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ユラ


 ユラは高名な、猫族の魔道士だった。
 魔道士は通常、俗世間との関わりを断っては。己の腕を磨き、己の欲する物にのみ興味を示し、そして己だけが永遠に生き続ける事を良しとする生き物だった。無論、魔道士同士の繋がりという物はあるが、究極的な
目的とは、己の力一つで全てを知り、全てを見、全てを得るのが魔道士という存在だった。
 ユラは、そうした魔道士の中では、異質な魔道士と言っても良かった。強力な力を誇示する様な真似もせず。戦いも、どちらかと言えば得手ではない。もっとも魔法使いなんぞでは相手にはならないし、同じ魔道士であろうと、
そう簡単に遅れを取る程ではなかったが。しかしユラは、己の腕を磨く事には、さまで関心を見せる事はなかった。強い力は、使い所を誤れば災いとなる。また、必要とされる事柄に使うべきである。それが、他者からの
願いであったとしても。ユラの考えとは、そういう物だった。魔道士としては到底、認められぬ我の弱さだった。それ故にユラは、困っている人を見れば、それとなく助ける様な真似もしていた。それでも、目立つ事は控えた。例え
物の考え方がそうであれ、ユラもまた魔道士の端くれ。己の研究に没頭するのには、名声や地位というのは、邪魔な物でしかなかった。他人から賞賛される様な事ばかりを研究するのなら、それもいいが。魔道士というのは、
得てして後ろ暗い研究をも重ねる物だ。そうした研究が礎となって、また新たな成果が得られるのだとしても、世間の風当たりという物は強いのだから。そういう意味では、結局のところはユラも、魔道士だったのである。
 魔道士は力を示す事に固執するが、ユラはそれにもあまり興味が無かった。そんなユラだからだろうか。ある時から、ユラは託宣を受け、それを告げるという不可思議な能力を得る事になる。元々星や月、自然の様々な表情を
読み取る事には長けていたユラが最後に辿り着いた、秘術に近い物だった。静かに祈りを捧げては、全ての声を聞く。ユラがその力を使う事は多くはなかったが、告げた託宣に偽りはなく。いつしか噂になり、人々の口にも
上る様になっていた。
「ユラ様。この涙の跡地を覆う、我らを閉じ込める結界。それは、いつか無くなる物なのでしょうか」
 ある時、ユラにその話を口にした者が居た。ユラの託宣にて、結界の行く末を見てほしいと。ユラは、僅かに躊躇いを見せた。大きな物を見れば見る程に、ユラにも負担は掛かる。しかし結局は、ユラはその頼みを承諾する事に
なる。ユラ自身も、未来を占う事に長けている己の腕を伸ばす先は、結局はそこであるのを予期していたのだった。狭い世界の中で繰り返される、領地の奪い合い。戦火。それらを厭うのは、容易かったけれども。各々が、
生きる意志の下に、ただ生きているに過ぎぬが故に起こり得る事。誰もが、誰もを、責められはしなかった。ただ一つ、それを解決する手段として。人々は結界の外を夢見たのだった。
 ユラは一月以上、力を蓄えた後に。結界についての託宣を受ける事になる。そうして、やがては待ち続けていた人々の前に現れては。後にユラの託宣と呼ばれる、涙の跡地の行方を口にしたのだった。
 この時、ユラには意識が無かった。ユラの究極の秘術の、唯一の欠点とも言っても良い物だった。何を口にしているのか。その託宣に、例え絶望をしか孕んでいなかったとしても。ユラ自身ですら、託宣を偽る事はできは
しないのだった。目を覚ました時に、ユラは己の告げた言葉を復唱されて。不安を覚える。黒き使者と、白き使者が現れる。それ自体は、まだ良かった。ただ、真に悪しき存在という言葉が、引っ掛かったのだった。それは、
この涙の跡地を覆う結界の存在する理由に触れる事柄であったのだから。それまでは、ただ結界はそこにあって。何人たりとも通る者を阻むだけであり。人々はそれが何故そこにあるのかすら、わかってはいなかったのだった。
 ユラの示した言葉は、ある存在を封じるために結界が存在している事を示唆していたのだった。
 程も無く、託宣を告げた事で消耗していたユラの下に。その存在が忍び寄った。その魔の手に、ユラは呑み込まれた。呑み込まれて、初めてわかる。それが、竜神ランデュスであった事に。
 竜神の手に落ちたユラは、即座に呪いを掛けられて。自らの力のほとんどを封じられたものの、どうにか命を奪われるという事態は回避する事はできた。もっともそれは、ユラの持つ特異な力を、竜神が我が物に
したいと思っていたからではあるのだが。それから、ユラは強い力を行使する事は制限されたし、当然ながら託宣を行う事もできなくなった。ただ、それはユラにとっては大した事ではなかった。竜神のために力を貸す
つもりは毛頭なかったし、解放された後は、竜神に不利となる行動さえ慎めば、平穏に生きる事も不可能ではなかった。ただ一つだけ、気がかりだったのは。自らが口にした、託宣についてだった。とうの悪しき存在である、
竜神にそれが知られてしまった以上、何かしらの手を竜神が打つのは、あまりにも明白であった。その日からユラは、目立つ事を避けては。自らの告げた言葉がどの様に成就するのかを見守る事になる。そこには、
責任感もあったけれども。それ以上に、これ程の大きな託宣が、どの様に実現を果たすのか。それが知りたいという気持ちもあった。
 しかしユラにとって、やはり竜神は強大な力を持つ存在である事に変わりはなかった。竜神は素早い察知によって、白き使者であるリュースの存在を、それが産み落とされるよりも先に認知して。リュースを手駒と
したのだった。ユラは、その動きを感じ取る事ができなかった。元より竜神に目を付けられた以上、その存在が治めているランデュスの中には、不用意に踏み込めぬ状態だったのだ。そしてそれは、後に涙の跡地の結界を
一部破壊して、空から降ってくるヤシュバにも言える事であった。ランデュスの掌に、白と黒。一対の存在が揃う。ユラは、ランデュスに乗り込む愚を避けて。ラヴーワに現れた存在へと接触を計った。とはいえ、それはランデュスに
現れたヤシュバと比べると、あまりにも期待外れな存在であった。一目見て、ユラはそれを理解する。視界に映った銀狼の少年は、確かに美しかったけれども。その身体からは、力という物を一切感じなかったのだった。それとは
別に、純粋な気持ちでゼオロの身を案じたユラであったが、それでもゼオロの容姿は、あまりにも人目を引くに足りる物であった。本来ならば、ギルスの血を引かぬ銀狼が今の時代に持つはずの無い銀の輝きを宿す存在。興味を
引かれたが、ユラは結局のところゼオロに必要以上の接触をする事ができなくなった。いつ竜神が、ゼオロの存在を嗅ぎつけるとも知れない。その時、その傍に自分が居る事が知られれば。それこそ今度は命取りになるの
だから。
 その代わりに。ユラは、ゼオロを追って現れたというリヨクの方を確保していた。こちらはゼオロと同様に魔導の才を持たず。その上で見た目も、偉丈夫という事を除けば、有り触れた犬族であったから。ユラはリヨクを助け、
この世界の知識を授けては。自分ではゼオロに深く接触する訳にもゆかぬからと、リヨクにそれとなくゼオロを助けてくれる様にと頼み込んだ。ただ、リヨクも結局は事情があって。その正体をゼオロに知られる訳にはゆかぬと
いうものだから。それ以降はなりふり構っていられない程にゼオロが危険な時に、どちらかが手を差し伸べる様な形を取る事になった。
 そうして、カーナス台地へと話は進んでゆく。ユラは、ぎりぎりのところまで、自分が飛び出す事を避けた。そのために失われた命も、多かったが。ユラにとっての最大の目的とは、託宣の成就に他ならなかった。
 待つ事を繰り返し。ついに竜神がその姿を現した時。ここを勝負と決めたユラは、最期に飛び出しては。全ての力を使い果たした後に、竜神の手によって命を落とす事になる。

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