ヨコアナ
4.月夜の晩に
震える手に必死に力を籠めながら動かす
息は荒くなっていて、心臓の鼓動が煩く聞こえた
最後に向かって、一気に進める
「出来たっ!」
ペンを投げ出して、書き上げたばかりの資料を束に併せてから高く上げる
紙が揺れてからぶつかる音がした
真横で僕の様子を見ていたラインは、今一事態が呑み込めていないのか
それでも小さく拍手をしていた
「ラインやったよっ、ありがとう!」
そう言ってその身体に抱きつく
相変わらず理解は出来ていないけれど、抱きつかれた事は嬉しいのか
ラインも嬉しそうに唸っていた
出来たのは、資料の一部だった
一部と言っても、この辺りの地理や生態、挙句には集落の住人の特徴まで
細かく書いてあるのだから、貴重な物だった
全体的な資料はまだ不足しているけれど、これを持ち帰れば充分な報酬は約束されたも同然だった
手に入る報酬で何を買うか、ラインの腕の中であれこれと考える
その途中で、ふと僕を抱き締めてくれているラインの事が頭に浮かんだ
当然帰る事にするのならこの生活は終わってしまう訳で
はしゃぐ事を止めた僕の事をラインも不思議そうに見ていた
それで、僕はもう一度手に握ってある資料を見つめた
「どうしよう・・・」
ラインから一度離れて、寝転ぶと資料を翳してみる
持って帰れば大金になる
でも、それはこの森を壊す事にもなるという事で
ラインの故郷が滅茶苦茶になるという事だった
資料の横に、ラインの顔が現れる
「・・・ねぇライン・・」
名前を呼ぶと、目を一度大きくラインが開けた
「ラインは、ここから出て行きたい?」
「・・ここから?」
訊いてみてもラインは首を傾げるだけだった
仕方ないのかも知れない、都会から来た僕は此処がどういう場所なのかが分かっていた
広大な森、たったそれだけでどんな所か想像がつくしそれは大きく間違ってもいなかった
けれども、此処にずっと居たラインは此処以外を何も知らない
だから、出て行きたいのかも分からないはずだ
少なくともラインは今の生活に満足しているみたいだし
「えっと・・・・」
視線を泳がせていると、その先に空き瓶を見つけた
この間のお祭り騒ぎで飲んだ酒の入っていた瓶で
ラインは気に入ったのか、捨てずに保管していた
他にもラインが掻き集めてきた物がまだ幾つか置いてあった
「ああいうのがいっぱいある所に行きたい?」
それらを指差して、僕は言った
伝えたい事とは少し違う様な気もしたけれど、都会に行きたいかと言ったところで
都会が何なのかも分からないラインは混乱するだけだろう
指を差された方を向いたラインは、空き瓶に手を伸ばしてそれをまじまじと見つめる
それでもやっぱり今一強く想像出来ないのか首を傾げていて
数秒後に瓶を置くと、振り返って僕の上に乗ると身体を抱き締めてくれた
「マグがいい」
率直な物言いに、言葉が詰まった
つまりは物とか場所じゃなくて、僕が居たらいいという事なのだろう、多分
ラインが唇を合わせようとすると僕の方から合わせる
軽くキスをしてから、今度は首筋に移動して何度も丁寧に舐めていた
舐めやすい様にラインが顔を埋めている方とは反対の方向を向く
握り締められた資料の束が其処にあった
結局、町に一緒に行こうとかそういう事は言えなかった
言えばラインは来てくれるかも知れない
でも、それとは別に心配な事もあったから言えなかった
穴蔵の中が眩しく光る
夜なのに、こんなにも視界が明るいのは
今日が満月で、雲ひとつ無い空が広がっているのだろう
外に出なくてもそれは充分に分かっていて
今外に出て監視をしているラインは、多分魅入っているはずだ
「マグ!」
外から声が聞こえる
立ち上がると、今までずっと見つめていた資料を机に置いてから外に出た
空を見上げると予想していた通り大きな月があって
町で見ていた時よりもそれはずっと大きく見えた
胡坐を掻いて座って崖から遠くを見ていたラインが、僕が来たのを察知して尻尾を振っていた
その身体も、僕の身体も濡れているのはまた湖に行っていたからだった
この生活をしていると、暇があれば湖でラインと泳ぐのが日課になってしまい
食べ物も質素になったからか、何時の間にか僕の身体からも無駄な肉が無くなって身体が軽く感じられた
そんな事を考えながら、お腹の贅肉具合を確かめつつラインの隣にゆっくりと座る
「異常は無さそう?」
それにラインは嬉しそうに頷いた
異常なんてそうそうあるものじゃないのだから、当然なんだけれども
何も無いとそれはそれで退屈に感じられた
お互いに何も言わず、ぼんやりと月を眺める
何時もなら何かを言うのだけど、今日は一日中町に帰るかどうかばかりを考えていたせいで
中々今の状況に合った言葉が浮かんでこなかった
「マグ」
名前を呼ばれて、月に向けていた視線を横に向ける
月の光が神秘的にラインを照らしていて思わずそれに見惚れてしまう
「帰るのか?」
不意に、今まで何も言わなかったラインが核心を突いた
それに思わず身体の動きが止まってしまう
「ライン・・・」
ラインの腕が、僕の身体を引き寄せる
寄り合うと、身体を抱き締めてくれた
僕が帰ってしまわないかラインもずっと考えていたのか
顔を上げると、何時もは見せない寂しそうな表情をしていた
「・・帰るな」
ラインが言葉を放った
それに、僕が俯く
少しの間そうした後顔を上げるとキスをした
答えはまだ浮かんでいなくて、それでも今はこうしていたい
普段のキスとは違って、舌を差し入れて互いに絡める
大きく開けた口から涎が零れても気にもせずに何度も味を確かめる
漸く口が離れると、ラインの胸に頬を寄せた
「・・・ライン、したい・・」
僕の方から求める
ラインは答えが欲しかった様だけど、短く返事をしていた
立ち上がって洞窟に戻ろうとする僕の腕を、ラインは引いた
「わっ!」
視界が一気に回転して崖下が目に映る
それに身体を震わせた後、また引かれて尻餅を着く様に倒れ込んだ
倒れた先はラインの胡坐を掻いた上で、ラインの前に座る形になった
驚いている僕を尻目に、ラインの掌が身体の上を滑る
「ライン・・・此処でするの?」
服を脱がされた頃にやっと言葉が出た
それでもラインは無言のままで
片方の腕は胸を揉んで、残った腕が尻を撫で始めていて身体が震えた
強く感じている訳じゃない、これから犯されるという事が伝わって
身体中が敏感に反応を示しているのだ
身体を更に近づかせると尻を撫でていた手が僕の股間に伸びる
与えられる刺激を期待して既に大きくなっているそれを掴み、胸に当てていた手は乳首に爪を引っ掛けた
「・・・中でしたいよ・・」
抵抗する様に身を捩っても大した効果が無い事くらい分かっているけれど
眩い月は全てを明るく照らしていて、羞恥心を掻き立てる
溢れた先走りの液体が、ラインの指に付いてそれが鈍く光っていた
顔を歪ませながらも僕は腕を動かすと
尻尾の辺りに当てられていたライン自身に手を伸ばす
一度お腹に手を当ててから下ろすと腰布の隙間に指先が入る
陰毛の感触が伝わった後、直ぐにラインの雄を握って扱いた
されるがままの状態に悔しい気持ちがあったからで
ラインは突然の事に低く呻いて手の動きを止めたのを見て、僕は薄く笑った
互いが互いの性器を擦り上げる音と、息遣いが耳に入る
僕が扱き難いと感じていたのを察したからかラインは直ぐに腰布を取り払ってくれて
お互いに何も纏わず、無心で快楽を求め合っていた
ラインの動きが止まると、身体を抱き締められる
それに、僕も手を離して抱き締める腕に添えた
首元を舌で舐められる
それと同時に、後方から音がした
何をしているのだろうかと考えていた頃に、ひんやりとした感触が胸から伝わって思わず声を上げる
「あ、それ・・・」
胸に、不思議な塗料が塗ってあって考えを巡らすと直ぐに答えが出た
この間ラインが潤滑剤として使っていた物で
懸命に後ろを見ると、あの小さな壷があった
初めから外でするつもりだったのだろう、それを指に取ると僕の身体にそれが塗られてゆく
潤滑剤の代わりに使っていただけなのだから、それほど効果は無いのかと思い始めた頃に
不意に痒みの様なものを感じて目を見開く
塗り終わっていない方の胸に伸ばしていたラインの腕が、擦れた
「うんっ・・」
突然の刺激に、あからさまに感じている声が洩れて顔が熱くなった
ラインも今まで上げていた声と違う事に気付いたのか僕の顔を覗き込む
覗き込みながらも、手は胸に当てられていて新しく薬が塗られていた
暫くすると其処にも痒みを覚える
「熱い・・」
ラインが両手を使って胸を揉みしだく
敏感になっている乳首が擦られた瞬間、言い様も無い快楽に泣き叫ぶ様に声を上げた
一頻りそうした後に、その塗料が僕自身にも塗りたくられる
「ああぁぁっ!!」
片手で扱かれながら胸を揉まれて、声を抑えられなくなった
達しそうになるのを懸命に堪えていると、扱いていた手が引かれる
僕が乱れる様子にラインも自分自身に塗りたくなったのか、手に結構な量の薬を取ると扱いていた
この間ラインの中に入れた時に感じなかったのは、少量しかラインが使わなかったせいなのだろう
ラインも痒みに襲われ、そのまま擦り上げる快感を知ったのか夢中で自身を扱いていた
扱きながら、今度は胸に当てていた手を引いてから新しく薬を指に取って
それが僕の肛門に塗られる
その感触に僕が身体を跳ね上げた
そのまま遠慮せずに指が入り始める
身体の中が火照る感覚に、泣きながら喘いだ
快楽に逆らえなくなった僕は、自らを扱きながら胸にも手を当てる
もう完全に、犯されるという事の虜になっていた
ラインの雄が肛門に当てられる
無造作にラインが腰を振ったからか、侵入はせずにそのまま逸れて尻尾の付け根に当たった
「はぁ・・ライン・・・・・」
指で中を掻き混ぜられ、擦る事で快感を得られる様になった僕の身体は
ラインの侵入を心待ちにしていた
ラインもそれを知っていて、態と入れようとはしない
それでもその顔は既に何時もの犯す時の狂暴な表情で
勃起しきっている陰茎も快感を待ちわびて透明な液体をだらだらと垂れ流していた
それを視界の隅にどうにか入れてから、僕は迷う
今はラインが欲しい
それに従う事にした
「ライン、入れて・・・」
普段なら絶対に言わない事を言った
それを聞いて、僕が心から求めているのを理解したラインは
自身を握ってから先端を宛がう
「あ・・あぁっ・・・」
少しずつ身体の中にラインが入ってくる
擦られる感覚が身体の中から感じる
そう思っていた矢先に、ラインが一気に僕を貫いた
「ああぁぁっ!!!」
盛大に僕は叫んだ
今まで、最後には全てを受け入れる事はあっても最初から受け入れた事など無いのだ
その痛みと、擦られて得られる快楽に喉が壊れそうな程の声が出る
後ろに居るラインは、僕に腕を回しながら唸っていた
ラインも我慢出来ないのだろう、ただ僕の身体を気遣って其処から動くことはなかった
「ら、ライン!もっと!!」
止めてほしくない、そう思って叫んだ
言い終わらない内にラインが高速で腰を振る
悲鳴が口から洩れる
感じているのは、途方も無い快楽だった
それが強すぎて、まともに悲鳴さえも出ない
「マグ!!うおぉっ!!!」
僕の身体が何度も震えて、ラインを締め上げるとそれに合わせてラインも喘ぐ
「あっ、いいよライン・・もっと・・・」
動きが弱まった頃に、口を開いてそう言った
すると腰使いがまた激しくなる
喘ぎながら、遠くで音が聞こえた様な気がして前を見る
見えるのは広大な森だ、時折風が吹いて木がざわめく
それがまるで、其処に誰かが居る様な錯覚を呼び起こしていた
もしかしたら、誰かが見ているのかも知れない
見えなくても、僕達の喘ぐ声が聞こえているのかも知れない
そう思っても今はただラインに犯されて狂った様に声を上げる事を選んだ
何時の間にか、ざわめく音も耳に入らなくなっていた
二人の息遣いが聞こえる
結合部からは白濁液が零れていて
音を立てながら飛び出しては、また僕の中に呑み込まれるラインの雄は
何度も繰り返し擦られたせいで、纏わり付いた精液が泡立っていた
何時の間にラインは達したのだろうか
今はまた大きく膨らんで僕を犯している
もっと、言いかけた頃にラインの動きが止まった
今までに無い程身体を強く抱き締められる
「マグ・・・・・・・」
名前の後に、ラインが何かを言った
最初は、また聞き取れない言葉だとあまり注意を払わなかった
それでも、何度も何度も聞き取れない言葉をラインは口にする
喘ぎながらも僕はその言葉の意味を必死に考えていた
「・・・・・・あ・・・」
短く声を上げた
数秒経つと、目尻に涙が溜まって零れる
「ライン・・ごめんね」
顔を横に向けて、ラインに謝った
ラインはそれを聞いても、同じ言葉を口にする
ずっと、ラインはそう言ってくれていたのに
僕は今まで気付いていなかったんだ
その事に謝った後、苦しい体勢でキスをする
「・・・僕も、好きだよ」
離れると、そう言った
ずっと言わなかったのは、僕の方だった
ラインの腰の動きが再開される
「あっ・・はぁっ!ライン!!」
外で交わっている事を恥ずかしく思っていたのが嘘の様に、熱に慣れても僕は声を上げた
「マグ・・好きだ・・・・うぐっ・・」
ラインも声を上げながら、時々思い出した様に言葉を紡ぐ
その内、言葉の途中でも喘ぐ声が混じるようになっていた
腰使いが激しくなる
擦られる感覚に、泣きながらも下半身に衝動が湧き上がるのを感じた
「ライン・・・あぁっ!!ふぁっ!!!」
触れてもいないのに、喘ぐ声と同時に僕は絶頂に達した
身体を仰け反らせて射精すると、飛び出した精液が身体に掛かる
「マグ!!俺も・・イくっ!!!」
月に向かってラインが雄叫びを上げると、一気に貫いて射精する
身体の中に、ラインの全てが流れ込んでゆく
中に出しながらも首元に噛み付く様にラインは口を付ける
衝動が抑えきれないのか、そのまま歯を皮膚に当てて呻いていた
息遣いが、徐々にゆっくりしたものになってゆく
それに合わせてラインも口を離してくれた
僕の中にある雄が引き抜かれる
引き抜かれた音が聞こえた様な気がして、見ると
ラインの吐き出した精液が溢れ出していた
上手く力の入らない身体の向きを変えると、ラインと向き合う
汗だくになった身体をラインが抱き締めてくれた
寝息が聞こえた
隣で眠っているラインの寝息だ
薄暗くなった穴の中で、その寝顔を見ていた
手を伸ばして軽く撫でてから、立ち上がると机に向かう
机の上には、僕が一生懸命に書き上げた厚みのある資料が存在を主張していた
それを掴み取ってからまたじっくりと見つめる
一枚一枚を確かめる様に読んでゆく
ラインが教えてくれたものでどの紙も埋め尽くされていた
最後の方には、二枚の絵が挟まれている
ペンで文字を書く僕を見て、今までに触った事がないのか
熱心にペンの動きを見ていたラインにそれを渡してお互いに似顔絵を描いた紙だった
初めて描いたものだから、とてもぎこちない絵だけれど
指を黒く染めながら笑顔で差し出したラインの顔が今でもはっきりと浮かんでくる
それに重ねてあるラインが描いてある絵は、本人によく似ていた
資料のために絵を描く僕が描いたのだから似ていて当たり前だった
それを見て、子供の様に笑ってから何時までも見てくれていた
「・・どうしよう・・・」
全てを見終えてから、そう呟いた
この計画の目標は、此処を発展させて行くことだ
ただそれは表向きの目標であって
それが無理ならば、ただ森の資源を刈り取るのも計画のひとつだった
集落から遠く、安全な場所の木を切り倒す
この資料を持って帰ればその最低限の目標を達成するに充分な準備が出来る
だからこそ今迷っていた
ラインの寝顔をもう一度見つめる
何も知らないから、無邪気な顔をして眠っていた
ラインが居なければきっと僕はこの資料を直ぐに持ち帰っただろう
でも今は、ラインを知って好きになってしまった
資料を乱雑に捲る
ラインの絵が視界に飛び込んできた
それを認識したと同時に、僕は資料を鞄の中に戻した
「資料・・まだ、足りないよね・・・・」
声に出して自分に言い聞かせる
命じられたのは完璧な資料だ
ラインともう少しだけ一緒に居たい
きっと、まだ足りないはずだ