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1.明るい悪魔

街へと続く街道を、一人の狼人が歩いていた
「次の街はどんなところかなぁ・・・」
その顔は、期待に満ちていた
街の方角から歩いてくる人に、街まであとどれくらいかを尋ねては気分を高揚させる
身体の色は鮮やかな紫色
思わず目を奪われそうなその色に、何処か頼りなげな風貌
その毛色によく似合う蒼い色をした瞳
道を尋ねられた人は皆、親切に対応した

「うわぁ、広いな!」
街の入り口に着いて思わず出たその一言に周りの人がこちらに視線を送る
視線を受けて苦笑いをしながら街の中へと走り去った
「久しぶりの街だからなぁ」
そんな言い訳を零す
何処を見渡しても人がいる、こういう場所は好きだった
あちらこちらから美味しそうな匂いも漂って来る
「とりあえず・・お腹空いた」
直ぐ近くの建物からも良い匂いがして、吸い寄せられる様に店へと入る


「いらっしゃい!」
店主の元気な声が建物に響く
席に案内され、メニューを右から左へ一瞬にして見て注文を決める
「おじさん、野菜サラダとハンバーグとオレンジジュース!」
「はいよ!」
まだ店に入って数分も経っていないというのに、其処にはすっかり店の風景の一部になった姿があった
窓から外を眺めて街の風景を眺める
その中に、奇妙な人物を見つけた
「・・・?」
一人の虎人と、それに引きずられる様に連れてかれて行く犬人
必死に抵抗をしている様だが、虎人の力には敵わないのか徐々に移動している
そのまま、二人の姿が路地裏へと消えてしまった
「なんだろ・・?」
暫くその場所を見つめていたのだが
店主の元気な声と共に目の前に出来立ての料理が運ばれて来るのを見て
その事を忘れて食事を取る事にした



「ごちそうさま、おいしかったよ!」
綺麗になった皿を目の前にして、店主に声を掛ける
「おうボウズ、いい食べっぷりだったな」
それを見た店主もすっかり上機嫌になっていた
「えっと・・お金」
財布を取り出して、料金を払おうとする
財布の上に、店主が掌を差し出して首を横に振った
「全部サービスってわけにゃいかねえが、サラダとジュース代はタダにしてやるよ」
「ほんと!?ありがとうおじさん!」
「おじさんじゃねえっつのまだ、それよりボウズ・・ここらじゃ見ない顔だがおつかいか?」
辺りにこの狼人の知り合いと言えそうな人物は見当たらず、店主が問い掛ける
「違うよ、一人旅・・・かな」
微妙な間は、寂しさというよりは何かを考えている様だった
「へぇ・・ボウズみたいな小さいのが一人旅ねぇ、この辺はちょっとばかし物騒だから気をつけろよ?」
「わかった、ありがとうおじ・・・じゃなかった、お兄さん!」
「おう、それでいいまたな」
丁度新しく客が入って来たのを確認すると、店主は狼人に挨拶をしてそちらに向かった
そのまま店主に手を振り店を出る
街に着いたのは昼の三時頃、食事を取っていた時間も考えると既に夕暮れ時だった
辺りには家に帰る子供達の姿が見えていた
何をしようかと考えていたが、視界の隅に料理を待っている間に見えた
その場所が目について気になり、そちらへと向かう

路地裏に入ると、地面に血の跡が残っていた
「なにがあったんだろ・・」
入ってきたはずの虎人と犬人は既に居なくなっていた

その日はとりあえず宿を見つけて泊まる事にした
清潔なベットに横になり、今日の事を考える
「あの人達、なんだったんだろ・・?」
暫く考えてみるが、自分が幾ら考えた所で分かるはずもなく
諦めて目を瞑り眠りについた

『・・・ウェンド』
頭の中に、あの声が聞こえる
この身体のもう一人の持ち主
その主が、名前を呼んだ
声に意識を傾ける
『この街を出ろ・・ここは危険だ』
そうは言われても、最近はずっと歩き通しだったのだ
数日の間は休まなくてはならない
もう一人の主が、更に何かを言っていたが
深い睡魔が襲い掛かり、徐々にその声は小さくなってやがて消えた



「・・・よく寝た」
朝になり、伸びをしてベットから立ち上がる
そのまま財布を手に取り中身を確認した
「うーん・・・・財政が厳しいな」
財布の中には、もう小銭程度しか残っていなかった
「なにかお仕事貰わないと・・」
どの町にも、ウェンドの様な気ままに旅をする者や
様々な理由で定職に就けない者のためにそういう仕事を斡旋する場所がある
所謂、冒険者ギルドという所だ
服を着替えて、宿から飛び出すと早速仕事を貰いに走った

町から少し外れた場所にある建物
此処が、普段からウェンドが利用する所だ
「すみませーん、何かお仕事ありませんかー」
建物の扉を、元気良く開けて中に入る
同時に数人から鋭い視線を浴びた
こういう所はその日暮らしの連中も数多く訪れるため一般人は余り近寄らなかった
受付へと行き、仕事がないかを尋ねる
訝しげにウェンドの姿を見た受付の老人は、幾つかの依頼書を差し出した
その中から、目のついた仕事を見つけて紙を抜き取る
「おじさん、これ!」
差し出された紙を見て老人が目を丸くする
「お前さん・・本気かい?」
「うん!」
ウェンドの差し出した紙は、近頃物騒になって来たこの町を見て回り
怪しい人物が居たら捕まえる仕事だった
抵抗して来たら生死問わず、つまり下手をすると自分も死ぬ事になる
「・・・気をつけなよ」
「大丈夫!」
そう言うと、依頼書を握って再び走って建物を出るウェンド
老人がそれを見送っていた


依頼書を見つめながら街を歩く
「終わったらなに食べよっかな・・」
既に報酬を手にした気分でいるのかその口から涎が垂れてはじめていた
街の中を歩くと、昨日見たあの虎人を見掛ける
「あの人・・・・」
気づかれない様に、そっと後をつける
歳はまだ20を過ぎたところだろうか、無表情のままに道を歩いている
その姿が、路地裏へと消えた
慌てて後を追い駆けて、ウェンドも路地裏へと入る
しかし、其処には虎人の姿は無かった

「あれ?」
たった今入ってきたはずのその姿は何処にも見当たらなかった
「おかしいなぁ・・・」
辺りを見渡して少しずつ進んでいく
「確かに入ってきたのに」
「誰がだ?」
後ろから声が聞こえて、慌てて振り返ろうとする
しかし、振り返るよりも先に首に腕を廻されて押さえつけられてしまう
「・・・バレちゃってたのか」
「敏感なもんでな」
そのまま、腕の力を入れて首を絞められる
酸素が足りなくなり、視界が滲みはじめた
もう少しで意識を手放しそうになると、後ろにいた虎人の力が突然弱まった
訳が分からず辺りを見渡すと、路地裏の入り口から何人かの男達が入って来ていた
「やっと見つけたぞ・・・ロック」
ロックというのは、この虎人の名前なのだろうかと考えるが
急に入って来た酸素に咽て、上手く思考が回らないでいた
「なんだ、おまえらかよ・・俺はおまえらに用は無い」
「生憎と俺達は用があるんでな」
男の中の一人がこちらに向かって走り出す
同時に、ロックと呼ばれた虎人はウェンドを反対側へと突き飛ばす
「わわわわ!」
情け無い声を上げて、ウェンドが床に顔をぶつける
慌てて顔を上げてロックの方を見ると、走って来た男が床に倒れていた
「雑魚に用はねぇんだよ、纏めて掛かって来たらどうなんだ?」
まだ残っている数人の男達に、挑発をする
それでスイッチが入ったのか一斉にロックに向かって走り出す
一人、二人と攻撃を避けたのだが
三人目の攻撃を避けようとしたところで一人目に身体を押えられる
そのまま三人目の拳が腹に減り込んだ
「ぐっ・・・」
小さく声を洩らす、体勢を崩したロックに一気に襲い掛かる
何とか防御をして致命傷を避けているがそれも時間の問題だろう
防御が薄くなった所に男の中の一人が更に攻撃を仕掛け様とした
その時、突如攻撃を仕掛け様とした所に炎が現れて男の手を燃やした
「うわああ!」
自分の手が燃えているのを見て、男が慌てて手を振って火を消そうとする
その手に、今度は水が降りかかった
「・・悪いんだけど、その人僕が捜してたんだから取らないでくれない?」
今までずっと見物をしていたウェンドが立ち上がってそう言った


「なんだ・・・てめぇ」
腕を燃やされた男がウェンドを睨みつける
「そこにいる・・ロック?っていう人、僕が受けた仕事で関係あるかも知れないから
だから君達にその人がやられちゃうと困るんだけど」
ロックを指差してそう宣言する
「おもしれぇな、お前みたいな弱そうな奴に何ができるんだか教えてもらいたいもんだ!」
腕に火傷をした男が、ウェンドに向かって一直線に走る
無鉄砲なその攻撃を軽く受け流すと、擦れ違いざまにその後頭部にゆっくりと触れる
男は小さく声を上げると、そのまま倒れてしまう
見ていた後ろの男達の顔つきが変わった
「てめえ、なにしやがった!」
「ちょっと寝てもらっただけだってば」
手を差し出して、其処から黒色の煙を出す
それを見て一瞬怯んだ男達だったが
場数は踏んでいるのかロックの周りにいた男達全てがウェンドに向かう
全員は不味いと思ったのか、ウェンドが構えを取る
しかし、構えた瞬間ウェンドが額に手を当てた
「あ・・だめ、出てきちゃ・・・・」
そう言うと、ウェンドの手がだらりと下に垂れる
それを好都合と見たのか男達はウェンドに更に近づく
あと一歩、男達がウェンドへ触れようとした時
ウェンドの目が開かれた
其処には、先程のウェンドの優しそうな蒼い瞳ではなく
真っ赤な紅い瞳があった
そして、ウェンドに走ってくる全ての男達の動きが一瞬にして止まった

「な、なんなんだよこれは!」
男の中の一人が悲鳴を上げる
「身体が・・動かない」
「お前達を縛った、もう動けないだろう」
紅い目をしたウェンドが男達に告げる
掲げた手に蒼い瞳の時のウェンドがしていた様に黒い煙が集まりはじめる
しかし、その煙は蒼い瞳の時よりも一層濃い黒色になっていた
無言で紅い瞳のウェンドはその手を地面に押し当てる
同時に、あちこちから悲鳴が上がった
暫くその状態が続くが、ウェンドが立ち上がると縛っていた魔力も消えたのか
男達が支えを失って倒れる、既に虫の息の様だった
一部始終をロックはずっと見ていた
そして、紅い瞳のウェンドは今度はロックの方へと歩きはじめる
目の前で今起きた事が信じられずに、ロックはウェンドをじっと見つめていた
紅い瞳は、ロックをつまらなそうに見つめていた
「ふん、守ったのはいいがお前はハズレみたいだな」
それだけ言うと、紅い瞳のウェンドが目を瞑り
程無くして開かれた目には蒼い瞳が浮かんでいた


本人も何が起こったか分かっていない様子だったが、後ろに倒れている男達を見て
自分がやった事を悟ったのだろうか、何処か悲しそうな顔をしている
「またやっちゃったのかな・・・・」
手を見つめて溜め息をつく
「まぁ、やっちゃったのは仕方ないか」
素早く考えを切り替える
「えーっとロックさん・・だよね」
身体を屈めて床に座り込むロックに尋ねる
「ああ、そうだが・・」
先程の紅い瞳の圧倒的な力を見たロックは、何をされるか気が気でなかった
じろじろとウェンドがロックを見つめた
「ロックさんって・・この町でなにしてるの?」
そのまま場にそぐわない質問をする
その質問の意味を考えてロックは答える
「俺はここら辺でまぁ・・その日暮らしのために色々仕事してるんだよ
おかげであちこちから恨まれちまってるけどな」
「なるほど・・・」
その言葉を素直に受け止める
「・・・・・あれ、それじゃロックさんを捕まえてもお金貰えないのかな・・・」
途端に、如何にもがっかりした顔をされる
「金?」
「僕依頼を受けて・・この辺で悪いことしてる人を捜してるの」
「悪いこと・・ねぇ」
ギリギリ自分に当て嵌まっているとロックは思ったが、あえて黙る事にした
「・・・・なら、そこに寝てる奴らでいいんじゃないか?」
ウェンドの後ろに伸びている男達を指差す
少なくとも、ギリギリ当て嵌まる自分よりはあくどい事はしているだろう
「あ、そっか」
後ろを振り向いて男達を見る
口から涎が垂れているのは、食べ物の事を考えているのだろうが
事情を知らないロックにとっては、かなり不気味に見えた
「じゃあ、僕は報告に行かないと・・・あの人に倒されたなら数時間は起きないだろうし・・・・」
「あの人?おまえがやったんじゃないのか?」
その言葉を聞いた途端、ウェンドの顔がまた悲しそうな顔になった
「僕じゃない・・よ」
そう言うと、ウェンドが歩き出す
「ロックさんは帰った方がいいよ、ここにいたら間違われると思うから」
そして、ウェンドは一気に走り出した
ロックは暫くその場で男達が起きないか見ていたが
数時間起きないというのは本当なのか、まったく起きる気配を見せないため
立ち上がり、痛めた腹を押さえて路地裏から立ち去った

「ご苦労様、これが報酬だ」
差し出された袋を手に取る
「ありがとう!」
そして、笑顔でウェンドは建物を出た
「2000グランも貰っちゃった」
手に掛かるずっしりとした重みに圧倒される
「これでしばらくはお金に困らないなぁ」
ほくほくした気分で宿へと帰る
しかし、内心はそれ程喜んでいられなかった
昨日と同じ宿、同じ部屋に入りベットに座る
目を瞑って、もう一人のこの身体の主に話しかける
「・・・なんで出てきたの?」
身体の中に向けてウェンドは声を発した
『お前が危なそうだったんでな』
身体の中から、返事が聞こえる
「僕だって悪魔だよ、あれくらいなら」
『そんなに俺が表に出るのが嫌か?自分じゃない者が身体を支配するのが嫌か?』
「そうじゃないよ・・・ただ、無闇に人を傷つけないで」
『やらなかったらお前がやられていた』
「もっといい方法があったよ、きっと」
『奇麗事だな』
「ヴァン・・・そんなこと言わないで」
それきり、内から声は聞こえなくなった

それきり、ヴァンと呼ばれたもう一人の主は黙ってしまう
返事が無いのに諦めたのか、ウェンドも横になる
結局今日もあまり休息を取れなかった、明日もこの町に居る必要があるだろう
路地裏にいたロックの事を思い出した
ヴァンが暴れた後、ウェンドに戻ってその表情を見た時
その顔に浮かんでいたのは恐怖の色だった
嫌な記憶が甦る、昔虐められていた時にヴァンが飛び出して破壊の限りを尽くした事
ヴァンはもう147歳にもなる悪魔だ、しかし自分と同化している事により
ウェンドと自分自身を守るために危険が及ぶと暴走してしまう
そして暴走したヴァンが中に戻った後は、決まって自分の周りに怪我人や何かが壊れた後が残っていた
倒れている怪我人の恐怖の目
それをウェンドは怖がった
今は、ウェンドも大分精神が安定してきた
最近ではヴァンが出てくる事も少なくなってきたと安心していた矢先に起きた事だった
あの場合は仕方が無いのかも知れないが
それでも、あの恐怖の顔を見てしまったから
やり場の無い苛立ちが込み上げてくる
「もう・・寝よう」
寝るにはまだ早い時間だが、精神的に疲れきってしまったのか
目を閉じると、数分の間も無く眠りに落ちた



翌日、朝早くに宿から出たウェンドは街を歩いていた
これといってする事も無く、休息をただだらだらと過ごす
「色々あるなぁ・・」
手にその辺りの店で買った食べ物を持って街を見渡す
元気に声を出して客を集める店の主人
道ですれ違った知り合いと話し込む町人
急いでいるのか、人とぶつかり謝る男
それらは極当たり前の、日常の風景だった
それでも、その中に自分が入る事は酷く難しい
ウェンドは悪魔だ、それを隠してはいるがもしも誰かに知られたら
この街の中にいる事さえ困難になる
更に普通の悪魔とはまた違う、一つの身体に二人が入っている状態であり
それはまた悪魔からも恐れられる要因となっていた
ヴァンにより同じ悪魔に恐れられ
そして、普通の者には嫌われる
それがウェンドだった
食べ物を食べ終えると、小さな喫茶店を見つける
「お昼・・あそこでいいか」
小さな喫茶店の扉をゆっくりと開く
店内は、物静かな空気で満たされていた
何時もは明るく物を言うウェンドも、席に案内されて静かに珈琲を頼んだ
運ばれて来た珈琲を見つめて、口の中に流し込む
ほんのりと苦い味が広がった
半分程飲んでテーブルに珈琲を置く
今まで食べていたせいだろうか、昼食を食べようとしたのに食欲が無くなってしまっていた
そのまま窓の外を呆然と眺めた
常に動き続ける人込みを見つめる
一人一人の動きをじっくりと観察する
それに何時しか夢中になっていたのか、自分の直ぐ近くに人が居る事にも気づかなかった
「・・・よう」
声を掛けられて振り向く
そこには、昨日あの場所で見たロックの姿があった
「あ・・昨日殴られてた人」
「悪かったな」
素直な物言いに思わずロックが苦笑いを漏らす
そのままウェンドの座っているテーブルの席へとロックも座る
「身体、大丈夫なの?」
「おかげさまでな」
ほとんどの攻撃を急所から外していたのか、仕草に辛そうなところは見当たらなかった
「・・・それで、なにか用?」
何故自分の前に現れたのだろうかと、ウェンドが問い掛ける
「ああ、礼の一つも言わないといけねえと思ってな」
「別にいいよ、それに・・そっちのおかげでお金貰えたし」
財布の中は貰ったばかりの報酬で大きく膨らんでいて
暫くは無茶な使い方をしない限り仕事をする必要も無かった
「・・・青」
ウェンドをじっくり見て、ロックが呟いた
「え?」
「目、昨日途中で赤くならなかったか?」
「あれは・・その」
出来るのならば、隠しておきたい
悪魔と言って下手をすれば、狩られるのは自分なのだ
悪魔は、何処に行っても嫌われる
「少し声も低くなってたみたいだし、そこの理由も聞こうかなってな」
意外と細かい所までよく見ているのに感心してしまう
もっとも、今は感心してる暇場合ではなくどうやって誤魔化したらいいものかを考えなければいけないのだが
必死に考えていると、気が遠くなるのを感じた
この感じは、ヴァンが表に出てくる時に感じるものだった
必死に抑えようとするが、力ではヴァンの方が数倍も上でとても敵いそうになくて
目が虚ろになりかけていた
「おい、大丈夫か?」
ウェンドの様子の変化に慌ててロックが尋ねる
其処には既に、ウェンドではない人物がいた

「・・・昨日の赤い目の・・・・・」
「・・またお前か」
珍しくウェンドが焦っているから出てきてみれば
昨日男達を挑発した癖に無様に殴られていた男だと知ると、ヴァンは興味を無くした顔をする
「どういう事だ?」
目の前に居る、先程までのウェンドとはまったく違う赤い瞳のウェンドに尋ねる
声の高さも、口調も、威圧感というものも違っていた
「そうだな、言ってしまってもいいが・・・コイツがどうするかだな」
身体の中のウェンドに尋ねる
ロックの質問に答えるのは容易い事だが、ウェンドはそれを知られる事を恐れている様だった
ヴァンはというと、その力は並みの相手など赤子を捻る様なもので
例え悪魔狩り専門の者が来たとしても問題無いのだが
ウェンドは必死に表に出ようとするが、ヴァンの力には敵わないでいた
「まあいいさ、お前の口から説明でもするんだなウェンド」
そう言うと瞬時にヴァンが身体の中へと戻る
その瞳が徐々に青に戻りはじめた
荒い息を吐いているところを見ると、ヴァンを止めるのに相当必死だったらしい
瞳が不安そうにロックを見つめる
もう、誤魔化すなんて選択肢は残っていなかった


「・・はぁ、身体の中にもう一人の人物がねぇ・・・」
長かったのか短かったのか、ウェンドは仕方なくロックに全てを話した
但し、悪魔という部分だけは隠して
「つまり、昨日そっちを助けたのはヴァンっていうこと」
だからこっちに礼は言わなくていい、という意味も言外には込めていたのだが
「いや、最初はウェンドが助けてくれたんだろ?ならそっちにも礼を言わないとな、ありがとよ」
深く頭を下げる、見掛けによらず律儀な性格の様だった
「僕自身の力はそんなに強いわけじゃないから、ああいう時はヴァンが出てきちゃうんだよ」
「・・それってなにか都合悪いのか?ヴァンってのが強いのなら問題無いだろ」
ヴァンの事を、それ程好ましくない様子で話すウェンドに疑問を感じて質問をする
悪魔、の部分を隠していてはこの部分の説明は成り立たなかった
悪魔の力を惜しまずに使われると面倒が増えるのだ
「・・・・ヴァン、結構乱暴だから」
何とか質問を回避する
同時に身体の中からヴァンの薄く笑う声が聞こえたが、無視を決め込んだ
「乱暴・・・確かにあの男達瀕死に近かったな・・それと、あの魔法なんなんだ?」
ウェンドとヴァンが使ったあの黒い煙の魔法
魔法の事を多少は知っているロックでも、理解する事が出来なかった
闇魔法は基本的に、普通のヒトが使うには困難な魔法だった
「あれは・・・ちょっとした自己流魔法だよ」
「自己流・・・・すごいな」
すっかり話を信じたのか、感心した様に呟かれる
ウェンドの内心は、ばれないかという心配でどうしても何時も通りの明るさを出せず困っていた
このままロックと居ると、直ぐにばれてしまいそうな気がする
早い内に帰らなければと胸の中で呟いた
「そうだ、礼と言っちゃなんだがここら辺案内しようか?」
思いついた様にロックが言う
この辺の事はまだ来たばかりでよく知らず、非常にありがたい申し出なのだが
悪魔だとばれてしまう可能性がある以上、それに乗る事は出来ない
はずだったのだが、少しの間躊躇していると再びヴァンが飛び出してくる
「案内か・・悪くない」
その一言で、決定してしまった
直後にまた、ヴァンは中へと戻ってしまうのだが

「さて、どこに案内するかな・・」
案内を申し出ては見たものの、広い町故に一日ではとても全てを回りきれそうになかった
ウェンドはこんな自体に自分を陥れたヴァンを呪ったが
こうなっては後戻りは出来ないと思い直すと、開き直って何時も通りに明るく振舞う事にした
「・・そういや、この間近くにテーマパークみたいなもんができたとか言ってたな確か」
思い出した様にロックが口に出す
「え、テーマパーク?」
そういったものには目が無いのか、それを聞いてウィンドが素早く顔を向ける
先程までの暗い雰囲気から一転したその様子を見たロックは少し驚いていた
「あ、ああ・・確か三日くらい前からもう入れるはずなんだがな」
「そこがいい!」
二つ返事で、ウェンドが其処に行く事に決めた

ウェンドは構えを取ると、鋭い目で先を見つめた
大きく身体を振り動かすと振り下ろした掌から玉が飛び出す
それが少し離れた的に当たると、その顔に笑みが浮かんだ
結局、町の中を案内するはずが今二人はテーマパークに来ていた
礼が出来ればそれでいいと思ったのと、ウェンドが瞳を輝かせていたのが原因で
ウェンドの様子を見てロックが軽く手を叩いていた
「しかし、元気だな・・・」
直ぐ傍で様子を見ながらロックは呟く
次の的に狙いを定めて、またウェンドが大きく身体を動かした
さながら、仲の良い兄弟の様な光景が其処にあった
もっとも、種族は違うのでそう思う者は居ないのだろうが
周りの目も気にせずはしゃぎ回るウェンドをロックは見つめていた
さり気無く歳を訊いたが、まだ16歳という若さらしい
16といえば、自分は窃盗を繰り返していた頃だっただろうか
今は足を洗ってはいるが、何の汚れも知らない様なウェンドを少しだけ羨ましく感じた
じっと見つめられているのに気づいたのか、ウェンドがこちらを見つめる
「・・どうしたの?」
その腕には、的を当てて貰った景品が抱えられていた
「いや、なんでもない・・結構取れたな」
「うん!」
嬉しそうなその顔に、思わず自分の顔も綻んでいた

テーマパーク内にある建物で食事を取る
ウェンドが金を出すと言ったが、連れてきたのは自分だったためロックが代金を払っていた
「ここ、綺麗だね」
窓から見える青空と雲を見て、ウェンドが言葉にした
少し視線を下に移せば、大きな噴水がよく見えた
「結構穴場らしいからな」
テーブルの隅に置いてあるテーマパークの説明が書かれている紙を手に取ってロックが言う
ロックと同じ様にウェンドもその紙を取った
「お化け屋敷・・かぁ」
その中から、一つ目についたものを口に出す
正直なところ、今までこういう場所に来た経験の無いウェンドにとって
それ以外の物の名前を見ただけではどういったものなのかが分からなかったのだが
唯一、それだけは名前から大体の想像が出来た
「食べ終わったら行ってみるか?」
「お化け・・」
もう一度、頭で想像してみるがはっきりとしたものは浮かんでこなかった
「嫌いか?」
「そうじゃなくて・・こういうの初めてだから」
「珍しいな」
ロックもこういった場所に来るのは初めてだが、話ぐらいには聞いていたのでどんな所かは大体知っていた
「旅してたから、あんまり暇が無くてさ」
頭に手を乗せてウェンドが笑う
本当は、悪魔の世界にはそんな物が無かったからだった


「うわあぁ!?」
暗い道を歩くと、道の横から不意に何かが飛び出す
それを見ては一々ウェンドは悲鳴を上げて隣に居るロックにしがみついていた
先程までの元気は何処へ行ったのか、だらしなく尻尾を下げて泣き出しそうな顔をしていた
「・・怖い・・・・」
「そうか?俺は楽しいが」
それは、ウェンドに対しての言葉だった
まるで小さな子供に怪談話でも聞かせた様な反応をウェンドはしていて
そのまま、建物を出るまでウェンドがロックの傍から離れることはなかった
「やっと出られた・・・」
明るい光に満ち満ちた外に出ると、安心したのかロックに凭れながらも大きく息を吐いていた
「あ、ちょっとトイレ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ!!!」
屋敷の中に居る間に、ロックがそれについての怪談話もしていたので
本当は怖くて仕方がないのだが、これ以上ロックにくっついているわけにもいかないと走り出した
程無く人気の無い建物を見つけて、用を足してロックの元に戻ろうとするのだが
何時の間にか、帰り道に数人の男が立ち塞がっていた
「・・・誰?」
自分を睨む男達に、一歩下がってウェンドは問い掛ける
「お前が昨日やった奴らの仲間さ」
その中の一人が短く返事をした
それを聞いてウェンドの顔つきが変わる
「ここじゃ人が来るよ」
一般人を巻き込まない様に、両者は場所を移した
「遅いな・・本当に幽霊にでも会ったのか?」
その頃、屋敷出口の横で椅子に座ってウェンドの帰りをロックはひたすら待っていた
幾ら待ってもウェンドの戻る気配が無くて
心配になって、ウェンドの走っていった方向に自分も向かった

ウェンドと男達は、人気の無いまだ建設途中の広場へと来ていた
「それで、なにか用?」
「言われなくてもわかっているんだろう?それぐらいは」
男の一人がこちらへと走り出す
昨日やったのと同じ様に、攻撃を避けて擦れ違い様に眠りの魔法を掛けた
「ほう、魔法が使えるのか・・?」
後ろで見守っていた男が、ウェンドを観察していた
ウェンドの手から上がる黒い煙
それを見て、男が絶句した
「おいおい・・まさかあれは」
観戦して楽しむ様子だったその顔が、険しいものへと変わりはじめる
「やめろ、お前らの適う相手じゃない」
ウェンドに向かおうとしていた他の男達を手で制して止める
そのまま、その男自身が前に出た
「お前、悪魔だな?」
悪魔という言葉で、男達の目の色が変わった
「・・知ってるんだ」
その手にある煙が一際大きく、そして黒くなった
「闇魔法をその外見で使えるのは天才か悪魔って相場が決まってるんだよ」
闇魔法は通常よりも扱いが難しい
それなのに、子供の外見をしたウェンドがそれを容易く扱うのが男には不自然に見えたのだろう
「悪魔なら、手加減はしない」
今までの男達など足元にも及ばない程の速さで男が近づく
間一髪でその攻撃を避けたが、男はそのまま身体を捻ると素早く手をウェンドの首に向けて打ち下ろした
首から電流が走ったかの様な錯覚を覚えた後、その身体が倒れる
「悪魔って言っても所詮この程度か・・」
勝ち誇った様に男が宣言をした
だが、数秒後にその顔が固まった
「・・馬鹿な奴だよ、お前は」
地面に倒れていたウェンドが、笑いながら立ち上がる
その瞳は、赤い色で染まっていた
「悪魔を嘗めるなよ」
掌から飛び出した煙が男を包んだ
次の瞬間、男が叫び声を上げて地面に崩れ落ちた
「クズが」
黒い霧からは、血が滴り落ちていた


「お、トイレ」
ウェンドの走っていった方向に来てみると、漸くそれらしい場所に辿り着く
しかし、建物の中にも辺りにもウェンドの姿は無かった
何処へ行ったのだろうかと途方に暮れていると、遠くに黒い煙が上がっているのが目に映った
「あそこは、まだ建設中のはず・・だよな」
嫌な予感がして、其処へと走った

その広場に着いて見えた光景に、ロックは愕然とした
男の悲鳴が丁度上がっていて、思わず耳を塞ぎたくなった
「あと三人か・・」
返り血を舐めながら、ヴァンは残りの男達に視線を送っていた
「く、来るな!!」
傍にある石を手当たり次第に男は投げるが、それは全て黒い煙に吸い込まれると何処かへ消えた
「無様だな」
また一人、男が悲鳴と血飛沫を上げた
漸く正気に戻ったロックは、ヴァンに駆け寄る
その頃にまた一人が煙に呑み込まれた
悲鳴を上げると、呑まれた男が血を吐いて倒れる
その様子を楽しそうに見る姿を、ロックは信じられない目で見ていた
「ウェンド!!」
拭いきれない恐怖心を必死に抑えてその顔を見つめた
「なにしてるんだ!?」
「俺はウェンドじゃない」
その言葉で、ロックはもう一度その姿を見る
赤い目をしていて、ウェンドではないことに漸く気づいた
「ヴァンの方か・・それで、なにしてるんだ」
「ウェンドが襲われていたからな、助けてやったまでだ」
涼しい顔でヴァンはそう答える
「それにしても・・なんだよ、これ」
二人の周辺には、血の海に何人も男が横たわっていた
唯一無傷の残りの一人も、恐怖でもはや掠れた声しか出ていなかった
「・・悪魔が・・・・」
最初にヴァンに倒された男が、呪う様にヴァンを睨んでいた
「もう死にたいのか?」
男に向かって指を向ける
黒い煙が生まれた
「やめろ!」
その腕をロックが掴んだ
自分の腕を掴まれて、ヴァンはロックを睨みつけた
心の中にある恐怖が更に大きくなったが、それでもロックは手を放さなかった
「邪魔をするな、お前には関係無い」
「なんでこんな事するんだよ・・」
そう言われて、ヴァンは面倒臭そうな顔をする
「今までだってこうしてきたんだ」
「だから、なんでだよ!?」
ロックの叫びに、暫くヴァンが俯いた
「この男の言うとおり、俺とウェンドが悪魔だからだ」
「悪魔・・・?」
「知っているだろう?悪魔ぐらいは」
悪魔とは、かつてこの世界のほとんどを手中に治めていたとされる種族
その支配は今は無いに等しいものの、各地には悪魔の残した爪痕が今も残っている
だから、ヒトは悪魔を恐れていた
「ウェンドが、悪魔なのか・・?」
信じられないという様にロックが呟いた
「あいつは悪魔だ、そして俺も」
ロックはそれ以上言葉を発せなくなっていた
あの、温厚で優しく無邪気なウェンドが悪魔だとはとても想像出来ずにいた
「嘘だろう・・?」
「そう思うなら、本人にでも聞くんだな」
そう言うと同時に、ヴァンは一度辺りの敵を見渡して戦意が既に無い事を確認してからウェンドと交代した
ヴァンの代わりに現れたウェンドは、現れて直ぐに地面に崩れ落ちてしまう
慌ててロックがその身体を支えた
「ご、ごめん・・ちょっと身体が」
未だに先程の衝撃が身体の中に残っているのか、少し辛そうな顔をしていた
それでも既に立っていられる程回復しているのは悪魔の証拠なのだろうか
身体を支えられて辺りを見たウェンドの表情が一変した
「・・これ、ヴァンが?」
訊かなくても、周囲に未だ残る強い魔力と
目の前の血の海を見れば他にこれをやった者を見つけられる自信がウェンドには無かった
次に、自分を支えるロックの顔をウェンドは見る
「・・・どうしたんだ?」
ロックの顔をずっと見つめていると、不思議そうな顔をして尋ねられる
「・・なんでもないよ」
直ぐに視線を逸らして俯いた
「あ、悪魔・・・悪魔だ!!」
今までずっと固まって座り込んでいた男が、どうにか立ち上がり叫びながら逃げはじめる
その後姿を、見えなくなるまでウェンドが見つめていた

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