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1.騒がしい廊下

暗い暗い、闇に覆われた空間
その中央に一人の人影が立っていた
静かに佇むその人物は、目を瞑り
緩慢な動きで右手を前に差し出した
その手に小さな光が灯ると同時に、突如現れた炎が辺りを包む
現れた炎により漸く照らし出されたその顔は、何処か無関心そうな表情の狼人だった
右手を払うと、辺りの炎が渦を巻き掌にある光に吸い込まれて行く
「火術習得完了・・と」
そう言うと、狼人は振り返り歩き始める
少し歩いた所で暗闇へ手を伸ばすと、其処に亀裂が入り光が洩れた
「開門」
言葉と同時に、扉が開き始める
光が、身体を包み込んだ

暗闇に慣れた目に、光が差し込む
「見事だ、フェイン君」
目が光に慣れるより前に、自分とは違う声がした
「ゼルグ先生・・」
漸く光に慣れた目が、映像を映し出す
目の前には、静かな空気を纏った眼鏡を掛けた犬人が居た
「僅か五日で中級火術の習得をしてしまうとは、予想外だよ」
「ありがとうございます」
「少し休むといい、あまり魔法ばかりに集中していると倒れてしまう」
この言葉に軽く頭を下げると、フェインは歩き出す
後ろからゼルグがその姿を見ていたが、振り向くとフェインとは反対の方向へ歩いて行った

「お、おいフェイン!」
歩き出して僅か数秒、漸く緊張の糸が途切れた頃に
斜め後ろから声がしてフェインは振り返る
「なんだよ」
無感情だったその表情が、如何にも迷惑だと言う様な顔に変わる
目の前には、何処か薄笑いを浮かべる虎人の顔があった
「・・・・そんなイヤそうな顔するなよ」
「魔法覚えてだるいんだから仕方ないだろ?」
「今まで普通の顔してなかったか?」
「さあな、用件無いなら俺はもう行くぞ」
「ま、待てってば!」
歩き出すフェインの肩を掴む
その反動で、フェインは後ろに倒れた
「おっと」
慌ててその身体を虎人が受け止める
「・・用件はなんだよ」
「悪い悪い、俺この後暇なんだけどどこかいかねーか?」
フェインの身体を起こして、その身体を回して向かい合うと虎人は嬉しそうに語る
「却下する」
興味無いと言う様にフェインは虎人に背を向けると歩き出す
「おい!待てってば!」
再び手を伸ばそうとするが、途中まで伸ばした所で何かの力により手が跳ね飛ばされる
「うおお!?」
「無理に触ろうとすると吹っ飛ばすぞ」
フェインの周辺には、薄い膜が触れられた事により波立っていた
「くっそ・・魔法バカが」
その言葉にフェインの歩みがピタリと止まる
「悪かったな魔法バカで、どうだ覚えたてだが喰らって見るか・・?」
その手には、先程自分の手に集中していた炎の渦が集まり始める
「冗談だっつの!」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
笑いながら徐々に虎人に近づき始めるフェイン
「待て!話し合おう!」
「話し合いなんかより話し掛けるな」
その手を払うと、虎人の周りに眩い光が発生する
「暫くその中にいろ」
「おい!これどうすりゃいいんだよ!」
「授業サボッてるから対応できないんだ、知るか」
漸く解放されてフェインは歩き出す、背中に罵声が届いていたが無視をした

「フェイィィン!!」
虎人は見えなくなったフェインの名前を叫ぶ
「・・何やってんですか?ベイン先輩」
「お、グリスじゃねえか!これなんとかしてくれ!」
結界に囲まれている虎人、もといベインを後輩のグリスが不審そうに見る
「なんとかって・・これ、すごい強い魔法じゃないですか!僕が解ける訳が・・」
「大丈夫だって、俺も手伝うからよ」
結界の面の一つにベインが手を触れる、小さく結界が揺れた
「いいか?俺と同じとこに手つけてみろ」
「は、はい・・」
遠慮がちにグリスが手を触れて、ベインと結界越しに手が合わさる
「合図したら魔力を一気に入れろ」
「はい!」
「せーのっ、今だ!」
ベインとグリスが同じタイミングで魔力を込める、するとお互いの間にあった結界が消え去った
「よくやったグリス!」
後は簡単なのか、他の面にも触れて軽く魔力を込めるだけで結界は糸も簡単に消滅する
「サンキューなグリス!そんじゃ俺は急ぐからよ、授業遅れるなよお前も!」
そう言うとベインは風の様な速さでその場を後にする
「あ、先輩・・」
グリスが何かを言い掛けたが、既にベインの姿は視界の内から完全に消え去っていた
「まぁ、いっか」
諦めたのかグリスもその場から立ち去り始めた

「フェーインー!!!!」
後ろからベインの大声が聞こえて、廊下を歩いていたフェインが振り返る
「な、んなバカな!なんでお前があの結界解けるんだよ!?」
驚きの表情で向かってくるベインを凝視する
慌てて足止めの魔法を唱え様とするが、先程使った魔法の事と魔法を習得するために力を使っていたせいもあり
フェインは再び倒れそうになってしまう
その身体を、先程と同じ様に駆け寄ったベインが抱き止めた
「フェイン、俺この後暇だから一緒にいような!」
「放せこのアホ虎がっ!」
どうにかその手を放そうと試みるが、力の入らない身体では緩く抵抗する程度にしか出来なくなっていた
「遠慮するなって!さー行くぞー」
無理矢理フェインの肩に腕を回すと、半分引きずる様に移動を始める
「放せええええ」
廊下に、フェインの虚しい声が木霊した

「ほーら着いたぞフェイン」
部屋の扉を開けると、ベインは引きずっていたフェインを床にゆっくりと降ろす
部屋は二人で一部屋のため、元よりこの二人は一緒の部屋に住んでいた
床に降ろされたフェインは、そのまま横に倒れてしまう
「おい、大丈夫なのかよ?」
「・・・平気」
余りにも弱々しいその様子に、朗らかだったベインの様子が変わる
慌ててフェインに近寄ると、そっと抱き寄せた
「放せ変態が」
「おーおー、元気だなまだ」
抱き上げているせいで、フェインの顔が真下にあった
じっとその顔を見つめて、徐々にベインの顔が近づく
「フェイン・・・」
瞳を閉じた無防備なフェインの顔が、目前にあった
「ぶっ」
後一歩という所で、突如伸びたフェインの手がベインの顎に軽く掌打を喰らわせた
「次は燃やすぞ」
「ったく相変わらずガード固いなお前は・・・・」
小さく溜め息をつくベイン
「ほら、治療するぞ」
身体に腕を回して、抱き締める様にする
「暑苦しい」
「一々ウルサイぞ」
苦しくない様に抱き締めると、身体全体に魔力を込める
ベインの身体が淡く光り始めた
その光は、ベインの皮膚を伝ってフェインの身にもうつり始める
「礼なんか言ってやんねえから・・な」
「へいへい、まったく尽くす側も大変だよ」
「お前が勝手にやってるだけだ」
突っぱねた返事に、ベインが項垂れる
「たまにはありがたみをわかってほしい・・」
「・・・・」
そのまま、暫くの間ベインはフェインの身体を抱きフェインが楽な様に魔力を送っていた
フェインの回復に集中するため、目を瞑ったベインの手に
フェインの動く様子が伝わる
「おい、あんまり動くと・・」
注意しようと口を開くが、途中でそれが止まる
気付くと、頬にフェインが顔を埋めていた
「ほれ、満足か?」
離れると、フェインが何処か含み笑いをしているのが視界に入る
「・・・口にしてくれ」
その言葉が言い終わるや否や、口付けされた頬に今度は勢いをつけた平手打ちが叩き込まれた
「アホかおまえ」
そのままフェインは再び腕の中に納まってしまう
「くっそ・・・でも嬉しい」
ベインが、半泣きで呟いた



目を開けると、眠っているベインの顔が見えた
自分が寝ていた事を数秒遅れて理解する
身体の調子を確かめると、ほぼ魔力は戻っていて
ベインが限界まで自分に魔力を注ぎ込んでいたのが窺い知れた
自分の上に乗せてあるベインの手をそっと退けて起き上がる
それでも起きないベインは、力を使いきったのか気持ち良さそうに眠り続けていた
黙ったままフェインは、そっと伸ばした手をベインの頭に乗せた
「・・・ごめん」
そのまま頭を撫でると、ベインが笑った気がした

「フェインー・・フェイ・・・・・ふがっ」
バランスを崩し倒れて床に鼻をぶつけたベインが、情けない声を上げる
鼻を押えて起き上がるが、部屋の中にフェインが居ないのを不審に思う
「フェイン・・どこ行った?」
慌てて立ち上がると、足早に部屋から飛び出した
廊下に出て辺りを見るが、何処にも人影は見当たらず
仕方なくフェインが大体の時を過ごしている図書室へと向かって走り出す
程無くして図書室が見える場所まで来ると、扉が開いていて
其処から微量ながらも風が吹いていた
「風・・・?」
駆け寄り、部屋に入ると自分の顔に風が吹き付ける
更に進んで部屋の中を歩いていると、捜していたフェインが一つの椅子に座り本を読んでいた

「フェイン!」
名前を呼ばれて、本に集中していたフェインが顔を上げる
同時に部屋の中に漂っていた風が瞬時に止まった
「なんだ、おまえか」
「なにしてるんだよ、こんな所で」
「なにって、見ればわかるだろ?それもわからない程まさか授業サボッてた訳じゃないだろうし」
その手に持つのは、風術に関する本だった
「まさか・・もう次の魔法覚える気なのか!?」
「だから、見ればわかるだろ」
ベインがフェインの近くまでやってくる
「無理するな!魔法一つ覚えるだけでも相当しんどいのにそんな事したらほんとに倒れるぞ!?」
その言葉に、フェインが立ち上がりベインと対峙する
フェインの身体中から、風の魔力が発生し始めていた
「平気だ、あとはあの中に入って魔力を纏めれば・・」
「やめろ!そんなんじゃほんとにどうかしちまう!」
フェインに手を伸ばす
しかし、またしてもその手はフェインの纏う結界により弾かれる
「触るな、これからあの中に行くんだ」
「フェイン!」
歩き出したフェインの肩に、更に手を伸ばす
「つっ・・」
再度弾かれるが、先程よりも明確に手に痛みを覚えて確かめると
手の甲に一筋の傷が出来ていて、血が流れていた
「次は切り刻む、邪魔をするな」
忠告をしてフェインは歩き続ける
だが、視界の隅に再び動くものを捉えた

「おい、なにしてるんだよ・・」
気付くと、ベインが自分の事を固く抱き締めていた
しかし風の結界を纏っているフェインに抱きつくという事は、その結界に切り刻まれる事を意味する
「ベイン、離れろ」
「なら、行くのやめろ」
そのやり取りをしている間にも、結界はベインの身体を切りつける
ベインは身体中に防御を張ってはいるものの
少しずつ身体に風の太刀が入れられ其処から血が流れ出す
「離れろベイン、死ぬぞ」
フェインがベインを見つめる、だがその顔は不敵に笑ったままで
身体の方は少しも動かなかった
「ベイン・・?」
「見たくねえんだよ、お前がボロボロになるのなんて」
ベインが、更に笑った
その顔を見た瞬間にフェインの纏う風の動きが、全て止まる
風が止まってもベインはフェインを抱き続けていたものの、膝が折れて床に座り込んでしまう
「はは、お前強すぎるわ・・」
苦笑いで話すベインの身体中から、血が流れ出していた
「バカ野郎・・・」
フェインが、その手に魔力を溜める
手から溢れ出した水がベインを包み始める
「お、ありがとな」
「礼はいいから大人しくしてろ」
「フェイン、行くなよ?」
ベインが立ち上がろうとする
「動くなって言ってるだろ!」
「フェイン!」
視線が、フェインを真直ぐに見つめる
「・・・行かないから、動くなよ」
「おう、わかった!」
仕方なく返事をすると、嬉しそうにベインが笑った

ベインに止められて、フェインは今ベインと共に部屋に戻ってきていた
与えられているベットに、ベインは横になっていた
傷を治してもらったとはいえ、防御魔法も使っていて身体はボロボロなのだ
それでなくてもフェインに自分の魔力を差し出していて、本当なら下手に動く事さえできないはずだった
一方のフェインも、多少の魔力を使ったためにベットに寝ていた
因みにベットは二段ベットになっており、上はフェインが、下はベインが寝ていた
「なぁ・・フェイン」
姿は見えないが、すぐ上に居るフェインを呼ぶ
「なんだよ」
「なんでそんなに魔法覚えるのにこだわるんだ?」
「・・俺は強くなりたいんだ」
「なんで強くなりたいんだよ?」
「おまえには関係ない」
冷たくあしらわれて、ベインがまた苦笑いになる
「まぁ、おまえにとっちゃ俺なんてどうでもいいのかも知れねえけどな」
フェインが居るはずの、その場所を見つめる
「俺にとっちゃおまえは大事なもんだからな、大事なもんの事は色々知りてえもんだろ?」
「・・・・」
「話したくないならいいけどな、無理に聞いちゃ今より嫌われちまう嫌われちまう」
ベインが体勢を横にして、寝る準備に入る
「・・・・・俺が強くなりたいのは・・」
「あん?なんか言ったか?」
「話さなくてもいいんだぞ?」
「ウソだって!」
慌ててフェインに続きを促す
「昔、小さい頃・・俺の住んでた町に魔物が押し寄せたんだ」
「魔物が・・?」
「皆必死に戦ったが、適わなかった・・そして、町を捨てた
その時俺の両親は・・・」
「ま、まさか・・殺されたのか!?」
「いや、怪我をしたが今はピンピンしてる」
フェインの耳に、ベインが壁に頭を叩きつける音が聞こえた
「そこは話的にもっとこう・・・重傷だとか、死んだとか転ぶべきじゃねえのか?いや、死んでなくて嬉しいけどよ」
「知るか、だがまぁ・・中には死んだ人ももちろんいたさ、だから俺は強くなりたい」
「そうか・・でもな、だからってあんな無茶したんじゃ、強くなる前に死んじまうぞ」
飽く迄ベインは、フェインを心配していた
「・・ありがとう・・・・」
「あ?なんだって?」
「寝るぞもう」
「へいへい、おやすみな」
「・・・・・おやすみ」
暫くすると、上からフェインの寝息が聞こえ始める
ベインは、何処か満足した様に目を閉じた



翌日になるとフェインはまた慌しく魔法を習得するために本を読んでいた
だがその隣にはベインの姿が常にあり、時々ちょっかいを出しては適度に邪魔をしている姿が目撃された

「なぁフェイン、今度この店行ってみねえか?すっげぇウマイってよ!」
「却下」
今日も今日とて、廊下の途中で騒がしいやり取りがされていた
どちらかと言うと、ベインだけが一方的に五月蝿い状況ではあったのだが
「そういやフェイン、なんか先生が呼んでたぞ?俺らの事」
「・・なんで俺『ら』なんだ?俺だけならまだしも」
確かにフェインとベインのレベルは結構な差があり、フェインはかなりの強さを持っていた
ベインは決して弱い訳では無いのだが、流石にフェインと比べてはどうしても見劣りをしてしまう
「フェインって、性格悪いよな・・・」
落ち込んだ表情でベインが声を出す
「褒め言葉か?ありがとな」
フェインが、その日始初めて太陽の様に笑った

扉をノックする音が部屋に響く
「どうぞ」
そう声を出すと、然程間を置かずに扉が開く
「失礼します」
フェインが先に入り、後から入ったベインが扉を閉める
「先生、何かご用でしょうか?」
「ああ、フェイン君にベイン君・・待っていたよ」
振り返った犬人のゼルグは、フェインが中級火術を覚えて外に出た時に迎えた者だった
純白の毛色に包まれたその姿に、何処か威圧感を感じる
「先生、相変わらずメガネ渋いな!」
「ありがとうベイン君」
ベインが場の緊張感を読まずに声を上げるが、ゼルグは軽く受け流す
「それで先生、俺達を呼んだのはどういう事ですか?俺だけならまだしも」
再度ベインにトゲのある台詞を言いながらも、用件を尋ねる
「用件っていうのは他でもないんだけど・・実は二人でコンビを組み、ある任務を遂行して貰いたい」
「コンビ?なんで俺らがコンビを組まないといけないんですか?」
今まではコンビを組んだとしても、フェインの実力に限りなく近い者がフェインとコンビを組んでいた
それが突然、フェインより数段劣るベインとコンビを組めとはどういう事なのか
「それは尤もな意見だ、今まで君には君程の実力は無いにしても、限りなくこの学園に居る中では
実力がトップクラスの生徒をコンビにつかせていた、それは任務遂行を最優先に考えていたからでもある」
「では、何故今更ベインを?」
「確かにベイン君は今まで君につけていたトップクラスの生徒よりも実力では劣ってしまうかも知れない」
「俺、弱いのか・・・」
その言葉にベインが一歩後ろに下がり落ち込む
「しかしコンビを組むという事の最大のメリットは、お互いがお互いを助け合う事により発生する相乗効果
にある、君は今まで組んできたそのトップクラスの生徒達とこの最大のメリットを活用した事があるかい?」
「それは・・・」
「無いだろうね、それは二人のどちらもが素晴らしい素質を持っており
この最大のメリットを活用する事自体の必要性が薄くなっているからだ」
純白の中にある瞳が、フェインを映す
「・・・つまり、適度に足手纏いが居れば適度にピンチになり
適度にその最大のメリットを活用してくれると、そう言いたいのですか?」
「平たく言えばそうなるだろうね、でもそんな露骨に言わなくてもいいんじゃないかい?」
フェインの横では、既に連続でショックを受けたベインがしゃがみ込んで後ろを向いていた
「俺役立たず・・・」
「・・・・・が、がんばれよベイン」
あまりの落ち込み様に、普段は放って置くフェインも慰めの言葉を掛ける
「そうそう、そう落ち込むものでも無いよベイン君」
「え・・?」
「確かに君はフェイン君と比べれば数段見劣りがするかも知れない、それは事実でもある」
「うっ」
「でもね、例えそうだったとしても、先程述べたそのメリットを活用すれば
もしかしたらどちらもトップクラスだけのコンビよりも遥かに強い力を発揮するかも知れないんだ」
「強い・・力?」
「これは試練でもあるんだ、相乗効果により二人が何処まで行けるかの・・ね」
その目が細められて、微笑む
「やってくれるね?」
「・・わかりました」
「ベイン君は?」
「は、はい!精一杯頑張りまっす!」
「・・・・・期待しているよ」



「で、具体的に何の任務なんだ?」
学園の入口に立ち、ベインが尋ねる
「ちょっと待ってろ、今貰って来たの読む」
依頼書を広げて中を読み始めるフェイン
「・・・・・・・なんだと?」
「なんだ?どんな依頼なんだ?」
興味津々と言った風に、ベインが駆け寄る
「主・・・退治」
「え、なに?」
「主退治」
「主?・・・・・主ってまさかあの主か!?」
フェインの手から依頼書を奪い取り、それに目を通す
「・・・・・・ウソだろ!?あんなの倒せる訳ねーだろ!!」
「そうだな、もっともな意見だ」
「どーすんだよ!こんなの無理に決まってるじゃねえか!」
ベインがフェインに詰め寄る
「やるしか・・無いだろ?」
「そうだけどよぅ・・・・」
すっかり怯んでしまったのか、情けない表情をするベイン
「ほら行くぞ、来ないなら俺は一人でも行く」
「お、おいフェイン!待てよ!」
仕方なく、ベインもその後を追った


「先生、いいんですか?先輩達にこんな任務押し付けて」
隠れていたグリスが、机の下から顔を出して問い掛ける
「君が言ったんですよ?相乗効果とただ強いだけの効果はどちらが強いのか気になるって」
「それはそうですけど・・・でも、主退治なんて無茶にも程が・・」
「確かに無茶かも知れません・・しかし、私はあの二人が何処までやれるかを見て見たいのですよ」
「何処までやれるか?」
「フェイン君は強いですよ、実力だけなら私達教師側にさえ並ぶ程の
力がある、しかし困った事に彼は少々一人で進む傾向がある」
「それを、ベイン先輩がサポートするって事ですか?」
「そうなって欲しいとは思うが、必ずしもそうなるとは限らないね」
楽しそうに話しているのを見て、グリスが眉を顰める
「先生、楽しんでますね?」
「そうですね、とても楽しみですよ」
「趣味悪いんじゃないですか?」
「君もそうじゃないのかい?こんな所にばかり居ては他の生徒に目を付けられるよ」
「・・・わかりましたよ、僕はもう行きますけど・・ほんとにやりすぎない様にしてくださいね?」
扉を閉める直前に、グリスが忠告をする
「わかってますよ、あまり遊びすぎてはいけない事くらい・・」
一人残った部屋で、自分の声を聞いていた



「おあああああ!!!!」
ベインは、主に追われていた
主とは、ある一定のエリアを自分の縄張りとして
そのエリア内では間違いなく最強である魔物の事である
エリアにより強さに違いはあるものの、少なくともそのエリア内では最強の強さを誇る
「フェイン!フェインフェインフェイーン!まだかぁ!?」
ベインは必死に叫びながら、主と一緒に森を疾走する
すぐ後ろには、自分より数倍の大きさを持つまさに化け物としか言えない生き物が居た
「・・・グラビティインパクト」
ベインが通った直後の地面が、言葉が響くと同時に崩れ始める
その中に閉じ込められた主を、更に重力の塊が押し潰そうとしていた
「やったか!?」
逃げるのをやめて、ベインが主へと近寄る
「・・・・・逃げろベイン!」
主が雄たけびを上げると、周辺に張り巡らされた重力が吹き飛ばされ暴走する
「おわわわ!!」
ベインに向かい、暴走した重力の力が襲い掛かる
「ちっ」
フェインが再び魔法を唱えると、ベインの回りに結界が生まれる
結界は重力の力を完全に受け流すと、その回りから消えた
「あ・・ありがとよ・・・・・」
「自分で防御できる力くらい、つけとくんだな」
「すまん・・・」
ベインが俯いてしまう、少し言い過ぎたかとフェインは舌打ちをした
「・・まぁ、俺の魔法が弾かれたんだし俺のせいでもあるが」
座り込んでいるベインに、フェインが手を伸ばす
「ほら、立てよ」
その手をベインがじっと見つめて、掴もうとした
しかし、掴むよりも先にフェインの後ろに動くものを捉える
「フェイン!」
素早く立ち上がると、フェインを抱いて素早くその場から移動する
間髪入れずにフェインの居た場所に、主の攻撃が決まり地面が抉り取られる
「大丈夫か!?」
主から距離を取ると、腕の中に居るフェインにベインが問い掛ける
「俺は、なんとか」
「そうか・・よかった・・・」
そこまで言うと、ベインの瞳から光が消えてフェインに圧し掛かる
「お、おい?ベイン!?」
その背中から、血が溢れ出していた



目の前で力尽きたベインの身体が、自分に覆い被さっていた
「ベイン、しっかりしろ!」
今の体勢では、戦う事もベインの様子を診る事も出来ない
二人の場所に主が再び迫り始めていた
「くそっ・・ガストフレイム!」
覚えたばかりの中級火術を発動させる、掌から炎の渦が現れ物凄い速さで敵を飲み込む
「今のうち・・・・に」
主が炎に気を取られている間に、どうにかベインを背負うとその場から立ち去る
しかし体格ではベインの方が勝っているため、思う様に進まない
更に主に当てる魔法の力を強めると、力を振り絞りフェインはその場を後にした

「重い・・次からダイエット進めてやる」
主の気配が近くに無い事を確かめると、ベインを降ろす
すぐに背中を診るが、鋭い爪に切り裂かれた傷からは大量の血が出ていた
「マズイな・・血が」
慌てて手に魔力を集中させると、そこから水が溢れ出す
「これだけじゃ足りない・・・・・」
一度魔法の詠唱を途中でやめると、右手ではなく左手を差し出す
左腕に、右手を当てると其処から風が巻き起こり
その左腕に、幾つもの切り傷が出来て血が飛び散る
「ぐっ・・後で殴るぞ」
すぐに左手ごと水で包み、血の量を何倍にも膨らませる
「受け取れよ、アホ虎」
集められた血液が、ベインの傷口に吸い込まれる様に入って行く
更に今度は綺麗なままの水を出すとその傷を塞ぐ
「治療完了・・・」
だが、魔法を唱え終わると同時にフェインも倒れてしまう
主相手に何度も魔法を放ち、ベインの治療にも使ってしまっては魔力の残りなど高が知れていた
ベインの方はもう大丈夫だろうが、自分の方が今は危ない状況だった
「今見つかったら確実に殺されるな・・」
それだけが心配だったが、数分待ってもその気配を感じないためにフェインは暫く眠る事にした


身体中が悲鳴を上げていた
確か、フェインの後ろに主の姿が見えて
危ないと思った瞬間には、自分の身体が勝手に動きフェインを助け出していた
しかし考え無しに動いたせいか、直後に自分の背中から凄まじい痛みを感じた
どうにか主から多少離れた所まで移動したのだが、其処で気を失ってしまったのだった
「・・フェイ・・ン」
ゆっくりと目を開ける、目の前には自分と同じ様に地面に倒れているフェインの姿があった
「フェイン!?」
慌てて飛び起きてその身体を揺するがまったく反応が無いのに益々焦る
自分の背中に感じていたあの痛みが、無くなっているのに気付く
それに代わる様に、フェインの左手は血で染まっていた
「まさか・・・」
自分を助けるために其処までしたのかと思うと、ベインは顔を顰めた
「俺は、やっぱり足手纏いなのかよ・・」
俯いたベインが、泣きそうな顔で呟く
「うるせーぞアホ虎」
その顎に、フェインの握った拳がゆっくりとぶつかる
「フェイン!大丈夫か!?」
再度フェインの身体を揺する
「うっ・・」
「あ、悪い」
楽な様にすると、治療呪文を掛ける
「手、平気か?」
左手には、ベインに血液を分けるために自ら付けた傷から血が未だに出ていた
「ごめんな、フェイン・・」
「ん?」
「俺、足手纏いだ・・・・」
役に立たないだけなら、まだよかったのに
フェインを追い詰めているのが自分なのが辛かった
「足手纏いじゃない、さっき助けてくれただろ」
「あれは・・俺がちゃんと逃げてれば別に平気だった」
「お前が居なけりゃ、俺一人だったんだ、ああいう作戦もできなかったさ」
「でも、やっぱり・・むぐっ」
右手が、再び宙に舞うとベインの口に押し当てられる
「気にするな、過ぎた事だしお互い生きてるだろ」
大分魔力が回復したのか、手を降ろし左腕に当てると自らも治療呪文を掛けるフェイン
「・・ありがとな」
ベインの耳に、言葉が聞こえた
視線をフェインに当てるが、その表情を読み取ることは不可能だった



「・・・よしっ」
傷も大分回復したのか、勢い良くフェインが立ち上がる
「もう平気なのか?」
「まあな・・」
習得している魔術の数も計り知れないフェインは、傷を治す事も得意としていた
「・・やっぱお前ってすげーな!」
目の前で、ベインが嬉しそうに語る
「お前はどうなんだお前は」
途端に、その動きが機械の様に止まる
「お、俺はーその・・・」
「確か、中級の何かは覚えてたよな?」
ベインが覚えている中級の魔法は、風術のみで
対するフェインは、中級の土火水とベインの三倍は魔法を習得している
「俺には、フェインへの愛がある!」
そう言うとベインはフェインに向かい飛び掛る
着地地点に居たフェインは、然程苦労する訳でも無くそれを避ける
「ぶっ」
その地面にベインが顔から着地した
「よ、避けるなよおまえ・・」
半泣きのままベインが顔を上げる
「それだけ元気ならもう平気だな、行くぞ」
「お、おいどこ行くんだ!?」
先に歩き出したフェインの後を、慌てて追いかける
「どこって・・決まってんだろ?」
一度振り返り、ベインの鼻の頭に人差し指を置く
「リベンジだ」

森の中を、威風堂々と大きな獣が歩いていた
その様子を大分離れた所から見張る人影が二人
「なあ・・ほんとにまたやるのかよ?」
「なんだ、心配なのか?」
振り向いて見れば、何時になく弱気な顔をしているベインが其処に居た
「だってよ・・下手したら死ぬんだぞ?」
耳元に顔を近づけてベインが喋る
「そうだ・・・・な、でも俺は行く」
真横に来ていたその顔を力任せに押し返す
「お、俺は帰るぞ・・?危険すぎる」
ベインが立ち上がり、背中を見せる
「そうか、お前の愛とやらはその程度の物か・・・」
その背中に、フェインの呟きが届いた
「なにっ!?」
高速でベインが振り向く
「そうだろ?愛しのなんとやらが死地へと赴くのにそれを放って置くんだからな」
わざと挑発的な台詞を練り込み、口から音としてそれを出す
それを聞いたベインの表情が見る見るうちに変わり始めた
「その程度の愛で、俺も遊ばれてたとは・・な」
表情の見えない位置で、止めの一言を発すると
その肩を掴まれて無理矢理振り向かされる
「お・・・おまえな!」
表情は今にも泣き出しそうが半分、怒りが半分と言ったところで
「俺のお前への愛は本物だ!」
「口だけなら何とでも言えるからな、どうだか?」
「・・・・わかったよ一緒に行きゃいいんだろ!?」
自棄になったベインが、ついに決意をする
「ああ、その言葉を待ってた」
満足したのか、フェインはその途端に涼しい顔をしてしまう
「くっそー・・・あとで覚えてろよ・・・・・」
「はいはい、覚えててやるから頑張れよ」
何処までも、フェインの掌の上だとベインは思った

「それで、どうするかなんだが・・・」
結局は振り出しに戻ったのと然程変わらない今の現状に、フェインは頭を悩ます
「また囮作戦でもするか?」
そう言いながら横のベインへと視線を送る
「もう勘弁してくれ・・・」
項垂れたベインが、どうにかそれだけを返した
「仕方ないな、今度は俺が囮に」
「それはやめろ!」
途端にベインが腕を掴み、懸命に引き止める
先程の様な結果になるのが、ベインは怖いのだ
「んじゃどうするんだよ?のこのこ帰るわけにゃいかないんだぞ」
「そうだけどよぉ・・・」
結局、手も足も出ない状態だった
魔法の腕なら多少の自信があるフェインだったが
先程の全力で撃った魔法はものの見事に弾き返されてしまい
却って囮役だったベインを危険に曝してしまった
自分一人の力ではどうにもならないという事なのだろう
「俺一人の力・・か」
其処まで考えたところで、ある事に気付いた
この任務は相乗効果を試すために受けたものだ
確かに先程の囮作戦は二人以上居なければ出来ない物だったが
攻撃面では結局のところ一人でやっていた事に等しい
それは自分よりは数段劣るベインが攻撃しても大して差が無いと自分自身が思っていたからだ
だがしっかりとその話を聞けば、ベインは自分が持っていない中級属性の魔法を持っている
「なるほどねぇ・・」
あの言葉の意味が、漸く分かった
「おい、さっきから何ひとりでブツブツ言ってんだよ?ボケたか?」
そう言ったベインの顔に、裏拳がめり込む
「お前っ・・・手加減しろよ」
「ボケに突っ込んだまでだ」
「別にボケた訳じゃないのに・・・」
顔を擦りながら涙目でフェインの事を睨む
「それよりほら立てよ、行くぞ」
「お、おい・・やるのか?」
立ち上がったフェインの姿を、見上げる
「当たり前だろ?」
「何か方法あるのかよ?」
「そうだな、浮かびはしたが・・・とりあえずもっと近づくぞ」
主に見つからない様に、フェインが歩き出す
慌ててその後を、ベインが追った

主から然程離れていない場所まで来ると、フェインが説明を始める
「いいか?これからもう一度主に攻撃を仕掛ける・・ただ、今までのやり方とは違う」
「今までとは違う・・・?なにするんだよ?」
「だからな・・」
主に気取られない様に、耳打ちで話を始める
「・・・それ、本当にやるのか?」
「相乗効果を使えって言われたんだし、仕方ないだろ?」
「でもよ、そんなの今までした事が・・」
自信の無さそうなベインの肩にフェインが手を掛ける
「やるしか無い・・・だろ?」
「・・分かったよ」
短い話し合いが、終わった

「・・・いくぞ?」
「ああ、何時でもいいぞ」
広場の中央で休んでいる主目掛けて、ベインが風の魔法を放つ
風魔法だけなら中級の力を持っているので、大きな竜巻が主へと向かってゆく
竜巻に主が気付くと、気丈にも竜巻に主が向かい合った
「流石主ってところか・・」
「おい!早くしろよそんな長く持たないんだぞ!」
「はいはい・・・・」
頭に炎のイメージを浮かべる
浮かべた炎のイメージが、小さい灯火となって掌へと現れた
それを、竜巻に向けて放つと途端に竜巻は炎の渦巻きへと変化する
突然の変化に驚いた主は、一度距離を置いて警戒をする
その主目掛けてベインは風を操り、主を追い始めた
「まずは、成功だな」
炎の渦巻きが物凄い速さで主を追い立て始める
初めは逃げ惑うだけの主だったが、段々と恐怖心が薄れて行ったのか
途中で振り向いて再び竜巻に立ち向かおうとする
それを待っていたかの様に、フェインが炎の力を弱めた
炎の消えた渦巻きはただの竜巻に戻り、主とぶつかり合う
続けてフェインが土の魔法を唱え始めて、それを放った
同時に主の周辺の地面が形を変えて、まるで主を閉じ込めるかの様に変化する
「大分体力は削ったはずだが・・・・」
それでも竜巻とぶつかり合い戦う主の圧倒的な力は、離れた此処に居ても伝わる程で
本当にこの化け物を倒せるのか若干不安が過ぎった
「そろそろ・・破られるぞ」
苦しそうにベインが呟く
「ちょっと待ってろ、合図したら竜巻は消していいから」
両手に視線を送り、三度目の魔力を溜める
「持ってくれよ、俺の魔力・・・」
願いを込めながら、今度は氷のイメージを固め始めた
それを空に飛ばすと、主の上に氷の刃が幾つも現れ始める
「フェイン、まだか!?」
「もう少しだ」
氷術はまだ初級しか覚えていないのだ、先程までの術より手間が掛かってしまう
力を入れる度に、宙に浮いている氷の刃が少しずつ大きく
少しずつ鋭利な物へと変化してゆく
こんな時だというのに、それを綺麗だと暢気な事を思いながら氷を作り続けた

宙に幾重もの巨大な氷柱の様な氷が漸く完成した頃に
ベインの放っていた竜巻も破られようとしていた
「・・・いいぞもう」
フェインから、合図が出される
「待ってました!」
風へと注ぐ魔力を、一瞬だけ無にする
その瞬間に力の無くなった竜巻は、辺りに爽やかな風となって消えた
そして再び手に風の力を練り始める
「急がないと主が逃げるぞ」
「わかってる!」
全力で力を籠めた、慣れているのもあって然程時間が掛かる事もなくそれは完成する
「行くぞフェイン!」
「ああ」
全ての力を籠めた風の魔法を解放する
フェインも、最後に残っていた魔力を全て氷へと注いだ
地形に阻まれていて動けない主に、ひんやりとした風が流れ込む
上空から漂ってきたその風に主が上を向くが、次の瞬間には
フェインの作った数多の巨大な氷の刃が、ベインの風に押されて高速で降り注いで来ていた
主が雄叫びをしながらそれにさえも立ち向かうが
身体に刺さった瞬間に其処から身体が凍り始める
そのまま暫く、主に向かい氷が降り注ぎ
全ての氷が主へと飛ばされるとその場に残っていたのは
まるで氷像の様な主の姿だった

「・・やったのか?」
遠目からではよく分からず、隣のフェインに問い掛ける
「見てみよう」
フェインが主に向かい走って行く、それにベインも続いた
「綺麗に凍ってるな・・・」
主は、天を仰いだまま雄大に凍っていた
「本当に倒したのか?俺達が」
「・・・だろ」
自分でも信じられなかった、最強と言われる主がたった二人だけで
この様な状態になっているのだから
「・・やったなフェイン!」
「あ、ああ・・・・」
フェインの身体が、傾く
その身体を慌ててベインが支えた
「大丈夫か!?」
「ちょっと魔力使いすぎた・・」
ベインは一種類だけを使っていたから其処まで負担は大きくないのだが
フェインは三種類もの魔法を使ったのだ、魔力はもうほとんど無いのだろう
そして身体への負担も大きいものだった
「大したもんだよお前は、氷術は初級のはずなのにあんなでかいの作るなんて・・・」
「一応全ての修行はしてるしな、ただやっぱ自信は無かったよ」
初級程度しか心得の無い氷術が効いたのは、魔力を無理矢理にでも籠めたからだった
しかしそれも肉体への負担が掛かるのだ、まともに立っているのも難しいところだった
「とにかく帰ろうぜ、もう魔力がねえよ俺も・・・」
フェインの身体を支えながら、ベインが歩き出す
背中を向けて少し歩いた所で
僅かな音が聞こえた
「・・・・・・え?」
ベインが振り返ると同時に
主の氷像に罅が入り
微かだった音が、しっかりと聞こえる雄叫びになった瞬間
主の纏っていた全ての氷が、弾け飛んだ

「な・・なにぃ!?」
ベインが素っ頓狂な声を上げて素早く下がる
「フェイン、まだあいつ生きてるぞ!?」
支えられているフェインもその姿を見ると、信じられない顔をした
「まじかよ・・・もう魔力が」
手に力を籠めるが、もう小さな火を出す魔力さえ残っていない状態で
主の様子を黙ってみている事しか出来なかった
主は氷の呪縛から解放されると、素早く二人を睨み付ける
足を一歩、主が踏み出した
「も、もうだめだ・・・」
ベインが、絶望の一言を述べた
主が、今までに無い雄叫びを上げた
しかし雄叫びを上げた後、主は倒れてしまう
「へ?」
その動きにベインが驚く
「どうなったんだよ・・?」
横に居るフェインへと問い掛ける
「・・・力尽きたんだろ」
見たままの感想を、フェインが述べた
「本当に死んだのか?また動いたりしないよな?」
そう思って少しの間様子を見ていたのだが、ピクリとも主は動かず
「死んだみたい・・だな」
「そうか・・・」
そうフェインが纏めると、ベインが再び歩き出した
後には、地形の変化した跡と幾つもの氷の塊と
死して尚凄まじい威圧感を残した、主の死骸だけが残っていた

覚束無い足取りで、フェインを支えたままベインが歩く
どうにか学園まで辿り着くが、着いたところでベインは倒れてしまった
フェインもどうにかしようと力を籠めたが動く事も出来ず
そのまま二人は、周辺に居た生徒や教師に治療室まで運ばれて行った
「・・・ん・・・・」
目を開くと、見慣れない天井が見えた
起き上がって見渡せば、其処は余り来た覚えの無い保健室のベットの上で
隣を見れば、自分と同じ様にベインが気持ち良さそうに眠っている姿が見えた
無事だったのかとその姿を見て一安心する
掌に力を籠めるが、まだ魔力は半分も戻っていなかった
「起きたかい、フェイン君」
声が聞こえて見上げれば、白い体毛に覆われたゼルグが居た
白衣を着ていて、何処か何時もと違う印象をフェインは受けた

「先生・・」
「主を倒したそうだね、流石私が見込んだだけはある」
穏やかに話し始めたその姿を、じっと見つめた
「これで暫くの間は、あのエリアも平和な時が戻るだろう
尤もそれも少しの間で、また新しい主が生まれるのだけどね」
主は、そのエリアにおいて最強の魔物に与えられる称号であり
倒した主の次に強い魔物が、そのまま主の称号を得るにすぎなかった
「それで・・今回、君は何時もと違い力の差が大分あるパートナーと組んだ訳だけど
主を倒したという事は、それなりの事をしたと受け取ってもいいのかな?」
本題に入ったのか、穏やかな瞳がフェインを捉える
一瞬、あの主にでも睨まれた様な印象を受ける
「最初は囮を使って主を誘き出しました、これなら力の差があったとしても然程問題も無いと思ったので」
「それで?」
「駄目でした、主は俺の全力の魔法を喰らってもそれを弾き返す程で」
「だろうね、あの主にまともなダメージを与えられるのは我々教師側でも早々居ないだろう」
予想していたのか、然程驚きもせずに淡々と返事をされる
「それでも逃げてきた訳では無いだろう?主の気配も消えているし・・何をしたんだい?」
何処か待ちきれない様子で、質問をされる
「二人で、魔法を作りました」
「魔法を・・作った?」
「はい、ベインは風術の中級資格を持っています、ベインの出した竜巻に俺の炎を入れました」
「なるほど・・・確かに、一人で使うよりは集中できて威力も増すだろうね
しかし余り後先考えずにそれをするのは危険だったんじゃないかい?」
確かに魔法というのは、酷くバランスを大事にする物で
それが他人と力を合わせた魔法なら尚更、神経に気を使わなければいけない物だった
「下手したら暴発したんじゃ?」
「そうですけど、それ以外に方法が浮かばなくて・・」
フェインが俯く、賭けに近い方法だったのだ
爪が甘いと言われても反論も出来ないだろう
暫く、考える様にゼルグが腕を組んでいたのだが
その腕を解いて、笑い掛ける
「素晴らしいと思うよ、正直此処までしてくれるとは思わなかった」
予想外の言葉に、フェインが固まる
「確かに少々危険な賭けだと思うが君達は見事に主を打ち倒した
私の言った相乗効果も私の予想以上に使ってくれましたし、任務は成功ですよ」
「・・ありがとうございます!」
フェインが頭を下げた
「うるせーぞフェイン・・・」
隣から、ベインの寝ぼけた声が届く
「・・・・ベイン君への質問は後にしておきましょう、気持ち良さそうに寝ていますしね」
ゼルグが立ち上がり、部屋の入口へと向かう
「それでは、魔力の戻るまではどうぞご自由にこの部屋を使ってください
もちろんベイン君が目覚めたならすぐに部屋に戻っても構いませんよ」
ゼルグが立ち去ると、部屋は先程までの静かな空間へと戻る
隣に寝ているベインへと視線を向けるが、当分起きる気配は無い様で
もう一度横になると、フェインももう少しの間惰眠を貪る事にした

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