ヨコアナ
招かれざる客・下
ふわりとした浮遊感を感じる
耳に入って来たのは、小さな息遣いとそれよりも更に小さな足音
目を開けると、薄く人の顔が見えたが
意識が朦朧としていてそれが誰なのかは分からないでいた
誰なのか、はっきりと見えない顔を見つめていると
規則的な足音に割り込む様に指を鳴らす音がした
その音が周辺に響き渡ると同時に心地良い睡魔が訪れる
それに逆らう事なく、ウェンドは再び眠りについた
「・・・おやすみ」
ゆっくりと身体が沈む感覚
多分、ベットに寝かされているのだろう
静かに瞼を開くと白い天井が見えた
身体を起こして辺りの様子を探ると、其処にも白があった
どうやらこの部屋は全てが白色で造られているらしい
首から痛みを感じて呻き声を出すと、同時に身体全体にだるさが伝わる
そのまま目を閉じて身体に闇の魔力を集めはじめた
「へぇ、やっぱり君も悪魔なんだ」
後ろから声がして慌てて振り返る
其処には、背の高い狼人が佇んでいた
「誰・・・?」
「やだなぁ、忘れた?」
見掛けからは想像も出来ない程の軽々しい態度だった
「俺だよ、スプラッシュシャドウ」
「・・・・え!?」
驚いて目を見開く
目の前に居るのは、ただの青年に見える狼人なのだ
これが自分とロックを苦しめていた怪盗の正体とはとても思えなかった
「まさかあの服を私生活でも使っているとでも?」
犯行をしていた時の服とは違い、今は随分と身軽な服に身を包んでいた
「使ってないんだ・・」
何処か裏切られた様な反応を見せるウェンドに、私服の怪盗は苦笑いをする
「・・・なんで僕ここに?」
その苦笑いを見つめながら、疑問に思っている事を尋ねる
確か、どうにかヴァンを奥に押し込んで対峙していたはずだ
その後の記憶が今一つ思い出せずに顔を顰める
「俺が連れて来たんだよ」
「なんで・・?」
「そうだね・・・」
ウェンドの元に近づいて、前屈みになりその顔を見つめながら頭に手を置く
「気に入ったから、かな?」
「気に入った・・・・」
前に、ロックにも同じ事を言われたのだと頭の隅で思い出す
「・・・・ロックは?」
それで漸く今隣にロックが居ない事に気づき怪盗に視線を送る
「ああ、あの虎君か」
思い出した様にスプラッシュシャドウが掌を握り拳で叩いた
「大丈夫、殺してない」
「本当に・・?」
「本当だって、殺しは俺も好きじゃない」
「そっか・・よかった」
ロックの無事を確認すると、ウェンドが安心しきった顔をする
それをスプラッシュシャドウが怪訝そうに見ていた
「そんなに安心していいの?おチビ君はまだここにいるのに」
「おチビ君・・・・・」
「・・ウェンドは、まだここにいるのに」
ロックがウェンドと呼んでいたのを思い出し、その名を口に出す
「大丈夫だよ、もう帰るから」
「帰る?どうやって?」
「歩いて」
「そうじゃない、俺はウェンドを気に入ったから返すつもりなんて無いよ?」
意地悪そうにスプラッシュシャドウが笑う
「意地でも帰るって言ったら?」
「縄で縛って薬で麻痺させようか」
「えっ・・・」
「・・ウソ」
一瞬本気の顔をしたその顔が、直ぐにまた笑顔に戻った
「まぁ、例えそうしたとしても・・出てくるんだろ?あの強いのが」
「強いの?」
「昨日途中で出て来た強い方の君だよ」
「あ、ああ・・・ヴァン」
「そう、そのヴァンが出てきたらどうせ俺は勝てないし」
恐らくあのまま自分が本気で戦っていたとしても、勝てはしないだろう
よくて相討ち、それでも自分の重傷は免れないはずだった
結局はウェンドが邪魔をしてくれた事によって自分は助かったという事になる
「それじゃえっと・・帰っていいの?」
「それは困るな」
自分にウェンドを止める力が無いと分かりつつも、ウェンドを帰す気はさらさら無かった
「じゃあやっぱりヴァンを呼ぶ・・・?」
「それも困るな」
「・・どうすれば」
どうしていいのか分からず、ウェンドが困った様に俯く
「では、ここはお互い一歩引いて」
わざとらしい咳を一つ、その後に一つの案を出した
「今日一日一緒にいるってのはどう?」
どちらかと言えば、圧倒的にウェンドが損をしている案だったのだが
「朝の一杯はやっぱりいいな」
椅子に座り淹れ立ての珈琲を怪盗は啜る
「あの・・スプラッシュシャドウさん・・・でいいの?」
今更ながらに、この名は本名ではないと思いウェンドは尋ねる
「確かに言い難いなこのままじゃ・・」
飲みかけの珈琲を置くと暫く考える
「それ本名なんですか?」
「あはは、それはないよ・・冗談うまいね」
冗談のつもりで言った訳ではないのだが、そう言われて何処か馬鹿にされた気分になる
「・・・それじゃ、本名は?」
「それは教えられないな、極秘情報ってやつ」
「スプラッシュシャドウさんでいいんですか・・・?」
「それは長いしな、スプラッシュじゃダメ?」
「スプラッシュ・・?」
「わかりやすいし、それでいいよ」
こうして、ウェンドはスプラッシュと今日一日を共にする事になった
「まあ一日って言ってももうお昼の時間だからそんなにいられないんだけど」
ウェンドは力を使い過ぎた事と、少々スプラッシュの気絶させた時の力が強過ぎたせいで
思ったよりも長く眠っていたらしかった
今は、小腹が空いたとスプラッシュが言った事により近くの喫茶店に来ていた
「ここの料理結構美味しいから、満足できるかもよ?」
メニューを慎重に見るウェンドにスプラッシュが言う
「・・全部おいしそう・・・」
その口から涎が垂れはじめていた
「結構食欲旺盛なんだ、おチビ君・・じゃなくてウェンドは」
悪魔は空腹が苦にならず、少しの間なら何も食べなくとも生きて行けるというのは
スプラッシュも知っている事だった
だからこそ目の前の悪魔とヴァンが言っていたウェンドの事が気になっていた
「スプラッシュ・・さんは、なんで泥棒なんてしてるの?」
料理を注文して運ばれて来るのを待つ間、ウェンドがそんな質問をした
直後に敬称はつけなくてもいいと断られる
「なんで・・か、なんでだろうね、別に小さい頃からお金に困ってた訳でもなかったんだけど」
「・・・自慢?」
この町に来るまでの節約生活を思い出し、ついそんな言葉が出てしまい慌てて口を押さえる
「自慢じゃないって、それに今は家を出てるからお金はそんなに無いよ」
「家を出たって・・なんで出たの?」
金があるのなら、無理に外に出る必要も無いのである
「それも、なんでだろうね・・・あの家にいるのが嫌だったんじゃない?」
笑ってはいるが、まるで他人事の様に話すスプラッシュの言動が気になった
「それで家を出てからは泥棒になったってワケ」
「そっか・・でもなんで泥棒?」
「それは・・・・」
「お待たせしました」
スプラッシュが口を開いた瞬間、店員が出来立ての料理を目の前に運んで来る
「さ、食べないとねウェンド」
「あ、うん・・」
促されるままに、その料理を一口食べる
「おいしい・・・!」
その料理の美味しさに、先程の質問の事はすっかり忘れてしまっていた
「そう?連れて来てよかった」
そのまま暫く、二人は静かに食事を取り続けた
「・・ごちそうさま」
ウェンドの目の前には皿が幾つも重なっている
あれから結局同じ料理をおかわりしたり、スプラッシュが他の料理を勧めたりして
結局かなりの量を食べてしまった
「よい食べっぷりでした」
軽く拍手をしながらスプラッシュが席から立ち上がる
「さて、ゆっくりしたいところだけど・・急いで帰らないと」
「なにかするの?」
「今日は掃除をする日だったからね、夜にやるのは面倒だし」
そう言って領収証を手にレジへと持って行く
「・・4000グランになります」
「えっ!?」
ウェンドが驚きの声を上げた、4000では大金とまでは行かないにしても
飲食店ではかなり豪華な部類に入る
「はい」
スプラッシュはそれを聞いても眉一つ動かさずに代金を支払う
「ありがとうございました」
店員が頭を下げて、スプラッシュは店を出る
その後をウェンドが走って追い掛けた
「あの、スプラッシュ・・・あそこそんなに高かったの?」
「高い代わりに味は満足っていう店だから」
「そんな・・僕もお金出すよ」
そう言いながら服に手を入れるが、今は無一文だという事に気づく
貰えていたとしてもスプラッシュシャドウを逃がしてしまい宝石を取られているのだから
報酬は800グランとなり、とても払える状態では無いのだが
「いいって、俺が連れて来たんだし」
「でも・・・」
4000の内、半分以上は自分が食べたのだという事は何となく予想がついてしまい申し訳なくなってしまう
「じゃあ、掃除手伝ってよ」
「それだけでいいの・・?」
「気持ちの問題」
元より手伝うとは決めていたのだが、その程度でいいのならとウェンドは快く承諾した
「上から掃除しないと埃が落ちるからね」
部屋に戻ると掃除用具を用意し、スプラッシュが説明を始める
「なんだか、泥棒っぽくないね」
「誰だって私生活はこんなもんです」
叩きを手に持ち、壁の埃の取り払いはじめる
「これが終わったら窓拭いて、床掃いてから拭いてと・・・」
手際良く決めるその様子に思わず感心してしまう
ウェンドも、その手に掃除用具を持ち掃除に取り掛かった
一方その頃、黒いダイヤの盗まれた城の広間では
初めて説明を受けた時と同じ様に今もまた人が集まっていた
何人かはスプラッシュが最初に爆発させた場所に居たために怪我をしていたが
大多数はほぼ無傷という、鮮やかな手口であった
「残念ながら黒いダイヤは盗まれてしまいました、報酬はお約束通り800グランとさせていただきます」
一人一人に、報酬の800グランが手渡される
集団の中に居たロックにも、金が渡された
「お連れの方は・・・」
スプラッシュにより眠らされていたため、自体を完全には把握出来ていなかったが
ロックの横に楽しそうに笑っていたあのウェンドが居ない事が気になり執事が声を掛けた
「すまん、なにも言いたくないんだ・・」
「そうですか・・・・報酬の、1600グランです」
二人分の報酬を手渡される、その金をぼんやりとロックは見つめていた
「こんな事でお役に立てるかはわかりませんが・・・昨日、あれから町を調べたところ
スプラッシュシャドウが逃げた方向を知る者が何人かいたそうです」
その言葉にロックが顔を跳ね上げる
暫く考えてから、不意に入口に向かい走り出した
執事が頭を下げてその場に立ち尽くしていた
街に飛び出したロックは、とにかく手当たり次第に人に尋ね回る
流石に目撃者の数は多くはなかったものの、噂が噂を呼び話自体を聞くのは容易かった
大体の情報を纏めてみると、スプラッシュシャドウはまだ遠くへは行っていない様だった
しかしスプラッシュシャドウは犯行をすると住処を移すという事も同時に聞いてロックは焦りを感じる
急がなければ、ウェンドも連れて行かれてしまうかも知れない
ウェンドが無事だというのは、確信に近いものを持っている
ただ何かされてやいないかという事が心配だった
頭の隅でそんな事を考えながら
ロックはひたすら走った
「よし、これくらいでいいか」
スプラッシュが部屋を見渡して満足気な顔をする
「結構掃除も大変なんだね・・・」
横では力を使い果たした様にウェンドが床に座っていた
ウェンドは特定の場所に留まる事をせず旅をしているためにこういった経験が浅いため
掃除をしている間、スプラッシュに様々な事を教わった
「なにか飲む?」
一休みしようとスプラッシュがキッチンへと向かう
「あ、コーヒーで」
言われた通りにスプラッシュは二人分の珈琲を淹れると
テーブルにそれを置いてウェンドに手招きをする
二人共椅子に座るとスプラッシュはミルクを、ウェンドはそれに加えて角砂糖を幾つか入れた
「コーヒー、美味しい?」
「うん、スプラッシュ淹れるの上手だね」
「それはどうも」
美味しそうに珈琲を飲むウェンドを、肩肘をついてスプラッシュが見つめていた
「悪魔・・か」
その言葉にウェンドが咽る
「そんな風には見えないんだけどな」
一目見ただけではウェンドはその辺に居る子供と何ら変わりない容姿をしている
だからこそ今、スプラッシュはじっくりとウェンドを観察しているのだが
「・・・・」
一度珈琲を置き、ウェンドが差し出した掌に力を籠めた
其処から瞬時にして闇が上がり、直ぐに消える
「・・なるほど」
理解したのか、スプラッシュも珈琲を飲みはじめる
「あのヴァンっていう強い子は何者なの?」
珈琲を飲んでいる途中で、ヴァンの存在を思い出してスプラッシュは問い掛ける
「ヴァンはこの身体にいる、もう一人の人だよ」
「もう一人・・?」
通常一つの身体に居るのは一人までだ、それは何処へ行っても当たり前の事で
スプラッシュは眉を顰める
「詳しくは僕じゃ・・・・」
ウェンドが困った様な顔をしているとその目が一瞬閉じられる
「・・俺が喋ればいいのか?」
瞬時にして入れ替わったヴァンは、睨み付ける様にスプラッシュを見つめる
「へぇ、目の色が変わるんだ」
言われるよりも先にスプラッシュが二人の違いを述べた
テーブルを挟んで、お互いを見つめ合っていた
先に視線を逸らしたのはヴァンの方で、手元にある珈琲を一飲みする
口の中でその味を確かめると薄く笑った
「・・美味いな」
そう言われて、スプラッシュの方は暫く唖然としていた
「・・・結構普通なんだ君も」
出た瞬間に襲われる事も覚悟していたスプラッシュにとっては予想外な行動だった
「なにが聞きたいんだ?」
そんなスプラッシュの思いを知ってか知らずか
相変わらず興味が無い様な顔をして、ヴァンが口を開く
「ウェンドじゃ答えられなかった事に答えてほしいかな」
もう一人の人、ウェンドのその言葉が頭の中で響いていた
「ウェンドが生まれる前、俺は肉体の無い存在として永く生きていた
それがウェンドが生まれた瞬間どういう訳かその身体に吸収されてな」
「へぇ、吸収ね・・」
話を聞いたスプラッシュが、興味深そうに頷いた
「本人には迷惑な話だが、俺自身の力ではどうする事もできん」
何度か身体を分離させようとした事もあったが、尽く失敗に終わっていた
「次の質問、なんで君そんなに強いの?」
スプラッシュが、率直な質問をぶつける
「素質だ」
「へぇー・・むかつく」
それでも然程気にした様子も無く、珈琲を一口飲みながら聞き流していた
「最後の質問・・・っていうか提案、ウェンド説得して俺のとこ来ない?」
特に隠す事も、躊躇する事もなくスプラッシュはあっさりとした様子で言った
「死にたいのか?」
提案を聞いた瞬間に、その身体から莫大な闇の魔力を感じる
「・・・嘘」
どうにかそれだけを言って、誤魔化した
誤魔化せる様な相手ではないのは百も承知なのだが
ヴァンもスプラッシュが本気でない事を感じ取ると、力を弱めた
「あの虎君がそんなに大切なの?」
ウェンドは、ロックの事を気に掛けていて
この悪魔もロックの事を気にしているのかと、スプラッシュは思う
「あの役立たずが大切だと?冗談が過ぎるな」
「役立たずねぇ・・」
冗談の様な言い方でないところを見ると、本当にそう言っているらしく
恐らく今町中を捜し回っているロックを、少々気の毒に思った
「あいつは役立たずだ、どうしようもない程の」
相変わらずヴァンがロックの事を貶す様に言う
それを聞いてスプラッシュが苦笑いをしていた
「じゃあ、なんで一緒に居るの?」
其処まで言うという事は嫌いなのではないかと思う
「ウェンドが奴を気に入っている、それだけだ」
それ以外に理由など無いと、そう言われる
「本当にそれだけ?」
「・・なにが言いたい」
「いや、君も少しはあの虎君の事好きなんじゃないかなと・・・」
軽く口を滑らした瞬間、またあの魔力を感じる
「君って冗談通じないよね」
もう慣れたのか、今度のスプラッシュは慌てた様子も無かった
連れ去られたウェンドを捜して、走っていた
どれ程走ったのかは憶えていなかったが
気がつくと、大分日が沈みはじめていた
「ウェンド・・」
このままでは、遠くに連れ去られてしまうのではないかと不安になる
手荒に扱われる事はないだろうという思いだけが唯一の救いだった
それでも、ウェンドが目の前に居ないこの状況は正に最悪と言える状態で
ウェンドが完全に居なくなったら、自分はどうすればいいのだろうかと思う
一人ではギルドの仕事をまともにこなすのは難しいだろう
自分にそれ程の力が無いのは充分に解っていた
戻れる場所は、その日暮らしの欠片だけ残った良心の痛む日々しかなかった
そうなってしまうのならそれも仕方ない
それでも、ウェンドが居なくなってしまう事が何よりも悲しかった
その事を考えると、不思議とまた足が動き出していて
今はその動きに逆らわず従う事にした
食事を取って、掃除をして、一休みをして
それに加えて長々と話をすれば、時間はあっという間に過ぎる
「もうこんな時間か・・」
壁に掛けてある時計を見ながらスプラッシュが呟く
窓から外を眺めると、綺麗な夕焼けが見えた
「そろそろ帰らないとね」
「・・・ああ」
見つめられている事に居心地の悪さを感じたのか、数秒経つとヴァンは消えていて
代わりにウェンドがその身体に戻っていた
「送ろうか、道わからないでしょ?」
そう言われて素直に頷く
立ち上がり手招きをしたスプラッシュの横につくと、二人は怪盗の住処を後にした
帰りの道を、夕日で身体を輝かせながら二人で歩く
「ウェンド」
横に居るウェンドの名前を呼ぶ
名前を呼ばれたウェンドは、スプラッシュの顔を見つめていた
「なんでウェンドはこの・・ヒトの世界に居るの?悪魔なら悪魔の世界が色々と楽でしょ」
悪魔がこの世界で受け入れられない事はスプラッシュも充分に知っていた
実際悪魔が人を殺したり、また殺されたりする話をたまに聞く事もある
スプラッシュ自身は人を殺す人物の種族など気にはしていないのだが
「ヴァンがいるから・・・悪魔もそれを怖がるみたい」
「・・なるほど」
悪魔の世界でも一つの身体に二人というのは特異な事なのだと知る
それなら悪魔の世界もこの世界も、然して変わりは無いのだろう
どちらかと言えば悪魔の方が力のある分、悪魔の世界の方が厄介かも知れない
「ウェンドも、誰かを殺したりするの?」
場にそぐわない質問をスプラッシュがする
そう聞かれて、ウェンドの歩みが止まった
「・・・僕はあんまりやらないけど、危なくなるとヴァンが出るから結局・・」
「ヴァン・・か」
予想はしていたが、やはりヴァンが大体の汚れ役を引き受けていた
元々悪魔は戦いを好む種族であるからしてヴァンは楽しんでいるとは思うが
「それじゃ、あの虎君もいつか殺すの?」
歩かなくなったウェンドに、振り返りながら更に質問をぶつける
その問いにウェンドは首を勢い良く左右に振った
「殺さないよ・・殺したくない」
「でもよくヴァンが彼を殺さないね?」
ヴァンの性格からして、一緒にロックが居る事がスプラッシュは信じられずにいた
悪魔だと知って隙を見て殺そうとする奴が居なかった訳でもないだろう
「俺だったら殺しちゃうなぁ、実は狙ってたり・・・」
さり気無く恐ろしい事を言うが、自分ならそうするだろうというのは本音だった
「もしそうだとしても・・殺させないよ」
顔を上げたウェンドが、スプラッシュを睨む
その視線を真直ぐに受け止めた
暫く見つめ合っていると、スプラッシュが笑う
「それじゃ、もっと頑張らないとねウェンドも」
近づいてその頭に手を乗せて撫でる
撫でられながらも、何を考えているのか少し分かり難い相手だとウェンドは思った
太陽が完全に沈もうとしていた
結局、町中何処を捜し回ってもウェンドを見つける事は出来なかった
それは当たり前の事で、この町は普通の町より数倍の広さがあった
とても自分一人が全て回れるものではない事は捜す前から分かっていた
それでもじっとしていられなかったからウェンドを捜しに出たのだ
結果は散々なものだったが
走り過ぎて既に痛覚を感じなくなった足を引き摺りながら、道を歩く
何時の間にか依頼を請けたあの城の前に来ていた
「噴水・・・」
ひょっとしたらと思い、最後の力を振り絞って門を通る
ロックの顔を既に覚えた門番は何も言わなかった
庭まで走り、噴水の前まで来る
辺りを見渡すがウェンドの姿は見当たらず
もう当てが無い事に愕然とした
「ウェンド・・・・」
ついに立っている事も困難になり、ロックが膝を地面に着く
立ち上がらなければと思い手を差し出そうとするが
その腕も既に上がらなくなっていた
上がらない自分の腕を不思議そうに見つめていた
それを見た瞬間、急に不安感が胸一杯に膨らんだ
もう会えないのかと、言葉にせずに呟いた
ウェンドに会って話をしている光景が、頭の中に浮かんで来る
その顔が笑ったり、泣いたりして
今にも自分に何かを言って来そうな気がした
「ロック!」
後ろから声が聞こえた、振り返る必要も無い程に自分はその声を知っていた
途端に腕が動いてそのまま立ち上がる
痛覚を失った足から凄まじい痛みを感じたが、それも今では気にならなかった
振り返った先には、頭の中で何度も思い描いたままの
自分に笑顔を向けるウェンドが居た
ウェンドの姿を見て、ロックが唖然としていた
そのロックに向かってウェンドが駆け寄ると飛び掛る様に抱きついた
「ただいま!」
笑顔のままにそう言って腕の力を強くする
慌ててロックもその身体を抱き締めた
抱き締めながらも、やはりまだ腕の中のウェンドを不思議そうに見つめていた
「どうしたの?ロック」
黙ったままのロックの顔を、心配そうに見つめる
「あ・・いや、おかえり」
そんな言葉しか出ない自分の頭をロックは恨んだ
「うん、ただいま!」
もう一度ウェンドがそう言うと、また笑った
其処まで来て漸くウェンドが居るという事が実感できたのか
ロックも目を瞑って、幸せそうに笑った
ウェンドとロックの様子を、遠くから見つめる
「・・めでたしめでたし」
そんな事を呟きながらも見守っていた
「もう少し早く出逢ってればなぁ・・・」
そうすれば、あそこに居るのは自分だったのかも知れないと思う
「いや、ヴァンが殺しに来るな」
次の瞬間には、ヴァンの存在が浮かんで来て苦笑いをするのだが
ウェンドに抱きつかれているロックを見つめる
「それにしても・・ヴァンが殺さない奴か」
隙を見て殺しに来る様な奴ではないにしても、周りに何かを言い触らす者も居る
その存在を考えるのなら、悪魔だと知った全ての人物は殺すべきだと
ヴァンの立場に立ってスプラッシュは考える
それでも、目の前に居るあのロックは殺されていないのにはやはり疑問を持った
「・・・もしかして、殺せないとか?やっぱり気に入ってるんじゃ・・」
そう考えると、案外あの悪魔にも可愛いところがあるのかも知れないと小さく笑う
「・・坊ちゃま」
一人で百面相をしているスプラッシュに、声が掛けられる
視線を向けると、城の執事が佇んでいた
「なんだ、爺か」
そう言われて、爺と呼ばれた執事は頭を下げた
「やはりお坊ちゃまなんですね、あの泥棒も・・・」
「坊ちゃまっていうのはやめてくれない?俺はもうこの家の子供じゃないんだよ」
「しかし、泥棒になったとはいえ貴方は旦那様のたった一人の御子息ではありませんか」
「父さんの事は言わないでよ、俺はもうここに居た事の全てを捨てたんだし」
スプラッシュの言葉に執事が俯く
スプラッシュシャドウを殺されたくない様な依頼の仕方も、全てはこのためだった
出来るのなら捕まえて、閉じ込めるつもりだったのだろうとスプラッシュは思う
結局はヴァン以外全てスプラッシュシャドウに敵う者も居らず、宝石まで盗まれてしまったのだが
「旦那様は坊ちゃまの事を心配しておりました、ですからそのような事は言わないでください」
「不器用だねあの人も・・」
溜め息を一つ吐いてから、服を漁り其処から黒いダイヤを取り出す
「爺」
それをそのまま、執事に向かって投げる
投げられた宝石を慌てて執事が受け取った
「それは返すから、一つだけお願い聞いてくれない?」
どうにか受け取った宝石を大事そうに抱えながら、執事はスプラッシュを見つめる
「あの二人をもう一晩泊めてあげて、虎君の方は大分疲れてるみたいだし」
遠目からでも今立っていられるのが不思議だというのが分かる程、ロックはふらついていた
「それと父さんに伝言、俺は帰るつもりはこれっぽっちもありません
俺は好きな道を行くのでどうぞお気になさらず・・って」
伝言を頼むと、スプラッシュは歩き出す
「坊ちゃま!」
執事が止め様とするが、片手を上げて応えるだけで
そのままスプラッシュは門を通り何処かへ行ってしまった
手に残った宝石を見つめる
「こんな物よりも、旦那様は貴方の事を・・・・」
そう呟いて、一度頭を下げると執事は門番に二言三言話すと
ゆっくりと屋敷の中へと消えていった
ウェンドとロックが立ち上がり、門から出ようとすると
門番が二人に今日は泊まっていいという伝言を伝える
結局1600グランの報酬と小銭程度しか手持ちはないのだ、宿代が浮くとなれば泊まらない理由も無かった
豪華な夕食を食べながら、ロックは漸く戻って来たウェンドを見つめて笑う
口一杯に料理を頬張りながら、ウェンドもそれを見て笑った
豪華な夕食を終えて、また豪華な部屋へと戻る
既にこの部屋の景色には慣れきっていて、最初の様に緊張する事もなかった
部屋に戻るとウェンドはロックにソファーに座る様に促し
それを素直に聞き入れてロックは腰を下ろす
直ぐにウェンドはロックの前でしゃがみ込むとその足を診た
「足、大丈夫?」
食事を取っている時から気にしていたのだが
歩いているとロックは辛そうな素振りを見せていた
「平気だ」
強がる様に言うが、軽く触れただけでもその顔が苦痛に歪んでいた
ウェンドは両手を差し出すと、ロックの足に触れるか触れないかという所まで掌を近づける
其処から小さな闇の塊が溢れ出すと程無くして痛みが和らいでゆくのが感じられた
ウェンドも傷が治せるというのがロックには好都合だった
ヴァンが出てきたら何処までからかわれるのか分かったものではなかった
「なにも、こんなになるまで走らなくても・・・」
思った以上に治療に時間が掛かる事にウェンドが顔を顰める
ヴァンならば直ぐに終わらせる事も出来るのだが、ウェンドにはそれが出来なかった
「ヴァン・・・・呼ぶ?」
治療をしているといはいえども痛みはあるのだと思うと、早く痛みを取り除きたくなり
それならヴァンが適しているのはウェンドも知っているので、そう提案する
「・・いや、このままでいい」
ロックの穏やかな声が聞こえた
足の治療に専念していて、ロックの表情を気にしている余裕が無かったが
その穏やかな声に釣られて、治療を始めてから初めてロックの顔を見つめた
痛みがあるはずなのに表情は穏やかなもので
その表情に思わずウェンドは釘付けになる
ロックの視線が向けられると慌てて俯き治療に集中する
そのまま穏やかな時間が、治療が終わるまで続いた
治療を終えるとウェンドが立ち上がる
数十分の間慎重に治療を続けていたので、少し疲れた様な表情をしていたが
その分熱心に治療をしたのか、足から感じる痛みも僅かなものになっていた
それでも直後に無理をしてはいけないとウェンドに注意を受ける
それで仕方なく、ロックはソファーから移動して自分のベットに座っていた
就寝の準備は既に済ませていて後は寝るだけなのだが
立ち上がって背を向けたまま動かないでいるウェンドに視線を向ける
「あのさ、ロック・・・」
声を掛け様とした瞬間に先にウェンドが口を開いて、振り返る
何処かはにかんだ様子をしていてロックは不思議に思った
「その・・一緒に寝ない?」
突然そう言われて、ロックが呼吸を止める
酸素が足りずに息苦しくなった頃に漸くロックは呼吸する事を再開した
「ダメかな?」
反応がなく、更に息苦しさで苦しい表情をしているロックを見てウェンドが苦笑いをする
それを見たロックが慌てて首を左右に振った
更にそのまま自分の布団を何度か叩いて見せる
許可の証と受け取ったウェンドが、嬉しそうにその隣に座った
男らしく、口で言いたかったのだが
言葉が浮かんでこなくて、やはりロックは自分の頭を恨んでいた
それでも意志がしっかりと伝わった事に一安心する
そのまま二人揃って布団に入ろうとするが
先に入っていたウェンドに迷惑を掛けず、且つ足を庇おうと無理な体勢で腕を動かしていたからか
布団に着こうとした腕が滑りロックが倒れ込む
「わっ」
いきなり自分よりも大きなロックの身体が降ってきたためにウェンドが小さく声を上げた
「わ、悪い・・」
苦しいだろうと理解すると慌ててロックが身体を持ち上げる
それで身体に与えられる圧力から解放されたウェンドは息を吐いた
反射的に瞑っていた目を開けば、自分を見つめるロックの顔が直ぐ其処にあった
目の前にあるウェンドの顔を見つめていた
お互いの顔に先程まで浮かんでいた笑みは今は消えていて
ウェンドは何かを考えている様な表情をしていた
囁く様にその名を呼ぶと、考えるのをやめたのか少しだけロックを見てから瞳が閉じられる
ほんの少しの間その顔を見つめていたロックだが
小さく頷くと徐々に距離を詰めてゆく
あと少し、互いの間が拳一つ分よりも狭くなった瞬間にウェンドが目を開く
それだけならロックも気にはしなかったが、その色が赤い色をしていて
慌ててロックは顔を跳ね上げる
それを見たヴァンが小さく舌打ちをした
「つまらん奴め」
呼吸を整えるために顔を背けているロックに向かって言う
半分程振り返ったその顔が、呆然とした様子でヴァンを見ていた
その顔を見て満足したのか意地悪そうに笑うと
直ぐにヴァンはまた体内へと戻る
「・・・あれ」
戻って来たウェンドは、何が起きたのかと暫くぼんやりと辺りを見渡していたのだが
ロックの様子と身体の中の豪く機嫌の良いヴァンを見て、大体の事は理解した
「・・寝よっか」
もう一度仕切り直しをする気も起きず、その言葉にロックも黙ったまま頷いた
揃って布団に入ると、疲れていたのかウェンドは然程間を置かずに眠りはじめる
その寝顔を見つめながら改めて考える
何度も、ウェンドが戻って来たあの瞬間から何度も考えていた
ウェンドは戻って来たのだと
何度言い聞かせてもどうにも安心出来ないでいた
それでも捜していた時よりは大分落ち着いていたが
今は、不思議と安心感に満ち足りていた
眠るその顔を見て、ロックは一度微笑んでから瞳を閉じた
目を閉じていても傍にある体温が感じられて、意識が消えるまでそのままでいられた
瞳を開いた、目の前にあるのは随分と腑抜けた顔だとヴァンは思った
起こさない様に静かに起き上がると、自分の身体の上に腕が乗せられているのに気づく
跳ね除けても良かったが、意識を取り戻されては面倒な事になると
珍しく優しい手つきでその腕を持ち上げて身体を移動させる
窓に近づいて其処から空の月を見上げる
暫く見ていたが、何かに呼ばれる様にヴァンは扉へと向かった
途中で一度寝ているロックを見たが、何も言わずに部屋から出る
城の廊下を歩く、深夜だからなのか幾つもある窓から差し込む月光以外に明かりはなかった
窓の前を歩くたびに照らされた自分の影が、消えては現れているのを視界の隅に見つける
影は大分伸びきっていて、別の物体に見えた
屋敷の階段部分まで行くとその階段を下りて直進する
屋敷からも出ると門までの道を曲がって、噴水のある場所へと向かった
次第に大きな噴水が見えはじめるとその縁に誰かが座っているのが見える
「なんだ、もう来たんだ」
のんびりと縁に座りながら月を見上げていたスプラッシュが、ヴァンに言った
「あれだけ不愉快な魔力を出されれば嫌でも文句を言いたくなる」
眠っている間に僅かながらに光の魔力を感じていた
悪魔にとっては、どうにも落ち着かないものであり
結局こうしてのこのこと出てくる事になってしまった
それをスプラッシュは狙っていたのだとは思ったが
「なんの用だ、殺されたくなったのか?」
話す時間が惜しいという態度を隠しもせずにヴァンが問い掛ける
「虎君にご熱心な悪魔さんを見ようと思って」
その瞬間に素早くヴァンは魔法を放つ
それと同時にスプラッシュはその場から移動すると、其処に黒い球体が現れた
球体を見たスプラッシュが軽く口笛を吹いてみせる
「短気なのは嫌われるよ?」
「なにが用件なのかと訊いているんだ」
聞く耳を持たないのか、更に幾つか魔法を飛ばす
一瞬だけスプラッシュの魔力が高まると、その周辺に現れた闇を全て打ち払った
「そうやってあの虎君もいつか殺すの?」
静かにヴァンを見据えて、そう言った
スプラッシュが言った言葉にヴァンが固まる
ほとんど感じられない程の時間だったが、確かにヴァンの動きが止まっていた
「お前には関係無い事だ」
「そう?虎君が居なくなったら俺が行こうと思ってるのに」
わざと逆撫でする様な言い方をしているとヴァンは思った
「お前みたいな奴は死んでもお断りだ」
「残念、コーヒー淹れるのだって上手いのに」
スプラッシュが淹れた珈琲の味を、少しだけ思い出した
「・・俺に足りない物って何?」
突然そんな事をスプラッシュが言う
「あの虎君よりは色々持ってると思うんだけど」
ロックよりも強い自信はある、実際に自分の魔法に簡単に引っ掛かった相手だった
「・・・足りない物は無い」
スプラッシュの問いに暫し考えてから、ヴァンは眉一つ動かさずに答える
「無い?じゃあなんで俺は駄目な訳?」
「お前は持ちすぎているからだ、力もなにもかも」
そう言われて、スプラッシュが一瞬目を見開いた
「なるほど・・持ちすぎているか」
予想していた答えとは大分違う言葉を投げ掛けられて、諦めた様に笑う
「・・用件だったね」
少し間を置いてから思い出した様にスプラッシュが呟く
「何となく強い方のおチビ君に会いたかっただけかな」
本当にそれだけが用件なのかとスプラッシュを睨むが
それで本当に終わったのか、スプラッシュは門の方へと歩き出す
「それと最後に一つだけ」
横を通り過ぎる際に、素早くヴァンの肩を掴むと
少し前屈みになって自分の方に向かせたヴァンに口づけをした
数秒経ってからスプラッシュを貫く様に闇の刃が襲うが
それも当然の様にかわすとスプラッシュはヴァンを見つめる
「俺はウェンドも好きだけど、君も好きかな」
そう言ってにっこり笑うと、ヴァンの前から一瞬にして姿を消した
予め唱えておいたのか辺りには薄く光の魔力が漂っていて追うのは難しい様であった
ヴァンは、闇を飛ばして周辺の光の魔力を消し去ると
自らの闇の魔力も消し去ってから暫く何かを考えていたが
口から一筋零れた唾液を手の甲で拭うと、それを舐め取ってから屋敷へと歩きはじめた
朝が来て、ロックは目を覚ました
目の前には意識を落とす前に見たままのウェンドが居て
まだ自分の元に居るのだと思うとまた一つ安心する事が出来た
ゆっくりと起き上がると、床に足を着いて痛みが無いのを確認する
窓から外を見た
太陽の光が自分の身体を輝かせていて暖かかったが
ウェンドが起きた時にこの光は辛いのだろうと思うと、慌ててカーテンを閉める
そう思っていたせいだったのか、閉めると同時に布団が動くのが視界の隅に映る
緩慢な動きで布団から顔を出したウェンドはまだ半分程寝ていて
座った体勢のまま寝息が聞こえてきた
それでも半分は起きている証拠だとでもいうのか、身体の周りに闇の魔力が微かに感じられる
数十秒経ってから完全に魔力を溜め込んだのか、開かれた目は澄みきっていた
「おはよう、ロック」
「・・おはよう」
言葉の一言一言が酷く懐かしいものに聞こえた
部屋から出ると、朝食を用意したと近くに居た使用人に言われて二人は食堂で食事を取っていた
他愛もない話をするが、ロックはスプラッシュシャドウの事については何も言わなかった
今此処にこうしていられるだけで充分だと思っていたからで
ウェンドもそれを何となく感じたのか、これからの事や出されている料理の話題だけを話した
途中で一口飲んだ珈琲がスプラッシュに淹れてもらった珈琲の味と似ていて
液体に視線を落とすが、ロックがそれに気づくよりも先に顔を上げると次の話題を出した
食事を済ませて、今度こそ屋敷の外へと出る
建物の入り口に執事が立っていて二人を見送っていた
その時に、金の入った袋を渡される
二人分で16000グラン、二人が顔を見合わせた
「宝石は戻りました、お約束した通りの報酬です」
執事はそう言ったが、ウェンドは遠慮をしていた
結局犯行を阻止する事は出来なかったのである
困った様にロックに視線を向けると、ロックも首を横に振っていた
「もう報酬は貰ったさ」
二人分の1600グラン、確かに受け取ったのである
意見が一致すると、そのまま報酬を執事に向かって返す
それでも執事は何かを言いかけたが、そのまま二人は門に向かい歩きはじめた
「坊ちゃまもあの人達も、似ているのでしょうかね・・・」
手に入れた価値のある物を、簡単に捨てる
その背中を見つめて執事は頭を下げた
遠くから見ても二人が楽しそうに歩いているのが見て取れた
屋根から、景色を見下ろしていた
丁度ウェンドとロックが出て来たところでその背中に向かって手を振る
ロックの横で、楽しそうに笑うウェンドを見つめていたが
立ち上がるとその場から立ち去る
「持ちすぎているか・・」
ヴァンに言われた言葉がまた頭の中で再生された
「これでも家を出たから色々捨てたんだけど」
地位と財力は少なくとも捨てていた
それでも泥棒を続ける内に多少の金銭の余裕は出来ていたが
捨てた代わりに得た物が多かったのだろうかとふと考えるが
考えるだけ無駄だと割り切ると、一度空を見上げた
「・・・・・・さて、次の獲物は・・」
次の瞬間にはもう次の盗み出す品の事を考える
もう一度ウェンド達が向かって行った方向を見ると、既に豆粒程の大きさになっていた
「・・アレは盗めないか」
そのためにはもう少し力をつける必要があると結論づけると
怪盗は、姿を暗ました
「さて、次はどこに行くんだ?」
道を歩きながら、目的地を何処にするかと話し合う
訊かなくとも、最寄の町で食べ物が美味しい場所と答える事は分かっているのだが
「なにがあるかな・・」
既に次の町での名物を想像しているのか、ウェンドが瞳を輝かせる
「楽しみにするのはいいけど金は1600と少ししかないから、先に仕事だぞ」
二人分の宿代を払っては資金は大分減ってしまい
町を観光する程の金は無いとロックが言う
「・・・やっぱりお金貰ってきちゃダメ?」
今更ながらに受け取りを拒否した16000が頭に浮かんで来て、ウェンドが視線を向ける
「・・無理だろう」
流石に戻るのはどうかと思ったのか、ロックもそれには賛成しなかった
「・・・・・先に仕事だね、その後においしいご飯・・」
食事の事を考れば多少の苦難は何とも感じないのか
ウェンドはそれでまた元気になる
単純だが、それだけでも幸せそうに笑ってくれるウェンドを見れてロックは嬉しかった
そのまま、少し軽い財布を持ちながら二人は歩いて行った
黒天使外伝・招かれざる客 完