top of page

10.今だけはさようなら

 玄関の扉を開けて、欠伸を掻こうとした辺りだった。
「うぅ、寒い……」
 見計らったかの様に吹いた風が、俺を震えさせる。
 季節はすっかり冬で、世間では独り身は肩の狭い思いをしている事だろう。
 今年は俺もそれの仲間入り。なんて思っていたのは随分前の事で、今の俺にはロイガが居てくれた。
 アパートに戻ってきて早数週間、俺は以前と変わらぬ生活を送っていた。
 最初の内は、また連れ戻されるのかと怯えたり、マスターに危害が加えられないだろうかと心配していたのだけれど、
父の手が俺に伸びてくる事はなく、ただ時が過ぎていた。
 それが何を意味するのか、俺も理解できない程馬鹿じゃない。
 俺は、父に見放されたんだ。
 望んでそうした癖に、いざそうなってみるとなんとなく寂しさに苛まれる。
 それも仕方のない事だろう。息子として役に立たないどころか、あんな公の場で男との接吻を見せつけたのだから。
 父にしてみれば、顔に泥を塗られたどころの騒ぎじゃない。
 結局、あれで俺の商品価値は無くなったという事なのだろう。
 いくら父が絶大な権力を持っているからといって、同性に心を奪われている相手に見合いを申し込もうなんて人はいないだろうし。
 はあ、と白い息を吐く。
 ようやく父の元から解放されたのに、この後ろめたさが堪らない。とはいえまだ解放されたのだと断定はできないのだけど。
 そんな事を考えながら、俺はポストを開くと溜まっていた封筒を一気に抜き取った。
 ここ最近はずっと父の事で考え込んでいたせいで、確認するのも忘れていたのだ。
 あんまりこの状態が続けば、せっかく父の元から逃げ出したのに何でも屋にも影響が出てしまいそうだった。
 封筒の束を流し見ていると、再び強風が俺を襲う。
 尻尾の先まで縮こまらせてから、慌てて部屋の中へ避難した。
「うわぁ、今日は寒いなこりゃ」
 部屋の中で、朝食を作っていたロイガに声をかける。
 フライパンを豪快に振りながら俺を一瞥したロイガは、手紙の束を見て微かに眉を顰めていた。
「依頼は大丈夫なのか」
「んー。まあでも、ここ最近は色々あったしね」
 半端な気持ちで出向いても危険なだけである、と思い直す事にしよう。
 ロイガもそれである程度は察してくれたのか、何も言わず皿に盛り付けをはじめる。
 それを眺めつつ、俺は早速封筒の束に立ち向かう。
 とりあえず取捨選択を素早く済ませて、必要の無いものをゴミ箱へ放り込んだ。
 選定を終えると、一区切りつけてロイガの作ってくれた朝食にありつく。
 暖房をつけているとはいえ、やっぱりこの安アパートでは隙間風のせいかちょっと寒くて、急がないと料理が冷めてしまいそうだった。
 この寒さが、逆に夜になると俺とロイガを燃え上がらせる原因にもなるんだけども。
 寒いから裸で温め合う。という建前でお互いに抱きついてから、じゃれている間に次第に我慢できなくなってくるのだ。
 繋がりはじめても、温め合う事は忘れずできるだけ肌を重ねて、ゆっくりと沈んでいく様に情を交わす。
 そのまま寝てしまってロイガを困らせた事もあったっけ。
 そんな事を考えながら、朝食を手早く済ませると再び封筒を持ち出す。
 ふと、束の中のひとつに俺の視線は固定された。
「ロイガ」
 名前を呼んで、手紙を渡す。
 それを受け取ったロイガは、差出人を確認してまたも怪訝そうな顔をする。
「アセクトからだろう。お前宛てじゃないのか?」
「そうだけど、ロイガ宛て」
 俺の言葉を理解した様には見えなかったけれど、ロイガはそのまま封を解いて中の紙を取り出す。
 黙ったまま読んでいたロイガの目が一度見開かれ、次第に元に戻っていく。
「そうか、母さんは」
「……ごめん、勝手に調べさせて」
「いや、いいんだ。いずれわかる事だった」
 勝手に調べたのは、俺もロイガの事が心配だったから。
 母親を置いてきたロイガに、このままで良いのかと一度だけ訊きたかったんだ。
 でも、アセクトの調べてくれた情報を読み取ったロイガの顔を見るに、遅かった様だ。
 無言で立ち上がったロイガが寝室へ消える。
 少しだけ待ってから、俺もその後を追った。
 こちらに顔を向けずに、ロイガは窓から遠くに昇る眩い朝日を眺めていた。
「最後まで、俺は父さんの代わりにはなれなかったな」
 俺の足音を聞いたロイガが言葉を発する。
「……ありがとうラスト」
「ロイガ」
 自分で招いた事態なのに、俺は黙っている事しかできなかった。
 こういう未来が来る事も、覚悟していたのに。
「これで、俺もお前も一人ぼっちだ」
 振り返ったロイガは口元に薄い笑みを浮かべて、俺の前へやってくる。
「一人じゃないよ」
「ああ、そうだな」
 ロイガが身体を屈ませて、俺を抱き締める。
 耳元で謝罪を繰り返しながら、俺はロイガをしっかりと受け止めた。
 俺だけは、ロイガをロイガとして受け入れるんだ。
 ロイガが、ずっと俺にそうしてきてくれた様に。

 大量に積み上げられた皿を前に、俺はうんと頷いて戦いを始める。
「ラスト君、これで終わりだからもうひと踏ん張りしてね」
 皿を持ったマスターの声に、俺は威勢良く応える。
「お疲れ様」
 休憩時間になると、マスターはいつもと変わらず柔和な表情で俺を喜ばせる。
 今この瞬間も父の手がこの店に及ばないか、気が気じゃない俺にとっては一番安心できるものだった。
 その父の気配も、今のところは感じない。
「何でも屋の方はどうなんだい?」
「まあまあ、ですかね」
 マスターにバレてしまってからは、こんな風に何でも屋についての話題も出るようになった。
 正直あんまり詳しくは話したくないのだけれど、何でも屋をするせいで怪我をしたりして店を休んだ事も一度や二度じゃない訳で。
 マスターに問いかけられると、さすがに何も言わずに済ませる訳にもいかなかったりする。
 もちろん守秘義務は守るけど。
「すみません、休んでばかりで」
 近況報告の最後に、俺は詫びを添える。
 マスターは少し寂しげに微笑んだ。
「店の方は大丈夫だよ、身体に気をつけてね」
「俺が居なくなっていた間もですか?」
 あの時、ロイガは腕の傷がまだ深かった訳だから、当然マスターはロイガを使う事もしなかっただろう。
 疑問に思って、俺はマスターの心配もそっちのけで質問をする。
「実は、ガロが手伝ってくれてね」
「え、ガロが?」
 束の間、頭の中であの黒猫がせっせと料理を作る場面を想像する。
 ロイガと同じで、やっぱり似合わない気がした。
「このお店を始めた時も実は少し手伝ってくれた事があってね。といってもガロは料理はまったく駄目なんだけど」
 という事は接客か。それはそれで、あの自信満々の変態が接客している姿は想像しづらかった。
「ラスト君がお休みになった頃丁度来てくれてね、話をしたらしばらく手伝ってくれるって」
「……そうですか」
 なんか、気を遣わせちゃったのかな。
 というか、芸術家として忙しいはずなのに平気なんだろうかその辺り。
 これは後で一度訪ねた方がいいのかも知れないな。ヌードを要求されそうだけど。
 別にヌードでもいいんだけど、ガロの場合ひたすら俺を見て欲情するから始末に終えない。チラリズムですら効果絶大なのに。
「ご迷惑お掛けしました」
 改めてマスターに謝罪をする。主にあの変態を店の中に入れてしまった事に対して。
「いいんだよ。ラスト君の事情も、ようやく知る事ができたしね」
 何でも屋という事も知られている以上、もう隠す必要も無かったので、マスターには全てを話した。
 俺が表では生きていられないという事も、渋々納得してくれた様だった。
 そして、マスターに父の手が伸びるかも知れないという事も。
 マスターはただ、笑ってくれただけだった。
「けれど、今こうして普通に生活できているって事は、もう大丈夫なのかな?」
「どうでしょう。俺からはなんとも言えませんが……」
 確かに、父の元を飛び出してから一月近くは経っている。
 報復をするのなら、とっくに実行に移しているだろう。
 それが無いという事は、もう父の影に怯える事もない。
「……あ」
 そこまで考えて、俺は気づいた。
 もし、もしもだけど、父が俺を諦めたのだとしたら。
 俺の行方を追う事も、干渉する事も止めたのだとしたら。
 俺はもう、何でも屋をする必要がないのだ。
 その後は、仕事が終わるまで俺はずっと釈然としない気持ちを抱えていた。
 マスターに挨拶をして店を出る。
「何でも屋……辞めちゃおうかな」
 夕日に照らされて、ぽつりと零す。
 元々、家を飛び出し、父の目が光っているから表社会では生きられないと始めただけの裏家業だ。
 俺自身に適正があった訳でもない。言い方悪いけどただのぼんぼん息子だし。
「ただいまー」
 アパートに着くと、いつもの様に扉を開いて帰宅を告げる。
 あいつに捨てられたまま、一人ぼっちだったら、深く考えずに何でも屋を続けたかも知れない。
 でも今の俺には。
「おかえり」
 フライパンを片手に持っていたロイガが、のっそりと巨体を振り返らせて俺を迎える。
 その背後に歩み寄ると、そっとその身体に抱きついた。
「料理がしづらいんだが」
「わかってる、ごめん。……なあ、ロイガ」
 俺の様子の違いを感じ取ったのか、ロイガはそれきり身動ぎひとつ取らずに黙っている。
「俺が、何でも屋を辞めたいって言ったら、どうする?」
「いいんじゃないか」
「えっ」
 慌てて俺が離れると、ロイガと向き合う。
「もうちょっと引き止めてくれるかと思ったのに」
 案外淡白なのかな、ロイガ。
「俺は、お前を護れるのならそれでいい」
「うーん、というかさ、いい加減護るとかどうかってのも止めにしたいな」
 それを聞いて、ロイガがフライパンを置く。
「嫌になったか?」
「そうじゃないよ。俺さ、一人ぼっちだったら、きっと何でも屋をし続けたいと思ったはずなんだ」
 きっと、今更俺が戻れる場所なんて無いのだと、そう割り切ったはずだ。
「でも……今は、お前が居てくれる」
「ああ」
「……危ない事は、避けたいなって」
 俺が何でも屋を続けるかどうか。それは俺の自由なのは確か。
 でも、俺が危険に足を突っ込めば突っ込む程、俺を護ろうとするロイガもまた危険な目に遭う。
 それを考えた時、俺の中で自然と何でも屋を辞めるという選択が出ていた。
 それに、今はもう父の目は光っていないはずだ。
 表社会で真っ当に生きたって、誰にも文句は言われない。
「俺が何でも屋を辞めたら……ロイガは、どうする?」
 ロイガはロイガで、俺とはまた別の理由で裏家業の護り屋をしていたのだ。
 そう簡単に鞍替えなんてできないかも知れない、俺と違って年季も入ってるし。
「しばらくはまたフリーの護り屋に戻るかも知れないな」
 その言葉に、俺はちょっと落胆する。
 仕方ない事だけど、でも、それじゃロイガは危険なままな訳で。
「お前が考えている事はわかっている。真っ当な仕事を見つけた方がいいだろうな」
 言い募ろうとした俺を制して、ロイガは言葉を続ける。
「……ボディーガード、なんて言わないよね」
「駄目か」
「う、うーん」
 まだ片足くらい危ないかな、という気もする。
「まあでも、すぐには俺も辞めるつもりはないからさ。ちょっと考えてくれたら嬉しいかな」
「わかった」
 辞めよう、と口にしてすぐ辞められる程俺達の生活事情は甘くない。
 そもそも最近は俺の入院、ロイガの怪我、挙句お家騒動で禄に依頼を受けていない。
 ロッジの事にしたって、最低限の経費と、ロイガの治療費だけはどうしてもとマスターが出してくれたけれど、
必要以上には受け取らなかった訳だし。
 もうしばらくは何でも屋をする必要もあるんだろうな。

「うーむ」
 そんな訳で、依頼を前にして今頭を悩ませています。
「とりあえず殺し、盗みは論外だな」
 紙に纏めた依頼の内、まず除外する物を決めてさっさとゴミ箱へとさようならする。
 盗みは、ロイガの鉄拳食らった時みたいな事情があれば別だけど、やっぱり警察に睨まれる仕事は避けたい。
 そういうのはやっぱり危険が付き纏うし、それに殺しは別として、盗みは護衛のロイガには向いていない仕事だ。
「……今はもう、俺一人じゃないんだもんな」
 俺一人が汚れるのなら、金を稼ぐためにこんな事をいつかするのかも知れないと思った事もある。
 でも今はロイガが居るんだ。ロイガの手を、汚させたくなかった。
 嬉しい気持ちが溢れる。実際は仕事をかなり選ぶのだからきついんだけど。元々盗みなんかしてないけどさ。
「何をしてる」
 ゴミ箱の前でうんうん唸っていると、声を掛けられて顔を上げる。
 俺を見下ろすロイガは、じっと俺の表情を見て考えを読もうとしていた。
「んー、次の仕事どうしようかなってさ。何でも屋を辞めるにしたって、まず先立つ物は必要だろ?
もう少しくらい蓄えがないとなって思って」
「マスターの所で働くのは駄目なのか?」
「忙しい時以外定員一名様限り。さすがに二人で本業にするのはな」
 俺がマスターの元で働いて、ロイガは空いている日に護衛の仕事をする。
 多分、それが無難なんだろうな。
 でもやっぱりそれだとロイガが心配で、新しい仕事を探すのなら、蓄えが欲しい。
「あとさ、そろそろ引越しもしたいなーって」
「引越し?」
 二人で住むには、今のアパートはちょっと手狭な訳で。その資金も稼がなくてはならないのだ。
「ロイガも、部屋欲しいだろ?」
「……別に、無くても構わないが」
「えー……トランクひとつしか私物ないのに?」
 ずっと一緒に暮らしてて思ってたけど、ロイガの荷物は相変わらずあれひとつだけ。
 窮屈に思っているのでは、と内心不安だったんだけどな。
 大体、あのトランクの中身だって仕事道具が半分近く占めてる訳で、残りは衣服と、ほんの僅かな私物だけ。
 まあ、元の住処に火をつけられて俺の家に来たのだから、他の物は全部無くなってしまったのだろうけど。
「それに、部屋を分けたら」
「……何?」
 そこで言いよどむロイガを、俺も見つめ返す。真上なので首が痛い。
「寝るのも、別々なのか?」
 しばしの沈黙の後、俺は盛大に噴き出す。
「な、なんだよそれ。一緒じゃないと嫌なのかよ」
 駄目だ笑える。思わず蹲って横になってしまう。
 俺が笑い出した事で、ロイガも照れた様にそっぽを向く。
「意外だな。ロイガって、堅物そうだし、一人の時間も欲しいってタイプに見えるのにな」
 一頻り笑って、一度謝ってから俺が続けると、ロイガは微かに頷いた。
「一人の時間は欲しい。……でも、お前と一緒なら、その方がいい」
 真っ直ぐな、熱を帯びた視線に俺は束の間ロイガに見惚れる。
「そっか。ごめんな、笑ったりして」
 ロイガはゆっくりと屈むと、俺を抱き起こす。
「じゃあ、寝る場所は一緒にしような。荷物置く場所は欲しいだろ?」
 あやす様に何度も優しく後頭部を撫でると、ロイガは静かに頷いてくれた。
「さてくじ引きです」
 落ち着いてから、残った紙を手元に集めてロイガに差し出す。
「……そんな決め方でいいのか」
「引いてみて検討した結果お祈りする事もあります」
 一応、一目見ただけでやばいってタイプは除外したからどれを引いても大丈夫のはず、多分。
 俺の返事を聞いて、ロイガは少しだけ悩む仕草を見せた後一枚の紙切れを掴み取る。
「あ、ロイガ向きかも」
 黙ったまま紙を見たロイガは微かに眉を顰める。
「……護衛か」
「そう。護衛っていうか警備みたいなもんかな」
 丁度、あの時対峙したロイガの時の様な仕事。
 俺にとっては専門外、とはいえ何でも屋なんだから、頼まれればやれない事もない仕事。
 ロイガの居る今ならいいかもなと思って手札に加えてみた依頼だった。
「お前が良いなら、俺はこれで構わない」
 ロイガのその言葉に押されて、その後はとんとん拍子に依頼主に連絡を取り仕事が決まる。
 報酬はそれなりの額を提示されたので、成功すれば何でも屋引退に一歩近づけるだろう。
 引退、という言葉がなんだか寂しいけれど、それが俺とロイガの一歩にもなるのだ。
 荷物を整理しながら、そんな事を考えて俺はほくそ笑んでいた。

 空に昇った月を見上げて、俺は白い息を吐き出した。
 わかってたけど、真冬に外の警備って結構辛い。
 そんな事を思いながら身体を震わせて、ロイガに顔を向ける。
 当のロイガはいつも通りの表情で、黙って突っ立っていた。
「……寒くない?」
「平気だ」
 肉厚か、肉厚だからなのか。
 そんな風に突っ込んでも、ロイガは軽くおどけた様子を見せるだけだった。
「そんなに寒いならくっつくか?」
「や、それは駄目だろ」
 そう言ってから俺は周りの様子を伺う。
 俺達と同じく、依頼を受けた屈強な野郎が盛り沢山。
 そんな中で二人くっついた日には、間違いなく白い眼で見られる。
「しっかし、結局俺達は何を護ってるんだろうね」
「さあな。これだけ集めたからにはそれなりのものなんだろうが」
 依頼人から告げられたのは、集合場所と、そこを守れという指示だけだった。
 後方の建物にちょっと目を向けて俺は首を傾げる。
 まあ、これだけあちこちから人を集めたら、変な気を起こす奴も居るのかも知れないし、
下手に何を護るのかを教えないのかも知れないけれど、やっぱり気になる。
 一応盗品かどうかだけは念入りに確認して、大丈夫だとは思うんだけど。
 偵察がてら周りの奴らにも軽く声を掛けてみたけれど、やっぱり必要な情報は得られなかった。
「その癖、妙な話は聞いちゃったんだよね」
「妙な話?」
「俺達はここの警備の仕事だろ? って事は、ここを狙ってる奴が居るって事だけど、その相手がね」
 さっきその辺のごろつきみたいな連中から聞いた話を俺は話しはじめる。
「ヤバい奴が来る、だってさ。まあそれだけじゃなんとも言えないんだけどさ」
 正直、そういう噂話っていうのは大抵は当てにならないものだ。
 自分の所に仕事が来る様に、こっそり噂を流すなんていうのはよくやる手だ。
 それで大きな仕事が来たら大変なので俺はやらなかったけど。
「名前は聞かなかったのか?」
「あー……その辺はちょっと。まあ、気にしないでよ」
 どうせ大した事ない奴だろうし、いつまでも気にしてる方が仕事に差し支えそうだ。
 そう割り切って、俺は再び辺りを見渡す。
 僅かな間視線を巡らせて、不意に違和感を覚えて咄嗟に身構える。
「ロイガ」
「ああ。少し人が減ったな」
 ついさっきまで視界に見えていた他の警備の連中が、減っていた。
 ほとんどの奴は気づいていないだろうけれど、ここで立ちっぱなしだった俺達は気づく事ができた。
 裏手に回っているのかと思い、小走りでそちらも見るけれど同じ様子で。
「こりゃ、噂通りってやつ?」
「かも知れないな。用心しろ」
 表側に戻ろうとしたその瞬間だった。
 けたたましい叫び声が上がる。
 思わず身を震わせて、それでも慌てて戻ると、さっきまで居た奴らのほとんどが倒れていた。
 それと、さっきまでは見当たらなかった白い体毛に身を包んだ異形の巨漢。
 月光に照らされたその姿は、返り血を浴びて狂気を感じさせる。
 男が腕に掴んでいた獲物を投げ捨てる。
 生きているのか、今はそれを確認する事もできなかった。
「久しぶりだな」
 そう言って、男はまた口角を吊り上げた。
「……ロッジさん」
 半獣の男の名を、俺はただ口にした。

 投げ捨てた男をゴミの様に足で蹴りつけながら、ロッジは俺達を見つめていた。
「ロッジさん、どうして」
 俺の問いに、ロッジは心底可笑しそうに笑い声を上げる。
「悪いな、もう俺はロッジじゃねえんだよ」
 以前と変わらない言葉遣いでロッジは言う。
「あの時、銃声を聞いてようやく思い出したんだ。自分がどういう奴なのか、どうしてこんな姿なのか。
お前等には感謝してるんだぜ。あのまま放置されてたら、くたばってたかも知れねえからな」
 一拍。
「ロッジさん」
「ロッジじゃねえ。ヤマイヌだ」
 そう言って、ヤマイヌは軽く構えを取る。
 先程からの様子を見てわかっていたけど、特別これといった武器は扱わないらしい。
「一度だけ言うぜ。この仕事を降りてくれ。できれば殺したくないからな」
 辺りに気を配る。
 倒れている者からは呻き声が聞こえるけど、何も言わなくなっている者も居た。
 冷たくなっているんだろうな。そう、思った。
 黙ったまま俺はナイフを手に取る、ロイガも腕の凶器を軽くぶつけて、覚悟を示した。
「悪いけど、人殺しは通せないよ」
「……そうか」
 ヤマイヌは暫し俯く。
 不意に、笑い声が夜空に響いた。
 咄嗟に顔を上げると、ヤマイヌは空を仰いで必死に笑いを堪えながら、それでも我慢できずにまた大声で笑う。
「いいぜ。だったら、殺り合おうじゃねえか。
無抵抗な奴を殺すのも、赤の他人を殺すのも、飽きちまった。
お前等みてえな獲物、堪らんなぁ……!」
 涎を零しながら、ヤマイヌが地を蹴って飛び込んでくる。
 あまりの速さにたじろいだ俺の前にロイガが躍り出て、その攻撃を止めた。
 ロイガの身体の向こうから笑い声が聞こえる、次いで、打撃音。
 ロイガが低く声を上げている、ヤマイヌの身体を考えれば、一撃一撃の重さがかなりのものになるのだろう。
 俺は、とにかくロイガの邪魔になる事を避けるために一度横に飛び移った。
 横から見れば、その攻撃の激しさが解る。
 動き方は滅茶苦茶で、体勢を崩しそうなのにヤマイヌはその気配を見せない。
 あの身体の造りが、攻撃の全てを補助している様だった。
 右手、左手と攻撃を続けロイガの胸元が開いた瞬間に、物凄い速さで蹴りを繰り出す。
「ロイガ!」
 ロイガの身体が、僅かに宙に浮く。どれだけの脚力があればあそこまでロイガを動かせるのか。恐怖が湧いた。
 それでも、ロイガを殺そうと腕を振り上げたヤマイヌ向かって、咄嗟に俺は懐に手を突っ込む。
 遅れて銃声がした。俺の手元から放たれた銃弾は、ヤマイヌの手首にしっかりと命中する。
 久しぶりに使ったけど、精度が衰えていない様で束の間安心する。
「なんだぁ……?」
 ヤマイヌが目を見開き、俺に狙いを定める。
 威圧感。それが、俺の身体を包む。抜け落ちそうになる足の力を、俺はどうにか堪えた。
 ヤマイヌはその間に、撃たれた箇所をじっと眺める。
「はっ、いい薬使ってるじゃねえかラスト」
 撃ち込んだのは麻酔弾で、即効性のある取って置きの物だった。
「でもよ、無駄だぜ……こんなの、俺は慣れちまってるからな」
 ヤマイヌの身体が動く。先程までとの違いは何も無い。
 俺が反応するよりも先に、ヤマイヌは俺に飛び掛り、ロイガにした様に腹に蹴りを入れる。
 衝撃の後、景色が一回転する。地面に落ちた時、頭がくらくらしてそのまま気絶してしまいそうだった。
「がはっ、ぐぅ……うぅ……」
 激しい嘔気に、俺はその場で身体を痙攣させて蹲る。
 たった一発。生身の身体で受けた攻撃は、それだけで俺を戦闘不能にした。
 腹の中が燃える様に熱い。それとは対照的に、指先は震えていた。
 意識を手放せば楽になれる。束の間それを考え、しかしロイガの元へ戻ろうとしたヤマイヌの姿を見て俺は誘惑を振り払った。
「なんだぁ? もう終わりか、腰抜けが!」
 どうにか膝を突くことを堪えているロイガに、ヤマイヌは容赦無く攻撃を加える。
 壁際にその身体を追いやると、無抵抗のロイガの身体を何度も蹴り続けた。
 あのままでは不味い。死んでしまう。
 決死の覚悟で、俺は力を振り絞った。身体を揺らすだけで、激痛に叫び声を上げたくなる。
 腹這いで必死に進む、その間も、ヤマイヌはロイガを痛めつけていた。ロイガは声すら上げず、蹴られる度にその身体が揺れる。
「あぁ?」
 ヤマイヌの足を、俺は掴んだ。
 少し意外そうにヤマイヌは俺を見つめる。軽装の俺が、あの蹴りを食らって復帰するとは思っても見なかったのだろう。
「失せろ。殺すぞ」
 そう言って俺を振り払い、再びヤマイヌはロイガに攻撃を加える。
 それでも俺が追い縋ると、俺の頭を今度は踏みつけた。
「ラスト、てめぇはあんまり殺したくねえんだがな」
「ぎっ、ぐ……あがぁ……」
 頭が潰れそうで、俺は苦悶の表情を浮かべる。
 俺が大人しくなると、ヤマイヌが足を引く。
 その瞬間に、俺は身体を起こしヤマイヌに縋り付いた。
「お願い、します……ロイガを、殺さないで」
「俺は見逃すと言ったはずだ。虫のいい奴だな」
 俺を見下しながら、ヤマイヌは暫く考え込んでからまた笑う。
「だったらよぉ、こいつの代わりにお前が死ぬのはどうだ」
 嬉しそうに言うヤマイヌ。
 その瞳が、突然見開かれた。
 俺がどんな顔をしているのか。きっと、ヤマイヌしか知らない。
「ほらよ、別れの挨拶くらいはさせてやる」
 足を軽く動かして、ヤマイヌは俺の身体をロイガと重ねる。
 俺は必死に顔を上げて、ロイガを窺った。
「ロイガ、大丈夫か?」
 ロイガはまだ死んでいなかった。静かな息遣いと、僅かに身体が震えているのがそれを教えてくれる。
 虚ろな目は、どうにか俺を捉えていた。
 首に腕を回し、俺はロイガを抱き締める。
「ごめんなロイガ。俺、やっぱりお前が死ぬのは嫌だから」
 ロイガが懸命に身体を動かそうとする。嬉しかった、こんな俺をまだ護ろうとしてくれる事。
 溢れた涙を、ロイガの頬に擦り付ける。
「だから……さよならだ」
 顔を離して、笑顔を向ける。
 その瞬間、頭に痛みが走って俺はロイガの身体に倒れ込み、意識を失った。

 毛布に包まって、身体を丸めていた。
 薄く瞼を開いて、俺は起き上がる。
「んー……変な夢だったな」
 たった今見ていた夢を反芻する。馬鹿らしい夢だった。
 あんな事。あるはずがないのに。
「なんだ、悪い夢でも見たのか」
 声が聞こえて、俺は欠伸を掻く。
「うーん、まあそんなところ。夢だからいいけどさ」
 ベッドから立ち上がると、俺は脱ぎ散らかした服を身につける。
 朝はこうしないと、さすがに全裸は寒いんです。
「いいよなぁ、俺と違って温かそうで」
 そう言って、俺は大袈裟に身体を震わせる。
「おはよう」
 その言葉に、俺は振り返った。
「おはよう、ヤマイヌ」
 全裸のヤマイヌは、俺を見ていつもの様に笑った。

 甘い香りが鼻腔を突いた。
 最初はそれに驚いて、でも、少しするとその香りは俺に寄り添う様に抵抗が無くなっていく。
「……ヤマイヌ?」
 薄く瞼を開くと、俺を見下ろすヤマイヌの顔が見える。
「なんか、変な臭い」
「少し我慢しろ。その内慣れる」
「……うん」
 ヤマイヌの大きな掌が、俺の視界を塞ぐ。
 言葉通り、既に漂う香りに違和感は感じなくなっていた。
「随分身体を痛めたんだ、リラックスしないと回復しねえぞ」
「うん、ありがとう」
 掌が、俺を優しく撫でる。
 段々とその感触が遠く感じて、次第に俺はまた眠りに落ちていった。

 数時間後、目を覚ますとあの臭いは無くなっていた。
 ゆっくりと身体を起こす。ヤマイヌの姿も今は見当たらない。
 身体を捻って、痛みに顔を顰める。
 階段でずっこけて落ちたなんて恥ずかしい事やらかしたのはついこの間で、それ以来俺はこうして一人で昼寝をする事が多くなった。
 一頻りストレッチに没頭してから顔を上げると、食欲をくすぐる匂いが今度はした。
 そっと部屋の扉を開ける。無機質な造りの部屋を出ると、少し狭い台所で大男のヤマイヌが一人調理に没頭していた。
「起きたか」
「うん。おはよう、二回目だけど」
 振り返ったヤマイヌは、出来上がった料理を早速テーブルに置いていく。
「俺が作ったものだから、期待はするんじゃねえぞ」
「わかってるって。ごめんねやらせちゃって」
 ヤマイヌの身体を俺はじっと見つめる。
 身体に見合う服が無いのか、今も着ているのは大き目のハーフパンツだけで、なんとなく艶かしい。
 半獣の身体で、狭い台所は辛いのか出された料理はお世辞にも綺麗な出来栄えとは言えなかった。
 俺のために作ってくれたのだから、そんな事は気にしないんだけど。
「ほら、あとは俺が作るから、ヤマイヌは座っててよ」
「ああ、すまん」
 巨体を押して、さっさと台所から追い出す。ついでにモフモフの体毛に隠れて気づかなかったエプロンも回収する。
 こんなのつけても、身体が食み出てほとんど意味が無いんだろうなと思うと、笑みが零れる。
「身体の調子はどうだ?」
「そこそこかな」
 もう一週間も休んでいるのに、未だに身体の節々が痛い。時々頭痛もするし。
 そういう時、ヤマイヌは俺を優しく看病してくれるから嬉しかったりする。
「そっちこそ、仕事は順調?」
「まあ、ぼちぼちな」
 手早く作ったサラダと珈琲を持っていく。珈琲を舌先で舐め取って、ヤマイヌは渋い顔をした。
「俺も、早く仕事に復帰できたらいいんだけど」
「無理すんなよ。今のところ、金に不自由はしてねえからな」
 俺に負担を掛けまいと、そう言ってヤマイヌはにやりと笑う。
 朝食を作り終えて、俺もヤマイヌの元へ向かう。
「そうだけどさ。せっかく俺とヤマイヌ、二人で何でも屋をやれるようになったのに、いきなりこんなんだしさ」
 今まで一人で気ままに何でも屋をやっていた俺が、丁度同じ仕事をしていたヤマイヌと知り合ったのはついこの間。
 気が合って、それからとんとん拍子に一緒になっていた。
 同棲するようになって、さあこれから。そんな矢先に階段からずっこけたのである。
「仕方ねえだろ。それに、休める時に休まないとまた体調崩すぞ」
 どうにか復帰しようと無茶なトレーニングして身体壊したのも、まだ新しい記憶で。
「反省してます」
 深々と頭を下げると、ヤマイヌはちょっと可笑しそうに笑った。
「それじゃ、行ってくる」
 夕暮れ時になると、ヤマイヌは立ち上がって仕事に行く。
「今日はどんな仕事なの?」
「そりゃ言えねえな。守秘義務ってやつだ」
「えー……同じ仕事じゃん」
「そういうのは、復帰してから言うんだな」
 そう言って、意地悪そうな顔でヤマイヌは俺の頭に手を置く。
 俺に仕事の内容を知らせて、気を逸らせない様にしてくれているんだろうな。
 扉が閉まるまで笑顔で見送ってから、溜め息を吐いて俺はソファーに突っ伏す。
 もうずっとこんな状態。ヤマイヌに迷惑ばかり掛けていて申し訳ないなと思う。
 夜だって、俺の身体の事を考えて本格的な事は我慢してくれてるし。
 せっかく両思いになれたんだから、ちゃんとセックスしたいのにな。
 それでも最近は大分マシになってきたので、今日辺りアプローチしてみようかなと思っていたり。
 そんな事を考えて、俺はヤマイヌの帰りを食事の支度をしながら待つ。
 途中、再び睡魔に襲われてベッドに横になる。
 ヤマイヌに手渡された痛み止めの薬を飲んで、しばらくヤマイヌの事を考えた。
 いつも、どんな仕事しているのかは教えてくれないんだよな。
 気持ちは嬉しいけれど、やっぱり俺もヤマイヌの役に立ちたかった。
「……本当、早くなんとかしなくちゃな」
 まどろみながら、俺は決意を固めた。

 ずしり、と足音が聞こえる。
 起き抜けに伸びをしていた俺は、耳をそばだてて慌てて玄関へ向かった。
「おかえり、ヤマイヌ!」
 扉が開かれると同時にヤマイヌに声を掛ける。
 ヤマイヌは、ちょっと驚いた様な顔をした後いつもの調子で口元だけで笑った。
 巨体に抱きついて、思いっきり匂いを吸う。ヤマイヌの匂い。
 ふと、嗅いだその中に見送った時には感じられなかったものが混じっているのに気づく。
「怪我したのか?」
 血の臭いに、俺は顔を顰めてヤマイヌを見る。
「俺じゃねえけどな」
「……そっか」
 人の多い街で受ける依頼。当然人との諍いもある。
 俺はそういうのは嫌だから、なるたけ避けて仕事を受けるけれど、ヤマイヌはそうじゃないみたいだった。
 そのヤマイヌに支えられている俺だから、文句を差し挟む事もしないけれど。
「お風呂、沸かしてあるから」
「ああ、ありがとよ」
 扉を閉めて室内に入ると、ヤマイヌはそのままハーフパンツを脱いで裸になる。
 脱いだ物を預かってヤマイヌを浴室へ見送ると、俺は洗濯へ向かった。
 改めてヤマイヌの着ていた服をチェックする。僅かに返り血が飛んでいるのを見つけて唸った。
「血は落ちないんだよなぁ……」
 一応仕事用の服だからいいけど、と溜め息を吐きながらシャワーを浴びはじめたヤマイヌの方を見る。
 扉が閉まっているから見えないけれど、気持ち良さそうに浴びてるんだろうな。
 ヤマイヌの艶めかしい姿を想像して、俺は身体を熱くした。
 そんな事を考えて悶々としながらバスタオルの用意をしていると、扉が開いてヤマイヌが姿を現す。
「早かったね」
「お前が物欲しそうな顔してるからな」
 あ、やっぱ分かるのねそういうの。
 はにかみながらタオルを渡すと、ヤマイヌは身体を丁寧に拭きはじめる。
 俺もタオルを一つ手に取り、その背中を丁寧に拭いた。
 俺にできる事って、今はこれぐらいなんだよな。
 なんて後ろ向きな考えで世話をしていると、突然ヤマイヌに抱き寄せられる。
 真冬の寒さの中、温かい体毛に埋もれて心地良さに俺は息を吐く。
「随分大人しいじゃねえか」
「もう準備してあるからさ」
「手馴れたもんだな」
 ヤマイヌの大きな手が滑り、俺の服の中へと侵入してくる。
 背中を撫ぜて、身体を屈ませたヤマイヌが俺の唇を奪う。
 長い舌が口内に滑り込み、俺を窒息させようとする。
 逃げる様に口を離すと、少しだけ間を置いてヤマイヌは繋がったままの唾液を辿って再び俺の口を塞いだ。
 徐々に頭の中が蕩けていく。口付けを交わす度、甘い声が上がる。
 ヤマイヌの身体に凭れ、俺は溜め息を吐いた。
「身体、もう平気だよ。……今日はしてくれるよな?」
 瞳を潤ませて、獣の瞳を見つめる。
「そいつぁ、お前次第だ」
 軽々と俺の身体を抱き上げると、ヤマイヌは俺をベッドまで運んだ。
 ゆっくりと俺を下ろし、遅れてヤマイヌも俺に覆い被さる。
 傍から見れば、獣に捕食される獲物に見えるんだろうな。

 恥辱に、思わず腿に力を篭めようとする。
「うぅっ……ヤマ、イヌ……」
 俺の太腿を掴み寄せたヤマイヌは、そのまま持ち上げ尻に顔を埋めていた。
 長い獣の舌が、俺の中で這いずり回って快感を与えてくる。
 肉弾戦を得意とするためか、ヤマイヌの指先には鋭利な爪がある。
 そのため、ヤマイヌは俺に繊細な愛撫を行う時は必ず舌を使っていた。
 口元から始まり、耳を弄り、首から徐々に下りては俺の身体を舐め回し、唾液塗れにしていく。
 そうして下りた先で、爆発しそうな俺のペニスを器用に避けて肛門を探り当て、くじる。
 腸壁を何度も舌がなぞり、背筋を駆け上がる様な鋭い快感に俺は喘いでいた。
 時折、しつこく舌を出し入れしわざと水音を立てられると羞恥に涙を流す。
 嫌という程、ヤマイヌは俺の身体を蹂躙していた。それでも、まだ足りない。
「ごちそうさん」
 ぷはっと息を吐き、俺を開放したヤマイヌは嫌らしい笑みを湛えて言う。
 零れた唾液に濡れた口周りを舌で丁寧に舐め、息も絶え絶えの俺を見下ろしていた。
 いつもなら、舌の愛撫で俺を射精させて早々に事は終わる。
 ヤマイヌもそれで満足なのか、その間に自らを扱いて出してしまう事が多い。
 けれど、今日は違っていた。
 全裸のヤマイヌの股間には、いつも見えている滾りが無かった。
 俺は自分の射精欲など歯牙にも掛けず、起き上がるとヤマイヌに抱きつく。
 ヤマイヌがゆっくりベッドの上に腰を下ろすのを確認してから、今度は俺からの愛撫が始まった。
「どうした、積極的じゃねえか」
 意地悪な事を言われる。
 俺と違って場数を踏んでいるのか、ヤマイヌのペニスは勃起すらしていないのだ。
 今日こそは、なんて意気込みで臨んでいてこんな所見せられたら、俺から奉仕しない訳にはいかない。
 ヤマイヌは身体を少し後ろに傾け、片腕で支えて俺に逞しい裸体を晒す。
 ヤマイヌがしてくれた様に愛撫をしたいところだけど、待ちきれなかった俺はすぐにその股間へと顔を埋めた。
 袋に舌を這わせる。その上に俺と同じ様なペニスはついていない。
 ヤマイヌの下半身は、犬の形を強く表している。当然そのペニスも俺とは違っていた。
 ペニスの収まっている部分をそっと甘噛みすると、中に少しだけ硬くなったそれを感じ取る事ができる。
 袋の少し上を舌先で突き、顔を出す様に丁寧に愛撫をしているとやがて赤黒いペニスの先端が飛び出してくる。
 先を口に含み、俺は目を細めてしゃぶった。すぐに興奮したヤマイヌの怒張が姿を現す。
「いいぞ、上手いな」
「んっ、ん……」
 頭を撫でられ、俺は何度も頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 やがて、完全に勃起したヤマイヌのペニスを吐き出して湯気の立ちそうなそれを見つめる。
 先端が少し尖ったそれは、俺の視線を受けびくびくと震えながらも透明な液体を吐き出し続ける。
 根元の方には僅かばかりの膨らみがあり、俺や他の人とは明らかに違う様相を呈している。
「怖くねえか、こんなもん突っ込まれてよ」
 ふと顔を上げると、ヤマイヌは俺を見つめて少し心配そうに言う。
 一緒に暮らしはじめてまだ間もないけれど、ヤマイヌが自身の身体に劣等感を抱いている事は分かっていた。
「大丈夫だよ」
 身体を起こして、首に抱き付く。ヤマイヌの豊かな体毛の感触が心地良い。
「他の誰が何言ったって、俺は平気」
 ぽつりぽつりとベッドの上で出生を語ってくれたのは、ついこの間。
 気づいた時、ヤマイヌは既に一人ぼっちだったのだという。
 自分が誰にも必要とされていない原因が、半獣であるとヤマイヌが断定するのに時間は掛からなかった。
 軽度の半獣なら、そこら中に居る。俺だって詳しく調べたらそういう特徴があるのかも知れない。
 けれど、ヤマイヌの様に重度の特徴を持った半獣は稀有な存在だった。
 常に色眼鏡で見られる。自分自身を見てはもらえない。
 ヤマイヌとはまるで事情が違うけれど、俺にも理解できる事だった。
 そっと片手を伸ばして、ヤマイヌの股間を弄る。
 ようやくその気になったのか、ヤマイヌの俺を見る目が変わっていた。
 ヤマイヌを見送る時、俺に背を向けるその瞬間僅かに見える目。
 獲物を狙う目だった。

 舌が引き抜かれる。その感覚に俺は身体を反らせた。
「ケツ上げて、誘ってみろよ」
 ヤマイヌは短くそう言い、俺を見下ろす。
 四つんばいになると、尻を上げてヤマイヌに見せ付ける様にする。
「まるでメス犬だな。そそるぜ……」
 言葉責めに唸る。また涙が浮かんでいた。
 それでもヤマイヌの身体を考えると、正常位は辛いからこうして後背位の体勢で受け入れなくてはならない。
 挿入を今か今かと待ち続けている内、俺は知らぬ間に腰をくねらせていた。
「あっ」
 肛門に、ヤマイヌがペニスを当てる。
「欲しいんだろ? 俺が」
「あぁ、ヤマイヌぅ……」
 背後からせせら笑いが聞こえる。これ以上無い程に惨めな気分に落とされる。
 それなのに、俺はヤマイヌを求める俺自身の動きを止められそうになかった。
 尻を押し付けようとすると、ヤマイヌの大きな掌に軽く打たれて悲鳴を上げる。
「ぶち込んで欲しいならよ、俺をその気にさせろよ。どうして欲しいんだ? 言ってみろよ」
「ヤマイヌ、お願い……」
「言え」
 低い声が、俺の心を抉る。最後まで残していた理性と羞恥を追い出そうとする。
「入れて……ください! ヤマイヌのチンポ俺にください!」
 ヤマイヌの笑い声が聞こえる。それに続く様に、ヤマイヌは一気に俺を貫いた。
「あああぁぁっー!!」
 身体を仰け反らせ、俺は狂喜して叫び声を上げる。
 ヤマイヌとの初めてをこんな風にしたくはなかったという想いと、やっと繋がる事ができたという想いがぶつかり、涙が溢れ出してくる。
 ヤマイヌのペニスは、根元の瘤の様な膨らみだけを残して俺の中を蹂躙していた。
 肛門に、ごつごつと瘤が何度も当たる。
「ヤマ、イヌっ、ああっ、中で当たって……当たってるぅっ!」
 舌先で覚えた俺の感じる部分を、ヤマイヌは乱暴に突いてくる。壊れそうになるのを必死に堪えた。
「なんだぁ? ほとんど突っ込んでやったのに随分気持ち良さそうじゃねえか。俺の居ない間にどこの雄とヤったんだよ?」
「ち、ちがっ……そんな、他の奴となんてっ、あぁぁっ!!」
 一度引き、掬い上げる様にヤマイヌが突き上げてくる。それにも俺は甘い声を出していた。
 ぼたぼたと涙を落として、俺は必死に体内にあるヤマイヌを締め上げる。
 ヤマイヌだって本当は解かっているはずだ。俺が他の奴と会っていたら、ヤマイヌの嗅覚ならそれを探り当てる事ぐらい訳も無い。
「なら昔の男か。随分遊んでたんだなぁ……お前は!」
「うあああ!」
 泣き叫ぶ俺をヤマイヌは犯す。覆い被さり、俺の耳元で唸りと笑いを響かせる。
「今は、ヤマイヌだけだから……だから……」
「ああ、そうだな。仕方ねえから俺が貰ってやるよ」
 我ながら、なんとも情けない想いの伝え方だと思った。それでもヤマイヌが俺を受け入れてくれた事が嬉しい。
 満足したのか、ヤマイヌも今度はゆっくりと腰を動かしはじめる。
「うぅぅ、凄い、ヤマイヌの……っ、あぁっ」
 結合部から、ぼたぼたと透明な液体が落ちてくる。
 中に挿入されたヤマイヌのペニスからは、絶える事なく透明な液体が出続けている。
 ヤマイヌが腰を引く度、ペニスに纏わりついていた水気が外に出され互いを濡らす。
 そのまま力強く突き上げ、激しい水音を立てて更に辺りを汚していた。
「ぐぅぅ、グルルル」
 段々とヤマイヌの声に、唸り声が交じりはじめる。同時に腰の動きも激しさを増す。
「オラ、まずは軽く一発抜くぞ……しっかり締めろよ」
「ああぁっ、ヤマイヌぅ!!」
 締まりを良くしろと、また尻を叩かれヤマイヌは本腰を入れてピストン運動を始める。
「オオッ、いいじゃねえか! 出す、出すぞおおぉぉ!!」
 シーツを破く音がする。体重を支えるためにヤマイヌが出した手が、俺の目の前でベッドに爪を立てシーツを切り裂いていた。
「ガアアァァッ!!!」
 雄叫びを上げて、ヤマイヌは動きを止める。必死に身体を支えて、俺はその様子を見守った。
「ハァ、ハァ……おぉぉ、効くぜぇ……」
 ヤマイヌは、ペニスの付け根の辺りを自分で握り、身体を何度も痙攣させている。
 その度に俺の中にある部分が脈打ち、俺も合わせる様に身体を震わせる。
 少しでもヤマイヌが満足してくれる様に、必死に力を篭めていた。
 一頻り精液を吐き出して満足したのか、ヤマイヌは気持ち良さそうに唸りペニスを引きずり出す。
「ひあっ!」
 その刺激で、俺は情けない声を上げ射精に至る。
 既に体内から引き抜かれたペニスを締めるために篭めていた力で、肛門からヤマイヌの精液が溢れ出る。
 俺が出した精液よりも、いくらか水っぽいそれはそのまま俺の身体を伝ってペニスの先へ辿り着く。
 二つの精液が交ざり、まるで俺がヤマイヌの分も射精したかの様だった。
「くっ、はははは! いい眺めだなラスト! 前後から種汁出してる気分はどうなんだ?」
 俺はそれに答える事もできず、そのままどろどろと精液を吐き出し続ける。
 やがて力尽き、ベッドに突っ伏して荒く息を吐いていた。
 どうにか顔を向けヤマイヌを見遣ると、そのペニスはさっきまでと同じ様に震えて透明な汁を垂れ流していた。
「まだ上澄みを抜いたくれぇだが、随分辛そうだな」
 不満そうにヤマイヌは言う。分かっていたけれど、ヤマイヌと俺では体力の差があり過ぎた。
 加えて病み上がりの俺では、その相手を満足にする事も難しい。
「今日はもう」
「ヤマイヌ」
 ヤマイヌの言葉を遮り、俺は全身に力を入れ先程までの体勢に戻る。
「俺、まだ平気だから……もっとして……」
 垂れ下がっていた尻尾を退かして、尻を突き出す。
 片手で尻たぶを引いて、精液の溢れ出す穴をヤマイヌに見せつける。
 それを見て、ヤマイヌはまた笑い声を上げた。
「お前は献身的だなぁラスト。気に入ったぜ」
 優しい声色でヤマイヌは言う。次の瞬間にはまたその凶器を俺の中に捻じ込む。
 俺はもう悲鳴も上げなかった。膝にだけは力を入れ、くずおれてただ呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動けなくなった俺を、ヤマイヌは抱き上げ背面座位の体勢へと移行する。
 ヤマイヌが激しく突き上げてくる。懸命に腕を上げ、俺の肩に置いてあるヤマイヌの首に触れる。
「くたばりそうな癖に、ここは元気だなぁおい」
 乱暴に犯しながらも、ヤマイヌは執拗に俺の感じる所を刺激し続ける。
 そのせいで、俺の意思に反してペニスも震える。
「い、イきそう……」
「おおっと、そうかそうか」
 一度動きを止め、ヤマイヌは片手を俺から離す。
 やがて戻ってきたその手には、半透明で筒状の物が握られていた。
 それを一度手の中で握ると、既に潤滑剤が入っているのかぐちゃぐちゃと音が立つ。
「ほらよ」
 ヤマイヌはそれをなんの躊躇いも無く、俺のペニスに装着する。
 口を開け、目を見開き、しかしそれでも俺は声も発せずに身体を仰け反らせる。
「我慢するなよ。俺も、そろそろ食いたくなった」
 先程よりも更に優しくヤマイヌは俺を抱く。片手は絶妙な力加減で筒を握りながら動かし、残った方は乳首を弄る。
 爪を立てない様に指の腹が当てられる。掻き抱く様にするやり方で、腕の部分でもう一方も刺激される。
 首筋を舐められる。気を取られた瞬間、また突き上げてくる。
「イく、イくぅぅ!! うあぁぁぁ!!!」
 身体が痙攣し、涙を溢れさせて俺は絶頂を迎える。
 半透明の筒の中を俺の精液が真っ白に汚していく。
 ヤマイヌは射精を催促する様にすべての愛撫を止める事なく、搾り取る様に根元から何度も強く俺を扱く。
「あぁ……」
 やがて射精が治まると、筒に解放され、役目を終えた精液塗れのペニスが現れる。
 採取した精液の入った筒を掲げ、ヤマイヌは口を開け舌を伸ばす。
 耳元に生々しい音が飛び込み、遅れて中身がゆっくりとヤマイヌの口内へと落ちる。
「うめぇ……堪んねぇなぁ」
 目を細め、恍惚の表情でヤマイヌは筒口に舌を這わせて精液を飲み込む。
 挿入する事ができなかった間も、ヤマイヌは最後に俺の精液を欲して、こうして口にしていた。
 どうやらヤマイヌにとってはそれが興奮する様で、俺の中にあるヤマイヌのペニスも嬉しそうに跳ねる。
 一頻り精液を啜り、満足したのかヤマイヌは筒を放して俺を見据える。
「そんじゃそろそろ仕舞いにするか」
 俺の身体をヤマイヌは抱き寄せる。
「お前は最高だぜラスト。献身的だし、怖がる事もねえ。本当に、最高だ」
 大きな身体を丸めてヤマイヌは俺にぴったりと寄り添う。太い腕から絡み付いてくる。
「だから、俺の全部を受け止めてくれるよな?」
 ヤマイヌの息遣いが荒くなる。僅かに芽生えた恐怖を振り切る様に、俺はヤマイヌに向かって微笑んだ。
「孕ませてやるよ、俺が」
「ああっ!」
 言葉の意味を考えるよりも先に、ピストン運動が始まる。
 今度は今までとは違う。獣の様に俺を犯しているヤマイヌが、ただ射精をするためだけに動く。
 抱き締める腕が俺を落とし、快感が得られる様にヤマイヌは腰を突き上げてくる。 
「グゥゥッ、もう少し、もう少しだっ!」
 滅茶苦茶にヤマイヌが腰を動かす。俺はもう喘ぐ事もできなくなっていた。
 ただ早く終わってくれる様に、ヤマイヌが満足してくれる様に、それだけを願う。
「うおおぉぉぉーーーーっ!!」
 ヤマイヌの興奮が最高潮に達して、雄叫びを上げる。狂った様に出し入れさせていたペニスを一番奥へと突っ込む。
「イくぞ! 孕めよ!! ウガアァァッ!!!」
 その瞬間、硬い物が当たる感触に俺は震える。
 僅かに抵抗を見せるよりも早く、それは俺の中に無理矢理入ってくる。
「ひっ! あ、や……うぐぅ!」
 鈍痛に俺は悲鳴を上げた、けれどもう遅い。
 ヤマイヌはペニスの根元にある瘤ごと、俺の中へ挿入していた。
「オオオオォーーーーッッ!!」
 俺の中に、大量の精液が吐き出される。勝ち誇った様な獣の咆哮が耳に痛い。
 ふと、腹部から違和感を覚える。遅れて気づく、違和感は俺の中からだった。
「あああぁっ、ヤマイヌの、でかくなって……うっ、うぅぅ」
 侵入を果たした瘤が、俺の中で体積を増していく。
 次第に苦しくなって、咄嗟に抜こうとするが、既に俺の体内で瘤が膨らみ過ぎてそれも無駄だった。
「おおおっ、ぐっ……ああ、まだ出るぜぇ……」
 俺が動いた事でヤマイヌには快感が走るのか、更にヤマイヌは射精を続ける。
 限界まで瘤で広げられ、その中を精液が通る。完全に繋がった俺は、それを嫌という程感じる。
 どくどくと中で溢れてくる。それなのに、結合部からは一滴もそれが出てくる気配がない。
 膨らんだ瘤はペニスよりもずっと太く、俺の中を栓をする様に塞いでいる。それどころか更に膨らみ、俺の直腸を肛門より広げている。
「あ、あぁっ、や、抜いてぇ……ヤマイヌ、俺、おかしくなる……ケツが、ああっ!」
 痛みが走る。声を上げる。それが、またヤマイヌの刺激になる。
「言っただろ……孕ませてやるって。俺みたいな化け物はこうやってガキ作るんだ」
 直腸がヤマイヌのペニスと精液で満たされていく。瘤で気を取られていたけれど、それが少しずつ上がってくる。
 苦しくて、俺は犬みたいに息を弾ませて必死に痛みを逃がしていた。
「ガキはできねぇが、孕んでるみてぇだろ? どうだ、気分は」
「う、動かさないでぇ!」
 ヤマイヌが軽く体勢を直す。それだけで中にある物が強く擦れ、瘤から痛みが伝わる。
 ぎちぎちに詰められたこの部分だけは、慣れるまで鈍痛が消える事はない。
 俺の悲鳴とは裏腹に、ヤマイヌの射精はまだ止まらない。
「抜いてほしいか? けど悪いな。こいつは俺が全部出すまでこのまんまだ。
無理矢理抜こうとしたら……どうなるか、わかるよな」
 また、軽く動かされる。それだけでもう痛い。
 こんな状況で抜きでもしたら、俺の身体はただでは済まないだろう。
 泣きじゃくりながら、俺は更に襲い来る圧迫感に震える。
 段々と下腹部にまで上り詰めてきたそれに、奇妙な満腹感を覚える。
「あっ、あぁ……中が、熱い……」
 味わった事などあるはずもない、未知の感覚に全身から汗が噴出す。
 ヤマイヌはもう何も言わず、ただ射精に専念していた。
 体内から届く奇妙な感覚に、俺の身体はまた震え、ヤマイヌを求める。

 どれだけの時間そうしていたのだろうか。
 刺激が足りない時に動かされ、苦しく喘ぐ事も次第に慣れてきた頃、ヤマイヌが大きく息を吐く。
「もういいだろ。……抜くぜ」
 満腹感に翻弄されていた俺は、ヤマイヌの瘤が小さくなっているのにも気づいていなかった。
 充分吐き出したとヤマイヌの身体は反応したのか、今までとは違いあっさりと瘤の部分が俺の中から抜けていく。
「見ないで、ヤマイヌ……」
「何言ってんだ。俺の物になったんだ、全部見せろよ」
 栓が抜かれて、俺には余裕が無くなる。直腸内に止めていた物が溢れ出てくる。
「あっ」
 空気の抜ける音、それに続いてどろりと精液が出てくる。
 勢い良くとまではいかない。しかし途切れずに、俺の中にヤマイヌが仕込んだ精液が流れ出す。
「うぅぅ……やだ、見ないでヤマイヌ……あぁ……」
 べそを掻きながらも、排泄に似た快感に浅ましい声が出る。
 ヤマイヌは笑みを浮かべながら、俺の下腹を撫で摩り少しずつ押してくる。
 シーツの染みが広がる。広がる度、俺の羞恥も大きくなり、それは快感にも繋がっていった。
「どうだ、孕まされた気分は? ……頑張ったな」
 俺の身体を振り向かせ、向かい合うとヤマイヌは優しく抱き締めてくる。
 先程までの嗜虐性は鳴りを潜め、頬を舐め愛おしそうに俺を見つめる。
「うん……シーツは駄目になったけど」
「はは、悪い悪い」
 精液塗れになったシーツの上に乗るのは流石に勘弁してほしかった。そのまま寝たりした朝には自慢の毛皮がぱりぱりになる。
 断ってから、俺を一度ベッドから下ろしたヤマイヌは手早くシーツを取り替える。
 真冬の寒さに身体を震わせている俺をすぐに救助すると、ベッドの中で抱き合った。
「はぁ、なんか……凄かったな」
 ようやく落ち着いた今も、先程までの激しい情事がまざまざと脳裏に甦る。
 主導権をすべて握られ、乱暴に犯される。レイプ染みたやり方だった。
 それでも文句を言わないのは、それ以外でのヤマイヌの態度がいつだって優しいからなんだろうな。
 仕事に出る時にほんの少しだけ見えていたあの顔が、セックスしている時はずっと見られる。
 自分が知らないヤマイヌを知る事ができるのが、俺は嬉しかったんだ。
「すまねぇな、俺はこんなやり方しかできねぇんだよ」
 確かに、行為の間のヤマイヌの発言などはかなりの物があったけれど、行為自体は至って普通だった気がする。
 瘤を突っ込まれて抜けなくなった時は怖かったけれど、普通の四足で歩く犬なら当然の身体機能である。
 まあ、その機能を持ってるのがこの馬鹿でかい狼なんだけど。
 ヤマイヌは今も心配そうに俺の身体を摩っている。自分にとっては普通でも、それに俺が耐えられるか不安なんだろう。
 重い身体を必死に動かして、俺はヤマイヌと軽く唇を合わせる。
「言っただろ、大丈夫だって。それに受け止めろって言ったのは、ヤマイヌだろ」
 顔を離して力無く俺は笑う。一瞬きょとんとした表情をした後、ヤマイヌは強く俺を抱き締めた。
「やっぱ、いい奴だなぁお前。……好きだぜ、ラスト」
「俺も、好きだよヤマイヌ」
 やっと言えた。心だけじゃなく、身体で繋がった後に、ヤマイヌに伝えたかったんだ。
「……愛してる」
 耳元で囁かれる。思わず今度は俺が驚いた。
「うん、俺も……愛してる」
 冬の寒さを凌ごうと、お互いに身を擦り合わせる。
 ヤマイヌの笑い声が聞こえた。嬉しくて、俺の口元からも堪えた様な笑い声が零れた。

戻る

野良犬20の1 フィルタ.png
野良犬20の2 フィルタ.png

© 2023 by Name of Site. Proudly created with Wix.com

bottom of page