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20.竜爬悩乱

「自分が崇高な存在である竜族ではなく、その後を追う爬族である事が、幼い頃から私には疑問だった」
「爬族の長としていくら崇められようとも。外に出たと同時に、私は薄汚いと謗られる爬族に過ぎなかった」
「生まれが、全てを左右してしまうのか。努力とは、それが認められる場に生まれ合わせなければ、無に帰す物でしかないのか」
「私は、ファンネスの様に爬族を捨てる事はできない。何故なら私は、長だから。私に付いてくる者の全てに、背を向ける事はできなかった」
「だから、最初にあなたを見た時。あなたが持たざる者として、竜族でありながら、同じ竜族から謗られる存在であると知った時」
「あなたなら。あなたならば。そう、思ったのです。リュース様」

 雨の降るランデュスの城下町を私は眺めていた。この辺りでは珍しい、大粒の雨。曇天から現れたそれは、ランデュス城を、そして城下を濡らしている。そっと、空を見上げた。見えない結界。雨はやはり、阻まれる事は
なかった。そうでなければ困るのだが。
 爬族の制圧を済ませてから、一月近くが経った。結果的に、反乱軍である爬族の一部に対して単身で向かい、それを捻じ伏せたヤシュバの評判は非常に良くなっていた。元々が決して悪く見られる事はなかったし、
その上で今回は相手からの挑発があったのだ。引く事は許されない状況の中でヤシュバの見せた輝きは、もはや誰もが認めざるを得ない物になっていた。戦時下でもないのにこんな事をすれば、普通ならば批判も
出る。それも、爬族の起こした事件とその態度で、表向きはほとんど確認できない程だった。
 爬族の屍の上に立つヤシュバの姿は、今でも兵の語り種だという。その力量は充分に知られていたが、それでもヤシュバは少し優しすぎたし、間の抜けた印象があった事も確かで。しかしそんな生易しい評価も綺麗に
吹き飛んでいた。今までとは違う、畏怖という感情を兵はヤシュバに抱き、話を聞いただけの兵ですら、その様子を夢想しては、ヤシュバに更なる忠誠を向けたのだった。
 結果的に、ヤシュバ率いる竜の牙はまた一段と精鋭になっていた。調練に出る際のヤシュバの表情は、それまでよりも少しきつくなった様で、兵は畏れながら、しかし同時に崇拝している。
 私はといえば、あれからあまりヤシュバと口を利く機会が少なくなっていた。元々が、ヤシュバが困り果てた時に私に助けを求めてくる様な関係だったのだ。あの一件からヤシュバの評価が変わり、またヤシュバの仕事も、
ヤシュバが以前よりも更に周囲から認められたためか、非常に円滑に事が運ぶ様になったらしく、私の助けが必要な事も少なくなった様だ。本人の力量に関わらず、誰もが手を差し伸べようとするので、以前よりも格段に
仕事が捗っているのだという。そうなると私は助かるのだが、同時に少し暇を持て余す日も多くなった。ヤシュバが来る前はガーデルが戦闘以外の事には深い関心を示さなかったので、私が取り仕切っていたが、今は
ヤシュバがそれを行っているのだ。私がその補助に回る事で、それでも忙しい日々が続いていた。その補助が必要無くなったとあっては、私に余裕が生まれるのは当然の事だった。そして、余裕という物の存在は、
私の目には暇に映るのだった。
 雨が、降り続いている。こんなにも雨が降るのは、本当に珍しかった。目を凝らせば、城下には小さな人影がちらほらと、天を仰いでいる姿が見受けられる。彼らもまた、雨を珍しがっているのだった。
 ランデュスの、というよりは涙の跡地の中で、東に位置する部分は、比較的雨が少ない。雨が降るのは、もっぱら西や、南である。一年を通じて、ランデュスは晴れが多く、暑さも強い地域だった。そのせいで、作物と水には
困窮する事もままある。それをどうにかするために、貿易は大切だった。ラヴーワとの休戦を提案したのも、ひとえにランデュスの抱える問題が、それだからである。食料自給率が低い。故に、長く戦争が続くのは、自分の
国の首を絞めるのだった。周辺を併呑しても、寧ろ管理する土地が増えるだけで、問題の解決にはならない事も多い。もっと西。或いは南の肥沃な地が必要だった。そのために、結局ランデュスは短期決戦を強いられ、
それが上手くいかず、武力の面では他の追随を許さなかったものの、竜神の一声で戦は休戦を迎えたのだった。唯一活路があるとすれば、それは隣接する東の海だったが、しかし海を治める水族は少数ながらも
ランデュスに敵対しており、当時の漁獲量はかなりそれに左右されていた。
 ランデュスの歴史に一人耽る。あの時も、私は筆頭補佐だった。もう、二十年も前になるのか。あの時は、本当に目の回る忙しさだった。本当にぎりぎりのところで、休戦となり。大慌てで水族との対話やら何やらが始まったの
だった。幸い水族はその辺りは、自分達が直接攻められていた訳でもない故に大らかではあったものの、長きに渡る戦争に疲弊した民の様子がそんなに短い間に変わるはずもなかった。国内の手当てに奔走したし、武官で
あるはずの私ですら駆り出される程人手が足りなかった。戦が続いている間は、そちらで必要だからそういう事はしなくて済む。それは文官の仕事だ。しかし戦が終われば、武官であっても、役に立ちそうな者には
白羽の矢が立つ。多分、あの時が一番ガーデルの事を憎たらしく思ったはずだ。本当に上から下まで、戦か、己の鍛錬にしか興味が無いから、役に立たないのである。私より弱い癖に。
 雨が降り。暇が募り。憂鬱が嵩んでゆく。雨は喜ぶべき事なのは、わかっているのだが。それでもやはり、憂鬱な、という気分になってしまうのだった。唯一、万歳を叫びたい事があったとすれば爬族の一件である。その事を
思い出して、胸の中の蟠りがちょっと軽くなる。いいぞ、もっと思い出せ、私。
 件の出来事で、今爬族の勢力は壊滅的な被害を被っていた。まず、嫌竜派の主だった連中は先の小競り合いで掃討され、その上でヤシュバの力を見せつけられて、これはもう虫の息と言っても過言ではない
程だった。同時に嫌竜派とはいえ、爬族の中で満足に戦える者を欠いた事で、親竜派の連中も決して得をしたとまでは言えない。そして、マルギニーへの対処だった。
「今回の件、確かにそなたの活躍により嫌竜派の爬族を速やかに掃討する事はできたが。その点だけは、礼を言っても良い」
 戦が終わり、後日一人出頭させたマルギニーを前にして、私は口を開く。そこで言葉を区切った私を見て、マルギニーは破顔した。それを見た瞬間に、私の中から嫌悪の感情が溢れる。いくら反対派とはいえ、同族を
見殺しにしてその顔か。本当に反吐が出る男だった。しかし続く言葉によって、目は見開かれ、やがては絶望に落ちてゆく。あの時の私の胸の内は、小躍りをして、自制するのが大変だったのを、今でも鮮明に
思い出せた。今も、思わず口元に嫌味な笑みが浮かんでいる。
「だが、マルギニーよ。そもそも今回の一件はそなたの軽率な行動から始まった事を、よもや忘れてはおるまいな。軽々しく、ヤシュバ様と面会した。無論、ヤシュバ様にまったく非が無い訳ではない。だが、そなたにも非が
無いとは私は思わぬし、長く爬族を纏めてきたそなたが、まさか自分の行動で嫌竜派を刺激した事を知らぬ、存ぜぬと言ったところで、誰も納得はせんだろう。以前にガーデル前筆頭が居た時にも、この問題には
そなたは努める様にと念を押された事もある。そなたの行動で、結果的に嫌竜派の爬族は色めき立ち、そうして決起へと繋がった。この点に関しては、ランデュスの会議では全会一致を見ている。マルギニー、相違ないな?」
「それ、は……」
 マルギニーの表情が一変し、身体を震わせる。私は冷ややかにそれをねめつけた。
「だが、起こった事は、起こった事。それもまた確か。嫌竜派の爬族の決起も、いつかは起こるとは思われていた。戦役から二十年経った今日においても、遺恨は晴れぬのでな。お互いに」
「そうですとも、リュース様。奴らは、中々私の話を聞かぬ者達ばかりでしたから。竜族のお情けを受けて、領地を得ているに過ぎませんので」
 慌ててマルギニーが取り成そうと軽く両手を上げて、無理矢理な笑みを浮かべる。ああ、お前のそういうところが、私は本当に嫌いだ。薄汚い爬族め。
「さて。その上で、今回のそなたの功績だ。そうなると中々に難しい。控えめに言っても、原因の一端はそなた。そして、速やかな処断の一端を担ったのも、またそなただ」
「リュース様。どうか、お願い申し上げます。爬族を……我ら、爬族を、何卒、竜族の末席に」
 マルギニーが地に伏せ、手を付いて懇願する。この空気に、耐えられなかったのだろう。長年爬族の長を務めていたとはいえ、所詮は纏める事もできなかった男だ。私はそれに、微笑み掛ける。マルギニーもまた、
固い笑みを浮かべた。
「無かった事にしようか、マルギニー」
「……は?」
「ん?」
「……失礼しました。今、なんと」
「無かった事にしようか。そう、言ったのだ。私は」
「そんな、リュース様。爬族は今回の事で、内に致命的な亀裂が生じてしまいました。親竜派の者達も、決して嫌竜派の者達が滅んでしまえば良いという意見を持っている訳ではありません。仲間が消え、それでも竜族の
後ろ盾を得られるのならば。そういう者も、多かった。それすら得られぬとわかれば、私は……なんと彼らに説明をすれば良いのか」
 図らずもマルギニーは己の内を曝け出す。私は表情を出さずに、やはりそれを見下ろしていた。
「一つ、言い忘れていた。マルギニー。お前達を竜族として迎え入れられない、決定的な事だ。お前には今一つ信が置けない。今回の事にしても、そうだ。お前は嫌竜派であるとはいえ、同族であり、内心はどうであれ、
長年お前自身を支え続けてきた者達をあっさりと切り捨てたな。説得も試みずに。だからこそ今回、速やかに事は進んだ。確かに、それは認める。だが、自らの欲に目が眩んだな。何よりも我々が危惧しているのは、
爬族を迎える事ではなく、お前を迎える事なのだ。そして、お前に付いてくる者達だ。そういう意味では、嫌竜派の方がまだ信ずるに足るとまで、言い出す者が出る始末。これでは、とてもそなたを、そして爬族を。竜族として
迎える事はできぬ」
「そ、そんな……リュース様! 何卒、お慈悲を! リュース様とて、我々に近く」
「黙れ」
 光が、閃いた。発作的に、私は剣を抜いていた。首筋にぴたりと当てられている剣を見て、マルギニーが固まり、しかし抑えきれない身体の震えに、時折喉元に刃が触れる。
「竜族は誇り高い。それは貴様も知っているはずだな。私にその様な口を利く事が、私をどれ程に侮辱しているのかも気づかぬのか。痴れ者が」
「あ……申し訳、ございませ……」
「もう、良い。全ては水に流す。そなたも、己の部下の所へ帰るが良い。信ずるに足らぬ。その危惧と私の怒りで、その首が胴から離れぬ内にな」
 背を向け、歩き出した。リュース様。小さく、か細い声がした。知らぬ振りをして、更に行く。どん、という音がした。振り返ると、マルギニーが拳で硬い床を叩いていた。赤い血が裂けた鱗の皮膚から流れ、床を赤く
染めてゆく。呼吸を荒らげたマルギニーが、私を鋭くねめつけた。ああ、やっと本当の顔を見せたな。蜥蜴風情が。それへ、私は飛びきりの眼を飛ばしながら、しかし口元は冷ややかな笑みを浮かべていた。マルギニーが、
はっとする。そうしてまた、身体を震わせた。
「そうしておれば、お前ももう少しは信ずるに足るのだがな」
 それで、マルギニーとは別れた。それから幾日が過ぎてからの、今である。
「ああ、今思い出しても最高の瞬間でしたね。あんなに胸がすいたのは、生まれて初めてかも知れませんねぇ」
 思わず、独り言を吐き出す。厄介だった爬族の力は削がれ、それどころか爬族を竜族に迎える事が阻止できて、更にはマルギニーにこれ以上は無い程の屈辱を味わわせる事すらできた。そういう意味では、本当に
私の心は晴れやかだった。今頃マルギニーがどれ程地団太を踏みながら、その上で同族から結局は何も得る事ができず、仲間を失っただけではないかと責められているのかと思うと、私はそのまま天にでも昇って
しまいたくなる心地だ。あの腐れ蜥蜴が私に味わわせた屈辱を、そっくりそのまま返せたのだ。まさに万歳を叫びたい気分だった。
 そうして一頻り窓の前で尻尾をくねらせていたものの、次第に私の動きは弱弱しい物へと変わり、最後には溜め息を吐いている自分に、そこまで至ってから気づいた。悪い事は、何も無いはずだった。それなのに、
どうして今こんなにも気分が優れないのだろう。筆頭魔剣士には筆頭らしい振る舞いをさせる事に成功し、爬族は爬族らしく隅に追いやる事にも成功したというのに。この、雨のせいだろうか。私の心が晴れやかにならないのは。
「……ヤシュバ様……」
 雨のせい。そんな訳がなかった。本当に私の心に影を落としている者の名を、私は口にした。口を利かなくなった。たった、それだけだ。
 私は、正しい事をしたはずだ。ヤシュバを本当の筆頭魔剣士にするための、最善の手を打った。それは今でもはっきりと頷けた。どこかで線を引いていたヤシュバには、無理矢理線を渡らせるしか術は無かった。如何に
ヤシュバが剣に優れ、その体躯、見場が賞賛される物であったとしても、以前のヤシュバではいずれその本性が暴かれ、反発を招く事態に陥るのはわかりきっていた事だった。それだけは、避けなければならなかったのだ。
 筆頭魔剣士であるヤシュバへの対応は、間違ってはいなかった。ただ、私のした事は、ヤシュバという一人の男の心にはそぐわぬ事だった。それだけの話だ。
 組んでいた腕で、そのまま身体を抱き締める。さっきからずっと続いているこの煩悶を、どこかへやってしまいたかった。それでもどうする事もできないのは、やはりヤシュバの存在があるからだろう。
 一層、嫌ってくれれば良かったのだ。今のヤシュバは既に、筆頭魔剣士としての風格を備えている。口煩い私などもう不必要だと言って、追い出してしまっても不思議ではない。嫌われるだけの事をした、自覚はある。
 しかしヤシュバは、ただ私と口を利かぬだけで、それ以上の事は何もしようとはしないのだった。それどころか、夜は平然と私を抱く。昨夜もそうだった。三日に一度。それから、調練をした日の夜。私の部屋を訪れては、
私を組み敷いている。頻度から考えて、相変わらず他の竜族には手を出してはいないのだろう。その点だけは、いまだに悩みの種の一つとも言えた。調練が再開され、皆は既にヤシュバに心酔している。ヤシュバを
見る目つきが、段々と熱を帯びている事に、あの黒い竜は気づいているのだろうか。いつまでも私だけではいけない事にも、気づきはしないのだろうか。あまり長引くと、私の立場が余計に悪くなるのだが。ただでさえ
評判が悪いのに、ヤシュバを独り占めしている。そんな馬鹿な噂が出回りかねない。とうの私は、自身が忌避されている事を心得ているから、ヤシュバと同様に夜に誘う事などほとんどしないので、尚私とヤシュバは
目立つのだった。事実、独り占め状態なのだから仕方がないのだが。
 初めて会った時から、変わらずにヤシュバは私を求める。初めは私の方から態々誘っていたが、その内に割り切ったのか、自分からという事も増えてきていた。先日の事があってからは、更にそれが顕著になったと
言ってもいい。そもそも口を利かないのだから、私から誘うという事もしなくなり、そうなるとヤシュバは自分から私の部屋に来るか、私を呼び出すしかなく。それが以前よりも更に積極的なヤシュバの行動へと繋がって
いるのだろう。
 唯一、明確に違う事があった。ヤシュバの、私への抱き方だった。あの日からそうだ。口を利かなくなってからの、初めての夜。私は、まだヤシュバが私を求めてくるのだろうかと疑問に思いながら、それでも調練を
行った事もあり、準備はしていたのだ。そこにヤシュバは現れた。部屋へ招き入れ、顔を合わせた瞬間に、私はなんと声を掛けて良いのか迷っていた。あれ以来まともに口を利いていないのだ。事務的なやり取りなら、
いくらでもする。確認が必要な事に関しては、遠慮なく会話を交わす。しかし、それだけなのだ。まごついている私に、ヤシュバはやはり何も言わず。私の身体を抱え上げ、そのままベッドへと運ぶと服を脱ぎはじめた。私も
それを見て、黙って全裸になり迎える。そうして身体を重ねると、ヤシュバは唾で軽く濡らしただけで、私を貫いたのだった。痛みに私は呻き、尚もヤシュバは腰を進める。元々、何度も受け入れた物だから、痛みが走っても、
入らない事はない。私の苦し気な声と顔を、ただじっと見ながら、最奥まで突き入れた後に腰を引く。ぎりぎりまで引き抜いてから、叩きつける様に。ヤシュバは、ずっと私の顔を見ていた。だから私は、笑ってやったの
だった。それから、部屋には行為が終わるまで、私の悲鳴と嗚咽が続く事になる。何度も出し入れを繰り返し、一度引きずり出したヤシュバのペニスには、やはり無理矢理挿入した事により、僅かながらに私の中が出血して、
青い血が付いていた。それでもヤシュバは、何も言おうとはせず。再び私の中へと押し入る。私も、止めてほしいとは言わなかった。荒々しくヤシュバが私を犯す。腰を力強く突き入れた時に、私は堪えきれなかった悲鳴と
涙をヤシュバへと届ける。それでもその内に、ヤシュバのペニスからは充分な量の先走りが出て、交合を補助する。そうすると、やがては私の苦痛も快感へと昇華されるのだった。収まっていた私のペニスが割れ目から
飛び出し、悲鳴は嬌声に。涙の理由は痛みから快楽へと転じる。私はただ、全てに素直に従って抱かれていた。痛みを与えられてじっと耐える事もせず、そして快楽へと置き換われば、あられもない声を上げた。その内に、
私は堪えきれない射精欲に襲われる。触れてもいないのに、射精しようとしている。初めての感覚だった。そこまできて、私はヤシュバに求められているというたった一つの事実が、私自身には途方もない程の喜び
なのだという事を、今更の様に再認識するのだった。私は切れ切れながらも、ヤシュバを呼ぶ。射精しそうになっている事を伝える。すると、ヤシュバは私のペニスへと手を伸ばした。待ち望んだ瞬間が来るのだと信じて
疑わなかった私は恍惚とした表情になり、しかし次には今までよりも一層強い悲鳴を上げる事になった。射精に至ろうとしたその瞬間に、ヤシュバはそれを強く握ったのである。ペニスが射精をするために、びくんと
何度も跳ねる。しかし、その中を通る精液は、いつまで経っても出てこない。根元で、ヤシュバが押さえているのだ。
「ギィィッ!! ……ガッ、アァッ……」
 私の上げた声は、まるで鳥か何かが不意に上げる様な、訳のわからぬ音だった。予想外の、そして最大級の苦痛に、私はもはや言葉ではなく、音を発する事しかできなかったのだ。そして、ヤシュバを立場も忘れて、
視線で殺しそうな程に睨みつける。ヤシュバは手を外す事なく、腰を動かした。その瞬間に、私は再び宙に打ち上げられる様な快感に襲われる。今までとは、違う。私をよがらせる動き方。再び射精欲は高まる。しかし、
射精には至れない。いや、至ってはいるのだ。しかし、精液が出せない。私は地獄の苦しみを味わう事になった。先程までとは打って変わって、ヤシュバは私を慈しむ様に、腰をくねらせ、角度を変え。私が教えた通りの
技術を駆使して、私を苛む。私は狂った様に叫び声を上げていた。どうしようもなく、気持ちいい。それなのに、どうしようもなく苦しかった。叫びと叫びの合間に、私はヤシュバの名を呼び、射精をさせてほしいと
懇願した。涙が止め処なく溢れていた。先程までの、私をただ痛めつける抱き方の方が、余程耐えていられた。今は、気が狂ってしまいそうだ。何度も何度も絶頂に押し上げられ、しかし射精は許されず。私が手を
伸ばすと、その手は呆気なくヤシュバの片手で防がれ、そしてヤシュバは身体を倒して、私が身動きできない様にする。そうしてそのまま、満足したのか手を離して、最後に向けて私の中にペニスを叩きつけて、
やがてヤシュバは射精を迎えた。
「グゥゥ……ウゥゥ、リュース……」
 私はといえば、手から解放されたとはいえ既に放心状態であり、射精もせずにいた。ただ手を伸ばして、ヤシュバの身体をそっと抱き締める事だけは、本能の様に手が動いて実行されている。
 溜まっていた精液を私の中に全て吐き出すと、やがてヤシュバは起き上がり、私から離れる。私は何も言えず、ただ口を開けて、強姦されたかの様な態でどうにかヤシュバの姿を目で捉えていた。ヤシュバは身繕いを
済ませると、黙って部屋を出てゆく。扉が閉まり、足音が遠退いてゆく。それが聞こえなくなってから、私はそっと手を伸ばした。怒張しきって、一度も出す事を許されなかったペニスの先端に軽く触れる。
「あっ、ああぁっ、ああああーーーーっっ!!」
 途端に、凄まじい快楽はとうに過ぎていたというのに、私は射精に至り、しゃくり上げたペニスからは勢いよく精液が飛びだし、私の腹と、胸と、顔を汚す。私は狂った様に喘いで、精液を吐き出し続けていた。射精が
終わっても、私は口から声を上げて身体を震わせていた。狂った様な抱き方だった。しかし私は笑みを浮かべ、笑い声を上げ、そして舌を伸ばして、自分の吐き出した精液を無心で舐め取っていたのだった。
 ヤシュバの抱き方は、その日からずっとそれだけになった。部屋に来て、私を苦しめながら犯し、私の中に好きなだけ出して、そして私には一度も射精をさせずに、行為は終わるのだった。
 そういう抱かれ方も、嫌ではなかった。相手が、ヤシュバならば、だ。既にこの身はヤシュバに敗れ、そして忠誠を誓い捧げた身。竜神を除いて、私の想いを鈍らせる事は誰であろうと不可能だった。
 それでも、私の中に出す瞬間に、苦し気に私を呼ぶヤシュバの姿がどうしようもなく私を苛んでいた。こんな関係に、なりたくはなかった。少なくとも、ヤシュバはそうではなかっただろう。私は、ヤシュバが良ければ
今のままでも良かった。しかしヤシュバは決して、今を良いと思ってはいないだろう。
 窓を閉めて、部屋を出る。当てはなかった。ただ、何もせずに居ると、ヤシュバの事を思い出してしまって、どうにも居心地が悪かったのだ。次に抱かれるのは、二日後。それまでの間、煩悶し続けていようとは
思わなかった。どうせ、抱かれた後に、また同じ気持ちになるのだから。

 渡り廊下から、しとしとと降る雨を見つめる。多少は雨脚が弱まったのか、強い降り方ではない。しかし、止みそうな気配は感じなかった。夜半までは降りそうだと、その様子を見て思う。そのぐらいは降ってくれた方が、
ランデュスにとっては有り難いだろう。外から、喚声が聞こえた。そっと覗くと、複数の兵が雨を浴びてはしゃいでいるところだった。こんな風に、雨を浴びる事のできる機会は、そう多くはない。子供の様にはしゃいでいる
それを見ながら、私は練兵場へと向かった。整えられていた地面も、今は雨ですっかりとぬかるんで、人気は無い。屋根のついた、いつも私が座って兵を眺めている場所に、今は誰も居ないのに私は座る。
 瞼を閉じ、雨音に意識を傾けた。悪くはない。それでもそうしていると、その内にまたヤシュバを思い出す。それに顔を顰めようとした辺りで、つと物音が聞こえた。練兵場の奥。丁度、私の位置からは視覚になっている
場所だった。そちらにも、こちらとそれほど変わらない風景が広がっている。私は立ち上がり、そちらへと歩を進めた。屋根のある道を歩き、角を曲がって、そっと様子を窺う。滴が、雨の中を舞う。それは然程時間を置かずに、
自然に落ちる雨に混ざって見えなくなる。雨に打たれたその人物は、ただ剣を振っている様だった。私が声を掛けるか悩んでいると、その身体が振り向いて、私に気づく。
「リュース様」
「雨が降っているというのに、随分熱心な事だな。ドラス」
 そこに居たのは、金の鱗を持つドラスだった。雨にしとどになった身体で歩み寄って、それでも私の手前で、屋根の無い場所でその身体は立ち止まる。
「申し訳ございません、お邪魔をしてしまいましたでしょうか」
「構わん。私も、ただぶらぶらと歩いていただけだ。お前は、こんな雨の中でも、そうして一人で剣を振っているのか」
「いつもではありませんが。昨日、ヤシュバ様にまたお相手をしていただいた時、前よりも手応えがありましたので。もっと、しっかりヤシュバ様の剣を受けられる様になりたいのです」
「気持ちはわかるが、雨の中では風邪を引くぞ」
「戦では、兵は場所を選べぬ。そう、リュース様はいつも仰っておられます」
「確かに、そうだったな」
 会話をしている間も、ドラスの身体が雨に打たれていた、ドラスはそれを気にした様子も無い。昨日の事があってとは言ったが、前々からこうして一人で特訓をしていたのだろう。私はしばらくそれをじっと見つめていた。
「寒くは、ないのか」
「暑いくらいです。それに……」
 そこで、ドラスは言いよどむ。私はそれ程苦労せずに、その沈黙の意図を理解した。ドラスもまた、身体が熱を帯びているのだろう。本来ならば、目にかけて、その相手をしているヤシュバがドラスを己の寝室に誘うべき
だった。また、ドラスも遠慮せずに、ヤシュバに頼み込めば良かったのだった。生憎、ヤシュバはあの性格な上、今はまた新しい変化のためにそういう余裕が無いのかもしれない。私のところには来るが。とはいえ、今の
私に対する抱き方を他人にやりでもしたら、まったく別の意味で恐れられてしまうので、止めてほしいのだが。そしてまた、ドラスもヤシュバの様に、みだりに他人と関係を持つ事を良しとはしない性格なのだった。それでも、
己の身体の疼きは理解しているのだろう。ヤシュバになら。そう思っているのかも知れない。しかしとうのヤシュバは調練を終えるとさっさと帰って、そして夜に私を苛みに来るのだった。私のせいではないのだが、少し
申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「ドラス。私と、手合わせをしてみないか」
「えっ」
 顔を上げたドラスは、信じられないと言いたげな顔をしていた。正直、私もあまり相手はしたくない。昨夜の事で、身体もいつも通りという訳ではなかった。それでも、私にはそれとは別に目的もあった。そろそろ、この
竜の素質を、自分自身で計りたい。そう思う様になっていた。確かにヤシュバとの打ち合いでは相変わらず話にならないが、それでも以前よりは健闘しているのだ。ならば私も、そろそろ直接の手合わせをしておくのは、
悪くは無かった。
「よろしいのですか。リュース様は……その、ヤシュバ様と……」
「ああ。気にするな。それに、お前の力を知りたいのだ。ヤシュバ様にばかりではなく、私にもお前の力を見せてくれ。異存はあるまいな?」
「はい」
 短く、はっきりとした返事。私は思わず、笑みを浮かべていた。それから、ちょっと意地悪をしてやりたくなる。
「それが済んだら、お前の身体の熱も私が面倒を見てやろう。お前が、嫌でなければな」
 ドラスの目が見開かれた。私の身体をじっと見て、ごくりと喉を鳴らす。なるほど、悪い感触ではないな。
 それから私はドラスをその場に残して、練兵場の部屋から適当に剣を一振り持ち出す。本気なら、部屋に置いてある自分の剣を使うが、今はこれでも充分だろう。
「待たせたな」
 ドラスは、雨の中でじっと待っていた。私も上着を脱ぎ捨ていつもの稽古着のまま、雨中へと踏み出す。雨が、身体を打った。思っていたよりもそれは温かく、どことなく快さを覚える。しばしその感触を楽しんでから、私は
剣を軽く振った。
「さて、適度に雨も浴びた。お前とそれほど条件は違わぬ。ドラス。行くぞ」
「はい」
 ドラスが、剣を構える。私も構えた。そうしていると、ドラスから気迫が立ち昇る。確かに、その迫力は既に雑兵などでは相手にならぬ程だった。私はそれを見て、いつもの様に笑みを浮かべる。少なくとも、私はその程度で
臆する程弱兵でも、新参でもない。
「お前から来い。好きにしてみろ」
「はい」
 ドラスが、少し剣を低く構えて走り出す。逃げずに、それに向かいあった。体格を考えたら、こうして真正面から迎え撃つのは、私には不利だ。しかし今は、ドラスの力をはっきりと知っておきたかった。大事なのは勝敗
ではない。少なくとも、私はそうだ。雨の中に剣戟の音が響いた。空に響いて、雲を散らすかの様に音は何度も鳴っては、やがては雨の中へと消えてゆく。剣が、重い。ドラスの体格は、丁度私と、ヤシュバの間
ぐらいだった。ヤシュバよりは小回りが利いて、私よりは膂力がある。理想的な戦士の姿をしていると言っても良い。何度か打ち合う度に、次第に私の方が押されてゆく。切り替えて、私は往なす様にした。今ここで勝負を
終えるのは、あまりにも早かった。受け止める事を止め、適度に往なし、力を殺さずに剣を振るう。そうすると、ドラスも応える様に今度は私の剣を受ける側へと回る。とはいえそのまま振り下ろしても、それほどドラスに
負担は無いだろう。何しろ、普段はあのヤシュバの馬鹿力が相手なのだ。あれと比べれば、私などは本当に子供の様なといっても、過言ではない。その代わり、私には身軽な身体と、脚力があった。上背で劣る私は、
はっきりいってドラスと打ち合うにも劣勢になりやすい。だがそれも、懐に飛び込めば別の話だ。私が身体を低くして素早く懐に飛び込むと、ドラスは驚いた顔をして慌てて後ろへ下がる。そうしないと、私が剣を
振り上げた時に防ぐ事ができないのだ。それが鬱陶しくて私に剣を下ろそうとしても、その頃には私はとっくにその場には居ない。
「どうした。ヤシュバ様の様な相手ばかりが、戦士ではないぞ」
 数歩後退したドラスの真横に飛び込み、囁く。ドラスが気合いを入れて、声を上げて剣を振るった。しかし私は既に、その場には居ない。ドラスの後ろに回り込み、勢いをつけた蹴りをその背に食らわせる。大振りをした
後という事もあって、それでドラスは簡単によろめいた。
「つまらんな。ヤシュバ様と直接打ち合っているというから、期待をしていたのに。その程度の腕ならば、大人しく兵同士で遊んでいろ。あの方の時間を無駄にする事は許さんぞ」
 振り返ったドラスが、目を鋭くした。私はそれを見下す様に笑いかける。若い内は、頭に血が昇りやすい。ドラスは本気で怒った様で、先程までよりも更に力強く剣を構えた。ふと、その背にある翼が広がり、私はおや、
と思った。接近戦においては、竜族の自慢の一つである翼はあまり役には立たない事が多い。それどころか広げていれば、的になるだけで、大抵は畳んだまま戦うのが一般的だった。
「いきます」
 ドラスが大地を蹴り上げ、一度翼を羽ばたかせた。僅かに翼は持ち主を空に誘うために大きくなりかけていたが、ドラスはそれ以上の高さを必要とはしていない様で、すぐにまた元の大きさへと戻る。
「ほう。ガーデルの技だな」
 羽ばたく事を止め、ドラスが剣を構える。所謂、滑空という奴だった。ガーデルの指導も受けたドラスなら、なるほどこの技を教えられていても、不思議はなかった。ヤシュバは立派な翼を持ってはいるが、まだ空も
飛べず、この技は使えないだろう。滑空状態のまま相手に突進し、剣を突きつけるのがガーテルの得意技だった。筆頭魔剣士になる前からその技を編み出し、そしてガーデルよりも更に前の筆頭魔剣士を退け、
ガーデル自身が筆頭魔剣士になった時に使ったのも、この技だと聞いた事がある。簡単に言えば滑空をしながら突っ込む技なのだが、その真に恐ろしいところは相手がそれを見て逃げようとすると、翼の微調整により
角度と方向を変えて追従するところにあった。突進と剣の長さを考慮して安易に避けようとすると、驚く程間近に迫られ、一撃で切り捨てられる。正面から受け止めるのは、相手よりも体格と膂力に圧倒的に勝らなければ
受け止めきれない。かといって背を向ければ、これはもう恰好の的と言っても良かった。対処法はいくつかある。一つは先の様に、力で受け止めるか。もう一つは、己の脚力を活かして、滑空を終えるまでひたすら
逃げ続けるか。或いは真後ろへ回り込むかだった。流石に真後ろにまで回り込まれると、旋回をしても限界があるし、そこまでの動きを物にした相手からは今度は逆に狙われやすい。最後にもう一つ手段があるとすれば、
飛び道具や魔法を駆使して相手を打ち落とす事だろうか。剣一つで相手をしている私は、まさにこの技の恰好の餌食になるとドラスは踏んだのだろう。
 ドラスが凄まじい気迫と共に突撃してくる。流石に私は笑っていられなくなった。それでもまずは小手調べと、軽くステップを踏んで真横へと飛ぶ。案の定、ドラスは見事に翼を操り、それについてきた。そのまま私は
後ろへ、左か右へ、後ろへと繰り返す。ドラスが続く。それを見ながら、見事な物だと思わず呟いた。この技は並大抵の者が扱える代物ではなかった。まず相手の姿を捉えて、追う洞察力と反射神経が必要だし、それに
合わせて自らの翼を微調整して宙を舞う技術も必要だった。その二つを同時に要求されながら、更には剣を構え、相手が逃げなくなった位置で翼を畳んで、己の体重までも乗せて、まるで踏みつぶすかの様に剣を
突き立てるのだ。
 一朝一夕で覚えられる様な技ではないが、ドラスは今見ている限りでは完璧にガーデルの飛翔術を体得している様だった。身体を雨ではなく、冷や汗が流れる。末恐ろしい才能と、言わなければならないのかも知れない。
 ドラスが間近に迫る。私は剣を構えた。ぶつかる。踏ん張りはしなかった。剣を打ち合わせた反動で、私は更に後ろへ跳んだ。ドラスはここだと決めていたために、それで着地をしてしまう。咄嗟の判断だが、なるほどこれも
対処の一つかもしれない。ただし、一歩間違えれば私の剣は容易く折れていただろう。ドラスにもう少し重量があれば、恐らく剣は耐えきれずに、そのまま私を一撃で葬り去ったかもしれない。
 地に伏したドラスは、しかしそのまま再び飛びあがると、また滑空の体勢に入る。ガーデルより身軽な分、連続での行動も苦ではない様だ。また、追う者と追われる者の関係が始まる。
「少々、お前を見くびっていた様だ」
 距離を取りながら、ぽつりと零す。ドラスの表情は変わらない。言葉を聞いている余裕も無いのかも知れなかった。
「だが私も、筆頭補佐。おいそれと負けてはやれん。死ぬなよ」
 ドラスの表情が僅かに変わる。言葉は、聞こえている。ただ、私の言葉の意図は測り兼ねている様だった。私は剣を構えて、待つ。ドラスは今度こそはと、着地の姿勢になり全体重を掛けにくる。あと僅かな距離。そうなった
ところで、私は身軽に後ろに宙返りをし、剣を繰り出して大地に突き刺した。その途端に、剣を刺した周辺から、勢いよく巨大な氷柱が飛び出す。
「卑怯だとは、言ってくれるなよ。私には翼が無いのだから、私が持っている物を使うのは仕方がない事だ」
 ドラスは慌てた様だった。そのまま突っ込めば、当然ドラスは自らの身体を氷柱に突き刺す事になる。閉じていた翼が慌てて開かれ、旋回を再開する。間一髪のところでドラスは身体を動かす事に成功した。しかし
あまりにも急な事で、速さは損なわれ、そして地面にも激突しそうになる。私は剣を引き抜いたまま宙で体勢を整えて着地すると、そのまま大地を蹴った。着地したドラスの上へ行くと、そのまま剣を振り下ろす。短い悲鳴が
上がった。倒れたドラスの首元に、私の剣が向けられる。
「若いな。戦術はあっても、戦略は無い。そんなところか」
 悔しそうにドラスが呻き声を上げた。ドラスの片翼を掴みながら、もう片翼を足で押さえて、私は今その上に立っている。まるで翼をもがれたかの様な状態だ。
「まだ続けるのか。剣を捨てて、素手にでもするか」
「いえ。私の、負けです」
 言葉に、私は剣を引き、身体の上からも退いてやる。立ち上がったドラスは、茫然としている様だった。
「泣いているのか」
「申し訳ございません」
「自信が、あったのだな。あれはガーデルの技だった」
「ガーデル様が、教えてくださりました。一対一では、翼は邪魔になる事が多い。せっかく翼があるのだから、それを活かした戦い方をできる様になれと」
「動きは、良かった。だが、技を過信し過ぎだ。ガーデルの技なら、私に勝てる。そんな甘い話がある訳ないだろう」
「あると、思っていました」
「しかし、敗れた。どの様な技も、状況を見なければ、意味はない」
「はい」
「もう、いい。手合わせは終わりだ」
 揃って、練兵場の部屋へ行く。剣を元の場所へ戻し、濡れた身体を拭いた。ドラスの、雨に濡れていた金の鱗が、輝きを取り戻し別物の様に光を反射していた。
「まだ泣いているのか。女々しいな」
「ガーデル様に、申し訳が立たなくて」
「この国を捨てた奴の事など、忘れてしまえ」
「リュース様。どうして、ガーデル様はランデュスを出ていかれてしまわれたのでしょうか。今でも、その話題が上る事があります」
「ヤシュバ様では、不満か」
「いいえ。そうではありません。ただ、私達はガーデル様も、好きでした。お二人とも好きです。だから」
「好きだと言うのなら、ガーデルの気持ちもわかってやれ。氏素性の知れぬ、というとヤシュバ様には悪いが。竜神様が推挙なされた男に、ガーデルは敗れたのだ。本来ならば、ガーデルとて筆頭魔剣士としての身分が
ある。武官は己の腕だけではなく、用兵も巧みでなくてはならない。いくらか食い下がる事はできたはずだ。しかしそれをせずに、さっさと出ていった。筆頭魔剣士としての役割を担いながら、己の腕を磨く事に、限界を感じて
いたからだ。結果的に、ヤシュバ様は何一つ障害に遭わずに筆頭魔剣士になる事ができたが」
「ヤシュバ様は、竜神様が推挙なされたのですね」
「さもなくば、流石に突然現れた者がいくら腕が立とうと、軽々しく筆頭魔剣士になどなれるものか」
「そうですか。ガーデル様は、己の腕を磨きに。……それでも、私はガーデル様にも、残っていてほしかったと思います」
「そうだな。そうすれば、必要が無くなるのは私で済んだ」
 はっとなって、ドラスは顔を上げた。
「いえ、そのようなつもりで言ったのでは……」
「わかっている。が、兵の間では、どうせその様な話になっているのだろうな」
 事実、ガーデルが残るとなれば、筆頭補佐の席に座るのが妥当だった。私は一兵卒には流石に今更なるつもりもなかったが、適当なお飾りの地位に納まって、日陰者になる他はなかっただろう。
「申し訳ございません。リュース様」
「もういい。お前が、そんなつもりではなかった事だけは、憶えていよう。私は先に部屋に戻る。その気があるのなら、一刻後に来い。お前では見咎められかねないが、人払いもしておく」
 背を向けて、ドラスを一人残して練兵場を後にする。廊下を歩きながら、空を見上げた。雨はまだ降っている。ガーデルはどこに居るのか。束の間、考えた。ガーデルが筆頭補佐になっていたら。束の間、考えた。絶対に
ありえない事だとは思う。ヤシュバに負けて、黙って下風に立つ事を肯ずる性格ではない事は、よくよく知り尽くしていた。
 腕を下ろした。まだ、痺れが残っていた。

 荒い息遣いが、頭上から聞こえる。視線を向けると、口を半開きにしたドラスが、舌を垂らして私を見ていた。正確には、己の身体に刺激をくれる、私の手や、舌の方だが。
 ベッドの上に招かれたドラスは、先程からそうして膝立ちになったまま、私の愛撫を受け入れては息を荒らげ、声を上げていた。私は口元に笑みを浮かべると、掌をわざとらしく、振れるか触れないかというところでドラスの
鱗に這わせる。ドラスが呻いて、身体を押し付けてくる。そうすると私は、それを叱る様に手を引いて、人差し指でその肌を軽く突いた。
 一人部屋に戻り、迎える準備を済ませ一息吐いた頃に、ドラスは私の部屋の扉を叩いた。正直、来るとは思っていなかったので、私はちょっと驚きながらそれを迎える。確かにドラスは、私の身体の事を悪く言う様な
事はしない。だが、その心はまた別だ。それに、ドラスはヤシュバ率いる竜の牙の兵である。牙の団長であるヤシュバではなく、爪の団長である私の方へ来るというのは、周りに知られたらあまり良い様には受け取られない
だろう。しかもその相手が忌み嫌われる私ならば、尚更だ。だから私は、その場限りの言葉を交わして、ドラスは来ないだろうと、そう踏んでいた。
 扉を開けて、ドラスを見上げる。悔しいが、私よりも体格は良い。ヤシュバといい、最近の竜はやたらとでかい気がする。こいつらが特別なだけなのだが。翼を支える必要がある分、翼を持つ竜は、翼を持たぬ竜よりも体格に
勝るという話を聞くが、少なくとも私の周りにおいてそれは真実の様だった。
 じろじろと私がドラスを見ていると、ドラスは不安気な顔になる。私は何も言わず、そっと身を引いて、軽く手を上げた。ドラスがゆっくりと部屋の中に入り、扉が閉まる。
「来ないかと思っていた。お前はヤシュバ様に焦がれているのだろうからな」
「それ、は……」
 ドラスが、視線をそらそうとする。しかし本当には外しきれない。私は思わず笑ってしまう。まるで、筆頭魔剣士になったヤシュバを初めてこの部屋に迎えた時の様だった。私はそっと歩み寄り、ドラスにしな垂れかかる。ドラスは
息を呑んだ様だった。薄い肌着一枚だけを見に纏ったその身体に手を当てると、その奥に潜む筋肉の隆起がはっきりと感じられる。軽く、振れただけだった。しかし頭上のドラスからは、確かな快楽の声が漏れた。
「随分辛そうだな。誰かと、しようとは思わぬのか」
「したくは、ありません」
「だが、お前はここに来た」
「それは」
「ヤシュバ様は無理だから、仕方なく私で手を打つと。そういう訳か」
「違います。俺、は……私は、そんなつもりで、ここに来たのでは」
 はっはっと息を吐き、ドラスは目尻に涙を浮かべていた。少し虐めすぎたかも知れない。
「すまないな。私は、こんな性格だ。つい言わなくて良い事も言ってしまう」
「そんな事は」
 一度身を引いて、ベッドまで向かう。ドラスは慌ててそれへと付いてくる。
「お前は、少し背が高いな。こっちにこい」
 腕を引いた。ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、ドラスはベッドに膝立ちになる。そうして、私は舌なめずりをして、若い雄の身体に手を伸ばしたのだった。
 服の下へと手を突っ込み、その身体を直に撫でる。黄金の美しい鱗の下に、はっきりとした硬い、しかし柔らかくもなる筋肉の存在を感じる。私が弄んでいると、やがてドラスは我慢ができなくなったのか上着を脱いだ。
 眩く、雄々しい身体が露わになる。こんな時だというのに、それを妬む気持ちを覚えてしまう自分が恨めしい。こんな身体をしている癖に、相手を選ぶというのだ。そして今、初めての夜の相手を私で良いと言う。本当は、
私を心の中で嘲笑っているのか。そう、思わず言いたくなってしまう。ドラスの表情を見れば、とてもそんな醜悪な感情でもってここに居る訳ではない事など、明らかであるというのに。
「リュース、様……」
「なんだ」
 私は笑みを浮かべて、ドラスの身体を優しく撫で上げる。ドラスはもどかしそうな、そして泣き出しそうな表情で、私を見つめる。そういう顔をされると、私は堪らないと思った。堪らなく、もっと虐めてやりたいという気になる。
「リュース様……」
「なんだ。言いたい事があるのなら、はっきりと言え。私から誘ったのだ。今だけは、上下関係など気にせずとも良い」
 それでも、ドラスはまごついて続きを言おうとはしなかった。私は無表情を装い、黙って手を引く。ドラスは慌てた様だった。咄嗟にその手が、私の腕を掴む。そして、自らの身体へと押し付ける。身体の内から起こる
抗い様のない欲求。清純で、何一つ経験の無いこの男は、今までの自分は仮面を被っていたのだと言いたげに、淫らになっていた。
「もっと、強く触ってください……俺……あぁ」
 言葉を待たず、私は再びその身体に触れる。ごつごつとした腹を軽く撫で、しっかりと筋肉の詰まって膨らんだ胸を鷲掴みでもするかの様に、五指を開いて掌まで押し付ける。そうすると、ドラスの心臓が早鐘を打っているのが
よくわかった。私が先程よりも強く触れると、疑いようのない快楽の吐息がドラスの口から。そしてそれと同時に、涎が落ち、その隆起した胸の上を嫌らしく滑り落ちた。金色の、精悍な竜の青年。日頃は快活に、裏表のない
笑顔を向けているであろうその顔は、今はただ私から与えられる快楽を待ち望んで、目は虚ろに、口は開いたまま舌を垂らし、涎を垂らし、熱い吐息を吐き出しては、その度に胸を上下させ、身体を震わせていた。ヤシュバに
幾度となく挑み、敗れ、そして熱を奪い取る事もしなかった身体は、もはや限界を迎えていた様だった。
「馬鹿な奴だ。もっと早くに適当な相手を見つけて、吐き出してしまえば良かったのに」
「一人では、何度もしたのですが……」
「一層、欲しくなるだけだ。ヤシュバ様を見る度に、身体が疼いただろう。よくそれで、打ち合っていられたな」
「剣を持って、ヤシュバ様と剣を交えている間は、大丈夫なのです。でも、ヤシュバ様に負けてからその顔を見ると……俺は」
「ヤシュバ様も、惨い事をするものだ。そんな状態のお前をさっさと放置して帰ってしまうのだから」
 そして私の下へ来て、私を狂わせる様に抱いているのだから。
 ドラスが、身体を押し付けてくる。先程よりも更に呼吸は荒くなり、今にも理性を失くした獣に成り果ててしまいそうな気配がした。本当に、こんな状態でよく今まで平気な顔をしていられたものだ。
 私は少し気の毒になって、手を腹に当て、そしてその下へと。服の隙間から突っ込んで、ドラスの局部へと触れる。既にその割れ目からは、熱を帯びた物が飛び出しかけていた。軽く触れるとドラスが叫び声の様な
悲鳴を上げる。
「経験は無いのか」
「あり……ません……」
「呆れるな。お前にも、ヤシュバ様にも」
 誰からも好かれる様な見た目に、それから性格まで持っている癖に、何故誰も受け入れようとしないのか。本当に不思議だった。
 私は手を引いて、それから一度距離を取る。ドラスが心底不満そうな顔をした後、哀願する様に私の後を追おうとする。私はその伸びてきた首の先にある顔を、軽く足を上げて蹴り上げた。
「がっつくな。脱ぐだけだ」
 手早く服を脱ぐ。目の前で焦らしながら脱いでやろうかとも思ったが、そういう余裕を既にドラスは失っていた。ならば、一度目はさっさと済ませてやった方が良いだろう。私が全裸になると、ドラスも大急ぎで自らの服を
脱ぎ捨てる。そして、今度は蹴られやしないかと警戒しながら、ゆっくりと座り込んだ私に顔を近づける。私は構わずに近づいて口付けをした。軽く触れてから、その股間へと視線を向ける。今の騒ぎで既にそのペニスは
充分に外に出て、挿入する分には困らない程になっていた。
「丁度良い。経験が無いなら、私がお前の童貞を頂いてやろう」
「え。でも、俺が……負けたのに……」
「なんだ。それともケツを弄られる方が、好きなのか」
 そう言うと、ドラスが勢いよく首を左右に振る。思わず、私は噴き出してしまう。一頻り笑ってから、手を伸ばしてドラスの肩に置いて、優しく撫でつける。
「もしヤシュバ様がお前に手を出したら、当然負けてばかりのお前が入れる機会なんて早々来ないぞ」
「ですが、リュース様はそれでも……?」
「散々ヤシュバ様の相手をさせられているんだ。もう、嫌とは思わん。それに、せっかく失うなら処女より先に童貞を失う方が良いだろう」
「しょ……」
 ドラスが、目を白黒させる。おっと、と思って、私は慌てて口籠る。ちょっと下品に喋り過ぎてしまった。誤魔化す様に足を上げて、足先でドラスのそれへと軽く触れる。足の指で軽く小突いてやると、狙い通りに私の言葉も
忘れて、ドラスはあられも無い声を上げた。
「さあ、早くしろ。それとも、足の方がいいのか」
 撫でつける様な刺激から、力を籠めて、徐々に踏みつけるそれへと刺激が転じる。ドラスは泣きだしそうになりながらも、私の足を掴み、そのまま私の両足に割って入る様にした。まごついているドラスに、私はここに
入れるのだと、舐めていた指を自らの肛門に伸ばして穴を見せびらかす。私がそっと指を引くと、待ちかねた様にドラスはそこへ自らをあてがい、私を貫いた。
「リュース様、リュース様!」
 それから、数刻が経つ間。ドラスは私の名を呼び続け、腰を振り続けた。初めて肉の穴に挿入を果たしたペニスは呆気なく絶頂を迎え、産まれて初めて味わう雄としての征服感に打ち震え、私の中に遠慮会釈なく、
大量の精液を吐き出す。ドラスは目を細め、抑えきれない呻き声を上げながら、恍惚とした表情で開放感に浸っては、その身体を震わせて次から次へと私の中で精を弾けさせる。射精が治まり、ペニスが引き抜かれ、
私の中から溢れる精液を見せてやると、それをじっと見つめては再び自身を硬くする。一度吐き出して辛うじて自我を取り戻したドラスを、私は休ませようとはせずに再び誘惑し、そしてまた激しい交合が始まる。力強く
突き入れ、引き抜かれる度に私の中に吐き出された精液が掻き混ぜられ、溢れ出し、尻から卑猥な音と共に飛び出しては私の青の鱗を白く汚す。ドラスは私は組み敷きながら、再び無我夢中になり、そうしてその内に
叫び声を上げ、また私の中にどくどくと精液を注いだ。初めは面白がっていた私も、何一つ知らぬ稚拙な腰振りであっても、長時間抱かれていれば段々と快感を覚える様になる。ドラスが腰を突き出した時に、思わず声を
上げた。すると、ドラスは私の言葉に正気を取り戻したのか、はっとして私を見下ろす。
「す、すみません……俺」
「構わん。ずっと耐えていたのだろう。自分の熱を発散する事にだけ、意識を向けろ」
 正常位で私を貪っていたドラスが、身体を倒す。そうして、私の身体を抱き締める。そうしていると、ヤシュバを思わせた。この二人は、どこか似ている。こうして猛って私を組み敷き犯している癖に、私に縋りつこうとする様な
ところが、似ているのだ。初めての頃のヤシュバを思い出させるその行動に、不覚にも私は頬を緩めた。今のヤシュバは、もうこんな抱き方をしない。それでも、射精の瞬間だけは、変わらないのだが。
 おずおずとした仕草で、ドラスが私に口付けをする。やり方もよくわからないのか、鼻先を私の鼻に小突く様にして、仕方がないから私が顔を傾ける。口を開けて、舌を触れ合わせた。そうしていると、ドラスの身体が
跳ね上がり、声が。また、出したのだった。既に私の中はドラスの精液で万弁なく汚され、溢れ出した精液も二人のぶつかる箇所を念入りに濡らし、汚し、咽せ返る様な臭いを上げていた。ドラスの熱は、まだ治まりそうに
なかった。私の中にあるそれは未だ硬く。そして私の腸壁をごりごりと擦る。次第にこつを掴んだのか、私はまた声を上げる。今度は覚えず出したというよりは、もっと煽情的な、そこが良いのだと伝えるための
声だった。ドラスはそれを聞き、鼻息を荒くして、何度も執拗にそこを狙う。次第に、私の声が大きくなった。
 結局そのまま、私もまた興奮の波に溺れ、気が付いたのは空が僅かに白みはじめた頃だった。私もまた、ヤシュバの苛む様な抱き方を嫌いではなかったとはいうものの、普通の性行為を望んでいる部分も
あったのだ。ドラスが、腰を引いた。辛そうな顔と、その視線の先には流石に硬さを失い、天を衝く事も無く垂れた、役目を終えたペニスがあった。その先端からは透明な液体が出ていた。シーツにそれが軽く擦れると、
ドラスは更に顔を顰める。流石にもう、痛みしか感じ取れないのだろう。私はといえば、肩で息をして、ようやく終えた性行為の余韻を落ち着いて味わっている余裕もなくなっていた。元々昨日、ヤシュバに散々に
抱かれたばかりで万全の状態とは言えず。その上で一頭の獣と化したドラスの相手を延々としていたのだ。ドラスは私のその様子と、そして開き切った私の肛門から垂れ落ちる精液を眺めながら、何度も謝罪を
口にしていた。私は構わず手を伸ばして、手招きをする。ドラスがゆっくりと身体を倒して私の隣に横になる。
「熱は、無くなったか」
「はい。今は、すっきりしています。その……ここは、痛いですけれど」
「当たり前だ。十回以上は出しただろう。良いか、処理せずにいると、そうなる。我々は強い相手には羨望を抱き、胸を焦がす生き物だ。その性を、忘れるなよ。今日の様な抱かれ方は、早々できん」
 何度も呼吸を整えて、私はドラスを説き伏せる様に言葉を吐き出す。ドラスはしょんぼりとしながらも、頷いた。
「リュース様は……」
 ドラスが、私の腹の上へと視線を向ける。飛び出した私のペニスは半立ちのまま。透明な液体を吐き出しているだけだった。結局、一度も射精には至っていない。不思議な物だと、それを見て思った。今のドラスとの
交わりも、私にとっては充分に興奮するに足る物だった。何も知らぬドラスが荒々しく腰を振る様を見るのは、この上もない興奮を掻き立てたし、叫びに似た声を上げて射精をする様も、ずっと眺めていたい程だ。しかし
それでも、違っていた。ヤシュバに抱かれている時とは、違うのだった。ヤシュバと交わっている時は、それがどの様な抱かれ方であれ、例え、苛まれ、苦しめられている時でさえ、私は常に抗え切れない程の快楽を
感じている。ヤシュバに、求められている。どの様な形であれ、その事実が、私をどうしようもなく浮き立たせ、淫乱にするのだった。
「よい」
「ですが」
 身体を起こしたドラスが、そのまま顔をそちらへと。舌を出し、先端で軽く私自身に触れる。私は軽く身体を震わせた。ヤシュバが去った後の、己の行いを思い出したのだ。ここしばらくは、射精をする時は必ずその形を
とっているから、身体はそれをよくよく憶えていて、即座に血が通い本来の質量を取り戻す。ドラスが一度顔を上げ、移動し、私の足元から改めて咥える。私は思わず手を伸ばし、その鼻先に触れる。
「いけませんか?」
 一度口を離したドラスの言葉。指先を迷わせながら、私は起き上がる。
「嫌では、ないのか。経験も無いのに」
「わかりません。ですが、リュース様にも気持ち良くなってほしいと、思います」
 三度、ドラスは口内へと私を迎える。おずおずと触れるだけだった舌が絡みつき、私は僅かに声を上げた。ただ、刺激はそこまでだった。やり方がわからないのだから、当然といえば当然だが。
「歯を当てぬ様に気を付けろ」
 両腕を伸ばして、間近にあるドラスの角を握り、引き寄せる。戸惑うドラスの声を無視して、私は僅かに腰を振りながらドラスの頭を動かす。必要以上の抵抗は見せず、ただ苦し気な声を上げながらも、ドラスは私に懸命に
奉仕した。私は態々ドラスが苦しくなる様に、腰の突き入れと腕の引き寄せの間隔を合わせる。咽喉の奥まで突かれたドラスが、吐き気に襲われたのか、その喉が動いた。奥に突き入れたまま動かずに、その感触を存分に
楽しむ。震えるドラスの瞳からは、生理的な涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
「辛いなら、やめるが」
 一度引き抜いて、尋ねる。ドラスは何度もえずいた後に、呼吸を荒らげながらも再び口を開ける。それを見て私は遠慮する事を止めて、再び突っ込んだ。ドラスの口内に溢れた唾液と私の先走りで、交わっている時の様に
卑猥な音が部屋に響き渡る。私は何度も腰を打ち付けて、またドラスの角を乱暴に掴み、引き寄せた。愛情や遠慮などという物は、欠片も無い。本来は、こうなのだった。格下の者が、各上の者に阿り、精を頂く。どちらの側に
立つのも、私は好きだった。ヤシュバが現れるまでは、こんな扱い方しかベッドの上ではした事がなかった。ガーデルと交わる気はなかったし、またガーデルもあまり私を好いてはおらず、筆頭魔剣士とその補佐だというのに、
公私共に冷え切った関係を築いていたのだった。ヤシュバが来て、そして今では乱暴に私を抱いているのは、本来ならば正しい行動だとも言えた。私にばかり感けていなければ、だが。
「出すぞ」
 散々にドラスに犯されていたせいもあって、それほど長く時は掛からなかった。短く告げて、最奥まで突き入れ、射精する。ドラスの喉に直接精液を叩きつける。ドラスは目を見開き、次いで目を閉じ、苦しそうに呻いて
いた。咄嗟に飲み込もうとはしている様だが、抵抗があってできず、結果として口内に私の精液が溜まる。今すぐ吐き出して、楽になりたいだろう。しかし私は、己の射精が終わるまでは解放するつもりはなかった。喉を
慣らして、思う存分に、久しぶりに相手の体内に吐き出すという行為に没頭した。ヤシュバには、こういう事は決してさせない。勉強がてらに軽く咥えさせたりする事もあったが、それ以上の事は、やはり立場が
あった。私は常にヤシュバに奉仕する側であり、奉仕される側に立つ事はないのだ。故に、今のこの瞬間は、私を中々に興奮させている。涙を流し、震えながらドラスは少しずつ私の精液を喉へと通している。吐き気を
堪えながら飲み下す度にその喉が動き、私の劣情を擽る。そうしながら、私は相変わらず腰を引こうとはしない。それどころか角度を変えて、ドラスの舌にペニスの先端を擦り付けては、一滴も残さぬ様にとまた新たな
精液を送り込んでいた。それでもやがて、出す物も出すとすっきりとして、腰を引く。ペニスを引き抜き、角から私が手を離してやると、ドラスは慌てて顔を引いて、口を押えて何度も咳き込んだ。指の間から、まだ
口内に残っていた精液が、唾液と混ざり少々水っぽくなってぼたぼたと垂れ落ちてゆく。何度も咳き込み、それから荒い息を吐き。美しい金と白金の鱗を持つ竜の身体が、白い精液で汚れていた。途端に、私は
良い知れぬ征服感と背徳感を覚えて、背筋に快感が走り、ぞくりとする。
「辛かったか」
「いえ……。ありがとう、ございました。リュース様の精を、頂く事ができました」
「そんな建前は、部屋に呼ばれる前まででよい。だが、何事も経験する事は悪くはない。もしヤシュバ様に呼ばれた時も、お前は奉仕する側だろう。私の相手をして音を上げる様では、その相手は務まらん」
「……はい」
 喉に残った物を飲み乾したものの、多少茫然としているドラスに私は身を寄せると、腕を取り、汚れた部分を舐めとる。ドラスは腕を引こうとしたが、私が力を籠めると大人しくなった。腕を綺麗にし、次いで腹と胸を。そして
口元を綺麗にする。
「ほんの礼だ。久しぶりに、ヤシュバ様以外とできたのでな。私の身体を忌避する者は多いし、それよりもヤシュバ様の相手で、とても余裕がなかった」
 身を離して、再び横たわる。ドラスも先程の様に、私の横へと身を沈ませる。

 淫行の後の、余韻に浸る。いつの間に雨が上がったのか、外は明るく、窓から射し込む光が私の隣に居るドラスを照らしていた。ドラスは私を陽光から庇うかの様に、翼を僅かに開いており、私がその日差しに
焼かれる事はない。光を背に受けたドラスの金の鱗は、宝石の様に燦然と輝いていた。そうしていると、まだ若いというのに大層な威厳を持っている様にも見える。もっとも、中身はヤシュバとどっこいどっこいと言ったところだが。
「リュース様。お身体は、大丈夫ですか」
「お前に心配してもらう必要はない」
 素っ気なく言うと、ドラスが僅かに微笑む。憎たらしくなって私は手を伸ばして、その口に突っ込んで指で挟み、適当に引っ張る。
「それよりも、今回の様な事が今後も続かぬ様に、重々気を付ける事だ。ああして我慢に我慢を重ねると身体には良くないし、私とていつもお前の相手をできる訳でもない。お前ならヤシュバ様程ではなくとも、他人からは
好かれるだろう。大抵の相手には負けぬだろうし、好きな奴を負かして突っ込んでいろ。もしくは、ヤシュバ様に土下座してさっさと抱いてもらえ」
「その様な事は……」
 私の攻撃から逃げながらも、ドラスは口を開いて言葉を返す。
「だったら、私を組み敷くのは良いというのか」
「リュース様の事は、尊敬していますから。尊敬する方が、私を気遣って誘ってくださった。それで、私もここに来るつもりになりました」
「……まったく、つくづくヤシュバ様と言い、お前と言い。癪な性格ばかりだ」
「リュース様は、ヤシュバ様の事はお嫌いなのですか?」
「嫌いな訳ではない。だが、面倒臭いと思う事はある」
「本当に、リュース様は素直な方なのですね。……リュース様」
 ドラスの声の調子が、僅かに変わる。私は手を引いて、その顔を見つめた。
「ヤシュバ様は、どこからいらした方なのでしょうか?」
「何故、それを訊く」
「この間の、爬族の決起の事が気にかかりまして。あの時爬族は、ヤシュバ様の事を胡乱な竜と言いました。竜の牙、竜の爪。それだけではなく、ランデュスに住む者達のほとんどは、あの爬族の言い分には怒りを抱いた
でしょう。しかし爬族の言う事も、わからない訳ではないと思いました。実際、兵の中でもヤシュバ様はどこから来たのだろうと、そういう話が持ち上がる事があります」
「確かに。そう言われると、お前達が不思議に思う事も、わからんではない。だが、すまぬな。私もよくは知らぬのだ」
 嘘を吐いた。私は、ヤシュバがどこから来たのかを知っている。それを知っているのは、私と、竜神の二人ぐらいの物だろう。ガーデルでさえ知りはしない。私はヤシュバを支えるために竜神から遣わされた身でも
あるために、それを知っているのだった。
「だが、竜神様のお考えだ。そうでなければ、如何にガーデルより強いとはいえ、筆頭魔剣士の座に簡単に座ったりはしない」
「ガーデル様より、ヤシュバ様の方が、筆頭魔剣士にふさわしいと見られた。そういう事なのでしょうか」
「さてな。まあ、少なくとも私は前よりもずっと居心地が良い。ガーデルは戦か、己の鍛錬の事しか頭に無かったからな。あんなに事務仕事に非協力的な奴は、ごめんだ」
「確かにガーデル様は、そういうところはあったかも知れませんが……」
 苦笑しながらも、ドラスは同意を示す。戦なら、ガーデルは強い。それは認めざるを得なかった。用兵に関しては、ヤシュバはまだまだだろう。それは、これからの課題だった。ただ、ヤシュバの絶対的な力という物も、
侮れない。あのガーデルすら下した。その風評がどれ程の人気を呼び、また兵に慕われる理由になっているのかは、今更説明するまでもなかった。将を信じる兵は強い。
「ありがとうございました、リュース様」
「礼を言われる程ではない。結局、ヤシュバ様に対してはそれほどの事は答えられなかった」
「謎の多い方なのですね」
「そうだな。私でも、知っている事は多くはない」
「不思議な方です。出会って、まだそれほどの時が経った訳でもなく、わからない事も多いのに……なんとなく、魅かれてしまうのです」
 それが、ヤシュバの本当の力なのかも知れなかった。私もまた、それに引き寄せられている節がある。とはいえ、私との関係は冷えた物へと変じてしまったのだが。
 ヤシュバの事を考えていると、ふとドラスが手を伸ばし、私に触れる。はっとして、私は顔を上げた。
「どうした」
「いえ。こうしてリュース様を見ていると、その……」
 そっと視線を下ろす。ドラスの物が再び、熱を持ちはじめた様だった。私は呆れて、冷めた目でドラスへ視線を送る。
「あれだけ出しておいて、まだ足りないのか」
「申し訳ございません。リュース様」
 ドラスが、そっと覆い被さってくる。私は特に抵抗もしなかった。元よりその熱を取り払うために、ここへ呼んだのだ。まだ続けたいと言うのなら、それで構わなかった。
「先程よりは、いくらかまともで居られると思います。今度は、リュース様にも良くなってもらいます」
「たかが一夜を過ごした程度で、大層な自信だな」
「そんな物は、ございません。ですから、相手の喜ばせ方も、教えていただきたく」
「つまらん建前だ。私はお前の教育係ではない。抱きたいなら、抱きたい。突っ込みたいなら、突っ込みたい。そう言え」
「リュース様の中に、私の物を突っ込んで、吐き出したいです」
「……早くしろ。お前のせいで、今日の予定は丸潰れだ」
 突き立てられ、身体を抱き締められる。激しくするのかと思ったが、今度のドラスの動きはゆったりとしていて、表情にも余裕がある。
 相変わらず、ヤシュバに抱かれている時の様な高揚感も、快感もそこにはない。それでも私は僅かに声を上げ、ドラスの腕に身体を預けた。
 束の間、ヤシュバを忘れた。

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