ヨコアナ
11.野良犬の詩
空に月が昇る。
俺はそれを忌々しげに睨み付けていた。
予報では曇りのはずだったのに、どうやら天気には裏切られた様だ。
「ヤマイヌ、こっち!」
進路を指差しヤマイヌを誘導する。俺の後を追うヤマイヌの後ろには、なんだか厳ついお兄さん達が。
依頼を受けてきたのはいいものの、手厚い歓迎を受けた俺達は今必死に逃走していた。
ヤマイヌの戦闘力を考えたら全員返り討ちにする事も不可能ではないけれど、既に目的は遂げている。
俺はヤマイヌが中でよろしくやっている間に逃走経路を調べていて、その道案内をしていた。
適材適所、という奴で元々俺は肉弾戦は向いていない。
勿論人並み程度には戦えるけれど、ヤマイヌと比べたら大人と子供以上の差がある。
そのため、依頼によって様々な方法でヤマイヌの補助をする役目を任せられる事になった。
こうして追い詰められずに逃げられるのも、俺の入念な下見のおかげである。
ヤマイヌだと目立ち過ぎて絶対無理だし。
「次、左」
「おう」
曲がり角を曲がろうとする。右側から声が聞こえて思わず舌打ちした。
流石に完璧な逃走経路というものは存在しない。こうして回り込まれる事もあった。
「ラスト」
ヤマイヌが俺を呼ぶ。ポケットに手を突っ込みながら、俺はヤマイヌの傍へ移動した。
「跳ぶぞ」
狼が俺の身体を優しく抱きかかえ、跳躍する。
それと同時に俺は掌から手榴弾を落とす。聞こえは悪いけれど煙幕です。
ちょっと改良を加えたそれは、風に晒され白い煙を吐き出し追手の視界を遮る。
追手の怒鳴り声を聞きながら、俺はヤマイヌの腕の中で揺られ時々また手榴弾を落としていく。
「もういいか」
これ以上落としたら却って場所を知らせる事になる。時刻は真夜中で、街は静まり返っているのだから。
ヤマイヌは俺を抱えたまま、塀を上ったかと思えばそのまま屋根を伝ったり、ひたすら追手が通る事のできない道を進んでいる。
本気出したら俺の補助も特に要らないんじゃないのかな、と思うけれど、これはこれで目立つから本当は避けたいらしい。
かなりの馬鹿力で踏みつけているのか、時々屋根を破壊しているのもなんだか良心が痛む。
一頻り走り終えると、ヤマイヌは平坦な道に下り俺を解放する。
「ありがと、ヤマイヌ」
そう言って、俺は身体を屈めていたヤマイヌの頬に口付けをする。
嬉しそうにしながらも、ヤマイヌは耳を軽く動かし辺りに気を配っている。
気になる所は無かったのか、その後になってようやくいつものヤマイヌに戻ってくれた。
「案外やるもんだな、何でも屋さんは」
「へへ、そうだろー」
帰路に着く。その途中で褒められて、思わず俺は尻尾を振り回す。
実は結構心配してたんだよな、ヤマイヌの役に立てるのかって。
肉弾戦は文句無しに最強を誇るヤマイヌ。戦闘面での俺の助けなんてほとんど必要無い。
そんな訳で、俺は一人で何でも屋をしていた時よりも更に綿密な調査を重ねて、計画を練っていた。
今までは一人でやってきたけれど、こうして分担をした方がずっと安全に仕事ができるんだよな。
私生活は勿論、仕事の上でも頼れる相棒を持てた事に俺は浮かれていた。
仕事は順調。体調も良好。
何も悪い事なんて無い。そう思っていた俺は、今窓から月を見上げて眉を顰めていた。
「……大丈夫?」
「ああ」
部屋の中では、ヤマイヌが唸りながら微かに息を荒らげている。
空に昇る月が満ちるのはもうすぐ。ヤマイヌは、その影響を強く受けるみたいだった。
俺はなんともないんだけどな。
「なあ、ほんとに行っちゃうのか?」
「……何するかわかったもんじゃねえからな」
満月の夜、ヤマイヌは衝動を抑えきれず、それを剥き出しにする。
その手が俺に伸びない様に、俺が臥せっていた時は、月が満ちている間は俺から離れていた。
昼の間だけ辛そうな顔をしながら帰宅し、俺の世話をするとすぐに姿を消す。
そんな状態が、満月の前後を含め一週間近く続いていた。
加えて、俺がヤマイヌの傍に居る事も原因なのだろう。
暴力に物を言わせる事を俺が嫌うせいもあり、ヤマイヌは俺の目の前ではなるたけその力を振るわない。
溜まりに溜まったヤマイヌの欲求を、抱かれる事で俺が発散していたけれど満月の今夜はそれも難しい様だ。
「ヤマイヌ……」
そっと寄り添って、その首に抱き付く。ヤマイヌが息を潜める。
今この瞬間も、ヤマイヌの中では衝動が渦巻いているんだろう。
「できれば、誰も殺さないでくれよな。俺は、ヤマイヌの傍に居たいから」
ヤマイヌの暴力に掛かれば、大抵の相手は生きてはいられないだろう。
それを止めたかった。けれど、俺にできるのはこうして念を押すことだけだ。
俺の肩を掴むと、ヤマイヌは身体を離す。舌を出すと、俺の鼻先を舐めた。
「俺も、お前みたいになれたらよかったな」
そう言ってヤマイヌは自らの住処から姿を消した。
一人になった俺は、いつもヤマイヌが座っているソファーに横になってぼんやりとしていた。
数日経てば会えるけれど、ヤマイヌの動向が心配だった。
ヤマイヌが何かするかも知れないし、理性を失っているヤマイヌが何かされるかも知れない訳で。
「どこ行くかくらい訊いとけばよかったかなぁ」
転がって、そのままソファからゆっくりと床に落ちる。
うつ伏せの状態から尻尾を振り回し、そのまま視線を前に向けるとゴミ箱が目に止まった。
這いずり寄って、その中身に手を伸ばす。
ちり紙はとりあえず無視しつつ、辺りを散らかしながら俺は黙々とゴミ箱を漁った。
「おっと」
紙くずの中に、目的の物を見つけて取り上げる。広げてみると、俺の予想通りそれは依頼書だった。
ベッドの上で微睡んでいた俺に背を向けて見つめていたのが気になってたんだよな。
起き上がって尋ねても、取り合ってくれなかったし。
ヤマイヌの向かった先に目星をつけると、俺は準備を済ませて安アパートを飛び出す。
さっきまでヤマイヌを受け入れていた身体は思う様に動いてはくれなかったけれど、気にしては入られなかった。
煌々と輝く満月は忌々しい程に俺を照らす。きっと、どこかに居るヤマイヌの事も。
一点の曇りも存在しないこの夜の世界で、ヤマイヌは自我を保てているのだろうか。
胸騒ぎが酷かった。だって、この前だって。
「この前?」
思考を中断して、頭の中で語った言葉を反芻して呟く。
いつの話の事を思ったのだろう。足を止めてしばし考えに耽るけれど、
結局答えを見つけられなくて、俺は再び走り出した。
息を切らし、その場所に俺は辿り着いた。
ここにヤマイヌが来ているのか、その確認をする必要はなかった。
敷地の外だというのに、何人かが意識を失って倒れている。
こんな光景がそこら中に転がっているはずはないのだから、俺は意を決して塀の向こうへ歩を進める。
開かれたままの門扉を抜けた辺りで、悲鳴が聞こえた。咄嗟に身構え、声のする方へ顔を向ける。
野太い悲鳴がやがて掠れてゆく。壁に押さえつけられ、身体を浮かせた男がもがいていた。
その首を押さえつけているのは、口元だけで笑みを形作っているヤマイヌだった。
「どうしたぁ? 早くしねぇと死んじまうぞ?」
そう言って、ヤマイヌは狂った様に笑う。
月光の色をしていたはずの体毛は返り血を浴びて赤く染まっていた。
「ヤマイヌっ!!」
有りっ丈の大声で俺はその名前を叫んだ。
俺の声に、ヤマイヌの身体は一瞬硬直したかと思うと、腕の力が抜けたのか壁に押さえていた獲物の身体がずり落ちる。
「よおラスト。てめぇも一緒にやるか?」
「ヤマイヌ……」
ばつが悪そうにする訳でもなく、ヤマイヌは自然な仕草で俺に人殺しを勧めてくる。
俺が黙っていると、その巨体が近づいてくる。
「ヤマイヌ、もうやめてくれよ」
俺の言葉を聞くと、その表情は心底つまらない答えを聞いたとでも言いたげに歪む。
「てめぇも俺の邪魔をするのか」
赤い手が伸びて、俺の首を捉える。
黙ったまま俺はヤマイヌの顔を見つめ続けた。ヤマイヌが俺を殺すつもりが無いのはわかる。
本気のヤマイヌなら、首を掴みながら叩きつけられてさっきまで弄んでいた男の状態になるのだろうから。
「俺は、ヤマイヌにこんな事してほしくない」
「これが俺なんだよ。わかってんだろ? それぐらいよ」
段々とヤマイヌの息遣いが荒くなってくる。徐々に俺の首に力が込められる。
ゆっくりと腕を上げて、ヤマイヌの手を掴む。軽く引くと、ヤマイヌは抵抗もせずに俺を開放してくれた。
「わかってるよ、わかってる。でも、俺を助けてくれたヤマイヌが、俺は好きだから」
その手に頬ずりする。血生臭さに僅かに眉を顰めながら、それでも今はヤマイヌに触れたかった。
温もりを感じていると、不意に身体を抱き寄せられる。
何が起きたのか、視界が一転しながらも俺の視界には赤い血が飛び散るのが映った。
「ヤマイヌ!」
銃声に気づいた時には、既にヤマイヌは俺を担いで走り出していた。
俺は慌てて用意していた煙幕を落とす。耳元ではヤマイヌの喘ぐ声が聞こえる。
目を凝らすと、腰の辺りに出血が認められた。
「ヤマイヌ、下ろして」
「まだ駄目だ」
止血もせずに、ヤマイヌはいつもと変わらない仕草で逃走を図る。
それでも次第にその足取りが覚束無くなる。
「ヤマイヌ」
咄嗟に俺は山を指差す。建物ばかりのこの街で、まだ残っている数少ない自然だった。
返事もせずにヤマイヌは進路を変え、木々の中に飛び込む。
時折呻き声が聞こえた。木の枝が、その傷を抉っているのだろう。
一頻り山を登ると、開けた場所に出てそこでヤマイヌはようやく動きを止めた。
すぐに俺はその身体から下りると、ヤマイヌの傷を診る。
掠り傷、とまでは言えないものの、そこまで深い傷ではなさそうだ。
ただ、長距離を走り、木の枝に弄ばれた傷口からは止め処なく血が溢れている。
俺は慌てて応急処置の包帯を取り出し、軽く消毒を施してからヤマイヌの腰周りにぐるぐると巻いていく。
手当てをしている間、ヤマイヌは涎を零し、ただ俺の事を見つめていた。
「痛いだろうけれど、我慢してくれよな」
そう言って、少しだけ強く包帯で縛る。
ヤマイヌの身体がびくりと跳ねるが、その顔は笑みをただ形作るだけだった。
唾液がぼたぼたと滴り落ちる。ヤマイヌは唸りながら、緩慢な動作で身体を傾けた。
ヤマイヌが倒れない様にその身体を支えようとするが、巨体の重さには逆らえず原っぱの上に押し倒される。
「ラスト……ラストォ……」
地の底から這いずる様なヤマイヌの声が聞こえてくる。
巨体をヤマイヌは起こす。月を背負ったその姿は、まさに獣だった。
「助けてくれ、ラスト」
俺が口を開き、ヤマイヌの名を呼ぼうとしたその瞬間、ヤマイヌは俺の上着に爪を掛けると無造作に切り裂いた。
僅かな痛みは驚きに掻き消され、裂いた服の合間から俺の裸体が月夜に晒される。
爪の走った軌跡に、僅かに遅れて血が滲み出てくる。
ヤマイヌは舌なめずりをすると、貪る様に俺の胸に顔を押し付ける。
傷口を撫でて血液を啜る。浅い傷だが、その光景に束の間俺は怯んだ。
徐々に舌が移動を始めると、俺の頬を舐める。先程俺が頬ずりし、血に穢れた部分をヤマイヌは丹念に舌で蹂躙していた。
俺が動こうとすると、ヤマイヌは素早く両の腕を押さえつけてくる。痛みに顔を顰めた。
その体勢のまま、腰を近づけると服越しに勃起したペニスをヤマイヌは押し付けてくる。
気持ちがいいのか、喉を鳴らす様に唸り、遠くを見つめながら半開きになった口からは、相も変わらずに涎が滴り落ちていた。
「ヤマ、イヌ」
俺の言葉にヤマイヌがする返事は、ただ尖った耳を二、三度震わせるだけの事だった。
ヤマイヌのハーフパンツへと手を掛ける。俺が逃げない事を察知すると、ヤマイヌは腕を解放してくれていた。
ペニスに引っ掛けながらも下げると、咽返る様な精液の臭いと湯気が立ち上る。
暴れている間、興奮の余り幾度か絶頂に達したのだろう。それでもそのペニスは萎える事なく震え、
今もまた透明な液体を吐き出し続けて下着の中を濡らしていた。
そっと手を伸ばし、ヤマイヌのそそり立つペニスを掴み取り、咥えやすい様に向きを変える。
俺だったら勃起した状態でこんな事されたら痛みを感じるけれど、ヤマイヌの様な獣の特徴の強い相手にはそれもないようで、
ただ気持ち良さそうに唸り声を上げていた。
咥えた途端、ヤマイヌは激しく腰を振り、俺の様子など構いもせずに快楽を貪る。
喉の奥まで圧迫されて、俺は目を見開き嘔気に身を震わせていた。
堪らずペニスを吐き出し何度も咳をする。一頻り唾液と先走りを吐いて落ち着いた頃、再びヤマイヌの責め苦に遭う。
溢れる涙を堪えて、口内で跳ね回るヤマイヌを懸命に愛撫する。
どうしたら気持ち良くなれるのか。ヤマイヌはそれを次第に理解し、俺が苦しくない様に時折腰を引くようになる。
「ぐぅっ、あぁ……」
口を開き、だらしなく舌を垂らしたヤマイヌが恍惚の表情で身体を震わせると、喉に大量の精液が浴びせかけられる。
吐き出そうとして、しかし今度は俺の頭を掴むとヤマイヌはそのまま射精の体制に入ってきた。
「オオっ! ウォォぉぉ……」
唸り声を上げ、実に気持ち良さそうにヤマイヌは絶頂を迎える。
俺はといえば、喉に直接叩きつけられる精液を飲む下すのに必死だった。
俺の頭を掴みながらがくがくと身体を震わせ、ヤマイヌが仰け反る。
身体の震えが、下半身まで達すると口内に何度も何度も精液が送り込まれてくる。
水っぽいそれは、俺の口の端から溢れ、首元に落ち温かさを伝えた後、夜風に冷やされ今度は熱を奪っていく。
視界の隅で、赤い液体が流れていた。興奮の増したヤマイヌの傷口から血は溢れ出る。
ヤマイヌはただ、眼を細めて快楽に浸っていた。
口内で膨れ上がってきた瘤を察知して、咄嗟に俺は必死に顔を下げて瘤を外に出す。
咥えられない事もないが、歯に引っかけでもしたらヤマイヌが相当痛がる事は想像に難くなかった。
代わりに舌を限界まで伸ばし、裏筋の部分を懸命に愛撫する。
ヤマイヌの身体はそれにも反応を示し、射精の勢いは増す。
その様子を見ながら、俺は手を伸ばし手早く残りの衣服を脱ぎ全裸になる。
真冬の肌寒さに身を震わせるものの、抵抗をしてヤマイヌに引き裂かれるよりはずっと良かった。
やがて満足したのか、数分経つとゆっくりとペニスが引き抜かれていく。月に照らさせ湯気を立てたそれは、未だ萎える事も知らずにいた。
「はぁ、はぁ……」
その光景を見ながら、俺は顔を横に向け口内に残っていた精液をだらだらと草の上に零していた。
奇妙な満腹感に、思考が追いつかない。腹の中にはいつもは下から注ぎ込まれている物が溜まっていた。
「あっ」
放心状態にある俺とは正反対に、ヤマイヌは俺の下半身へと顔を下ろすと、足を持ち上げ尻に顔を埋めていた。
「ヤマイヌ……」
ヤマイヌからの返事はない。瞳は爛々と輝き、ペニスをびくつかせ、尻を舐めるとこちらに視線を送っていた。
身体をゆっくりと起こす。野生に堕ちたヤマイヌは、顔を上げると俺の頬を何度も愛おしむ様に舐め上げる。
尻尾を振り回し、俺の機嫌を取る様に身体を擦りつけて来る。
その間も、ペニスを敏感に震わせてお互いの身体を濡らしていた。
野獣になったヤマイヌは、ただ欲望を満たそうとする。雄が雌の機嫌を取る様に、俺に交尾の許しを得ようとしていた。
もっとも、野生のそれとは違い俺に拒否権なんて無いのだが。
諦めた様に溜め息を吐いて、少し身体を離すと俺はゆっくりと四つんばいの姿勢になる。
ヤマイヌの興奮した息遣いが聞こえてくる。そのまま尻を掲げると、その巨体が覆い被さってくる。
繋がろうと、ヤマイヌは腰を押し付けてくる。しかしそのペニスの先端は狙いを外し、肛門の少し下に当たって
そのまま腰を振って俺の門渡りを擦り袋を突いた。
「ヤマイヌ、違う……こっち……」
覆い被さり、潰されそうになりながらも俺は必死に手を伸ばす。伸ばした腕が自分自身に当たり、僅かに息を止める。
こんな状況なのに、俺は興奮していた。本当に獣になったのはヤマイヌじゃなく、俺だった。
必死に手を伸ばして先端の部分に触れると、ヤマイヌの動きが大人しくなる。
どうにかそれを押し上げて、肛門に当たったところで腰を近づけると一気にヤマイヌのペニスが俺の中へと押し込まれた。
「あっ、あぁぁっ!!」
いきなり奥まで入ってきたペニスに俺は悲鳴を上げる。
それでも、すぐに敏感な部分を突かれて甘い声が溢れた。ヤマイヌが腰を振ると、嫌らしい音が辺りに響く。
元々ヤマイヌは家を出る前にも俺を抱いていた。中まではまだ洗っていないから、
さっきヤマイヌが仕込んでいった種が残って潤滑油の役目を果たしていた。
「グゥゥッ、ガアァァッ!!」
ヤマイヌは腰を押し付け、一番奥まで突き上げると素早く引き、荒々しく俺を犯す。
「ヤマイヌっ、ヤマイヌぅぅ!!」
ヤマイヌのペニスを咥えていた時から興奮していた俺は、押し付けられながらも空いた手で自らを扱き上げ射精をする。
射精をしながら、尻に力を込めて中で暴れるヤマイヌを締め上げる。
徐々にヤマイヌが腰を上げはじめ、中にある物がびくびくと震えはじめる。
「ウガアァァァッ!」
痛みとも快楽ともつかぬ、おぞましい雄叫びを上げヤマイヌは俺の身体を突き上げて絶頂を迎えた。
瘤を俺の中に押し込み、直腸の中でそれは膨らみ俺を中から圧迫する。
「あぁ……すげぇ、ヤマイヌぅ……」
途方も無い快楽に俺は痙攣を起こし、ヤマイヌと同じ様にペニスからどろどろと精液を吐き出す。
何度もヤマイヌと繋がった身体は、既に痛みではなく快楽を刻み込まれていた。
「あっ、あっあぁっ」
ヤマイヌが腰を上げる。瘤が引っかかり、俺も必死に腰だけを浮かせた。
上半身を浮かせたら楽だったかも知れない、けれどヤマイヌに圧し掛かられてる今それは無理だった。
ヤマイヌは無理矢理結合を解こうとするかの様に腰を上げ、俺は快楽と痛みに喘ぎながらもそれに合わせ様とする。
「ああっ、駄目、出ちゃう……瘤出ちゃう……」
ぐいぐいと引き上げられ、ヤマイヌの瘤が俺の中から引きずり出されそうになる。
「グルルル……」
ヤマイヌは気持ち良さそうに唸り、俺の中に種を吐き出し続ける。
こうして瘤を引っ掛けて、ペニスを刺激し更に多く種付けをしようとしていた。
無理な姿勢のまま、下腹部に精液が溢れ俺は気絶しそうになる。
純粋な快感とは違っていた。それなら、感じる所を突いてくれた方がずっと良かった。
ヤマイヌが俺を抱く時に何度も言う様に、孕ませられるこの感覚に俺は溺れきっていた。
上げたままの尻を時折くねらせ、俺は射精を請う。
中で、また溢れてくる。束の間、それに没頭した。
霞が掛かった様に俺の意識は薄れていた。
体内にあった物が引き抜かれる、とろとろと、大量に吐き出された精液が流れ出ていた。
身体が冷たくなっていた、最初から体力なんてほとんど残っていなかったのに、こんな事をすればそれも仕方のない事だった。
ヤマイヌは身体を起こすと、俺の身体を跨いで見下ろしていた。
不意に、温水を掛けられ俺は身体を震わせる。
刺激臭に顔を上げると、ヤマイヌのペニスから透明な液体が湯気を上げながら俺の身体に注がれていた。
冷えた身体を温めるかの様に、ヤマイヌは俺の身体中にそれを掛けていく。
一頻りそれを済ませると、俺の傍で屈み込み、頭を掴んでくる。
俺は何も言わず口を開けた、そこに、ヤマイヌがペニスを突っ込んでくる。
舌を伸ばし、ヤマイヌのペニスを綺麗にする。俺の中で射精をして、今は俺の身体を温めていたそれを綺麗にする。
吸い上げて、綺麗にする。何事も無かったかの様に、綺麗にする。
やがて、満足気な顔でヤマイヌはペニスを引き、俺に口付ける。
強引に舌を捻じ込み、たった今俺が取った汚れをヤマイヌの舌が浚っていく。
ゆっくりとヤマイヌが顔を上げた。俺を見て、口の端を吊り上げ、口周りを長い舌で舐め取っていた。
「お前は俺の物だ、ラスト」
最後に、その言葉を聞いた。
その日から、俺は前にも増してヤマイヌの傍に居る事が多くなった。
満月も過ぎ、落ち着きを取り戻したヤマイヌは礼を言い、俺を温かく包んでくれる。
満ち足りていた。今まで生きてきた中でも、一番幸せな時間だった。
「盗み?」
「ああ、ちぃとばかり断りきれなくてな」
俺の反応に、ヤマイヌも少しばつが悪そうな顔をする。
なるたけ悪事はしたくない、という俺の子供染みた考えを尊重してくれているヤマイヌだが、毎回それを通してくれるとは限らない。
そもそも裏家業で食っている俺達が、物事の善し悪しで依頼を選ぶなんて事がおかしいのだ。
そんな事は理解していても、やっぱり俺は避けたい訳で。
「……仕方ないな」
気が進まないけれど、選り好みばかりはしていられない。
俺と違ってヤマイヌはそういう事には拘らないみたいだし。俺がヤマイヌの邪魔ばかりしてはいけないのだから。
それに、満月がまた近づいてきていた。
まだ大丈夫だろうけれど、ヤマイヌを一人にする訳にもいかなかった。
この間の様になってしまうのも嫌だけど、ヤマイヌに見境無く殺戮をさせる気も無い。
準備を済ませて外に出る。俺は変わらず逃走経路の担当だけど、ナイフぐらいは隠し持っていく事にした。
目的の場所で、ヤマイヌに軽く手を振って別れる。あとは事前に連絡した通りの場所で落ち合うだけだ。
十三夜月を背負って道を歩く。時折雲が月を遮り、道は照らされては闇に融ける事を繰り返す。
顔を上げ、一度遠くを見てから俺は忍ばせていたナイフに手をつける。
夜風に乗って、俺の耳に僅かに聞こえる物音。雲で視界が遮られているから、耳に集中していてそれは余計に大きく聞こえた。
不思議と敵意は感じないが、それでも身を隠している相手に身構えない訳にもいかなかった。
「……出てこいよ。隠れるなんて趣味悪いぞ」
と、自分の事は棚に上げて言ってみる。周辺の安全を確認したら、ヤマイヌが来るまで俺も隠れるつもりなんだよね。
俺の事に観念したのか、最初から俺の事を待っていたのか、物陰からそいつは姿を現す。
雲が晴れた。
目の前に現れた虎人の男を、俺はじっと見つめる。
無言のまま、現れた虎人を俺は睨み付ける。
体格、装備を見るにどう見ても肉弾戦が得意ですって感じの男だった。
それに対峙するには、今の俺の装備では些か心許ない。
それでも弱音を言ってはいられなかった。いつまでもヤマイヌに頼ってばかりはいられないのだから。
抜き身のナイフを構えて、俺はいつでも戦える様に相手を威嚇する。
俺の様子を見て虎人も構える、かと思いきや、じっと俺の事を見つめたまま動かずに居た。
「……なんだよ、戦う気が無いなら他行ってくれよ」
一度凶器を収めて、それでも距離だけは置いたまま俺は口を開く。
「ラスト」
不意に名前を呼ばれて、俺は目を見開く。
「なんだ、俺の事知ってるんだ」
まあ、裏家業をしているんだし別に知られていても不思議じゃないよな。
向こうも見るからに場数は踏んでそうだし。
「どういう事なんだ?」
虎人は言う。それにも俺は面食らってしまう。
「何がだよ」
返事をしながらも、辺りに気を配る。
話をして気を逸らしている間に控えさせている味方に、なんて事も警戒しないといけない。
虎人の反応を待ちながら観察をしてみるものの、これといって気配は感じない。
「ラスト、お前は一体」
「何言ってるか知らないけどさ」
虎人の言葉を遮って、俺は口を開く。
収めていた凶器をまた取り出し、それを突きつける。
「俺の邪魔するなら、容赦しないよ。大人しく道を開けてくれるなら構わないけれど」
俺の言葉に虎人は僅かに表情を曇らせる。
それが今は辛く感じた。見ている限り、悪人って様子でもないし。
けれど、今は俺とヤマイヌの障害である事に代わりはなかった。
地を蹴って、俺は飛び込む。諦めた様に虎人も構えてくれた。
数分が経過し、俺は息を切らして一度距離を取る。
俺の様子とは対照的に、虎人は呼吸を荒らげてもいなかった。
実力の差なんだろうな。それに、俺と違って装備も充実していた。
腕に装備しているガントレットは、まさに鉄腕と呼ぶに相応しい形をしており、殴られる事を想像しただけで寒気がする。
ただ、最初の時からそうだったのだがこの虎人、俺に攻撃をする気が無いのか
俺の攻撃を受け止めはするものの、そこから反撃に転じようとはしない。
「いい加減に、しろっ!」
勢いをつけて、その腹に全力で蹴りを放つ。
勿論虎人は防具をつけているから大した意味を成さないが、俺の気分の問題だ。
少しくらいヤマイヌに良い所を見せたかったのに、これじゃまたヤマイヌに助けられる破目になりそうだった。
素早く足を引き、続けて刃を防御されないために、腕の間を掻い潜る様に腕を振るう。
腹に攻撃を受けて僅かに前屈みになった虎人の顔が近かった。狙うなら、無防備な頭部だろう。
男の瞳を見据える。その瞳は、俺のナイフをしっかりと捉えていた。
腕の動きを、男の頬をナイフが抉る直前で止める。
「……なんでだよ」
俺の言葉に、ようやく男は視線を刃物からこちらに移した。
「どうして抵抗しないんだよ、お前」
訳が分からなかった。自分が襲われているのに、こいつは反撃をしようともしない。
ただずっと俺の攻撃を往なし、俺を見つめていただけだった。
男の口元に、笑みが浮かぶ。
「何がおかしいんだよ」
注意をするけれど、男は堪えきれないと言った風に静かに笑い声を上げていた。
「すまんな」
一頻り笑って、男は微笑みながら謝罪をする。
「俺の事を忘れても、お前はやっぱり、お前なんだな。ラスト」
男の言葉が、俺の中に吸い込まれていく。
「忘れて……?」
引っかかった言葉に、束の間俺は我を失う。
忘れている。何か。何を忘れているのか。俺の知らない事を、この人は知っている。
「お前、誰なんだ」
堪えきれなくなって、口から言葉を吐き出す。本当は、こんな事をしている場合じゃないのに。
ヤマイヌのために、始末しないといけないのに。
「ロイガ、だ」
「ロイガ」
何かがそこまで、すぐそこまで来ている。
「変な名前だろう?」
虎人が、ロイガが笑った。
「あ……」
ロイガの言葉が、頭の中に流れ込んでくる。
笑顔。それに続いて、同じ様な無愛想な顔。けれど、本当は優しく俺を見つめている顔。
いくつも流れてきては、俺の意識を鮮明にしてゆく。
「ロイガ……」
いつもの調子でその名を呼んだ。
ロイガには、それで充分だったのだろう。俺に笑い掛けてくる。
その瞬間だった。俺の脳裏に、あの時間が甦る。
ヤマイヌに浚われ、薬を嗅がされる。そして、夜は。
「あ、ロイガ。俺、俺」
呂律の回らない言葉を吐き出す。
自分の身体を見下ろす。いつもと変わらなかった。その身体に、ヤマイヌの腕が絡みついてくる。
叫び声を上げた。あの男が、俺に触れてくる。
ロイガが触れようとしてくる。こんなにも醜くなった俺の身体に。
耐えられなかった。腕に力を込めて、その先にある物を迷うことなく自身に導く。
肉を切る感触が手に届く。しかし、俺の身体に渇望していた痛みは訪れない。
ロイガの腕に、刃が食い込んでいた。
咄嗟に伸ばしたから、生身の部分で受けたのだろう。接合部の防御が甘い部分に狙い済ました様に刃は届いていた。
怯んだ俺は凶器から手を離して崩れ落ちる。ロイガが支えてくれた。
いつも、そうだ。いつだってロイガはこうやって助けてくれる。
今だけは、助けてほしくなんかなかったのに。
追い討ちを掛ける様に、俺の中で溢れてくる。俺がヤマイヌにされてきた事が。俺がヤマイヌにしてきた事が。
頬を涙が伝っている。実に自然に溢れたそれは、静かに俺の頬を濡らしていく。まるで、自分が抜け殻になっていく様な気分だった。
殻の外へと流れてゆく。身体だけを残して、心が死んでゆく。もう、叫ぶ事もしなかった。
「ラスト」
耳に届く、ロイガの声。何も無くなったと思っていた内側から、最後に残っていた堪えようのない愛しさが湧き出してくる。
瞼を閉じ、呼吸も止め、全身でロイガを感じた。さして変わらないはずの体温なのに、俺よりも温かいと思った。
「ラスト」
耳元で俺を呼ぶ声がする。強請る様に身体を擦り付けると、ロイガは俺の背を撫でながら何度でも囁いてくれた。
気づくと、涙は止まっていた。
擦り寄せた頬から、じんわりと伝わるロイガの体温に束の間溺れていた。
涙が流れ、冷えた頬がロイガに温められる。
丁度そんな頃だった。
足音が聞こえて、俺はこれ以上無い程に身体をびくつかせる。
ロイガは俺の様子を訝しげに見ていたが、俺は、何が迫っているのか瞬時に理解していた。
全身に汗が噴き出してくる。尻尾の先まで毛が立って、心臓が早鐘の様に鳴り俺に危険を知らせる。
「ロイガ、逃げ」
「よお、ラスト」
暗がりから、狼が現れる。
月明かりに照らされ、両腕を紅に染めたヤマイヌが俺を見据えてにたりと笑う。
「遅れて悪かったなぁ、ちょっと邪魔が多くてな今夜は」
ゆっくりと、ヤマイヌが近づいてくる。俺は咄嗟にロイガの身体を押すが、ロイガは動こうとはしなかった。
「お前を一人にさせていたから、心配したんだぜ」
赤い腕を伸ばして、ヤマイヌは俺に言葉を続ける。
「さあ、あとはそいつだけだ」
息を呑んで、俺はロイガを庇う様に前に立つ。
身体中が震えていた。ともすれば膝を折ってしまいそうな程、俺の身体は恐怖に包まれている。
「どうした? ラスト」
素知らぬ顔をしてヤマイヌは続けてくる。赤く染まっているその腕先だけが、この場で浮いているかの様に思えた。
「ヤマイヌ……」
その名を呼んでみる。それだけで、嫌悪感に囚われた。
「俺は、お前とはいけない」
ヤマイヌの手を見て、拒絶をする。俺の言葉に微かに反応を示した後、すっと腕が引かれる。
「……そうか」
腕を収めたヤマイヌは、しばらく俯いたまま黙りこくる。
沈黙が続く。ふと、ヤマイヌの巨体が小刻みに震えているのに気づく。
不意に笑い声が夜空に響き渡った。月明かりに照らされた路地に、吠え声に似た笑いが木霊する。
一頻り笑い声を上げた後、ヤマイヌが俺に視線を戻す。その目はもう、狂気に満ちた光を宿し爛々と輝いていた。
「なんだ、もう思い出しちまったのかよ」
薄笑いを浮かべているヤマイヌの表情。それを見るのが、今は辛い。
「やっぱそう旨くは行かねぇって事だなぁ、ラスト」
腕を上げて、ヤマイヌが鮮血を啜る。目を細めて実に美味そうに血を舐め取るその姿に、戦慄が走る。
もう演技をする必要も無いと、ヤマイヌはいつか見た凶暴さを剥き出しにしていた。
「残念だなぁ。俺は、お前の事結構気に入ってたんだぜ」
ヤマイヌを睨み付ける。それにも、ヤマイヌは嬉しそうな反応を示した。
「なあ、今からでも戻ってこいよ、ラスト。俺の元に」
「ふざけんじゃねぇ!」
かっとなって、思わず俺は叫ぶ。悲鳴に近い声が、俺の余裕の無さをありありと示していた。
ヤマイヌが愉快そうにまた笑い声を上げる。
「おいおい、そんなに吠えるなよ。あんなに一緒に居たんじゃねえか。
あんなに……愛してやっただろ?」
「うっ……」
その言葉に、また脳裏に映像が再生される。
ヤマイヌに蹂躙される。いや、蹂躙とすら言えないのかも知れない。だって、俺は。
「気持ち良かっただろ? 俺に犯されて。何度も強請ってやがったんだからな」
「い、言うな!!」
怯んで、俺は泣き出しそうになりながらヤマイヌに叫ぶ。ロイガには、ロイガにだけは聞かれたくない言葉をヤマイヌは態と口にしていた。
立っていられなくなって、蹲る。枯れたはずの涙がまた溢れ出してくる。
「汚いよなぁ、俺みたいな奴に犯されて。醜くなっちまったよなぁ、身体ん中にたんまり出してやったもんなぁ」
聞きたくなくて、俺は頭を振る。
「やめて、言わないで……ヤマイヌ……」
弱々しい、蚊の鳴くような声が漏れる。言葉が刃になって、俺の心を切り裂いていく。
「もう、そいつはお前の事が嫌になっちまったかもな?」
びくりと跳ね上がり、俺は顔を上げる。ロイガは、黙って俺を見ている。
滲んだ視界では、どんな意図を持って俺を見つめているのかは把握出切なかった。でも、ヤマイヌの言葉が今は俺を包み込む。
こんな俺の事、軽蔑しているのかも知れない。そうだよな、仕方ないよな。
押し殺した声が聞こえる。ヤマイヌが、心底楽しそうに俺を見下ろしている。
「俺と来いよ。どんなに醜くたって、俺はお前を愛してやるぜ、ラスト」
再び、ヤマイヌが手を伸ばしてくる。蔑む様な瞳はそのままに、それでも愛してくれると言いながら。
目の前に差し出された腕を見つめる。愛してくれるんだ。これからロイガに捨てられて、一人ぼっちになる俺の事を。
「ヤマイヌ……」
「来い」
鋭い眼光に射抜かれる。その手を取りそうになった。
けれど、俺は。
「ごめん」
そっと首を振り、俺はヤマイヌを拒絶する。
ロイガに捨てられるかも知れない。独りになってしまうのかも知れない。それでも、俺はここまで来てくれたロイガを裏切れなかった。
身体がぐいと引き上げられる。ロイガの逞しい腕が俺を抱き寄せる。
「ロイ、ガ……」
壊れそうになりながらも、それでもロイガの腕の中に納まった俺はようやく安堵の息を吐く。
「そうか、お前はそいつを選ぶんだな。だったら、その野郎を殺すしかねえよな」
耳に届いた言葉に、俺は必死に自らの足で大地に立つ。
ロイガは、ロイガだけは護らなければ。
ロイガも俺の動きを察してか、片腕で俺を後ろに引かせようとする。
もう片方は俺の振るったナイフにより傷を負っている。こんな状態で、ヤマイヌに勝てるとも思えなかった。
しばしの間無言で向き合う。ヤマイヌは、何かを探る様に俺を見ていた。
その構えが不意に解かれる。殺気が消えていく。
「残念だが、今日のところはこれで引いとくぜ」
そう言うと、あっさりとヤマイヌは踵を返す。
「今そいつを殺したら、お前が壊れちまいそうだしな」
俺の心を見透かした様な言葉が飛ぶ。今ロイガに何かあっては、確かに俺は自我さえ保てなくなるだろう。
楽しみを先延ばしにする様な、気味の悪い笑い声を響かせヤマイヌの身体は闇の中に消えていく。
全身から力が抜け落ちる前に、ロイガの腕に抱き寄せられ俺はその身体に凭れた。
「大丈夫か」
「……うん」
大きな身体が俺を支えてくれる。それだけで、今の最悪な気分も我慢できた。
「ロイガ……」
「帰ろう」
俺の言葉を遮り、ロイガは言う。
黙って、俺は頷いた。
数ヶ月振りの我が家に帰ると、やらなければいけない事が山積していた。
マスターへの連絡。これは、もう慣れた事とは言え今回は長い間拘束されていたから、かなり小言も食らってしまった。
ロイガにも怪我を負わせてしまったし。そのロイガは、腕に包帯を巻きその上に服を着ると怪我を隠してカフェに行ってしまう。
健康体とは言え、精神が不安定な状態の今の俺を外に出す事を避けたのだろう。俺は、有難くその気遣いを受けていた。
俺の事を心配しているのもあってか、家に戻ってきてもロイガは俺を抱こうとはしない。
それが、なんだか避けられているみたいで辛かった。
一頻り用事に忙殺されたものの、それが済むと今度は途端に暇になってしまう。
仕方なく一人の時間を満喫して、今後の行く末を考えたりする。
「……ヤマイヌ……」
あの腕を取っていたら、どうなっていたのだろう。思いつめていると、そんな事が浮かんできてしまう。
もっとも、今再び手を差し出されたとしても俺はもうヤマイヌの元に戻るつもりなど無かった。
愛しながらも少しずつ俺を壊そうとするヤマイヌ。
抜け出した今も俺の身体中にその痕が残り、苛み続ける。
そう思うだけで、俺はもう沢山だと叫び声を上げたくなった。
夜が来る。陽が落ちかける頃に、ロイガは戻ってくる。
それを迎えて用意していた夕食を振舞う。
いつもの日々が戻ってきた、そう思っていた。けれど、本当は何一つ解決などしていない事も解かっていた。
就寝の準備をしているロイガに、そっと声を掛ける。ずっとしていなかったから、と。
ロイガは俺の体調だけを訊く。頷くと、短い返事で了承してくれた。
服を脱ぎ、ベッドにロイガを寝かせて、俺はその身体に跨り愛撫を施す。
首筋を舐め、吐息で擽る様にしながら口元に移動し唇を奪う。
黙ったまま口を開けたロイガの口内に舌を捻じ込み、唾液を流す。ロイガは、苦もなく喉を鳴らしそれを飲み込んだ。
それが嬉しくて、俺はロイガの胸に手を当てながら長い間接吻をしていた。
ロイガの胸が脈打つ。最初は大人しかったそれが、時折息苦しさもあって反応が変わる。
こうしてロイガの存在を確かめる事だけが、今の俺を安心させてくれる。
このまま抱きついて深く眠りたかった。けれど、そうする訳にもいかない。ロイガが、今は欲しい。
顔を離すと、虎の少し硬い体毛と、その下に眠る筋肉を弄りながら身体中を撫で付ける。
胸に顔を埋める。乳首を舐め上げ、赤ん坊の様に吸い付くとロイガの巨躯が反応を示した。
息を押し殺す、それでも強張った身体が途方も無い程の艶めかしさを伝えてくる。酷く扇情的だった。
ロイガの一挙一動に俺は興奮し、勃起したペニスでぱんぱんに膨らんだ自分の存在など歯牙にも掛けずに愛撫に没頭する。
まるでヤマイヌみたいだと思った。ヤマイヌも、挿入の前はひたすら俺を愛撫し続けていたのだ。
「どうした?」
「……ううん、なんでもない」
一瞬見せた俺の様子の違いに、ロイガは目敏く声を掛けてくる。
「無理はするな。寝不足なんだろう?」
「無理じゃない」
俺が眠っている時は、魘されている事が多いのだとロイガは言う。
大抵は夢の中でヤマイヌに蹂躙されているのだ。
離れた今になっても、その存在は俺の心と身体を絡め取り、呪縛の様に苛み続けている。
そんな俺を心配しているロイガを黙らせる様に、下半身に手を伸ばす。
下着の上からでも相変わらずその自己主張は激しい。濡れそぼった亀頭の部分を掌に包み擦り上げると、僅かに喘ぎ声が上がる。
「ずっと、欲しかった……ロイガ……」
下着を下ろすと、跳ね上がったペニスを口に含む。大口を開けて、舌を出し音を鳴らしながらむしゃぶりつく。
唾液を零して竿を伝わせると、根元の部分を乱暴に扱き上げる。突然の事にその身体は面白い程に跳ねる。
余った手で玉を揉み解して、一心に奉仕を続ける。次第にロイガの腰が引きはじめる。
「うっ、ぐぅ……ラスト……」
逃がさぬ様に顔を寄せて愛撫を続けると、限界を知らせる様にロイガが呻く。
そこで、ようやく俺はロイガを解放した。
荒い息遣いに胸を上下させ、それでも絶頂を求めてそのペニスは何度もしゃくり上げる。
俺が呼吸を整えていると、その身体が起き上がり俺を押し倒す。
俺が獣になった様に、ロイガも俺の尻に顔を埋めると肛門を濡らしはじめた。
「ロイガぁ、もう、来て……」
俺の言葉に、ロイガは大丈夫なのかと目で訴えてくる。黙って俺が頷くと、腰を持ってペニスを肛門に宛がった。
「行くぞ」
興奮しきったロイガの表情。本当は、ロイガもずっとしたかったんだ。
めりめりと音を立てそうな衝撃を感じながら、ロイガのペニスは俺の中へと侵入する。
「ロイガ、もっと来て……痛くないから……」
俺が強請ると、ロイガは少しずつ腰を沈めていく。俺は身体を仰け反らせて甘い声を上げた。
直腸の中を、太く逞しいロイガが押し進んでくる。時折角度を変えて、何度も腸壁を擦り上げてくる。
「あぁぁぁっ!! ロイガぁ!」
「ラスト……」
奥まで届かせると、ロイガは一度動きを止める。俺は何度も首を振った。
「痛くないから、もっと動かして」
ヤマイヌのペニスと、その精液の量で更に広げられた俺の中は、ロイガのペニスもようやく満足に受け入れられる様になっていた。
挿入しているロイガも、それには気づいているのかも知れない、何しろ、子供の拳大の大きさもある瘤で中を拡張されていたのだから。
しばらく俺の様子を観察していたロイガだが、痛がる素振りが無い事を確認すると、腰を動かしはじめた。
亀頭を残して引き抜き、それが一気に叩きつけられる。卑猥な音を出して、俺の尻がロイガを受け入れる。
「ひぃっ! んんっ……ロイガ、気持ちいい、気持ちいいよぉ……」
喜びに涙が溢れてくる。こうして、またロイガに犯してもらえる。
次第にロイガもペースを上げてくる。痛みも無くただ感じている俺を見て、気遣うよりも、感じさせる方を選んだのだろう。
それでも限界はすぐに訪れる。元々、俺がその手前まで愛撫をしていたからというのもあるけれど。
息を荒らげ、見るからに苦しそうに呼吸を繰り返している。腰の動きは激しさを増し、俺の中で果てようとしている。
「来て、中に出して……孕ませて、ロイガぁ」
俺の言葉に、ロイガは耳を震わせる。数度腰を振ると、不意にそのペニスが引き抜かれる。
「んはぁっ」
「うぐっ」
俺が思わず声を上げると、ロイガは抜いたペニスを俺の身体に向けて射精をする。
「ああっ、駄目ぇ……外じゃ、駄目……」
腹とペニスに掛けられていく精液を見て、俺は咄嗟に手を伸ばす。掌に精液を集めてから、ロイガのペニスにそれを塗りつける。
亀頭の部分を押さえ込むと、掌に向けて精液が叩きつけられる感覚に酷く興奮を覚える。そのまま、ペニスを扱いて満遍なくロイガを汚す。
尻を上げて、ペニスを向かわせると、ロイガを見つめた。
「ここに出して……ロイガ……」
沈黙の後、そのペニスが一気に俺の中へと叩きつけられる。
「ああぁ!! 出てるっ、ロイガのが中にぃ!」
射精を堪えていたのか、少し間を置いてはいたもののペニスは脈動を繰り返し残りの精液をどくどくと俺の中に届ける。
俺は堪えようも無い快楽と充足感に苛まれ、そのまま射精をした。
足をロイガの腿に絡めて、もっと奥に出すように催促すると、ロイガは擦り付ける様に腰をくねらせ、喉を鳴らしながら俺の中でまた吐き出していた。
繋がったまま、お互い動かずに息遣いだけを響かせる。
俺の中にあるロイガが、萎える事なく震えているのが分かる。もっと欲しくて、足を放して俺が僅かに腰を振るとロイガはすぐに動きはじめた。
「あっ、あっああぁ! 駄目ぇ!」
強すぎる刺激に俺はロイガを止めるが、ロイガは構わずに知り尽くした俺の性感帯を突き上げる。
「イくっ、イくぅぅ! うあぁぁ!!」
泣き叫びながら、俺はすぐに絶頂に押し上げられる。
「ひぃぃ!」
ペニスの先から透明な液体が勢い良く飛び出してくる。アンモニア臭に構っている余裕もなかった。
「ロイガっ、ロイガぁぁ!!」
「……ラスト」
お互いに名を呼び合いながらも、激しく掘られ続ける。達したばかりの俺は、今度は潮を噴いて狂った様に喘ぐ。
俺の勢いが弱まると、ロイガもようやく腰の動きを抑えてくれる。俺は掠れ声を上げ、涙を流しながら呆然としていた。
ロイガがそっと身体を倒し口付けてくる。軽く済ませると、俺の身体を抱き締める。
「ラスト……お前は、俺の気持ちを考えた事があるか?」
「え……?」
快楽に呑まれそうになっている俺の頭に、その言葉が飛び込んでくる。
「俺に捨てられると、思っていないか?」
ロイガの言葉に俺は黙り込む。
俺は、捨てられてもいいんだ。ロイガが好きだから、ロイガのしたい様にしてくれれば、それでよかった。
この気持ちが、ロイガにとって不満なのは分かっている。
「俺はお前が好きだ、ラスト。今更気持ちは変わらない」
「あっ」
俺の身体を抱いたまま、ロイガは身体を起こし座位に移る。
「俺がどれだけお前を好きなのか、分からせてやる」
「ああっ、ああぁ!!」
小刻みに腰を揺さぶり、ロイガは俺を喘がせる。
俺の身体を抱き寄せ、胸に顔を埋め乳首を乱暴に吸い上げる。
燻っていた想いをぶつける様に、ロイガは腰を動かしはじめた。
暗がりの室内に、俺の叫び声が響く。
座位の体勢から両腿を持ち俺を担ぎ上げたロイガは、そのまま駅弁に以降し俺を突き上げる。
腕の怪我を俺が心配する素振りを見せても、ロイガは有無を言わさずに黙々と俺を犯し続ける。
突き上げられて俺の身体が浮く。一度腰を引き、頃合を見計らって肉の杭を俺の中に打ち付ける。
「ひぃあっ! ロイガぁぁ!」
自分の体重で重力に従い落ちていく中、それに逆らう様にロイガのペニスで力強く突き上げられ俺は泣き叫ぶ事しかできなかった。
身体が、ロイガと繋がっている部分で支えられていた。体内に埋め込まれた物に支えられる感覚に言葉も出ない。
ロイガが唇を奪う。腕を上げ、片方を腰に、もう片方を背中に廻す。それを察して俺は両足をロイガの尻に絡める。
密着した状態で少し前屈みになり、小刻みにロイガは俺を揺さぶり絶頂に追い上げる。
「んっ! んんんーーーっっ!」
強すぎる刺激に俺は涙を流し、ロイガの腹に向けて白濁液を吐き出す。
悲鳴はロイガの口の中に呑み込まれる。時折呼吸のために一度口を離すもののそれも僅かな間で、すぐに俺の口が塞がれる。
壁際に移動すると、壁に俺の背を預けさせロイガは再びピストン運動を始める。
背中が痛いのも我慢できた。それだけ、ロイガが強く俺を求めてくれているのだ。
「出すぞ」
短く言い、ロイガは一層強くペニスを叩きつけてくる。
小さく唸り声が上がる。暗がりの中でも妖しく光る虎の瞳が細められ、続けてペニスが震え俺の中にロイガの精液が放たれる。
今度は何も言わず、俺はそれを感じ取る事に集中していた。視線を下ろすと、密着した結合部が見える。
僅かにロイガがペニスを引き抜き、射精の様子を見せ付けてくる。血管の絡みついたペニスが、しゃくり上げる動きが見えた。
俺の穴に挿入しているから上がりきらず、すぐに穴に沿う角度にそれは修正される。その度に、種付けされているのが手に取る様に分かった。
ゆっくりとロイガはペニスを引き抜いていく。泡立ち、汚れたペニスが露になる。
「うぁ……ロイガ……」
便器みたいに使われた状態の俺は、それだけを言って尻に力を込める。
開ききった俺の穴から、ロイガが出したばかりの精液が音を立てて零れてくる。
「あぁぁんっ」
垂れ落ちる精液をロイガはペニスで掬い上げ、解れた俺の肛門に突き立ててくる。それを見た俺は女の様に喘ぐ。
無言のまま再び俺を持ち上げるとロイガは歩き出す。俺が何をするのかと言おうとすると、突き上げられ黙らされる。
達したばかりのはずなのに、ロイガのペニスは少しも萎える仕草を見せず、俺の中をごりごりと刺激し続けている。
ロイガは部屋の扉を開けると、リビングに出て歩を進める。
繋がったまま、いつもは団欒の場として使っている場所に居る事に俺は強い羞恥心を覚えた。
時々ずり落ちない様にロイガは俺を抱え直し、その度に俺は嫌らしい声を上げる。
そしてようやくロイガは目的の場所へ、もう一枚の扉を開けると、洗面所へと辿り着く。
「明かりを」
ロイガの言葉に、俺は必死に手を伸ばしてスイッチを押す。
闇に慣れた目に突如光が射し込み目が眩む。しかし、俺はそんな事に気を配る事などすぐに忘れた。
ロイガに言われるまでもなく、俺が顔を向けたのは洗面台に備え付けられた鏡。
「あぁ……」
思わず感嘆の声を漏らす。
鏡の中では、逞しい虎人に抱かれる狼人の姿が見えた。
地に足が着いているのは虎人だけで、その太く逞しい足の上に、抱きついた狼人が居る。その尻には、虎人の雄雄しいペニスが突き立てられている。
身体を震わせ、ぞくぞくとした感覚に溺れる。こんなにも今二人は扇情的で、背徳的だった。
要求するまでもなく俺の様子を見て察したロイガは、洗面台に俺を少し乗せるとそのまま俺の身体を半回転させ鏡の方へと向かせると、
反り返ったペニスが腸内で半回転し擦り上げてくる感覚に俺は痙攣を起こす。
「すげ……ロイガの太いチンポ、ケツに入ってるぅ……」
鏡の中の自分の痴態に俺は魅了される。
ロイガが上半身を引き腰を上げると、結合部がよく見える。
常人の物よりもずっと太く長いペニスが俺の中に埋め込まれている。時折亀頭の部分まで引き抜き、そしてゆっくりとそれを収めていく。
うっとりとしている俺の耳元で、ロイガは好きだと囁く。
「ロイガ、好き……大好きぃ……」
俺の言葉を聞くと、ロイガは三度俺を犯しはじめる。三度目の射精に向けて。
「俺も、俺もイきたい」
手を伸ばし、乳首を弄りながらペニスを扱きはじめる。ロイガに犯されながら、俺は鏡の前で情婦の様に嫌らしさを見せつける。
鏡を見れば、俺の首筋を舐めていたロイガの顔も見える。今はそれも止め鏡の中の俺の痴態に見入っている。
こうして自慰をロイガに見せつけるのは初めてかも知れない、ロイガのは、一回見た事あるけど。
「あいつとは、何度したんだ」
不意に、ヤマイヌの事を話される。しかし俺はもう自身の手を止める事すらできなくなっていた。
「一杯、一杯されました……だから、ロイガも一杯中出しして……」
「ああ、してやる」
荒い息遣いをさせて、ロイガは最後の絶頂に向けて腰を振る。
汗が噴出しているのは、俺を担いだまま二度目の射精まで休む事をしないからだろう。
俺はロイガを煽る様に声を上げ、自慰を続ける。身体全部が性感帯にでもなったかの様に、あっという間に達して悲鳴を上げた。
残っていた力を全て籠めて、俺の中にあるロイガを搾り取る様にする。
ロイガが息を詰まらせ、続けてはっはっと何度も苦しそうに呼吸をすると、ぐいと腰を上げ身体を硬直させる。
鏡の前で二人揃って昇りつめる。ロイガは、興奮が最高潮に達したのか喉を鳴らしながら俺の首に噛み付く。
「あっ、ああぁぁっ、あぁ……」
俺は痙攣を起こし、口をだらしなく開け涎をだらだらと零す。鏡に目を向けると、射精をしているロイガの様子が見える。
玉袋がびくつく度に僅かに迫り上り、三度目の精液を注いでいる。
それを見て満足したのか、ロイガは結合を解き俺の身体を一度下ろすと優しく抱き寄せてくる。
「すまない、無理をさせた」
それに、俺は首を振る。
ロイガに支えられ、そのまま浴室へと移動する。
体力を使い果たしてほとんど動けなくなった俺を介護する様に、ロイガは身体を洗い流してくれる。
途中まで話をしたり、口づけをしながら俺も相手をしていたのだけれど、次第に睡魔に襲われる。
ロイガに眠っていいと言われると、気絶する様に俺は意識を手放した。なんとも言えない幸福感に包まれて。
丑三つ時、分かりやすく言うと午前二時半を回った頃に俺はふと目を覚ます。
身体を起こし下半身を揺さぶった途端、痛みに顔を顰める。
流石にやり過ぎたみたいだった。その内ロイガにヤり殺されるかも。
それはそれで素敵かもな、なんて馬鹿な事を考えながら、隣に顔を向ける。
静かに寝息を立てている、ロイガ。俺もロイガも全裸の状態だった。
その寝顔を見ていると、不意にあの時の様に愛しさが込み上げてくる。
「ごめんな……」
ロイガの言葉が甦る。
俺は、ロイガの事なんて本当は何一つ考えていないのかも知れない。
ただ自分が辛いから、深く傷つく前に捨てられてしまいたいと思ってしまう。
身を挺してヤマイヌから庇うのも、同じ理由からなのかもしれない。
ロイガが俺を護る理由とは、少しだけ違う気がする。
ロイガが先に死んだら、俺は俺で居られなくなって、壊れてしまうのだろう。
俺が先に死ねば、ロイガは、俺なんかよりずっと良い奴を見つけて、幸せになるのかも知れない。
そういう自分勝手な考え方が、俺の行動を決めていた。
起こさない様に、ベッドに腕を立ててゆっくりと身体を下ろす。その唇に、静かに口付けをする。
自分が子供なんだって、よく解かった。我儘なだけだって。
それでもヤマイヌの存在が脳裏に過ぎると、胸が押し潰されそうになる。
慌ててロイガから離れてベッドからも降りると、脱ぎ散らかった服を手探りで見つけて身に着ける。
そのまま窓際に歩み寄り、カーテンと窓を開けてベランダに出た。
室内より明るいのは、月光が射しているからだ。
それさえも、今は俺の心を縛る。本当に、ヤマイヌは俺の中に消しがたい傷を残していった。
外気に晒され、ほんの少しだけ身体を震わせる。暦の上では春であっても、まだまだ寒さは衰えず、熱を奪っていく。
それが心地良かった。ロイガと繋がっている間は、ひたすら暑くて、熱かったから。
大分身体が冷え込んだ頃、不意に閉めていた窓の開く音がする。
少しすれば、俺の身体を暖かい毛布が包んでくる。背後に、慣れ親しんだ虎の身体が当たっている。
「……服、着たら?」
感触から、というか腰に当たっている股間が、ロイガが下着だけ穿いている事を如実に教えてくれる。
上は見てないから分からないけれど、まさか下がパンツだけなのに上がバッチリ決まっているとは思えないので、多分裸だろう。
「風邪を引くぞ」
「そりゃ俺の台詞だっての」
布団を被さっているロイガが、俺の身体も包み込む。ああ、こんなんでも結構暖かいものなんだな。
「……お前って、本当に凄いよな」
「なんの話だ?」
「ん、色々と……ね」
本当に凄いと思った。俺のために、ロイガがしてくれた事。反芻するだけで、信じられないと言いたくなるくらい。
けれど、俺は今までのロイガをずっと見てきたから、否定する事も出来やしない。
そんなロイガに、俺はふさわしいのだろうか。
「ずっと、考えていたんだ」
言葉を紡ぐ。紡いだ拍子に、吐息が白くなるのに思わず注目してしまう。
「俺は、何でも屋を辞められない。表には戻れないよ」
「続けたくなったのか」
「そうじゃないさ」
振り返ってロイガを見つめる。月明かりに照らされて、金と純白の身体が神秘的だった。
「どこに行っても、いつかヤマイヌは俺の所に来る……。
怖いんだ。俺の周りに居る人が、あいつの手に掛かるのが」
躊躇いなど、あの狂人には存在しない。
あるのは、異常なまでの俺への執着だった。次に遭えば、俺の周りを滅茶苦茶にして、また俺の腕を取ろうとするだろう。
何度も、何度でも。いつか俺が壊れてしまうまで、それが続くかの様にすら思える。
「俺は、独りにならなくちゃいけない」
胸の中がざわつく。俺が言おうとしている事は、ロイガが一番聞きたくない言葉だって、解かってる。
これがヤマイヌの狙いだという事も、全て。
「だから、ロイガ……」
口を開くと同時に、ロイガに身体をきつく抱き締められる。
「言うな」
胸に顔を埋める。体温が伝わる。鼓動が聞こえる。
「それ以上は、言わないでくれ」
「ロイガ?」
気づいたのは、ロイガの異変。小刻みに震えていた。
俺から離れていこうとする事に、脅えている。
それが俺には衝撃的だった。脅えるのも、震えるのも、ずっと俺だけだと思っていた。
やっぱり、俺は子供だったんだな。
「……一つだけ、約束して欲しいんだ。ロイガ」
頬を寄せたロイガが頷く。擦れた感覚が心地良い。
「傍に居て欲しい。けれど、俺はお前に護られてばかりは嫌なんだ。
仕事上の役割とか、そういう話じゃない。いつか、離れる時だって来るかも知れない」
愛し合っていれば死ぬまで、なんていうのはただの幻想だ。一方的に冷める愛がある事も、俺は知っている。
知りながらも、ロイガなら。そう思ってしまう、思わされてしまったんだ。だからロイガには約束して欲しかった。
「俺も、お前を護るよ。頼りないかも知れないけれど……ロイガが居てくれるなら、俺」
今はもう、昔とは違うんだ。ロイガが居てくれる。それだけで今は前に進める。
ロイガと離れるのは嫌で、ロイガが死ぬのも嫌だから、一緒になって、ヤマイヌに立ち向かいたかった。
「ああ、わかった。……俺も、一緒に居たい。ラストと」
サイン代わりに、また口付けをする。激しくはなく、静かで、決意を示す様に。
眉間に皺を寄せて俺は呻き声を上げる。
「ふんっ……ぬぅぅぅ」
かなり重たいダンボールを持ち上げて玄関口に置くと、丁度そこにロイガがやってくる。
「あ、それ重いからな」
息切れしながら言う俺の言葉に、僅かにロイガは反応を示すが、次の瞬間には何事も無かったかの様に荷物を軽々と持ち上げる。
嘘、あんなに苦労したのに。
護るって言ったけど俺には無理なのかな、なんて考えてちょっと落ち込んでしまう。
トレーニングもまた始めたけれど、やっぱり身体の造りが違うんだろうなぁ。
気力体力共に全快した俺達は、早速引越しの準備に取り掛かっていた。
正直財政は厳しい状況である。金が必要だからと稼ぎに行ったらヤマイヌと遭遇してしまった訳だし。
けれど、この棲家にはロッジの頃とはいえ、ヤマイヌを上げた事がある。いつまでものんびりと生活している訳にはいかなかった。
元々何かがあった時のために物件くらいは物色していたので、ロイガの了承を得るだけで引越しは即決になった。
いつかは二人きりで、なんて妄想しながら二人用物件も探した一人ぼっちだった頃の俺。偉いぞ。
「よっこいせっと……」
親父だな、と思いつつも、持ち上げた荷物をまた玄関に置く。これも重い。
「ラストさん、持っていきますね!」
ロイガに入れ替わる様にひょっこり現れたのは、警察犬、じゃなくて警察官のアセクト。
「悪いね。引越し手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ、自分に出来る事でしたら、なんなりと!」
そう言ってにこりと笑いながら尻尾をぶんぶんと振り回すアセクトは、次の瞬間にはやっぱり楽々と荷物を持っていってしまう。
どうやら俺が貧弱なだけの様です。
アセクトに関して、ロイガと会うのは嫌じゃないかなとちょっと心配だったんだけど、ロイガの強さを理解しているからか、
俺を大事に扱うロイガを見て、アセクトは納得した様に頷くといつもの様に俺達に接してくれた。
「これで最後かな」
小物を纏めて持っていくと、アパートの扉を閉じる。鍵を閉めて、扉をじっと見つめる。
なんだか照れくさくて、ちょっぴり寂しい。思っていたよりずっとここの暮らしが好きだったみたいだ。
「ラスト」
ロイガが傍に来て、手を差し出す。荷物を半分渡すと、揃って階段を下りる。
「ラストさん」
階段を下りた所でアセクトがやってきて、俺の荷物を預かる。
「ラスト君」
トラックの運転席に乗ったマスターが、俺を呼ぶ。
「マスター、ありがとうございます。引越しまで手伝ってくださって」
「いいんだよ。それに、生活が落ち着かないと仕事にも差し支えてしまうだろう?」
「それは、そうですけど」
荷物搬送を志願してくれたマスターに感謝をする。というか、大型免許持ってるのに驚いた。
マスターに頭を下げると、トラックが動き出す。
「さあ、お二人共乗ってください」
アセクトが自分の車に俺達を招待する。なんというか、至れり尽くせりである。
「ふぅ……」
アパートの正面に立って一息吐く。今日で、ここともお別れだ。
「どうした」
「ん、ちょっと、寂しいかなってさ」
「そうだな。俺もだ」
ロイガの顔を見上げると、なるほど思っていたよりも切なさが表情に表れていた。
「初めて来た時の事を思い出した」
「懐かしいな。まだ、一年も経ってないのにな」
初めて来た時のロイガと、今のロイガ。きっと、その違いが懐かしさを感じさせるんだろう。
「行こっか」
「ああ」
「なあ、ロイガ」
「なんだ」
「……これからも、よろしくな」
言ってみた。けれど、照れ臭くて俺は俯いてしまう。
すっと腕を伸ばしたロイガが俺の手を掴み取る。
「ああ、よろしく頼む」
顔を上げると、ロイガもはにかんだ顔してた。やっぱり、同じなんだよな。
微笑み合ってから、腕を解いてアパートに背を向ける。
俺とロイガ、二人で営む何でも屋が、今ようやく始まった気がした。
野良犬屋 終