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ランデュス


 ランデュスは、竜の神だった。気が遠くなる程昔の話。気づけばそこに、神が居て。そして、神に従属する民が居た。竜の神であるランデュスと、それに従う竜の民も、同じであった。
 ランデュスは強い神だった。また、荒事を好む神でもあった。それは、後の竜族の傾向に、そのまま引き継がれる事となる。要は、ランデュスは。欲深い性格だったのである。
 他者と争い、勝利し。力を示す。ランデュスは、それを好んだ。また、同時にそれだけではなく。ランデュスは狡知にも長けていた。それに影響されたのか、竜の民もまた、他種族の民とは比べようもない力を持っていた。困った
のが、他の神と。そしてその神に率いられる民だった。竜は、あまりにも好戦的に過ぎたのである。幾度か対話の試みがなされたが、ランデュスは聞く耳を持たなかった。力を振るう場がなければ、力を持って産まれた意味を
損なう。その思いは、簡単な腕比べ程度で満たされる事はなかった。死すれすれの戦いと。敗者に止めを刺した後の高揚感。そういう物が、ランデュスを潤わせた。
 他の神は思案に耽り、そして決断を下した。ランデュスを、隔離しようとしたのだった。ランデュスだけではなかった。竜の民にも、次第にランデュスの意志を受けて、増長する者達が増えてきていたのだった。神々は、力を
合わせてランデュスを結界の中に封じた。同じ神とはいえ、一人一人の力は到底ランデュスに敵う物ではなかったが。それも寄り集まれば、封じる事もできた。
 こうして、ランデュスとそれに従う竜の民。そして、内側から神々を助けた者達。或いは、何一つ知らぬ者を呑み込んで。一定の区域に、結界が張り巡らされた。結界の内は、闇に閉ざされ。その中に潜む全ての生き物は、
闇に呑まれていった。神であるランデュスは、肉体を滅ぼしてもそれで終わりではない。神々はそれを充分に理解して、ランデュスを闇に封じ込め。精神そのものを破壊しようとしたのだった。

 暗黒の結界があった。周囲一帯を闇に呑み込んだそれは、昼間遠くから眺めれば。まるでそこに夜の塊が、陽が沈むのを待って佇んでいるかの様だった。
 その暗黒の上に、銀に輝く者が舞い降りた。銀に輝く、小さな狼の神だった。闇の上に立ったその姿は、今にも闇に呑まれてしまいそうだった。
「ランデュス。もう一度だけ、機会をあげる。僕は、君の事、結構好きだからね。それに。他の者が、可哀想だし」
 目を瞑った狼が、静かに結界に溶けてゆくと。まるでその銀を恐れたかの様に、黒い闇はその場から、跡形も無く消え去った。結界の内に、光が射し、風が吹いては。命の息吹に満たされてゆく。
 こうして、涙の跡地はできあがった。
 晴れてゆく世界の中で、人々は目を覚ました。しかし、彼らはしばらくの間、ぼんやりとしたままだった。狼神は、できるだけ早く結界に作用して、彼らを救ったが。それでも暗闇に閉ざされ、精神を蝕まれていた者達は、
ほとんどの記憶を損なっていたのだった。そんな中で、一人。同じ様に暗闇から目を覚ましたランデュスは、しかし記憶を損なう事はなかった。流石に、ランデュスは力の強い神なだけはあった。短い間の暗闇では、
ランデュスを傷つける事は敵わなかったのである。ランデュスは、晴れてゆく空を見上げた。透明になった結界を見つめて。しばらく、黙ったままだった。
 再び活動を始めたランデュスは、まずは自らの下僕である、竜の民を集めた。元より、神々に抗うために竜の民もまた集中していたのだから。ランデュスが目を覚ませば、目の前には沢山の竜の民が。竜族が居た。
 ランデュスはそれらに、改めて自分が竜の神であり。皆の指導者である事を伝えた。竜の民は、誰もそれを疑う事は無かった。残り少ない記憶の中でも、自分達がランデュスに従っていた事を憶えている者が多かったのである。
 そこから、ランデュスは自らの竜の国を造り、竜族の結束を強めた。いつか、結界の外に出るという夢を見て。
 しかしランデュスが望んだ様に、結界を壊すのは容易な事ではなかった。狼神は、確かにランデュスを助ける様な真似をしたが、同時に結界をより強固な物にもしたのだった。結界は、ランデュスの力をもってしても、
破壊する事はできなかった。正確には、ランデュスのために誂えた物であるからして。より強く、ランデュスの力には反発を示すのだった。長く、長くランデュスは、歯噛みをする気持ちで時を待つ事になる。竜の国を興し、
それに自らの名前を付けては、やがては涙の跡地を併呑しようともした。他にできる事も、なかったのである。そして、確かにその間は。ランデュスは竜族にとっては、竜族を導く神であり。決して悪い施政者という訳では
なかったのであった。
 それに変化が訪れたのは、ユラの託宣の噂が広まった事が原因だった。その頃には、ランデュスはもう、自らの国と民の面倒を見る事にばかり感けていたが。ユラの託宣を聞いて、にわかに結界の外へ行きたい気持ちに、
その野望に、再び火が点いたのだった。手始めに、ランデュスは魔道士であるユラを捕らえた。はっきりと、その託宣では明言をしなかったものの。悪しき存在のために、この涙の跡地の結界が存在する事を、ユラは言い当てて
しまったのだった。その託宣を放置する事は、危険であると。そう睨んだのだった。同時に、ユラを自らの言いなりにさせるか、或いはその能力を奪うなりして、その託宣の力を欲したのだった。しかしこれは、失敗に終わる。
ユラは例え自らが滅ぼされ様が、ランデュスのために力を使う事を厭うたし、なまじ魔道士であるだけ、ランデュスの力でもって洗脳を施す事も難しかったのだ。結局、ランデュスはユラに呪いを掛け、またその動向を探れる様に
して。解放する事になる。それは、ユラを見逃した訳ではなく。ユラから力を奪う方法を編み出す時間が欲しかったからだった。いずれにせよ、ランデュス以外のために託宣を使う事を封じるのには成功したのだった。
 しかしユラの託宣が広まってからも、肝心の託宣を履行する存在である、白き使者、黒き使者は現れる事はなかった。時が流れ、ユラの託宣が伝説の一つに並べられる程になった頃。ある日、ランデュスはその気配を
感じ取った。元々自国の中ならば、ある程度強い気配や、外敵の侵入を察知する事ができる様に、常に目を配っているランデュスである。その存在を、見過ごすはずがなかったのだった。新たに芽吹いた命から、強い力を
感じ取ったランデュスは、その姿を覗き見た。まだ産まれる前の、竜の胎児。それは、白い鱗に覆われ、白い角に、白い翼を備えた竜の男児だった。そして、不思議な力の輝きを同時に見て取ったのだった。それで、すぐに
ランデュスは理解した。もし、ユラの託宣が、事実となるのならば。この竜こそが、白き使者ではないのかと。
 その白い竜を見てから、ランデュスはしばし悩む事になる。ユラの託宣が、真の物であるのならば。この竜の赤子は、いずれは黒き使者と肩を並べて、ランデュスを滅ぼす存在となるのかも知れない。それを考えれば、
今すぐにでも始末するべきだった。しかし、白き使者と、黒き使者。この二人が揃わねば、結界が壊れる運命もまた潰えてしまうかも知れない。それが、どの様な手段によって成されるのかは、神であるランデュスにも
わからなかった。利用すれば、或いは長年の宿願であった、結界を打ち破る事ができるやも知れぬ。そう思えば、ランデュスはその竜の赤子を始末するのは止める事にした。代わりに、その赤子を宿した母親と。その夫を
城へと呼び寄せた。緊張に引きつる顔を見せる二人の前に、ランデュスは僅かに実体化した姿で現れて、語り掛けた。
「その腹の子は、不思議な力を持っている。いずれ、我が物となって。この国のために、尽くしてくれるであろう。私手ずから、祝福をしたい。構わぬな」
 それに、抗える者などどこにも居なかった。ランデュスは、腹の子に向けて。後にリュースと名付けられる存在に向けて、細工を施した。
 細工は、多岐に渡った。本来ならば、それをする必要もなかったのかも知れないが。しかしランデュスは、前筆頭補佐であるツェルガ・ヴェルカの失態を忘れた訳ではなかった。その姿があまりにも艶めかしく、他者を惑わすが
故に、自らの破滅を招いた男。そのツェルガも結局は、爬族の男などという、つまらぬ相手に引っ掛かったのだった。ツェルガ程の美男に育つのかは、わからなかったが。どの道白き使者として育った子を迎えるつもりは
ランデュスには無かった。白き使者としての自らの使命を自覚されるのも、他者からその様に見られるのも、黒き使者と巡り会った時、どの様な結果を示すのかはわからぬ以上は、困るのだった。
 全てを考慮して。ランデュスは胎児に細工を施した。角を奪い、翼を奪い、その白い鱗すら、不吉な青へと塗り替えた。また、すぐに力を発揮できる様に、浄化したツェルガの魂の移植も行った。祝福を与えられていると
疑わぬ夫婦は、高揚した様子のままそれを黙って見つめていた。
 やがて、腹の子が産まれる。何も持たぬ、青い竜として。ランデュスの計った通りに、それは何者からも撥ね付けられる存在に育った。それで、良かったのだった。美しい竜は、懲り懲りだった。あっさりと他者に走る様な竜も、
同じである。ランデュスに忠誠を誓い、ランデュスの言葉を聞き、ランデュスに縋り、ランデュスに命を捧げる。ランデュスは、それを欲した。そして、できあがったリュースは。その全てでもって、ランデュスに仕えたのだった。
 白き使者であるリュースを手に入れた事で、ランデュスの気持ちは昂ったが、しかし黒き使者もまた、すぐに現れる事はなかった。いつそれが現れても良い様に、ランデュスは、リュースをあらゆる手を持って自らに縛り
付ける。空位だった、筆頭補佐にもしてやった。力を、多少は貸し与える事もした。もっとも、リュースの才覚はやはり白き使者とツェルガの能力を引き継いでいるのだから、目覚ましい物があって。ほとんどその必要は無かった。
 
 ある時、空が揺らいだ。結界が、揺らめいていたのだった。それに気づいたランデュスは、空を。結界を見上げた。何かが、結界にぶつかっている。それが何かと思うよりも先に、それは結界の一部を、確かに壊していた。
 ランデュスは、目を疑った。そして、それを疑いながらも。懸命に手を伸ばして。落ちてきたそれを、自らの力で受け止めた。光に包まれていたそれ。やがて光が治まれば。そこには、黒い竜が眠っていた。ランデュスは、笑みを
堪える事ができなかった。間違いなく、黒き使者だった。リュースが白き使者であるかも知れぬと思った時よりも、より確信に満ちていた。いや、もはやそれが、黒き使者であるかどうかすら、ランデュスにはどうでも
良かったのだった。いずこから飛来し、結界を一部とはいえ壊した存在。それだけで充分だった。こうして、黒き使者であるヤシュバすら、ランデュスは手中に収める事になる。
 リュースの時とは違い、ランデュスはヤシュバを丁重に迎えた。最初から、結界を破壊する力を持つ者。それは、一歩間違えれば自らの破滅を招く存在であるという事だった。確かに、ユラの託宣の通り。黒き使者には、
ランデュスを脅かす力があったのだった。それと比べれば、リュースは確かに素晴らしい才覚に満ち溢れてはいたものの。それでも所詮は、竜族の枠を超える事のない存在であった。二人とも、託宣に謳われる使者であると
言うのに、その力には雲泥の差があったのだった。そしてまた、ランデュスは空にある結界を観察する事にも手抜かりはなかった。ヤシュバが破壊したのは、結界の一部であり。それは程も無く、元通りの形となっていたの
だった。それに気づいた時、僅かな失望をランデュスは覚える。一部を壊しただけでは、意味が無い。ランデュスは力のある神であるのだから、そこを通るのにも、相応の大きさが必要であった。実体はなくとも、魂の
大きさという物が存在する以上は、ヤシュバが最初に開けた穴では、到底小さくて、結界の外へ脱するには至らなかったのである。また、その修復が思ったよりも早く済んでいる事からして。実際にはもっと大きな力で、
広い範囲の結界を一度に壊してもらう必要があったのだった。また、ヤシュバの話も興味深い物があった。感情によって、その力が上下するのである。力の扱い方その物が、未熟なのだった。もっとも、落ち着いた状態で
あってもヤシュバは最強の竜族の名を欲しいままにする程の力を持っていたのだが。しかし結界を破壊するのには、足りはしなかった。最初にヤシュバが現れた時。ヤシュバは、全てに絶望していたという。確かに、
落ちてきたヤシュバを受け止めた時。竜神もそれを感じ取っていた。怖気が走る程の力。自分でも、それに対するのは危険かも知れぬと。その考えが過ぎる程の物だった。
 ヤシュバを迎えてから、ランデュスはリュースを通じて、ヤシュバに指示を出す事が増えた。一つには、ヤシュバは魔導に不得手であるからして、神声を聞く事ができなかったというのもあるが、何よりもランデュスは、
ヤシュバに己の力を推し計られてしまう事を避けたのだった。そうした中で、ヤシュバの動向に注視すれば。確かにヤシュバは、感情の起伏で力が変わる事もわかった。特に、念願だったハルを。ゼオロとの再会の後などが
顕著であった。ようやく会えたゼオロに、手酷く跳ね付けられたヤシュバは、自らを押さえる事ができずに、結界に影響を及ぼす力を発現した。しかしその時は、結界を揺らがせるに留まった。それを見て、ランデュスの方針は
定まったのだった。その程度では、足りない。ヤシュバを、深く絶望させる必要があると。そして、そのためには。逃したばかりの銀狼の命が必要なのだった。
 ゼオロを用いて、ヤシュバを絶望させる。方針は定まったが、問題が残っていた。それは、どこでそれを成すのか、という事であった。涙の跡地の、端の方。結界の間近では、確かにその場の結界は破壊できる
だろうが、結界の全てを破壊し尽くす事は難しいだろう。悩んだ末に、涙の跡地の中心を、ランデュスは見つめた。万弁なく、結界にヤシュバの力を届かせる事ができる場所、カーナス台地を。しかしこれは、一種の賭けでも
あった。確かにここから、結界を破壊する程の力が広がれば、それこそ結界のほとんどを砕く事はできるであろうが。しかしその力が弱かった場合、下手をすれば壊す事にすら至らぬ恐れもあった。しかしランデュスは、
そちらの案を採る事になる、ヤシュバの力の強さに賭けたのと、やはり小さな穴では、自らが通れぬ事を危惧したのだった。
 カーナス台地に、ヤシュバとゼオロを並べて。そして、ゼオロを殺す。計画は、簡単な物だった。しかし最後の問題が残っていた。カーナス台地は、呪いに包まれていたのだった。それも、当時の竜族の不手際と言っても
良かった。有体に言って、竜族は狼族に対して、多少やり過ぎたのだった。結果としてカーナス台地は、呪いに包まれてしまう。狼族の強大な呪いは、ランデュスといえどすぐに解放できる物ではなかった。特に、竜神である
ランデュスに対する呪いの反発は激しいものである事は予想された。それを解くのにも、時は掛かる。ランデュスの力は確かに絶大ではあったが、日頃その力の大部分は国を守るために使われていた。そのために必要な力を
蓄えるのにも、やはり相当な時間が必要だったのだ。どうしたものかと思案する内に、ヤシュバが現れた事で情勢は刻々と変化していった。それにも、竜神は一枚噛んでいた。ヤシュバの振る舞いに、自らの狙いを
重ねさせたのである。また、それと平行して。翼族を黙らせるのと同時に、リュースの力を削ぐ事もした。ヤシュバ一人で、結界を壊す力を持っているのならば。リュースの力が強いままだというのは、後々自らの不利になる
可能性を感じ取ったのだった。
 そうした中で、ヤシュバと次第に親しくなってゆくリュースの事も、ランデュスは見つめていた。筆頭補佐の座をドラスに奪われそうになり、取り乱したリュースの姿も。それを懸命に引き留める、ヤシュバの姿も見ていた。
 それまで、ヤシュバはただゼオロを求める事ばかり考えている節があったが。この時は、意外な程にリュースに執着を示したのだった。爬族の時も、そうであったが。
「そうか。何も、ゼオロでなくとも。こいつでも、良い訳だな」
 ランデュスは、それを見逃す事はなかった。
 紆余曲折を経て、リュースはラヴーワの虜囚となる。そこで、僥倖とも言える事態が起きた。銀狼のゼオロが、カーナス台地の解放に向かうのだという。リュースを通じてそれを聞いていたランデュスは、すぐにリュースに
神声で、それを補佐する様に命じた。結果として、カーナス台地は狼族の呪いから解放されて。全ての準備は整ったのだった。

 戦に臨む前のヤシュバを呼び出して、ランデュスは囁いた。ゼオロと、もう話す事はないのかと。
「できれば、話がしたい。もう、何も。変わらないかも知れないが……」
 ランデュスは、それを利用する。ゼオロを、カーナス台地へ呼びつける様にと、ヤシュバに助言をしたのだった。先日まで呪いに塗れた地。戦場で出会うしか道はなく、そして他者が恐れて近寄らぬその場所が適当であると。
 ヤシュバを見送ると、今度は手元に戻ってきたリュースに、ランデュスは命じた。銀狼のゼオロを殺せ。リュースは、戸惑い、悩み。しかしそれを断る事はなかった。そうなる様に、育ててきたのだ。産まれる前から、魂を
縛って。しかしランデュスは、それが成し遂げられる事をあまり期待してはいなかった。何を言うにも、リュースの襲撃にヤシュバが気づけば。到底、敵う物ではない事を理解していたのである。だからランデュスは、最初から
リュースにはカーナス台地で死んでもらうつもりだった。リュースにも、その説明はした。結界が壊れれば、争う理由も無くなるのだから。ヤシュバも自由の身にできると。そう囁けば、リュースはもはや迷う様子を見せる事も
なかった。自分ではなく、ヤシュバのためにと思い定めたその表情を見て、不快に思いがらも。ランデュスはリュースを行かせ、そして予想通り、ゼオロを殺せなかったリュースを殺した。
 この時。もし、リュースでも駄目であったのならば。ランデュスは、ゼオロを殺すつもりだった。リュースがそれ程ヤシュバに好かれてはいないという結果に終わったとしても、流石にヤシュバには、隙ができるだろう。リュースに
駆け寄ってくれれば。その隙を突いて、自らの手でゼオロを殺す。あとはヤシュバ次第だと、そう睨んだのだった。結果は、ランデュスが思っていたよりも、ヤシュバはリュースを好いていた事がわかった。リュースの死によって、
涙の跡地を覆う結界は、一部どころか。そのほとんどが、砕け散ったのだった。
 結界が壊れた事を確認して、ランデュスは姿を現した。その際に、白い翼を広げて。これは、ランデュスにとってはヤシュバに対する、単なる皮肉だった。元より神であり、魔導の駆使も児戯に等しいランデュスからすれば、空を
飛ぶのに翼は必要な物ではなかった。ただ、リュースから奪った物を模した白い翼を、ヤシュバに見せつけて、嘲笑ってやる。それだけのためであった。ヤシュバがそれを理解していなくとも、そんな事は関係なかった。
 高台に現れたランデュスは、ヤシュバの相手も程々に、ゼオロを見つめた。リュースを通して、見たままの銀狼の姿が、そこに居た。かつての、狼神。その銀の身体を持った、銀狼のゼオロが居た。懐かしさに、ランデュスは
微笑む。もっとも、必要であれば殺そうとしていた相手ではあるのだが。
 しかし、その後ランデュスはヤシュバとぶつかるが、これには敗れる事となる。ヤシュバの力を、甘く見ていた訳ではなかった。しかしゼオロの力がそこに足されるというのは、ランデュスにとっては誤算であった。ヤシュバの
明確な殺意を、ゼオロが補助する形でランデュスを憎めば。元々ヤシュバ一人ですら手一杯であったランデュスは、抗えなかったのである。懐かしさと、親しみと、そしてリュースの功績により生かしておいたゼオロの能力で、
ランデュスは敗北を喫したのだった。

 本来ならば、結界か壊れた後。ランデュスはカーナスに現れる必要は無かった。さっさと外へ行けば良かったのだ。ランデュスが現れたのは、リュースの肉体を。そして、その魂を回収するためであった。
 確かにリュースは、便利な駒の一つでしかなかったが。それでもランデュスの、強大な独占欲の裏には。僅かばかりの愛情があったのかも知れない。
 もっとも肉体を吹き飛ばされ、魂すら一時的に弱体化したランデュスは。そのリュースについに牙を剥かれ、魂を喰われる事となるのだが。


 

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