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6.警察犬行進曲

 目尻に溜った涙を何度も拭って、俺は一心に視線を送っていた。
 見つめるテレビ画面は今まさにクライマックスを映し終わって、フェードアウトしたところだ。
「いい話だったなぁ」
 やっと画面から視線を外すと、ティッシュを何枚か抜き取ってしっかりと涙を拭う。
 ついでに鼻をかんですっきりする。
「終わったか」
 向かい側のロイガは眠たそうな瞳を俺に向ける。
 多分寝てたんだろう、欠伸を掻いたのか俺とは別の意味で涙を浮かべていた。
「……やっぱ、つまんない?」
「つまらなくはないが、ちょっと退屈でな」
 言葉を濁しながらロイガは視線を逸らす。
 やっぱり恋愛ドラマなんてロイガは見ないよなぁ。
 いつもだったら俺の事をはっきり見て物を言うのに、ばつが悪い時は大抵そっぽを向く。
「ごめんな、予告見たらチャンネル戻すから」
 居候のロイガに構う必要はないのだけど、退屈そうにされてしまうとなんだか気が引ける。
 そんな訳で予告が終わったらロイガのよく見るスポーツ番組に戻せる様に俺はリモコンを構える。
「俺達、やり直せないか?」
 予告が始まっての第一声に、俺の身体がびくっとする。
「今更何よ、私を捨てた癖に!」
「ごめん、でも……お前の事が忘れられないんだ」
 二人の距離が縮まる。
 その時、画面の中にさっきまでいちゃついてた男の方が。
 気づくと、チャンネルが切り替わってスポーツ番組が画面に映っていた。
 さっきまで握ってたはずのリモコンがいつのまにかロイガの手の中にある。
 俺が固まっているのに気づいたロイガが、素早く俺からリモコンを奪い取った様だった。
「…………俺、先に寝るよ」
「ああ」
 なるたけ平静を装って洗面所に行って鏡を見ると、ちょっと涙目の俺が。
「感動してたせいだよな」
 別に、今悲しくて泣いてる訳じゃない。
 腕で乱暴に拭い歯磨きを済ませて顔を上げると、また涙が溜まっていた。
 いそいそと寝室に行きベッドに潜り込んで、ぼんやりと考え込む。
 しばらくすると部屋の扉がそっと開かれてのしのしと足音が聞こえてきた。
「入っていいか?」
「……ん」
 手を伸ばして空いているスペースをぼふっと叩くと、ロイガが遠慮がちにベッドの上に乗る。
 一緒に寝る様になって一週間は経つんだしそろそろ勝手に入ってくれても構わないんだけど、
ロイガはいつもこうやって確認してから入る様にしていた。
 おかげで先に寝たら多分ソファーで寝ようとするから、俺はロイガが来るまでじっと待つ事にしている。
「ロイガ、俺って泣き虫なのかな」
 自覚はなかったけれどここのところ泣く事が多い。
 前はこんなはずじゃなかったのに、明るい俺はどこへ行ってしまったのやら。
「今更だな」
「意地悪」
 暗闇に向けて軽くパンチを放つと、ロイガの逞しい胸にむにっと減り込む。
 そのまま動かさずにいるとロイガの体温が伝わってくる。
 不意に、俺の身体が疼いた。
「ラスト?」
 ロイガの言葉に我に返る。
 いつのまにかロイガの胸に掌を当てて撫で回していた。
「あ、ご、ごめん」
 これじゃ変態じゃないか。
 ロイガの事をいつもそうやって詰ってる癖に。
 心の中で野次が飛んだ。
 ロイガと居ると安心するから、こんな風にいけない俺が飛び出してしまう。
 あいつに仕込まれた俺の身体が、ここから先を想像して勝手に発情する。
 段々と息遣いの荒くなってきた俺に気づいたロイガが俺の上に跨ると、唇を奪う。
 嫌がる言葉を口にする俺を無視して身体中を撫でて、舐めて、蹂躙していく。
 それでも、これを望んでいるのは俺なのだ。
 初めてロイガにイかされたあの時から、俺は寂しさが募った時目の前のロイガに性処理をさせている。
 もちろんそうしてくれなんて言った覚えはないんだ。
 でも、ロイガはそれを察知した頃俺を押し倒す。
 唇を奪って、胸を吸って、臍を舐めて、股間に辿り着くとペニスを咥える。
 抵抗しなくてはならないのに、疼く俺の身体は素直に反応するだけで、
だから仕方なく言葉だけは否定を述べていた。
 それもしばらくすればただの喘ぎに変わり、最後にはもっとしてほしいと強請る様になる。
 部屋に射す月光が俺の身体と、無表情にペニスを咥えるロイガを照らす。
 身体中を駆け抜ける快感に声を上げて、腰を突出して俺は射精を迎えた。
 ねっとりとした、温かいロイガの口内に向けて何の遠慮もせずに精液を吐き出していく。
 慣れた様にロイガは精液を飲み込み、もっと出せと言いたげに激しく吸い上げる。
 俺の身体が痙攣を始めて、最後にまた泣き出す。
 一度射精を終えた俺のペニスをロイガは執拗に責め立てていた。
 この行為がいつ終わるか、それだけはロイガが決める事だ。
 ロイガは自分の勃起するペニスに触る事もせず、一心不乱に俺をただイかせ続ける。
 再び硬くなってきたと見るや、また激しい愛撫を加えられて俺は泣き叫ぶ。
 程無くして二回目の射精も済ませると、満足したのか口を離し服の乱れを戻していく。
 事が終わると、ロイガは俺の身体を抱き締めてくれた。
「……暑い」
 言葉に、部屋の冷房を強めた後ロイガはまた俺を抱き締める。
 解放する気は無い様だった。
「ロイガ、ごめんな」
 眠る前に俺はそれだけをロイガに伝えた。

 抜き足、差し足、忍び足。
 眠ってるロイガを放置して着替えを済ませた俺は、外に出ようと靴を履いているところだ。
 立ち上がってさあ行くぞ、となったところで背後の扉がガチャリと開いてロイガが出てくる。
「……依頼か?」
「あ、起きちゃったんだ」
 寝てる間に愛想の無い顔だなと頬をつねったりしたのが悪かったらしい。
「頬がひりひりしてな」
 しかもバレてる。
「あはは、あんまり無愛想だったから……」
 俺の言葉に何も返さずロイガは準備を始める。
「ああ、いいっていいって。すぐ終わるから俺一人でも平気だよ。それにまだ丑三つ時だぜ?」
「俺はお前の護衛だ」
「そ、それって……愛の告白?」
「いや、深い意味はない」
 ノリが悪いな。
 そんな風に呆れながらも、俺は仕方なくロイガが来る事を承諾する。
「足平気なんだろうな?」
「カフェにも出ただろう、もう大丈夫だ」
 引く気は無いみたいで、そのまま準備を済ませたロイガと夜の街を行く。
 夏場とはいえこの時間はさすがに涼しくて歩きやすかった。
「なんの依頼なんだ?」
「んー、それがさ。こいつを届けるだけなんだよね」
 そう言って俺は手に持っている紙袋を取り出す。
「こんな時間にか?」
「うん。なんでも依頼人が昔家を飛び出した時に金を持って出ちゃったから、それを返したいんだってさ。
持ってったって言っても、元々自分の金だったらしいけどね。
で、こっそり返したいけど時間が無いから代わりにって」
 言っちゃえば、単なるおつかい。
「簡単だな」
「だから寝てろって言ったんだよ」
 俺の突っ込みにロイガは何も言わず表情も崩さない。
 こうなったらそれ以上責めても仕方ないので俺は黙々と歩いた。
「随分遠いんだな」
「車借りてもよかったけど、目立ちたくないしな。足大丈夫?」
「もう治ってる」
 本当かなとその足をちらっと見る。
 当たり前だけど服の上からじゃわからない、帰ったら診てやろう。
 カフェにも出てるロイガだけど、今はまだ週末だけだからなんとかなってるだけで、
これから更に人が増えたら完治してない足では辛くなるだろう。
 もうちょっと自分を大切にしてくれたら嬉しいんだけどな。
 そう言っても、ロイガは苦笑いをするだけ。
「お前、俺の護衛なんだろ?」
「ああ」
「だったら、俺をしっかり守れる様にまずは自分の体調気にしろよな」
 ちょっとロイガのプロ意識に引っかける様な感じで言ってみる。
 実際はロイガだって本当に辛かったら休むだろう、それは当たり前の事だから、
こんな風に言われると不快に思うのかも知れない。
 けど、やっぱり心配なので言ってみる。
「……わかった」
「うむ、素直でよろしい」
 そんな風に二人で茶化し合いながら歩き続けて、ようやく目的の場所に辿り着く。
 既に空が白みはじめていて、やっぱり結構な距離を歩いていた。
 今日はカフェも休みだからいいんだけど。
「ロイガ、ここで待っててくれるか」
 俺の言葉に、ちょっと不服そうな顔のロイガ。
「あそこの郵便受けに入れるだけだから、誰か来ないか見張っててくれた方が嬉しい」
「わかった」
 ロイガを残して、ゆっくりと俺は歩く。
 視界に広がるのは大きな屋敷だった。
 前に見たゴウドウの屋敷よりも更にでかい、ずっと見上げてたら首が痛くなりそう。
 その前を極力怪しまれない様に郵便受けまで歩を進める。
 走って投函してさっさと逃げたいところだけど、誰かが見ていたら怪しさ大爆発である。
 極力自然な動作で郵便受けの前に来ると、持っていた紙袋をその口に押し込む。
 ちょっときついみたいだけど落ちなければまあ大丈夫だろう。
 任務を遂行すると来た時と同じ様に歩いてロイガの元に戻ってから、ブイサインを決めてみる。
「特に人は来なかった」
「ありがと。それじゃ帰ろっか」
 今から歩いてアパートに着くのは、すっかり陽が昇った頃だろうか。
「朝食の用意がないな」
「あー……だから残ってろって言ったのに」
「今作ったみたいな理由だな」
「うっ」
 痛い所を突かれて俺が押し黙る。
「仕方ないな、二人で作ればすぐ終わるし……手伝えよ」
「ああ」
 短い返事が気に入らなくて、肘で小突いても、ロイガは動じない。
 更に何かしようとする前に頭に掌が置かれると撫でまわされる。
 俺はどうにもそれに弱くて、尻尾をぱたぱたさせる。
 一頻り撫でて俺の闘争心を削いだ頃、手が引かれてその向こうに微笑むロイガの顔があった。
 それにちょっと見惚れてから俺も笑ってみる。
 振り返ってもう一度大きな屋敷を見ようかと思ったけれど、ロイガが話しはじめたので俺はただアパートに向けて足を動かした。

 じっと身体を硬くして俺は睨みを利かせる。
 俺を見て、にやりとジャガーの男が笑った。
「まだ終わらないのかよ」
「いや、じっくり見るのが楽しくてな」
 そう言ってキャンバスへ筆を通す男。
 それに呆れて溜め息を吐きながらも、姿勢が崩れない様に注意を払う。
 今俺がしているのは絵のモデルだった。
 で、俺の前に居るのは画家であるジャガーのガロ。
 その筋では結構有名な男らしいけれど、こいつも俺の何でも屋に依頼をしにくるお客様だった。
 俺がカフェに勤めたのと同じ理由で、金に困っていたところにモデルにならないかと来たのだ。
 何でも屋にこんな事を頼むなんてと半信半疑の俺だったけれど、向こうも駄目で元々で俺を呼んだらしく、
挨拶をしに顔を見せたところで、いきなり詰め寄られてこれだと言われたのが最初だった。
 以来、ガロが描きたくなった時にメールをしてくるので気が向いたらそれに付き合ってる。
 金払いはかなりいいし。
 ちなみにロイガには適当に言い訳をしたので今はいない。
 ロイガと似てるけれど、ロイガより変態なので多分喧嘩になるのが俺には見える。
「……手動かせよ、手」
 俺の指摘にガロは渋々手を動かす。
 問題なのはガロが一々俺の身体に見惚れているところだろうか。
 ガロ自身全身が黒のジャガーであるせいか、同じく黒の多い俺の身体に異常に興奮して、且つ感動するらしく、
おかげで俺をモデルに使ってくれる訳だけど、その間はずっと舐める様な視線を感じなければならない。
 全部が黒でないところがまたいいとかよくわからない事を力説された事もある。
 ガロは俺に惚れているのではなく、俺の身体に惚れている。
 芸術家気質って事なんだろうけど俺にはちょっとわからない。
 一応客ではあるのにぞんざいな態度を俺が見せても不機嫌になる事もない。
 ただ俺の身体を見て、絵が描ければそれでいいのだ。
 詰まるところ楽な客ではあるんだけど、俺の視線はガロの股間に注がれる。
 これ以上無いってくらいにズボンを押し上げるそのペニス。
 俺の視線に気づいたガロが、目尻を釣り上げて嫌らしく笑う。
「どうした、こいつが欲しいのか」
「あのな、そんなギンギンにされても目のやり場に困るんだよ」
「仕方ないだろう? お前で興奮しないならモデルにもしないのだからな」
 もっともらしい様な感じに言われる。
 俺との会話の間も、びくんとその股間が震える。
 思わず息を呑んで俺は視線を逸らした。
 これ以上見てたら、俺自身も反応してしまいそうだった。
「胸見せろ」
 言葉に、俺はシャツのボタンを外してから手で開けさせてガロを睨みつける。
「いい表情だ」
 ガロの行動には大抵俺の表情を引きだそうとする意図が含まれている。
 ガロはそれが異常に上手かった。
 ぶすっとしてると、呷る様な事を言われて俺は思わず睨みつけてしまう。
 それがまたガロには堪らないらしい。
 多分、さっきから勃起を見せつけてるのも俺から蔑まれる様な目で見られたいんだろう。
 いわゆる変態、度を越した変態、ド変態である。
「そういやお前、男とは別れたのか」
「う、なんで知ってんだよ……」
 ガロの言葉に、思わず俺はそう言ってしまう。
「顔に出るからなお前は。初めて会った時はおどおどしてた癖に、その次からはずっとにこにこしてやがった。
なのに、久しぶりに来たと思ったらそんな仏頂面だ」
 俺の表情を引きだすからか、ガロにはそういう事がよく解るんだろう。
「関係ないだろお前には」
「あるさ。お前の身体に俺は惚れてるが、お前の表情も大事だからな。
身体だけならお前の石膏像でも作って一晩中ザーメンぶっかけてた方がマシだ」
「変態」
 じろりと見てやると、ガロは満足そうな顔をする。
 今日の俺の表情はもう決まってるんだろう。
 俺に穏やかな顔をさせたい時は間違ってもこんな事を言う奴じゃない。
 勃起だって見せつけたりはしない、タオルで必死に隠してるけど。
「相手が居ないなら俺の物になるか? 不自由はさせないぞ」
「なんでお前みたいなドがつく変態と付き合わないといけないんだよ」
「そう言うな、上辺だけは繕ってやるから」
「寝てる間に俺の顔や身体にぶっかけたりしたいんだろ?」
「もちろん」
 その瞳が、また俺を見つめる。
 獣毛が総毛立つ感覚だけはどうにも慣れない。
 一言で表すのなら、狙われた獲物の気分。
 これで金払いが悪かったら二度と来ないのに。
「それにしても随分久しいな、金に困ったのか?」
「んー、まあそんなところ」
 正直なところ別に困ってない。
 困ってないけど、ロイガから預かったお金に手は出したくないのでできるだけ蓄えが欲しかった。
 ロイガがいつか俺から離れる時のための金。
 知ったら、ロイガはきっと怒るんだろうな。
「金が欲しいならどうだ、ヌードでも」
「絶対に嫌」
「もう一人連れてきて絡みでも弾むぞ。俺がお前を犯してもいいがそれだと絵が描けないからな。
できれば筋肉質な奴がいい、お前が引立つからな」
 本当に口から出てくる言葉がセクハラなんてレベルじゃない。
 ただガロがここまで言うって事は、今ロイガを想った俺の顔はかなり沈んでいたんだろう。
 ガロなりの気遣いという事なのかも知れない、変態だけど。
 それを理解すると、俺はちょっと開ける部分を大きくしてみる。
「こうしたらいいんだろ?」
「いいな。そういうお前も」
 不敵に笑いかけると、ガロは舌なめずりをしてから手を動かしはじめた。

 ガロのアトリエを後にした俺は札束を数えながらとぼとぼと道を行く。
 本当に金払いだけはいい男だった。
 俺じゃなくたって、モデルなんていくらでもいそうなのにな。
 そう言った事もあるけど、ガロは他の奴じゃ駄目だとはっきり言い切った。
 その顔が思ってたより格好良かったのを今でも憶えている。
 勃起してなければ本当に格好良かったんだけど。
 数えてる途中で、不意に男の声がして俺は慌てて札束を隠した。
 チンピラに金持ってるところでも見られたら面倒だ。
 この辺は治安もあんまり良くないし、あとは家に帰ってじっくり数えよう。
 そんな訳で面倒事を回避しようとする俺だけど、路地に入る道の前を通ろうとして声の主を見つけてしまう。
 人気の無い所に、数人の男と地に座る制服姿の男。
 よく見なくても、それが警察官だっていうのが解った。
 シチュエーションは初めてロイガと会った頃と似てるのに、当の囲まれてる警察官は涙目で男達を見つめている。
「も、もうやめてください……」
「なに言ってんだおまわりさんよ、いや警察犬って呼んだ方がいいか」
 男達の爆笑する声が響いてくる。
 よく見たら犬人の警察官だ、なるほど警察犬とはよく言ったものだ。
 警察官だったら抵抗くらいしても良さそうだけど、その手には手錠が掛けられて背後にある
建物に沿ってつけられたパイプの裏を通してからもう一方の手に繋がれている。
 あれじゃいくらやっても取れないだろうな、現にさっきから笑い声と一緒になってガンガン音がしてる。
「さーてと、おまわりさんが歯向かえない様にこれから強制ストリップショーを始めまーす」
 リーダー格っぽい男がそう宣言すると、指笛やら歓声やらが上がる。
「や、やめろ!!」
「なーにすぐ終わるって。二、三枚チンコ撮って終わりだ。妙な事したらばらまくけどな」
 一層激しく警察犬、じゃなかった警察官が暴れるけれど手錠は外れそうにない。
 両足も押さえられているのでほとんど抵抗もできずに服が脱がされていく。
 現役警察官のストリップショーと聞いて俺はちょっとドキドキしながらその様子を見守る。
 助けてやりたいけれど、このままじっくり観察するのも悪くない。
 大体、相手は警察官だ。下手に手を出して火の粉が降りかかるのはごめんである。
 そう理屈を掲げて脱がされていく警察官の姿を遠くから視姦する。
 肉体派なんだろう、ここからでもかなりエロい体系してるのがよくわかる。
 図体がでかい癖に、服に手を掛けられると涙を流して尻尾の先まで震えちゃってるのがまた可愛い。
「ふっ、うぅ……」
「なんだぁ? 感じてんのかよこの変態が!!」
 胸を曝け出して声を上げたところで罵声が飛ぶ。
 それを聞きながら、俺は隠しカメラどこかに付いてないかなとつい探し回る。
 こんなおいしい光景滅多にお目にかかれないだろう。
 カメラがあったら録画記録を盗んでそんでもって。
 駄目だ駄目だ、それじゃ犯罪じゃないか。
 一人漫才を繰り返していると、涙目の瞳が俺を見ているのに気づく。
 ばっちり目が合ってから、慌てて視線を逸らされた。
 俺に助けを求めたらいいのかも知れないけれど、俺が味方なのかもわからないんだろう。
 まあ、相手に知られちゃったのなら仕方ない、ここは助けてあげよう。
 路地から下がって通りに戻ってから、深呼吸。
「おまわりさんこっちです! 変な男達が居るんです、助けてください!!」
 遠くまで聞こえる様に思いっきり叫んでやった。
 それで、路地の方からは慌てた様子が伝わってくる。
「お、おいやべぇ! ずらかるぞ!」
「え、でも写真はー?」
「いいんだよそんなの、いいから走れ!」
 蜘蛛の子を散らす様に男達が駆け去る足音が聞こえる。
 こちら側に来ないのは、多分そのまま向こう側に通り抜けられるからだろう。
 こっちに来られたら警官なんてどこにも居ないのがバレちゃうのでよかった。
 さっきみたいに顔だけ出して人が居なくなったのを確認してから、俺はそっと男の元へ歩み寄る。
「大丈夫? あんた」
 頬に涙を伝わせた警官が、俺を見上げる。
「あ、ありがとうございます……危ないところを助けてくださって」
「いえいえ、いつも皆のために頑張ってる警察の方だから」
 口から出任せを言って俺は微笑む。
 正直なところ、本当に警察は苦手だ。
 依頼を果たす上で邪魔された事も一度や二度じゃ済まない、とはいえそれが仕事なんだから
別に文句がある訳ではないけれど、やっぱり邪魔にはなる。
「あのぅ……すみませんが、これ外していただけませんか」
「ああ、ごめんごめん」
 男の手首にしっかりとはめられた手錠。
 自力では外せないのだろう、懇願する様に見上げるその顔。
 思わず俺はもう一度カメラを探しそうになった。
「えっと、鍵あるんだよね?」
「はい、自分の腰にベルトがあるのでそれを」
「ベルトねー、えーっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速鍵を外そうとして、視線を下ろした俺の瞳に飛び込んでくる男の股間。
 中途半端に脱がされたのか、下着のボクサーが丸見えでしかも半分くらい立ち上がってるところだった。
「あ、こ、これは!!」
 慌てて男が弁解しようとするけれど、俺の男を見る目はもう冷たい眼差しになっていた。
「へー、本当は嬉しかったんだ? 邪魔しちゃったかなぁ」
「ち、違いますこれは」
「違わないだろ? なんだ、助けて損したな……せっかく勇気を振り絞って大声出したのに。
余計なお世話だったんだ、なんならあいつら呼んでこようか?」
「ごめんなさい、違うんです……ごめんなさい」
 歯を食いしばってぽたぽたと涙を零す警察官の姿に、ぞくぞくとした快感が背中を走る。
 涙に濡れるその顔をじっと見つめる。
 黒と黄褐色でできたその身体はまさに警察犬そのもので、立派な体躯が勇ましさに拍車を掛ける。
 それなのにべそ掻いてるんだからもうね、可愛い。
 一頻り観察してから俺が笑い声を上げると、その身体がびくっと震える。
「ごめんごめん、ついからかってみたくなっちゃってさ」
 何でも屋の時にかち合う警察官は、大抵は尊大な態度で接してくる様な奴ばっかりで、
つい鬱憤を晴らしてしまった。
 警察官のベルトに手を掛けて鍵を探していると指先に硬い物の感触がする。
 こ、これはまさか。
「あ、拳銃だ」
「だっ、触っちゃ駄目! 危険です!」
 大声を上げる男の様子に、渋々と拳銃から手を離す。
 まあ、もっといい奴もってるしいっか。
 滅多に使わないけど。
「これかな?」
 どうにか探し当てた鍵を見せつけると、その顔がきらきらと輝いた笑みを作る。
 やばい本当に可愛い。
 尻尾なんて土埃が立ちそうなくらい振られてる。
 もう一度焦らして虐めてみたかったけれど、その仕草にやられた俺は結局素直に鍵を外す事にする。
「本当にありがとうございました。危ないところを助けてくださって」
「いえいえ」
 場所を移して、近くの公園で警察官の深々としたおじぎを受ける。
 ここまでされてしまうとさっきまでの自分の行動が今更ながら罪悪感となって俺に返ってくる。
「でも、途中で目合わせたのに俺に声掛けなかったね。俺も不良だと思ってた?」
「あ、いえ……そんな事は。ただ、下手に声を掛けたらあなたに迷惑が掛かってしまわないかと」
 なるほど、あんな状況でも俺の身を案じてくれていたのか。
 そんな優しい警察犬なのに俺って奴は。
 俺が自責の念に苛まれているのにも気づかずに、警察犬は相変わらず尻尾をぶんぶん振り回して俺を見ている。
 身体は大きいのに、その仕草は子供の様だった。
「それにしても、なんであんな所であんな事になってたの?」
 あんな所で勃起してたの、と言いだすのを必死に堪えて俺は警察犬に尋ねる。
「そ、それは……えっと」
 途端ににこやかだったその顔が曇って、迷う様な仕草をする。
「ああ、お仕事なんだね。捜査?」
 だとしたら込み入った事は訊かない方がいいのかも知れない。
 捜査だとしたら余計に踏み入らないのが無難である。
「ええ、そうなんですけど……すみません、この人知りませんか?」
「……えっ」
 制服のポケットから警察犬が取り出した写真を見て、俺は思わず声を上げる。
 写真に写っているのは、いつも俺が見ている獅子の男、マスターだった。
「知ってるんですか?」
「あ、いや……知らないかな、ちょっと知り合いと似てたけど」
「そうですか……」
 咄嗟に吐いた俺の嘘に、警察犬はただ残念そうな顔をする。
 感づかれなかった事に内心ほっとしつつも、俺は写真のマスターを凝視していた。
「その人、何かしたの?」
「まだはっきりとはしてませんが、ちょっと」
 ちょっと、の中身はさすがに口籠る警察犬。
 まあ、一般人に捜査状況なんて話す訳が無いので仕方ない。
 結局、そのままマスターの事を話すことなく警察犬との接触を終える事になった。
 危ないから送っていきましょうか、なんて言う警察犬を指差してそっちのが危ないでしょと言った時の、
ちょっと泣きそうな顔が忘れられない。
「ただいまー」
 アパートの扉を開けて帰宅を告げる。
「遅かったな」
「ああ、ごめんな。ちょっと用事が長引いちゃって」
 本当はカフェに出る事をお願いしたロイガより、俺が先に戻るはずだったのに、
あの警察犬のおかげですっかり帰るのが遅れてしまった。
「お詫びに俺が飯作るからさ」
 なんて言いながら早速ご機嫌取りを始める。
「何を隠してる?」
「めっそうもない、隠し事だなんて」
 相変わらず鋭いなと感心しつつ、素知らぬ振りを決め込む。
 マスターがやばい事に首突っ込んでないか、なんて訊けるはずがない。
 大体、マスターとの付き合いはロイガより俺の方がずっと長い。
 その俺に心当たりが無いのだから、ロイガに訊いたところで答えは得られないだろう。
 それとは別にガロに関しての秘密もあるので、今日の俺はロイガに従順になるのだった。

 結局ロイガに何も言えず、更にはカフェに行ったのにマスターにも話を聞く事ができなかった。
 まあ、警察が嗅ぎ回ってたけどなんかやったのか、なんて直接訊けるはずもないんだけど。
 一人悶々とした態度を数日貫いた俺の様子をロイガは黙って見ていた。
 鋭いロイガの事だから俺が隠し事をしているはお見通しだろうけど、
無理強いはしたくないのか、俺の隠し事を掘り下げる様な事もしなかった。
「うーむ……」
 そんな訳で、一人悩み続ける俺。
「悩みがあるなら聞くぞ」
「悩みって訳じゃあないんだけどね」
「言えないのか」
「うーん」
 困った様な顔をしながら、ロイガに頭を撫でられる。
 俺がつい尻尾を振り回すのに気づいてからは、こうしてやたらと撫でてくる。
「そ、そんな事したって話さないからな」
「別にいいさ。お前が決めた事だからな」
 そんな風に言われるとちょっと話したくなっちゃう訳で。
 観念した俺が口を開きかけた時、不意にインターホンが鳴った。
「はーい」
 ロイガの掌をやんわり退けてから、尻尾の動きを抑えて扉を開ける。
「すみません、こちらに何でも屋さんが居るとお聞きしたのですが……」
「ああ、はいはい」
「……あ」
「あっ」
 扉の向こうから伏し目がちに様子を窺っていたその顔が、跳ねあがって声を上げる。
 黒と黄褐色に彩られたあの警察犬がそこに立っていて、思わず俺も合わせる様に声を出していた。

 やってきた警察犬とお互いに見つめ合って、十数秒が経過。
「……あなたが、何でも屋さんなんです?」
「あ、えーと」
 慌てて誤魔化そうとするけど、そもそも何でも屋かと尋ねられて返事をしたのだからどうしようもなかった。
 背中に冷たい汗が流れる。
 あんなに言葉責めで詰ったんだから、下手したらこのまましょっぴかれる様な気がした。
「どうした?」
 俺の背後からぬっとロイガが顔を出す。
「ここ、何でも屋さんのお宅ですよね? 実は相談に乗ってもらいたくて」
「相談?」
 なんだ、てっきりこの間の事で何か言われるのかと思った。
 よく見れば警察官の出で立ちではなく、シャツにハーフパンツとどちらかと言えば子供の様な格好。
「玄関ではちょっと、入れていただいてもいいですか?」
「どうぞ」
 固まっていた身体をどうにか動かして俺は警察犬を招き入れる。
 玄関でちょっと待ってもらってから、手早く室内の掃除を済ませると私服警察犬をソファーに座らせた。
 いつもは向かい合って座る俺とロイガは、今は並んで相手を見つめている。
「先日は大変失礼しました」
「いえ、そんな。助けてもらったのは自分の方です。その……反応しちゃったのも」
 途中で顔を伏せた警察犬の語気が段々と沈んでいく。
 人間みたいに地肌が見えたら、真赤になってるんだろうな。
 二人のやり取りを聞いてロイガが俺に視線を送ってくる。
「ああ、チンピラに絡まれててさ、それでね」
「そうか」
「お恥ずかしい限りです」
 大きな身体を目一杯縮こまらせる警察犬。
「警察犬なんだそうだ」
「ち、違います! 警察官です!」
「あ、ごめん」
 頭の中での呼び方がそのまま口から出てしまった。
 ついでに不良達にもからかわれてたのだから、古傷を抉る事になる。
「……散々言われてますから、構いませんが」
 いいのかよ、と思わず突っ込む俺に警察犬はただ頷く。
「そろそろ本題に入らないか?」
 俺と警察犬のやり取りを観察していたロイガが口を開く。
 ちょっと俺に対する視線が痛いのは、惚れた弱みって奴なんだろうか。
 ロイガの提案に相槌を打った警察犬を見て、ふと俺はこの間の事を思い出した。
「この人なんですが」
 そして、俺が警察犬を制止するよりも先に例の写真は俺とロイガの前に現れる。
 ロイガの瞼が僅かに大きく開く。
「この人が何か?」
 一方俺は切られる手札を知っていたので、努めて冷静に振る舞った。
 俺の問いに、警察犬は溜め息を吐くとぽつりぽつりと事情を話しはじめた。

 事の起りを聞いて、俺は唸り声を上げた。
 隣に居るロイガも釈然としない表情をしている。
「……だから、この人の事が知りたいんです」
 そう言って、自己紹介をした警察犬ことアセクトはまた溜め息を吐いた。
「まさかマスターが容疑者だとはな」
「そうだよなぁ……」
「あれ、ラストさん知ってらしたんですか……?」
「あ」
 ロイガの巧みなパスを受けて、つい相槌を打ってしまったのが悪かった。
「なるほど、これを俺に隠していたのか」
 それで、アセクトは困った様な顔をするし、ロイガはロイガでなんかもう物凄い鋭さを発揮してる。
 二人からの視線を受けてちょっとたじろいだ俺は、ばつが悪そうにそっぽを向いた。
「だってさ、マスターにはお世話になってるし……俺は、マスターをそんな目で見たくないよ」
「ラストさん……」
 俺にとってのマスターがどんな人物なのか、すべてを知り得なくても何となくアセクトには察しがついたのだろう。
 申し訳なさそうな顔をして俺を見ていた。
「なら、しばらくマスターを監視するとしようか」
「お、おいロイガ!!」
 ロイガの言葉に俺は声を荒らげる。
 これじゃまるで、マスターが黒だと言ってる様なものだ。
「マスターが怪しいのは事実だろう?」
「そうだけど、でも……」
「だったら、まずはマスターを見張れ。白なら疑いが晴れるし、黒なら警察に突き出すだけだ」
 迷っている俺の心に、ロイガの言葉が投げ入れられる。
 着水した後、波紋が広がりきるまで俺は何も言う事ができなかった。
「それともお前はマスターを信じていないのか?」
「ち、違う」
 ロイガの言う事は正論だ。
 けれど、やっぱり俺はマスターを疑う事ができなかった。
 いつだって俺に優しくしてくれるあのマスターが、俺の知らない顔を持っているなんて。
 でも、やっぱり黒だと疑ってマスターに視線を送る事に俺は耐えられなかった。
「……俺は、嫌だ」
「そうですか、わかりました……すみません、こんな話を持ってきてしまって」
 俺の言葉にアセクトは詫びの言葉を添えて、特に食い下がる事もせずに帰ろうとする。
「……アセクト」
「はい」
「この依頼、受けるよ」
「え? でも、ラストさんは……」
 立ち上がったアセクトの前に行き、俺は強く頷く。
「ロイガ、ごめん……お前は連れていけない」
 その後に背後に控えていたロイガと向き合い、ちょっと躊躇ってから言葉を吐き出した。
 予想していたのか、ロイガは表情を崩さない。
 ただ、一言だけ。
「本当の事をしっかり見ろ」
 後押ししているのだかよくわからない言葉を俺に投げかけた。
 俺は何も言わず、ただ依頼を受けてアセクトを帰した。
 二人きりになっても互いに言葉は交わさない。
 ロイガの言葉を反芻した。
 俺が欲しがっている答えとは、違うものの様に聞こえた。

 人気の無い路地から耳と瞳だけを飛び出させて、俺は通りに目をやった。
 特に怪しい人影も見当たらず、顔を引っ込めると持っていたビニール袋へ手を伸ばす。
「む、カレーパンじゃないか」
「へ?」
 俺の隣に居たアセクトが間抜けな声を上げる。
「駄目じゃないかカレーパンなんて買ってきたら」
「あ、あの……」
「こういう時の相場はあんパンでしょ?」
「ご、ごめんなさい」 
 律義に耳の先まで下げておじぎをするアセクトの頭をぽんぽんする。
 俺が促すと、アセクトもおずおずとビニール袋を破いてカレーパンを頬張った。
「来ないですね、怪しい人」
「張り込みの基本は忍耐だよデカ長」
「まだ巡査です」
 生真面目な返しに思わずカレーパンを噴き出しそうになりながらも、また退屈そうに通りを見た。
「やっぱり、写真の人を見張った方がよかったんじゃないですか?」
「それは嫌なの。大体マスターがはっきり犯人と決まった訳じゃないんだから。
だからこうやってアセクトがやってた様に張り込みしてるんだよ」
 それに、昼の間はカフェでマスターと会うのだから動くなら今からになる。
 その現場だと思われる場所の周辺を見張っているのだから、マスターが黒だったらここに来るはずだ。
「でも、あんまりもたもたしててもしその人が薬の密売人だったりしたら……」
「アセクト」
 俺がじろりと睨むと、アセクトがあっと言った後また縮こまる。
「ごめんなさい」
「……いいよ、アセクトはそれが仕事なんだろ」
 アセクトがマスターを疑うのを止める事はできない。
 この辺りで最近物騒な噂が絶えなくて、寄せられた声にただ一人答えたのがアセクトなのだから。
 近くで何度も挙動不審なマスターが目撃されているのだ。
 犯人断定、とは言わずともまずは疑って当たり前だった。
 そこまで解っていながら、俺はやっぱりマスターの事を疑う事ができない。
 独り身で途方に暮れていた俺に手を差し伸べてくれた人だから、疑ってしまえば
マスターの顔をまともに見られなくなりそうだった。
「でもさ、別にアセクトは俺に依頼しなくてもよかったんじゃないの? 同僚の人とか居るだろ?」
「皆、そういう話にはピンと来なくて、はぐらかされちゃうんです……話だけ聞いておけの一点張りで」
「ははあ」
 多分、ヤバい事に首を突っ込まない様にしているんだろう。
 警察が絶対的な権力を持っていないからこんな事が起きる。
 といっても、そのおかげで俺やロイガの様な俗に言う裏稼業がのさばる事ができてるので、
俺としては好都合だけど。
「かといって自分一人だと、その……この間みたいに」
「ああ、縛られて感じちゃうのね」
「だ、だからぁ」
 俺の言葉にアセクトが目尻に涙を浮かべる。
 それを見て俺は口の端を釣り上げると、挑発的に笑った。
 張り込んでから早五日、こんなやり取りも慣れたものだった。
 下手な事言ったらしょっぴかれる、なんて考えて発言を考慮していたのは最初の一日だけ。
 弄っても問題無いとわかってから俺はアセクトを虐める事にしていた。
 アセクトもからかわれるのに慣れているのか、涙目になったりしょんぼりするだけでそれ以上は何も言わない。
 ついでに根にも持たない、なので俺はついついからかい過ぎてしまう。
 仏頂面のロイガが時々見せる繊細な表情も好きだけど、アセクトの様に言葉に一喜一憂するタイプと話すのも楽しかった。
「じゃあなんであんな所で、あんな状況で勃起してたのかな?」
「それは……」
「もしかして俺にじろじろ見られて感じちゃってたの?」
「違います!」
 アセクトが声を上げたので、俺はわざとらしく両手を前に出しながら諌める。
 一応とはいえ張り込み中である、目立つ行為は控えなければ。
 とはいえ、アセクトをひたすらからかいながらも過ぎた時間は決して短くはない。
 今日もまた動きがない事を確認してから張り込みを打ちきり、近くのレストランへ足を運んでいた。
「うーんそれにしても進展がないなぁ」
「張り込みの基本は忍耐だって言ってたじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ」
「……だったらそのマスターさんを尾行すればいいのに」
「あーん?」
「ご、ごめんなさい」
 軽くメンチを切ると、アセクトはすぐに頭を下げてくる。
 俺が本気なのか冗談なのか判断がつかないんだろう。
 アセクトの動きを見て俺が笑い声を上げると、その顔が安堵に包まれてにこりと笑う。
「それにしてもさ、アセクト」
「はい」
「アセクトは俺やロイガみたいな奴って嫌じゃないの?」
「え?」
「いやさ、大体警察の方ってのは俺達みたいな存在は煙たがる訳だよ」
 表面上はね。
「嫌じゃないですよ。それに、ラストさんは評判が良かったですし」
「評判?」
「他の人みたいにすぐ暴力で解決しないから、まだ話しやすいって教えてもらいました」
「褒められてるか微妙なところだな……」
 どこで誰が噂をしているか、本当にわからないものである。
 殺し屋みたいな血生臭い奴なら話題に上る事もあるかも知れないけれど、俺はただの何でも屋。
 精々チンピラと同程度くらいにしか扱われないだろうと思ってた。
「ほら、全部の情報が警察に入る訳じゃないですけど、その人の近くでこんな事があったとか、そのくらいなら
わかるんですよね。ラストさんの周りは、そういう事も聞かなかったものでして」
「ふーん。ところでそれってさらっと言っちゃっていい事なの」
「あ」
 慌ててアセクトが両手で口を包み込む。
 吐き出した後にやっても無意味な行為。
 それを見て俺はついに大笑いしてしまう。
「やっぱ面白いなアセクトは」
「そ、そうですか……?」
 ちょっと嬉しそうな顔のアセクト。
 俺から散々虐められてる癖にこの顔である。
「やっぱこういう従順さが警察犬に求められるんだな」
「ラストさん!」
 怒ったアセクトに掴みかかられ応戦する。
 涙目で迫ったってちっとも迫力なんかなくて、それを指摘するとまた涙の量が増える。
 これなら依頼じゃなくて、普通に友達として会いたかったなぁ。
 なんて考えていた辺りで、不意にアセクトの目が鋭くなる。
「どったの?」
「……写真の男です」
 その言葉に、俺はアセクトを振り解く事なく僅かに顔を向け、残りは瞳を動かす事で警察犬の見つめる先を追った。
 俺の視界に飛び込むその姿。
「マスター……」
 見紛うはずもなかった。
「ラストさん、どうしますか? 自分は行きますが……」
 俺の機嫌を窺う様にアセクトは尋ねてくる。
「行くよ」
「でも」
「ほら、早くしないと見失っちゃうだろ。俺が先に出て後をつけるから会計よろしくな」
 思慮を差し挟む余裕など無かった。下手したら本当に見失ってしまう。
 店員に睨まれるのを覚悟で俺は駆けだして、前を通る時にお代はあっちが払うからとだけ伝えて店を出た。
 獅子の男が向かった先に全速力で、けれど決して勢い余って飛びださぬ様に神経を尖らせる。
 見つける事は造作も無かった。向こうは俺の存在なんて知らないし、俺の思惑も知らないのだから。
 改めて確認をしても、やっぱりマスターはマスターだった。
 豊かな赤茶の鬣に、逞しい体躯。百獣の王とは思えない柔和な表情に、それが醸し出す優しさ満点の雰囲気。
 本当に、いつものマスターだった。
 歯軋りをして俺はその姿を見つめる。
 どうかマスターが犯人じゃありません様にと有りっ丈の願いを籠めながら。
「ラストさん」
 駆けつけてきたアセクトが背後から小声で話しかけてくる。
「ここから先は自分が行きます。危ないかも知れませんし、それに……」
「いや、俺も行くよ」
「ラストさん、もしあの人が犯人だとわかっても冷静でいてくれますか?」
 思わず振り返ってアセクトの顔を見つめる。
「わからない……でも、俺はマスターを信じるよ。結局、ロイガの言った通りになったけどさ」
 やってる事は結局マスターの尾行である。
「……わかりました。危ない事があったら、下がっていてくださいね」
 警察官としての義務からか、アセクトは俺に後ろに居ろと言う。
 ここで揉めたら見失いそうなので、仕方なく今はそれに従った。
 そんな訳で二人揃ってマスターを尾行する。
「あれ、どこだろう……」
 で、見事にまかれた訳であって。
「だから俺が前を歩くって言ったのに」
「ごめんなさい……」
 尾行慣れしてないアセクトだとそういう危険もあるかなと思ってたら、案の定。
 一度辺りを隈なく見渡してみたけれど獅子人すら見つからなかった。
「臭いで追えたりしない?」
「そんな、警察犬じゃないんですから」
「警察犬だよ?」
「ラストさーん……」
「まあまあ、少し落ち着く事も大切だよ」
 見失った事で負い目を感じていたアセクトを軽く解すためのギャグのつもりだった。
 まあ、実際それでアセクトの表情が和らいでくれたので良しとしよう。
「仕方ないな、ここからは考えて行動するか」
 もう一度辺りを見てからしばらく考え込む。
 早い話が、薬を売るのに適当な場所の模索。
 本当に売買が行われているのなら、どこかにそれがあるはずだった。
「……そうだな、こっちは人がいなさそうだな」
 いかにもって感じの廃ビルと廃ビルの間の暗闇。
 レストランを飛び出した時に僅かに見えていた夕陽も沈んだから、本当に夜の闇だけが広がっていた。
 そちらに歩いていくと、不意に光る物が視界に映る。
「立ち入り禁止、か」
 真新しいテープが隙間を無くす様に張られていて思わず眉を顰める。
「何かあるのかもな」
 廃ビルの外見からして放置されてから結構な年数が経っているだろう。
 なのに、このテープだけはやけに小奇麗だった。
「それじゃ自分が先に」
「待て待てアセクト」
 先を行こうとするアセクトを制止する。
「お前は本当に何も解ってないな、こういう時どうすればいいのか」
「えっと……応援を呼んだりですか?」
「違う」
「何か目印を置いて入ったり?」
「まあ悪くはないけど」
「すみません、わかりません」
「仕方ない奴だな」
 尊大な溜め息を吐くと、アセクトが肩を落とす。
 その前に来て咳払いを一つすると、俺は両手を広げてテープに向けて走った。
「一位! ラスト選手、世界新記録と同時に堂々の一位です! 今テープを切りました!」
 ぶちっと鈍い音を立ててテープが切れて、俺はそのままテープを棚引かせて走り切る。
 ある程度の距離を進むと歩を止めて、ゆっくりと振り返った。
「どう?」
「あ、えっと……新記録おめでとうございます」
「うむ、悪くない返しだ」
 俺の行動に呆気にとられているアセクトの表情。
 それでこの反応なら将来有望だろう。
「さ、行くぞ」
「今ので人が来ませんかね?」
「祝ってくれるなら俺は歓迎しちゃうぞ」
 祝砲がぶち込まれそうな気もするけども、ともあれ俺達は暗闇の中へと吸い込まれていったのであった。

「で、こうなっちゃう訳か」
 後ろに回された両腕を縄で固定されて、目隠しまでされちゃってるのが今の状態。
 もちろん両足もばっちりである。
「ごめんなさいラストさん、何から何まで……」
 最初にやられたのがアセクトだった。
 俺がそれに駆け寄ろうとして、一発二発とかわしたところで更に背後からの不意撃ちをくらい俺も気絶。
 気がつけば、二人並んで縛られソファーか何かに座らされていた。
「お前さん達、随分俺達の周りを嗅ぎまわってくれたな」
 酷く低い声が耳に飛び込んできた。
 視覚を奪われているからか今はそれが耳に強く残る。
 気配だけで軽く数えても十人は超えている様だった。
 加えて、隣にはアセクト。
 とても抵抗できる状況じゃなかった。
「よく見りゃ、犬コロの方は警察官だな」
 僅かにざわめく声が聞こえる。
「そ、そうです、警察です! 大人しくしなさい!」
 アセクトの虚勢混じりの怒声に、僅かな間静寂が訪れたかと思うと不意に爆笑が起こる。
「お前、この状況でそれはないだろ……」
 さすがにフォローのしようがなくて俺も軽く突っ込む。
「そっちの兄ちゃんは懸命みたいだな」
 また低い声が聞こえる。
 どうやらこの集団の頭領の様だ。
「そうだな、どっちかは話しやすい方がいいかも知れんな。
兄ちゃんはすぐには倒れなかったし、そっちの犬にするか」
 おい、と声が聞こえて何やら物音がする。
「これで少しは話が見えるだろ?」
「……はい」
 アセクトから特別大きな動きを感じないところから察するに、目隠しを外されたんだろう。
 話が見えるなんて上手い事言いやがって、とちょっと思ったり。
「ついでに手も放してやれ。勿論妙な事したら殺していい」
 抑揚の無い語気が、低い声の場数の多さを窺わせた。
「ラストさん」
 不意にアセクトが小声で話しかけてくる。
「……あの写真の人が居ません」
「え?」
 マスターが居ない。
 という事はマスターはこの件に無関係という事なのだろうか。
 断定できはしないものの、今この場にある事実に俺は酷く安心した。
 自分が危険な立場に置かれている事すら忘れていた。
 ただ、マスターが無実なら、それでよかった。
「おい、何話してんだ!」
 野太い声と、アセクトの僅かな悲鳴。
 殴られたのだろうか、それすら俺の耳には深く入り込まなかった。
「随分冷静だな兄ちゃん、友達が殴られたってのによ」
 低い声も俺を非難する様な事を言う。
 隣では、軽く咳をしたアセクトが身を乗り出したのかソファーが少し軽くなった感触がした。
「この人だけでも解放していただけませんか、なんの関係も無い人なんです。
あなた達の顔も見ていません、お願いします」
「……アセクト」
「ごめんなさいラストさん。でも、こうなったのも自分の責任です。ラストさんだけはしっかり守りたいんです。
……写真の人が犯人じゃなくてよかった、自分も嬉しかったです」
 俺の心中を察したその言葉に胸が苦しくなる。
 殴られたお前の事すら、俺は考えてやれなかったのに。
「悪いがそいつはできねぇな。その兄ちゃんは素人って訳じゃなさそうだ。
お前はお前で警察官、そう易々と解放する訳ないだろう?」
「お願いします、どうかこの人だけは」
「なんだ、その兄ちゃんに惚れてんのかお前は?」
 低い声に言われてアセクトが押し黙る。
 周りから嘲笑が起きた。
「……好きです。だから、お願いします」
 力強い声がした。
 見えないから、より一層その言葉が胸に響く。
 アセクトの言葉に偽りが含まれていないのを俺は直感的に感じ取った。
 それぐらい、強い意志の籠った言葉だった。
「面白いな。そんな風にはっきり言っちまうってのも。
そんで、兄ちゃんの方はどうなんだ?」
 他人の恋話が気になるなんてどこの乙女だと言いそうになりながらも、俺はその言葉で考える。
 アセクトをそんな風には見ていなかった。
 当たり前だけど、依頼を受けたからただ行動を共にしていただけだ、
そこに恋愛感情を差し挟む様な真似はしない。
 ロイガの想いに上手く応えられないのも、元々は依頼人として出会ったからなのかも知れなかった。
「なんだ、片思いか」
 思考に囚われて何も言わずに居た俺を低い声は脈無しと判断したのか、残念そうに言う。
 しばらく沈黙に包まれた後に、不意に低い声が静かに笑った。
「そうだな、条件次第では兄ちゃんの方は解放してやろうか」
「本当ですか!?」
「ああ、二言はないさ。そうだなあ」
 と、またしばしの静寂。
「せっかく片思いなんだし、いい機会だから兄ちゃんにしゃぶってもらうってのはどうだ?」
「えっ」
 思わず俺が上げた声に、再び爆笑が起こる。
 アセクトは何も言わなかったので多分固まってるんだろう。
「そ、そんな……自分が好きなだけなのに、そんな事」
「何言ってんだ、だからまたとない機会なんだろうが。オナホ感覚で使っちまえよ」
 アセクトからは衣擦れの音すら聞こえない。
 俺に無理矢理させる様な真似はしたくないのだろう。
 咥えるのは慣れてるけどね。
「ほら、早くしねぇと」
 耳の下辺りに、ごりっと硬い物が当てられる。
 もちろんモノではない物である。本当の意味で昇天しちゃう物。
「やめてください!」
「だったら、早く脱いでやっちまうんだな。それとも咥えさせてるところで吹っ飛ばしてやろうか?
首締めると具合がよくなるってのもなんかであったよなぁ」
 低い声が恐ろしい事を次々に吐き出す。
 それを聞く度に、怯む様なアセクトの声が聞こえる。
「ラストさん……」
「いいよアセクト、そうしないといけないんだろ」
「でも」
「俺の事なら気にしなくていいからさ。このままだと二人纏めて頭吹っ飛ばされるだろうし」
 興を削げば、見えるのは死。
 だったらやるしかなかった。
 服を脱ぐ音が聞こえる、アセクトの戸惑う声は変わらないから誰かが無理に脱がしているんだろう。
「おお、なかなか立派なモンじゃねえか。それに……」
 不意に、下から何かが顎にぶつかった。
「ご、ごめんなさいラストさん!」
 何が起きたのか解らなかった俺の鼻腔を臭いが擽る。
 俺の見当違いでなければ、これは。
 そう思って舌を出して目的の物がある所へ伸ばす。
「ひゃっ」
 熱い物に俺の舌先が触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま舐め上げると、しょっぱい滴を掬い取った。
「なんでぇ、兄ちゃんそっちの気ありってか?」
 何も言わずに口を開いて待っていると、いきなり太い肉が口内にぶち込まれる。
「うあっ、ラストさん、ごめんなさ……うぅっ」
 無理矢理身体を押されたのであろうアセクトのペニスが俺の口内を蹂躙する。
 久しぶりに感じる男の味だった。
 ロイガとする時は未だに俺がただ奉仕をさせているだけだから、咥えた事もない。
 ロイガに対する罪悪感が僅かに過ぎったけれど、その思考を掻き消す様にアセクトのペニスが口内で激しく自己主張をする。
 口全体で感じる事でしか大きさを測れないけれど、かなりでかかった。
 吐き気を催しかねない程に深く深く咥えても、根元まで辿り着けない。
 仕方なく舌を這わせると、精一杯伸ばしてペニスと袋の間を何度も突いた。
「あっ、ラストさん、駄目です、ふぁぁっ」
「いい声で鳴くじゃねえか、メス犬が」
 三度目の爆笑は、互いにほとんど聞き取れなかったと思う。
 俺はアセクトの大きなペニスを咥える事に集中してたし、アセクトはアセクトで指摘されても声を止めなかった。
 やがて小刻みに口内のペニスがピストンを始める。
 快楽に負けたアセクトが腰を振っているのだろう。
 離そうと俺の頭に弱々しく添えられていた手も、今は催促する様に後ろから押している。
 俺はそれに応えるために一心にペニスをしゃぶった。
 舌を少し引っ込めてから立てる様にして、動くペニスの裏筋から鈴口まで満遍なく当たる様にしたり、
押し込まれた時は限界まで呑んで、喉を動かした。
 ペニスが引き抜かれると同時に激しく咽るけれど、治まるのを確認してまた咥えさせられる。
 最初は謝罪に満ち満ちていたアセクトの言葉は、次第にただ喘ぎだけを吐き出す様になる。
 舌を当てられるだけ当てて激しく音を立てる俺に合わせる様に、はっはっと息を弾ませて乱暴に腰を振る。
「ラストさん、も、もう出そうです」
 それを聞いて、俺は一層強く吸い上げた。
 白濁液を強請る様に必死に顔を前に出してペニスへ押し付ける。
 子供が何かを無心に欲する様に、俺はねっとりと吸った。
「うぅっ、ラストさん! うあぁあぁぁ!」
 無理矢理根元まで顔を押しつけられると、アセクトが絶頂を迎える。
 びくんと跳ねたペニスの先から、一気に精液が飛び出してくる。
 舌を這わせているせいで精液が尿道を通って俺の口内に飛び出してくるのが嫌という程感じられた。
 四、五度目の勢いまでを俺は素直に飲み込み、それ以降は飲まずに口内に精液を溜める。
「あっ、ああっ!」
 アセクトが悲鳴を上げる。
 精液塗れにしたアセクトのペニスを、俺は更に催促する様にしゃぶっていた。
 アセクトも俺の行動に応える様に腰を振るせいで、口の先から精液が零れる。
 僅かに萎えたのもあって、精液の付いた顎と袋が接触してまた互いを汚した。
 徐々に萎んでいくペニスを感じ取ると、俺は丁寧に付着した汚れの掃除を始めた。
 一度出したら満足なのだろうか、少し強く吸ってもアセクトは悲鳴を上げるだけでペニスを膨らせまない。
 棹の部分を綺麗にすると吐き出して、袋を一玉ずつ咥えて愛撫しながら綺麗にする。
「あっ、あっ」
 未知の刺激なのか、その度にアセクトは声を上げていた。

 ちゅぽっと音を立てて俺はアセクトを解放した。
 唾液塗れのペニスは完全に硬さを失っていて、離す直前まで俺の頬に乗っていた。
「どうだ? 好きな奴に無理矢理しゃぶらせた気分は」
 無理矢理って程でもなかった気がするけど、俺に向けられた問いではないので黙ったままでいる。
「ごめん……なさい、ラストさん、俺……」
 泣きじゃくる声が聞こえた。
 警察官としてのアセクトはもう居なくなったのだろう。
 我に返って自分が快楽に呑まれていた事実を知って、泣き崩れかねない状態なのかも知れない。
「いいモン見させてもらったなぁ本当に。
おっと、お前何景気づけてんだ、興奮しちまったのか?」
 低い声がさっきまでと変わらない口調で話を始める。
「なら、丁度そこに兄ちゃんが居るんだししゃぶってもらえよ」
「や、やめてください!」
「なんだぁ? お前、自分のはよくてこいつらのは駄目だっていうのかよ」
「あなた達がやらせたんじゃないですか!」
「でもよぉ、その割にはノリノリだったぜ? 気持ちよくなりたくてしゃぶらせんだ、お前とこいつらは何も変わらねえよ」
 アセクトが押し黙った。
 低い声の狙いが頭をかすめる。
 こいつも俺と同じ様に、アセクトを虐める事を楽しんでいるんだろう。
「片思いって事は赤の他人とそう変わらないんだぜ? なのに兄ちゃんは無理矢理咥えさせられて可哀想になぁ。
しかも、しゃぶらせてた奴が勝手に自分のもんだと主張してんだ、ひでぇなこりゃ」
 説明口調たっぷりの低い声。
 どういう意図で言っているのか、普通の人なら解りそうなものだけどアセクトはそうじゃない。
 自分の中に芽生えた罪悪感がすくすくと成長して、胸を痛めつけている。
 見えなくても、微かに漏れたその声があまりにも弱々しくて手に取る様に解った。
「アセクト、いいよ。俺は気にしてないし、他の奴の咥えるのもいいから」
「ラストさん!」
「やっぱ利口だな兄ちゃんは」
 下手に逆らえない事だけ、何かを言う時俺は常に意識していた。
 生殺与奪を握られているのだから、今はただ従うしかなかった。
 そう思って、おねだりする様に口を開く。
「見ろよ、いい便器だなこりゃ!」
「俺はいいですよ、男になんてされたくないし」
「でも、結構気持ち良さそうだったよな。やっぱ男だから感じる所知ってるとか?」
「……それは気になるな」
 口々に俺に向かって言葉が投げかけられる。
 僅かに怒りを覚えつつ、表情は変えない。
 俺の代わりに、アセクトの静かな泣き声が耳に届いていた。
 嘲りと嘆きが混じり合う奇妙な空間に、不意に劈く様な轟音が響いた。
 一拍遅れて男達の怒声、アセクトの戸惑う声が聞こえる。
 それで、俺は何が起きたのか理解した。
 前にもあったこの状況。
 ロイガが、来た。

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