ヨコアナ
9.出来損ないの呼び声
小銭を握りしめて、俺は売店に並んでいた。
「すみません、二つください」
注文をすると、程無く俺の手元にはソフトクリームが届けられる。
礼を言って列から抜け出すと、早足で俺は目的の相手の元へ向かった。
「おまたせ、ロッジさん」
少し離れたところでじっと待っていたロッジにアイスを差し出すと、遠慮がちにその手が伸びてくる。
「悪いな」
「いえいえ」
受け取ったアイスをロッジは長い舌で蹂躙する。エロいな。
「それより、どうする? 結構見て回ったと思うけど……店の中以外は」
「そうだなぁ」
器用に舌を出して溶けるアイスを落とさぬ様にしながら、ロッジは答える。
「……何か、思い出した?」
「いや全然」
「まあ、ただぶらぶらしてるだけだし仕方ないか」
手掛かりなんてものは無い訳で、とするとできるのはこうして街を歩く事だけ。
見覚えのある景色でもあったらいいなと思ったけど、やっぱりそう旨く行く訳がない。
店の中はロッジの風貌もあってかなり目立つし、店によっては入店拒否食らうから見られないし。
そんな訳で食い倒れよろしく、歩いては近くの売店で適当に身繕ってを繰り返していた。
「焦らず、と言いたいところだけどロッジさんもそろそろ戻りたいよね」
「いつまでもあの人の世話になってても仕方ないしな、依頼料の事もあるし」
相変わらずロッジは無一文な訳で。今回の依頼料はマスター持ちである。
といってもマスターから依頼料は頂けないので、精々経費の請求くらいに落ち着くんだけど、
それも、ロッジが記憶が戻ったら自分で払うとはっきり宣言していた。
「確かに俺は何でも屋だけど、こういう事はお互い様って気もするから、お金は気にしないでよ」
「……良い奴だなラストは」
「えへへ」
格好良く決めたところでそんな事を言われて照れが込み上げる。
表面ではそんな風に振る舞いながらも、内心ではロッジの事について考えていた。
結局記憶は戻らず、そうなると気になるのはやはり路地に倒れていた事だ。
事件に巻き込まれた、というよりはロッジ自身が狙われていた気もする。
ロイガの気をつけろという言葉が浮かんできた。
「さてと、一度カフェに戻ろっか」
「ああ、そうだな」
気になる事はもう一つだけあった。
正直、ロッジの容姿はかなり目立つ。言っちゃ悪いけど野獣そのまんまだし。
適度に聞き込みもしたけれど、ロッジを知っている人が居ないというのも気になるところだった。
今日歩いていた限り、それこそ四方八方から奇異の目が飛んでくる勢いな訳で、
そのロッジを皆が今まで知らなかったというのなら、この辺に住んでいる人ではないのかも知れなかった。
俺も今まで知らなかったし。
かといって遠くなのがわかっても、どこに行けばいいのかはわからないのでお手上げである。
「ラスト?」
「ああ、ごめん」
考え込んでいる俺にロッジの声が飛ぶ。歩調を合わせてカフェまで行く。
「うーん、結局なんもなかったなぁ」
そんな事を言いながら、あの路地までやってくる。
「と、最後にここだけ見ておくか」
まったく見てなかった訳じゃないけど、確認の意味も込めて路地を探る。
薄暗い床にはロッジの身体から流れ落ちたであろう血が、血痕になってそこにあった。
マスターとしてはさっさと綺麗にしたいところだろうけど、手掛かりになるかも知れないと現場は保存してある。
「……どう?」
背後に居るロッジに振り返って問い掛けるが、やっぱり首を振られる。
「なんでこんな所で倒れてたんだろうな」
もう一度血痕に視線を送る。
血痕は奥に続いていて、こちら側には無い。
その向こうにあるのは、俺の身長より何倍も高い壁。行き止まりである。
反対側も構造としては似た様なもので、調べたけれど血痕は向こう側にもあった。
向こう側でも血痕が途切れていたのでそこから辿る事はできなかったけど、
これを飛び越えたロッジの脚力はかなりのものだろうな。
状況を反芻して俺は溜め息を吐く。
これだけじゃ、とても解決の糸口にはなってくれなさそうだ。
ロッジも現場を見てくれているけれど、何も思い出せないみたいだし。
「いらっしゃいませ」
諦めてカフェの扉を開けると、いかつい虎人が挨拶をしてくる。
「……外なんて珍しいね」
「ああ」
俺を迎えてくれたロイガは、それだけを返してカウンターに俺達を案内してくれる。
ロッジが相変わらず他の客に見られているけれど、できるだけ服は着せたのであとは諦める事にした。
「おかえりラストくん、どうだった?」
料理をロイガに渡したマスターが、期待の眼差しを向けてくる。やめて、そんな目で見ないで。
俺が苦笑いをするとそれだけで伝わったのか、その表情が曇る。
「やっぱり手掛かりが少ないのかな」
「そうですね……こういう時、所持品で身元がわかるっていうのはよくある話ですけど、ロッジさん何も持ってなかったし」
それどころか、追い回されたのかぼろぼろになった服を着ていただけだったので手掛かりになんてなるはずもなかった。
その服も病院に送られた後に処分されちゃったみたいだし。血塗れでぼろぼろじゃ仕方ないよね。
「一応、半獣って手掛かりはあるけど、そっちも駄目でした」
一人で調べてみた事だけど、不思議と何かが引っ掛かる事はなかった。
結局お手上げ状態である。
「疲れたぁ……」
カウンターで突っ伏す俺の前に、珈琲が置かれる。
風で程良く冷えた身体には嬉しい物で、俺は尻尾を振り回して珈琲を口に運んだ。
「アセクトには頼まないのか」
「あー……それはちょっとね」
料理を出して戻ってきたロイガに尋ねられるけれど、俺は渋い顔をする。
ロッジを追い掛けていた相手の事を考えれば、アセクトの様な人物が適当なのは確かで。
「頼みたいけど、今はちょっと別件を頼んでるんだなこれが」
「何を頼んだ」
「なんだと思います?」
「さあな。まあ、つまらん事は自分で調べるんだろうし、ちゃんとした調べ物なんだろう」
「まあそんなところ」
という訳で今はアセクトには頼めない。
それに、いくらアセクトが警察官だからって、キナ臭い相手を調べさせるのは気が引ける。
早い話が報復される可能性もある。
危険な調べ物は、自分でする事に限る。
それで死ぬのは自分だけ。
一頻りマスターの珈琲を味わってから、俺は伸びをする。
依頼料の事もあるせいか、マスターも惜しみなく高級品を出してくれるのが嬉しい。
まあお金払うけど。割引してくれるので良しとする。
「さてと、もう一息頑張りますか」
「当てはあるのか?」
「無い。けどまあ、ここでのんびりしてても仕方ないでしょ。それじゃね」
代金だけ払うと、ロッジを連れて再び街に繰り出す。
「一応向こう側も見ておこうかな」
既に一度辿った道。どこを見ても仕方ないのかも知れないけれど、俺はそう言った歩みはじめた。
もっと遠くも調べたいけれど、それはまた後日という事にしよう。
「それにしても、ラストが何でも屋だったなんてな」
退屈凌ぎも兼ねているのか、路地から出ようとするとロッジが話題を出してくる。
「……意外?」
「俺もそういう風には見てなかったからさ」
うーん、それってやっぱり見た目のせいなんだろうか。
そりゃロイガみたいに偉丈夫でもなければ、特別腕が立つ訳でもないし。
まあ、腕が立つなら何でも屋よりもっと別のやり方があったんだけども。
「マスターなんて、ラスト君は優しい子だからなんてそりゃもうベタ褒めだったぜ」
「……後で謝っときます」
散々ロッジに俺の事を話した後に、何でも屋の家に行ったら俺が出てきたマスターの心中を考えるとちょっと申し訳ない。
さっきだって、口には出さなかったけれど、俺の事を心配そうに見つめていたし。
そう考えると、俺もロイガやロッジみたいな体型になりたかったななんて思っちゃったり。
骨格からして違うから無理だし、ロッジにとっては失礼な考えでもあるんだろうけれど。
「そういえば、その身体って、その……不便じゃない?」
「特に不便じゃねえな。マスターも何か困ってないかって訊いてきたけど」
流石マスター、抜け目がない。
「案外平気なもんだ。まあ俺は普通の体の使い勝手なんざ知らねえけどよ」
そう言ったロッジの顔に、僅かに陰りがあるのを見つけたけれど、俺は黙ったままその隣を歩いた。
「……お前の周りは、良い奴ばかりだな」
「え?」
突然そんな事を言われて俺は声を出す。
「病院に居た時も、街を歩いている時も、俺を見る目ってのはいいもんじゃあなかった。
なのに、お前らはそんな事気にしないんだな」
病院に関しては無一文だったからだけど、とロッジは続けて大笑いをする。
冗談と虚勢が入り混じったその笑い声に、俺はただ薄く笑いを返す事しかできなかった。
「ラスト」
声を掛けられて、顔を向ける。
後頭部に掌を回され、一瞬ロッジの行動を読むよりも先に俺は唇を重ねられていた。
しばしそのまま硬直して、やがてロッジが離れる。
「……なんだ、騒がねえんだな」
俺の態度にロッジが口角を緩めて、見せつける様に口元を舐め回す。
思考停止していた俺の頭がそれで元に戻り、慌ててロッジの腕を振り払った。
「い、いきなり何すんだよ」
「いやあ、あんまり良い奴だったからな」
何それそういう挨拶か何かなの。
「頂いちまおうかなと」
あ、やっぱそうじゃないみたいです。
「お、俺は付き合ってる人いるから」
「ああ、ロイガだろ?」
ロッジの言葉に、俺は顔を跳ねあげる。
表情はまったく変えず、口元だけでロッジは笑みを形作る。
「見てりゃわかるって。それに、いくら仕事のパートナーだからって野郎同士で同棲ってのはバレバレだわな」
確かに。マスターもそういう目で見ているのかなとちょっと考える。
「だったら、どうして」
柄にもなく、俺はロッジを睨みつける。袖で口元を乱暴に拭いながら。
今の俺はロイガの物だから、それ以外には揺らぎたくなんてなかったんだ。
俺の視線を受けて、ロッジはまた寂しそうな顔に戻る。
「言っただろ、良い奴だからだ。もうしねえよ。お前らの仲に割って入りたくねぇからな。
ただ、あいつが居ないから、今だけ……そう思った」
ロッジは背を向けて歩き出す。
「悪いな」
それだけを言ったロッジの背中をしばらく見つめる。
心の中で一度だけロイガを読んでから、俺はロッジに続いた。
淡々と道を歩くロッジの後を、俺も黙ったまま追う。
ロッジが俺を見ていないのをいい事に、もう一度口元を拭った。
胸の中に渦巻いているものが嫌悪感なら良かったのに。
ロイガに真っ直ぐ向けていた気持ちが、そのまま罪悪感になって俺を苛んでいる。
「ここか」
気づくと、さっきの路地の反対側へ来ていた。
と言っても、見える景色は大して変わらない。精々ゴミが置いてあるくらいか。
途切れている血痕も、外に続いているけれどそこから先はどこへ向かっているのかよくわからなかった。
「もうちっと来るのが早けりゃ、臭いでも辿れたんだがなぁ」
そう言ってロッジは鼻を鳴らす。警察犬も真っ青の嗅覚でもあるんだろうか。
目ぼしい物が見つからなかったのか、振り返ったロッジの動きに俺は身を震わせる。
「なんだよ、そんなに怖がる事ないだろ」
顔を逸らして俯く。
俺の舌顎をロッジがそっと指先で掴む。
下半身程じゃないけれど、指も長く、爪も鋭利で、半獣の特徴がよく出ていた。
「お前の考えてる事は解る、裏切りたくないんだろ」
そう。黙って俺は頷く。
捨てられた俺の事をずっと想って、支えてくれたロイガを裏切るなんてできない。
顎先を弄んでいた指が少しずつ上がって、掌が俺の頭を包む。
「冗談だよ冗談。ちょっとからかってやっただけだ」
「だといいけどね」
そっとロッジの腕を掴んで下ろす。視線を絡めると俺も口元を緩めた。
「ここにもう用事は無いだろ。次に行こう」
何も言わないロッジを置いて、俺は路地から出る。
背中に、ロッジの鋭い視線を感じていた。
無言を貫いたまま、引き続き街中を歩く。
と言っても、もう調べる所なんて無いから適当にぶらぶらするだけだった。
「はぁ」
さっきまでの空気ならそれも良かったんだけどな。
今は無言が痛い。でも会話をする気力も無かった。
とぼとぼと歩き続ける俺の背後に続いていた足音が止まる。
「……どうしたの?」
振り向いて俺は戦慄する。
ロッジの表情は、顔の作りによく似合う闘志を剥き出しにしたものに変わっていた。
「つけられてる」
「え?」
言われて、自然な動作を貫いたまま背後に全神経を注ぎ込む。
確かに、僅かに足音が聞こえた。
人通りの少ないこの場所でなかったら、きっと気づけない程の小さな足音。
「走ろう」
ロッジの腕を掴む。
角を曲がって路地に飛び込んだところで、どちらからともなく走りはじめた。
走りながらも、後方から同じ様な音がして舌打ちをする。
尾行に気づかれて、それで諦めてくれる様な相手じゃないみたいだ。
「狙いは俺か」
「かな、最近俺悪い事してないし」
「最近、ねえ」
鋭い突っ込みに愛想笑いを返す。
「まあいい」
不意に、耳を劈く轟音がした。
身を強張らせるけれど痛みは感じない。それはロッジも同じみたいで。
「おいおい、まだ昼間だっていうのに」
道を抜けて、人込みに飛び込む。
流石に無差別に撃つ訳にもいかないのか、一時銃声は止む。
縫う様に人の波を泳ぎ、抜けた先で素早くまた路地に入る。
「ここに居て」
俺の後をどうにかついてきたロッジを、目立たない場所に匿う。
身体でかいから、正直隠れられなさそうだけど。
「お前はどうするんだ」
「これでもプロだし、依頼人は護らなくちゃね」
営業スマイルを浮かべ、隠れる様にロッジを押し込んでから一気に駆け出す。
物音がする方向を無視して突っ切ると、遅れてまた銃声が起こる。
俺に狙いを定めたのだろう。そのまま足を止めずにロッジから距離を取りはじめる。
細い道を進みながら後方に耳を澄まし、物音に反応して振り返りもせずに隠し持っていたナイフを投げつける。
僅かに上がる悲鳴にちょっと胸を痛めつつも、先に撃ってきたのは向こうなので続けて何本かを放り投げた。
流石に連続で食らう事はないのか、硬い路地にナイフの落ちる音が聞こえて追撃を諦める。
とりあえず、これで敵の狙いは完全に俺になっただろう。
あとはこいつをやっつければそれで終わりなんだけど、そうは問屋が卸さないというかなんというか。
迷路の様な道を進んでいると、不意に別方向から人影が飛び出し俺を狙っている事に気づく。
咄嗟にそれにもナイフを投げて、動きを止めてから俺はとにかく足だけを動かした。
携帯性に優れた投げナイフとはいえ、隠し持てる数にも限度がある。残り数本で銃器相手に戦うなんて無謀過ぎた。
舌打ちをして、携帯に手を伸ばす。
いつもの完全武装状態だったら、いくらでも対処の仕様はあるけれど今日は昼間の依頼という事もあり他に装備も無い。
素早くボタンを押すと、携帯の反応も待たずにそれをポケットに突っ込む。
ロイガの元に発信が届けば、場所も添えてくれているだろう。
ロイガが来るまでは粘らないと。できれば、やっぱり一人は片付けたい。
走りながら路地にある物を蹴り倒す、所有者には悪いけれど今は遠慮している場合じゃなかった。
障害物が無くなる所では素早く道を逸れる。刹那の後に銃声が木霊する。
「不味いよなぁこれ……」
とにかくロッジから離れる事だけを優先していたせいで、さっきみたいな人込みも見当たらない。
路地裏に迷い込んだのか、更に道は複雑になっていく。
周囲に気を配り、誰も居ない事を確認してから建物の影に隠れて深呼吸をする。
流れ落ちた汗が、びっしょりと俺の身体を濡らしていた。
不意に足音が聞こえて、息を殺し音を消す。瞳だけをせわしなく動かす。
道の向こうに現れた人影に、俺は音も無く忍び寄り渾身の力で顎を蹴り上げた。
ほとんど悲鳴も上げず、相手の身体が一瞬宙に舞った後落ちる。
転がった銃を蹴り飛ばすのと、視界の隅にもう一人が映り込むのはほとんど同時だった。
躊躇う事なくナイフを投げ、再び逃走が始まる。
ロッジは大丈夫だろうか。走りながら、その身を案じる。
大体相手が二人って決まった訳でもないし。記憶も装備も無いロッジが見つかったらただでは済まない。
戻ろうか。そう考えていた時耳に慣れた銃声が聞こえ、腿に熱が走る。
体制を崩しつつ、無理に止まらうとせずに俺は何度か転がった。
身体の勢いが弱まると同時に持っていた最後のナイフを飛ばし、飛び起きる。
腿から走る鋭い痛みに僅かにくぐもった声を上げ、それでも懸命に走る。
ポケットに突っ込んだ手は、さっきから何度も携帯を弄り新しい場所をロイガに送り続けている。
情けないな。結局、ロイガに頼らないと俺はこんな奴らすら相手にもできない。
そう考えながら、足の力が抜けて俺はまた転ぶ。
起き上がろうとするけれど、撃たれた足が麻痺した様に動かなかった。
足音が近づいてくる。そして、銃声が。
俺の身体を掻き抱く様にロイガは支えてくれた。
そのロイガの身体が不自然にびくつく。
ああ、撃たれたんだな。そう思った。
「ロイガ!」
自分で出した声に、自分で驚いた。
「平気だ」
俺を安堵させるかの様にロイガはすぐに口を利く。
流れる血に動揺した俺は出所を必死に探す。
言葉通り、腕から血が流れているだけだった。
咄嗟に俺はロイガの腕から抜け出し、その前に躍り出る。
動かなかった足も、今は俺の言う事を聞いてくれた。
銃を向けていた相手は俺に狙いを定めた様だ。
不意に雄叫びが聞こえる。
何事かと、俺も、相手も一度辺りを見渡そうとする。
状況を認識するよりも早く、振り上げた手刀を獣が男の腕に振り落した。
砕ける音と共に、男の腕がありえない方向に折れ曲がる。
男が悲鳴を上げるよりも先に、獣は男を殴り飛ばしていた。
「ロッジさん」
ロイガを庇いながら、安堵して俺は膝を突く。
「世話掛けたな……マスターにも礼を言っといてくれ」
申し訳なさそうに俺を見た後、そう言ってロッジは俺から遠ざかっていく。
「ロッジさん!」
追いかけようとして、再び痛みに俺は呻く。
それでも立ち上がろうとすると、ロイガに腕を掴まれた。
「ロイガ」
振り返って思い出す。ロイガは撃たれたんだ。
俺だってそうだけど、かすり傷の俺とは違う。
腕から少しずつ血が流れ出しているロイガに身を寄せると、とにかく止血をして救急車を呼んだ。
電話を終えると、もうロッジの姿は見えなくなっていた。
病院までロイガに付き添い、俺自身も軽い治療を受けてからカフェに戻る。
俺からの連絡を受けてロイガは大急ぎで飛び出したんだろう、マスターが心配そうに俺を迎えてくれた。
服の下に隠れているのをいい事に、俺自身には怪我は無かったと伝える。
それでも、ロイガの事は隠せなくて、それを聞いたマスターはただ謝ってくれた。
そのマスターに、ロッジの事を伝える。
「……そう、もう戻ってこないんだね」
寂しそうに呟くその声に、最後に見たロッジを思い出す。
無我夢中に繰り出した攻撃の鋭さと、去り際の表情。
結局、ロッジがどんな人物なのかもわからなかった。
治療を受けて戻ってきたロイガにも訊いたけれど、それには沈黙される。
連中の事を考えれば、やはりロッジを狙っていたのだろう。
ロイガの中で何か答えがあるのかも知れないけれど、俺がそれに首を突っ込むのを良しとしないせいか、
やっぱり教えてはくれなかった。
ベッドの上で一糸纏わぬ姿になった俺は、俯きながらロイガの方を向いた。
「なあ、本当にするの? 怪我もまだ治ってないのに」
あれから数日。治療のために病院に留まっていたロイガがようやく帰ってきてくれたのは嬉しいけれど、
流石にそんな短期間で完治するはずもなく、腕には包帯が巻かれていた。
弾は貫通したみたいだし、大事に至らなかったのは本当に良かったけれど、無理はしてほしくない。
そう思ってロイガを迎えたのに、帰ってきたロイガは俺を抱き締めて、耳元で支度をしておけと言ったのだ。
命じられた以上、俺は逆らいもしない。だって、嬉しいんだもん。とはいえやっぱり心配。
ロイガは何も言わずにじっと俺を見つめている。
ゆっくりとその手が伸びると、俺が最後の最後まで取っておいた毛布を取り払う。
全裸の俺とは対照的に、服を着たままのロイガ。
その前で俺は身体を固くしていた。
「……ロイガ、早く」
哀願の瞳を向けてロイガを呼ぶ。
鋭い視線は変わらずに俺を射貫く。
ロイガの前でこんな格好をするのも慣れてきたというのに、今の状況が俺を苛んでいた。
「恥ずかしいよ……」
服を着た相手の前で、全裸になりただ憂いを晒す。
次第に耐えられなくなり、俺はロイガに縋りつく。
「腕、痛くない?」
包帯を巻いた痛々しい姿に俺は我に返る。
その腕を取って、そっと傷口に包帯の上から唇を落とす。
黙りっぱなしだったロイガは僅かに声を上げ、身を震わせた。
「ごめんな、俺」
「いいんだ」
俺の言葉をロイガは遮る。
俺だって、ロイガを護りたい。そう思っていたはずなのに。
「俺は、父さんと同じ自分が嫌だったんだ。父さんにこんな傷は無い。
だから、これでいいんだ」
いじらしくなって、今度は首に腕を回す。
後頭部を撫でていると、出会った頃に負った傷も触れる事ができた。
「俺は……嫌だよ」
そんな理由で、傷を受ける事を躊躇わないロイガを見ているのは辛かった。
「父さんと同じなのは、嫌なんだ。……俺はもう、父さんの代わりじゃないから」
片腕でロイガは俺の事を抱き締める。
あやす様に俺は何度もロイガの頭を撫で続けた。
「バカだな、ロイガ。俺が知ってるのはロイガだけだよ。
初めて会ってから、今の今まで……ずっと、ロイガだけ」
子供に言い聞かせる様に、その耳元で囁く。
ずっと誰かの代わりになろうとして、なれはしなかったロイガに伝わる様に。
「傷があっても無くても、俺にはロイガなんだよ」
瞼を閉じて俺の言葉を一心に聞くロイガの頬に、涙が伝う。
一筋だけの涙は、体毛に吸い込まれ落ちる事もなく消えた。
「だから、怪我してもいいなんて、やめてくれよな」
怪我をさせる原因は俺。でも、ロイガは今まで傷を負う事を望んでいたんだ。
俺はただ、それを止めさせたかった。
「……ああ」
ロイガは静かに頷いてくれた。
火照った身体をベッドに沈めて、熱い視線をロイガに送った。
「ロイガ、早く……早く入れて」
前戯も済み、興奮が最高潮に達した俺は瞳を潤ませ、熱い吐息を零しながらロイガを求める。
「ラスト、もう少し慣らした方が」
その言葉に俺は何度も首を振る。
「指じゃ、我慢できない……だから」
足を広げてロイガを強請る。ここでおあずけ食らったら次の休みまでこのままだから。
指なんかじゃ物足りない。太さや、長さじゃないんだ。
俺の様子に、諦めた様にロイガはゆっくりと挿入を始める。
身体を跳ねさせて、俺は喘いだ。
「入ってくる、ロイガぁ……あぁ、もっと、もっとぉ……」
ロイガは一度動きを止め、身体を倒し俺の頭を抱く。
片腕は使えないからかなりやりにくそうだったけれど、どうにか踏ん張っている様だ。
「落ち着け、ラスト」
さっき俺がした様に、大きな掌が撫でてくれる。
口づけを交わしてロイガを貪る。二ヶ所で繋がって、俺を少しずつ絶頂へ押し上げる。
「うぐっ……」
それが、途中で止まった。
ロイガのペニスが俺の中で不満そうに脈動を繰り返す。
「ロイガ、もっと。もう少しだから……」
荒い息遣いを繰り返しながら、ロイガは腰を押し進める。同時に悲鳴が上がった。
確認する様にロイガが身体を浮かせる。
視線を向けると、やっぱりまだ全てが俺の中にある訳じゃなかった。
太いペニスが俺の中に突き立てられている光景に、束の間うっとりとして我を忘れる。
「もっと……」
「駄目だ」
前回と同じ様に、ロイガは俺の要求を突っぱねる。
「今日は、このままだ」
身体を密着させて、ロイガは俺を撫で擦る。
痛みに顔を顰めていた俺は徐々に息を吐き、少しずつ力を抜く。
どくん、と中にあるロイガが動く。ロイガの身体も、痙攣する様に震えていた。
かなり中がキツいからか、ロイガも少し辛そうに眉を顰める。
びくびくと何度もペニスを震わせ、その度に先走りが俺の中に送られる。
次第に滑りが良くなってくると、一度腰を引いてから優しくロイガが突いてきた。
「あぁっ、俺の中、ロイガのチンポで広がっちゃう……」
嬉しくて、涙を流しながら俺は喘いだ。
何も知らなかった俺があいつ専用になった様に、今度はロイガの大きさに合う様に俺の身体が変えられていく。
嬉しかった。だから、滅茶苦茶にされてでもロイガを感じていたいんだ。
しばらくそうして、俺が辛くなった時にロイガは何度もキスをしてあやし、頃合いを見てまた突き上げる。
「イく! またイくぅぅ!! うあぁっ」
泣き叫びながら、ロイガに突かれて俺は射精を迎える。
大分楽になってきた直腸をロイガに擦られるだけで、我慢なんてできはしなかった。
涙をぼろぼろ零しながら、ペニスを震わせて先程出して渇きはじめていた精液の上にまた新しい精液を重ねる。
「はっ、はぁっ、はー、はー……あっ、はぁ……あぅぅ……」
ロイガの腕の中で、既に体力の限界を迎えた俺は苦しげに喘ぐ。
身体の震えを、ロイガが押さえてくれた。
「そろそろ限界か」
「ん……ごめん、ロイガ……」
拡張するだけなら、本当にこのまま繋がった状態で何時間でも放置したらいいのかも知れない。
けれど、俺にそんな体力はないし、下手したら数日は寝込む破目になる。
今の俺は気力だけでどうにかロイガを受け入れている状態だった。
「あっ、駄目……抜かないで!」
俺の様子を察して、結合を解こうとしたロイガを引き止める。
「まだイってないんだろ? ロイガ……」
「お前はもう限界だろう」
ロイガの言葉に、嫌々と俺は首を振る。
「お願い、欲しい……ロイガの精液……俺ん中に……」
ここ数回、ずっと指と舌だけの愛撫だったから俺はもう自分を抑えられなかった。
ロイガは諦めた様に軽く溜め息を吐き、少しだけ俺の中から欲望を引き抜く。
「少し耐えてくれ」
そう言って、身体を起こすと先走りと腸液に濡れてらてらと光るペニスを扱きはじめる。
俺の中に入れるだけじゃ、ロイガはイけないんだ。もっと激しく俺を犯さないと。
そうする事ができず、それでも中出しをせがまれた結果の判断なのだろう。
口を開け、息を吐きながら一心にペニスを扱く。
繋がっている部分から俺の中にも動きが届き、俺はロイガに犯されている気分に浸る。
「イく、出すぞっ」
短くそう言って、少し強くロイガは腰を進めて身体を痙攣させる。
「ひっ、うああぁ!!」
突然の痛みに俺は叫び声を上げ、ロイガを締め上げる。
ロイガは済まなさそうに顔を歪ませながらも、強い締めつけに口元を緩ませて射精を迎えた。
尿道を通りびくびくと震えたペニスが俺の中に向かって精液を迸らせる。
俺は尻穴でそれを感じて、涙を流して歓喜の声を上げる。
耐えがたい快楽に、ロイガももう腰を引く事等せずに俺の中に存分に精液を出していた。
射精をしていなくても、俺のペニスの先からも透明な液体がとろとろと零れていた。
しばらく、そうして俺達は息を弾ませ絶頂に浸る。
ロイガはゆっくりと腰を引き、俺の中から役目を終えたペニスを抜く。
太いペニスが抜けて、俺はケツに力を籠めるとごぽっと音を立てて精液が零れる。
浅い所で最初に出し、その後突っ込んでから出したおかげで必要以上に力まなくとも中出しされた精液は溢れて出てきた。
中出しされた喜びに俺は打ち震える。
他の何をされる事より、この瞬間、相手の物になったのだと実感できた。
雄の本能を雄の身体で受け止め、雌の様に扱われ最後には種付けまでされる。
ロイガには解らないかも知れないな。
「ラスト……」
俺の穴から零れ落ちる精液を見て、ロイガは俺の名を呼ぶ。
そのペニスがびくびくと震えるのを見逃さなかった。
俺がロイガの所有物になったのだと実感しているのと同じ様に、ロイガは俺を自分の物にしたのだと感じているんだろうか。
雄の本能のままに俺を犯して、中出しの喜びに満たされる。
その達成感と充足感に満ちた雄の顔が、堪らなく愛おしかった。
ゆっくりと、俺に負担を掛けぬ様にロイガが身体を倒してくる。
「腕、平気?」
「ああ……お前は大丈夫か」
ロイガは顔を寄せ、何度も俺の頬を舌で毛繕いする様に舐める。
「ん……ちょっと、辛いけど……でも、嫌じゃないよ」
この間みたいに、俺が無理矢理ロイガに犯させたやり方じゃない。
それだけで、俺は満ち足りた気分だった。
「もうちょっと頑張ったら、全部入るかもな……」
「そうか」
「ん、でもまあ、そこから激しくするのにもまた慣らさないとだけど」
こうやって、少しずつロイガの物になっていく。
やっぱり、嬉しかった。
「……ロッジさん、大丈夫かな」
ロイガの胸の中で抱き締められて、俺はぽつりと言葉を零す。
「気になるか」
「うん、あいつらの事もそうだし」
それに、ロッジの俺に対する好意。
勿論ロイガを裏切るつもりなんてなかった。
何も知らないロイガに申し訳なくなって、身体を寄せる。
ほんの少しだけ、胸が痛む。
仰々しく飾り立てた門を潜って顔を上げた。
辺りを見渡して自然と漏れる溜め息に、俺は肩を落とす。
「ロイガ」
小声で呟いて、俺は足を踏み出した。
その日は、いつもと同じ日のはずだった。
腕を負傷しているロイガに無理をしない様に言い家を出て、カフェに向かい優しいマスターと共に仕事をこなす。
仕事を終え、今日の献立を考えながら買い物に行き、家へ帰るはずだった。
カフェを出たすぐ後だった。そいつらが、俺の前に現れたのは。
使いだと言い、俺に付いてくる様に言う男達。
断れば、マスターの店をあらゆる手を使い存続できなくすると言われた。
それで、こうして俺は大人しく連れられてきた。
「こちらです」
「……ありがと」
門の先にある巨大な屋敷に入り、道を通され扉の前に辿り着く。
黒服の男が静かに頭を下げ、それに礼を言うと俺はドアノブに手を掛けた。
「失礼します」
扉を開く。
先にあった広間は、部屋の大きさに謙遜のないテーブルがあり、奥の椅子に男が一人座っている居るだけだった。
人間の老人が蓄える様に舌顎からは獣毛が伸び、実際の年齢よりいくらか男を老けさせている。
無言で俺は相手を見つめる。皺の刻まれた顔が動き、鋭い眼光が俺を捉える。
「ようやく帰ってきたというのに、挨拶も言えんのかラスト」
「……ただいま戻りました。父様」
そう言って、俺は狼人に深く頭を下げる。
「貴様を捜し出すのに随分と時間が掛かった」
父の言葉に、俺は何も返さない。
「どうした。私に何か言う事があるんじゃないのか」
「…………父様、俺は」
吐き出そうとした言葉は、父が手を振る仕草に掻き消された。
「ふん、やはり出ていった時から貴様は変わっていない様だな。あの軟派な男がそんなに気に入ったのか」
びくっと俺は身体を震わせる。
「もっとも、今はそいつも居らん様だが」
父は、すべてを知っているのだ。
俺がどうして家を飛び出したか。どうしてあいつの元へ駆け込んだのか。その後どうなったのか。
「余計な物に味を占めおって」
「……俺には、付き合っている人が居ます」
硝子の割れる小気味よい音が部屋に響いた。
俺の言葉に、咄嗟に父は傍にあったグラスを投げつけていた。
俺はただ、身体を震わせて耐える。
「貴様の事は色々と調べさせた。護り屋等というゴロツキに今度は乗り換えたのか」
唇を噛んで、俺はただ耐えた。
ロイガの事を悪く言われる事が一番腹立たしいけれど、ここで逆らえばマスターに迷惑が及ぶ。
「教えてやろうかラスト」
不意に、父が口の端を釣り上げた。
蔑む様に俺を嘲る。
「そいつは私が差し向けた」
「……嘘ですね」
顔を上げ、俺は真っ直ぐに父を見つめる。
内心は、心臓が跳ね上がって口から吐き出してしまいそうだった。
「そんなに私が信用できんのか?」
「あいつは、そんな奴じゃありません」
俺の言葉を父は鼻で笑う。
「護り屋のロイガ。歳は二十七。父を失くし、母を見捨て今の護り屋稼業に就いたゴロツキ。
貴様の様な出来損ないには似合いの男だろう?」
目を見開き、俺は狼狽する。
「そいつは貴様が好きな訳ではない。ただ私から金を受け取っていただけだ」
「嘘だ」
嘘に決まっている。ロイガの仕草を見れば、そんな事ぐらい解る。
「都合が良く相手が現れたと思っていないか? 前の男の事もそうだ。私が金を渡して引かせたんだよ」
気づくと、俺は一歩後ずさっていた。
「そこで私はロイガを雇った。貴様を監視させるためにな」
「嘘を言うな!」
叫んだ声は震えていた。
「貴様がそう思いたいならそれで構わんがな」
俺の叫び声を、何事も無かったかの様に父は流す。
動揺している俺の心を、ただ掻き乱す。
「まあ、そんな事はどうでもいい。貴様はここに戻ってきた、私の元にな」
叫んで息を切らした俺の事など気にする様子も見せず、父は話題を戻す。
「貴様には私が決めた相手と籍を入れてもらう。出来損ないの貴様でも、そのくらいの価値はあるだろう?」
「……わかりました」
次々と言葉を投げ入れられ、俺はただそれだけを返した。
「今日のところはこれで失礼します」
「貴様の部屋は以前のままだ」
よろよろと、震える足で踏み出した俺に父はそれだけを言った。
「ラスト」
部屋を出ると、呼び止められる。
心配そうに俺を見つめる狼人の女。
「大丈夫です。母様」
口元だけで笑って、俺は足を踏み出した。
逃げ出したかった。けれど、両脇にはまた黒服の男が付いている。
慣れた道を歩き、懐かしい自分の部屋へ戻る。
「扉から少し離れて見張ってくれよ」
それだけ言って、俺は自分の部屋に入ると扉に背をぶつけた。
全身から力が抜けてその場にへたり込む。
「……ロイガ……」
顔を上げると同時に、目尻から溢れだした涙が頬を伝った。
俯いたまま、俺は床を見つめ続けていた。
静かな部屋に、時計の針が進む音が木霊する。
ゆっくりと立ち上がり、部屋の中を歩いた。
「帰ってきちまったんだな」
もう二度と帰らないと、あの時決めたはずなのに。
それも仕方のない事だ。マスターにこれ以上迷惑を掛けてはいられない。
大窓の前で、俺は外を眺める。
窓にはしっかりと鍵が掛けてあって、俺では開けられそうになかった。
三年前、自分の家を格子の無い牢獄だと思っていたのに、今では完全な牢屋にされてしまった様だ。
他人から見たら、きっと羨ましいであろう境遇。
何不自由無いこの家に俺は生まれた。
それでも、俺はここが嫌だったんだ。
俺に声を掛けてくれる人は、俺を見ているんじゃなくて、俺の父を見ているだけだったから。
贅沢な悩みなんだろうな、きっと。
俺は恵まれているんだ、もっと辛くて、どうしようもない立場の人は沢山居るんだ。そう自分に言い聞かせ続けた。
それなのに自分の居る場所を受け入れられなかった俺は、父の言う通りやはり出来損ないなのだろう。
ある日、俺は家を抜け出した。
今みたいに監視がついている訳じゃなかったから、外に出るのは簡単な事で。
抜け出した先で、あいつに出会ったんだ。
初めてあった時、俺の小奇麗な格好を見たあいつは、今まで接してきた人と同じ様な態度を俺に示した。
けれど、次第に打ち解けてくれたんだ。
態度の裏に、俺に対する下心があるのにも気づいていた。
気づいていた。なのに、俺はそれが嬉しかったんだ。
ただ、俺の話を聞いて、普通に接してくれる人。それが、俺には堪らなく羨ましい物だったから。
あの家に居たら、きっと死ぬまで触れる事もできやしない物。
それが欲しくて俺はそのままあいつの元へ駆け込んだんだ。
実らなくたって、叶わなくたって、本当に欲しい物に手を伸ばしてみたかったから。
しばらく厄介になってから、一人暮らしをして、俺は何でも屋を始める事になる。
表の仕事をするのは簡単だったけれど、父の目が光っているのは知っていたから。
だから本当はマスターの世話にもなってはいけなかったのだけど、何不自由無く生きてきた俺が
いきなり何でも屋をして大成するはずもなく、結局途方に暮れていたところを拾われたんだ。
それから、今に至るまで俺はただ我武者羅に生きてきた。
カフェで働き、何でも屋として活動し、あいつに身体を求められ、抱かれて生きてきた。
そして、あの日あいつに捨てられた。
「ロイガ……」
ぽつりと呟く。携帯を取り上げられてしまったから、ロイガに連絡する事はできない。
電話も、当然俺に使用する権利なんて与えられていない。
再び涙が溢れてくる。
あいつに捨てられて、すべてが狂いはじめたんだ。
俺はあいつのためだけにここを抜け出して、ただ生きていたから。
壊れてしまいそうだった俺の前に現れたロイガは、俺をただ護ってくれた。
父の言う事なんかどうだってよかった、ロイガが本当は金のためだけに俺に近づいたのだとしても、俺はただ嬉しかったのだから。
宵も深まり、部屋に月光が注がれる。
それでも、集中して辺りを探ると遠くに人の気配があった。
俺を逃がすつもりがないのだろう。
「ロイガ、怒ってるかな……」
何も言わずにロイガの前から姿を消した事が今更申し訳なくなってくる。
本当の俺を知ったら、ロイガはどんな顔をするんだろうか。
獣人と人間の間に生まれて、ずっと苦しんできたロイガ。
恵まれた環境に生まれた癖に、すべてを裏切ってきた出来損ないの俺。
母親を想い、どうにかしようとして、けれど、手に負えず仕方なく一人になったロイガ。
親を裏切り望んで一人になり、マスターを欺き、今また、ロイガを残してきた俺。
すべてが正反対だった。
こんな俺を、本当の俺を知ったら。ロイガは、俺を嫌いになるだろうか。
それも、やっぱりどうでもよかった。もういいんだ、俺はここから出られないのだから。
ロイガが俺を嫌いになってくれても、俺はもう、ロイガを嫌う事なんてできないから。
ただ、置いてきたロイガに詫びる気持ちが胸に溢れていた。
ベッドの上に身を投げ出し、裸になると俺は自分の身体を弄る。
息を弾ませ、瞼を閉じ夢想する。ロイガに触れられていた時の事。
今はもう届かなくなった優しい手の動きを懸命に思い出す。
起き上がり、膝立ちになり、溢れていた唾液を吐き出して指に伝わせる。
それを、無造作に尻穴に突っ込んだ。
「ひぐっ、うっ……」
慣らしもしないせいで、痛みが走る。
「あぁ、ロイガぁ……」
それでも俺は、その苦しさをロイガから与えられたものだと錯覚して甘い声を出す。
ロイガを受け入れた時は、もっと苦しいんだ。
苦しくて、でも、俺が辛い顔をすると、ロイガは何度も優しく顔を舐めてくれた。
喜びと痛みが綯い交ぜになり、次第に俺は理性を失っていく。
それを懸命に思いだした。瞼の裏に、いつものロイガが居る。
優しく俺に触れる。それを見て、俺は滅茶苦茶に手を動かした。
「うっ、うぅぅ」
涙を流しながら、必死に声を出すのを堪えて絶頂を迎える。
そっと手を引く。まだ足りない、身体はそう言っていたけれど、俺はそのままベッドに寝転がった。
軽く精液だけを拭き取り、ただ虚ろな目で遠くを見つめる。
「ロイガ……」
口元に笑みが浮かぶ。
「ロイガ、会いたい。助けて……ロイガ、ロイガぁ……」
笑いに釣られて、また涙が溢れてくる。
少しずつ自分が壊れていくのが解った。
嬉しかった。壊れてしまう自分が。ロイガが居ないと、まともでいられなくなってしまった俺自身が。嬉しくて仕方なかった。
もう少しでおかしくなれる。そう思ったのに、不意にロイガの笑顔が浮かぶ。
普段は滅多に見せてくれなくて、けれど、セックスが終わった後は俺を抱き締めて、穏やかな顔で微笑むんだ。
いつもの様に腕を伸ばした。それが、ロイガに届く事はない。
笑みが消えて、涙だけが残った。
小奇麗な服を着て外に出た。
遠くから俺を見て僅かに声が上がる。
「息子のラストです」
「戻られたのですね」
「ええ、今回のパーティは息子のお披露目という事もありまして」
そう言って父はにこやかに俺に視線を送る。
「ラストです。長らく家を空けていましたが、この度戻ってまいりました」
合わせて俺も笑みを浮かべ、深々と頭を下げる。
父に紹介された色取り取りの服を着た女達が、俺に笑いかけた。
しばらくすると、父は軽く謝ってからその場に俺を残して姿を消す。
「ラスト様のご趣味はなんですか?」
赤色の服を着た女が言う。
「そうですね、趣味というよりは特技なのですが……ダーツを少々」
「まあ、そうなんですか」
「ええ」
隣の青い服も合わせる様に笑う。
「ぜひとも拝見したいですわ」
「今度機会があったら、ぜひどうぞ」
そう言って俺も軽く笑い声を上げる。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
父の声が聞こえた。
一段高い台ま上で、マイクに向かい声を出し集まった主賓に挨拶をする。
それを、俺は薄い笑みを浮かべてみていた。
「紹介します、息子のラストです」
やがて、父の話題が俺になり、俺もゆっくりと台に上る。
集まった客が一望できた。
赤、青。それに、もっと沢山の色があった。
「ただいまご紹介に預かりました、ラストと申します。今日は、こんなに沢山の方に集まっていただいて……」
決められた通りの挨拶を口にする。
俺の事を眩しい物を見る様に、色達は動かなかった。
「おい、誰かそいつを止めろ!」
俺の声だけが響いていた世界に、不意に怒号が飛び交う。続けて、悲鳴。
大きな黒色が迫ってくる。俺の腕を今、掴んだ。
「ラスト」
よく見ると黄色い顔をしていた。
「……ロイガ」
そこでようやく、俺はロイガに腕を掴まれている事に気づく。
腕を強く掴まれ、僅かに痛みを感じた。
その痛みで、急速に意識が現実へと引き戻される。
「ロイガ、どうして」
口にした俺の言葉は震えていて、喧騒のせいもあってロイガに届いたのかよくわからなかった。
そっと手を伸ばして、ロイガの腕に触れる。
「……駄目だよ、俺……もう帰れない」
ここから出たら、マスターに迷惑が掛かってしまう。
それに、父にはすべて知られているんだ。
この街にも居られないのかも知れない。もう、全部終わりなんだ。
ようやく見つけて、掴んだ物もすべて。
「それで俺に納得しろというのか」
少しだけ、怒気を孕んだロイガの声。
俺はただ俯いた。
「俺に、傍に居ろと言ったのはお前だろうラスト」
「それは」
傍に居てほしかった。他の誰でもない、ロイガに。
でも、今は。
「ラスト!」
背後から聞こえた声に、俺は身を震わせた。
顔を向けると、鬼の形相をした父が俺を睨んでいる。
辺りに居る客人達も、突然の事にどうしたらいいのか困惑している様だった。
「父様」
「ラスト」
咄嗟にロイガを振り解こうとして、更に強く腕を掴まれる。
身動きを取る事もできなかった。
片腕を上げ、ロイガは俺の頬に触れる。
「一度だけだ、ラスト」
「え……?」
「ここに残るか、俺と一緒に来るか。お前が選ぶんだ」
ロイガはもう何も言わなかった。ただ、俺の事を真っ直ぐに見つめている。
父の声が聞こえる。俺を何度も呼ぶ声。
次第に、その声が俺の耳には届かなくなる。
「ロイガ……俺、お前に嘘ばっかり吐いてたよ。
お前の事、可哀想な奴だって思ってた」
こんなに恵まれている俺とは違うロイガの事を、俺はずっとそういう目で見ていた。
「そうか」
短い返事をロイガは口にする。
「俺で…………いいの?」
今度は、俺からロイガにこの言葉を贈る。
「嫌だったら来ないさ。それに、お前じゃないと俺は嫌だ」
堪えていた涙が、頬を伝う。止め処なく溢れて、落ちた服に染みを作る。
「連れてって、ロイガ。……俺を、連れていってください」
「わかった」
頬に当てられていた手が、そのまま後頭部に周り俺を捉える。
周りに見せつける様にロイガは俺にキスをした。
俺も、嫌がる素振りも見せずにそれを受け入れる。
唇を離すと、俺はゆっくりと振り返る。
父は変わらずに俺を睨んでいた。
「父様、ごめんなさい。やっぱり、俺は出来損ないでした。何一つ父様の役には立てませんでした」
背中を、ロイガの大きな掌が撫でてくれる。それで俺はどうにか言葉を発していた。
「お世話になりました。……母様も」
少し離れた場所に居る母は、俺を見てただ頷いてくれた。
父が口を開く。何を言っているのか。聞き取ろうとして、けれどその時にはもうロイガに腕を引かれていた。
集まってきたガードを殴り飛ばし、俺を導きロイガは走る。
俺はただ転ばぬ様に、次から次へと溢れてくる涙を必死に拭い、懸命に足を動かしていた。
どれくらい走ったのだろうか。
息を切らして、俺は徐々に足の動きを止める。
滲んだ視界のまま転ばない様に変に力を入れていたから、足が痛かった。
少しだけ傾いた陽が、俺を見つめるロイガを雄々しく照らしていた。
「大丈夫か」
「……はい」
「これでもうあの家には戻れないだろう」
「はい、ロイガさん」
「ラスト」
ロイガが俺を呼ぶ。
「俺が怖いのか?」
「違います……俺は、出来損ないなんです。父様に迷惑ばかり掛けてきました。
ロイガさんは、俺が出来損ないでも傍に居てくれますか?」
「何度も言わせるな」
ロイガの言葉に俺は僅かに震える。
「お前だから、俺はここに居るんだ」
「はい」
「話し方もいつものお前でいい。我儘なお前が、俺は好きだ」
「……うん」
ロイガが掴む手を放す。
足取りが覚束無い俺は、そっとその身体に凭れた。
乱れた息が治まるまで、ロイガはそうして俺を支え続けてくれた。
アパートの扉を開く。
「ただいま」
呟いた言葉に返事は無い。背後に、ロイガが立っていた。
「どうした」
動かない俺を見て、ロイガは声を掛けてくる。
「……もう、戻れないんだな」
「帰りたいのか」
反射的に俺は首を振る。
「でも……父様には、本当に迷惑を掛けたんだ。俺みたいな出来損ないじゃなくて、ちゃんとした息子が居たらよかったのに」
父は別に、俺のすべてを否定していた訳じゃないんだ。
小さい頃の父の思い出だって、良い事の方が多い。
ただ、俺が父の期待を裏切ってしまった。
「ラスト」
ロイガが俺の首に腕を廻す。
「他の誰でもない、お前の人生だ。お前がしたい事をしろ」
「うん」
止んでいた涙が、再び溢れて落ちていく。
「おかえり」
「ただいま……ただいま。ロイガ」
「……おかえり。ラスト」
自分が想う相手からの、返事のある生活。
俺はそれが欲しかった。
背後からロイガに抱き締められて、俺はそっと身体を預ける。
ロイガのやわらかな体毛に包まれて、溜め息が漏れる。
肌寒い今の季節、ロイガに抱かれていると心から安心できた。
「ロイガ、一つだけ訊きたいんだけど」
「ああ」
少しだけ躊躇ってから、俺は口を開く。
「……父様が、ロイガを雇ったって言ってた。本当なのかな」
嘘でも本当でも、結局ロイガは俺の願いを聞き入れてここに連れて帰ってくれた。
だから知らなくてもいい事なのかも知れない。けれど、やっぱり胸に痞えていた物を吐きだした。
どうせ隠していたってロイガは気づいてしまうだろうし。
「いや、俺は雇われてはいない」
「そっか」
「だが、依頼はされた」
その言葉に俺は衝撃を受ける。
「お前を監視して、連れ戻せ。確かにそう言われた」
「だから、俺に近づいたの?」
ぎゅっと力を籠めてロイガの腕を掴む。
「言っただろう、俺は雇われてはいない。依頼自体は断ったんだ」
ロイガの言葉にようやく俺は心を落ち着かせる。
「くだらない依頼だったからな。それに、俺は護り屋だ」
確かに、護り屋のロイガに頼む事ではないだろう。
どちらかと言えば、俺と同じ何でも屋か。
または、俺の知り合いにそれとなく依頼をした方が自然だし。
「俺はただ、お前が気になっただけだ」
「気になった?」
「恵まれた境遇だったのに、それを全部捨ててきただろう。
どんな奴か気になった。丁度、チンピラの相手をするために助けも必要だったしな」
そういえば、最初にロイガと会って、依頼されたのはそんな内容だった気がする。
「それに……羨ましかった」
今度はロイガが俺を強く抱き締める。
「家を出たのに、それでも求められるお前が羨ましかったんだ。
俺は、父さんの代わりとしてしか見られなかったし、その代わりにもなれなかった」
「ごめん」
「お前が謝る事じゃないさ」
「……俺の事、嫌じゃない?」
「大好きだ」
落ち込みかけていた俺の心臓が、不意撃ちの告白に跳ね上がる。
ロイガの腕をそっと下ろさせて、振り返り抱きつく。
「俺も、好きだよロイガ」
「言うのに随分時間が掛かったな」
「お前のせいだよ。言おうとするとキスするんだもん。ロイガってキス魔だよな」
割とシチュエーションに拘りたい俺は、じっとロイガの事を見つめて、抱きついてから告白したかった訳で。
そんな時、大抵ロイガは俺の唇を塞ぐ。
嬉しいからいいんだけど、ずっと、言えなかった。
「俺は無口だからな」
「自分で言うなよ」
「だから態度で示したいだけだ」
そう言って、ロイガはまた俺の唇を奪う。
前戯を済ませて、俺は足を開きロイガを誘う。
恥ずかしかったけれど、腕を怪我してるロイガがしやすい様にする必要はあった。
「腕大丈夫? 結構無茶な事してたけど」
俺の腕を引きながら、ガードを殴り飛ばしていた光景が脳裏に甦る。
包帯はもう巻いていなかったけれど、やっぱり心配だった。
「もう平気だ。お前が出ていって五日は経ったんだぞ」
「あれ、そんなに?」
日付の感覚すら狂っていた事に、今更驚く。
「あとは安静にしていればいいだけだ」
「安静にしていた様には見えなかったんですが」
「じゃあやめるか」
「それは……嫌だけど」
ついさっきまで、ロイガに指を突っ込まれて喘いでいたばかりだ。
火照った俺の身体が、こんな所で止められて治まる訳がなかった。
ロイガだってそんな事わかってるだろうに、意地悪そうに笑って俺を見ている。
ロイガは身を屈めると、股間に顔を埋める。
それに息を呑んだのに、期待していた刺激はやってこなかった。
ペニスから外れて、ロイガはただ俺の身体に舌を伝わせる。
それが下りて、睾丸の横を通り抜け尻に向かった。
けれど、やっぱり肝心な所は責めてくれない。
「ロイガ、早く……」
我慢の限界がきて、俺はロイガを強請る。
尻尾を舌先で突いてロイガは俺を弄んでいた。
僅かに伝わってくる刺激はむず痒いだけで、俺を更に焦らす。
しばらくそうして俺を呻かせた後に、やっとロイガは顔を上げてくれた。
すかさず俺は両手で足を持ちあげて、開いた所をロイガに見せつける。
「早く、早く……俺の中に、チンポ突っ込んでください」
俺の言葉に、ロイガは嘲笑するかの様な笑みを湛える。
「お前は本当に淫乱だな」
「うぅ……」
仕方がなかった。ロイガと離れている間、俺はずっとロイガを求めて身体を熱くしていたんだ。
やっとロイガの元に戻ってきたのに、この上焦らされるなんて耐えられなかった。
がたがた震えて、涙を流す。ロイガが身体を倒して、涙を舐め取る。
舌の触感に気を取られていたところで、ロイガは一気に怒張を捻じ込んできた。
「ああぁぁ! 入ってくる!」
待ち望んでいた物に貫かれて、俺は狂喜した。
あっという間にロイガのペニスが俺の中に入り込んでくる。
「ロイガ、全部入れて……」
要求にロイガは眉を顰める。未だに、全部は入れた事ない訳で。
痛みも感じていて、でも、やっぱり俺は諦められなかった。
無理に入れようとする俺の動きをロイガは制して、ゆっくりと奥に進んでくる。
ロイガが奥に進む度に、未開発の部分を広げ、擦られて俺は悲鳴を上げた。
何度も腰を引こうとするロイガを引き止めて懇願する。
そうして、次第に慣れてきた頃にまた少しずつ入ってくる。
「は、あぁっ……全部入った……」
ロイガの腰と密着している事を確認して、俺は溜め気を吐く。
俺を犯す虎の身体から、ぽたぽたと汗が落ちてくる。
ペニス全体を満遍なく締めつけられて、余裕が無いのかロイガも荒く呼吸を繰り返していた。
「ラスト……」
ロイガが、俺を固く抱き締める。
しつこいくらいのキスが飛んできて、俺は夢中になってそれを受け入れた。
身体の中にあるロイガが震える度に、痛みと快感が俺を襲う。
先走りの汁が一番奥で溢れているんだと思うと、嬉しくて仕方なかった。
もうすぐ、もっといいものが送られてくるんだから。
十分程そのまま、ロイガに俺の穴が馴染むまで俺達は抱き合っていた。
ゆっくりと身体を離したロイガが、ずるずると中を擦って出ていく。
半分ほど出た辺りで名残惜しくなったのか、今度は突き入れる。それを繰り返して、少しずつ俺の中に馴染ませていく。
火照った身体で汗を掻きながらも、肌寒さに俺は震える。
それを見て、またロイガは元の体制に戻り一番奥に入れて中を擦り上げた。
一番奥でロイガを感じた瞬間だった。
「あっ、うあぁっ!!」
突然俺の口から悲鳴が漏れる。
ロイガは目を見張り、慌てて腰を引いた。
「駄目、抜かないで!」
俺は逃がさぬ様に足をロイガの腿に絡ませて、腰を押し付ける。
ロイガはしばし迷ってから、俺の様子を見てまた奥へと進んできた。
全身を駆け抜ける快感に、意識が飛びそうになる。
「ぐっ、うぐぅっ……あはぁ!、駄目、イっちゃうぅ!!」
狂った様に喘いで、全身を痙攣させる。
ベッドから落ちない様に、ロイガが俺の身体を支えてくれた。
僅かな間、意識が白くなる。
やがて、少しずつ波が引いていく様に意識も戻ってきた。
荒く息を吐く、心臓が跳ね上がっていた。大量に掻いた汗で、ぐっしょりと身体が濡れている。
「大丈夫か?」
ロイガの問いにも、上手く答えられない。
「ケツで……イっちゃった……」
ロイガが僅かに身体を浮かして、俺のペニスを見る。
透明な液体だけをどろどろ出して、射精はしていなかった。
「ロイガ、もっといっぱいして……もっと……イかせてください……」
射精をせずに絶頂に至った快感は、言葉では言い表せなかった。
ただ、射精した時とは違いすぐにまた快感が欲しくて堪らなかった。
渇いた音がする。
ロイガが腰を突き出して、俺の中にペニスを叩きつける。
濡れた音がする。
差し込まれたペニスが抜かれて、溢れた先走りを雁首で引っかき回す。
そうやって、ロイガは俺の身体を貪る様に犯していた。
「ま、またイっ……くぅぅぅ!!!」
舌を垂らし涎を零し、俺は身体を撓らせた。
イきっぱなしになりながら、中にあるロイガを締めあげる。
「ロイガぁ! 中に、中にください! ロイガの精液ください!」
壊れてしまった俺の要求に、ロイガはもう何も言わずにただ腰を振る。
「ひあぁぁ!!」
最奥に向けて腰を突き出し、そこで動きが止まる。
ロイガの身体が僅かに震えている。呻き声が、頭上から聞こえる。
広げられた尻穴が、尿道を伝って俺の中に精液が送り込まれている事を嫌という程感じていた。
充足感に、俺も後を追う様に射精をする。
俺が精液を吐き出して身体をびくつかせる度に、ロイガの精液が代わる様に俺の中に注がれていく。
ロイガのペニスで限界まで広げられた中が、更に精液で満たされて広がる。
その感覚に溺れていると、不意に全身から力が抜け俺は意識を手放した。
次に目覚めた時、ロイガはロイガの腕の中に居た。
「起きたか」
「……あれ、俺」
どうやら、気絶していた様だった。
感じ過ぎるというのも困りものの様だ。
次からは快感を逃がす様にして、ロイガの相手をしようと反省する。
ゆっくり顔を上げて、ロイガに俺から抱きつく。
「……好きだよ、ロイガ」
「ああ」
本当はセックスしてる時に言いたかったんだけど。
気持ち良すぎて、すっかり言いそびれてしまっていた。
「マスター、大丈夫かな」
突然俺が居なくなった事もそうだけど、父の脅迫の事が気になって俺はそれを取り上げる。
俺の話を聞いて、ロイガも少し困った顔をしていた。
「その時は、俺達でどうにかしよう」
「うん、それでも迷惑は掛かっちゃうだろうけど」
「……今日は疲れただろ。早く寝ろ」
「うん。……おやすみ」
目が覚めたら、まずはマスターに謝りに行こう。
なんて言おうか。それを考えている内に俺はまた眠りに落ちていった。