ヨコアナ
1.主人と僕(しもべ)
窓から月の光の差し込む、明かりの少ない広場で
一人の犬人の少年がただ目を瞑っていた
「・・・召喚、ルナファングガイスト!」
名前を呼ぶと、足元の魔方陣が眩く光り
一瞬にして広場を明るくした
何時の間にか、その犬人の後ろには一人の狼人が立っていて
それが普通の人と違うのは、その身体から眩い金色の光が発せられていたからだった
「ネイスか」
呼ばれたルナファングは、静かに主人の名前を呼んだ
周辺の魔方陣の光が、徐々に失われてゆく
完全に光が失われると、ネイスと呼ばれた少年の犬人が振り返る
「ガイちゃーん!」
そう叫びながら目の前に居るルナファングのガイストへと飛びついた
「お、おい!抱きつくな!」
いきなり抱きつかれて、ガイストが焦る
「フカフカだあ・・」
毛並みの質を確かめる様に擦り寄る
満足そうにネイスが声を上げた
「それより用件はなんなんだよ・・・・」
すっかり参った様子でガイストが尋ねる
「あ、それで用件はね、依頼を任されたからガイちゃんの助けが必要で」
「まずそのガイちゃんってのやめろ」
「ガイストちゃん」
「ちゃんをやめろと言ってるんだ!!」
「えー・・・じゃあなんて呼べば」
「呼び捨てでいいだろ、お前が主人で俺はその僕(しもべ)だ」
「呼び捨てなんて嫌だよそんなの!」
この主人と出会ってから何度目のやり取りだろうと、ガイストは思う
初めて出会い名を名乗ったあの瞬間から、この主人は自分の名前を呼び捨てで呼ぶのは
召喚をするその時のみで、それ以外は名前の後に何かしらを必ずつけていた
「・・・好きにしろ」
結局自分が折れてしまう、それは自分がこの主人の僕だからに他ならないからだ
「よし、行こうガイちゃん!」
部屋の入口に走り、振り返るとネイスが笑顔で手を振る
溜め息を吐きながらも、小さな主人の元へとガイストは歩き出した
「それで、なんの依頼なんだ」
月明かりの暗い道を歩きながら、話をする
ガイストの身体から発せられる金色の光が、周辺を淡く照らしていた
「えっと・・・この手紙をギルド長まで届けるんだよ!」
何処からか取り出した幾つかの手紙を、ガイストへと見せつける
「それ別に俺を呼ぶ必要無いんじゃないか?」
その言葉に、ネイスが震えた
「そんなことないって!」
慌ててガイストの言葉を否定しようとする
「ネイスの居る家からギルド長の居る召喚士ギルドまで、歩いても10分だろうが」
「そ、そうだけど・・」
誤魔化すのが無理だと悟ったのか、ネイスが俯いてしまう
「それにこういう任務は時間が限られてるんだろ?早くしないとお前の貰う金が減るじゃねえかよ・・・」
比較的簡単な依頼には、時間が決められていて
早く任務を遂行すればその分報酬が増えるが、逆に時間が掛かると報酬が減るどころか
場合によっては逆に金を取られる事もあった
本当なら、ガイストを呼びだす時間でさえ惜しいのだ
「ガイちゃんに、会いたかったから・・」
俯いて喋るその表情は、背の高さもあるせいで見る事は出来なかった
それでも、その表情を読み取る事は既に800歳を越えている自分には容易い事で
そうまでして自分というただの僕に会いたかったのかと考える
暫く考えていたのだが、ネイスの方へとガイストが歩き出した
「わっ」
その身体を抱き抱える
「ギルド本部だな?」
腕の中に居るネイスへと問い掛ける
「・・うん!」
「しっかり掴まっていろ」
ネイスが自分に掴まるのを確認すると、一瞬にしてその場から二人の姿が消えた
風の如く、高速でガイストが移動する
周りには軽い結界が張られているため、腕の中のネイスが息苦しくなる事はなかった
「もう見えたぞ」
前方にギルド本部の形が見えはじめると、ガイストが口を開く
「ほんとだはやーい、さすがガイちゃん」
「・・・もういい」
呼び名に突っ込もうかと思ったが、もう何かを言う気力さえ無くなっていた
「ほれ、着いたぞ」
ギルド本部へと到着して、地面にゆっくりとネイスを降ろす
「ありがとうガイちゃん!」
素直に礼を言い、笑い掛ける
「・・・俺はもう帰るぞ」
そう言って振り返ったところで、その手が引かれた
「ねえ、中まで入ろうよ・・?」
さっきまで笑っていた顔が、一瞬にして何処か寂しそうな表情になっていて
「わかったよ、行けばいいんだろ行けば・・・・」
堪らず、それを受け入れる事しか自分には出来なかった
「行こう!」
瞬時にまた笑い出すネイス
もう何も言えなかった
ギルド本部へと入る、今の様な夜間であったとしても本部には人が居る
途中途中に居る本部の人間が、ネイスとガイストを訝しげに見つめた
それは無理も無い話で、通常ギルドの中では召喚獣を連れ回す事が出来るのは
位の高い召喚士だけになっているのだ
ネイスは決して位の高い召喚士ではないのだが、特例という事でそれを許されている
しかし特例という前代未聞の決まりは、何時の時代も奇異な目で見られるもので
この時も何人かはあまり好ましくない様子で二人を見つめていた
その視線を気にする事なくネイスは歩き続け、ある部屋の前で止まる
扉を軽く数回叩いた
「失礼します、召喚士ネイスただいまご依頼のお手紙をお届けに参りました!」
ネイスがそう言うと、暫くして中から返事がした
扉をゆっくりと開けると、ネイスが進みはじめる
ガイストが躊躇していたが、その手を無理矢理引いて中に入った
「ギルド長、ギルド長宛てのお手紙です」
椅子に座っていたギルド長がこちらを見た
「ネイス君か・・ご苦労だった、報酬については入口でよろしく頼むよ」
柔らかい物腰をしているギルド長は、その手紙を受け取ると労いの言葉を掛ける
「隣に居るのは、君のルナファングかね?」
「はい、ガイちゃんです!」
「ガイストだ!」
ネイスの紹介の仕方に、ガイストが怒鳴る
「元気があってよろしい、次も頼むよネイス君」
「はい、ギルド長!失礼します!」
頭を下げると、ネイスが部屋の外へと走り出す
それを追い掛ける様にガイストは後を追い、静かに扉を閉めた
本部入口まで戻ると、任務の報酬を受け取る
とは言っても元々簡単な任務であったので報酬自体は大きい物ではないのだが
「わぁ、300カイムも貰っちゃった!」
その手に報酬を持ち、嬉しそうにネイスがはしゃぐ
「300カイムじゃ宿代一泊にもならねえじゃねえかよ、子供のおつかいかっての・・」
「でも、ガイちゃんが頑張って走ってくれたんだから嬉しいよ!」
つまり、自分が走らなかったらもっと低い額になっていたのだろうか
或いは罰金になっていたのだろうかと思うと、目の前の主人が不憫でならない
「・・・ネイス、お前今いくら持ってるんだ?」
「え、お金?今貰ったのとあわせて1200カイムかな」
1200カイム、それはこの世界の平均的な宿代が一泊700カイムと考えれば
召喚獣のガイストにもどれ程少ないかがよく分かった
「お前、そんなんでどうやって生活してるんだよ?」
「どうやってって・・普通に暮らしてるよ?」
「今の季節寒いだろ、何か使ってるのか?」
「お布団二枚あればあったかいけど・・・」
ネイスの言葉に、ガイストが俯いた
「ほんとにお前が不憫でならんよ俺は・・」
「どうしたのガイちゃん?泣いてるの?」
目から自然に流れている涙は、あまりにも不憫過ぎる目の前の主人に対する同情だった
外に出ると、ネイスが気持ちよそうに腕を伸ばす
「んー・・・・眠いや、そろそろ寝なきゃ」
一気にその瞳に宿る光が弱弱しくなり、今にも道端で眠りはじめるかという程になる
「大丈夫かよ・・ちゃんと家まで帰れるのか?」
普段ならばこの時点で用の済んだガイストは消えてしまうのだが
あまりにも虚ろなその様子を見て、このまま一人で行かせるのは危ないと判断して問い掛ける
「大丈夫、大丈夫・・・」
無理に笑ってみせるネイスだが、その身体が傾く
慌ててガイストが倒れてきた身体を支えた
「おい、ネイス?」
身体を揺さぶるが、其処から小さな寝息が聞こえていた
「・・・・・・しょうがねえなぁ・・ほんと」
本日何度目かの溜め息を盛大に吐くと、主人の身体を抱き上げて主人が暮らしている家までの道を歩く
来た時の様に走っても良いのだが、ネイスが起きてしまうかと思うとそれは出来なかった
「なんでこんなお子様と俺が契約しちまったんだかな・・・・」
星空を見上げて、初めて出会った時の事を考えていた
「ガイ・・ストって言うの?」
「それじゃ、ガイちゃんでいいよね!」
「あはは、ごめんね・・・・・僕なんかが呼んじゃったから」
「ガイちゃん、ホットケーキ焼いたんだけど食べる?」
「うわ、ガイちゃんすごいフカフカだあ」
初めて会った時からの記憶を、少しずつ思い出す
今ではこの主人と出会って一年になっていた
そんな事を考えていると、漸くネイスの家へと辿り着く
この家はネイスが召喚士ギルドへ所属する代わりに借りている物で、中は質素な作りになっていた
「こんなんじゃ、寒いだろうにな・・」
中に入っても隙間風が吹いていて、自分は月の光を纏っているから多少の寒さは感じないが
腕の中にいるこの小さな犬人の主人にはどれ程寒いのだろうかと考える
ベットへとその身体を下ろすと、様子を見る
「んー・・・ガイちゃん大好き」
そんな事を寝言で言われて、思わず苦笑いが洩れてしまう
帰ろうかと背を向け様としたのだが、ネイスの身体が震えているのを見てしまう
「やっぱ寒いのか・・」
今の季節では、例え何枚布団を重ねたところで寒さを完全に防ぐのは厳しいだろう
そして何より、ネイスはまだ14歳という若さだ
人肌の恋しい年頃でもあるだろう
「・・・仕方ねえな、寒そうだからな・・風邪引かれたら困るしな」
無理矢理自分に理由をつけると、主人が横になっているベットへと潜り込む
小さなその身体を包み込むと、身体の震えが止まりネイスが薄く笑った
「・・・・・オヤスミ」
朝になり、ネイスが目を覚ます
何時もなら震えているはずの自分の身体が、震えていないのに違和感を覚えた
目を開けてみるが、視界には寂しい部屋の壁が収まっていただけで
起き上がると自分だけがベットの上に居た
「あれ?おかしいなぁ・・」
そう思っていたのだが、注意深く見ると
自分の隣に月の魔力が感じられて
触れてみると、温もりが微かに残っていて先程まで此処に誰かが居た事が分かる
「ガイちゃん・・・」
恐らく自分が起きる数分前に、それを察知して消えてしまったのだろう
「ありがとう、ガイちゃん」
ガイストの居た場所に移動する
眠っている間に、確かに感じたあのあたたかさに再び包まれた
「お願いガイちゃん、助けて!」
その日呼び出された召喚獣、ルナファングのガイストは
召喚された瞬間目の前に居る自らの主人に手を合わせていきなり懇願された
「なんだ?どうしたんだネイス?」
何時もと少し違う様子に、ガイストは戸惑う
「これから召喚士ギルドまで急いで行かなきゃいけないんだけど
遅刻しそうなの!お願い送って!」
その言葉に、ガイストは暫く動けなかった
「いけ、ガイちゃん!」
風を切るが如く、物凄い速さでガイストは主人を乗せてギルドまでの道を直走る
「ネイス・・本当にこれだけのために俺を呼んだのか?」
幾ら自分は僕の立場とは言え、余り簡単に呼ばれてしまうのは困ってしまうのだ
「違うよ、ガイちゃんに会いたかったもん」
腕の中のネイスが、ガイストに強く抱きついた
「・・・そろそろ着くぞ」
強く注意する事も出来ずにひたすら走り続けたガイストの目に、ギルドの建物が見える
足を地面に押しつけて減速をすると丁度良い位置で止まる事が出来た
「ありがとガイちゃん!それで・・ここからが本題なんだけど」
「やっぱあるのかよ」
素早く突っ込みを入れるが、目の前の主人は気にする様子も無くのんびりと説明を始める
「なんだか今日はいつもと違う任務を渡されるみたい・・だから、ガイちゃんにもついて来てもらいたくて」
「・・そうか」
任務の内容によってはガイストも充分に関係する事で
ネイスが建物へ入ると、その後ろにガイストもついて入った
ギルド内に入ると受付へと進み、ネイスが用件を話す
程無くギルド長の部屋へと案内されるとガイストへと手招きをした
「ギルド長の部屋に呼ばれるって、変なの・・」
「この間入っただろ?」
「あれは、ギルド長への手紙だったもん」
何時もなら受付で軽い任務を言い渡されてそれをそのまま遂行するだけで
ギルド長の顔を見る事など滅多に無い事なのだ
そんな事を話していると目的の部屋の前に着く、立ち止まるとネイスの空気が変わった
一度大きく深呼吸すると、扉を叩いた
「召喚士ネイスです、任務を受けに来ました」
「・・・どうぞ」
ギルド長の声がして、扉を開ける
「失礼します・・」
中へ入ると、他にも数人の人物が既に集まっていた
「やあ、ネイス君」
ギルド長が柔和な顔をして迎える
「それに、ガイスト君だね」
直ぐ後ろを歩くガイストにも声を掛けた
「立ち話もなんだから、他の皆のように席に座るといい」
促されて、ネイスが席に座る
その横に跪く様にしてガイストも座った
「ガイちゃん礼儀正しいね」
耳元でネイスが囁いた
「主人に恥掻かす訳にはいかないんでな」
「・・・ありがと」
ネイスもそれに習って行儀良く座り、ギルド長を見つめた
「さて、皆に集まってもらったのは他でも無く任務の依頼です」
全員揃ったのか、ギルド長が話を始める
「先日この近くに新しい遺跡が発見されたのは知っていますか?」
その言葉に何人かが頷く
「えっ、そうなの?」
横に居るガイストへと話し掛ける
「確か、月を祀った遺跡が見つかったはずだが」
「へぇー・・」
「今回はその遺跡の調査を、皆さんにお願いしたい」
まだはっきりとしていない遺跡の調査
力を試すのにも、今後の経験のためにもなる任務だった
「ここに居る皆さんだけでこの任務を遂行します、但し協力をしろと言う訳ではありません
組みたい者は組み、己の信じる召喚獣とのみ行きたい方は一人でも構いません」
「・・ってことはガイちゃんとずっと一緒でもいいんだよね?」
「複数のが安全だぞ、単独行動は控えろネイス」
「わかってるってそれくらい・・・・」
ガイストと一緒に居られるという事で笑っていたネイスだが
そのガイストからの注意に、顔を顰めた
「遺跡の中にある物で何か目ぼしい物を持ち帰れば、それに合わせて報酬も出しましょう
しかし無理をしてはいけません、充分に気をつけてください・・・これで話は終わりです」
ギルド長の説明が終わると、座っていた者達が立ち上がり部屋から出て行く
何人かは既に一緒に行動を共にする相手を決めているのか話しながら出ていった
「それで、お前は誰かと組むのか?」
跪いていたガイストが立ち上がりネイスへと問い掛ける
「組みたい、と思ったけどみんな行っちゃったし一人で平気かな?」
元々特例として扱われているネイスと組みたがる召喚士というのは少なく
今までの任務もほとんどが一人でこなしている事なので、二人とも慣れていた
「仕方ねえな・・行くか」
椅子から立ち上がると、ネイスも部屋の入口へと歩きはじめる
「ネイス君」
その背中に、ギルド長の声が届いた
「はい、なんでしょうギルド長」
ネイスが不思議そうな顔をして振り返る
「頑張りなさい、君には君の召喚獣がついている」
「・・・はい」
今度こそネイスが部屋から出る、その後をガイストが続き扉を閉めた
ギルド長が淑やかに笑っていた
「しかしまぁ、結局また一人かお前は・・」
「ガイちゃんいるよ?」
「いや、そうだけどよ・・・・」
ガイストは、どうにも目の前の主人が不憫でならないのだ
性格が悪い訳でもない、容姿が悪い訳でもない
唯一、自分を呼び出したという理由だけで今日もまた一人で任務に臨むというのが
どうしても納得出来なかった
それでも目の前に居る主人は弱音を溢す事もせずにただ笑う
「ほら行こうよ、早くしないと高いの取られちゃう」
ネイスが手を振ると、ガイストは考えるのを止めてその後ろまで走る
「どれくらい報酬貰えるのかな・・」
「聞いた話だが、昔ある新米の召喚士が同じような任務を受けて
価値ある物を持ち帰ったところ、10万カイム程貰ったそうだが」
「じゅ、10万!?」
自分の現時点での所持金が3000カイムなのを考えると、それは桁違いの額で
「が、頑張ろうね」
「ああ、頑張るぞ」
俄然やる気の出る二人であった
獣道を歩くこと数十分
その道を抜けた先にある、大きな遺跡
人の手が加わったのは随分と昔の事で、岩壁には植物が蔓を這わせていた
その中央の遺跡の中へと続く入口、其処に二人は居た
「大きい遺跡・・」
「なにかを祀る遺跡にしてはこれでも小さい方だぞ?」
「え、そうなの?」
「最大級のはそうだな・・・・これの五倍ってところか」
「へぇー・・・」
遺跡を見上げる、自分よりも何百倍もある大きさに開いた口が塞がらなかった
「行くぞ、早くしないと取られるんだろ?」
ガイストが遺跡の中へ一歩足を踏み出す
それに寄り添う様に、ネイスも遺跡の中へと入った
遺跡の中は物音一つせず、時折外から吹き流れてくる風が聞こえの良い音を奏でていた
「ここって月の遺跡なんだよね?だったらガイちゃんみたいな月の召喚獣もいるのかな・・」
「もしかしたら居るかもな、上手く事が運べば契約もできるかも知れない」
「け、契約?」
「つまり俺みたいなお前に従う者も居るかも知れないって事だ」
「僕には、ガイちゃんだけで充分だよ?」
ネイスが、ガイストへと語り掛ける
「そうかも知れんが、いざって時のために居るに越した事は無い」
「そうだけど・・・・・でも、浮気なんて」
その言葉に、ガイストが噴出す
「う、浮気ってお前な・・」
「違うの?」
ネイスの顔は、至って真面目そうな顔付きで
少し溜め息を吐くと、説明を始める
「召喚士ってのは召喚獣の何匹かを有効的に使う者の事だ
一人が複数の召喚獣を所持してるのは別に悪い事じゃないんだぞ?」
「そんなの知ってるよ!ちゃんと本で読んだし・・」
「・・なら浮気とかそういう考えは捨てるんだな、いざって時には召喚獣を捨て駒にする時もある」
「捨て駒・・・・?」
「召喚獣は基本的にはいくら傷つこうが死なない、再生には時間が掛かるが
召喚士本人が助かるのがなによりも最優先だ、そのために捨て駒が必要な時もある」
ガイストの言葉に、ネイスが俯きはじめる
「そんなのやだよ、捨て駒なんて・・・」
「主人を守るためだ、仕方ないだろう」
「仕方ないなんて言わないでよ!」
顔を上げて、ネイスが叫んだ
瞳から、雫が零れていた
「確かにさ、召喚獣は普通は死なないし回復もできるけど
でも、だからってそんな風に召喚獣を使うなんて嫌だよ・・・・・」
途中から段々と声が小さくなってゆく
「それじゃガイちゃんも捨て駒にしろって言うの?」
拳を握り締めて、唇を噛み締めていた
再び俯いて見えない表情は、きっとまだ泣いているのだろう
俯いた頭に、ガイストの手が伸びた
「ネイス、お前は優しい奴だ・・きっとお前は召喚獣とか、そんな事考えない奴なんだろうな」
「だって、ガイちゃんは僕の・・・・」
「そう考えるのは悪い事じゃない、お前がそう思っていてくれる事が俺はすごく嬉しいんだ
けれどな、いざって時には迷わずに俺を駒にしろ・・お前が死んじまったら、意味が無いんだよ」
言い聞かせる様にガイストが言うが、ネイスは決して首を縦に振ろうとはしなかった
「・・・非情になり切れないか・・、そこがお前の良い所だよ」
しゃがみ込んで小さな身体を抱き寄せる
「ほら泣き止め・・・早くしないとお宝が取られちまうぞ?」
「う・・」
無理矢理に目を擦り涙を振り払うと、ネイスが顔を上げる
「・・わかった・・・・でも、そんなの嫌だからそうならないように頑張ろうね」
「そうだ、そうすればいい」
それが、きっと一番良い事なのだろう
そう胸に言い聞かせて、ネイスはまた笑う
「遅れちゃったね、急ごう!」
そうしてまた歩き出す、先を歩いては時折振り返り手を振る
こんな穏やかな時間が、もっと続けばいいのにとガイストは思った
「広いね、ここ・・」
見渡して、ネイスが言った
どこまでも無限に広がっている様にも思える程広いのだ
「他の奴らも見えないしな、見かけよりは広いって事か」
先程から辺りを隈なく探しているのだが
他に同じ任務を受けた者は誰一人として見当たらなかった
「入口も複数ある感じだったしな、正面以外から入ったのもいるんだろ」
「そっちのがいい物あったかな・・?」
「どうだかな、盗賊なんてもんは正面から入るもんでもないし
そういう奴ら専用の入口かも知れない」
結局、自分達が入ったのは正面の入口であり
そのまま進むしか他に道は無かった
「召喚獣もいないね」
「まぁ、そうゴロゴロ居られたら困るんだがな・・・気性が荒いのも居るし」
「ガイちゃんのルナファング族はそうなんだっけ?」
「まぁな」
「あんまりそうは感じないんだけどなぁ・・・」
「そりゃお前、主人に牙向く程根性ひん曲がっちゃいねえよ」
それでも初めて出会った時はネイスの事をただの子供だとは思っていた
今では、充分に自慢出来る主人だと思っている
先程の甘ささえ無ければの話ではあるが
確かに召喚獣を大事にする気持ちという物は大切だった
その気持ちひとつで自分はこの子供に仕えていて良かったと思えるのだ
それでもやはり召喚士には時として心を鬼にして
召喚獣を捨て駒にする事が必要な時もあるのだ
ネイスも何れはそれを分かる日が来るのだろうが
それを分からない内に、そうなってしまっては困ってしまう
ただ、今こうしてネイスの召喚獣を大切にする気持ちに触れて
自分が嬉しく思うのも事実であり
結局、自分はネイスに甘いのだと苦笑いを零した
「あ、あれなんだろ?」
歩いているとネイスが指を差した
指し示した方向を見ると台座の様な物が見えて
それに二人揃って歩み寄る
「これは・・儀式の座だな」
「儀式の座?」
「召喚士が召喚獣を呼びだす時に使うのがあるだろ、あれみたいなもんだ」
「へぇ・・・じゃあ、これに乗れば新しい召喚獣が出てきたりするの?」
「そうだな、この遺跡に召喚獣が居ればの話だが」
説明を聞きながらも、珍しそうにその台座を見つめていた
「・・乗ってみる?」
台座に向けていた視線をガイストに向けて、ネイスが言う
「そうだな、他にそれらしき物も無いし・・・もし新しい召喚獣が増えるならいい事だ」
「浮気にならないよね?」
「なるわけないだろ」
呆れながら、ガイストが儀式の座に乗る
それにネイスが続いた
二人が乗ったと同時に、周辺が輝いて視界が白く染まった
「わっ」
驚いたネイスが声を上げる
傍に居るガイストへと手を伸ばしたが
その腕は宙を彷徨っていた
「ガイちゃん?」
ガイストに触れる事が出来なくて、名前を呼ぶが返事も無く
光が止みはじめると慌てて辺りを見渡した
何処を見渡しても、ガイストの姿を見つける事が出来なかった
光が止むと、ガイストを瞳を開いた
「ネイス・・?」
先程まで隣に居たネイスが何時の間にか居なくなっていた
辺りを見ると、場所が変わっていて
居なくなったのは自分だと悟る
台座を見つめるが、それが再び反応を示す事はなかった
仕方なく諦めるととりあえずは儀式の座を降り、部屋の中を調べる
一歩踏み出すと目の前に、突然金色の光が現れた
最初は弱々しい光だったそれが強くなり形を作りはじめる
程無くして目の前に現れたのは、自分と似た容姿の者だった
「・・・・なんで、俺と同じルナファングが・・」
驚いた顔をしながら、ガイストが疑問を口にした
「不思議な事ではあるまい?ここは月の遺跡なのだから」
現れたルナファングはガイストの姿を認めると不敵に笑い掛けた
「何故俺だけがここに居るんだ」
「儀式の座は召喚獣をあの場に呼び出す物だからな
逆に言えばあの場からこちらに召喚獣を呼び出す事もできるって事だ」
「ネイスは・・・」
「あの場に残されているだろう、それに・・・あの場には別の召喚獣が向かっている」
「なんだと?」
「変わり者の召喚獣だ、月の属性ではないというのにこの遺跡に住み着いている」
目の前のルナファングは楽しそうに語る
その顔をガイストは睨み付けた
「すぐに俺を戻せ」
「心配なのか?あの子供が」
「主人が心配でない召喚獣がどこに居る」
「そうだな、だがルナファング族にしてはそれも珍しい
例え主人であったとしても時に牙を剥くのがルナファングだ」
ガイストの掌に、光が集いはじめた
「早くしろ、俺はルナファング族によくある気が短いタイプだ」
言葉に相手の顔が綻んだ
「少し、話がある・・・それが終わってからにしてくれ」
ガイストと離れてから、ネイスは途方に暮れていた
台座の隅に座ってぼんやりと天井を見つめる
「ガイちゃん、どこに行ったの・・・」
もしかしたらガイストが戻ってくるかもしれないと思うと、その場から動けずにいた
ガイストを自分の場所に呼び出す事も出来るかと思っていたが
やはりギルドのあの魔方陣が無い状態ではとても召喚をするのは困難で
更に今は何かに邪魔をされていて、ガイストの気配を探る事も不可能だった
上げていた顔を下ろして俯いていると、足音が聞こえた
「ガイちゃん!?」
慌てて顔を上げると、足音が聞こえた方を見る
薄暗い遺跡の中に人影が見える
それは大きな人影で、ガイストかとネイスは思ったのだが
返事が無い事にそうではないと慌てて立ち上がった
歩いてきたその人物が天井から差し込む光で照らし出された
「・・・・虎?」
顔を見たネイスが、そう呟いた
言葉通りに目の前に居るのは虎人で
時折その回りに電流が走っていた
電を纏った虎人は、ネイスを見つめる
「召喚獣なの?あれ、でもここ光の遺跡だよね、雷だし違うのかな・・・」
虎人の前でぶつぶつとネイスが考え込むが
虎人が、ネイスに向かって掌を向けた
その先から魔力を感じて慌ててネイスは移動をする
先程居た場所に雷が現れて、台座の一部を破壊した
「が、ガイちゃん・・早く戻ってきて・・・」
そう呟くと、ネイスは走り出した
雷を纏った虎人はネイスを追い立てる
その顔は無表情に近かった
逃げるネイスをただ見つめるだけで、表情に変化が無いのだ
「うわわわ!!」
行き先に雷が発生してネイスは慌てて方向を変える
自分に飛んできた雷をどうにか魔法で防御するが
召喚士自身はこういった戦闘には向かないのだ
ガイストの幾つかの召喚獣と契約しろという言葉が、頭の中で再生されていた
「ガイちゃぁーん!!」
必死にガイストを呼ぶが、そのガイストが現れる事は無く
真横の壁が雷でまた吹き飛んだ
他の場所へ逃げ込むとしゃがみ込んで必死に考える
「どうしよう・・・ガイちゃん・・・・」
遺跡の奥の方に逃げていて、外に出るのは難しい状態だった
頭の上で、雷の弾ける音が聞こえる
見上げると自分を見下ろす虎人と目が合った
一気にネイスが走り出す
背中から爆音が轟いて、身を震わせた
遺跡の中をとにかく走るが
直ぐ後ろには何時の間にか虎人が来ていて
言い知れない恐怖に襲われる
ただ、虎人の様子が徐々に変化しはじめていた
最初は殺すつもりでネイスに雷を放っていたのだが
今はネイスに間一髪当たらない所に雷を発生させていた
逃げる事に必死なネイスはそれに気づかず、変わらず悲鳴を上げながら走っていたが
何時の間にか、虎人の顔に少しだけ変化が訪れていた
逃げることに疲れたネイスが荒い息を吐いていた
「も、もう無理・・・ガイちゃん助けて・・」
耳には、こちらに向かって歩くあの虎人の足音が聞こえていて
同時に雷の音が聞こえて身体中に冷たい汗を掻く
虎人が一瞬で回り込むとネイスの前に現れた
「うわあ!?」
驚いたネイスは素っ頓狂な声を上げる
そのネイスの顔を見た虎人が不思議そうな顔付きになった
すっかり怯えているネイスは相変わらず表情の変化に気づかず
目を閉じて震えていた
虎人は手を伸ばそうとするが
自らの腕に纏った雷を見て、動きを止めた
一度手を引いてから瞳を閉じて念じると雷を消し去る
完全に雷が無くなったのを確認してから、もう一度手を伸ばした
ネイスはまだ目を瞑り震えたままで
その顔に、虎人が触れた
頬に何かが触れていた
決して危害を加える様な力の入れ方ではなく、軽く撫でるその触れ方に
ネイスは固く閉じていた眼を開く
視界には自分を見つめたまま手を伸ばして
自分の頬に触れる虎人が居た
「・・・攻撃しないの?」
言われて、虎人がきょとんとした顔になる
数秒してから頷いた
虎人は相変わらず頬を撫でていて
どうしていいのか分からないネイスは、結局そのまま暫くの間頬を撫でられ続けていた
一頻り撫でると満足したのか、虎人は手を引く
引いてからもやはりまだネイスの顔を見つめていた
「あ、あの・・君はいったい?」
「・・・・」
虎人は無言のままだった
「えっと・・・じゃ、ガイちゃん知らない?ルナファングっていう種類の召喚獣なんだけど」
「・・ルナファング」
ルナファングという言葉に、初めて虎人が声を出した
「知ってるの?」
「・・この遺跡に一匹居た・・・でも、あれはお前のルナファングじゃない」
「・・・・そっか、やっぱり探さなきゃ」
遺跡の中を見渡して、ネイスが歩き出す
その後ろに虎人は歩み寄った
「・・・ついてくるの?」
問われて、虎人は一度考え込むが
然程時間を置かず頷いた
「へんなの・・」
呟いて、ネイスは歩く事を再開した
虎人はまだ不思議そうにその背中を見つめていた