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招かれざる客・上

「・・・・はぁ」
立ち寄った町の、宿屋の一室
椅子に座り、ウェンドは溜め息を吐いていた
「お金が無い・・・」
手に持っている財布には、もはや小銭程度しか残っていない
それでも、此処まで資金が持ったのは奇跡に近かった
元々数日前から資金が少なくなっていたのは気になっていた
しかし旅の途中という事もあり、どうにか節約に節約を重ねてこの町に辿り着いたのだ
「葉っぱのフルコースみたいなのもあったなぁ・・・」
葉っぱだけのサラダを思い出すだけで少し涙が出てくる
悪魔のウェンドは、空腹が大して苦にならない体質のはずなのだが
何をどう間違ったのか悪魔の中で食欲はずば抜けていた
「と、とにかく・・・お金稼がないと」
首を勢いよく左右に振り考えを改める
こんなところで途方に暮れている場合ではないはずなのだが
今、ロックは一人で街の様子を見に行っていてこの部屋には居ない
資金の残りからしてこの町には長くいる事になりそうだった
数日程度ならこんな事はしないのだが
それが一週間を超える場合色々と知っておいた方がいい事がある
何処の店が安いだとか、それはもう安い物を買うのが生甲斐とも言える町の主婦の様に探さなくてはならない
つまりは、町に様子を見に行ったロックの帰りを待たなければどうにもならない状態だった


「帰ったぞ」
部屋の扉が開けられて、無愛想な声が響く
「あ、おかえり!」
椅子から飛び降りて入って来たロックを迎えた
「どうだった?安いお店あった?」
いきなり安い店があったのか、と尋ねるのは
旅をする者が言う台詞としていかがなものだろうかと思うが
今はそれが何よりも知りたい事だった
「それなら、そこの窓から見える商店街がやっぱ一番だとよ」
「あそこかぁ・・・」
部屋の窓から商店街を眺める
情報は嘘ではない様で、人で賑わっているのが此処に居てもよく分かる程だった
「それと、もうひとつ」
椅子に重い身体を下ろしながら、ロックが口を開く
「最近、ここら辺に泥棒が出るらしい」
「泥棒?」
少し違う話題に、ウェンドが興味を持つ
「なんでも結構有名な泥棒だとか・・・それが、この町にある城に予告上を送ったらしい」
「予告上・・?」
「詳しい事はわからねえんだけどな・・・ポリシーってやつじゃねえか?」
「ポリシー・・かっこいいかも」
「どうだろうな、ただのかっこつけかも知れない」
何処か小馬鹿にした様子でロックが言う
「その泥棒、いつ来るの?」
泥棒の事が気になって、ウェンドが問い掛けた
「明日の夜だってよ、町中でウワサされてるよ・・・確か、あのギルドでも急遽警備兵募集してたな」
「えっ、警備兵募集!?」
その言葉にウェンドが目を輝かせる
「あ、ああ・・・警備兵の数ケチってるからこういう時に対処できなくて仕方なくギルドに依頼したって・・」
その勢いに思わず怯んでしまう
「行こう!」
ウェンドが瞳を輝かせたまま、高らかに声を上げる
「えらく乗り気だな・・?」
「だって・・・お金無いし」
再び財布に目線を落とす
宿代を払ったせいもあり、もはやパンを一つ買うのがやっとの金しか残っていなかった
このままでは近い内に路頭に迷う事になる
それだけは避けたかった
「明日・・・ってことはあんまり時間無いよね、急ごう」
今帰ってきたばかりのロックの腕を掴んでウェンドが走り出す
ロックがふらついていたが、逸る気持ちを抑えられなかった



ギルドへ続く道を、真直ぐに歩いて行く
この町のギルドへはまだ行った事が無いが、どの町でも大抵町外れに建っている事が多かった
例に漏れる事なく、遠目の人気の無い場所にひっそりと佇んでいるギルドを程無くして見つける
「そういえばその泥棒・・・予告上も送るなら名前もあるの?」
ウェンドがそう言うと、ロックが暫く考えはじめる
「名前か、そういえば名前も聞いたな・・・・なんだったか」
「忘れたの?ボケちゃったんじゃ・・・」
半分はわざとだが、もう半分は本気で心配した様にウェンドが気遣う
「ボケてない!」
「本当に?」
「うっ・・・・」
疑いの眼差しをロックに向ける
「た、確か・・・スプラッタシャドウだったかな・・・うん」
「・・・・・・変な名前・・・」
強引に頷くロックにあえて何も言わず、そのままギルドへと向かった

「スプラッタシャドウ?」
ギルドの受付にその名前を言っても、どうも心当たりの無い顔をされる
それを見たウェンドから、再び疑いの目を向けられたロックは焦ってしまう
「スプラッタ・・じゃなかったか?警備兵を募集してるやつがあるはずだが」
慌てて説明すると、それで分かったのか受付が依頼書を探しはじめる
「ああ、警備兵を募集してるのはスプラッシュシャドウって言うやつだよ」
見つけた依頼書を見ながら、受付はそう言った
「スプラッシュ・・・・」
「ほら、これが依頼書だよ」
差し出された依頼書を、我先にとウェンドが手に取って眺める
「報酬・・・・8000グラン!?捕まえたら更に10000グラン!!??」
桁違いの額を前に目に金のマークを浮かべるウェンド
「ああ、確かに報酬はいいんだが」
依頼書を出した受付は、浮かない顔をしていた
「ほれ、その下を見ろ」
「え、下?・・・・ただし8000グランはスプラッシュシャドウの犯行を阻止した
場合によるものとする、任務失敗時は800グラン・・・・・・・・」
「もっと下もだ」
「スプラッシュシャドウの捕獲は、スプラッシュシャドウが生きている事を前提とする
殺した場合、報酬は通常の成功報酬とする」
ウェンドが読み上げた内容を聞いたロックが、不審そうに依頼書を見つめた
「・・まるで殺すなって言ってるみたいだな?」
「スプラッシュシャドウを殺すなって、どういうこと?」
自分の家に忍び込んでくる泥棒に、これでは手加減しろと言ってる様なものだった
「さあな、なにぶんその紙一枚しかうちには来ないもんで・・・」
ギルトの方もお手上げという事なのだろう
「そういえば、予告上はなんて書いてあったんだ?」
ふと、スプラッシュシャドウが送りつけた予告上の事を思い出してロックが尋ねる
「その予告上なんだがな・・・なんでも、城の主人がそれを見て怒り狂って破り捨てたらしいんだ」
「え、じゃあなに盗まれるかもわからないの?」
それでは、守る手立ても何も無いとウェンドが顔に出す
「いや、主人はそれを覚えているから問題無い」
「それじゃ、盗まれる物は?」
「それがな・・このギルドには報告されていないんだ」
「どういう事だ?」
「言っただろう紙一枚しか来てないんだ、後の事はその城に行ってくれ」
後が支えているからと、それでギルドを追い出されてしまった
「とりあえず、そのお城に行かないとね・・・」
「・・この仕事請けるのか?」
不安が拭い切れないのか、ロックが何時に無く浮かない顔をしていた
「うけるのか?って・・うけないの?」
「変だろう・・・まるで盗まれてほしいみたいな書き方だぞ」
「案外、その盗まれる人がファンだったりして・・・有名なんでしょ?」
「ファンならむしろ、警備なんて募集しないで盗ませるんじゃないか?」
「あ、そっか・・・なんなんだろう」
「まぁ、請けるのなら早めに行くか・・考えても無駄だ」
ギルドへ来た道を戻り、今度はその怪しい依頼主の居る城を目指した



「大きなお城・・・」
町の中の何処に居ても見える城だ、道なんて聞かなくても直ぐに辿り着いた
門の前まで来ると、既に他にも依頼を受けたと思われる輩が数名集まっていた
門前にいる警備兵に話し掛ける
「すみません、ギルドで警備兵募集の依頼を請けたんですけど」
城の者と思われる警備兵に、ロックが話し掛ける
「ギルドの依頼か・・・それなら、この門を通ってまっすぐ行った建物に入ってくれ」
難なく門を開くと、中に通される
「お城・・・」
すっかり観光気分にウェンドはなっていた
高い石の壁に閉ざされた城の庭には、噴水がありそれだけで此処が一般の建物とは違う事が窺い知れた
「あんまりチョロチョロするな、行くぞ」
噴水の方へ向かい出したウェンドの首を掴むと、引き摺りながら言われた通り正面の建物へと向かった

「ようこそ、警備兵の皆さん」
中では、丁度説明が始まったばかりなのか数十人の中心に如何にも高そうな服を着込んだ男がいた
「私はこの城の執事を務めている者です、今回は皆さんに
この城の宝を守っていただきたくこのように募集をかけさせて頂きました」
そう言いながら、執事は一礼した
「堅苦しい挨拶だな・・・」
面倒臭そうな顔をロックがする
ウェンドはと言うと、部屋の中の装飾品に目を奪われていた
「さて、周知のとおりあの泥棒スプッシュシャドウがこの城の宝を狙っている訳でございます
それを何としても阻止していただきたいのです、報酬は事前に申した通り阻止すれば8000グラン
捕まえれば10000を足して18000グラン、ただし失敗した場合は800グランとなります
また、スプラッシュシャドウを殺した場合も報酬は8000グランとなりますのでお気をつけください」
「やっぱり、殺されたくないのかな・・・?」
小声で隣のロックに話し掛ける
「まだなんとも言えないな・・・」
「では、何かご質問がある方はいらっしゃいますか?」
「あ、すみません!」
素早くウェンドが手を上げる
「どうぞ」
「あの、どうしてスプラッシュシャドウを殺してしまうと報酬が8000グランなんですか?」
「・・それは残念ながらお話する事はできません
しかし生きたまま捕まえれば確実に報酬は支払うと約束しましょう」
「あと、もう一つ・・」
「なんでしょうか?」
「スプラッシュシャドウが狙っている宝ってなんなんですか?」
この質問に、一瞬執事の身体が震えた
「スプラッシュシャドウが狙っているのは、この城の宝・・・黒いダイヤですよ」
「黒い・・ダイヤ?」
「ええ、世界的にも希少価値の高い物でして時価五億グランはくだらないと言われています」
「ご、五億・・・・・・」
余りの桁の違いに言葉を失う
「予告上によるとスプラッシュシャドウが予告した時間は明日の午後九時
それまではこの屋敷でごゆっくりお過ごしください」
執事はそう言うと丁寧に頭を下げ、城の奥へと消えた
数人の使用人が入れ替わりに部屋に入り、部屋の説明をしていく
ウェンドとロックもそれに漏れず、決められた部屋の場所を聞いて部屋へと歩き出した

「なんだか得しちゃったのかな?」
与えられた部屋は、泊まっていた宿屋とは段違いの造りの豪華な部屋だった
「そうだな・・・」
「ベットもふかふかだぁ」
布団の上に横になり気持ち良さそうに目を細める
「明日は忙しくなりそうだな・・今の内に寝ておくか」
「そうだね、おやすみ・・・・」
部屋の明かりを落として、目を瞑る
最初は中々眠れなかったものの、上等の布団の感触と此処数日の疲れもあり
暫くすると二人は眠りについた

「ウ・・・きろ・・・ウェン・・・・・」
「ん・・・」
「ンド・・・おき・・・」
「んー・・もうちょっと・・・・」
「・・・・ウェンド、起きろ」
身体を揺さぶられて目を開けると、ロックの顔が目の前にあった
「ロック・・・おはよう」
眠い目を擦りながら身体を起こす
「大丈夫か?身体は」
「うーん・・・・」
半分寝ぼけたままで身体に魔力を溜める
朝はこうしないと悪魔のウェンドは上手く行動する事が出来ないでいた
「ううー・・・・・」
「どうした?気分悪いのか?」
「・・・眠い」
言うと同時に、その身体がロックの方へと倒れ込む
「お、おいウェンド!」
慌てて倒れてきた身体を支える
腕の中で妙な浮遊感を感じながらも、ウェンドは更に眠り続けた
何とか起こそうとするが、安心しきった様に身体を預けて
眠り続けるウェンドを起こすのは何処か躊躇われて
結局、ロックも壁に身体を預けて暫くウェンドを寝かせる事にした


「よく寝たぁ・・」
廊下を歩きながら両手を上げて大きく伸びをする
「本当によく寝たな」
その横で、眠そうなロックがぶつぶつと呟いていた
「ロックまだ眠いの?低血圧?」
ウェンドを起こさないためにロックも寝ていたのだが
半分程また眠りはじめた頃にウェンドが起きたため、ロックは眠いままの起床となった
あえて、ウェンドには何も言わないのだが
「スプラッシュシャドウは夜に来るから、もっと寝られるねロック」
「いや、もういい・・・・」
首を左右に振り眠気を吹き飛ばす
「そう?せっかくお城に来たんだし・・・あちこち見ようかな」
廊下にある窓から外を見渡す
昨日見た噴水が、丁度窓から見えた
「ゆっくりしろと言われたが、なんでも見ていい訳じゃないぞ?」
「え、そうなの?」
「いや、見てもいいのかも知れないが・・・そこの壷とか」
廊下の途中に置かれている壷を指差す
「もし壊したら、一生かかっても返せないような額を請求されるぞ?」
「うっ」
その言葉に、ウェンドが壷を凝視する
「まぁ、ああいうのには近づかない事だな」
「うん・・・じゃあ、そういうのが少ない外にいこっか」
外へと向かうウェンドだが、その様子は昨日とは違い壷と距離を取っていた
その分かり易過ぎる行動が、やはりウェンドだと思った


「綺麗な噴水だなぁ」
立派な造りの噴水の縁に座り、噴出す水を見つめる
仕事でなければ、もっとじっくり見ていたいものだった
仕事でなければこんな所には来ていないのだが
「落ちるなよ」
水面を見つめているウェンドを心配したロックが、ウェンドの肩を支える
「大丈夫だって・・・わわっ」
支えられているのをいい事にその手に寄り掛かっていたが
いきなりその手が退けられて一気に水面へと身体が傾く
間一髪のところで手を伸ばしたロックがその身体の動きを止めていた
「だから言っただろ?」
顔を上げると、ロックが笑っていた
「・・・・意地悪」
そのまま身体を起こされて、今度はしっかりと縁に座る
「ここは噴水しかないのかな?」
「みたいだな」
辺りを見渡しても、幾つか木が植えてある程度で他は城の壁と塀があるだけだった
「他の所も、一応見ておくか・・・」
ロックが、ウェンドを置いて先に歩き出す
立ち上がると、慌ててウェンドもその後に続いた

「今回の報酬って、失敗したら800グランなんだよね?」
「そうだな、意外とケチくさい」
「お城はこんなに高そうなのにね、ほんとはお金ないのかな」
「金持ちの感性なんて俺にはわからんな・・・」
部屋を回りながら、他愛も無い話をする
「結構普通なんだねこういうところも」
「いちいち石像とかがあったほうがいいか?」
「それはちょっと・・怖いよ」
雇われの身の二人が入れる所を全て見回るが
特に怪しい場所は一つも見当たらなかった
「お腹減ったなぁ・・」
「そういや、朝から食べてないな」
ウェンドがぐっすりと寝ていたおかげで、既に昼の一時にまで時間は進んでいた
「確か食堂があるから腹が減ったらそこへ行けって昨日言われたな」
「ほんと!?ご飯!」
食べ物があると聞いてウェンドが嬉しそうに笑った
此処数日はまともな物を食べていないから気持ちが高ぶるのだろう
勿論ロックも食べていないのだが
「食堂は・・向こうか」
予め道を聞いておいたロックがどんどん進みはじめる
ウェンドはというと、やはりその後をただ黙々と着いて行く事しか出来なかった


「おいしい・・・」
料理を一口食べてのウェンドの第一声だった
「ああ、美味いな」
「これタダでいいの?」
「いいんじゃないか?自由にしていいらしいし」
他にも雇われの者や元からの警備兵が何人か食堂に集まっていて
思い思いの料理をそれぞれ皿に盛っていた
「食べ物タダで、部屋も貸してくれるなら800グランでもいいや・・・」
口一杯に料理を頬張りながらウェンドは幸せそうな顔をしていた
しかし、ロックは内心そう喜んではいられなかった
待遇が良ければ良い程、やはり今回の件は気になるのだ
いざとなったら報酬なんて貰わずウェンドを連れて逃げる準備もしてあった
「ロックどうしたの?食べないの?」
考える事に夢中になっていて、何時の間にか食事を取るのを忘れていて
食べる手を休めたウェンドが不思議に思い尋ねる
「いや、なんでもない・・・食べすぎるなよ?」
「わかってるって」
そう言うウェンドの隣には、既に六枚の皿が重なっていた
「・・・・・」
気づかれない様に少し溜め息を吐いたが、ロック自身も
考えを改めて今目の前にある食事を取る事に集中した
「あ、ちょっとコーヒー取ってくるね」
そう言ってウェンドが席を立ち、二杯目の珈琲を取りに向かった
最初は特に気にする事もなくその様子を見ていたのだが
無事に珈琲を淹れて戻って来たその様子が違う事に気づく
「なんだ?ジロジロ見て」
ウェンドよりも少し声の低い、ヴァンの声がした
「いや、いきなり変わったから・・・」
席に座ったヴァンをまじまじと見つめる
「たまにはこういうところの食事もして見たくてな」
目の前に盛られている料理を行儀良く口に運ぶ
一体何処で習ってきたのだろうかと疑問が浮かんだ
因みに、ウェンドは余りマナーには詳しく無いみたいだった
「・・・それで」
料理を一皿食べ終えると、淹れたての熱い珈琲を少し飲んでヴァンは口を開いた
「この仕事、どう思う?」
「どう思う・・だと?」
「お前の事だ、どうせなにか怪しんでいるんだろう」
すっかりお見通しだと言う様にロックの目を見つめる
吸い込まれそうな赤い瞳が其処にあった
「少しだけ臭う・・としかまだ言えないな」
「そうか、今日の夜九時・・・楽しみだな」
「おまえは心配じゃないのか?」
珈琲を飲むヴァンの動きが止まった
「なにを心配する必要がある?俺は悪魔だ、そしてウェンドもな
たかがヒト風情の力など恐れる必要は無い」
余裕癪癪とした表情と返事が返ってきた
「まぁ、お前は気をつける事だな・・生身のヒトは寿命も短く少しの傷ですぐに死ぬ
少しの傷ならウェンドが治すだろうがな」
ウェンドが、という事はヴァンは治せないのだろうか
それとも治さないのだろうか
一瞬、頭の中にそんな事が過ぎったが考えない事にした
「俺はなにかがあるまでじっくり見物させてもらう」
珈琲を一気に流し込み、飲み終えると
一度だけロックに皮肉った笑みを浮かべて
ヴァンは再び身体の中へと戻った
「・・・・あれっ、なにしてたんだっけ」
程無くして戻ってきたウェンドが間抜けな声を上げる
「・・・あ!おかわりしたコーヒーが無い!料理まで!!」
テーブルの上の皿に目を落としてウェンドが声を上げた
「この料理、最後の一つだったのに・・」
寂しそうに指を咥えて皿を見つめる
「・・・夜になったらまた出るんじゃないか」
「あ、そっか」
それでまたウェンドの顔に笑顔が戻った
姿形はほとんど同じでも、性格だけはまったく似ていない事を改めて感じた



食事を終えて、特にする事も無く
今はまた部屋に戻りのんびりとした時間を過ごしていた
「まだ四時かぁ・・・・」
部屋の時計を見つめて退屈そうにウェンドが呟く
「あと五時間だな」
本を読んでいたロックが顔を上げる
「五時間・・・・」
それを聞いた途端、うんざりした表情になる
「なにか暇つぶしできるものない?」
「本ならあるぞ」
ウェンドが横になっているベットへと本が投げられる
「なんの本・・・?」
無事布団に着地した本を手に取り表紙を見た
「旅の節約術第三章・・・・三章?」
ロックに目を向けると、その手にある本には第四章の本が握られていた
「意外と役に立つ事が書いてあるぞ」
「・・・へぇ・・・・・」
とりあえずは渡された本に目を通す
水の節約、洗剤の節約、日持ちする保存食
この町に着くまでの節約は、これによる物だったのかと確信する
ロックの意外な一面も垣間見ることが出来たのだが
「・・・・つまんない」
ロックが再び本に目を落として約三十秒
ウェンドは渡された本をもう投げ出していた
「もう飽きたのか・・?」
呆れた様にウェンドを見つめる
「ねえロック、なにか面白いことないの?」
「それならあと五時間後にあるだろう」
「そうじゃなくて、今面白いこと!」
「・・・・ない」
そう言うと再び本に視線を下ろしてしまう
ウェンドが恨めしそうにロックを見ていた


「ロック」
「・・・ん?」
後ろからウェンドの声が聞こえる
「ロックー」
「・・なんだ」
その声が、段々と近づいて来ていた
「・・・ロック」
「なんだって・・・・っ」
首に温かい感触を感じた
ウェンドが、腕をロックの首に廻していた
「ひま」
「・・・・はぁ」
溜め息をして本を閉じた
「なにがしたいんだ?」
「えっとね・・・・なにか楽しいこと!」
面白いから楽しいに変わっただけの台詞を吐かれて途方に暮れてしまう
「俺が楽しいと感じる事とウェンドが楽しいと感じる事は違う・・・なにをしたいんだ?」
その言葉にウェンドが暫く固まる
「僕が楽しいことと、ロックが楽しいことは違うの?」
「そうじゃないのか?普通」
「困るなぁ・・・」
「・・なんでだ?」
「それじゃ、ロックがつまんないってことじゃん」
腕を廻すだけでは飽き足らず、ロックの頭の上に自分の顔をウェンドが乗せる
「俺は本を見てれば楽しいが・・」
「それじゃあ僕が楽しくないの」
「・・・・・なにがしたいんだ?」
もう一度、同じ質問をした
「なにって、ちゃんとは言えないけど・・・僕が楽しくて、ロックも楽しいといいな」
つまり、自分が楽しいのが前提ではあるがロックがつまらないのは嫌だという事だった
「難しいな・・・」
何しろ趣味自体が違う二人だ
本を読むのはロックが楽しいがウェンドはつまらない
ならば、ウェンドの楽しい事は何だという疑問が浮かぶ
「ウェンドの楽しい事ってなんだ?」
「えっ」
問われて、暫し考える
「・・・なんだろう」
「おまえは楽しい事が無いのか?」
「そういう訳じゃないんだけど・・・」
「ならあるんだな?それを言えばいい」
「・・・わかんない」
あるのに分からないとは、自分の頭が混乱していくのをロックは感じていた
「楽しいと感じることだぞ?」
「だから、なにが楽しいかわかんないの」
「じゃあ、今日楽しかった事は?」
それで、また暫く考え込んでしまう
「・・・全部」
「全部?」
少し予想外の返事をされて、ロックが目を丸くした
「うん、噴水見たのもお城探検したのもご飯食べたのも・・・それに」
「それに?」
「今、こうしてるのも楽しい」
その言葉に、ロックが廻されている腕を見つめた
「・・・なら、いいんじゃないのか?」
それで、閉じていた本を開いてしまう
「あーダメ!読んじゃダメ!」
「楽しいんじゃないのか・・・?」
「・・もう!」
怒ってしまったのか、腕を解いて顔も上げてしまう
振り返ると怒った表情のウェンドと目が合った
座っているソファーに本を置き、立ち上がる
ウェンドの目をじっくり見つめる
その表情は、未だに怒っている顔だった
「・・・すまんな」
いきなりの謝罪の言葉に、ウェンドの顔が一瞬にして変わる
「・・・?」
不思議そうにロックを見る
「俺には、おまえがなにをして楽しいのかよくわからないんだ」
「べ、別に謝らなくても・・・僕がいきなり言い出したんだし」
謝られてしまうと、強い態度に出るわけには行かなくなってしまう
「今日は、楽しかったんだな?」
「うん・・・すごく楽しかったよ、あちこち見て・・初めて会った町でテーマパークに行ったみたいだった」
初めて会った、あの町の事を思い出す
あれからそれ程時が経った訳でも無い
それでも、何処かあの時を最近では少しだけ遠く感じる様になっていた
「俺は・・やっぱりよくわからない、ごめんな」
「だから謝らなくていいって・・・こっちも、ごめん」
「でも、おまえが楽しいって言ってくれれば・・それでいい」
手を伸ばして、ウェンドの頭を撫でる
子供扱いされる事を嫌がるウェンドが、これだけは嫌がらない事だけは何とか覚えていた
「・・・今、楽しいか?」
大人しく撫でられているウェンドに尋ねる
「・・・・・うん、楽しい」
気持ち良さそうに、ウェンドが返事をした

「いよいよ・・だね」
午後八時半、予告された時間まで残り三十分を切っていた
「そうだな」
読みかけの本をテーブルに置くと支度をする
「準備ができたら行くぞ」
ウェンドの方は特にこれといった持ち物も無く、その後直ぐに部屋を出た
広間へ行くと、昨日の執事が再び同じ場所で同じ説明をしていた
「とうとうこの時が来てしまいました、あと数十分もすれば
スプラッシュシャドウが現れます・・・どうか、それを全力で止めてください」
深く頭を下げると、執事は屋敷の奥へと消えていった
ウェンド達は外へ出ると噴水の周りの警備に当たりはじめる
「やっぱり綺麗だなぁこの噴水・・・」
既に二回は見たというのに、ウェンドの噴水への興味は薄れないでいた
「そんなに気に入ったのか?」
「うん・・・綺麗」
飽きもせずにただ視線を送っていた
「気に入ったのはいいから、しっかり見張ってくれよ」
その肩を軽くと叩く
体勢を崩したが、今度は自力で踏ん張ると
慌てた様にウェンドが立ち上がった
「あと・・・・三分」


「55・・・56・・・57・・・58・・・59・・・」
突然、爆音が響き渡った
「なんだ!?」
ロックが爆音のした方を振り返る
その方向から更に幾つもの爆発音が聞こえて、城の壁が照らされていた
「行くぞ!」
ロックがその方向へと走り出す
ウェンドも同時に走り出した

爆発の起こった周辺では、地面に数名の警備兵が倒れていた
「どうしたんだ!?」
「いきなり地面が爆発して・・・変な奴が」
「ロック、広間の方が・・」
今度は正面の広間で爆発が起こる
同時に建物の窓が一斉に割れて吹き飛んだ
「・・・派手だな」
「壷、大丈夫かな?」
「・・・・・さあな」
正面の扉を勢い良く開き屋敷に入る
其処には、黒いマントに身を包んだ如何にも怪しいと言った人物が佇んでいた

「なんだ、まだいたのか」
「おまえが、スプラッシュシャドウ・・・?」
「ご名答」
指を弾いて音を鳴らすと、スプラッシュシャドウの足元から発生した爆発が
物凄い速さでこちらへと向かいはじめる
咄嗟にウェンドが前に出ると
そのまま、ウェンドの目の前で大爆発を引き起こした
「ウェンド!」
ロックが叫ぶ
煙が消えると、傷一つ負っていないウェンドが居てひとつ息を吐いた
「あ、危なかった・・ね、ロック」
「危ないのはどっちだ!」
「いや、そのおチビ君の言うとおり・・・その子が助けてくれなかったら君は粉微塵だよ」
スプラッシュシャドウが感心した様に呟いた
「それにしても・・・そこのおチビ君何者だい?見たところ
14歳から17歳と言ったところだけど・・それにしては強い力だ」
興味深そうにウェンドを見つめる
「僕達は警備兵です!あなたを逮捕します!」
ウェンドが指を差して、そう高らかに宣言する
そのあまりにも真直ぐな言い方にスプラッシュシャドウは笑い出してしまう
「こりゃ楽しみだ!お手並み拝見と行こうか・・おチビ君?」
先程の指鳴らしとは違い、両手を合わせはじめる
「・・・堕ちろ、メテオポイント」
その手を空中に差し出すと、淡い光が集まる
光が徐々に固まりはじめてその中心に穴が生まれた
そしてその穴から幾つもの隕石が勢い良く吐き出される
「・・・マズイ」
もう一度防御を取るが、隕石を三つ程受け止めたところで限界が来てしまう
「そんなんじゃ潰されるよ?」
余裕綽々と言った様子で更に隕石を呼び出す
四つ目の隕石がぶつかった
しかし、それでもウェンドの防御は崩れなかった
「・・なに?」
意表を衝かれたのかスプラッシュシャドウの顔付きが変わった
「まったく・・・一人で行くなよ」
ウェンドの後ろに、ロックの姿があった
「あ、ロック」
ウェンドが場にそぐわない声を出す
「俺だって少しぐらい魔法は使えるんだよ」
不敵にスプラッシュシャドウに笑い掛ける
「・・・ふん、ならばもう三発程ぶつければいいまでだ」
更に力を籠めると、隕石が複数生み出されウェンドとロックへと襲い掛かる
それでまた状況は悪い方向に向く
ロックも力を振り絞るが、ロック自身はあまり魔法が得意では無いのだ
ウェンドの方はもう限界が近いだろう
「バイバイ、おチビ君・・・・」
最後に巨大な隕石を一つ、ウェンド達へぶつけると
何処か寂しそうに怪盗は呟いた

「・・どういう事だ?」
最大級の隕石を叩き込んだというのにその防御は崩れなかった
いや、崩れはしたのに隕石がぶつからない
まるでその場で停止してしまったかの様だった
暫く隕石は動きを止めたままだったが、その隕石に黒い煙が覆いはじめる
「これは・・・」
徐々に煙は隕石を包み込むと、煙が少しずつ小さくなる
程無く隕石の形は跡形も無く消え去った
「つまらんな、この程度の魔法では」
其処にはウェンドではない、ヴァンがいた
「おチビ君?いや、違うな・・先程とは空気が」
「・・わかるのか」
スプラッシュシャドウが、ヴァンを睨み付けた
「お前、何者だ?」
「・・悪魔だ」
「悪魔?なんで悪魔がこんな所に・・・」
「・・・・ダークミスト」
紡がれた言葉が鍵となり、ヴァンの周りに黒い霧が集まりはじめる
「そうだな、観光と言ったところだ」
「観光だと?悪魔がそんな理由でこの世界にいる訳が」
「俺の理由じゃないさ、あいつの理由だ」
「あいつっていうのは・・・さっきのおチビ君か」
「そういう事だ、話はもういいか?」
「・・・・・・」
スプラッシュシャドウが右手の人差し指をかざすと、指先から光が生まれる
「悪魔には、コレだよね・・・」
互いの魔力が、激しくぶつかり合う瞬間だった


「ロック」
ヴァンが、ロックの名前を呼んだ
「なんだ?」
「邪魔だ、下がっていろ」
「んなっ、邪魔っておまえ・・・・」
「死ぬぞ?」
「・・わかったよ」
舌打ちをしてロックが後ろに飛び去ると同時に、ヴァンの攻撃が始まった
低速ながらもその大きな黒い霧は相手の全てを呑み込む様に広がってゆく
そのまま、霧はすっぽりとスプラッシュシャドウを包み込んだ
「やったのか・・?」
後ろからロックの声が聞こえる
だが直ぐに霧の中から光が突き抜けはじめた
「こんな魔法が使えるなんて・・・さすが悪魔だ」
霧の中から、光に包まれた怪盗が現れた
「今度はこっちの番・・・スピンレイ」
手の中にある光が、物凄い速さで回りはじめる
その光はスプラッシュシャドウの周りを高速で走って更に闇を払う
「・・行け」
まるで弾丸の様に、命じられるがままにヴァンへと一直線に光が飛んで行く
しかし数発放たれた弾丸は全てヴァンの目の前で弾け飛んだ
「うわ、まいったな・・・結構自信あったのに」
スプラッシュシャドウが頭を手で押さえて困った様に呟いた
「お前は俺には勝てない」
「みたいだね・・・でも、勝つ必要なんて何処にも無い」
再度数発弾丸を飛ばすと、真直ぐに進みヴァンへと飛んで行く光
その全てを弾き飛ばすと
それを見届けたスプラッシュシャドウが笑った
弾き飛ばされた弾丸は消える事無く、分かれると眩い光を放つ
「光自体は、防げないでしょ?」
動きの止まったヴァンに向かって更に五発程打ち込む
それでもヴァンの守りは崩れないが、光の眩さは増え続けた
「悪いけど、君と遊んでる暇は無いし・・・あのおチビ君殺すのも嫌だからじゃあね」
スプラッシュシャドウはそのままマントを翻すと、素早く屋敷内へと走り出した
数十秒遅れて、ヴァンの周りに纏わり付く光が全て闇に呑まれる
「・・・やるな、あの餓鬼」
ヴァンが、笑っていた
ロックは一部始終を見ていたが、すっかり二人の戦いに圧倒されていた
「追うぞ」
「あ、ああ・・・」

スプラッシュシャドウの逃げた方向へと走り出す
行き先は簡単に分かった、何せ通路の途中途中に屋敷の者や警備の者が倒れているのだから
その全てはウェンドの眠らせる魔法の様に、まるで傷など負っていなかった
「なかなか紳士な泥棒だな」
「いきなり爆発させて襲ってくるのにか?」
「軽い挨拶だろう」
「挨拶・・・・」
ロックはヴァンとあの怪盗の事がさっぱり分からなかった
どうやら、あの怪盗とこの悪魔は似たもの同士という奴の様だった
「あの部屋だ」
部屋の前には数人の警備兵が倒れていた
恐らく、ウェンド達の様に急遽雇われた者ではなく代々屋敷に仕える者達なのだろう
倒れている間を通り部屋へと入る
其処には予想通り、スプラッシュシャドウが居て
その手にはしっかりと目当ての宝石が握られていた
「げっ、もう来たの?」
「すまんが、あの程度の小細工でどうにかなる程柔じゃない」
「一々自信無くす事言うなぁ・・・」
「大人しくしろ、今度は逃げ場は無い」
「・・・それはどうかな?この宝石見てよ」
盗んだばかりの黒いダイヤモンドをヴァンに向けて見せびらかす
「悪いが、石ころには詳しくない」
「そういう事じゃないさ、悪魔なら知ってるでしょ?こういうマジックアイテムの事・・・・・」
その手の黒いダイヤが、怪しく光った
「まさか・・・」
逸早く気づいたヴァンが、素早く防御取ろうとする
「遅い」
ダイヤモンドが深く輝いたかと思うと、ヴァンの周りに黒い光が集まり
そのままヴァンは闇に包まれた
「どうなったんだ!?」
後ろに居たロックが叫ぶ
「ちょっと牢屋に入れただけだよ、暗くて寂しい牢屋に・・」
「牢屋・・・?」
「そう、これはちょっと多めに魔力を使うから使いたくないんだけど
このマジックアイテムがあれば別、相手を闇しか無い牢獄に入れて
少しずつ精神を破壊する・・・まぁ、悪魔の彼は精神崩壊なんて起こさないだろうけど」
スプラッシュシャドウが、ロックへと近づく
「だけど君はどうかな?見たところただのヒト・・・まぁ、俺もヒトだけど」
ダイヤモンドが、ロックの目の前で光りはじめる
しかし、あと一歩というところでスプラッシュシャドウば後ろに飛び退いた
「驚いた・・・まさかこれも効かないなんて」
「悪魔には、こんなのただの狭い部屋だ」
黒い闇から、紫の鮮やかな手が伸びる
亀裂が入り其処からヴァンが現れた
「この程度でどうにかしたつもりか?」
「どうにかしたつもりだったんだけどなぁ・・・」
うんざりした様にスプラッシュシャドウがヴァンを見つめていた

「黒いダイヤの力を持ってしても、悪魔には通じないのか・・?」
「黒いダイヤは闇魔法を補助、増幅するアイテムだ
いくら増幅したところでただのヒトの闇魔法など通じるものか」
「なるほど・・それじゃあ、やっぱり俺の力でどうにかするしかないって事?」
「それは先程お前がやって見せただろう、見事に敗れたがな」
「あーったくもう・・・本当に気に障る言い方するなあんたは」
睨む様な、それでいて何処か笑った顔を怪盗はしていた
その手に再び魔力を集中させた
「本気・・しかないか」
スプラッシュシャドウの周りに幾つもの光が集まる
それらはヴァンに当てた時の様に一つずつが輝きだしていた
周辺に舞う光はまるで、雪の様だった
「・・まだ力があるのか?」
それでもヴァンの顔は何一つ変わらずただ相手を見据えていた
「さっきのも本気だけど・・・これは違う、本気の本気って言えばいいのかな?使えば俺もタダじゃ済まないね」
「いいのか?そんな事したら使い終わって他の者に取り押さえられるぞ」
「その程度の力は残すよ、ただソレ以外の全てを使うだけだ」
周りの光の大きさが、丁度人の頭の大きさまで膨れた
「これで最後だよ・・バイバイ、もう一人のおチビ君」
ヴァンが衝撃に備えて構えを取る
身体中に闇の力が充満するのが感じられた
今ならこの泥棒を殺せるだろう、楽に
ヴァンはまだ本気さえも出していない
例えスプラッシュシャドウが逃げる力さえも使ったとしても受け切れる自信があった
向こうは本気だ、ならばこちらも本気を出して迎え撃つはずだった
「・・・・あ・・・・・・・」
突然ヴァンが床に膝を着いてしまう
「・・?」
スプラッシュシャドウは攻撃の態勢を取ったまま、その様子を見守る
「ぐ・・・何故こんな時にウェンドが・・・・・」
額に手を当てて必死に抑えようとするが
外に出て来ようとするウェンドの力は何時もとは違い激しいものだった
次の瞬間には、ヴァンの周りにある魔力と闇が全て消え去った


幼い雰囲気がその身体から漂いはじめる
「やっぱりダメだよヴァン・・・殺しちゃ」
脂汗を掻いているところを見ると、出て来るだけに相当な力を使った様だった
「・・・おチビ君?」
ウェンドが表に出て来た事によりスプラッシュシャドウの周りからも魔力が消えてゆく
黙ったままスプラッシュシャドウを見つめると、立ち上がってウェンドが構えを取った
「やるのかい?君じゃ俺には敵わないと思うけど」
少なくともスプラッシュシャドウの力はウェンドより上だ
それを、スプラッシュシャドウ自身は確信していた
それでも怯まずにウェンドは魔力を溜める
その隣に、ロックが歩み寄る
「俺もいる事、忘れるなよ」
ロックが格闘術の構えを取る、その手には魔力が練られていた
「二対一か、面白そうだね」
スプラッシュシャドウがゆっくりと歩きはじめた
「でもさ・・・そんな事より」
その姿が一瞬で消える
同時に、ウェンドは首の後ろに鋭い衝撃を感じた
「ウェンド!」
ロックが少し遅れて反応して、ウェンドの後ろに現れたスプラッシュシャドウに拳を繰り出す
それを素早く手で払い軌道をずらすと、気絶したウェンドを抱き一気に離れた
「この子がいた方がいいな、この子貰おう」
「ふざけんな!!」
ロックがスプラッシュシャドウに向けて走り出す
「・・眠れ」
怪盗が軽く指を鳴らすと、辺りを虹色の光が覆った
途端に激しい睡魔が襲いはじめる
「ま・・・て・・・・・・」
「オヤスミ、おチビ君の保護者さん」
その腕に抱かれて眠っているウェンドに手を伸ばすも
更に距離を離されてしまい、そのままロックは意識を失った

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