ヨコアナ
2.向かう先は
「・・・身体、大丈夫か?」
惨劇から、数時間が経った
今はテーマパークから抜け出し、ウェンドが泊まっていた宿に戻ってきていた
男達は、一応報告はしたので今頃は手当てを受けているのだろう
ヴァンの魔法を喰らったのならただでは済まないだろうが
「うん・・・・」
気まずそうにウェンドが答える
「なぁ」
ベットに座るウェンドの横に座り、ロックが口を開く
「本当に、悪魔なのか?」
その言葉に、ウェンドの身体が震えた
多分、一番今聞かれたくない質問なのだろう
「バレちゃうよね、やっぱり」
諦めた様にウェンドが大きく息を吐いた
手に力を入れると、其処に黒い煙が現れる
「これは闇の魔法でね、僕みたいな歳の普通のヒトじゃ難しくて使えない魔法なんだって」
魔法は専門外のロックなので、其処までは知らなかったと掌に踊る煙を凝視する
「僕みたいな悪魔は、むしろこの魔法の方が得意なんだけど」
煙の形を変えながら話を続ける
「悪魔として生まれたから、同じ場所にいるのは無理だったんだよ」
ほんの少しでもこの魔法を使うと悪魔と怪しまれる
そして危険が近づくとヴァンが表に出る
おかげでウェンドは一つの町に長く留まる事が出来なかった
「それに、魔法を使わなくてもわかるヒトはわかるみたいだし」
所謂、悪魔狩りの者達の事だ
彼等は悪魔を判別する方法を知っていて
悪魔と知れば問答無用で刃を向ける
今まで何度もそんな事があった
その度に、ヴァンが表に出てきては相手を地に伏せさせ
気がつくと目の前には自分を襲って来た相手が倒れていて、あの畏怖の目をしていた
時にはもう死んでいて、そんな目をしていなかったものも幾つかある程だった
「僕は、ヒトを殺したくないから・・いつも眠らせて何とか逃げるんだけど、逃げ切れないとヴァンが出てきて」
全てを倒し、そしてまたあの目で見られる
何時もそれの繰り返しだった
「ロック、僕が怖い?」
隣で、言葉を挟まず黙って聞いていたロックに尋ねた
「怖い・・・?」
「悪魔の僕が、怖くない?」
「・・少し、怖いな」
予想をしていたのか、そう言われてもウェンドの表情は然程変わらずロックを見つめていた
「だけど・・・ウェンドは、悪い悪魔じゃないよな?」
一拍置いて、真剣にロックは言う
応えられるのは、これが精一杯だった
「・・ありがとう」
ウェンドが、笑った
その日、ロックはウェンドの部屋に泊まる事になった
ソファーが空いていたし、夜ももう遅かったからだ
ウェンドは布団の中でずっと考え事をしていた
明日、町を出ようと思った
もたもたしていては、次の追手がくるかも知れない
その時、隣にロックが居たら彼も巻き込む事になりかねないのだ
誰も、巻き込む訳にはいかなかった
翌朝、ソファーで眠るロックを視界の隅に映しながらも手早く旅の準備を済ます
ロックは昨日のテーマパーク巡りですっかり疲れているのか、起きる気配が無かった
「・・バイバイ」
短く別れの挨拶を済ませて、ウェンドは部屋の扉を閉めた
「・・・・・・・」
空は快晴で、追手の来ない場所まで行くのには絶好のチャンスだった
まだ早い朝の人気の無い道を歩き、町の入口へと辿り着く
ふと、その入口に人の姿を見つけた
「・・・・ロック・・・」
先程まで確かに眠っていたはずのロックが、其処に立っていた
「俺の方が道に詳しいからな、先回りだ」
自信満々といった風に、ロックが笑った
「見送りにでも来てくれたの?」
「いや、見送りなんてしねぇよ」
なら、悪魔の自分に石でも投げに来たのだろうかと頭の隅で思う
ロックに限ってそれはないと思いつつも、今までの記憶の嫌な部分が脳裏に浮かんで心が乱れた
「じゃあ、なに?」
出来るだけの笑顔で話す
別れ際の悲しい顔は、苦手だった
「俺も行く」
唐突にそんな事をロックが言った
「・・今、なんて?」
笑顔が崩れて、驚いた顔になった
「だから、俺も行く」
「なんで・・」
「おまえが気に入った」
それで、完全にウェンドから笑顔が消え去ってしまう
「気に入ったって、悪魔を気に入ったの?」
「悪魔なんか気に入っちゃいねぇよ」
ウェンドの傍まで歩み寄るロック
「おまえを、気に入ったんだ」
もういちど、ロックが笑った
「・・・・変なの」
少しだけ泣きながら
ウェンドも、笑った
「ロック、早く早く!」
街道を走って、後ろにいるロックに手を振るウェンド
「少し待ってくれぇー・・・・」
息を切らしながらどうにか、どうにかロックがそれだけを返した
「天気いいんだから、今のうちに進まないと!」
「子供は元気だな・・・」
「なにか言った?」
「いーやなにも」
既に歩き続けて二時間近く経つというのに、ウェンドは疲れる気配を見せない
悪魔の力なのだろうか
色々と頭の中で考えを纏めてみた
どうやらウェンドはヴァンの事を好意的には見ていないらしい
とはいっても生まれた時から一緒に居ると言うからには仲が悪いわけでもないのだろう
ウェンドがヴァンを好きになりきれない理由は、ヴァンが戦いを好むからだ
戦いを好まないウェンドにとって、同じ身体でありながらこれはかなりの悩みの種のはずだ
しかし、ヴァンが戦うのはウェンドの身の安全を守るためでもある
だからウェンドもヴァンには強い事を言えない
ロック自身も、ヴァンを好意的に見る事は出来ないが
少なくともウェンドを守ってくれる心強い者という事は分かった
「ロック、まだ?」
「今行く」
考えていて足が止まっていたのか、慌ててウェンドの方へと走り出す
同時に今は考える事を止めた
今はまだ、この初々しい時間を味わっていても罰は当たらないだろう
走って、どうにかウェンドの隣に辿り着く
「・・それで、これからどこに行くんだ?」
「あともう少し行けば、海鮮料理の美味しい町に着くよ!」
「・・・・・・食い物好きだな」
ウェンドの旅の目的を聞いてみたが、特に無いと笑顔で言い切られる
ロックにも、いきなりウェンドと行く事を決めたのだから何処へ行きたいという事もなかった
そういう訳で、二人は近くにある町を適当に回る事になった
「いい匂い・・」
海に近いのか、潮風の匂いが鼻を擽る
「料理料理!」
次には、直ぐ食べ物の事になり涎を垂らすのだが
町を行く人に尋ねて、人気のありそうな料理店の場所を訊く
子供の外見と無邪気さを持つウェンドには大抵の人は優しく接してくれる
それも、悪魔と分かれば変わってしまうのがロックは悲しいかった
何人かは、ウェンドの横にいるロックに驚いていたみたいで
ウェンドはそれに気づいていたが、言う事ではないと思い黙っていた
「ここかな?」
教えられた通りに道を辿ると、如何にも繁盛してると言った建物を見つける
扉を開けると店内は客でごった返していた
「・・期待できそうだな」
呟いたロックの言葉にウェンドも頷いた
何とか空いていた席に案内されて、メニューを開く
近くに海が無いと出す事の出来ないものばかりが視界を埋め尽くした
「どれも美味しそう・・・」
言葉通り、どの料理も興味を引いてばかりで目移りしてしまう
どれも、腹を空かしている胃を刺激していた
この中から料理を選ぶのは難しい事で、出来るのならば全て頼んでみたいのだが
流石にそんな金銭の余裕も無いし、頼んだとしても食べきれないだろう
「と、とりあえずエビグラタン!」
「俺は、香草焼き」
待ちきれないと言った様子で、傍にいた店員に注文を頼むウェンド
目が、輝いていた
「お待たせしました、エビのグラタンと白身魚の香草焼きです
どちらもお熱くなっておりますのでお気をつけください」
差し出された皿を見てウェンドの目がより一層輝いた
このままだと食べた日には歓喜の涙を流しそうだった
今がその時ではあるのだが
「いただきまっす!」
フォークを手に取り、グラタンを食べる
まずは、上に乗っているエビから手を出す
「あづっ」
「気をつけろって言われただろ・・」
ロックが苦笑いで様子を見守る
「でも、おいしい」
その後も火傷しながらも夢中で頬張っていた
ロックも、十分に冷めてきたのを確認すると魚を食べはじめた
美味しい物を食べているからか、珍しく静かになるウェンドに習ってロックも魚を食べ続ける
途中、魚を食べるロックの動きが途中で止まりじっとウェンドを見つめる
「・・あついあつい・・ん、なに?」
未だにグラタンの熱さと格闘していたウェンドが尋ねる
「あ、もしかして食べたいの?一口だけなら・・・むぐっ」
グラタンにフォークを通していた時に、ロックがタオルを持ってウェンドの顔に押し当てた
「もう少し綺麗に食べるんだな、食い意地が張ってる」
「む・・」
恥ずかしそうにウェンドがロックを見つめる
「言ってくれれば自分で拭くってば」
少し恥ずかしそうにウェンドが呟く
一通り拭き終わると、満足したのか魚を食べるのを再開する
口を拭いている時のその光景は、保護者と子供の様だった
「ごちそうさま!」
ウェンドの前には、中身の無くなった皿があった
「お粗末様」
ロックも、魚の食べれる部分を残さず食べていた
「おいしかったぁ」
味も満足だった様で、ご機嫌な様子で外に出る
空を見上げると、遠くに海に沈む夕日が見えた
それを二人揃って眩しそうに見つめる
「・・・ちょっと早いけど、今日はこの町で泊まる所を見つけた方がいいかな?」
昼間の間ずっと街道を歩いていたために、二人共随分体力を消耗していた
「そうだな・・」
宿の場所も、ウェンドが通行人に聞いてさっさと割り出してしまうのを見て感心する
この情報収集能力はかなり旅に役立っているのだろう
「安くていい所があるって!」
宿までの道を聞いて、礼を言って宿へと向かう
ロックは後ろからついて行くだけだった
宿に着いて、二人部屋を取る
部屋の鍵を貰うと、ウェンドは部屋まで一直線に走る
程無くして鍵と一致する部屋を見つけ、鍵を開けると中に入った
「ベット!」
清潔な布団に飛び込む
後から来たロックがそれを見て呆れていた
「本当に16なのか・・・」
「だって、これ気持ちいいよ?」
布団を抱き締めて半分隠れた笑顔が見えた
幸せそうな顔に思わず笑ってしまう
「・・・眠くなってきた」
布団に入ってまだ数分しか経っていないというのに、ウェンドが眠気を訴える
「よく歩いたし、食べた後だからな」
何とか起きていようと必死に目を見開いているのだが睡魔には勝てないのか
それ程間を置かず眠ってしまう
悪魔といってもやはりまだ16歳の少年なんだと思うと
妙に笑いが込み上げてきて、気づかれない様に音を立てず笑った
「・・・ん?」
何時の間にか、自分も眠っていたのだろうか
横になり本を読んでいたはずなのだが、その本は隣に投げ出してあった
今が何時なのか、宿に着いた頃には日は完全に沈んでいたから丁度深夜頃なのだろうか
身体を起こして部屋を見渡すが、明かりは点けておらず
目を凝らさないと何があるのかさえ分からなかった
唯一月の光が窓から差し込み自分と、隣のウェンドの寝床を照らしていた
「ウェンド・・・?」
その上で眠っているとばかり思っていたウェンドの姿が見当たらないのに気づく
段々と暗い部屋にも目が慣れてきて、部屋を見渡せば捜していた後姿が見えた
立ち上がって床に足をそっと立てるとその後姿に近づく
「ウェンド、どうしたんだ?」
「ウェンド?」
振り向いた瞳には、赤い色が浮かんでいた
「・・・ヴァン」
「すまんな、ウェンドじゃなくて」
からかう様にヴァンが言う
「ウェンドは?」
「押し込んである、と言っても意識が無いからいつもと大して変わらんがな」
「押し込んである?」
「俺だって元は一人の悪魔だ、ずっと身体の奥にいるのは退屈って事だ」
目の前のウェンドの形をした別の生き物は、呆れた風に言う
「たまには、表に出たっていいだろう?」
そして薄く笑った
ウェンドの様な純粋な笑い方ではなかった
納得のいかない顔をしているとヴァンが呟いた
「なんだ、そんなにウェンドに会いたいのか」
伊達に100歳は超えているからか、少しの表情の変化も汲み取る事がヴァンは出来た
「お前、ウェンドが好きなんだろ?」
そう言われてロックの表情が豹変する
それを見てまたヴァンが口元を緩めた
「だ、だからなんだよ!」
ロックが叫んだ、声を聞くとヴァンの笑みが段々と変わってゆく
「抱かせてやろうかって言ってるんだよ」
一瞬、ヴァンが何を言っているのか分からなかった
「表にいるのは俺でも、身体はウェンドの物だ」
「それで、抱けっていうのか・・・?」
「柔らかいぞ?俺も久しぶりにそういう事がしたい」
どうやら、ロックを誘って自分自身の性欲も処理しようとしているらしい
確かにウェンドの身体の中に居てはそういう事をする機会というものがほとんど無いのだろう
ある意味、ロックにも悪くない話なのかも知れないが
直ぐに決断を下すことは出来なかった
「・・・・やめておく」
「怖気づいたか?」
間を置かずに挑発をする
「違ぇよ、身体だけ手に入れても嬉しくともなんとも無いって言ってるんだ」
その答えに、ヴァンは暫く考える
「強がりもいいとこだな、まぁ精々頑張るがいいさ」
そう言うと、部屋から出て行こうとする
「どこに行くんだ?」
「散歩だ、安心しろ別にその辺の男にこの身体を抱かせるつもりは無い」
悪魔を嫌う相手に抱かれるのは癪に障ると、つけ足される
「まぁ、気が変わったら言うんだな」
部屋から、ヴァンの足音が遠退いてゆく
黙ったままその音を聞いていた
鳥の囀る声が聞こえた
ロックは静かに目を開けるとゆっくりと身体を起こした
隣を見ると、其処にはウェンドの姿があった
何時の間に戻ってきたのだろうか
その寝顔は安心しきっていて、昨夜は何も無かった事が察しがついた
ぐっすりと寝ているウェンドの寝顔を暫く見ていると、その目が眠たそうに開かれた
少しだけ目を開き、光が眩しかったのか目を瞑ってしまう
一瞬見えたその瞳は青い色に戻っていた
「・・・朝だぞ」
布団に埋もれたその顔を見るために布団を退かす
再び眩しい光を浴びる事になったウェンドの顔は不機嫌そうだった
「眩しい」
とりあえず、このままではウェンドが起きないと思い部屋のカーテンを閉める
多少部屋の中が暗くなったからなのか、布団から少しだけウェンドが顔を出した
「・・おはよ」
様子を窺うその顔に朝の挨拶をする
「ロック・・・・おはよう」
布団から顔だけを出してウェンドも返事をする
「朝、弱いのか?」
「ちょっとだけ・・・」
起きた直後だからなのか、ウェンドは過剰に光を嫌がっていた
悪魔の体質というものなのだろうか
体質的に弱いのは仕方がなかった
起き上がると、ウェンドは目を瞑った
そのまま数分の間瞑想をしていたのだが、その周辺に何かの魔力を感じる
「それが、闇の魔力なのか?」
「朝はこうしないと、すぐに外に出れなくて・・・」
無理に出た場合、身体の防衛機能が必要以上に働いてしまい
下手をすると倒れたり、自分自身を守るために暴走してしまう
ウェンドはヴァンがいるから暴走する事はないのだが
やはり身体がふらついてしまうので、朝の瞑想の時間は必要だった
「いただきまーす!」
すっかり元気になって、宿の朝食を前にしてウェンドは目を輝かせる
「なぁ・・これからどうするんだ?」
「んー・・・」
出来立ての料理を目の前にして考える
元々ウェンドは目的も無く旅をして、出会った人の手伝いをしていた
旅の資金が無くなった時は仕事を請けているが、資金はまだ少しだけ残っていた
「どうしよう、特にしたいことが無い・・・・・いや、あるさ」
途中から声の高さが変わる
料理に落としていた視線を慌ててウェンドに合わせると、ヴァンが表に出てきていた
「あるにはあるが・・手がかりの一つも無いがな」
食べる直前だった料理を皿に降ろして、珈琲を口に運ぶ
「なにか探してるのか?」
「・・・俺の身体を奪った奴を捜してるんだ、今までは観光気分で特になにもしなかったが」
そろそろ観光にも飽きたという意味も込められている言葉だった
「悪魔なのか?そいつも」
「悪魔だよ、かなり位の高い」
「・・・・なにしたんだ?」
「なに、犬猿の仲だったが隙を衝かれたってところだ」
珈琲を飲み干すと、目を瞑り中に戻ってしまう
「・・ビックリした、いきなり出てきたから」
皿に上にある料理を、今度こそ口に運ぶ
「そいつを捜すのか?」
「それは難しいかな・・ヴァンの身体を奪った悪魔の人は、身体を奪った後悪魔の世界から
飛び出してこっちの世界に来たらしいけど、今まで捜してて少しも手がかりが無かったし」
「そうか・・・」
「・・・・ついで程度でいいってさ」
内から聞こえる言葉をそのままロックへと伝える
「ウェンドは、ヴァンに身体から出て行ってほしくないのか?」
その言葉にウェンドの手を動かす動作が、宙で止まった
余った方の腕で肘をついて掌で顔を支える
「確かにヴァンがいなくなると僕は悪魔の世界では嫌われないけど、どうせこっちの世界じゃ嫌われるし・・」
今の状態がある意味都合がいいらしいとの事だった
時々、ヴァンが表に出て来て暴走をする事を除けばの話だが
「悪魔の世界は嫌なのか?」
「僕は、人が好きだもん」
二杯目の珈琲に、砂糖を大量に入れて飲みはじめる
先程ヴァンが飲んでいた珈琲は、何も入れないままだったため好みも違うのだろう
「だからこの世界にいたいの」
今まで、悪魔という事で何度追い回されたのだろうか
何時も無傷で済んだわけでは無いはずだ
それでも、人が好きと言えるウェンドにロックは魅かれていた
朝食を終えると、部屋に戻る
ロックが椅子に座ると息を吐いた
ふと、先程まで自分についてきていたウェンドが居なくなっているのに気づく
何処へ行ったのだろうかと部屋を見渡したところで、外から子供の騒ぐ声が微かに聞こえた
「・・・まさかな」
そう言いながらも窓に手を掛けて開くと下に視線を送る
予想通りの光景が、其処に広がっていた
「ウェンド」
真下には町の子供達と無邪気に戯れているウェンドが居て
その名前を呼んだ
「あ、ロック」
自分よりも更に小さい子供の頭を撫でながら顔を上げたウェンドが声を出した
傍に居た子供も同じ様に見上げて、ロックを見つけると指を差した
ウェンドが立ち上がり、二言三言子供達に話をすると笑顔で別れる
「おもりでも頼まれたのか?」
部屋に漸く戻ってきたウェンドに、ロックが尋ねる
「違うよ、色々聞いてたの」
「子供にか・・・?」
普通情報を聞くのなら大人を相手に聞くのが当然であり
今までのウェンドも、大抵は大人相手に声を掛けていたのが記憶の隅にあった
「子供でもバカにできないんだよ?」
自信満々にウェンドが言ってみせる
「子供だからわかる事だな」
その台詞に、ウェンドが眉を顰めた
「子供じゃないって」
「・・で、なにか聞き出せたのか?」
余り刺激するのも良くないと思い、話題を切り替える
「それはもちろん、色々聞けたよ!」
直ぐに引っかかるところはやはり子供だと思った
「ここってさ、港町でしょ?」
怒りは何処へ消えたのか、すっかり元通りの表情でウェンドが話す
「ああ、だから魚の幸が豊富だ」
「おいしかったよね、あのお店・・・」
別の事に思考が移ったのか、幸せそうに涎を垂らしはじめる
「・・それで?」
ロックが促すと慌ててウェンドが涎を拭いた
「だから、次は船にでも乗ろうかとも思ってたんだけど」
「思ってたん・・・だけど?」
語尾がおかしい事に、ロックが疑問を持つ
「なんか今は船使えないみたい・・当分の間はね、向こうの港から連絡が取れないらしくて」
酷く残念そうにウェンドが呟いた
楽しみにしていたのだろうというのは言われなくても分かった
「つまり引き続き陸路って事か」
「そうだね、飛空挺・・なんてのもあるけどお金が・・・」
街道を歩いているとたまに空を走る飛空艇を見る事がある
つい最近唐突に出てきたもので、その情報は数少なく
何処かから持ち出されただとか、造られているとかは
一般人は誰一人として知る者は居なかった
もっとも、その飛空艇に乗れるのも一部の金持ちか位の高い者だけなのだから
それを気にする必要さえ無いのかも知れないのだが
「あれに乗るために必要な金の額、知ってるか?」
そんな事をぼんやりと考えていると、ロックが得意そうに笑って話しはじめる
「えっ、ロック知ってるの?」
途方も無い程金が掛かる、としか情報は探れず
それをロックが知っている事に驚きを隠せなかった
「前に一度そういうのに詳しい奴に聞いた事があってな
乗るために必要なパスが8000万グランだそうだ」
「は、8000万!?」
「現存する飛空艇の数がたかが知れてるらしいから、早々飛ばす訳にもいかないって話だ」
その話を聞いて、ウェンドが暫く俯いた後に顔を上げた
「・・・歩こうね、ロック」
「ああ、歩こうな」
桁の違いにすっかり圧倒されたウェンドは、空路を完全に諦めたらしい
8000万グランなんてどう考えても工面出来るとは思えなかった
「それで、ひとまずは歩くことになったけど」
漸く移動の手段が決まったところで、ウェンドが地図を広げる
「次はどこに行こっか?ここから近い町だけで3つもあるよ」
一つ一つに丁寧に指を指してウェンドが説明を始める
「ここが商業が栄えている町、こっちが文明が発達した町、これは・・普通の町かな」
三者三様で、何処へ行っても良いという事なのだろう
その全てに指を差してロックの顔を見る
「・・ウェンドはどれがいいんだ?」
「食べ物がおいしいとこ」
即答でそう返されて、予想はしていたが苦笑いが洩れた
「どこもうまいだろうな」
「・・・・だからロックに決めてもらおうと思って・・」
自分ではどうにも決められない様だった
「そんなんでいいのか?俺が決めて」
当てがある旅では無いが、今は一応目的はあるのだ
「平気だって、見つからなかったら次の場所に行けばいいからさ」
ロックの心配を他所に、何処までも前向きにウェンドが言い切る
ウェンドがそれでいいのならと、ロックが地図を凝視した
「そうだな・・文明が発達した町が気になる、そこでいいか?」
暫く考えて、ロックが一つの町を選んだ
「じゃあ、次の目的地はそこだね」
広げていた地図を丸めるとそれを片づける
「ここなら飛空艇の事についてもなにかわかるかも知れないな・・」
その言葉に、ウェンドの身体の動きが止まった
「ほんと?なにかわかるかな?」
「もしかしたら乗れるかも知れないぞ?」
「・・・行こう!」
ロックの言葉に、ウェンドが目を輝かせた
好奇心と食欲の溢れている悪魔は、ロックが今まで悪魔に抱いていた印象を良い意味で壊していた
次の町に向けて、二人は港町を後にした
町の出口では、ウェンドと遊んでいた何人かの子供達が二人を見送っていた
「随分人気だな」
子供達の表情は笑っていたが
ウェンドが行ってしまう事を悲しんでいる者も中には居た
「みんな、すごいいい子だったよ」
子供達が豆粒程の大きさになるまで振り返って手を振りながら、ウェンドが言った
「案外、悪魔でも暮らしていけるんじゃないか?」
そう言われて、ウェンドが暫く考える
「・・・ダメだよ、やっぱり」
確かに今の様になら、ウェンドは普通に暮らす事も出来る
それでも、悪魔だともし知られてしまったら
それを考えるだけで、やはり自分には無理なのだと決めつけてしまう
「そんなに、駄目なもんなのか・・」
「・・もし、悪魔狩りの人が来たりしたら普通のヒトにも迷惑かかっちゃうもん」
悪魔を庇ったりなどしたらそれは、死罪になる場合もあって
誤解を受けないためにも、人々は悪魔だと分かれば目の色を変えて来るのだ
「そうか・・・ごめんな」
ウェンドには、禁句だと言う事は解っていた
それでも、自分の好きなこの小さな少年が嫌われてしまうのがロックは嫌だった
「平気だよ、それに今はロックもいるしね」
顔を上げたその顔はもう元に戻っていて、ロックに笑い掛ける
空は快晴で、平和な時間が終わる事を知らない様に二人に訪れていた
昼から夕方に掛けて、長く歩いていると
漸く前方に町らしきものが見えてくる
「あれが・・町?」
ウェンドの言葉に、ロックが地図を広げて確認をする
「・・・そうだな、あれが文明の発達した町・・バルアドだ」
「バルアド・・」
遠くからその町を見ると、黒い黙々とした煙が空に向かって何本も伸びていた
「あそこなら、闇魔法使っても平気そう・・」
町を見て、少しおどけた様子でウェンドが言う
「だからって使うなよ?そんなに」
「わかってるって・・・・あ!」
突然ウェンドが叫んだかと思うと、空を指差す
慌ててそちらを見れば、巨大な飛空艇が町に向かって飛んで行くのが見えた
「・・本当に飛空艇がこの町には来るみたいだな」
興味深そうにロックが飛空艇を見つめるが
飛空艇はそんな事を知るはずもなく、そのまま町の中へと入ってゆく
「ロック、早く行こうよ!」
その手を引いて、ロックが走り出す
無理矢理走らされながらも、ロックは飛空艇が町の中に消えるまでその姿を見ていた
街に入ると、あちこちには魔力ではなく
電力を消費して動く物が蠢いていて、ウェンドが珍しそうにそれらを見つめていた
「すごい、こんなところもあるんだぁ・・・」
「そうだな・・」
腕力や魔力、結局は人の力を使っていた二人にとっては
ほとんどが電力で動くというのは、珍しい光景だった
それでも街にある物は然程難しい造りの物というわけでもなく
ただ荷物が自動で流れる様に出来ていたりする機械がある程度だった
「あ、喫茶店あるよ・・行ってみよ?」
ウェンドが喫茶店を見つけると、其処に向かって走り出した
その後を追いながらも、ロックは辺りにある機械にやはり目を奪われていた