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1.野良犬行進曲

 身を潜めて、息を押し殺しながら何度も俺は深呼吸をした。
 何も変化がない事を確認すると空を仰ぐ。
 漆黒の宙に昇った月は丸くて、煌々と街を照らすそれに思わず見惚れながらも再度獲物へと視線を移した。
 手に持つ凶器を、警戒する相手へとちらつかせる。
 警戒の色を隠そうともしない、その獣。
 背中に、じっとりと汗を掻いていて最高に気分は悪かったが、それでも俺は我慢した。
 今は、身動ぎひとつも下手には取れない。
 それでも、そろそろこの状態にはお互いに焦れてきた。
 勝負を決するために、俺は凶器を今まで保ってきたリズムから少し外し、大きく動かした。
 相手の気が僅かにそれたその瞬間に俺は跳び込む。
「猫ちゃんゲーーットォォ!!」
 暗闇に、俺の高らかな勝利宣言が響く。
 腕の中では、威嚇を繰り返しながらばたばたと暴れる猫が居た。



「あ゛ぁ゛ーっ……」
 ゾンビみたいな声を出しながら、盛大に欠伸をした。
「眠い……」
 ほとんど眠れずに朝を迎え、そのまま外へと飛び出したのだ、
眠くないはずがなかった。
 眠い目を擦りながら、手元にある札束に視線を落とすとにんまりと微笑む。
「ふふ、でもこんなに稼げたな。たかが猫捕まえただけでこれってのもなかなか」
 捕まえた猫と、猫の愛用品である猫じゃらしを飼い主の元へ届けたのは、今しがただった。
 流石に夜中に押し掛ける訳にはいかないと朝になってから向かおうとしたのだけど、
あの猫ときたら、散々威嚇するわ大暴れするわで、おかげでちっとも眠れやしなかった。
「おはようございまーす」
「おはよう、ラスト君」
 札束を服のポケットに突っ込んでから、カフェの扉を開いて挨拶をした。
「今日も眠たそうだね」
「すみません、昨日はちょっと用事があって」
 獅子の顔をした壮年の男、この店のマスターは俺の顔を見て苦笑した。
「まだお店の開店時間までは少しあるから、ゆっくりしていてもいいよ」
「はい、ありがとうございます」
 そう言って深々と、ちょっとわざとらしく頭を下げてから俺は店の奥へと行き着替えをする。
 上着を一枚脱いでロッカーに突っ込んでから、紺のエプロンを取り出して身に付けた。
 紐を後ろで結んでから、鏡の前で身嗜みを整えてよしと頷く。
「うーん、今日も決まってるな。俺」
 鏡の前の狼の顔を渋くしてから、顎に手を当てて軽く決めポーズをする。
 そのまま数分一人ポージングで盛り上がってから、店内へと戻る。
「もういいのかい?」
「はい。それにそろそろ開けるんですよね」
 この獅子人のマスターは、いつも優しい。
 近所の若奥様達にも大人気の様で、店を開けて昼時にもなれば甘いマスクのマスター目当ての女で店内はごった返す。
 俺は、そんな奥様達の噂話に耳をそばだてて情報を探る。
 そうして陽が沈むと、街が姿を変える様に俺も姿を変える。
 夜の俺は、所謂何でも屋という裏稼業を営んでいる。
 昨日の猫ちゃん捜しもその依頼という訳だった。
 裏稼業っていうと大体は殺し屋に護り屋とか、運び屋なんてのもあるけれど、
俺は遠出するのが億劫で、その代り近場なら何でも引き受けるという事でその日の食い扶持を稼いでいた。
 そして、その副業としてやっているのがこのカフェの店員。
 何日も依頼が来なくてギリギリの生活を送っていた俺は、仕方なくここに来たのだが、
マスターは深く理由も訊かずに、痩せて倒れそうになっていた俺を受け入れてくれた。
 それから、ただの一時凌ぎとして入ったはずなのにずるずると世話になり続けていた。
 店を開けて少し経つと、早速数人の客が入ってくる。
 それを穏やかな表情で迎えるマスターの横顔を、俺は見つめた。
 こうしてみると、やっぱり凛々しい獅子の顔にとろんとしてしまう。
「相変わらず人気ですねぇ、マスター」
 戻ってきたマスターの腹を、肘で小突きながら冗談交じりにからかう。
 年齢の割に脂の少ない身体は、つついてもあまりへこまなかった。
 うん、いい身体してる。
「そ、そうかな……?」
「ここに来てる若奥様はみんなマスター目当てですよ。そろそろ身を固めちゃったらどうなんですか?」
 これだけ完璧な旦那様像をしているマスターだけど、この歳まで独身を貫きとおしてきていた。
 まあ、だからこその奥様人気なんだけれど。
 もしこれで結婚したらお客の何割かは減るんだろうな、なんて考えるとマスターもうっかり結婚なんて出来ないのかもしれない。
「ラスト君だって、結構人気があるんだよ。
今のお客さんだってそんな事を言っていたよ」
「それはただのお世辞ですよー」
 拗ねた様に言いながら、注文の珈琲を淹れる。
 俺は、どっちかと言えばマスターを見てキャーキャー言う奥様達の群れに入る方だった。
 もちろんマスターが目当てな訳ではない、すごくいい男だけど。
 そうじゃなくて、交わされる噂話が目当てなのだ。
 例えば昨夜の猫の件だって、野良猫にしては小奇麗な猫は見なかったかと聞いただけで目撃情報が手に入った。
 そういう、所謂奥様ネットワークは馬鹿にできない情報網だったりする。
 もちろん、奥様に混じってマスターの何処が格好いいだとか、マスターの好物をそれとなく話したりして、
その相手をする事も怠らない。
 そんな事を考えながら、淹れたての珈琲をテーブルへ持っていくとごく自然な動作でそれを置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
 微笑んで言ってから、軽く会釈をして下がる。
 本当はこういうの、俺の柄じゃないんだけどマスターを見ている内に自分でする事も手慣れてきた。
 大分様になってきたねと、戻るとマスターが言ってくれる。
 丁度その時、店の扉が開かれた。
「いらっしゃいませ」
 マスターの静かな声が響く。
 入ってきた客を見るが、俺は少しだけその姿を見て驚いた。
 偉丈夫という言葉がぴったりって感じの、如何にもな虎人だった。
 マスターに案内されるよりも先に勝手にテーブルを決めてどかっと椅子に着いている。
 黒のタンクトップに、跳び出した腕に盛り上がる筋肉、仏頂面というかしかめっ面というか、
そんな顔の割に意外と円らな瞳がなんだか可愛らしい。
 黄色と白の生地も、それに敷かれた黒の縞模様も少し薄暗いこの店内でも鮮やか色合いをしていた。
 多分、純血に近い虎人なんだろう。
 イヌ科全般と混ざりながらも辛うじて狼の顔してるから狼人ですっ、なんて言ってる俺とは毛色が大違いである。
「……合格」
 小声で呟いて、俺は心の中でびっと親指を立てる。
 もちろん食う訳ではないんだけど、つい会う男会う男にそんな風に判定を下すのは俺の悪い癖だった。
「あの人、初めてですよね?」
 注文を聞いて戻ってきたマスターに尋ねる。
 ちなみにマスターももちろん合格である。
「ああ、そうだね」
「珍しいですね、この店にああいうお客さんって」
「そうだね。味を気に入っていろんなお客さんが来てくれるといいんだけどね」
 そう言ってちょっと溜め息を吐くマスターは、自分目当てに来る奥様達に感謝しつつも、
目指すのは静かな憩いのカフェだったらしく、ちょっと奥様の相手にうんざりしている様だ。
 しばらくいじけているマスターを慰めてから、さっきと同じ様に淹れたての珈琲を男の元へと持っていく。
「ごゆっくりどうぞ」
 営業スマイルも言葉も、さっきとまったく一緒だ。
 ただ、声だけはちょっと違う。
 こういう男相手だと、つい声が変わっちゃうのも悪い癖だ。
「……ああ」
 仏頂面が、これまた無愛想な返事をする。
 うん、脈無し。
 なんて事を心で独り言ちてから、俺はくるりと踵を返して元の場所へと引っ込んだ。

 休憩時間になると、携帯を取り出してせかせかとメールを打つ作業に入る。
 特に昨夜は打てなかった分、念入りに文章を練って送る。
 もちろん相手は恋人だ。
 最近はあんまり会えていないので、そういう意味でもメールに詰め込む言葉に力は入る。
「ラスト君、そろそろいいかな?」
「あ、はーい」
 慌ててメールを送信すると、そのままばたばたしながら再び店内へ戻る。
 店内は、さっきやってきた虎人の男だけになったのか静寂に包まれていた。
「こうして見ると、やっぱり女の人ばかりだからちょっと嬉しいですね」
「そうだねぇ」
 新規で客が来ても、大抵は噂で格好いいマスターが居るから、なんて事が多い。
 それは確かに客を呼ぶ訳だが、お堅い男からすると敬遠される理由にもなってしまうのか、
最近では男の客というのもちょっと珍しかった。
 それも、あんなに美味そう、じゃなかった、若い客は特に珍しい。
 歳は俺よりも上だろうけれど、今時カフェに一人で入ってゆったりくつろぐ若い男なんてあんまり居ない。
「珈琲のお代わりはいかがでしょうか?」
 営業スマイルで男に近づくと、俺は優しく問い掛ける。
 この店の目玉は珈琲だ、美味い事も然る事ながら一度頼むと二杯目のお代わりは無料だった。
 三杯目からは有料です。
「ああ」
 俺の顔をちらっと見ると、視線を逸らして男は言う。
 ちょっと猫撫で声過ぎたかな。
 反省しつつ、一礼してから空になったカップを下げる。
「お代わりはいりまーす」
 マスターの元へ戻ってから言うと、マスターの表情が柔らかくなった。
 男の客が来て、お代わりもしてくれたのが純粋に嬉しいのだろう。
 マスターのそういう所は可愛いと思う。
「ラスト君、今日は早めに上がってくれてもいいよ」
 洗い物をしていた頃、マスターがやってきて俺に言う。
「……眠たそうだしね」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
 照れ臭そうに笑って頭を下げる、本当はあまりの眠気に床でも眠れそうな勢いだった。
 着替えを済ませて、挨拶を済ませて裏口から失礼する。
 朝はまだ店を開いてないから表からでもいいんだけど、今は裏口から出ないといけない。
 表側に回って、カフェを見上げると店内にまだ残っていた男の姿を見つける。
 その瞳がこちらを見ていて、ばっちり目が合うと慌てて頭を下げた。
 店から出た以上もう無関係と言っちゃってもいいんだけど、それでもマスターの喜ぶ顔を思い出すと自然に頭は下がった。
 店から距離をとると、携帯を取り出して確認をする。
 予想通りメールが入っていて、開くとOKの返事が入っていた。
 それを見て俺は尻尾を振り回す、眠気も吹っ飛んでいた。
 ここ最近会えてなかったから、今日はどうかとさっき送ったメールに書いておいたのだ。
「今から向かうから、そうだな……」
 メールに到着時間を書いて返信を済ませると、ポケットに携帯を仕舞ってから俺は傾いてきた陽の光を浴びてスキップをした。



「…………んっ……」
 重い身体をゆっくりと起こす。
 掛けられていた毛布がずり落ちて、何も纏っていない身体が晒される。
 身体の下でシーツに押さえつけられていた臭いがむわっと立ち昇る。
 栗の花の様な香りが、さっきまで俺が何をしていたかを如実に教えてくれた。
 やおら振り向くと、俺を抱いていた相手がパンツだけを穿いてベッドに腰掛けていた。
 身体の中にしっかりとその男の精液を吐き出されたのだと思い返すと、身体が火照る。
「……なあ」
「ん? 何?」
「話があるんだけど……」
 そう言われて、身体を引き摺る様にその隣に座って俺はその顔を見つめる。
 一度溜め息を吐かれてから、話が始まった。

 すっかり陽が沈んで暗くなった夜道を、俺はとぼとぼと歩いていた。
「ちくしょう、なんでだよぉ……」
 目尻には涙が溜まっていて、頬も濡れていた。
 きっと充血してるんだろうな、なんてどうでもいい事を頭の片隅で考える。
 切り出されたのは、別れ話。
 そして、たった今まで口論して結局泣きながら飛び出してきた。
 これ以上言い合っても仕方ない、大体相手にその気がないのに居座ったってなんの意味もないのだ。
 別れる事はある程度覚悟していた。
 好きだったし、身体の相性もよかったと思ってた。
 だから、ずっと一緒に居たいと考えてた。
 それでも、最近は擦れ違う様になって時間を共に出来なくなってきていた。
 問題なのはそんな事じゃなくて、別れを言う前に俺を抱いたって事だった。
「ヤり捨てじゃねぇか……これって……」
 身体の相性は良かったから、飽きたけど最後に一発。
 つまりは、その程度にしか思われてなかったって事だ。
 結論付けると途端に涙が溢れてきて、何度も腕で乱暴に拭った。
 会いに行くまで全身で喜びを表現した身体が、今は悲しみに尻尾の先まで震えていた。
 喜んで奉仕して、ケツの中に出してもらった精液も今は汚い物が残っている様な気がした。
 セックスが終わってすぐ口論になって、荷物だけ拾い集めて飛び出してきたから洗ってなんかいない。
 無言でどうにかアパートに着くと、服を脱ぎ捨てて風呂場へ直行する。
 今日は何でも屋をする余裕も無さそうだった。
 風呂場の床で、膝立ちをすると無造作に俺はケツに指を突っ込んだ。
 痛みが走る、と思ったけれどそんな事はなくて、
さっきまで散々出し入れされた挙句中に出されたのだから、難なく指は入っていた。
 それが逆に憎らしく思える。
 初めてすら捧げた相手だった。
 最初は痛くて入らなかったから、一人の時に必死に指を入れて特訓までした。
 それが、今では痛みすら感じない。
「ん、んっ」
 指が動く度に身体を反らせて、声が出る。
 どれだけこの身体を開発されたのかが脳裏に甦る。
 力みながら指を動かすと、ごぼっと音がして白い精液が零れ落ちてくる。
 浴室に、荒い呼吸音とぽたぽたと精液の垂れる音が響いた。
 いつの間にか股間の自分自身も、しっかりと勃起して透明な液体を流していた。
 掌に溜まった精液を取ると、それを身体に塗りたくる。
 汚いと思ったはずなのに、やっぱり恋しい。
 それで、ああ本当に好きだったんだな、と解ってまた涙が溢れてきた。
 胸を揉みながら、そっとペニスも扱き上げる。
 一分も我慢できずに、俺は泣きながら達した。


 溜め息を吐きながら、俺は珈琲を淹れていた。
「ラスト君、大丈夫かい……?」
 マスターが心配そうに声を掛けてくる。
「辛いなら、また早上がりでも」
「いえ、今日はそういう訳にはいきません」
 店の中は、楽しげな会話で満たされていた。
 昨日は客足も疎らだったから俺が抜けても問題なかったけれど、今日はそういう訳にもいかなさそうだった。
「……辛かったら言ってね」
「はい、何度もすみません」
 短い言葉を交わすと、マスターは忙しそうに動き回る。
 出来るだけ俺に負担を掛けない様にしているのだろう。
 その優しさが、今は身に沁みて痛みになる。
 カフェの扉が開かれた。
 マスターは他の客に構っていて出迎えができないのを見ると、俺は前に出て客を迎える。
「……あ」
 昨日の、虎人だった。
「なんだ?」
 俺が声を漏らしたばかりに、訝しげにこちらを見ている。
「あ、いえすみません、おひとり様ですね。こちらへ」
 慌てて取り繕ってから、席へ案内すると注文を聞く。
「……目が赤いな」
「えっ」
 指摘されて、思わず身体を震わせる。
 昨日結局寝るまで泣きっぱなしだったし、起きてからもちょっと泣いちゃったから仕方なかった。
「とりあえず、珈琲」
「はい、珈琲ですね」
 会釈を済ませると慌てて奥へと引っ込んだ。
「見てる人は見てるんだなぁ」
 傍にある鏡をちょっと見て、確かめる。
 確かに充血していた。
 こんな状態で客の前に出ても、マスターにも迷惑だろうと溜め息が漏れる。
「と、珈琲珈琲」
 男の注文を思い出すと、俺は慌てて珈琲を淹れはじめた。

「……あ゛ー」
 またゾンビみたいになりつつも、俺は店を出た。
 今日はちゃんと最後まで勤めたので、既に夕陽が沈むところだった。
「流石にやばいなぁ……」
 昨日からまともに寝ていない。
 最後の方は完全に根性だけで乗り切ったと言っても過言ではなかった。
 マスターは何度も優しく声を掛けてくれたけれど、その度に大丈夫ですと返して俺は気力を振り絞った。
 そうでもしないと、いつも世話を焼いてくれているマスターに申し訳が立たない。
「早く帰って寝よう」
 ぶつぶつと独り言が続く辺り、もうやばい。
 そう考えて裏口のある通路から表通りに出ようとした時だった。
 俺の姿をじっと見つめる、男の姿。
 あの虎人の男だった。
「あれ……えっと」
 偶然会った、という訳ではなさそうだった。
 第一、こんな通路でわざわざ通せんぼをして偶然でした、はないだろう。
 俺の事をじっと見つめたまま、目を逸らさない。
 店の中では、目が合うとすぐにそっぽ向いてたのに。
「……大丈夫か?」
「あ、はい。すみません、ご心配掛けてしまって」
 よっぽど俺は傍目からはやばそうに見えたのだろうか。
 だとしても、態々俺を待ってこんな事を言うのだろうか。
「……何か、用事でも?」
「用って程ではないんだが」
 そう言って口籠った男を俺は不審そうに見つめる。
「はっきりしてください」
 煮え切らない態度に、つい強い言葉が出てしまった。
 それを聞いて男がにやりと笑う。
「お前、何でも屋だろう」
 それに、俺は何も答えない。
 あんまりおおっぴらには言ってほしくない事なのだ。
 とはいえ、隠し過ぎると依頼人が来ないのだから適度なところで宣伝はしているのだけど。
「なんですか? 何でも屋って」
 とりあえず、知らない振りをした。
 特にこういう、興味があるから訊きましたってタイプはまともに答えない方がいい。
「すみません、眠いので……失礼しますね」
 男がそれ以上何も言わないので、そう切り出して俺は通り過ぎようとした。
 身体ももう限界だった。
 その隣を通り過ぎようとした時、腕を掴まれて壁に叩きつけられる。
 痛みに顔を顰めた。
「……何するんですか」
 掴まれた腕から、体温が伝わってくる。
 こんな状況なのに、それに身体を預けたくなった。
 眠気と人恋しさが重なると、相当危ないみたいだ。
 男は不敵な笑みを崩さない。
「なんでもするんだろ? お前」
 どうやら、俺の返事はまったく耳に入ってなかった様だ。
 まあ、何でも屋なんですけども。
「だったらこういう事も、金払えばしてくれるのか?」
 そう言って、男はずいと顔を寄せてくる。
 ああ、キスするんだろうなとそんな事を暫く俺は考えた。
 考えながら、軽く頭を後ろに傾けてから思いっきり額を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い音と、男の低い悲鳴が聞こえる。
 身体を拘束する力が弱まった事を確認すると、すり抜けて男を見やる。

「気安く触るんじゃねえよ」
 掌で顔面を押さえながら、指の合間からこちらを見る男の瞳は怒りに燃えていて寒気が走る。
 背中に冷たい汗が流れたが、その内男の口がまたつり上がる。
 それが笑っているのだと気づくと、俺はそのまま無視して通路を抜け表通りに出た。
 男の視線を感じていたが、寝ぼけたせいにして振り返りもしなかった。

 闇の中で、不安げな瞳が揺れていた。
 警戒するよりも、寧ろ怯えている相手に向かって俺は屈むとそっと手を差し出す。
「おいで」
 優しい声で呼ぶと、ゆっくりとこちらへ来たそれに向かって俺は手の甲を見せる。
 一瞬びくりとしたけど、甲に鼻を近づけて何度か匂いを嗅いだ後、ぺろりと舌を出して舐められた。
 そのまま掌で首筋を撫でると、今度は積極的に押し付けられる。
 あとは楽なものだった、両腕を伸ばして両脇を持つと、震える犬の身体を抱き寄せる。
「ワンコゲットー」
 腕の中に挟まった犬の身体を何度も撫でた。

 夜道をとぼとぼと歩きながらご機嫌で尻尾を振り回す。
「うーん、なんて楽なんだ」
 また逃げ出したペットを捜し出せという依頼に、最初はちょっと渋い顔をしたけど、
この仕事は受けて正解だった。
 狼の俺との相性が良い、という事なのだろうか、犬はちっとも暴れる素振りを見せない。
 この間の猫とは雲泥の差だった。
 やっぱり猫より犬派だな俺は。
「まったく、猫はワガママな奴ばっかりだ。なー」
 顔を見合わせると、俺の声に応えるかの様にくんくんと犬も声を出す。
 ああ、可愛い。
 このままお持ち帰りしたい気分に駆られるけど、必死に抑える。
 大体あのアパートはペット禁止だ。
 そういう意味でも、この間の猫は暴れるから大家に見つかるんじゃないかとひやひや物だった。
 アパートまでの帰り道を歩いていると、不意に叫び声の様なものが聞こえる。
「喧嘩かぁ?」
 路地裏に続く道をひょっこり覗き見て、俺は見た事を後悔した。
 あの虎人が居る。
 その周りに居る、如何にもって感じのチンピラ数人。
 男の視線が一度俺に向かうが、視線を逸らすと俺はそのまま歩き出した。
 何人かは転がってたから、まあ大丈夫であろう。
 俺に助ける義理は無かったし、寧ろちょっと痛い目に遭ってほしかった。
 この間の一件の後も、男はカフェに毎日来るのだ。
 能面の様に張り付けた笑顔で応対する俺の瞳を、最近ではじっと見つめてくる。
 おかげで視線を逸らすのは今では俺の方だ。
 この間の頭突きで俺を怨んでいるのかと思ったけれど、それにしては店に来るだけで何もしてこない。
 常連が増えたと喜ぶマスターを前にすると下手な事もできなくて、結局ずるずるとその状態のまま放置していた。
「まったく、猫科はよくわかんないよな。なー」
 もう一度犬の顔を見ると、眠くなっていたのか薄目を開けて俺を見ていた。
「おっと、こりゃ失礼」
 再度抱き締めてモフモフを堪能する、ああ本当に柔らかい。
 何を考えているのか、全然解らない猫なんかよりずっと可愛い。
 あの野良猫も、虎人の男も、何を考えているのか俺には解らない。
 俺を振った、あいつも。
「……ほんとに、猫は解らねえな……」
 腕の中の獣を、ぎゅっと抱き締めた。


「い、いらっしゃいませー」
 今日もやってきたあの男を応対する。
 もうそろそろ飽きてくれないかな、ここに来るの。
「珈琲とサンドイッチ」
「珈琲とサンドイッチですね、畏まりました。少々お待ちください」
 にっこり微笑んでから奥へと引っ込んで盛大に溜め息を吐く。
 胃がキリキリと痛んだ気がした。
「大丈夫かい? ラスト君」
「ああ、はい大丈夫です」
 流石に俺が内心苦手に思ってきているのを、マスターも察してきたのか心配そうに声を掛けてくる。
 それでも、あの男がこの店で何かをした訳ではないから追い払う訳にもいかなかった。
「私ができるだけ応対するから」
「いえ、俺がやりますよ。お客さんなんですから。
すみません気遣いばかりさせてしまって」
 できれば、マスターにはあまり迷惑は掛けたくない。
 相手が怪しい男なら尚更だ。
「お待たせしました、こちら珈琲とサンドイッチです。ごゆっくりどうぞ」
「ああ」
 いつもの様に無愛想に男は返してくる。
「……いい天気だな」
「は?」
 しまった。
 仮にも客が振ってきた話題にこの返しはないだろう。
 けれど、あまりに唐突な言葉にこんな声が出るのも仕方なかった。
 内心舌打ちしながらも、何言ってんだこいつという気持ちは変わらない。
「あー……そうですね、梅雨も明けましたから、これからは陽が射しますね。
お客様の様なご立派な毛皮をお持ちの方は、陽の光に映えそうですね」
 それでも即座に返事を捻り出すとその場をやり過ごす。
 こういうの本当に上手くなったな、俺。
 俺の返事に、特に反応もせずに男はサンドイッチに被りつく。
 華麗に無視されてしまったが、先にボロを出したのは俺なので一礼してから下がった。
 結局、その後も男の視線に怯えながらで仕事にならなかった。
 もちろん怖い訳ではないのだが、ちょっと不気味だ。
 やっぱり猫はよく解らない。
「お疲れ様、ラスト君」
 そんな中でもマスターはやっぱり別格だった。
 気紛れを起こす事はまずないし、いつも優しい眼で俺を見てくれている。
 その優しさに、不覚にもちょっと泣きそうになった。
「最近元気がないね」
 そう言って頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
 えへへ、と笑い声が漏れて尻尾を思わず振り回してしまった。
 挨拶もそこそこに、外へ出ると視界の隅にあの姿が見えた。
「……なんなんだよ」
 小声で愚痴を零す。
 幸せな気分が台無しだ。
 待ち伏せていた虎人と向き合う、今度は通路の真ん中に立っていて通してくれそうにない。
「場所変えませんか?」
 そう言うと、漸くその身体が道を開ける。
 逃げ出してもよかったけれど、どうせ明日来るだろうと思うと俺は決心をした。
 できれば、今日で決着をつけてしまいたい。
 人気の無い道を通り、空き地へやってくる。
 殺風景な空き地には、売り地と書かれた看板が寂しく佇んでいた。
「いい加減、俺に付きまとうのやめてくれない?」
「店に居る時とは随分違うんだな」
 その言葉にイラッと来た俺は、虎の瞳を睨みつける。
「マスターが居るからな、あの人に迷惑は掛けたくない。
それよりいい加減にしろよ。
毎日毎日毎日毎日……ストーカーかお前は!」
「ああ」
「言いきるなよ!!」
 力いっぱいに俺は叫ぶ。
「あんまりやりたくないけどよぉ……改める気が無いってんなら、俺も容赦しないよ」
 とりあえず軽い構えをして威嚇をする。
 武器になるものは流石に持ってきてないし、腕が立つのなら勝てるのかは微妙なところだ。
 虎人の方を見やる。
 筋肉に包まれた身体は、迫力満点であんまり弱そうには見えない。
 いかん、涎が。
 それでも初めて見た時と同じく全身の筋肉を強調する様なその服装はやっぱり艶めかしい。
「お前が何でも屋なんだよな?」
「まだ訊くのかよ」
「返事を貰ってないからな」
 本当に面倒な奴だ。
「……ああ、そうだよ」
 観念して素直に認めた。
 大体昨夜だって仕事帰りにばったり会ってしまったし、これ以上隠していても仕方ないだろう。
「そうか」
 虎人がにやりと笑うと、空き地の入口から数人の男が跳び出してきた。
「き、汚いぞ!! ……あれ?」
 予期せぬ新手に俺は声を上げるが、やってきた男達はそのまま虎人に襲いかかっていた。
 よく見ると、昨日虎人と争っていた男達と同じ出で立ちをしていた。
 突然の襲撃にも虎人は慣れているのか、軽く攻撃をかわすと強烈な一撃をその腹に見舞う。
 殴られた男が限界まで目を見開いてから、一瞬で気絶した。
「大丈夫なのかアレ……」
 あばらか内臓か、どっちかはイっちゃったかも知れない。
 虎人を取り囲んでいた男の内三人程が俺の方にもやってくる。
「あー……言っても無駄だと思うけど、俺無関係だよ。善良な一市民です」
 鏡の前でよくやる様に顎に手を掛けてポーズする。
 一人が、それを無視して拳を振り上げて襲い掛かってきた。
 溜め息を吐いてから、屈んでそれを避けると地に両手をついてから水平に足払いを掛ける。
 こういう全力で攻撃しましたって感じの奴は、大抵足元に力を残す事を忘れてるから簡単に引っ掛かる。
 後頭部と背中を強打した男に向かって、華麗に宙に跳んでから手加減しつつ右の踵を腹に落とす。
 踏み潰された蛙みたいな声を出して、男が動かなくなった。
 骨が折れる音も、内臓が潰れる感触もしなかったから多分大丈夫だろう。
 男を見つめていると、右側から感じる勢いに咄嗟に出さなかった左足を揃えてからそのまま大地に仰向けになる。
 大男が蹴りを繰り出したところだった。
 倒れた勢いで、無心のまま蹴りあげる。
 丁度股間にクリーンヒットしたのか、男は断末魔の叫びの様な声を上げて転げ回った。
「うわー、痛そう……」
「お前がやったんじゃ……ねえか……」
 びくびくと痙攣して涙を流す男が、恨めしそうに俺を見上げる。
「だって先に手出してきたのあんた達じゃん」
 倒れている男を靴の先で突っつきながら言う。
 男が俺の足を掴んで反撃しようとするのは解っているので、手が動いた瞬間にそれを踏みつけた。
 残った一人が、俺を見て怯えた表情をしている。
 視線を絡めてにっこり笑うと、逆上した男が我武者羅に突っ込んでくるが、
俺に拳が届くよりも先に、その身体が倒れて向こうに虎人が立っていた。
「すまんな」
 そう言う虎の後ろには、既に五人が倒れていてやっぱりそれなりの腕をしているのが解る。
「おー強い強い」
 それに暢気に拍手をしながら、俺は応えた。

 乱入してきた男達を全員とっちめてから、縛りあげて警察署の前に放置した後再び俺は虎人と向かい合う。
「で、えっと……どこまで話したんだっけ」
「お前が何でも屋だと認めたところまでだ」
「ああ、そっか。それでなんなの? あんた」
「漸く話してくれる気になったのか」
「別に、逃げてた訳じゃないんだけど」
「そうか? 最近俺が来ると注文だけ聞いてすぐ逃げるし、上がった後は走って消えてただろ」
 さすがストーカー、よく解ってらっしゃる。
 そんな風に軽口を叩くと男は口元に笑みを浮かべるが、それが次第に真顔に戻る。
「なんでも、引き受けるんだよな?」
「お前の相手すんのは嫌だからな」
「あれか、ちょっとからかっただけだ」
「ちょっと、ねえ」
 本題に入りたいのか、軽く咳払いをされる。
「……しばらく、俺を泊めてほしいんだ」
「ヤダ」
「………………どうしても?」
「イヤ」
「…………金は、払う」
「謹んで、お断り申し上げます」
 どこの馬の骨だか知れないやつを、なんで俺のマイホームに入居させなくちゃならないんだ。
 あそこは俺の城だ、城。
 俺も借りてる方だけど。
「こうなった以上、引き受けた方がお前のためでもあるんだぞ」
「……どういう事?」
「今の奴らに、顔を見られただろう。
気づいてたかは知らんが、後ろで控えてた奴は逃げたぞ」
 ああ、道理で遠くで走ってる人が居たなと思ったら。
「関係者だと認識されましたって言いたい訳か」
「そうだ」
 うーん、人を避けるためにこんな所まで来たのは失敗だったみたいだ。
「あんたの事情はなんとなく解ったよ」
 今の奴らに相当しつこくつけ回されてるんだろう。
 多分、住処もバレちゃってて転々と逃げ回っているのが今の状況。
 その上、俺が仲間だと思われた挙句勤めてるカフェにも当然目は付けられている。
 頭の中で考えを整理すると盛大に溜め息を吐いた。
「あのカフェのマスターに迷惑を掛けたくないんだろ?」
「ああ、解ってるよ……断っちゃ駄目って事な」
 今はまだ何も起きてないけれど、今後も何も無い保障はなかった。
「それで、具体的にはどうしたい訳」
 マスターの事を考えると断りきれない、商談モードに入った俺に虎人はにやりと笑った。
「俺があいつら全員を潰すまで、世話になりたい。
どちらか片方が外出する際は、残りが家の見張りをする。
お前の顔も割れたんだ、いつまでものほほんと暮らしてられないだろう。
あいつらを掃除するか、どこか遠くに逃げない限りは、な」
「きったねえな……無理矢理じゃんかよ、こんなの」
「それは、さっき謝っただろう」
 つまり、あの時から今こうなるところまで想定済みって事ですか。
 溜め息を吐いて空を仰いだ。
 どうやら、連れて帰らないと駄目っぽい。
「……仕方ないな、とりあえずうちに来いよ」
「引き受けてくれるのか?」
「それは、まだ。でも、ここに居たらまたあいつらが来そうだし」
「そうだな、もうそろそろ来る頃だろう」
 あ、やっぱり。

 寂れたアパートへと虎人を案内する。
 一応尾行されてないかは逐一チェックしていた。
 商談が成立したなら、相手から来てもらいたいけれどまだ男の依頼を受けたと決めた訳じゃない。
 それに、なんの準備もなしに乗り込まれたら多分俺が大家から追い出される。
 家に上げると、男はちょっと部屋を見渡してから黙って上がった。
「狭いけど文句言うなよ、一人暮らしなんだから」
「そんな事は言わない。何でも屋の家がどんなものか気になっただけだ」
 そう言われて俺も同じ様に見渡すが、別に大した物は置いてない。
 今朝慌てて脱ぎ散らかした服に、部屋の隅にある小さめのゴミ箱。
 あとは精々雑誌が散らばってて、備え付けの小さなテレビと冷蔵庫に少しだけ大きなソファーがあるくらいだった。
「こっち寝室」
 ちょっとだけ扉を開けてから、すぐに閉じる。
 狭い部屋なのに、不釣り合いな程大きなベッドのある寝室。
、これはまあ、そのためにでかいの買ってきただけです。
 今の俺には大きすぎるだけの物。
「……どうした?」
「なんでもない」
 ちょっとアンニュイな気分に浸っているところを目敏く指摘される。
 見た目よりも鋭い様だ。
「さて、と」
 ソファーに腰掛けて、向かい側に男を座らせる。
「なんか飲む?」
「いや、いい」
 その言葉に頷いてから、冷蔵庫を漁ると缶を二つ取り出す。
 新発売、果汁3%入り缶チューハイ。
 ちょっと背伸びしたい子供向けだ、もちろん子供は飲んではいけないけど。
 俺はあんまり強くない方なのでこのくらいで丁度良かった。
 背中越しにそれを男に放り投げると、鈍い音がした後床に落ちた音が続く。
「……痛い」
「しばらく開けない方がいいよ」
 ちっとも痛そうにしてない男の顔を見ながら、プルトップの蓋を開けるとプシュッと小気味よい音が聞こえた。
「そういえば、名前は? 俺の名前は知ってるよね」
「ロイガ」
「変な名前ー」
「よく言われる」
 くっくっと虎人のロイガは押し殺した様に笑う。
 自分の名前でツボる奴ってのもちょっと珍しい。
「今更だけど、警察のお世話になっちゃった方が楽だったんじゃないのー?」
 飲みながら俺は問いかける。
 一勝負後の渇いた喉に、冷たい炭酸の感触が心地良い。
「それは駄目だ」
「なんで?」
「……仮に、お前がこういう状況だとして警察に頼るか?」
「無理」
 何でも屋なんてキナ臭い事やってる俺が、警察なんかに助力を請える訳がない。
 もちろんできるだけ法に触れる様な事はしないつもりだけど、知らない内に足がはみ出てましたって事はたまにある。
 たまにね。
「お前が行けない理由と、俺が行けない理由は同じだ」
 つまり、何かやってる人。
「何してんの?」
「……主に、護衛」
「護り屋さんかぁ。それであのチンピラに目を付けられちゃったのね」
 うんうんと頷いてから、また一口呷る。
 ロイガは渡した缶を、宝物の様に大事そうに抱えていた。
「それで、どうなんだ?」
「うーん、どうしようかな」
 焦らす様な言い方でロイガを見つめる。
 やっぱりいい身体してるな。
 なんて考えながらも、その顔は無表情で俺に媚びる様な目もしてなかった。
 焦らしても駄目だなこういうタイプは。
「じゃ、オッケー」
「……あれだけ渋ってたのに、決める時は早いんだな」
「まあね。あんたの手並みは見させて貰ったし、金云々じゃないってのもあるから」
 俺が、こいつと一緒に居るのを見られた時からこうしなければならなかったのだろう。
 できれば俺に会う前にさっさと一人で街から出ていってほしかったけれど。
 そう皮肉交じりに言うと、他の仕事も入ってて出られなかったとピシャリと否定された。
「金は、どのくらい必要だ?」
「さあ、お気持ちでどうぞ。
当ホテルのサービスをご利用されるのならそれなりの物をお支払い願います」
「随分安いホテルだな」
 ロイガは懐に手を伸ばすと、札束を差し出してくる。
「……金持ちなんすね」
「前金と思ってくれていい」
 有難く金を受け取る、とりあえず犬猫の依頼を合わせたくらいの額は軽く超えていた。
「それじゃ、改めてよろしく。ロイガさん」
 交渉成立として手を差し出すと、ロイガも手を出して控えめに握ってくれた。
「ロイガでいい。
今日は一度家に戻って、荷物を纏めて明日また来る」
「あんまりスペースないよ?」
「金とトランク一つだけだ」
 手を離すと、ロイガは立ち上がって背を見せる。
「あ、そうだ」
 その背中に俺は声を掛けた。
「あんたゲイなの?」
「ああ」
「えー」
 なんとなくは解ってたけど。
「お前もそうなんだから、別にいいだろ」
「へーへー……なんで解るの」
「カフェのマスターと俺を見る時の目付きが嫌らしいし、声も上ずってたぞ」
「あー……」
 モロバレですか。
 しかもマスターをそんな目で見てるのまで解るなんて、よっぽどエロい目で見てたのか俺。
 反省反省。
 なんて言いながら、今もロイガの背筋をじっくりねっとり視姦していたりする。
 それを見透かした様にロイガが肩を竦めた。

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