二日程度で、一年振りに帰ったというのに随分短い滞在だった
「休みが二日だし、仕方ないよ」
本当なら今日の授業にも出る必要があり、無理をしている事になる
「次に来るのは何時になりそうなの?」
「次は・・・何時かな、ちょっと分からないよ」
休みがあったとしても疲れが溜まって動けない事が多いために
次に帰ってくる日がまるで想像出来ないでいた
「忙しいんだな、フェインは」
感心した様にアルマが言う、真面目にやっているかが心配だった様で
フェインの様子を見て日頃から苦労をしているのだと悟る
「平気だよ、楽しい事も多いし・・話し相手も居る」
この家に住み始めた頃、心の傷が深かったフェインは友達も少なく
それと比べれば今の学園ではまだ話す相手が居た
何より、今横に居るベインはその中でも執拗に自分に話し掛けてきたので
最近では話し相手の居ない寂しさを感じる事も無くなっていた
ほんの少しだけ、フェインが隣に居るベインの事を見つめたのをアルマは見逃さず
それを見て、穏やかに笑った


「じゃあ、頑張るんだぞフェイン」
家の前に四人が居た
朝食を終えたのなら時間も押している二人は直ぐにでも帰らなくてはならず
慌てて見送る状態になっていた
「・・また来るよ」
名残惜しそうにフェインが片手を上げる
「何時でも来なさい、此処はお前の家でもあるのだから」
一度頷いてから、フェインは歩き出した
「ベイン君も、何か困ったら来なさい」
「はい!」
威勢の良い返事をベインがした
頭を下げると、フェインの後を追う
「また行ってしまいましたね・・フェインは」
「何、また帰ってくるさ」
寂しい気持ちもあるが、次に会った時の成長したフェインを見るのが今から楽しみになった
「あの子には今はベインさんも居ますしね」
少し小さくなったベインは、何かを言ったのかフェインに殴られていて
思わず二人揃って苦笑いを零してしまう
「ベイン君がやってくれた畑の作物は、何時頃食べれるかい?」
「まだ先ですよ暫く、そのくらいは知っているでしょう?」
「・・聞いてみたくなった」
大分遠くに居る二人に、アルマが手を振った

「そうそう、あなたこれ見てくださいよ」
ディオの言葉に、アルマが顔を向ける
掌を向かい合わせて暫く念じると、其処に炎が生まれた
「フェインが教えてくれたんですよ」
そう言ってディオは笑ったが、アルマは背中に冷たい汗が流れるのを感じた
頭の中に、殴られているベインの映像が流れて
数年先の出来事になる様な気がしたが、今は考えない様にした



乗客の少ない列車で、学園近くの駅まで向かっていた
「また行きたいなあ、あの家・・・」
すっかりフェインの両親と家が気に入ったのか
窓から見える景色を見ながらベインが言う
「次って言っても、何時になるんだか・・」
また一年後になるのか、それとも案外早く戻れるのか
場合によっては数年戻らない事も覚悟していた
学園までの景色をフェインも窓から見つめる
空に浮かんでいる雲が太陽の光を遮っているために
厳しい陽射しを浴びることはなかったが
少しすると、太陽が顔を出して暖かくなる
心地良い眠気が身体を支配しようとしていた

半分程フェインが睡魔に飲まれていた頃
急に列車が停車して、反動でフェインは体勢を崩して前に投げ出される
「フェイン!」
それを、向かい側に座っていたベインが間一髪の所で受け止めた
「大丈夫か?」
「・・ああ、それより何が起きた?」
未だはっきりしない頭で辺りを見渡すと、数少ない乗客の何人かが心配そうに席を立っていた
「急に止まっちまった・・・」
受け止めたフェインをどうにか椅子に戻すと、ベインも様子を探りに向かう
其処に列車の乗務員が慌てた様子で駆けつけた
「お客様に申し上げます、当列車は此処で緊急停車させていただきます」
「どういう事ですか・・?」
乗客の一人が、不安そうに乗務員に問い掛ける
「この先、魔法学園から街にかけて多数のモンスターが現れたとの情報が入りまして
これ以上先にお客様を行かせるのは危険と判断したためです」
「モンスター・・?」
寝ぼけていた頭にその単語が入り、フェインは完全に目を覚ました
既に完全に停止した列車から飛び降りて遠くを見ると
学園までもう少しの所で此処からでも様子を窺う事が出来た
「煙・・・」
学園から確かな煙が上がっているのを肉眼で捉える
後ろでは飛び出したフェインを追って、二人分の荷物を抱えたベインが漸く降りてきたところだった
「なんだよあれ・・」
荷物を置いて顔を上げたベインが、呆然と呟く
「行くぞベイン、急がないと厄介だ」
荷物の一つを拾い上げると、フェインが走り出した



煙を上げていた学園に向かって全速力で走る
元々学園近くの駅まであと少しという距離だったので、それ程遠い訳ではなかった
駅は、どうにか逃げ出そうと街から来た人で埋め尽くされていた
「ひでぇな・・」
人の押し合いになっており、そこら中から罵倒や泣き叫ぶ様な声が聞こえた
それを聞いたベインは顔を顰める
「それ程被害が酷いって事か?」
街の方へ視線を向けるが、何時もの風景と余り変わりない景色が広がっていた
ただそちら側から逃げてくる人だけが何時もと違っていて
その光景を見ていると、列車の一つが駅から出た
それを見て乗り遅れた者はまた騒ぎはじめて、とても収集の付く状態ではなくなっていた

人込みの中から、子供が突き飛ばされる様に飛び出した
飛び出した子供はそのまま地面に転ぶ
それを見たベインが慌てて子供に近寄った
「大丈夫か?」
足を見ると、擦り剥いていて其処から血が出ているのを見つける
「待ってろよ・・」
ベインが目を瞑ると、魔力を解放して傷に掌を向ける
程無くして傷は跡形も無く消え去った
痛みが消えたのが嬉しいのか、子供かベインに向けて笑ってみせる
「避難勧告が出たそうだ、大袈裟かも知れないがな」
駅員から事情を聞いてきたのか、横にフェインがやってきて言う
子供の頭を撫でながら複雑な顔をベインがしていた
「・・ほら、お母さんのとこに行くんだぞ」
言われた事を理解したのか、子供は頷くと走り去って行く
その先には母親らしき人物が居てこちらを見ると深く頭を下げていた
「・・・急ごう」
相変わらず、傍の人込みからは怒鳴り声やらが聞こえていて
それを一瞥したベインはまた顔を顰めたが
左右に顔を振ると、フェインの方を向いた
「大多数のモンスターは学園に集結しているらしい、学園に戻るぞ」
フェインが走り出すと同時にベインも走り出す
「しかしまあ、帰ってきて早々これかよ」
「退屈しないで済むな」
「俺はフェインが居れば退屈しないで・・・」
「生憎と俺はお前が居ても退屈だ」
横から、何か哀愁の漂う瞳で見つめられている気がするが
それきり何も返事をせずに走り続けた


学園の正面から、建物の様子を探る
近くに荷物を降ろすと辺りを見渡した
隅の方に既に息はしていないのか、魔物の死骸が何体か転がっていた
「結構平気なんじゃねえか・・?」
怪我をした生徒が何人か近くに居たが、動いている魔物は見当たらなかった
「・・・いや」
フェインが魔力を籠めた手を払う、次の瞬間に学園の中から魔物が飛び出してきた
飛び出してきた魔物の周辺の地面が一気に沈下する
そのまま更に力を籠めると、重力によって魔物は潰された
「えぐいな・・」
頭を潰されたのか、頭部と思われる物の残骸から
血を噴出して死んでいる魔物をベインが気の毒そうに見つめていた
もう一度フェインが手を払うと、土が集まりはじめてその場に元の光景を作り出す
「お心優しい事で・・・」
「アホな事言ってないで早く行くぞ」
埋められた土の上を涼しい顔をしたフェインが通り過ぎる
その様子を見たベインも同じ様に其処を歩こうとするが、どうにも決心がつかなく
死骸が埋まっている前で暫く手を合わせると
其処を避けてほんの少しだけ回り道をして、フェインの後を追った

学園の中は、まだ生きている魔物が居て
一つずつ確実にそれを片付けながら進んでいた
「数が多いな・・・・」
呟くと同時に、大量の水で吹き飛ばされた魔物が壁に叩きつけられて動かなくなる
「おい、壊すなよ建物!」
崩れ落ちた魔物の叩きつけられた場所には薄く罅が入っていて
それを見たベインが声を上げる
「お前が戦わないから俺がやってるんだろ、少しは役に立て」
仕方ないという風に振り返ってフェインが言う
丁度その時、目の前に新たに魔物が現れて
ベインはそれに向かい掌に予め溜めておいた魔力を放つ
床から発生した風は瞬時にして魔物を切り裂いて、辺りを血で染めた
「非常用に・・・・取ってあるんだよ」
言いながら、自分が攻撃した魔物の傷を見てベインが俯く
「本当はやるのが怖いだけだろ」
「そんな事・・」
「やりたくないならそれでいいさ」
返事を待つ事無くフェインが続ける
また一つ、目の前の魔物が絶命した


死骸の中を歩いて更に進んだ
途中、生徒の治療に使われている部屋を見つけて少し話を聞く
魔物は突然、しかも大量に現れた事
街には魔物の手が余り及んでいない事を聞いた
「学園にだけ用があるって事なのか・・?」
とりあえず街は無事と言っていい事に、ベインが安堵する
「かも知れないな、とにかく先生に話を聞く必要がある」
ゼルグなら何か知っているのだろうと、ゼルグを捜していたのだが
中々見つからないでいた
「そろそろ先生の部屋だよな?」
あと少し進めば、丁度ゼルグの部屋があり
其処になら居るのではないかと思い歩いていた
遠くの角に、人影が現れた
「グリス・・?」
「無事だったのか!」
グリスの無事を確認出来たベインは、その方向に向けて走り出す
角から、別の物が現れた
他の魔物とは数倍も大きさが違う魔物で
今それにグリスは追い詰められていた
「グリス!!」
ベインが走る速度を速めるが、とても間に合いそうになかった
手を振り上げた魔物が、グリスに向かって鋭利な爪を振り下ろした

走り出したベインは、グリスの元に向かっていた
振り下ろされた爪はもう間も無くその身体を切り刻むのだろうと
絶望感にも似た思いで見つめていた

グリスにその爪が届こうとした瞬間
魔物の動きが突然止まった
少なくともベインには、そう見えた
恐らくその場に居るグリスにも、後ろに居るフェインにもそう見えたのだろう
全員が突然止まった魔物を呆然と見つめていた
「何が起こったんだ・・?」
フェインが呟く、こうしている今も魔物は相変わらず固まったままだった
「グリス!平気か!?」
漸くグリスの傍まで来たベインが、しゃがみ込んでいるグリスに問い掛ける
「先輩・・はい、大丈夫です」
目の前で動きを停止した魔物に気を取られていたのか、少し遅れてグリスが返事をする
返事をすると、また目の前で固まっている魔物を凝視した
「いきなり止まったのか・・・?」
言葉にグリスが頷く、見事なくらい目の前の魔物はもう動かなかった


「おや、ベイン君何故こんな所に?」
固まっている魔物の更に向こう側から、声が聞こえた
慌てて魔物の横から奥を見ると、のんびりとした様子でこちらを見るゼルグが居た
「フェイン君と里帰りでしたよね、追い出されましたか?」
「いや、追い出されてませんよ別に・・それより先生、このモンスター・・・」
「ああ、ちょっとグリスが危なかったので凍ってもらいました」
「凍らせた・・・?」
言われて、魔物に触れた
直ぐに冷たい感触を感じて慌てて手を放す
「急いで凍らせたので見掛けは変わってませんけど」
「・・なるほど」
これ程の大きさの魔物を瞬時にして凍らせたゼルグをもう一度見つめる
今はほとんど魔力を発しておらず、とてもこの教師がやった様には見えなかった
「グリス、平気ですか?」
「は、はい!」
ゼルグから名前を呼ばれて、慌ててグリスは立ち上がる
「貴方も生徒達が集まっている所に避難した方がいいかも知れませんね、此処は危険です」
「・・ゼルグ先生」
話し込んでいるゼルグに向かって、遅れて来たフェインが声を掛ける
「フェイン君も居たんですか、一週間程度留守にしても別に大丈夫でしたよ?」
「休みは二日だと・・」
紙に書いてあったこととは随分内容が違うと、怪訝そうな顔をフェインがした
「あれは形だけの物です、一週間前後なら私がどうにかしましたよ」
「もっと居られたのか・・あの家に」
ディオの作った料理を思い出したのか、少し残念そうにベインが呟く
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう先生」
「そうですね、確かに」
ゼルグの言葉が言い終わらない内に、その後ろから数体の魔物がゼルグに飛び掛る
「先生!」
ベインが叫ぶと、ゼルグが微笑んだ
次の瞬間、飛び掛った全ての魔物は凍り付いて床に落下する
今度はその周りに完全な氷が出来ており
床に落ちた衝撃で、魔物の氷像は硝子が割れる耳に良い音を奏でて壊れた


砕け散った魔物だった破片を、三人が見つめる
グリスが暴走した時とは違い中まで完全に凍りついたのか、血が溢れ出す事もなかった
「モンスターが大分集まりはじめています、予想はしていた事でしたが」
魔物の観察をグリスに命じたのも、近頃挙動がおかしいという情報を聞いたからで
警戒していたのだが、それが予想よりも大分早く始まってしまった
「先生、どうしていきなりモンスターが・・?」
「元々最近のモンスターの挙動の変化は分かっていました
恐らく凶暴化したモンスターが狙っているのはこの学園にある魔力を秘めた様々な道具でしょう」
ゼルグが持っているあの鏡も、その中に一応は入っていた
「だからそういうのが少ない街には行かないのか・・・」
「そんな物が置いてある家には、何匹か向かったでしょうがね」
それでもやはり学園の方が魔物には魅力的なのだろう、ほとんどが学園に集まっていた
「それで、少し気になる事がありましてね」
「気になる事?」
「モンスターの包囲網が非常に良く出来ています、薄い部分という所が存在しません
そのせいで学園から出る事も難しい状態でした・・今は正面のみ敵が排除されていますが」
逆に言えば強い力があればどの部分も突き破れる事にはなる
しかし、こちらよりも相手の方が圧倒的に数が多いのがどうにも不利な状況を招いていた
「・・誰かが指揮をとっていると?」
「或いは、頭の良いモンスターですね・・多分後者でしょう」
賢い魔物が居るとなれば事は更に厄介となる
普通の魔物は魔法は使えないが、こういった類の物にまでなると魔法を使いこなす者まで居るのだ


想像していたよりも、自体は悪くなっていて
フェインは今後の事を考えていた
隣でベインも同じ様に考え込んでいるその後ろで
グリスが、砕け散った魔物を見つめていた
「先生、これ食べられませんかね・・?」
「おや、随分グルメなんですね?」
魔物を食べるというのは、一部にしか受け入れられていない嗜好品の様な物で
そんな事を言うグリスを少々意外そうに見つめる
「そうじゃありませんって、食料が足りるのか心配で・・今の状態じゃ街からっていうのも期待できませんし」
丁度今日は街から大量の食料が配給される日だったのだが
魔物が現れてそれが無かったために、学園にある食料は僅かな物だった
「この騒ぎが終わった後、食べる物無いじゃないですか」
「それもそうですが・・食べたいと思いますか生徒達が」
好き好んで、今目の前に転がっている獰猛な魔物の肉を食べたいと言う生徒が居るのかと思うが
どう考えてもそんな生徒が大量に出てくるとは思えなかった
「な、何とかなりますって・・」
何とかしなければ、事件の後も厄介な事になるとグリスは思っていた
「・・ではまず貴方からどうぞ」
「えっ」
残骸から拾い上げた凍った肉の塊をひとつ、ゼルグが持って微笑んだ


「なあ、どうすりゃいいんだ?フェイン・・」
考えに考えて、ベインが問い掛ける
視線の先に居る相変わらず考え込むフェインの顔を覗き込んだ
「モンスターに指示を出してる奴が居るのなら、そいつ倒せばいいんだが・・・・」
少なくともそれを叩けば、大半の魔物は統率が乱れて今よりは幾らか楽になるだろう
だがその指示を出している相手の場所が分からずフェインは困っていた
「ああ、大体の場所なら分かりますよ」
不意に、後ろからゼルグの声が聞こえて慌てて振り返る
「モンスターが押し寄せた時から非常に強い魔力を感じていますから、多分それでしょう」
言われて慌てて周囲に気を配ると、確かに何か強い魔力を感じる
「って事は魔法使うって事か・・・」
厄介な事になると、フェインが溜め息を吐く
「・・・ていうか何やってるんすか」
魔力に気を取られて何処か遠くを見つめるフェインとは違って、ベインは後ろの二人に目を奪われる
組み敷いたグリスの口にゼルグが笑いながら
閉じ込めている肉により変色している氷を無理矢理押し込んでいた
「ほらグリス、そろそろ溶かしますよ」
言うや否や、氷が解け始める
それを感じたグリスが必死に抵抗をしていたが
流石にゼルグには敵わないのか口内に解凍された肉が入り込む
最初の間はそれを吐き出そうとしていたのだが
笑顔のままのゼルグが目の前に居て、それをする事も出来ず
仕方なく暫く口の中で咀嚼してからそれを飲み込んだ
胃の中に納まったのを確認して満足したのかゼルグは立ち上がる
「先生!!」
「美味しかったですか?」
グリスの叫びを聞いても表情一つ変えずにゼルグが問い掛ける
「生じゃ美味しくないですよ!」
「ああ、そうですね・・失礼しました、ではもうひとつ」
「もう結構です!」
頭に血がのぼったのか不機嫌そうな顔でグリスが喚いた

すっかり目くじらを立てた状態のグリスを、ゼルグが宥める
こんな時でも微笑ましい様子の二人をベインが見つめていた
「・・・つーか生とかそういう問題だったのか・・」
焼かれて綺麗に盛り付けされた魔物の料理を想像すると、意外と悪くないと思ったのか
知らぬ間にその口から涎が垂れ始めて慌ててそれを手で拭う
「終わったらなんか食おう・・」
出来れば魔物の料理は避けようと、心の中で呟いた



「それで場所なんだが・・・先生、分かりませんか?」
自分よりは魔力を探す事に長けているであろうゼルグへと視線を向けた
漸く宥めるのが終わったのか、ゼルグが両腕を組んで考えていた
「はっきりとした場所は少し分からないですね・・この学園全体からその魔力を感じますから」
虱潰しに探す事になりそうだと少し憂鬱になる
「ですが生徒の集まっている部屋や、もちろん今通ってきた
道ではありませんからかなり絞り込めているかと」
確かに、此処に来るまでにかなりの数の魔物を倒しながら進んできたが
特に魔力を感じる魔物も見つけられず、残っているのは僅かな場所だった
「私は一度グリスを生徒達の元に送り届けようと思います、貴方達はどうしますか?
流石に今回の件は教師が動いていますので無理せずとも何れ決着はつくと思いますが」
学園が乗っ取られては動かない訳にいかないのか、教師も動いている様で
態々生徒のフェイン達がやる事ではなかった
「俺は行きます、まだ残っている生徒も居るかも知れませんから」
「・・そうですか、ベイン君は?」
聞かなくとも、フェインが行くのならベインは行くつもりなのか
無言で何度も頷いてみせる
「ではまた、私もグリスを届けた後はそれらしい物を探してみます」
ゼルグがグリスの手を引いてその場を後にする
引かれていたグリスは何処か覚束無い足取りで歩いていた
「・・・あたったな・・」
「行くぞ」
心配そうにグリスを見つめるベインを他所に、ゼルグ達とは反対の方向に歩き出す
まだ心配そうにベインは見つめていたが、フェインの足音が遠ざかっているのに気付くとそれを追った
床に散りばめられた氷が少しずつ溶けて出来た水溜りを踏んだ



廊下を歩きながら辺りを警戒する
既に周辺の魔物は殆どがゼルグによって掃除されたのか
たまに姿を見ても相変わらず綺麗な氷像となって飾られていた
「趣味悪いよな、先生・・」
「趣味なのか?」
「・・・って噂になってる、氷付けにして楽しむために氷術覚えてるってな」
ベインは魔物よりも、あの教師の方に恐怖が浮かんでいる様で
美しい魔物の氷像を一つ二つ見ては身体を震わせていた
「・・・俺達の部屋だな」
暫く歩くと、大分遠い所まで来たのか
何時も自分とベインが使っている部屋も魔物のせいなのか扉が壊されていた
「俺とフェインの城が・・」
扉が無いのを見て、ベインが心底驚いた顔をする
何処か引っ掛かる様な単語を口に出された気がしたが、何も言わず他を見渡した
自分達の部屋はまだ大丈夫な方で、酷い所は壁ごと抉られて扉があった痕跡すら見当たらなかった
そのまま中を覗くと何匹かが押し寄せたのか、部屋はほぼ全壊していて
この部屋に住んでいる生徒は暫く別の所に行く必要があるとフェインは気の毒そうに見つめていた
「この辺ももうモンスターは居ないか・・ベイン?」
直ぐ後ろに居たはずのベインが姿を消しており、不審に思う
暫く待つと、自分達の部屋から俯きながらベインが出てきた
「何してるんだ、早く行くぞ」
どうも物悲しい表情をしていた
「・・とっといたお菓子食べられてた」
「・・・・・・・・・行くぞ」
呆れながらフェインは先を急ぐ
後ろからかなり遅いその足音が耳に届く
「早くしろ!」
叫ぶと、足の奏でる音の間隔が早くなり音が横に追いついた
それでもまだ寂しそうな顔をベインはしていて
「・・・後で買ってやるから」
それで、花が咲いた様に無言のまま笑った
対照的に、フェインは頭痛を感じて顔を顰めた



「・・なあ」
「何だ、変な事言うなよ気が散るから」
「敵の数多くねえか・・?」
目の前には、六匹近く魔物が居て視界を全て埋め尽くしていた
「先生の片付けたエリアからは抜けたって事だな・・・」
言いながら、生み出された水が敵を飲み込む
ベインの建物を壊すなという忠告を受けて、火術を使うのだけは避けていた
建物を傷付けない様にベインも風を上手く使う
「キリがないぞ・・・」
倒しても倒しても、その死骸を踏んでまた新たな魔物が現れて
このままでは魔物よりも自分達の魔力が尽きるのが早く来てしまいそうだった
「仕方ないな・・ベイン、風思いっきり吹かせろ」
言われた通りに、廊下の端から端まで届く程の強風をベインは吹かせる
風の中に幾つも刃が練り込まれていて、それだけで数体の魔物が沈んだ
その風に向けてフェインは掌で燃えている炎を投げつけると
一瞬にして炎が大きくなり風に乗せられ廊下に居た魔物が全てそれに飲まれる
「後で請求来ないよな・・」
事前に打ち合わせをしていない魔法は、乱暴に廊下を走り
焼け焦げた床や壁、天井を見つめてベインは呟く
「まぁ、平気だろ」
気にした様子も無く、魔法を止めるとフェインは廊下を歩く
焼け焦げた魔物は異臭を発していて、それにベインが鼻を抑えた
「・・やっぱ普通の料理がいい・・・」
そんな事を呟きながら歩いた

廊下を歩ききると、広場に差し掛かる
丁度この広場からは様々な場所へ行けるようになっており、何時もならば生徒で賑わう場所だった
それも今では生徒の姿など一つも見当たらず
それに変わる様に、数体の魔物が佇んでいた
「・・・なあ、あれなんだ?」
魔物に気付かれない様に見つめていたベインが、何かを見つける
指し示した方を見ると、普通の魔物とは違った外見の生き物が居た
人の形をしているがその周りに夥しい量の魔力が集まり
其処から風が漂って此処にまで届いていた
「多分、あれが魔物に指示を出してる奴だな・・・でもあれは・・」
嫌な予感がした
その予感が早速当たったのか、魔物が一斉にこちらを向く
次には、風を纏ったその魔物から一筋の風の刃が放たれて
それを避けるために廊下にまで下がったが、廊下の壁さえも突き抜けた風が襲い掛かる
慌てて出した土の壁でそれを防いだ
大分威力が落ちたはずなのに、その壁を破らんとばかりの威力を未だ持っていて
フェインが一度本気で魔力を籠めると、漸く風が掻き消された
「・・まいったなこりゃ」
また一つ、風の刃がこちらに向けて飛ばされた

 

 

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