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1.藪と店員

「ありがとうございましたー!」
店内に元気な声が響く
声を出しているのはレジに居る虎の青年だった
「・・・今日もあんまり客が来ないなぁ・・」
溜め息を吐いて、現在の売り上げを見て目を瞑る
「こんな薬しか売ってない所に客がいっぱい来たらそれも変だけどさ・・」
一人愚痴を零していると、店の扉を開いて次の客が入ってくる
「いらっしゃいませー」
愛想良く営業スマイルをして、薬棚の整理を始める
客が品物を持ってくるか、話し掛けない限りこの店の店員は暇なものだった
「すみません、これください」
程無く目当ての物を見つけたのか、客は商品を抜き取るとそれを持って来る
「風邪薬ですね、250グランになります」
「250と・・はい」
「丁度お預かりします、ありがとうございました」
持ちやすい様に袋に風邪薬を詰めて、手渡しする
満足そうに客は帰って行った
「今日はなんとかノルマこなせそうだな・・」
売り上げを再確認すると、どうにかなりそうだと安堵の息を吐く
「あいつか帰ってくるまでになんとかしないと・・・」


店に一人の男が入ってきた
一瞬営業スマイルを浮かべた虎の青年の顔が直ぐに強張る
「いらっしゃ・・・なんだ、おかえり」
入り口にはこの店の店主の狼の青年が立っていた
「今日の売り上げは?」
店の店主のブレインが今日の売り上げを聞いてきた
「1600グランってところかな・・今日はノルマこなせたよ?」
虎の青年、店員のバルは今日の売り上げ額を正確に言った
「そうだな、だがギリギリだ」
「そういう事言うなら商品増やしたら?ブレイン」
「無茶言うな、薬ってのは増やそうとして増やせるもんじゃない」
「藪医者」
「居候の身で随分と偉そうだな」
顎を捕まれて上を向かされる
「嫌なら出て行ってもいいんだよ」
「それは困るな、俺が研究に没頭できなくなる」
そのまま掠める様に口づけをされる
「それに・・お前がいないんじゃつまらんしな」
軽く後ろへ飛び去り、からかう様な仕草をして店の奥へと消えてしまう
口元を乱暴に拭うとその背中を睨みつけて後を追った
バルはこの店に、このブレインの所に居候の身分で同居している
居候と言っても、半ば強制的にブレインがバルを連れて来てしまったので
どちらかと言えば誘拐に近いのだが
寝る場所を与えられているバルは、多少の恩もあるのか
ブレインに逆らう様な事はあまりしなかった
「今日はいい物が手に入った」
奥の住居として使っている部屋へと来て、机に怪しげな瓶を置くと唐突にブレインが言った
「いい物・・?」
途中まで考えて、何かが浮かんだのかバルが後ずさりをする
「察しがいいなバル、新薬だ」
「また実験か・・・」
「心配するな、既に数人で実験して死なない事はわかった」
「藪医者・・・・・」
「お褒めに与り光栄だ」
少しずつ距離を詰められる
壁にまで追い込まれると、素早く肩を掴まれて一気に瓶の液体を喉に流された
喉が動くのを見逃さず、それをブレインが楽しそうに見守る
飲まされたバルの方は、立っていられなくなったのか膝を折り曲げて床に座ってしまう
暫くの間は何も身体に変化が訪れなかったのだが
次第に、呼吸が荒くなってくる
「あ・・・う・・・・・なに入れて・・・」
「なに、単純に目の前の生物に欲情する薬だ」
「この変態・・・」
口で悪態を言いつつも、身体は薬のせいで勝手にブレインの身体に近づき手を伸ばしていた
あと少しで触れる事が出来るのが分かると何故か嬉しさまで感じてしまっていた
しかし、その時ブレインは素早くバルから離れてしまう
「大変悩ましい姿だが、今回は新薬のテストをするだけだ、悪いがしばらく一人でいるんだな」
そのまま後ろの扉を開け、廊下に出たかと思うと鍵を閉めてバルを閉じ込めてしまう
「あ・・ブレイン・・・」
バルは自分の身体を固く抱き締めて、ただひたすら襲ってくる妙な感覚に耐える事にした

汗が止まらなかった
身体の中で、熱い何かが駆け巡っている様な感覚で
どうしたらいいのかが分からなかった
否、自分は欲情しているのだ
つまりは自慰をすればいいのだが
股間に手を伸ばしかけて、腕の動きを止める
此処でしてしまっては、負けになるだろう
何故此処に来たのだろうとバルは思った
あの時、自分を拾ったのはブレインだ
行く場所も無かったから来たのだという事を思い出した
その思考も徐々に白くなりはじめていた



どれくらいの時間が経ったのだろうか
床に倒れているバルの前に、ブレインが立っていた
屈み込むとその苦しそうな顔を覗き込む
「・・よく耐えられるな」
声を聞いてバルが顔を上げた
辛いのか、目に涙を浮かべていた
「解毒剤だ」
服の中から隠していた別の瓶をブレインが取り出す
しかしバルはそれを見ないで、ブレインの首に手を廻した
「・・理性が飛んだか」
瓶の蓋を歯に噛んで抜きそれを吐き出すと、中身の液体を自ら口に含む
そのまま、自分に寄り添ってくるバルに口づけをして口内に薬を流し込んだ
解毒剤を飲み込んだバルは、そのまま目を瞑り眠りはじめてしまった
眠りに落ちたバルを抱えると、直ぐ傍の寝床に置いた
「薬なんかでお前を手に入れたんじゃ、面白くないだろう?」
そう呟いて、再びブレインは部屋を後にした


気分が最高に悪い中、バルは布団の上で目覚めた
汗がじっとりとしていて気持ちが悪かった
身体を起こすと、部屋の中を見渡すがブレインの姿は見当たらなかった
「・・・水・・」
喉が渇いていて、急に水が欲しくなる
ベットから抜け出して、バルはとりあえずは部屋から出た
今日は店は休みだった、眠っていたのが一日だけならの話だが
休みの日はブレインも家にいるはずなのだが
何時ものんびりと珈琲を飲んでいる場所には姿が見えなかった
「下・・・?」
此処に居ない、という事は
あのブレインが藪医者らしい事を比較的しやすい地下室だろう
普段はバルが入らない、地下への階段を下りて行く

地下の明かりの少ない部屋
ほんの少しの光でも変化する薬がある
温度の変化で成分の変化する薬もある
だからこの地下室は、あの藪医者にとっては最高の場所という事になる
その研究室の扉を慎重に開けると、中から何とも言い難い臭いが漂って来た
「・・・・バルか」
一歩入ると中にいたブレインが声を発した
どうやら扉を開けた瞬間の風の動きや扉の音を感じ取っていた様で
ゆっくりと振り返ってバルを見ていた
「今起きた・・」
「おはよう、身体の調子はどうだ?」
「だるい・・・あの後俺はなにしたんだ?」
「ああ、俺に抱きついてきてそのままなし崩しに」
「えっ!?」
「というのは嘘で、睡眠薬入り解毒剤を飲ませて終わった」
「よかった・・」
身体を抱き締めて心底安心したかのような仕草をする
「まぁ、半分は本当だ」
少しずつ近づいてきたバルがこの一言で後ろへ下がった
「・・・・・・・・どこまで?」
止まっていた汗がまた噴出すのをひしひしと感じる
「そうだな・・・熱烈なキスまでだ」
言われた途端、バルは備え付けの水道の蛇口を捻り水を出すと口に含みうがいを始める
その動きを感じながら、薬を見つめていたブレインの口元に笑みが生まれる
「感謝しろよ?泣きながら抱きついてきたのはそっちなんだから」
口に含んだ水を派手に噴出しながら、ブレインの方へと振り返る
「そのままやらなかったの?」
疑問を口にした
この男はその気になれば自分に薬を飲まして一方的に犯す事も出来る
薬を調合する手を止めると、こちらに向きを変えてブレインが薄く笑った
「お前は薬で身動きできなくして無理矢理やるような男に惚れるか?」
それだけ言うと、また薬の調合をするために身体の向きを元に戻した
何処か釈然としない気持ちを抱えながらも
とりあえず今度は空腹を感じたので、上へとバルは戻っていった


普段二人が使っている居間へとバルは入り、冷蔵庫を開けると
近くの店で買った弁当を電子レンジに入れて一緒に取り出した飲み物を飲む
暫くぼんやりとしていると、温めるのが終わったのか機械的な音がして弁当を取り出す
取り出した弁当を、のんびりと口へ運んだ
「まずいな・・・」
そういえばこれを買ったのは四日前くらいだったかと、咀嚼しながら考える
腹を壊さないかという心配が若干頭を過ぎった
「まぁ、壊してもブレインがいるか・・」
気に入らないが、腕は確かだと思っている
そのまま暫く弁当を食べていると、部屋にブレインが入ってきた
「調合終わったの?」
「まぁな」
「なにかできた?」
「聞かない方が身のためだ」
聞くのをなんとか我慢して、弁当の続きを食べはじめる
「・・・それ」
「ん?」
「大丈夫なのか?五日前のだぞ?」
「大丈夫大丈夫、それにいざって時にはブレインがいるんだし」
四日ではなく五日だった事に若干箸の動きが遅くなるが
それでも気にせずに更に口に弁当を運んだ
「ついでにまた昨日の薬盛るぞ」
「・・・気をつけます」
「とりあえず、腹痛になったらこれでも飲むんだな」
服から薬を取り出して目の前に置かれる
こういう出し方をした薬に罠は無いと、最近分かった
「俺・・結局何日寝てた?」
「ああ、一日だ」
「一日・・よかった、店は休みだよね」
「安心しろ、俺のせいで休みになった場合責任は問わない」
「優しい事で・・」
弁当を全て食べきると、出掛ける準備をはじめた
「どこへ行くんだ?」
「買い物、ブレインの分がもうなかった」
「俺も行こうか」
「・・・なに考えてる?」
ブレインが何かをすると、悪い事にしかならず横目で半ば睨み付けていた
「別に何も」
「そっか・・じゃ、行こうか」
完全には信用してないものの、バルはブレインを連れて行く事を承諾した
店として使っている空間を通って、二人は住んでいる家を出た



「こんなもんかな・・・」
買い物籠に、ブレインの分と明日からの分を大量に入れてレジへと持って行く
商品を選んでいる間、終始ブレインはあの魚には虫が湧いてるだのこの肉には謎の菌がいるだの
相変わらず訳の分からない事をあれこれと言っていたのだが
とりあえずそれらを全て避けて、何も言わなかった物を買い込んだ
買い物をした分の代金を払い、店を出る
「お金・・足りるかな」
「多少の減食なら我慢するが」
「そんな事したらドーピングされかねないから嫌だ」
「そうかそうか」
小さく舌打ちしたのを軽く無視して、家へと歩き続けた

「ただいま」
店の扉を開けた
次の瞬間には突然後ろから抱き付かれていた
引き剥がそうにも、今は買った物の袋を持っているために抵抗が出来なかった
「ブレイン・・そういうのは抵抗できる時にしてくれないかな」
「抵抗できる時にしたら逃げるんだろ?」
「全力で」
はっきりと断りの意味も込めて発音する
とは言ってもその程度で引き下がる様な奴ではない事は分かっているのだが
「だったら、今しかないだろう」
絡ませた腕の力を少し弱めて、身体に腕を這わされる
「ちょっと・・やめ・・・」
ブレインは黙々と、手を這わせながら身体を密着させる
「荷物・・・落ちる」
言葉と同時にブレインの動きが止まる
次にはバルが落とさない様に大切に持っていた袋を手に取ると手を伸ばしてレジの上に置いた
「これでいいんだな」
「これで抵抗できる」
後ろにいるブレイン目掛けて肘打ちを繰り出す
しかしあと一歩の所で受け止められてしまった
「わかりやすい奴だな」
そのまま後ろに両手を引かれて、一纏めにされてしまう
「お仕置きだな・・」
その日、薬店の近くに来た人は店から変な声を聞いたらしい

太陽の光が顔に当たる眩しさでバルは目覚めた
結局、昨日ブレインはバルの事を散々おちょくって気絶するまでバルの事を虐めた
ただバルだけが一方的に快楽と屈辱を得る行為
ブレインは、ただバルに奉仕するだけだった
目を開けて視線をあちこちへと飛ばすが
ブレインの姿は目当たらなかった
そういえばどこで寝ているのだろうかと思う
この家に来てもう数週間が経つがブレインが寝ている所を見ていなかった
このベットで寝ていたのだろう、そして自分が来てからブレインは此処で寝てはいない
何も言わないが、どこかにもしかしたら優しさがあるのかもしれない思った
居間へとバルはやって来た
何時も通りと言った風に、ブレインは静かに珈琲を飲んでいた
「おはよう」
「おはよう・・・・」
身体を気だるい感覚が支配していて、声の調子は低かった
それに気づいたのか、ブレインが薄く笑った
「ブレイン・・・いきなり襲うのやめてくれない?」
「今夜襲うって言ったら素直に従うのか?」
「それは・・・逃げる」
「なら無理だな」
あっさりと話が終わると、ブレインはテレビへと視線を移して何も言わなくなった
「まだ8時か・・・」
店を開店するのは十時で、あと二時間も時間があった
「なんだ、誘ってるのか」
「だ、だれが!」
思わず投げつけたクッションを大した苦労もなく受け止め、ソファーへと投げられる
医者なのに反射神経が良く、恐らく運動もそれなりにこなせるのだろう
あとは性格がどうにかなればいいと思った

「さてと、俺は出かけるか」
椅子から立ち上がると一度ブレインが小さく欠伸をした
「気になってたんだけど、いつもどこ行ってるの?」
「ヒミツ」
飄々と薄く笑うと、さっさとブレインは出て行こうとする
姿が消えるあと一歩というところで、その動きが止まって振り向いた
「今日は、店途中で閉めていいぞ」
「え?」
「だるいんだろ?ノルマも半分にしてやるから精々休むんだな」
そのまま、ブレインは姿を消した
「・・・・心配してる?」
呆気に取られて、それを呟くのが精一杯だった
結局、言葉に甘えて嘗められるのも癪に障るのでその日は通常通りにバルは店を開けていた
といっても此処はただの薬店だ、黙ってカウンターに居る時間の方が長い
「・・暇だな」
カウンターに突っ伏してぼんやりと外を見る
雨が降りはじめてきていた
「ブレイン、傘持ってないな・・・」
傘を届けようかとも思ったが、本人が何処に行ったかのかさっぱり分からないため
とりあえず、バルはもう暫く待つ事にした

ブレインは雨の中を走っていた
「・・・くそっ、天気予報も見るんだったな」
真直ぐに自分の家までの道をひた走る
脇目も振らずに


「1300グラン・・・・200グラン足りないな・・」
売り上げを見てバルが頭を抱える
確かにノルマ半分を言い渡されたのだが、それは営業時間が半分という下でだった
ノルマに達していないとどんな罰を受けるか分かったものではない
「売り上げなんて店の商品によるのに・・俺のせいなのか」
つい愚痴を零してしまう、薬店に人が多く来る事は少ないのだ
時計は既に午後九時を告げており
雨は更に酷くなっていた
「ブレイン・・・遅いな」
何時もなら、居間で静かに珈琲でも飲んでいる頃だった
「・・・事故ってないかな」
期待しているのか心配しているのか、よく分からない言葉を呟いた
ブレインはああ見えても時間を守る人物だ
何時もなら帰っている時間なのに、帰っていないとなるとつい心配してしまう
「探しに行くかな・・」
備え付けの傘を二つ手に取り、入り口へと向かおうとする
同時に店の扉が開き、探しに行こうとした目当ての人物が勢い良く入って来た
「ブレイン!」
「・・ただいま」
相変わらずの無愛想な返事を一つされる
「今日は遅かったね」
「雨宿りしてたんだがな・・・止みそうにないから走ってきた」
水滴を滴らせて、ブレインが店内に歩を進める
「今日の売り上げは?」
「ごめん、1300しか行かなかった・・」
「半分でいいと言ったはずだ」
「暇なんだよ、きっちり通常営業しました」
「そうか、まぁ別にいいさ」
言いながら、店の棚を一つずつ調べはじめる
「特に少なくなってる物はないな・・・」
「ブレイン、身体拭かないと」
奥から持って来たタオルをブレインに手渡す
「ああ、忘れてた」
乱雑に頭を拭き、そのまま腕を拭きはじめる
予想以上に濡れていたらしく、タオル一枚では足りないと思い
もう一枚取りに奥へと向かう
「ブレイン、もう一枚タオル・・・ブレイン!?」
タオルを持って再度ブレインに渡そうと店に戻ると、ブレインは壁に寄り掛かって床に座っていた
何処となく呼吸が荒いのを感じ取ると傍に寄って様子を窺う
「風邪・・・?」
とりあえず、急いでブレインを背負って最近ではバルの部屋になっている寝室へと運んだ
「全身ずぶ濡れ・・」
ブレインの服を脱がして、着替えを着せる
暖かい布団を被せて額に掌を当てて熱を計る
「熱いな・・・」
急いで塗らしたタオルを額に乗せて楽な様にする
後は、ブレイン自身の問題だった



久しぶりにブレインは自分のベットで目が覚めた
身体が衰弱している
熱はまだ多少ある様だ
冷静に自分の身体を分析する
力が入らない
バルは、何処に行ったのか

探していたバルは、視界が狭くなっていたせいで気づかなかったのだが
自分の寝ているベットに顔を乗せて眠っていた
どうやら一晩中看病していた様だ
頭に乗せてあるタオルは、まだ少しだけ冷たかった
「さっきまで起きてたのか・・・」
布団を一枚だけ抜き取り、起こさない様にそっと布団を掛ける
このままではバルも風邪を引いてしまうだろう
リビングへ行って何か水分を取ろうとしたのだが
身体の疲れが溜まって、睡魔がまた襲ってきたので
ブレインは再び眠りに落ちた

「・・・・ん・・・・・・・・」
バルは、ブレインが眠りについてから暫くして目を覚ました
「布団・・・?」
身体に布団が掛けられているのに気づく
見ると、ベットの布団が一枚だけ減っていた
「ブレイン・・・」
起き上がり、布団をブレインに返す様に被せると水を取替えにリビングへと行く
結局眠っていた時間は三十分にも満たない、再び睡魔が襲う
しかし、まだ眠るわけにはいかなかった
「少しは寝たらどうだ?」
後ろから、寝ているはずのブレインの声が聞こえた
「ぶ、ブレイン!もう大丈夫?」
驚いて振り返る、其処には風邪を引いている事などまるで感じさせないブレインが立っていた
「もう少し・・・熱が下がらない」
「なら、なんで起きてるんだよ」
「水分補給」
蛇口を捻りコップに注いだ水を一気に飲み干す
「それより、お前は大丈夫なのか?」
「俺?」
「身体だるかったんだろう、それに大して眠ってもいない」
横目で見て二杯目の水を飲みながらブレインは言う
「大丈夫大丈夫、まだ元気だって」
「ほう・・」
コップを置くと、ブレインはバルへと近づく
突然近づかれてバルは驚き、たじろいでいた
バルとの距離がほぼ無くなった所で
ブレインは倒れた
「わ!ブレイン!?」
いきなり倒れてきたブレインをどうにか受け止める
しかし、バルもかなり無理をしていたのかバル自身も倒れてしまう
「うわっ」
なんとかブレインを守って、バルは床に尻餅を付く
「・・全然大丈夫じゃないな」
「わ、わざとか!わざとなのか!?」
「どっち・・・・だろうな」
目を瞑ると、ブレインはまた眠りに入る
「ブレイン・・・・?」
バルは、ブレインを寝室へと戻しベットに寝かせると
バル自身もリビングのソファーに横になり目を閉じた



二人が眠りに落ちて数時間
その日は結局、店を休む事になった
あれから先に起きたのは、バルの方だった
バルは、ブレインの様子を見に寝室へと入る
ブレインの額に乗せたタオルを冷やして、また乗せる
熱は、大分引いてきていた
時刻は午後三時
何をするにも中途半端な時間だった
バルはせめて、ブレインが起きた時に不自由しない様に準備を始めた

食欲を擽る匂いが鼻を衝いて、ブレインは目を開けた
身体を起こして、ベットから抜け出す
どうやら、自分はまた何処かで意識を手放した様だった
暫く俯いてのんびりとしていると、バルが様子を見にやってきた
「ブレイン、もう・・・大丈夫?」
「ああ」
無愛想に答える
それでも元気なのを感じ取ったのか、バルは笑みを浮かべると
「ちょっと待ってて」
そう言って部屋から出て行った
程無くしてバルが持って来たのは普段はあまり使わない小さな鍋だった
「お粥、なにも食べてないし・・熱いから気をつけてね」
膝の上に乗せた粥をブレインが見つめていると、心配した様にバルが呟いた
「わかってる」
少しだけスプーンに掬うと、よく冷ましてから口へと運ぶ
「・・・・・・・どう?」
どうやら、味が心配だったらしく即座に質問をされる
「・・・・美味い」
聞き逃しそうな程小さい声でブレインが呟いた
途端に、バルの顔に安堵の表情が浮かぶ
「よかった・・初めて作ったんだ」
すっかり気をよくしたバルは、鼻歌を歌いながら水を取りに行ってしまう
ブレインは、その様子を暫く見つめていた
「随分油断してるもんだな・・・」
てっきり、良くても寝かされて放って置かれると思っていた
まさか着替えをさせられて一晩中看病をしてその上粥まで作られるとは
「今度からかうか」
少しだけ機嫌を良くしたブレインは、残りの粥を食べきると
鼻歌を歌いながらやってくるであろうバルを待った
予想通りと言うのか、バルはかなりご機嫌な様子でコップに注いだ水を持って来た
手渡しでコップを手渡すと、ブレインは水を喉に流し込んだ
「薬飲む?」
一緒に持って来たらしい薬もバルは差し出す
此処は薬店だ、一般的な物なら幾らでもあった
「そうだな・・・」
自分で作った薬の中で、今の自分に最も適した薬を探して口に入れる
多少苦い味がしたが、無視をして呑み込んだ
呑み終わると、ブレインはやる事が見つけられずとりあえずリビングへ行こうと立ち上がった
はずだったのだが、途中でバルに止められる
「どこか行くの?」
「リビングでテレビ・・暇だ」
「まだ寝てないと」
「心配いらん、俺の作った薬ならな」
邪魔する手をやんわりと払い除けると、床に足を着いて少しずつ歩き出す
慎重に歩いていると、バルが肩を持って支えて来た
「・・・すまんな」
「お互い様」
狭い廊下に少しだけ苦戦したが、バルは力を振り絞ってブレインをリビングへ運んだ


「・・・ごほっ」
咳をついたブレインをバルは驚いた顔で見る
「ブレインが・・・・病人みたいだ」
「病人だ」
当たり前だろうと言いたげな目で見られる
ブレインと言えば、何処で眠っているのかは不明
ふらふらと何処かへ行けば何時の間にか帰ってきて
不健康としか言い様の無い食べ物を食べていながらも
何時も何とも無い仕草しかしていないため
ブレインは病気なんかに罹らないのだと思っていた
まさか、こんな簡単に風邪を引くとバルは思わなかった
「寝てたほうがいいんじゃ?」
「暇だ」
「暇って・・・・」
ブレインは風邪、バルは疲労により店は休みだ
バルも暇という事になるのだが
如何せん、何処にも行けず二人はただテレビを黙々と見ていた
「この家、なにかないの?」
「研究室と店と居間と寝室・・充分に揃ってるだろう」
「そうじゃなくて、なにか暇を潰せそうな物とか」
「・・・・・・・・・・・・・」
沈黙するという事は無いのだろう
「今まで暇だった時どうしてたの?」
「研究してれば暇じゃないからな」
「へぇー、藪だと思ってたけど違うんだ」
さり気無く棘のある事を言っている気がしたが
この程度でブレインが傷つくはずもないとバルは平然と言う
「実験体は選ばないがな」
「・・・・・藪」
「そういうお前はなにか知らないのか?」
「え、俺?」
「お前が質問して来たんだ、お前に質問してもいいだろう」
「俺の暇潰し・・・」
暫し、昔していた暇潰しを思い返す
その時流行の音楽を聴いたりしていた記憶があるのだが
此処にそんな物は無いだろう
家出をした時は持ち物等何一つ持っていなかったのだ
「・・・・暇潰しに使う物を今は持ってない」
「そうか」
結局、他愛も無い話をして暫く時間を潰した

「そろそろ晩御飯の用意か・・」
椅子から立ち上がると、台所へと行き冷蔵庫を開ける
「風邪にはなにがいいんだっけか」
適当に野菜類を集めていき、どっさりと用意する
「・・野菜炒めでいいか」
バルも疲労が抜け切っていない、此処で体力を使うと明日の仕事に差し支えるのだ
フライパンに油を引いて刻んだ野菜を入れる
それだけだと味気無いので、買っておいた肉を少々入れて軽く炒める
「もっと種類増やさないとなぁ、これだけじゃ飽きるよ・・」
塩胡椒を軽く振りながらバルが言う
今までバルは料理という物をした事がなかった
ブレインは外食ばかりの様子で、この家で美味しい物を食べるのは不可能に近かった
バル自身此処に来てからは多少の練習はしているのだが、直ぐに美味しい物が作れるはずもなく
今現在、まさに料理の修業をしているところだった
「できあがりっと」
皿に盛り付けるとブレインの方へと持って行く
「ブレイン、野菜炒め・・食べれる?」
テレビに視線を向けていたブレインが皿の上へと視線を移す
一瞥すると、無言で箸を受け取って一口食べはじめた
大丈夫なのか、続けて二度三度箸を伸ばすのを見てほっとする
「食欲ある?」
「これだけで精一杯・・だな」
半分程食べるともう箸を置いてしまう
バルも、食欲があまり無かったので残りを食べきり流し台へと皿を入れて
その日の夕食は終わった

「ありがとうございました!」
バルは元気な声を上げると客を見送る
今は店を開けているため、バルは店員として働いていた
ブレインはというと、自分で作った薬を飲んだためかすっかり快復して
今はまた何処かへと出掛けている状態だった
「出かけたくて商品増やさないんじゃないよね・・・?」
ぽつりと愚痴を零す
今日は特に客の入りが悪い
今現在、午後三時での売り上げは2700グラン
ノルマまであと1300グラン足りないのだ
「このままだとノルマ以下に・・・」
初めて店番を任された時、ブレインは
「ノルマは4000グラン、足りない時は・・」
そこで言葉を切り、笑って何処かへ行ってしまったのだ
幸い今までは4000を切る事はなかったのだが
今まさにその4000を切ろうとしている
「店じまいまであと六時間・・って言っても夜なんかお客さん来ないしな」
ピーク時と言うのは一応今、午後三時くらいなのだろう
しかし、店主のブレインの人柄のせいなのか客はあまり来なかった
「また実験台か・・」
絶望に近い一言を呟いて、顔をテーブルの上に乗せる
ブレインに何をされるか覚悟を決めていると、店の扉が開いた
「いらっしゃ・・うわっ」
扉が開くと同時に、店の中に一人の虎人の男が走ってきた
その勢いに驚いて挨拶が途切れる
「・・いらっしゃいませ」
再度言い直す、妙な事を言って売り上げが減るのは避けたかった
店の中へ飛び込んで入ってきた虎人は、息を切らしながら店内を見渡す
程無く目当ての物を見つけたのか手にしてバルの前へと慌しく駆け寄った
「これ、くれ」
「はい、えーっと・・・風邪薬は200グランになります」
「200、200と・・・」
ポケットに手を突っ込んで乱暴に小銭を取り出す
掌に乗せた小銭から素早く200分の小銭を弾き出すとそれをバルへと手渡した
「ほい、200」
代金を受け取ると風邪薬を袋に詰めて営業スマイルをして渡す
「ありがとうございました」
内心は、あと1100グラン足りない事が気に掛かっていたのだが
その事を目の前の客に晒しても何があるとも思えなかった
「ありがとな!」
薬を受け取ると、直ぐに店から風の様に走り去ってゆく
誰も居なくなった事を確認すると小さく溜め息を吐いた

結局、その日の売り上げはその後何人か客が来たのだが
ノルマに僅かに届かない額になってしまった
片付けをしていると、店の扉が開き
今一番会いたくないブレインが入ってきてバルは息を呑んだ
「戻った」
無愛想な顔で、ブレインが言う
出来るだけ機嫌を損ねないように笑顔で迎える
「お、おかえり・・・」
「なにがあった」
それが逆効果だったのか、即座に質問をされる
笑顔が更に固まった
「あ・・・えーと・・・その」
俯きながらもレジへと視線を向ける
「・・・・・足りなかったか」
こういう時、勘の良いブレインが羨ましいと思う
「ノルマ達成できなかった時は・・・なんだっけ?」
恐る恐る質問をする
結局のところブレインが何をするかはまったく分かっていなかった
それを見ていたブレインは、嬉しそうに笑う
「そうだな・・夜の相手でもしてもらうか」
物凄い速さでバルは後ろに下がった
下がり過ぎてテーブルに腰をぶつけてしまうが、それも分からない程動揺していた
「・・・冗談だ」
痛さが今頃来たのか、涙目で腰を擦っていた
「じゃあ・・なに?」
「・・・寝るか」
「え?」
「添い寝」
「それって今言ったのと変わらないんじゃ・・」
「違うさ、襲うわけじゃない」
「・・そんなんでいいの?」
「なんだ、やっぱりやられたいのか?」
その言葉にバルが高速で首を左右に振る
「まぁ、まだその時じゃない」
そう言うとブレインはさっさと店の奥へと引っ込んでしまう
バルも、そこそこに掃除をして後を追った
それから暫くバルの記憶は曖昧になる
添い寝と言っていたが、ブレインの事だからと気になって仕方が無かった
一度、本当に何もしないのかとブレインに訊いたが
ただ笑うだけで結局分からずじまいだった

就寝の時間になって、バルが寝室へと入ると
既にブレインは布団の中で横になっていた
バルが入ってきたのを確認する
「本当になにもしない・・よね?」
「それはおまえの態度次第だな」
ゆっくりとブレインの入っている布団へと入る
横に、ブレインの体温を感じた
直ぐにバルはブレインとは反対の方へ向きを変えてしまう
「なにもしないって言ったのに、信用されないもんだな」
「そうは言っても・・・」
内心、何をされるか気が気でなかった
気を紛らわすためにあれこれと考えていると、ブレインの手が身体に触れた
触れられた途端に身体が跳ね上がる
「ぶ、ブレイン!」
「なんだ、隣で寝てるのに触るのも駄目なのか?」
そのまま手を回して抱き締める格好になる
しかし、それ以上進む気配は無かった
「ブレイン・・・?」
不思議に思ってると、後ろから寝息が聞こえてきた
「・・もう寝たんだ」
寝つきがいいのだろうか
バル自身も、眠る事に決めた

「・・・・・・・・・寝れない」
耳の後ろで自分を抱き締めるブレインの息遣いが聞こえる
こんな状態で眠れるはずがない
何か別の事を考えようとするのだが
その度にブレインから小さな声が漏れて、とても考えられる気分になれなかった
バルはとにかく、早く朝が訪れるのを祈った



結局、バルはブレインを後ろに感じていたためにほとんど眠れずに朝を迎えた
それでも何とか虚勢を張ってその日もブレインを送り出した
後ろで息遣いがして眠れませんでしたなんて言えるはずがなかった
「・・・・眠い」
店番というのは退屈だ
特にこの店の様な客が大入りする時なんて滅多に無い場所では
それは睡魔を引き起こす
「駄目だ・・寝たらだめだ、ノルマ守れなかったら今日も・・・」
また抱き締められて眠るのだろうか
そんな事になったら今度は逆に睡魔に負けて熟睡してしまいそうである
そうなったら、何をされるか分かったものではない
何とかノルマを達成しなければと、睡魔と闘うことをバルは心に決めた
しかし現実は早々甘くはなく
その日も客の数は少ないための暇と、バルに襲い掛かる睡魔のせいで
半分程眠っていたバルは
店に客が入ってきたのにも気づかなかった
「・・・寝てるのか?」
自分の頭を撫でられているのを感じた
薄目を開けると、其処には昨日走って店に入り風の様に走り去った虎人がいた
五秒程黙ってその姿を見ていたのだが、いきなり顔を上げた
「あ・・・・失礼しました!いらっしゃいませ!」
慌てて挨拶をする
客の前で寝るなんてブレインに知られたら何をされるか分からなかった
軽く眩暈を覚えながらも何とか姿勢を整える
「寝てたのか?」
「・・すみません」
申し訳無さそうに項垂れる
おかげで睡魔は吹き飛んだのだが
それとは別の問題が起きてしまったためにちっとも晴れやかな気分にはなれなかった
「店員さんも大変なんだな」
「そういう訳じゃないんですけど・・・」
「あ、そうそう・・これ」
手に持っていた瓶をこちらに差し出す
ブレインの作ったビタミン剤が目の前にあった
味は普通だったのだが、その後目が冴えて仕方がなかったのを覚えている
「ビタミン剤五本ですね、400グランになります」
「400ね、ほい」
「ありがとうございます」
袋に瓶を詰める、下手をすると割れてしまうので注意を払った
袋を差し出すとその中から早速三本取って飲みはじめていた
三本の内の一本をバルへと虎人が差し出す
差し出された瓶を不思議そうに見つめていた
「眠気飛ぶらしいからこれ、店員さんなら知ってるか・・?」
「え、あの・・・」
「遠慮しないで、おごり」
「ありがとうございます・・」

虎人は、名前をブレッドと名乗った
ブレッドは店の中にある椅子に座って今買ったビタミン剤を飲んでいる
バルも、ビタミン剤を口に含んでいた
「バルは、ここのバイトなのか?」
「うん・・一応」
「家どこ?」
「えーっと・・・それは・・・・・」
中々言えないでいると、ブレッドがなるほどという顔になった
「別に押しかけたりしないって」
「そういう訳じゃないんだけど・・」
「じゃあ、なんなんだ?」
「その・・ここに」
「ここ?ここに住んでるのか?」
「居候として・・」
後半は小さくなりつつある声を何とかブレッドは聞き取った
「居候・・?」
「うん、家出・・になるのかな?それで」
「なんか大変だな、バルは」
一本目のビタミン剤を飲み干して、二本目の蓋を開ける
「だけど、結構楽しいよ」
にっこりと微笑んでみせる
本当は少しだけ、家を出た事を後悔しているのだけど
今、此処に居る方が前よりずっといいとも思った
ブレッドはそんなバルの様子を暫く見ると、一気に二本目のビタミン剤を飲み干した
「・・まぁ、頑張れよバル・・・俺の家ここの商店街にある雑貨屋だから」
雑貨屋と聞いてバルは思い出した
そういえば、近くの雑貨屋に気前のいい店主が居ると
買出しに出掛けていた時に誰かが話しているのを聞いた事があった
「じゃあな!」
そのまま昨日店に来た時と同じ様にブレッドは走って帰る
バルは、その姿が見えなくなるまで手を振っていた


その日も結局客足は伸びなかったのだが、ブレッドが買ってくれたおかげなのか
何とかノルマを達成する事が出来た
「今日は達成か・・」
売り上げを見てブレインが呟く
「今日は一人で寝させていただきます」
わざとらしく頭を下げる
その仕草にブレインを眉を少しだけ顰めた
「・・・機嫌がいいな」
其処まで添い寝は嫌だったのかと、内心後悔をする
「そうじゃないよ、ただ」
「ただ?」
「友達できたんだ」
嬉しそうにバルは笑う
「友達・・・?」
「うん、すぐ近くの雑貨屋の人なんだ」
「雑貨屋・・・」
顎に手を当てて暫し考える
確か、近くの雑貨屋には虎の明るい店主が居たのを思い出す
「俺、ここに来て友達とかいなかったから嬉しいな」
少し寂しそうな顔になりながらも、やはり何処か嬉しそうにバルはそう言う
確かにバルも話せる相手がブレインしか居なかったのは辛かったのだろう
「ブレッド・・か」
呟いてからブレインは店の奥に消えた
「・・あれ?ブレッドの名前言ったっけ?」
バルは、その背中をじっと見つめていた

久しぶりにゆっくりと眠ったバルは、元気一杯に店番をする
今日も店を開く前にブレインを送り出す予定だったのだが
突然、ブレインが今日は家に居ると言い出した
「今日は家にいるんだ?」
「たまには自分の店がどうなっているのか見ないとな」
如何にもという様な理由を述べてブレインは居座る
とはいっても、ブレインの店と家なのだから文句も言えないのだが
「・・もしかして、ブレッドの事?」
棚を調べていたブレインの動きが一瞬だけ止まるが
直ぐに何事も無かった様に動きはじめる
少しわかりやすいとバルは思った
「ありがとうございました」
頭を下げて帰って行く客を見送る
ブレインは、店主なのに相変わらずの無愛想で客が来ても小さな声でしか喋らなかった
「どうやってこの店今まで潰れずにいたんだろう・・」
一つの疑問が浮かんでいた
それも、次の客が入ってくると同時に考えは頭の奥へと行ってしまった

店が比較的忙しくなる時間を過ぎて午後五時にもなると途端に暇になる
商店街の通路には家に帰る子供達の姿が見えた
その中に、相変わらず走ってくるあのブレッドの姿を見つけるのは
決して難しい事ではなかった
「バルー!」
店に入るなり大声でブレッドが叫んだ
それを聞いたブレインの目が一気に見開かれる
「い、いらっしゃいブレッド・・どうしたの?」
そんなブレインの様子を知ってか知らずか、バルは声を小さくしてブレッドを迎えた
「いや、今日は別に買い物じゃねぇんだけどな、暇だから来た」
「暇だからって・・・ブレッド雑貨屋の店主じゃ?」
「おうよ!まぁ、この時間は雑貨屋も暇なんでな」
そんな理由で店を空けていいのか疑問を感じたが
後ろでかなりの睨みを利かせているブレインの事を考えるととても質問の出来る状態ではなかった
「おっと・・・そっちの黒いのは?」
「・・こっちはブレイン、ここの店主だよ」
黒いの呼ばわりされたブレインは、無言のままバルの後ろへと近づく
「ブレインっていうのか・・よろしくな」
気前が良いという噂は本当の様で、ブレッドは笑顔で挨拶をする
ブレインはそれを軽く無視すると、バルの首に腕を回しはじめた
「・・・え?」
気がつくと、バルはブレインに羽交い絞めにされている状態だった
「・・・・えっと・・・・・・・」
ブレインは無表情
バルは何が起こったのか分からない表情
ブレッドはというと、かなり吃驚した顔になっていた
「・・・ブレイン?」
店内に他に客が居なかったのは幸いだった
何とかブレインの手を放そうとするが、強い力で押さえられて振り解く事が出来ず
そうこうしている内に、ブレインがブレッドに向かって笑ってみせた
その笑みを見たブレッドは、大体の事を悟ったのか
何時ものブレッドからは想像できない様な何処か黒い笑みを浮かべた
ブレインが笑ったのをバルは知る事が出来ないため、突然笑ったブレッドの行動がよく分からず
バルは不思議そうに首を傾げた
「ブレッド?なんで笑ってるの?」
「いや、なんでもねぇよバル」
そう言うと、ブレッドの顔は何時もの状態に戻る
「あんたが・・あの博士か」
博士と言われて、バルはまた疑問を持つ
ブレインの事ではあるのだろう、確かにブレインは薬を作ったりしてはいた
それでもバルはただの薬剤師だと思っていた、少し性格の捻じ曲がった
「けど俺もバルを諦めねぇよ・・しばらくはな」
もう一度、不敵に笑うと入口にブレッドは向かう
「じゃあなバル!また来るわ!」
そう言って雑貨屋の方へと走り出してゆく
ブレッドの言っている事がさっぱり分からなかったバルは、それを呆然と見ていた
「ブレイン、なにかしたの・・?」
直ぐ後ろにいるブレインに声を掛ける
「そうだな、少しからかった」
何処か、先程より機嫌が良さそうにそう言う
「からかった?」
「お前のためにな」
「俺のため・・?」
バルは益々訳が分からなくなる
考えている間に、新たに客が入って来たので力の弱まったブレインの腕を慌てて振り解いて
直ぐに店番を再開しはじめた



「でさ、ブレインったら時々俺を実験体にして・・」
「げっ、マジかよ?怖えぇ・・・・」
今日もバルの元へとやってきたブレッドは、すっかり場の空気に馴染み
バルと他愛も無い話をしていた
店の中に二人の話し声が響く
ブレインは、宣戦布告をしたためか安心して今日は出掛けていた
「この間なんか丸一日部屋から出られなくてさ、困っちゃったよ」
今はブレインにされた数々の実験談義に花を咲かせていた
「なんの薬だったんだ?」
「えっ、それは・・・」
欲情する薬
何て、言えるはずもなく
「なんか失敗作だったみたいで身体が痺れちゃって・・・」
「そりゃつらいなぁ、店番もできないだろ」
「うん、その時はお店閉めてたからまだよかったんだけど・・あ、いらっしゃいませ!」
話している途中で客が入ってくる
バルは此処最近、午後五時ぐらいになるとやってくるブレッドと話をするのが日課になっていた
おかげで退屈な店番が楽になったのは嬉しかった

「・・これから暇だなぁ」
時間も午後七時半
閉店は午後九時だ、この時間は一番客が来なかった
「暇ならうちでも来るか?」
「いや、ここから離れるのはダメだよ、お客さんが来るかもなんだし」
「・・それもそうか」
少し残念そうにブレッドが笑っていた
「ブレッドこそお店大丈夫なの?」
「俺の所は五時には暇だな、八時にゃもう閉店だからなぁもう片づけしてるんじゃねえか」
ブレッドは五時には毎日やってくる、それまで店は忙しいという事なのだろうか
従業員を雇う余裕があるのを素直に羨ましいと思った
バル自身がそれに当たっていなくもないのだが
「さてと・・俺もそろそろ帰らないとな、売り上げ確認だ」
「うん、またね」
手を振るとブレッドは小走りで店から出ていく
時間一杯まで何時も居るのだろうかと、その背中を見て思った
「今日もブレッドが来たのか?」
店に帰ってくるなりブレインの発した第一声はそれだった
「そうだけど・・?」
それを聞くと、ブレインは不機嫌な顔になる
「いいか、あいつにはあまり近づくな」
「近づくな・・って?」
突然何を言うのだろうと思った
「とにかくだ」
そのままブレインは研究室へと下りていってしまう
バルは釈然としない気持ちだった


「よっ、バル」
街を歩いているとブレッドに声を掛けられた
今日は休みの日で、ブレインは家で眠っていてバルは買出しに来ていた
「今日は店休みなのか?」
「うん、何日かに一度は店の在庫が少なくなるから休まないと」
幾つかはブレイン自身が作っているのだ
その度にブレインは徹夜をして薬を作る
まったく疲れた様子が見えないのが恐ろしかった
「そうだバル、今日は見せたい物があるんだけど・・」
「見せたい物?」
「ああ、気に入ると思うぞ?」
買い物へ行かないといけないのだが
此処に来てから店番と家に居る事しか出来なかったバルは
その見せたい物に興味を持った
「あんまり時間かからないなら・・買い物行く途中だし」
「わかった、すぐ終わる」
「・・・それなら」
バルはブレッドに連れられてブレッドの雑貨屋へと向かった

「ほら、ここが俺の店だ」
商店街の中にあるそこそこ大きな雑貨屋
ブレインの薬店からは少しだけ遠い所だった
「大きい・・」
「そうか?」
ブレインの店と比べるとかなりの大きさの店だった
もっとも、ブレインの店は薬しか扱っていないので
単に広くする必要が無いだけなのかも知れないのだが
その点、ブレッドの店は品物を色々と取り揃えなければならないのだろう
店内に入ると、あちこちの棚に様々な物が並んでいた
「それで、見せたい物って?」
「ああ、それはな・・店の裏に行かないと」
レジの奥へと進む
レジにいた店員がブレッドに軽く頭を下げた
どうやら、店主という話は嘘ではないらしい
店の裏へと進み、ブレッドの家へと入る
「ちょっと待っててくれ」
居間へと通されると、ブレッドは家の奥へと消える
ソファーに座ってブレッドの帰りを待つ
部屋は、意外とさっぱりとしていて
唯一何かのポスターが張ってある程度だった
「待たせたな、これだ」
漸く戻ってきたブレッドが、大事そうに持っていた物を差し出す
その手の中にある小さな丸い物
丸い水晶の様な球の中にもう一つの球が入っていた
「綺麗・・・これ、なに?」
水が入っているのか、小さな泡が幾つも上へと昇っていた
どういう仕組みかは分からないが、中にある玉が少しずつ回っていた
「これはな、この星・・つまり、俺達が住んでいる星の模型だ」
不規則な回り方をする模型に目が釘づけになる
「なんか・・変な感じ」
言ってしまえば、普通の模型と大差無いのだが
それでもそれを楽しそうにバルは見つめ続けていた
「これは今年出たばかりの最新の模型でな
そんな風にも見て楽しめるように特別に作られたもんなんだよ」
「へぇ・・店で出すの?」
「いや、これが結構値が張るからな」
「高いんだ・・」
触ろうと伸ばした手を慌てて引っ込める
傷でもつけてしまったら自分で使える金の少ないバルではとても弁償出来そうにない
遠目からその模型をじっと見つめる
珍しい物を見るのは久しぶりだった
模型を眺めるバルをブレッドは見つめていた
一度唾を呑んでから、口を開く
「バル」
「なに?」
「いるか?」
「イルカ?」
「違う、この模型いるか?」
苦笑いをしながらブレッドがバルを小突く
「いるか・・って・・・・え、くれるの?」
「気に入ったんだろ?それ」
どうやら、ブレッドからでもよく分かるぐらいバルは食い入る様に見つめていたらしい
「でも・・高いんでしょ?お金無いよ」
「タダでいいって」
「でも・・・」
金はいらないと言われて、バルは更に遠慮深くなってしまう
「ああ、もういいやるってば!」
無理矢理バルの手の中に模型を突っ込む
模型が落ちそうになり慌ててそれをバルは掴んだ
「あ、ありがとう!」
自分の掌にやってきた模型を見下ろして、バルは笑顔になる
バルの予想以上の嬉しそうな様子にブレッドはこの模型を持っていた事を心の底から喜んだ
模型は、ブレッドの趣味の一つで仕入れた物だった
値はかなりするものの、特別に作られた物だという事がブレッドの興味を引いた
自分の手元から無くなるのは多少惜しいが、バルが喜ぶのならそれでいいと思った
バルは貰ったばかりの模型を目に近づけて中を注意深く見ていた
それは玩具を見つけた子供の様で微笑ましかった

「あの、ブレッド・・本当にありがとう」
大事そうに手に模型を持ってバルが礼を言う
「ま、まぁ・・おまえが喜んでくれてよかったよ」
照れた様にブレッドは頬を掻いていた
「・・・そろそろ行かないと」
時計を見て慌てた様子を見せる
早くしないと目当ての物が売り切れてしまう
それと、ブレインが心配するのかは別として自分を待っているのだろう
「そうか、じゃあ・・気をつけろよ」
「うん、ブレッドありがとう!」
もう一度だけブレッドに礼を言うと、バルは一気に家から飛び出した
ブレッドはその様子をただ黙って見ていた

ブレインは今最高に機嫌が悪かった
買い物に行ったバルが戻るのが遅かった
それだけなら別に気にも留めないのだが
帰ってきたバルの手にしっかりと握られていた小さな模型
隠しているつもりなのだろうか、両手で必死に囲っていた
少ししか見えなかったがあれは今年特別に作られた代物だ
しかもかなりの値が張るという
バルは金をほとんど持っていない
という事は誰かから貰ったのは明らかだった
そして、贈った相手もブレインは分かっていた
「ブレイン?聞いてる?」
夕食を食べている席で、バルがブレインの前に手を伸ばした
「あ、ああ・・」
考え事をしていたためか、すっかり食事を取る事も忘れて固まっていた様で
「大丈夫?疲れてるんじゃ?」
今日一日薬の調合に時間を費やしたブレインをバルは心配する
「なに、いつもやってる事だから気にするな」
そう言うと止めていた手を動かし食事を再開する
バルはその様子を何処か心配する様に見ていた
食事の合間合間に、バルは貰ってきた模型を何度も見つめていて
どうやらかなりお気に入りらしい
「それ、どうしたんだ?」
「え!?」
まさかばれていないとでも思っていたのだろうか
必死に言い訳を考えている様だった
「え・・と・・・・その・・・・・・」
上手い言い訳が思いつかないのか言葉を濁す
「ブレッドに貰ったんだろ?」
「なんで知ってるの!?」
更に驚いた顔になるバル
「お前に物をやるのはあいつぐらいだ」
俺は贈ってないからなと、心の中で呟いた
「う、うん・・綺麗だからずっと見てたら、あげるって・・」
どうやらブレッドもかなりバルには甘いらしい
模型を貰う瞬間を想像すると妙に腹が立った
「ブレイン・・?」
ブレインは突然立ち上がると、そのまま部屋から出て行ってしまった
慌てて食べかけの食事もそのままに後を追う
どうやらブレインは、地下の研究室に篭ってしまったらしい
扉の前へ行くが、鍵が掛かっていて中に入る事は出来なかった
扉をノックして名前を呼んでもみるが、何も返されることはなく
暫く待って見るが、出てくる様子が無いので
食事の後片付けをしなければいけないのを思い出して、仕方なくバルはリビングへと戻った
結局後片付けが終わり寝る時間になってもブレインが研究室から出てくる事は無かった
心配しながらも、ブレインの気まぐれは今に始まった事じゃないとあまり気にせずに
自分の寝室へと向かった
その手に大切な贈り物を持って

部屋に入ると、其処にはさっきまで確かに研究室にいたはずのブレインの姿があった
「ブレイン?もういいの?」
ブレインの方へと近づきながら声を掛ける
何時もなら一晩中篭る時もあるのだ、それに比べると今日は随分と短い
ブレインの目の前まで行くとその目がバルを睨みつけた
一瞬の内にバルは怯んでしまう
「どうしたの・・?」
なるべく刺激しない様に言葉を発する
すると、手をいきなり掴まれてベットに叩きつけられた
勢いが強かったためかそのまま後ろにある壁に身体をぶつけてしまう
身体に痛みを感じたが、それよりも手元にある模型が壊れてしまわないかが心配だった
模型が無事なのを確認すると更にブレインがバルの上へと圧し掛かる
バルの服に手を掛けるとボタンも外さず一気に引き裂いた
閉められていたボタンが弾け飛んで、幾つか落ちた
「やっ・・」
ズボンに手を掛けようとしたブレインの動きが止まる
猟奇的な目が、再びバルを捕らえた
「俺の物だ・・」
それだけ呟くと、バルのズボンに今度こそ手を掛ける
「ブレイン!」
次の瞬間、バルはブレインの事を思いっきり突き飛ばしていた
ブレインはベットから弾き出されると尻餅をついた
「あ・・・」
突き飛ばしてから自分がした事を理解したのか
慌ててバルが近寄る
「ごめん、大丈夫?」
手を伸ばしてブレインが立てる様にする
しかし、その手を掴む事なくブレインは立ち上がり
バルの腹を殴った
短い自分の悲鳴が聞こえた
そのまま壁に身体を叩きつける
咳が止まらなくなる、苦しさで涙が出てきた
「な・・・・・んで・・・」
どうにか出たその言葉も、もう聞き取る事さえ困難だった
ふと、手元にあの模型が無い事に気づき辺りを見回す
模型は床に転がっていた
壊れていないのが幸いだったのだが
その様子を見ていたブレインは、直ぐに模型を手に取ると
「ブレイン?なに・・・・・」
その模型を、バルの目の前で床に向かって投げつけた
硝子の割れる綺麗な音を立てて
先程までその美しさを保ち続けた模型は容易く壊れた
中に入っていた水が流れはじめる
「あ・・・・」
バルを目を見開いてその様子を見ていた
「模型・・が・・・」
慌てて壊れた模型の元にバルは近寄る
割れた水晶の欠片を手に掻き集めていた
「壊れちゃった・・・」
握り締めて、その手から血が出ている事も分からないのだろうか
涙が頬を伝っていた
ブレインはそんなバルを無視して部屋から出て行った
後に残されたバルは、暫くその壊れた模型を掌で握り締めていた



ブレッドは雨の中を歩いていた
「バルとの時間ですっかりこっちも買い物があるの忘れてた・・・」
何時もなら近くの店で買い物をするのだが
生憎近くの店は閉まるのが早く
バルと別れてから少しして思い出して行ってみると既に店は閉まっていた
バルは無事に買えたのだろうかと考えながら少し遠くの店へと行こうとすると今度は雨が降りはじめた
慌てて家に戻り傘を引っ張り出す
どうやら、今日はバルの笑顔を見るのに運を使い果たしたらしい
それさえもブレッドにとっては嬉しかったのだが
「しっかし酷い雨だな・・・」
傘を差しているから心配は無いのだが、傘も無いままだと数分でずぶ濡れになれる程の大雨だった
「ま、今は梅雨の季節だしな」
そう考えれば、案外この雨も悪くないのかも知れなかった
前から見慣れた人物が歩いてくるまでは少なくともそう思っていた
「ん・・?」
前方からよたよたと人が歩いてくるのが見えた
何処か覚束無い足取りをしている
注意深く見ていると、つい数時間前に自分に飛び切りの笑顔を見せてくれたバルの姿があった
「バ、バル!」
慌ててバルの名前を呼び近づく
バルは、傘も差さず何かを大事そうに両手で持っていた
名前を呼ばれてゆっくりと顔を上げる
生気の無い顔をしていた
「なにがあったんだ・・・?」
ただ事では無い様子に、バルへと問い掛ける
「ごめん・・」
やっと聞こえたバルの声
それも、数時間前に聞いた声とはまったく違っていた
「え?」
「ごめんなさい・・壊れ・・ちゃった」
大事そうに抱えている手を開くと、其処には数時間前にバルにプレゼントしたあの模型の無残な姿があった
塗れた体毛がその身体をはっきりとさせていて、余計に酷く見えた
「ごめんなさい・・・」
申し訳なさそうに謝られて、頭が混乱した
「と、とにかくここじゃ風邪引く、一回家来い」
バルを傘に入れて、バルが濡れない様に家へと急ぐ
少しはみ出した自分の肩が濡れていたが、気にならなかった


家に帰ると、直ぐに住居として使っている方に入る
タオルを引っ張り出してバルの身体を拭いた
バルが拭けばいいのだが、バルは手の中にある模型を離そうとせず
仕方なくブレッドが拭いている状態だった
身体を拭き終えて再度質問をする
「それで、なにがあったんだ?」
目を伏せていたバルが視線をブレッドに向ける
その瞳には、数時間前に会っていた時に見た光が無くなっていた
「わかんない・・・ブレインが、怒った」
それだけ言うと、手を開き壊れた模型にまた視線を向ける
「おまえ、手怪我してるじゃないか!」
さっきは雨のせいでよく見えなかったのだが
よく見ると、その手には模型の破片が幾つも刺さって血が滲んでいた
慌てて袋を用意すると、その中に模型を入れる様に促す
それに従って、バルはゆっくりと袋の中に模型を放した
手に刺さっている硝子の破片を抜いてゆく
全て抜き終わると、消毒液を少しだけ垂らした
バルの顔が苦痛に歪むが、消毒をしておかないと後で厄介な事になる
バルの怪我は手だけではなかった
何をどうされたのか分からないが、肩や腹に触れると辛そうな顔をする
「バル・・」
辛そうなバルを見ていられなくなる
しかし、確かにバルは此処にいるのだ
目を背ける事は出来なかった
「もう一度、詳しく話してくれないか?」
出来るだけ優しくバルへと語り掛ける
「模型の話になって・・ブレインは、よくわからないけどブレッドに貰った事を知ってて
そしたらいきなり地下に行っちゃって・・その後、寝る準備をして部屋に行ったらブレインがいて・・・」
其処から先は言えない様だった
バルの服は、上は全てボタンが飛んでいた
何をされたかは直ぐにても分かった
「その・・・抵抗したら・・・・」
腹を殴られて壁に叩きつけられ
更に、持っていた模型を壊された
言わなくてもその表情だけで状況が理解出来た
同時に、ブレインに酷く腹が立った
殴るなら自分を殴ればいい
バルを殴るのが許せなかった
「どうしよう・・・ブレイン、まだ怒ってるかな・・・」
俯いてすっかり落ち込んでしまったバルを見ているのが辛かった
「とりあえず今日は家に泊まれ、いくらなんでも今は帰せない」
新しい服をバルに差し出して、空いている部屋の場所を教える
「ごめん・・ありがとう」
今度聞こえたありがとうには、嬉しさなんて微塵も感じられなかった

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