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11.白地図に線を

 夜空に昇った湯気を見つめて、ガルジアはぽかんと口を開ける。白く立ち昇ったそれは、夜気に晒され、風に乗せられると虚空へと消えてゆく。
 一頻りそれを眺めてから、続けて目の前に広がる湯に目を移す。そっと、手先で触れてみる。
 ほんの少しだけ濁っていて、温かい湯だった。しかし実際に触れてみても、それでもまだ目の前の光景が信じられない。
「そんなに熱くないから、そろそろ入ったらどうだいガルジア」
 声のした先では、既にクロムが湯に浸かり目を細めている。促されて、服を脱ぐとゆっくりとガルジアも湯に入った。
 虫のざわめきが聞こえる。真上に広がる満天の星空を見上げた後、湯を掬って顔を洗った。
「……あの、クロムさん」
 顔を洗い、被毛が充分に湯を纏った頃になってから、ガルジアはようやく声を上げる。
「なんだい。少し、熱いかい。すまないね、年寄りは、熱いのが好きだから」
「いえ、そういう話じゃ……私は丁度いいと思いますし。それよりも、こんな暢気に露天風呂なんて作っていいんですか」
「いいじゃないか。別に誰の土地って訳でもないのだから。もっとも、実際にはどこかに名ばかりの管理者が、居るんだろうけれど」
 顔を上げる。濁った湯で下半身は見えないが、上半身を露出したクロムの体躯は、被毛で目立たないが、よくよく見れば傷が多かった。
 胸には出来損ないの三日月が笑っていて、百年以上を傭兵として過ごし鍛えぬかれたその身体と比べれば、自分など赤子も同然だった。
 ただ、ガルジアが今見ているのは鬣犬の見事な身体ではなく、その隣にある剣だった。
 いつもクロムが持っている剣は今、淡く光り鞘の部分が湯に浸かっている。そこから湯気は上がっていた。
「今でも信じられません。その剣でこんな事が出来るだなんて」
「便利だろう?」
 ガルジアが仰天したのは、ほんの少し前の出来事だった。今日はここまでにしようと足を休めたクロムが野宿を決め、ガルジアはそれに従った。
 丁度川沿いを歩いていたのもあって、唐突にクロムが風呂に入ろうと提案し、それに頓狂な声を上げたのだ。
 訝しむガルジアの前で、クロムは岩場を探し当てると、鞘に入れたままの剣を取り、邪法を唱えてから鞘を振り回し、川の隣に簡素な穴と、
川の水を引き入れた後仕上げに水を湯へと変えてしまったのだ。
 呆気にとられているガルジアの事など知らぬ顔でさっさと服を脱ぐと、クロムは即席の湯に浸かってしまう。
 慌てて、ガルジアも後を追った形だった。
「一体、どういう構造なんですか。それは」
「私が魔法を扱えるのは前に言ったね」
 湯を頭から浴びて、鬣を梳いた後クロムが剣を取る。鬣犬特有の鬣が一層引き締まり、そうしていると普段の
温和な表情は一変して精悍な顔立ちになる。もっとも、本人の性格はその顔を反映したとはとても言えないのだが。
「実は私はあまり、聖法や邪法が得意ではない。というより、才能が無かった」
「え? でも、こんな芸当普通出来ませんよ」
 露店風呂が出来上がるまでの行程を思い出す。どれ一つ取っても、素人の出来る物ではなかった。 
 ライシンぐらい魔法に長けていれば、とガルジアは思っていた程である。
「この剣の……というより、鞘のおかげだよ」
 鞘を見せ付けられて、ガルジアは湯の中を移動しその隣へと座る。
 幸い濁った湯のおかげで身体を見られる心配もなかった。もっともクロムならそういう事はしないと信じてはいるのだが。
 間近に迫った鞘を見つめる。量産型の鞘ではなかった。白銀色に流麗な線が引かれ、鏡の様に輝くそれは、薄っすらと歪んだ夜空と、
その海の中に漂う星を映す。率直に、美しいと思った。鞘としてではなく、芸術品として飾っても文句は言われないだろう。それが、
こんな道端に作られた露天風呂の中に突っ込まれているのだから、些か不憫にすら思えた。
「……あんまり見ていませんでしたが、とても綺麗な一品ですね」
「これは昔魔法鍛冶師に打ってもらったものでね」
「魔法鍛冶師?」
「そのままの意味だよ。鍛冶の技術に、魔法を取り入れた者の事だ。
もっとも二つの道を究める素質と努力が必要で、並大抵に出来る事ではないがね」
 クロムがちょっと鞘を傾けると星が強く映る。丁度落ちた流れ星が鞘にも線を描いた。
「普通は交わらない金属同士を魔法の力を借りる事で混ぜ合わせ、合金にする。
更にそこに砕いた大量の宝石を塗した物だ。
私は高度な魔法を扱う技術はないが、この鞘を介する事で細かい芸当も出来ているという訳だ」
「はぁ、なんだか凄い物なんですね。宝石まで使うなんて、一体いくら掛かったんですか」
「宝石だけで、金貨百枚くらいかな。今だともう少し掛かるかも知れないけれど」
「ひゃっ……!?」
 思わずガルジアは声を失う。なんでもない様にクロムは言うが、凄まじい額だった。
「私の借金と同じ……」
「同じ?」
「あ、いえ。こちらの話です。……そんなにお金を掛けたんですね」
 半ば呆れた様な声を、ついついガルジアは上げてしまう。しかし効果の程は普段のクロムの魔法を見ていれば、
納得出来る物ではあった。
「食い扶持と装備さえ整えれば、金が余る事も多かったからね。
もっともこの鞘には金貨百枚よりも厄介な、魔法鍛冶師が携わっていたし、金属だってそんな簡単な物ではないが。
今同じ物を作ろうとするのなら、まず魔法鍛冶師を見つけないといけないね」
「随分昔の事、なんですね」
「……そうだね。長い事世話になっている」
 少し懐かしげにクロムが言う。恐らくこの鞘はクロムが不死になる前に作られた物なのだろう。口振りから察するに、
鞘を打った者も既にこの世には居ない者の様だ。
「まあ、そんな訳で戦闘だけでなく生活面でも便利なのだ。
ちなみに中の刃はそこまででもない。この鞘に影響されているのか切れ味は上がっているが。
まあ、刃というのは、どうしても長く使い続けているとがたがくるものだからね」
 クロムが魔力を籠めると再び鞘に光が灯る。それを湯に戻すと、湯が高熱の鞘に悲鳴を上げ、また湯気が立ち昇る。
「なんだか、罰当たりです。こんなに立派な物を、お湯を沸かすのに使うだなんて」
「まあまあ」
 岩に剣を立て掛ける。そんなぞんざいに扱って良いのかと束の間ガルジアは不安になったが、持ち主が
それで良いのだと言っている以上、それ以上は何も言わなかった。
「……クロムさん。私、考えていたのですが」
 湯を眺めてガルジアは言葉を紡ぐ。今日一日歩いている間、ずっと考えていた事を口に出す。
「ネモラの召導書って、知っていますか?」
「ああ、知っているとも。この間盗まれたものだね」
「こ、この間って訳じゃないと思いますが」
 ガルジアが思わず言葉を返すと、それもそうかと言いながらクロムは苦笑いを零す。
「すまない。この身体になってからはどうも時間の感覚がおかしくなってしまってね。話を続けてくれ」
「はい。召導書は元々修道院で管理されていたものなんです。私の居た所とは別の修道院ですけれどね。
行く当ても無いのなら、私はそれを捜したいと思います。あれは一般の方から献上された品の一つでもあるそうですし」
「しかし盗まれたのは確か五十年も前の話だろう。今更見つかるのかい?」
「それは……難しいという他ありません。そういえば、クロムさんと初めてお会いした時も、召導書について調べていたんですよ」
「なるほど。それであの時盗賊狩りを」
「半分はリュウメイさんが押し切ったんですけどね」
 思い出して、ガルジアは脱力する。あの時のリュウメイの血走った目は忘れられない。
「あの時一緒に居たのがそのリュウメイという男か。彼は強かったな」
「実はあと一人、その場に居なかった方も。その二人に送られて、私は修道院に戻ってきたのですが……」
 ガルジアは俯く。ようやく手にした平和は長くは続かなかった。落ち延びた今も、クロムによって守られているだけだ。
「私、悔しいんです。何もかも奪われてしまいました。私が居なければ、こんな事にはならなかったはずなのに」
「ガルジア」
 クロムが軽く手を上げる。ガルジアは少しだけ、大丈夫だと言う様に頷いてみせる。
「わかってます。今更悔やんでも仕方の無い事です。だから私、取り返せる物だけでも、取り返したいんです」
「それが召導書という事かい」
 また、ガルジアは頷いた。時を隔てはしたものの、奪い去ったのは全て盗賊だった。そして、取り返せる物は召導書以外には無かった。
 もう一つする事があるとすれば、それは仇討ちだった。しかし修道士という身の上であるし、何よりもその力が、ガルジアには無い。
「今の所当てはありません。だから各地を周る事は変わらないと思います。だから、どうか」
「ふむ、ネモラの召導書か」
 クロムが遮る様に口を開く。褐色の手を顎に当て、しばし思考する。
「あれが収められていたのは、サーモスト修道院だったね」
「え? ええ、はい」
 問い掛けにガルジアが答えると、クロムはまた暫し考え込む。しばらくして、ゆっくりと顔を上げた。
「確か、当時私はその修道院へ強襲を掛ける仕事を依頼された事があったな」
「ええっ!?」
 仰天した後、ガルジアは慌ててクロムへ詰め寄る。湯が跳ねる事も、自らの裸体を晒す事も厭わず、傭兵の体躯に縋りつく。
「ど、どこでそんな物騒な依頼を!? というより、まさかクロムさん修道院を襲ったりなんて!」
「落ち着きなさい、ガルジア」
 肩を掴まれる。我に返り、裸のまま詰め寄っている事に気づいたガルジアは小さい悲鳴を上げて慌てて下がった。
「私は断ったよ。胡散臭い奴が依頼人だったからね。結果修道院は強襲された訳でもなく、ただ召導書が盗まれるだけだったんだろう」
「……ああ、そういえば」
 サーモストから来た者も、召導書以外の被害も無かったと言っていたのを思い出す。クロムに依頼をした者が
召導書を盗んだ犯人だとしても、手荒な真似は断念したのだろう。
「しかし時期から見て、私の所に来たそいつが召導書を持ち去った可能性は高いだろう」
「あの、こんな事を言うのもなんですが、その時その人を止める事は出来なかったのでしょうか」
 修道院強襲などという、大それた依頼をする不届き者。それを見過ごしたクロムの事を、いけないとは知りつつも、咎める様に
ガルジアは見つめた。クロムはその視線を受けても気分を害した様子も見せず、まっすぐに見つめ返してくる。
「私は傭兵だからね。懸賞金も掛かっているかわからない奴に手を出そうとは思わないよ」
「……そう、ですよね。ごめんなさい、急に。不快になる様な事を」
「構わないさ。それに、君にとっては大事な物だったという事がよくわかったよ」
 修道院の側に立つガルジアと、風来坊の傭兵であるクロムでは立場も思想もまるで違う。それを、知らない訳ではなかった。
 今はもう自分の前から姿をした剣士の男も、同じ様に自らの価値観でのみ人を切り、生きていたのだから。
「その人の、特徴は何かわかりませんか?」
 気持ちを切り替えて、ガルジアは質問に移る。こうなった以上、クロムを責めても進展はない。その犯人を当たるべきだった。
「すまない、何せかなり昔の事で」
「……そうですよね」
 五十年も前の事だ。クロムが覚えていないのも無理はなかった。ガルジアはがっくりと肩を落とす。それに、特徴があったとしても、
これ程の時が流れたのだ。そんな物を頼りにして探しても、本人に行き着くとは思えなかった。
「しかし種族は覚えているよ、狼人の男のはずだ。それから、強い魔力を感じた。なんというか、少し異質な男だったな。
あれはきっと、単に聖法、邪法を扱うだけではないのだろうね」
「狼人の男、ですか」
 ガルジアは顔を顰める。確かに手掛かりになりそうな情報ではあるが、漠然としすぎていた。
 何より、時が経ちすぎていた。その狼人が遠くに逃げていれば、見つける術もないだろうし、その男自体がまだ生きているのかどうかも
定かではないのである。
「他に、何かその人は言ってませんでしたか?」
 他に何か情報はないかと、ガルジアは再びクロムへ問い掛ける。
「……神の書が私は欲しい」
「え?」
「確か、そう言っていた」
「神の書? 召導書は、そういう本ではないと思いますが」
 神という言葉に疑問を抱く。神といば、あのラライト修道院にも置かれていた神像である。
 顔も、耳も、尾も持ち合わせてはいない。しかし召導書を神の書と言うのならば、あの神像を差している訳ではないのだろう。
「さて。そいつにとっては、神の書とまで言える代物なのかも知れないね。
それよりガルジア。召導書を捜すのなら、一先ず私が依頼された街に行かないかい?
そのサーモストという修道院も、近くにあるのだから立ち寄って話を聞いても良いだろう」
「サーモストの近くの街、というと」
「お膝元である、ヘラーの街だね」
「ヘラー、ですか。ここからだと更に北東になりますね」
 行った事のない街だった。修道院や教会に荷運びをしたガルジアではあるが、向かったのはラライトから南東へ続く道である。
「そんなに楽しみかい」
「あ、いえ。ごめんなさい。まだ行った事ない街でしたので。それと、サーモストも」
 顔に出ていたのだろうか。愉快そうにクロムが言い、ガルジアは慌てて両手を前に出す。
「いいじゃないか。見たい物を見る。今の君は使命感よりも、自分の興味を優先した方がいいと思うよ」
「……お世話になります」
 立ち昇る湯気の中、ガルジアはふわりと笑う。
 空に見える星を見上げた。あの中に、ラライトの者も居るのだろうか。
 彼らのために出来る事を。その意志は変わらないが、クロムのおかげで大分気持ちが楽になった気がした。
 見上げたその先で、流星が落ちてゆく。

 朝日を指した。
 指先に魔力を籠めると、ふわりとした魔法の羽根が出来上がる。
 半透明で遮光の甘い、きらきらとしたそれを掴むと、手元に居る鳥へとライシンは植えつけた。
「もう少しっすからね」
 指に止まる鳥は逃げる事もせずに、ライシンが作り出した羽根をただその身に揃えてゆく。
 魔力で作られた鳥は陽光を浴びると一層眩く、まるで太陽そのものの様に輝いた。
 やがて完成したそれは少々不恰好で、苦笑いを零しながらライシンは何度か宙へ放る。
「大丈夫みたいっすね」
 水晶の様に透き通るその足に、取り出した手紙を括り付ける。
 最後に一際強く空へ放つと、意図を理解したのか、生まれたばかりの雛はライシンの手から巣立っていった。
「気をつけるっすよー」
 手を振っていると、不意に背後から物音がして振り返る。
 小さな天幕から腕を覗かせ、次に飛び出した蜥蜴の顔から伸びる赤い髪が朝日を浴びて輝いた。
「兄貴、おはようっす」
 天幕から出てきたリュウメイは眠そうな目を一度瞑ってから、やがていつもの様に小さく答えるとライシンの元へ来る。
「随分早起きじゃねぇか」
「俺っち体力馬鹿っすから」
「気に入らねえな」
 鋭い眼光がねめつけてくる。ライシンはにこりと笑ってリュウメイの肩に手を置いた。
「まあまあ、そんな怒らなくても。それより兄貴、何か着てくださいよ。朝は意外に冷えるっすよ」
 そう言って、その蜥蜴の身体を見下ろす。一糸纏わぬ姿のリュウメイは、特に恥じ入る様子も見せない。
 鍛え抜かれた体躯に、思わずライシンは何度も唾を飲み込んだ。
 大抵の被毛のある者達と、リュウメイは違う。しなやかな筋肉を隠す物がなく、それは勇ましくも
艶めかしい印象をライシンに与えた。
 つい先日まで行動を共にしていた白虎のガルジアも情欲をそそる種ではあったが、ライシンは
リュウメイの姿こそが他よりも尚扇情的だと思っていた。
 窘められたリュウメイは機嫌を損ねた様に視線を逸らし、そのまま天幕に戻ると服を着る。
 平地で、雨風を凌げる場所が少ないからと急遽取り寄せた天幕は、今のところ過酷な旅に耐えてよく持っていた。
 運ぶのはもっぱらライシンの仕事で、それなりの重量ではあったものの夜ともなれば自分とリュウメイを
自然の厳しさから守り、安眠を約束してくれる。
「すっぱだかで外出るのは止めてほしいっすよ。そろそろ、野盗とも遭遇する頃じゃねぇですか」
「ああ、わかってるよ」
 生返事をしながら身なりを整えたリュウメイが傍の岩に座る。
 軽食を済ませると、野営を引き払って出発する。先を歩くリュウメイを、ライシンはじっと見つめていた。
「兄貴、今日も盗賊狩りっすね」
 ライシンの言葉に、まるで聞こえていないかの様にリュウメイの反応はない。
 あの白虎と別れてから、この調子だった。以前から何を考えているのか人に曝け出さない性格ではあったが、
今はそれに輪を掛けて黙する様になったと思う。
 あの白虎が。ガルジアが居た間のリュウメイがいつもと違っていたのだ。ライシンは、そう思った。
 今も、そうだ。何も言わず、黙々と遭遇したばかりの盗賊を切り伏せている。
 恐怖に染まる場に表情一つ変えず、返り血を頭から浴び剣を振るう。
 元々、そうだった。しかし一つだけ違う事もある。
「殺さないんすね、兄貴」
 切り伏せた男達は弱々しい声を上げはするものの、致命傷を負ってはいない様だった。
 以前のリュウメイだったら、足を掬われぬ様に一片の慈悲も無く止めを刺していただろう。
「せっかく煩いのが居なくなったのに、我慢しなくていいんすよ?」
 殺生を咎める様な甘ったれはもう居ない。何も、踏み止まる必要はないのだ。
「てめぇはどうなんだ」
 剣にこびり付いた血を払いながら、リュウメイは言葉を返してくる。
 ライシンは掌に集めていた魔力を無造作に放つ。颶風の後に、鮮血と悲鳴が青い空に舞った。
「どっちでもいいっすよ俺っちは。兄貴と居るって決めたんですから。兄貴のためになる事をします」
「はっ。小細工ばかりしてた奴が何言ってやがる」
「そんな、濡れ衣っすよ」
 返り血を浴びて笑顔を浮かべても、説得力など無いだろうなと思いながらも、ライシンはそう返す事しか出来ない。
「それより、いつまで盗賊狩りなんて続けるんすか? 金ならもう充分貯まったっすよね」
「さあな」
 互いに言葉を交わしながら、賊を片付けてゆく。こんな日々がもう十日以上続いている。
 ガルジアと別れてからのリュウメイは、それまでよりも執拗に賊狩りに精を出していた。それに異論がある訳ではなかったが、
鬱憤を晴らすにしては敵を殺める事は避けているリュウメイの行動は腑に落ちないものがあった。考え事に耽るライシンの前に
数名の賊が立ちはだかる。舌打ちをして、掌に魔力を集めた。
「地に眠る屍となりし獅子よ、咆えろ!」
 掌を大地に叩きつけると亀裂が入り、次には勢い良く大岩が突き出て賊を跳ね飛ばす。
 本来なら先端が棘状になっており、まともに食らうと串刺しの様に無残な光景になるが、加減をしたので岩の先端は丸い。
 魔法を放った後の威圧感が辺りに霧散する。この感覚がライシンは好きだった。
 普段は強力な邪法を使うのは控えているために、思わず背筋を快感が走る。この時ばかりは、温和な表情を装う余裕もなかった。
 だから、ガルジアと一緒に旅をしていた時はずっと我慢をしていたのだ。それは、リュウメイも同じはずだった。
「粗方片付いたっすね」
 辺りを見渡してから、腕に巻いていた布、帯魔布を解く。今の邪法で巻き布に籠めていた力が抜けた様だった。
 振り返ると、リュウメイは既に仕事を終えたらしく赤髪を振り乱していた。鮮血に染まるその顔と赤い髪が、堪らない、と思う。
「次、行くぞ」
 リュウメイがそう言って、再び足を進めようとした時だった。
 ライシンは怖気を感じ取って、顔を跳ね上げる。
「どうした」
 口を開けて、言葉を発しようとする。しかし、声にならなかった。
 遠く。いや、近い。もうそこまで来ている。どうして今まで気づかなかったのか、それが不思議に思える程の濃い魔力だった。
 脂汗が噴出す。リュウメイはもう返事も待たずに収め様としていた剣を構えていた。
「あ、兄貴……不味いっす、これは」
 視線の先に、つと人影が現れる。大地から突如現れた様にライシンには見えた。実際には、ただひょっこりと姿を現したに過ぎない。
「おや、ここに居ましたか」
 場の空気にそぐわない、穏やかな口調で発せられた言葉が耳に飛び込んでくる。
 しかしライシンの汗や緊張が止む事はなかった。目の前に居る人物から感じ取る事の出来る魔力は、
自分を遥かに凌駕していたし、何より質が違っていた。
「探しましたよリュウメイ。もっともこうしてあなたの顔を見るまで、私はあなたかどうか疑っていましたが」
 男がフードを下ろす。覗いていた尖った耳が真上にピンと跳ねて、その下に黒色の多い狼の顔が現れる。
 若い男だ。ライシンは、そう思った。少なくとも、自分と同じくらいと見て良い。
 漆黒のローブに、漆黒の被毛。上から下まで黒く染め上げられたその男は、しかし指先だけは白いのか、時折除く指先が
妙に眼を惹く男だった。眼が悪いのだろうか、目元の漆黒の草原の上に、ちょこんと乗っている金縁の眼鏡が、少しだけその若々しさを和らげている。
「なんの用だ、バイン」
 リュウメイは額に青筋を立てて、男をバインと呼び睨み付ける。不快感を隠そうともしなかった。
 野生の動物なら、それだけで危険を察知して一目散に逃げているだろう。当のバインは涼しげにその睨みを受け止めていた。
「なんの用とは、何を仰るのやら。それは私の台詞ですよリュウメイ。
手下の者が最近盗賊狩りに遭うと嘆いているから、誰がやっているのかと思えば腕の立つ蜥蜴人だというから、
こうして態々出向きましたのに」
「てめぇ、今度は盗賊の親玉になったのかよ」
「手駒は多い方が楽が出来ますから」
 にこりとバインは微笑む。ライシンは乱れていた息を正し、リュウメイの元へと身を寄せた。
「兄貴、こいつぁ……」
「不用意に近づくなよ。得体が知れねぇからな」
「失礼な方ですね。……おや、あなたは」
 今までリュウメイと話していたバインが、ライシンの方へ視線を向ける。
 纏わりつく様な魔力に、束の間ライシンは言葉を失う。どうも、自分の肌とは合わない物の様だ。
「ふむ、ライシンというのですね」
「えっ。どうして俺っちの名前を」
「ああ、いえ。少しね」
 そう言って、困った様に笑いながら狼は自らの目を指差す。
 不可思議なその仕草を訝しげにライシンは見つめていたが、苛立った様にリュウメイが手を払い、場の空気を変える。
「盗賊なら丁度いい、てめぇの首を頂こうじゃねぇか」
 いつもの様に賊の成敗をしようとリュウメイは言うが、それを聞いて思わずバインは失笑し、挙句には高笑いを上げる。
「ああ、これは失礼しました」
 一頻り笑ってから、今度は声を潜めて狼は笑う。細めた瞳が射抜く様にこちらを見つめていた。その仕草が、獲物を狙うそれに
似ていると思った。リュウメイもする仕草ではあるが、しかしそれよりももっと邪悪で、酷薄な物を孕んでいる様な気配がする。リュウメイの
それはただ無慈悲なだけだが、この男の表情は、それに更に陰惨な物が付け足されている様な気がして、ライシンの心を掻き乱していた。
「あなた如きでは私は殺せませんよ、リュウメイ。それより、一つお尋ねしたい事があるのですが。
実は私、探し物をしているのですよ。ある人物をね。
風の噂であなたの話を聞いた時、あなたの傍にその人も居ると聞いたのですが」
 バインの言葉に、僅かにリュウメイは睨みを強くする。直感的にライシンはガルジアの事を指しているのだろうと思った。
 口惜しいが、自分がリュウメイの傍に居たとしても話題に上る程注目される事はないのだ。僅かに嫉妬が芽生える。
「なんでも珍しい白虎の修道士の男だとか。いやはや、ぜひともお目にかかりたいものですね。
隷属種の筆頭とも言われる白虎が姿を見せるのは、とても稀有な事ですから。
さて、私の言いたい事はわかりますよね? その修道士が居る場所に心当たりがあれば教えていただきたいのですが」
「てめぇに話す事なんざなんもねぇな」
「そうですか。残念です」
 微塵も残念そうには見えない笑顔で、バインは返事をする。こうしている間も、ライシンの精神はその身体から漂う
魔力に汚染され、精神が磨耗している様な気分に陥っていた。
 それは今まで出会った誰よりも禍々しく、それでいて色濃い魔力なのだ。視認は出来ないが、錯覚で何かが見えてしまいそうだった。
「ところで先日、その白虎の青年が居るという修道院の情報を掴んだので、ちょっと手下を揃えて落としてみたのですよ。
いや、しかし何もありませんでした。残念な事です。雑兵が必死に盾突くものですから、私はてっきり」
 そこで、バインの言葉は途絶えた。リュウメイの剣先が閃いたかと思うと、
一瞬の後に距離を詰め血管の浮き出た腕を振るい、その首を跳ね飛ばしていた。
 それをライシンは何も言わず見つめていた。それはリュウメイの怒りを買い、この男が死ぬからだと思った訳ではない。
 そんな事では殺せるはずがない。なんの根拠も無しに、漠然とそう思ったのだった。跳ね飛んだ首から、笑い声が上がる、あまりに
滑稽過ぎて、一瞬恐怖を忘れる程だった。
「話のわからない人ですね。あなたには殺せないと、言ったばかりでしょう」
 笑い声に続いて、バインの声がどこからか聞こえる。首の無いバインの身体は、飛んだ首も含めて泥の様に崩れ落ちて消えていた。
「しかし今のあなたの反応を見て確信しました。やはり白虎の修道士は実在していたし、あなたと行動を共にしていて、
そして今はあなたの手から離れてしまった。それだけがわかれば充分ですよリュウメイ。手間を取らせました、ありがとうございます。
ああ、それともう一つ。もし白虎の修道士が私の求める人材ならば、その時は」
 一度言葉をバインが切る。たっぷり勿体振ってから、再び笑い声が響く。
「……その時は、彼はあなたの手に負える様な器ではない。これは、私からの忠告です。
距離を置いた方が良い。いつか彼は自分の意思であなたに牙を剥きますよ、リュウメイ。では、御機嫌よう」
 頭の中に響く様な声が次第に遠ざかってゆく。どういう手法なのかはわからないが、今まで目の前に居たのは
あの狼の本体という訳ではなさそうだった。泥も今は見当たらない。
「兄貴……今の男は」
 一頻り辺りの気配を探ってからライシンは問い掛ける。あの身体に絡みつく様な不快な魔力も感じられなくなった。
 辺りには先程まで蹴散らしていた盗賊達が呻き声を上げているだけである。
「腐れ縁って奴さ。もっとも、俺としては切り捨てたい様な男だがな」
「これからどうするんすか?」
「街に戻るぞ。こいつらはどうせ下っ端だ、話なんて聞ける訳がねぇからな」
 興味を失くしたのかリュウメイは足早にその場を後にしようとする。ライシンもそれに異存はなかった。
 実力は定かではないが、今のバインの様子を見るに残った者が自分の手掛かりを所持していれば始末するのは想像に難くない。
 朝から始まった行程だったが、宵の頃には街に着く事が出来た。一度通った道で、警戒の必要もあまりないとくれば掛かる時間はかなり違う。
 宿で休みを取ってから、翌朝リュウメイと別れてライシンは教会へ向かった。
 リュウメイは、前日に頼んでおいた盗賊退治の確認が済む頃だと報酬を受け取りに行った様だった。
 道を訪ねて、教会をやがて見つける。
 この街はディヴァリアと同じく、然程宗教に関心を持つ者が少ないのか、修道院もなく教会はこじんまりとして、質素な作りの建物だった。
 そっと扉を開けて、中に入る。厳かな空気に自嘲気味にライシンは笑った。返り血を先日浴びた身である。ここに居る者達からすれば、さぞ
物騒で、忌避するべき存在が自分なのだと思うと、暗い笑いはしばらく止まなかった。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」
 どうにか表情を取り繕い、朝早くから訪れている数名の一般信者を熱心に迎えていた司祭に声を掛ける。
「これはこれは。私に答えられる事でしたら、なんでもお聞きください」
 恭しいその仕草に内心苦笑いを零しながら、ライシンは周りにちょっと目を向けて距離を取る。察したのか、司祭も傍へ来てくれた。
「実は、少し離れた場所のラライト修道院が盗賊に襲撃されたという話を聞いたのですが、それは真なのでしょうか?」
 切り出した言葉に司祭は僅かに瞠目し、沈痛な表情をする。それで、返事としては充分だった。
「ええ、その様です。つい先日この教会にも報せが届きましたが、間違いではない様で」
「実はそこに私の友が居たのです。司祭様、修道院がどうなったのか、どうかお聞かせください」
 慣れぬ言葉遣いに、噛みそうになりながらもライシンは言葉を紡ぐ。
「おお、左様でございますか……。それは、心中お察し申し上げます。ですが……」
「芳しくありませんか。お願いします、些細な事でも情報を」
 悲痛なライシンの言葉に、司祭は重々しく頷く。
「暴徒は修道院の守りを打ち砕き、中に居た者達を次々と手に掛け、最後には火を放ったと。
正直に申し上げれば、生存者が期待できる状況ではありません。
更に、火が放たれた直後大きな爆発が起こり暴徒を巻き込んだ様でございます」
「爆発……?」
「何かの手違いかも知れませんが、それにより暴徒も被害を受けそれで引き上げたために、
近隣の村にまでは被害が及ばなかったのは幸いでしょうか」
「そう、ですか」
「申し訳ございません。私に話せるのは、これだけでございます」
「いえ、とても助かりました。そうですか……」
「よろしければ、ここでその友の方の無事をお祈りしていきませんか」
「いえ。私は自分で足を運び友を探し出したいと思います。今もまだ生きているのなら、それが最善でありましょう」
「ならば、私があなたと、あなたの友の無事を祈りましょう」
 胸に手を当て、司祭が礼をする。ライシンはそれを眩しそうに見てから、そのまま教会を後にし宿へ戻る。
 自分達の部屋に戻ると、既に戻っていたリュウメイが退屈そうに報奨金を数えていた。
 いつもならもう少し明るい表情で勘定をしているのだが、今はただ銀貨を一つ拾い上げては、
硬貨の山に捨てる様にして落としては不規則に音を立てているだけだ。
「兄貴、戻ったっすよ」
 一瞥するだけでリュウメイは何も言わない。ライシンが席に着くと、数え終えた銀貨を乱暴に袋に押し込んでいた。
 硬貨同士がぶつかる独特の高い音が連続する。聞く者によっては心地良いそれも、ライシンは不快と思う方だった。
 黙ってリュウメイは地図を広げる。それを見守りながら、ライシンは仕入れたばかりの情報を伝えた。
「なるほどな。……こんなもんか」
 リュウメイが銅貨を一つ摘む。それを、ラライト修道院のあった場所へと置いた。その隣に、金貨を一枚。
 そしてガルジアと分かれてから今までの道程に銀貨を置いてゆく。
「問題は、ガルジアさんがどこに行ったのかって事っす」
「つーか、生きてるのか? 修道院で巻き込まれて賊が気づかない所でくたばってんじゃねぇのか」
「それは無いと思うっすよ」
「根拠を言え」
 リュウメイの蠱惑的な金色の瞳が光る。こういう時、自分の心情を差し挟む事のない冷徹さは感嘆に値する。
 正面からそれを受け止めると思わず目を逸らしたくなる欲求に駆られる。ライシンは口内で頬の内側の肉を少し噛んで、自分を律した。
「修道院が爆発したのは、恐らくは宝石の力による物だと推測されるっすよ兄貴。ガルジアさんも宝石があるって言ってたっすから。
修道院全体を吹き飛ばす爆発を起こすなんて、大抵の者に出来る芸当じゃありやせん。
ガルジアさんが生死に関わらず見つからなかったって事は、少なくとも修道院側はガルジアさんを隠すか、逃がそうとしたって事っす。
もし差し出していたのなら、あのバインって男はガルジアさんを見つけていたはずっす。あの男の言葉を信じるなら、という話っすけど」
 一呼吸置く。リュウメイの目つきはまるで変わらない。まだ足りていない。そう言っているかの様だった。
「問題は誰が爆発させたのかって事っすよね。可能性としては修道院側の者ってのが一番有り得る事っす。
そうなると、ガルジアさんを守るのが第一になる訳っすから、当然ガルジアさんが
安全な場所に行ったのを確認してから使う事になるっすよ」
「それが根拠か」
「はい。ただ、もし盗賊側が宝石を使っていたとしたら、これはわからないっす。
興味本位で使って暴発したかも知れないっすからね。
もっとも宝石の扱い方は今じゃ広く知られてるっすから、盗賊ならまず砕かずに盗むはずっすよ。
修道院に収められている宝石は、そこらの安物とは違うっすから、値をつければ最低でも金貨十枚」
「もういい。充分伝わった」
 リュウメイが金貨を掴む。それが、修道院から少し離れた所で解放される。
「俺は魔法に関しちゃ素人だ。その辺も酌んだてめぇの推察は信じてやる。
さっきの話に戻るが、今ガルジアがどこに居るのかが問題だ」
「それは」
「わからねぇ、よな。そもそもあいつが修道院から脱出したとして、その後も無事で居られる保障はねぇ。寧ろ、その可能性は低い」
 再び金貨を掴み、それを袋の中へ放るとリュウメイは白金の硬貨を取り出す。
 他の硬貨よりも一回り大きく、そして眩いそれを見てライシンは息を呑んだ。
 無造作に硬貨を指で弾くと、刹那の間に回転したそれは次第に重力に逆らえなくなり地図の上へ落ち、転がる。
 転がり続け、ゆるゆると速度を落とすとやがて街も何もない場所でふらつき倒れた。
「行き倒れにでもなってみろ。魔物に食われたら骨も残らねぇぞ。贅肉の塊だからな」
「兄貴、そんなに太ってなかったっすよガルジアさんは」
「柔らかかっただろ?」
「ま、まあ……」
 それは白虎の種族的な特徴ではあるのだが、ライシンは否定出来なかった。咳払いをして話題を戻そうとする。
「もし、ガルジアさんがまだ生きているとするのなら……兄貴は、どこへ行くと思うっすか?」
「さてな。あいつの事だから僻地に逃げて怯えて細々と生きるんじゃねーのか」
「そんな言い方しなくても」
「それが似合いなんだよ。てめぇで強くなれもしねぇ癖に、人にも頼れねぇ奴なんてのはな。
素直に助けを求めてりゃまだ探しやすいが、あいつはそうしねぇだろうよ。
てめぇの育ってきた場所が無くなった以上、他人に頼る自分を必死に抑えやがる。
そういう頑固な奴は、どこかで押っ死んじまうもんなのさ」
「兄貴……」
 わかり過ぎている程に、リュウメイはガルジアは理解していた。自分は黙っていれば良いとライシンは思う。
 修道院の抗戦を推測するのは自分が適していたが、今はリュウメイの方が余程適しているだろう。
「だが、そうだな。それでもあいつが死んでねぇのなら……。道は一つだ。
頭がイカレちまってねぇ限りは、あいつの本懐を遂げようとするだろうぜ。なんせ、頑固だからよ」
「本懐……ネモラの召導書って事っすか?」
 リュウメイが頷く。ガルジアが示した、ガルジアの道。それは、外に出たいという以外では、召導書しかなかった。
「ライシン、他の修道院はどこだ」
 金貨を数枚、リュウメイが放り投げてくる。それを受け取ると、ライシンは地図の上に置く。
「教会はいいんすか?」
「教会しかないのは除外していい、大抵のもんは規模が小せぇはずだ。そんな所、頼るとは思えねえな」
 覚えている限りの場所に、ライシンはそれを置いてゆく。ある程度置き終わると、一つ一つを指し示す。
「比較的近いのは二つ。一つはラライトから真北に行ったヒリーン修道院っす。
そして、そこからは東に位置する……サーモスト修道院。
確か、ガルジアさんが言ってた召導書が収められていた修道院は、このサーモストって所っすね」
「なんだ、決まりじゃねぇか」
 リュウメイが笑みを浮かべる。暗雲が晴れて陽が射したかの様にライシンの胸中もすっとする。
「各地を周った。ディヴァリアで調べもした。あとあいつが巡ってねぇのは、召導書の収められていたその場所だけだ。
野垂れ死にするにせよ、あいつが召導書を諦めてねぇとしたら必ずその修道院には行くはずだ」
「ですが兄貴、本当にガルジアさんはサーモストへ?」
「そこは賭けるしかねぇ。砂漠に金貨を投げ入れた時と同じだ。
目を瞑った状態で自分で投げ入れるのと、誰かに投げ入れられるのは違う。
手掛かりになる事が一つでも見えているのなら、闇雲に探すよりもそれを利用するべきだ」
 並べられた硬貨を回収して、地図を丸める。リュウメイは既に行く事を決めたのだろう。
「兄貴。二つ、いいっすか」
「手短にな。明日には発つぞ」
 この街に来てから、まだあまり日は経っていない。盗賊退治を続けるのなら、しばらく街を拠点に利用するのが常だった。
「俺っち達がガルジアさんを捜し求める事、あのバインって奴は利用する気じゃねぇでしょうか?」
「そうかもな。俺達が何かを手掛かりにする様に、奴も俺達を手掛かりにするだろうよ。
だがどの道盗賊を掌握したあいつの事だ。いずれは自分で辿り着く。
か弱い修道士一人と、俺が居合わせる事。どちらが良いのかは考えるまでもねぇな」
 リュウメイの言う通りだった。ガルジア一人でどうにか出来るとは到底思えない。
 それが出来るのなら、そもそもラライト修道院での悲劇は無かっただろう。
「もう一つ。……どうして、そんなにガルジアさんを気に掛けるんすか」
 背を向けていたリュウメイが、振り返る。その瞳に今は鋭さは無い。
「兄貴らしくないっすよ。リュウメイの、兄貴らしく」
「てめぇが俺を勝手に決め付けるんじゃねぇ」
 冷徹で、残忍だった。非道だし、金にも汚い。しかし、戦う姿はいつもライシンを惚れ惚れとさせる程美しかった。
「文句があるなら、てめぇは故郷にでも帰れ。確か、兄弟が居るんだろ」
「もう、ありません。故郷も、兄弟も」
「なら、好きにしな」
 ばつが悪そうにリュウメイが寝床へ飛び込む。
 ライシンは目を落として、それを見つめていた。

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