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15.黒の夢、白の現

「我々竜族は、神の先兵。今更それを疑うつもりはありません」
「しかし、神が人を従える時代は、終わりを告げました。例え、我らの神がまだ、そこに居たとしても」
「私は……俺は、どうすれば良いのでしょうか。教えてください」
「ヤシュバ様。リュース様。…………ガーデル様」

 剣戟の音が、響き渡る。それと同時に怒号が。私はそれを、さっきから退屈そうに。事実、退屈しながら聞いている。
 竜の身体が跳ね飛ばされる。跳ね飛ばした相手は、それを長く見つめる事もせず、軽く剣を払う仕草をしただけだった。息も、乱れている様には見えない。周りからの熱い視線に、更にざわめきが足される。
「次! もういないのか!?」
 辺りを囲む竜兵達を見回し、黒鱗のヤシュバが声を張り上げた。流石に、それ以上誰かが勝負を挑む様子はなかった。既に、二十を超える竜兵が名乗りを挙げヤシュバに挑んでいたが、三合と持たない者が
ほとんど。それ以上でも、五合が関の山といったところだった。彼らが弱い訳ではない。それを、私は充分に承知しているつもりだった。しかし、それは間違いだったのかも知れない。彼らの上に立つ私と、そして
ガーデル。その二人ですら、歯が立たなかったヤシュバの強さは、常軌を逸していると言ってしまっても良かったのだろう。
「リュース」
 そうして物思いに耽っている私に降りかかる、死刑宣告。溜め息を吐いて私は床几から腰を上げ、立てかけていた剣を手に取る。
「できれば、ご遠慮したいのですがね」
 この勝負が終わった後、昂ったあなたの身を沈めるのが誰だと思っているのか。そう問い詰めたかった。それでも、ヤシュバの目は変わらずに、鋭く私をねめつけている。良い目だった。
 そうしていると、流石に筆頭魔剣士の座をあっさりともぎとっただけの事はあると思った。とはいえ、今は竜兵達の手前、いつもの様な軽口を好きに叩く訳にもいかなかった。それに、私は自分の身体の問題で、己の
管轄だというのに兵士や武官からの評判は芳しくない。私が竜としての誇りを持っている様に、彼らもまた、竜族としての誇りを持っているのだった。自分達が仰ぐ男を高望みして、そうして私の姿を見て落胆しても、
なんの不思議もありはしないだろう。それでも私がなんとかやっていけているのは、私の腕だけは確かだからだった。その腕も、普段は見せつけたりはしない。だから余計に、軽んじられてしまう。この辺りで一度、私と
ヤシュバが打ち合う姿を見せる必要はあるのだろう。それがわかっていて尚、この後の事を考えると私はあまり乗り気にはなれないのだが。
 既に準備万端のヤシュバの前に立ち、軽く一礼する。剣を抜き放ち、鞘を捨てる。それで、形式的な挨拶は終わりだった。大地を蹴立てて、音も立てずに距離を一気に詰める。周りからのどよめきが、煩く聞こえた。目の前の
ヤシュバは、どうせ何も感じてはいないだろう。無造作に払った私の剣を、ヤシュバは寧ろ緩慢といっていい程の仕草で受け止めた。私が何をするのか、どこから来るのか。全て理解していなければ、できない様な
戦い方だった。ヤシュバと切り結ぶのは、これが二度目だった。それだというのに、ヤシュバには既に、私の戦い方が充分に理解されているのだった。腕よりも尚恐ろしいのは、その観察眼だという他ない。
 何度か剣をぶつからせるが、その内剣に力を籠めるのを止め、掌から光を集め瞬間的に視界を奪う。剣で正々堂々。そういう余裕が無い事は、私にはよくわかっていて。わかっていない周りからは、やっぱり手厳しい目が
届いていた。好きなだけ、言っていろ。お前らはここまでにすら達する事もできないじゃないか。
 一度、距離を開ける。再度飛び込もう。そう思って、私は踏みとどまった。ヤシュバが、眩んだ目を閉じて、待っている。見る必要すらないのか。思わず、言いたくなってしまった。どうしてこれ程までに実力に差が
あるのか。私とて、竜神の加護を持っている。条件は同じはずだった。ちょっと、憎らしいとすら感じてしまう。事務処理をしている時にはまるで働かない感も機転も、こうして剣を持っている時のヤシュバは冴えに冴えて、
私が何かをしよう。そういう気分にさせる事すら、阻害するかの様だった。
「流石。そう、言わなければならないのでしょうね。これでは、大人と子供だ」
「卑下をするな。ここに居る中で、お前が一番強いのだぞ」
 ざわめきが再度。そして、小さな話声。ガーデル様さえ居てくれれば。そんな言葉が聞こえた。
「参ります」
 もう、何も考えなかった。敗北は決まっている。私が手を伸ばしても、この男を倒すには、残りの寿命を捧げても無理な話だった。そこまではっきりとわからされてしまう、という事も中々に絶望する事だった。竜は強さを
目指すものだ。己こそが最強であると、自負を持つために。そして、ガーデルが居た頃の私はそれを持っていた。ガーデルにいくら命令され、その腕を本当に見せる事ができなくとも、事実として私はガーデルより強く、
それは私の誇りでもあった。どれ程ガーデルに命令され、部下から疎まれようが、私はそれで立っていられた。
 しかし今はその誇りも無くなった。残っているのは、もっと原初的な、自分は竜族であるという誇り。そして力に対する自負を損なう代わりに新たに私の前に現れた、筆頭の黒竜に対する慕わしさだった。
 打ち合う。離れる。打ち合う。その繰り返しだった。私の剣は鈍くなり、ヤシュバの剣は益々鋭さを増す。今までの奴らが、あまりにも呆気なかったからだった。ヤシュバの表情が落ち着いていたそれから、
徐々に闘争を剥き出しにした物へと変わってゆく。初めて剣を交えた時もそうだった。私が様子見のために少しずつ力を入れる度に、その表情は困惑したそれから、戦闘を楽しむ者の顔へ。そして動きは鋭敏に。
 負ける。そう思って本気を出した私に、ヤシュバもまた生まれて初めての本気を出すかの様に応えた。それでできたのが、私の胸の傷だった。
 そして今、再びそれは繰り返されようとしている。私の力では、やはり及びそうもない。寧ろ、前よりも悪化している。武官とはいえ、その武官を束ねて頂点に君臨する筆頭魔剣士であるが故に、仕事に忙殺され、泣き言を
零し、碌々鍛錬もできていない様なヤシュバに、できる限り余暇を剣を振る事に費やしていた私が、今また、やはりあっさりと負けようとしていた。
「畜生」
 思わず呟いた言葉は、きっとヤシュバにしか聞こえない。僅かにその表情が陰った。卑怯な手だと思った。しかし、卑怯な手は打っておくべきだった。それで、どれ程私が謗られようと、ヤシュバには戦いの中に、そういう別の
刃による攻撃が存在する事も教えてやらなくてはならないのだった。私から教えられる全ての事を、ヤシュバに伝えておくべきだった。そうして、本当に何一つ伝えられる事が無くなった時、私の存在価値もまた、本当に
何一つ無くなるのだろう。それは一層快い思いで私の胸を満たした。こんなに強い男に全てを託せるのなら、それもまた、下手に足掻くよりかは潔い生き方だろう。
 鈍ったヤシュバの動きに、狙い済ました私の一撃が振り下ろされる。ヤシュバは身を屈めてどうにかそれを避けたが、その図体のでかさで、その逃げ方は悪手だろう。私は勢いを殺さずに右足を上げ、思い切りその腹を
蹴りつける。ヤシュバが更に体勢を崩したところに、何も言わずに刃を吸い込ませる。ヤシュバはそれでも、徐々に遅れを取り戻すかの様に、私の攻撃を冷静に往なした。
 剣が、押されはじめた。元より、既に私の掌には碌々力が入らずにいる。ヤシュバの馬鹿力をまともに受け続けていられるのは、出奔したガーデルくらいの物だろう。そのガーデルも、持久力と膂力以外の点では
及ばずに、ヤシュバに敗れた。
 剣が、宙を舞った。素手になった私をヤシュバが見下ろした。身体が、奥底で悲鳴を上げるのがわかった。それでも私は引かない。拳を作って、寧ろ軽くなって良かったと言いたげに、更に速さだけは上げて、ヤシュバの
懐へ飛び込む。
「リュース、もういい」
 ヤシュバの声。聞こえなかった。聞こえなかった、振りをした。
 腹に、鈍痛が走る。私の拳を受け止めたヤシュバが、そのまま自らも拳を作って、私を打ったのだった。

 私が眠っていたのは、それ程長い間ではなかった様だった。気が付いて身を起こせば、整列した兵の姿が。その瞳は皆一様に、瞬く星々の様に輝き、そしてその視線の先に居るのは、当然ながらあの黒竜だった。胸を
刺すかの様な羨望が、私を貫く。私があんな目を向けられる事など、一生掛けてもありはしないだろう。束の間、私も彼らと同じ様にヤシュバの姿を見つめる。崇拝の視線を一身に受け止めるヤシュバは、既にそれが長年
自分が受けてきた物であるかの様に、堂々たる様子を見せていた。それがまた、兵達には堪らないのだろう。うっとりとした様な表情をしている者も、少なくはなかった。
「リュース。起きたのか」
 私の視線に気づいたヤシュバが、顔を綻ばせる。
「どうだ、皆。リュースは普段あまり剣は抜かないみたいだが、素晴らしい物だっただろう? その上、剣を失っても諦めずに殴りかかってきた。そのぐらいの気迫を、皆にも身に着けてほしいと思う。ようやく君達の前に
出てきた俺が最初に言うのは、それだけだ。それから、すまなかった。事務仕事が、あんなに辛いだなんて思っていなかったんだ」
 兵士達の間から、笑い声が起こる。ヤシュバの初めての調練は無事に済んだ様だった。皆が口々に、ヤシュバを褒め称える。少し照れた様な顔を、ヤシュバがする。
 先程までの鬼神の様な戦い振りからは、想像もつかない様な仕草だった。その様子がまた、兵の信頼を集めるのだろう。そう思っていたが、ヤシュバの表情が不意に先程よりも更に恐ろしい物へと変じて、一点を
見つめた。それは極僅かな間で、ヤシュバに見つめられていた者以外には、ほんの少し表情が変わった様にしか感じられなかったかも知れない。ヤシュバが解散を告げる。それで、兵達はヤシュバに一礼をして、
去っていった。
「お疲れさまでした、ヤシュバ様」
 ヤシュバを迎えて、近くに備え付けてあった椅子に座り机を囲む。とうのヤシュバは、備え付けの椅子の小ささに悪戦苦闘していた。そういえば、でかいのだった。ヤシュバが練兵場を訪れるのは初めての事だから、
すっかり忘れていた。今度、大き目の物を用意させなくては。ガーデルの使っていた物ではなく、新しい物を。
「ああ。お前も、すまなかったな」
「それを言うのは私の方ですよ。随分あなたに食って掛かってしまった。易々と負けるのは、あんまりにも悔しいと思ってしまいましてね」
「正直、驚いた。負けず嫌いだったんだな。初めて俺と会った時や、その後の事もあって、お前はそういう事をあっさり認めてしまう方なのかと思っていた」
「まあ、兵達の居る手前ですから。あんまりあっさり引いたり、無様に負ける訳にもいかなかったのですよ。とはいえ、ちょっとずるもしてしまいましたがね」
「確かに、そうだな。それにしても良い戦いぶりだった」
「卑怯な手を使った事は、咎めないのですね。部下を叱るのも、あなたの仕事ですよ」
「そんな、叱ってほしそうな顔をしているお前に言う事なんて何もないよ」
「また、そんな事を言う。それで、どうでしたか。初めてご覧になった、あなたの兵達。竜の牙は」
「そうだな。気迫は充分だったが、腕はどうなのだろうか」
「まあ、それは私も頷かざるを得ません。特にガーデルが居なくなって、新任のあなたも目を掛けてやれず。私は私で、自分の担当である竜の爪の方であまり構ってやれませんでしたから。少々弛んでいるのは、
仕方ない。しかしそれは、これからのあなたの仕事です」
 用意していた紙を取り出し、ヤシュバへ手渡す。今ヤシュバが見ていた竜の牙に所属する者の名前が記されていた。ヤシュバはそれを受け取ると、近くの羽根ペンを取り上げて、さらさらと、淀みなく羽根ペンを
走らせる。ほう、と思った。
「こんなもんかな」
 差し出されたそれに、私は目を通す。たった今打ち合ったばかりの兵から、気になった者を。それから打ち合わずとも、調練を眺めて気になった者のところに印が付いていた。思わず、私は唸り声を上げた。よく見ている。
「全員が初対面だから、印がずれている相手も居るかも知れない。大丈夫だろうか」
「……ええ。問題ありません。調練の間にあなたが何度か尋ねてきましたが、その通りに記されていますね。あなたと直接剣を交えた者は最初に名乗らせましたし、それも問題ありません」
「どうだろうか」
「……はぁ」
「駄目、だったのか?」
 ヤシュバがあからさまに悄然として、私の顔色を窺う様にする。こういう癖はいつまでも直らないらしい。兵達の前では、見せない様に注意させなければ。
「逆ですよ。どうして今日一日、ちょっと触れ合っただけで、ここまでわかるんですかね。私も、これには同意見ですよ」
「そうか。良かった」
「それで、良さそうな相手はいましたか?」
「え?」
「……夜の話ですよ」
「ああ。……すまない。忘れていた」
 ああ、やっぱり。どうしてそういう話になると、途端に鈍ちんになってしまうのか。
「でも、別にいいんじゃないか? お前が居るんだし」
「そうやって天然の状態で私を籠絡させにくるの、止めていただけますか?」
「そ、そういう訳じゃ……それに、あんまりそんな、複数との関係なんて。そんな」
 はぁ。また、溜め息を吐く。この人の下半身の真面目さだけは、中々改善できそうにない。子ができる訳でもないのだから、もっと奔放に、服の様にとっかえひっかえしてくれればいいのに。そういえば、服もそんなに
種類が多くないな。ずぼらか。
「あの者達の、あなたを見る目。まさか、気づいていない訳ではないでしょう? 二人きりだったら、もう何人かはその場で服を脱いでますよ」
「そ、そんなに……?」
「前にも言ったでしょう。自分を負かした者と交わって、その強さを欲しがる、と。それから、身体が熱くなると。あなたは後者しか味わった事がないからわからないでしょうけれど、この二つが重ねると、私達は結構抗い難い程の
欲求に苛まれるんですよ。初めてあなたに話をした時の私だって、そうでしたから」
「じゃあ、今も?」
 ちょっとずるそうにヤシュバが言う。そう。今の私もだ。熟れた果実の様に、どこを触っても柔らかくなっている状態。冷静に振る舞う事で、どうにかそれを自制しているが、ともすれば私の視線はヤシュバから離れる事を
厭い、その度に身体の中がかっと熱くなる。普段はヤシュバの性欲を散々馬鹿にしているが、今は私がまったくその状態となっていると言っても良かった。
「当たり前じゃないですか。だから戦いたくなかったんですよ。さっきの事で身体が痛むのに、その上本気のあなたを、私も本気で迎えてしまう。だから、他に良い相手を見つけろと、調練の前に言い渡したんですよ。一人で
悶々としながら処理すれば、少なくとも明日の私は半日も寝込まずに済みそうですからね」
「身体が、痛むのか。すまない。加減が足りなかった」
 別の事に気づいたヤシュバが。頭を下げる。違う。今してほしいのは、そういう事ではない。舌打ちをして、私は上げかけていた腰を下ろし、掌に光を灯して腹に充てる。
 手加減した。冗談だろうと言いたくなるくらいの痛みだった。そのくらいでなければ、私も容易く気を失ったりはしなかっただろうが。
「それは、いいんですよ。別に。……結局、これだという相手は、見つからなかったのですね。あなたが手を伸ばせば、大抵の奴はそのまま大人しく抱かれるでしょうに。もうちょっと下半身にだらしがなくなってほしいもの
ですね。英雄色を好むという言葉をあなたは知らない様だ」
「そんな風に怒られるとは、思わなかった」
「私だってこんな風に怒りたくないですよ。……まあ、いいでしょう。それに、竜の牙の団員はあなたを認めた様です。本当は、結構ぎりぎりのところだったんですよ。元々彼らを担当していたのは、あのガーデルだったの
ですから。あなたがあっさりとガーデルを打ち破って、そのガーデルは姿を消してしまった。彼らも相当にショックを受けていました。その上、新しい指導者であるあなたは中々来てくれない。不満が爆発しそうで、心配
でしたよ。そういう意味では、今日のあなたの行いは、満点を差し上げてもよろしいくらいだ」
「そうか。それは、安心した。彼らに認められなかったら、どうしようかと思っていた」
「認めざるを得ないでしょうよ。それに、認めなかったら、私の団に入るか、辞めるかしかなくなる。今まで散々ガーデルを仰いで、彼の姿の美しさに熱を上げていた連中が、今更私の旗下に入るなんて、肯ずる訳がない。
いつだって、陰では私と、自分の団長を比べては、悦に入っていた様な連中なのだから」
「お前の、そういう物言い。俺は、過剰な言い方だと思っていたが……そうではないのだな」
 不意に、ヤシュバは寂しそうな顔をして、そう言う。それで、私はさっきヤシュバが一瞬見せた修羅の様な表情の意味を悟る。大方、私に対してヤシュバも看過できぬ様な言葉か何かを、見せた奴が居たのだろう。
 嬉しい。そう思う反面、申し訳なくもある。私のせいで、ヤシュバの求心力に陰りが見えてしまう様な事態は、避けなければならないというのに。
「当たり前ですよ。竜は誇り高い。私だってそれは例外ではない。あなたの前で取り乱したのだから、あなたもよくわかっているでしょう。己の国に、己の生まれに、己の力に、誇りを持つ我らが、上に立つ者にもそれを要求
するのは、ごく自然な事。私だってそうだ。私より弱いガーデルは嫌だった。そして、あなたが来てくれた。だから、そんなに悲しそうな顔をして私を見ないでください。私は私で、あなたを誇りに思っています。自分が
されている事を、他人にもしているんです。あなたがそんな顔をする必要も。私が特別に憤慨する必要も、どこにもありはしませんよ」
「誇りが、そんなにも大切なのだろうか」
「大切ですよ。誇りがあるから、彼らはどれ程強大な敵を前にしても、怯まずに進むのです。誇りは、死の恐怖すら乗り越える。命を懸けて戦い、命を張って、自分の主を守ろうとするんです。まったく。あなたはこの竜の
国には、ふさわしくない考え方をお持ちですね、つくづく。その身体。強さ。優しさ。どれ一つとっても、こんなに優れた者は居ないというくらいなのに。あとはあなたが自分に誇りを持ち、そうして他人を顎で使い、きちんと
線引きをして、私を駒の様に扱えれば、誰も文句なんて言えないでしょうにね」
「俺にも、できない事がある。それでいいじゃないか。それで駄目だというのならば。俺は、筆頭魔剣士に最初からふさわしくはなかった。ただ、それだけの話だろうさ」
「ああ、お願いですからそんな事を言わないでください。今、あなたの代わりなんて、どこを探しても居ませんよ」
 少なくとも、この国には居ない。自分の立場を、価値を、もっとわかってほしい。どうしてそうやって、自分を路傍の石の様に考えてしまうのか。私とは、あまりにも違うというのに。
「ところで、竜の牙、竜の爪、というが……。他の種族は、居ないのか?」
 落ち着いたところで、ヤシュバが話題を変えてくる。平行線を辿る意見のやり取りには、多少はうんざりしても居る様だった。
「居ませんよ。名前の通り、入団条件には竜である事が絶対なのですからね」
「それ以外の種族はどうしているんだ? ランデュスは、竜の国。それはわかっているが、鎖国している訳でもなし、兵になりたいという者も居るんだろう」
「そういう者達は、街の詰所にでも居ますよ。城に上がるのは、滅多にいない。余程腕前が優れている者に限られます。そういう方は、兵というよりは師範代として取り立てて、兵の教育を任せる事もあります。ですが、
人に教える事に向かない人は、やはり街に居るでしょうね」
「そういう腕を持ちながら、取り立ててもらえない人も、なんとかしたいのだがな。そういう冷遇は、他所に人材を放出するだけだと思うぞ」
「しかし竜の国なのに、他の種族が大きい顔をする事は、良しとはされませんよ。先程も言った、誇りが傷つく。あ、今、厄介なものだと思いましたね。顔でわかりますよ。でも、誇りさえあれば、彼らは生き生きとして
いられるのです。そう馬鹿にした物ではありませんよ。私も、竜である事。それから、あなたに仕えている事を、誇りに思っていますから。ですから、もし他種族をどうにかしたいと思うのなら、もう少し別の手を考える必要が
ありますね」
 そこで、話は途切れた。練兵場から戻るために、ヤシュバは準備を始め、私は書類をいくつか整理する。
 ヤシュバが姿を消した頃だろうか。
「あ、あの。リュース様」
 声が掛けられて、私は纏めていた書類を持ったまま、顔を上げる。目の前に立っているのは、金の鱗を持つ竜だった。
「……ええと。確か、ドラス、だったな」
「名前を憶えて頂けたなんて、光栄です」
「たまたまだ」
 確か、ヤシュバの印をつけた竜の中にも、彼は入っていた。花丸が書いてあった気がする。他に花丸を貰った者が居ないので、ヤシュバが一番優れていると感じ取った相手なのだろう。軽くその姿を見てから、私はぷいと
視線を逸らす。上背は私よりあって、外周部の鱗の硬い部分は、美々しい金の鱗で覆われていた。口元から、下、身体を割る様に、比較的鱗の柔らかい部分は、金が薄まり、どちらかといえば白に近い様相を
呈している。頭部は鱗の装飾は控えめだが、代わりにヤシュバと同じ様に、角が左右に。しかしヤシュバより多く、二対ほど生えていた。背には、期待を裏切らぬ様に一対の金色の翼も生えている。見事な眺めだった。
 そういえば、いつだったかガーデルが機嫌が良さそうに零していた事を思い出す。新しく入った竜が、腕に見込みがあり、また美しい姿なのだと。それ以上その話を聞く気もなかったからその時は流したが、恐らくは
それが目の前のドラスなのだろう。瞳は澄んだ青色をしていて、不吉な青ではあるが、その身体の色合いと並べると、よく似合っている様な気がした。青だけでなく、緑の毛も交じっている私よりも、もっと澄んだ青だった。
「何か、用でもあるのか」
 なるたけドラスを見ずに、私は書類を確認する振りをした。ぱっと見ただけでも、整った容姿を持っているのがよくわかった。そんな姿を見せつけられるのは、残念だが私には拷問に等しい。その理屈で言えば、ヤシュバを
見つめる事も辛いのは確かなのだが、彼は私よりも勝っている事、彼に仕えているのだという事実が、私の嫉妬を掻き立てる事がないのだった。しかし、今目の前に居る相手は、そうではなかった。悪気がある訳では
ないのだから、私も極端に表情を嫌悪に染めたりはしないが、それでもじっと見つめる事はできそうにない。顔や態度に出てしまいそうだ。
「お忙しいところにこんな事を言うのは気が引けるのですが……稽古を、つけていただきたいのです」
「……何故、私に?」
「先程のヤシュバ様との戦い振りを、見ていました。俺も、リュース様の様にもっと強くなりたいのです」
「そう言う、という事は。お前の相手は他の者では務まらんか」
「あまり、大きな声では言えませんが」
 わからない話ではなかった。現に、ヤシュバの評価では一番なのだ。まだ新人にも関わらず、腕前は既に兵の中では抜きんでている。これは、金の卵なのかも知れなかった。普通は、兵になったとして、まず訓練に身体が
付いていかない事も多い。勿論入団をする前に体力は調べるが、それでも連日続く調練に、身体が、そして精神が耐えられるのかは、まったく別の話だった。ドラスは新兵であるというのに、その全てを難なく突破し、
果てはヤシュバから。それだけではなく、ガーデルからも見込まれている。その腕前に疑問を抱く余地は無さそうだった。残念な話だ。
「お前は、まだここに来て日が浅いのだったな。出身は?」
「出身は、ランデュスの北西。国境付近の、小さな名も無い農村です。ここにきて、四月は経ちました」
「そうか。お前の申し出、受け入れてやりたいのはやまやまなのだが……。すまないな、先程のヤシュバ様との事で、少しな。それに、これから私はヤシュバ様の熱を取らねばならん」
「熱を……」
 そこまで言いかけて、ドラスは目を見開いて、そわそわしはじめる。どうやら経験が無い様だった。
「他の兵とは、戦わんのか」
 戦うのなら、そういう経験は積んでいてもおかしくはない。兵同士の絆を深めるという意味でも、端的に言って、鍛えた身体で持て余した性欲を発散するのにも、身体を重ねる事は禁じられている訳ではなかった。ただ、
あまり表立って行う事は、流石に避けられている。だがそれも、私やヤシュバの様な重職となると、話は別だった。新しい筆頭魔剣士であるヤシュバとの関係を良好にするためにも、私が身体を差し出すのは、至極当然の
話だった。もっとも、私とヤシュバの関係は、そういう段階に達するよりももっと早く実ってもいたのだが。
「最初は。けれど、その……勝っても負けても、その……」
「ああ。なるほど」
 全てを理解して、もじもじしているドラスに、呆れた視線を向ける。ヤシュバ二号が現れた、という事なのだろう。
「気にするな。最初は、確かに気が引けるかも知れないが、そういう物だと割り切れ」
「で、ですが」
「だが、意外だな。お前ならば、相手に事欠く様な事もないだろう。自分の好みで、さっさと済ませてしまえば良い物を」
 若干、皮肉を交えて私はそれを口にしてしまう。そうすると、ドラスはあからさまに照れた様子まで見せて、翼も小さくしていた。そういう様子は、人によっては好ましいとも思うのかも知れない。生憎私としては、見場の
良い奴が清純そうにそういう様子を見せると殴り飛ばしたくなるだけだが。
 また、私は視線を逸らした。
「それに、お前は私に稽古をつけてほしいと言ったな。私との関係なら構わないというのか」
「それは」
 また、しどろもどろする。その反応で、私はちょっとこのドラスという男を気に入った。青い竜からの誘い。嫌がる奴は、嫌がる物で。ドラスの反応はそうではなくて、やっぱり身体を重ねるという事に対する遠慮が第一で
ある様だった。
「冗談だ。嫌がるのなら、私もしないし。それに私も先程言った通り余裕が無いからな」
 そう言うと、ドラスはほっとした様な表情を見せる。そういうところも、似ていると思った。今、ドラスの向こう側の部屋から出てきた、あの黒竜に。
「待たせたな、リュース」
 声が掛けられる、それで、ドラスははっとして振り向いた。
「や、ヤシュバ様……!」
 その声が詰まり、その瞳が輝く。なるほど、こいつもヤシュバ狙いか。とうのヤシュバは、どうしてこういう視線を先程から一身に受けているのに、気づいてやらないのだろうと私が疑問と腹立たしさを抱く程、やっぱり何も
気にせず私達の下へきて、それからドラスへ顔を向けた。
「ああ、ドラスじゃないか。さっきのお前の剣、中々良かったぞ。お前なら、きっと強くなれる。頑張ってくれ」
「は、はい!」
 突然に声を掛けられた事で、ドラスの声が上擦る。その瞳にはちょっと涙すら浮かんでいて、全身で、ヤシュバに対する敬愛を示していた。
「丁度いいかも知れませんね……。ヤシュバ様。今、このドラスと話をしていたのですが」
「ほう?」
「私に、稽古をつけてほしいと。しかし私は、あなたのせいで身体が思う様に動きません。ですから、あなたが相手をしてください」
「ええっ!?」
 頓狂な声が上がる。とうのヤシュバは、私の毒を孕んだ言葉にちょっと反省した様な顔をした以外は、特に表情に動きは見られなかった。
「ああ、そうか。ドラスも随分強いみたいだし、相手が必要なのだな。俺で良ければ、暇な時にするのは構わないが。ただ、あんまり暇がな」
「良いじゃないですか。それでも、身体は動くんですから。それに、あなたも事務仕事にばかり追われていては腕が鈍ってしまいますよ」
「そう言われると、そうだな。では、ドラス。機会があったら、俺とまた手合わせをしよう。その時まで、きちんと身体を鍛えて、そして身体を壊さない様にな」
 ヤシュバが、微笑みかける。ドラスは束の間、それに見惚れていた様だった。やがて我に返ると、何度も頷き、それから私とヤシュバ、それぞれに深く礼をしてから、ぎこちない仕草でその場を後にする。
「ああ、それで」
「よし。これで私の負担も減らせます。上手くやってくださいね」
「え?」
 私が、鋭くねめつける。ヤシュバが突然の事だとでも言いたげに、小さな悲鳴を上げた。
「おい。まさか本当に稽古をつけるだけでいいや、なんて思ったんじゃないでしょうね。怒りますよ?」
「え……あ、ああ。もしかして、夜の事か」
「なんのために私が、あなたにあんな上玉を譲ったと思っているんですか? 大概にしてくださいよ、まったく」
「リュースも、ああいうタイプは好みなのか?」
「そうですねぇ……。私の身体を、嫌な様には見ていませんでした。そういう意味では、嫌いではありませんよ。それに、経験も無さそうでしたし。ここに来た頃のあなたの様だ。そういう相手には、教えたくなってしまい
ますねぇ。色々と」
「やっぱり、お前エロいな」
「失礼な事を。それに、仕方がないではありませんか。私は今、そういう気分なんですから。そして、そういう気分にしたのはあなたでしょう?」
「俺は、そんなつもりは」
「そんなふざけた事を言うのなら、私にかかって来いだなんて、言うべきではありません。責任は取ってください」
「わかった。わかったよ、リュース。俺が悪かった。帰ろう。お前の部屋でいいかな?」
「ええ。お待ちしてますよ」
 練兵場を、後にする。私の機嫌が直ったと思ったのか、ヤシュバはたわい無い話を早速繰り広げる。私はちょっと後ろを向いた。駆け出して行った金竜の背中は、既にどこにも見当たらなかった。

 ずしりとした重みに、特注のベッドが悲鳴を上げた。体格に個体差があり、そうして翼の有無もあって、竜の重さというのはかなり個人差が出る。その上で、私の部屋に置かれる寝台は、最低でも二人分の竜の重さに
耐えられる物でなくてはならない。その条件を満たしているはずのそれは、しかし幾度目かの激しい軋みには、流石に平然とした顔をしていられなくなり、音を立てていた。
 黒の翼が、広がっていた。灯りを消した部屋で光源となるのは、窓から差し染めている、まもなく没しようという夕陽の光だけだった。その光に照らされた翼は、光沢を見せ、その持ち主の僅かな身体の身動ぎに
反応しては艶めかしく揺らめいて、夕陽の中で何か別の生き物の様に蠢いている。窮屈だし肩が凝ると、その翼の持ち主は事あるごとに愚痴を零していた。一層、無ければいいのにと。しかし私は、そうは
思わなかった。翼の持ち主が、身体を屈め手を伸ばす。私の顔の横に腕を立てる。そうすると、伸ばした腕の方の翼までもが、妖しく揺れながら、私を包む様に伸びるのだ。最初は腕よりも後ろで、緩慢な動作をしていた
それは、腕が立てられると更に前へと進み、やがて夕陽に照らされていた私の身体を、光から隠そうとするかの様に包む。無意識なのだと、ヤシュバは言う。抱き締める時、組み敷いた時。黒の翼は持ち主の意思に
寄らずに、私を包もうとする。相手を独占したいという気持ちの表れが翼によって示されると、以前何かの本で読んだ気がする。本当なのかは、わからない。私には、こんな風に便利に使える翼が無いのだから、
わかりようもないのだった。
 翼が、引かれる。私が指摘してからだった。正気に戻ったヤシュバが、無意識に行っていたそれに気づいたのだろう。一度は遮られた光が、また私を朱く、しかし青く照らす。戻ってきた眩しさに、私は束の間目を
細めた。それでも、閉じはしない。翼が退いた事で、私だけでなく、ヤシュバの姿も明るみに出るのだった。私を組み敷く、雄渾な竜の身体。鍛えている訳ではないのに、その体格は私よりも、三割増しはあるの
だろうか。私は決して背が低い訳ではないし、筋肉がついていない訳でもなかった。ただどちらかというと、しなやかな、という表現がしっくりくる様な体型で。ヤシュバはそれとは対照的に、全身の筋肉がよくよく
発達していた。打ち合いの時の馬鹿力は、これに依るところが大きいのだろう。汗が、その身体を伝う。鱗の間から生じるそれは、重力に従い鱗の上を走る。でこぼこしたその上を走る度に、滴が大きくなり、小さくなり。
その度にぽたりと垂れ落ちてしまう惨事をどうにか回避しながら、黒い竜の胸を伝い、腹を伝い、そうして私と繋がっている部分の暗闇へと消えてゆく。私が足を広げ、その腿を割る様にヤシュバが身体を進ませて
ぴたりとくっつけているその暗闇の中では、ヤシュバの興奮しきった雄が私の肛門に突き立てられ、そうして押し出される様に、私の雄も日頃収まっている割れ目から外へと。暗闇から飛び出して、今ヤシュバの翼が
退けられた事で陽光を浴びて、黒くグロテスクな表情を私達の前に曝け出していた。尖った竜のペニスはびくびくと震え、先端からは透明な液体が止め処なく溢れていた。それも、仕方がなかった。熱の籠り切った私は、
ヤシュバと別れてから部屋に戻ると、書類を適当に投げ捨ててはそのまま準備をして、あとはただヤシュバが扉を叩く事だけを一心に待っていたのだから。ようやくヤシュバが部屋に来たのは、私の準備が整ってから、
更に一刻程で、扉が叩かれた時、私は弾かれた様に立ち上がり、扉の外にヤシュバ以外が居ない事を確認すると勢い良く扉を開けては、あまりに性急な事に戸惑う表情のヤシュバの様子にも構わずにその腕を引き
部屋に招き入れると、いつもの冷ややかな言葉を浴びせかける事も忘れてその身体に抱き付いたのだった。ヤシュバが決して逃れられぬ様に、上半身は裸で。それでもぎりぎりのところで理性が働き、全裸で迎える事は
避けて。あまりにも浅ましい私の姿を見て、最初ヤシュバは戸惑いの色をどうしても隠せずにいたが、私が懇願するとそれ以上は何も言わずに、黙って私をベッドへ押し倒し、自らの服を脱ぎ捨て、そして私の服も
乱暴に取り払うと慣らしもせずに、しかし私は待ち焦がれていたが故に散々指で弄り倒していた私の肛門に、そのペニスを突き立てたのだった。私は歓喜の声を上げ、ヤシュバは苦痛とも、快楽ともわからぬ呻きを
上げる。そうして、しばらくはお互いに呻きと喚きを繰り返しながら、ただ腰を振っていた。快楽に浮かされた私が自分を取り戻したのは、さらに一刻近く交わった、丁度今であり、射精に至ってはいないが、充分な快感を
得た事で、自分がどんな格好でヤシュバに犯されているのかを、ようやく確認する余裕が生まれてきていた。直接的に激しい快感を得て、さっさと射精する。最近のヤシュバはようやくそれから抜け出して、こうして身体を
重ねる事を楽しめる様になってきた。私もそれは大いに楽しんでいるが、如何せん体力差が激しく、少し辛い。
「……どうか、されましたか。ヤシュバ様」
 息を荒らげて私は声を掛ける。ベッドに腕を立てたまま、私の中で、私を貪るヤシュバ。それはいつもと変わらなかった。それでも、腰の動きがいつの間にか止まっていて今は何か難しい顔をしている。私が声を掛ける事で、
思案に耽っていた瞳に光が宿り、それは私を映す。
「ああ、すまない」
「考え事、ですか。こんな時に」
 私が露骨に不機嫌な声を出すと、ヤシュバが申し訳なさそうにまた謝ってくる。
「初めてですね。まだ一度も射精していないのに、あなたがそうやって普段の様子に戻ってしまうのは。いつもは、二回か三回は吐き出さないと、そういう風にはなられないのに。何か気になる事でも?」
「いや、そうじゃない。ただ、ぼーっとしてしまっただけだ」
 嘘。とてもわかりやすい、嘘だった。その証拠に、今私の中にあるヤシュバのそれは、いまだ硬さを失ってはいない。こんな状態で、特に気になる事もなく、それも交わっている時に呆けていられる方がどうかしていた。私は
それを認めて、口角を吊り上げる。
「そうですか。では、私の身体に飽きてしまわれたと、そういう事なのですね」
 ヤシュバが、目を見開く。返事を聞く必要は無かった。ヤシュバの態度で、全てはわかりやすい程によくわかるのだった。
「それも仕方がないかも知れません。あなたとする様になってから、もう結構な数に上りますし。あなたのがとても大きいから、最初は経験が浅くて狭かった私のケツ穴ももうガバガバでしょうしね。ああ、そうだ。締まりが
足りなくて、気持ち良くないのなら、私の首でも絞めてみてはいかがでしょうか? 結構、そうすると締まりが良くなるそうですよ。私の事は」
「いい加減にしろ、リュース」
 咎める様に飛ぶヤシュバの叱責。ちょっと、怒っている様だ。私は思わず笑い声を上げてしまう。
「からかうな」
「ははは。あなたが悪いのですよ。人を組み敷いて、犯しているのに、考え事なんてしているから」
「お前に飽きた訳じゃない」
「わかっていますよ。あなたのそれ、ずっと硬いままですから。気持ち良くない、興奮しない。そういう訳ではない事ぐらいはわかっています」
 言いながら、ちょっと力を籠めると、ヤシュバは身体を震わせて吐息を零した。私の中にあるヤシュバのペニスも敏感に震えて、私がヤシュバに施した快感が、巡り巡って私の身体へと返される。私は声を上げながら、
愛おしさに突き上げられてその竜を見つめた。目を細めて、荒く息を吐きながら私を味わうその男が、今は堪らなく愛おしく感じられる。
「冗談ばかり言うな。俺は、そういうのは嫌いだ」
「残念ですね。でも、半分くらいは冗談ではなくて、本気ですよ。他の事に現を抜かしそうになるのなら、もっと乱暴に私を扱って刺激を得ても良いのですよ。勿論、これでもね」
 手を上げて、私は自らの首へとそれを導く。一瞬、ヤシュバは本気で怒った様だった。それでも、こうなる原因を作ったのは自分なのだからと自制をしたのか、何も言わずに居る。
「何を、考えていらしたのですか」
「……」
「私などには、言えない事でしたか。申し訳ございませんでした」
「そう、じゃない……」
 くすくすと、私は笑ってしまう。こういう言い方には本当によく食いつく人だった。
「私にも、話せそうですか。それとも、これ以上は聞かない方が、よろしいでしょうか」
「いや。お前に話そうか、迷っていたところだ」
「そうでしたか。それで、どうします? 一度休憩しますか?」
 私の提案にヤシュバは少し苦々しい顔を作る。それで、また笑ってしまった。考え事をしていて行為に集中できない癖に、それを中断しようと提案すると、名残惜し気な顔をする。欲張りな竜の本性が、その魅力を
損なわない程度に溢れているのがヤシュバだった。笑いながら、私は身体を起こそうとする。それを察して、ヤシュバが腰を引く。ずるずると、私の中にあった本人の性格には不釣り合いで、しかし体格には
釣り合っている、今しがたまで尊大に私の中を蹂躙していたそれが引きずり出される。
「ああ、でも。本当に穴が広がってしまいましたねぇ。あなたに抱かれるまで、私はほとんど経験が無かったのに。私の身体をこんなに汚してしまって」
 収まっていた物が抜かれても、私の穴はまだそれを求めるかの様にひくついていて、ヤシュバがそれを見て息を呑むのがわかった。私は起こした身体をヤシュバに寄せて、その口に口を重ねる。
 口付けのやり方は、教えた。しかしヤシュバの反応は、僅かに遅れる。これは本人の性格のせいなのだろう。私はそれを弄びながら、手を伸ばして、ヤシュバのいまだ射精していないペニスを弄る。竜のそれとしても、
やはり規格外のそれは、ヤシュバの体格に合わせたのだろうか。やはり私よりも大きく。私が弄ると、ヤシュバの鼻息が荒くなる。
「欲張りな人。どちらかなんて、決められやしない」
 口を離して私がそう言うと、ヤシュバは不服そうに私を見ている。私は笑いかけると、その身体を押して、ヤシュバを仰向けに寝かせ、その身体の上に跨りヤシュバの怒張しきったペニスを掴むと、再びそれを自らの体内へと
導く。一度穴にさえ入れば、残りはずるりと、あっという間に入り切る。私は身体を駆け抜ける快感に、しばらく口を開け、涎を垂らした。
「こういう体勢は、初めてですねぇ。あなたはいつも、私を抱くと、あとはただ一方的に犯して出すだけですものね。まあ、その方が好きなんですけどね? あなたの性欲処理に、ただ使われているっていう実感があって」
「リュース……うっ……」
「こうやって、予期しない刺激に苛まれるのも、悪くないでしょう? 私も……自分の良い所に、あなたのを当てられますしね」
 腰を上げ、下ろす。その度に角度をつけて、ヤシュバを受け入れる。激しさは無かったが、代わりに今までに感じた事の無い様な快楽の波が押し寄せて、柄にもなく私は喘いでしまう。いつもは、どれほどヤシュバが腰を
振っても、ヤシュバを煽ったり、優しく褒めてやったり、その背を摩ってやったりする事の方が多かった。その抱かれ方は嫌ではないし、気に入ってはいるのだが。
「さてと。どこまで話しましたっけ。ああ……んぅっ、あなたの……考え事でしたね……あぁっ。それで、どう……なんですかっ。何に、お悩み、なんですか」
「リュース、話は、後で……」
「駄目ですよ。あなたが、どちらもしたいってそんな顔をしたのですから。さあ、言ってください。まあ、言わないなら言わないで、このまま……私の中でイかせてさしあげるだけですが」
 笑いながら、私は腰を振る。自分で始めておいてなんだが、結構しんどい。大体、まともに言葉を口にする事が辛いのに、きちんとした受け答えなんてする余裕があるはずもないのだった。
 しかしそれはヤシュバも同じで、自分が仰向けになる事で翼が押し潰されて、ちょっと痛いのだとか。そういう事を気にする余裕が無いまま、私の動きに喘がされ、やはり切れ切れの言葉を返してくる。
「自分の……兵を見て、思ったんだ……彼らは、いつか……うっくぅぅ……戦場に、行くのだろうか……」
 そこで私は腰の動きを止める。ヤシュバが喘ぎながら懸命に言葉を口にする姿は、愛おしいくて、もっと虐めてやりたくもなるが。流石に私もそれ以上腰を振ったまま話はできそうになかった。
 それでも、私の中に埋められたそれは、びくびくと震えている。外に出たまま主張を繰り返している私自身も、それは同じだった。
「当然でしょう? そのための、兵なのですから」
「……俺も、いつか……そうなるのだろうか」
「さて、それはどうでしょうかね。あなたは確かに、現時点では最強の筆頭魔剣士です。でも、直接戦地に赴いても、最前線で戦うかというと、また別ですね。司令官ですから」
「誰かが、死ぬ事もあるのだろうな」
「勿論。命を奪いに行くのですから、奪われる事もあるのでしょう。それが、あなたの悩みなのですか」
「こんな事を言うと、またお前を呆れさせてしまうし、困らせてしまうと思ったから、言うかどうか迷っていたのだが……。俺は、誰かを殺す事が、怖い」
 怖い。ぽつりと零されたそれは、ヤシュバの体躯を見た者が聞いたら、耳を疑う言葉かも知れなかった。
「死ぬのが、怖いのですか」
「いや。誰かを殺すのが、怖い」
 わかっていながら私は質問をした。そして、返答は変わらず。私はゆっくりと身体を動かし、少し体勢を楽な様にする。
「そうですか。他人を殺めるのが恐ろしいと」
「言おうとして、ずっと言えなかった。お前が、がっかりするだろうと思って」
「そんな訳、ないでしょう」
 私の嘘は、ヤシュバに見破らないだろうか。束の間気になった。人を殺すのが、怖い。それは極普通の感情だった。しかしそれを口にしているのが、筆頭魔剣士となると、話は別だった。今ヤシュバに羨望の眼差しを
向けている兵達ですら、失望しかねない。戦嫌いの筆頭。そんな物は、誰も求めてはいないだろう。
「調練をして……剣を持って、お前達と戦って、よくわかった。腕を競うのは、好きだ。腕を磨くのも、好きだ。でも、俺は、それだけの男みたいだ」
「しかしあなたの剣は、お遊戯のそれとは比べ物になりません。だから私も、避けきれなかった」
 そっと、胸に手を当てる。既に傷はほとんどふさがり、そこに傷ができていたのだという事がわかる程度の物だった。痛みも、感じない。それでも手を当てると、あの日の痛みは鮮明に甦った。あの時の一撃が、私の
ヤシュバに対する態度を決定的な物にし、また私の心を奪ったのだと今にして思う。
「リュース。お前に、こんな事を言っても、仕方がないのかも知れない……でも……俺は、どうしたらいいんだ?」
「困りましたね……。立場から考えれば、乗り越えてください。そう言うしかない。けれど、怖いというあなたの意見が、わからぬ訳ではない。戦場に赴いて、何人も屠った私からすれば、適当な事を言ってあげる事は
できないし、口にしても説得力に欠けるのでしょうね」
「お前は。初めて誰かを殺した時、何を考えていたんだ?」
「ああ、よかった」
「……たった、それだけなのか?」
 ヤシュバが、表情を曇らせる。それは一層咎める様でもあって、私はそれを、微笑んで迎え入れた。
「殺す前は、もっと悩みました。でも、案外とあっさり殺す事ができた。戦場に居ると、そういう物です。安全なところに戻って、初めて自分が何をしたのかを人は悟ります。そうなってから、思い悩み、戦えなくなった者も
居ました。私は、そうはなりませんでした。私は、竜神様に恩返しをするために躍起になっていましたから。まずは一つ、竜神様の望む事ができた。たったそれだけです。私には、私の望みがありましたから。ヤシュバ様。
あなたは、あなたの望みを叶えたいのでしょう。そのために、今、筆頭魔剣士としてここに居る。私を下して、私を抱いている。今までそうやってきた事と、何も変わりありません。私からすれば、ね。でも、あなたからすると、
やっぱり違うのでしょう。だからあなたは今、思い悩んでいる。私からは、これ以上は何も言えません。ですが、一つだけ。求める者は、邪魔をする者を切り倒す覚悟が、いつだって必要になるのですよ。誰かの幸せが、
誰かの不孝になるなんて、今更説明するまでもない。どこの世界も、そんなに都合良くはできていません。席が一つだったら、奪い合うは必定。時に人はそれを、厭います。何故、こうなのかと。考えるだけ、無駄な事だと、
私は思いますがね。それが、生きるという事なのですから。そうして私達は、生きているのだから。死んだ者には、決してできやしない事ですよ。あなたはその事も、よく知っているでしょうに」
 私の事を、ヤシュバがずっと見ていた。私の言葉を聞き逃すまいとするかの様に、何も言わない。私もまた、言い終えても、冷ややかにそれを見下ろしていた。言える事は言った。あとは、ヤシュバがどう思うか、
どうするのか。それだけだった。その結果でヤシュバが私の目の前から去る様な事があっても、それは仕方がない事だと言える。私は私の望みを叶えるために、ヤシュバに賭けている。
 賭けが、外れた。そう思うしかなかった。
「お前の意見は、よくわかった」
「お役に立てましたか?」
「話して、良かった。そう思った。きっと、お前は俺に失望しただろう。それでも、きちんと言ってくれたな」
「当然です。あなたは、筆頭魔剣士で、私はその補佐なのですから。そして私は、あなたの事を気に入っています。どれ程甘ちゃんで、手が掛かろうとね。あなたが筆頭魔剣士を投げ出すまでは。竜神様が、あなたが居る事を
良しとしているのならば。私はあなたの問いには、いつでも答えますよ」
「ありがとう。よく、考えてみるよ」
「それは、良かった。では続きをしましょうか」
 いきなり、私は腰を上げ、そして落とす。不意打ちに、ヤシュバが声を上げた。私は笑い声を上げる。
「ああ、やっと話が終わった。ずっと我慢していたんです。長かったなぁ」
「……やっぱり、お前に言うべきではなかったかな」
「何言ってるんですか。あなたのだって、ずっと私の中で、硬いままじゃないですか。ちっとも萎えてない癖に。ほら、さっさと出してしまいなさい。私も、もう我慢できません」
 勢い良く、私は腰を振った。私の良い所にヤシュバのペニスが当たり、忘れていた快感が甦る。今は、この快感に身を任せていたかった。先程まで自分が口にした事を、今は忘れてしまいたかった。そうした私の様子を
察したのか、それとも自身の昂りをどうにかしようという気にようやくなったのか。ヤシュバは私の腰を掴み、揺さぶり始める。
「ヤシュ……ああぁっ」
「確か、ここが良かったんだな?」
 先程までの私の様子を憶えていたのか、ヤシュバが執拗にペニスを私の腸壁に擦り付けてくる。私は突然の事に、がくがくと身体を震わせて、声を上げた。
「ふっ……グゥゥ……。ヤシュバ様、あっ。そんな事は、しなくて、いいんですよ」
「どうしてだ。お前だって、気持ち良くなりたいんだろう」
 にやりと笑って、ヤシュバが腰を打ち付ける。リズミカルに繰り出されるそれは、既に充分過ぎる程に濡れて、緩くなった穴に入る度に嫌らしい音を立てる。
「私はっ……あなたが良くなってくれれば、それで……」
「お前のそんな顔、滅多に見ないな。いつも、俺がどうしているか見ようとしてばかりいるのに」
「当たり前、です……あなたが気持ち良くなるのが、最善、なのですから」
「今だけでいい。リュース。素直になってくれ」
 腰をくねらせ、ヤシュバが執拗に私の敏感な部分を突いてくる。私は耐えきれなくなって、声を上げる。そのために自然と開いた口から涎が落ちて、ヤシュバの黒の鱗を汚した。涎と同じく、私のペニスの先端からも、
だらだらと透明な液体が流れて、やはりヤシュバを汚していた。ヤシュバはそれに気づくと、手を伸ばして大きな手で私自身を掴む。そうして小刻みに揺さぶられると、叫び声を上げたくなる様な快感が私を貫いた。
「ああぁぁぁあぁ!! ヤシュバ様あぁっ!!」
 驚いた様に、ヤシュバが目を見開く。ああ、そんな風に見つめてほしくなかった。それでも私は、声を上げる事を止められず、そのまま絶頂に押し上げられた。溜まりに溜まったまま、更に中断までされて我慢の限界を
超えていた私のペニスは一際大きく、硬くなり、その先端から勢い良く精液が飛び出した。
「うおっ」
 怯んだ様な声が聞こえる。射精の瞬間までヤシュバが私を扱いていたが故に、予想以上に精液が飛び、ヤシュバの顔にも掛かっていた。黒竜の身体が、白く汚れてゆく。私は涙を流しながら、更に残りを吐きだそうと
するかの様に力を入れ、そうする事で私の中のヤシュバも痛い程に締め付ける。ヤシュバが呻いて、更に腰の動きを激しくした。
「リュース……ぐっ、ううぅぅ!!」
 私の中に叩きつけられる。叩きつけた物から、更に飛び出した物が、私の中へと広がる。私は恍惚とした表情で、ヤシュバの射精を受け入れた。私自身も、既に何も出ないというのに、ヤシュバの動きに合わせる様に
しゃくりあげていた。腹の中が満たされる心地に、私は僅かに呻く。既に充分な大きさのヤシュバのペニスを呑み込んでいるのだ。そこから更に精液が注がれて中に出されているのだから、更に強い圧迫感を覚えるのは
当然だった。私はだらしがなく舌を垂らし、いつも装っている冷静さもかなぐり捨てて、今私の中に種汁を吐き出している黒竜を愛おしそうに見つめていた。ヤシュバはというと、私の精液が顔に飛んだのもあって、目を閉じて、
口を開け、犬の様に息をしていた。
 しばらくそうしてから、私はそれでもなるたけ早く腰を上げて、肉の杭を引き抜く。抜いたと同時に、開き切った穴から外に出ようとしたヤシュバの精液が零れ落ちる。
「ああ、こんなに……」
 流れ出たそれは、そのままたった今自分が通ってきたヤシュバのペニスの上に垂れ落ちる。私は舌なめずりをして、一度下がるとそれへ顔を埋めた。ヤシュバが呻き声を上げるのを気にせずに、そのペニスに纏わりつく
精液を舐めたり、ペニスを咥えて綺麗にする。それを終えると、今度は私が遠慮会釈なく吐き出して汚した、ヤシュバの身体を清める。精液を啜り、飲み込む。その繰り返しだった。自分のも、ヤシュバのも、頓着せずに
私は腹へ収める。徐々に上がってゆき、ヤシュバの顔へ。顔に飛んだ分を丁寧に舐めとると、ヤシュバが私に口を合わせて舌を伸ばしてくる。私はちょっと迷ったが、そのまま口内にあった精液を、ヤシュバへと
口移しする。ヤシュバは少しの間を置いて、それを呑み込んだ。
「不味いな。こんな物、よく平気で飲み込めるなお前は」
「あなたの出した物ですから。自分のは、ちょっと気になりますけど。でも、言ったでしょう? 相手と交わる事で、強くなろうとするって。あなたの精を、無駄にする訳がないでしょう」
「実際、強くなるのか」
「意地悪ですね。今日の結果を見て、効果があると思えるんですか。あなたに今まで、散々種を付けられていたというのに。ただの、建前ですよ」
 身を引いて、お互いにようやく一回戦が終わった事に溜め息を吐く。途中で邪魔が入ったので、随分長い一回戦だった。その分、精液も大量に吐き出されたので、それほど悪い気分ではないのだが。しかしやはり、
身体を重ねている時に必要以上の会話をするのは、避けたい物だった。あれ以上続いていたら、少なくとも私は萎えていただろう。
 身体を、ヤシュバが起こした。その下半身にそびえたっている物は、未だに硬さを失わず、もっと刺激を寄こせと強請る様に主張を繰り返していた。ヤシュバがどれ程言い訳をしても、その性欲の強さは留まるところを
知らぬかの様だった。それは、私も同じなのだが。たった今、まるで死にそうな声を上げていたのに、もうそれの虜になっている自分に気づいていた。
「ドラスの事も、これくらい仕込んでほしいものですね」
「なんだ、突然」
「あなたとこうするのは好きですけれど、やはり身体が持ちませんのでね。あれは私と違って、綺麗な身体ですよ。外だけではなく中身もね。だから、あなたが慣れぬ相手を仕込む良い練習にもなるでしょうよ。考えて
みれば、あなたは私しか抱いていないのだから。そういうところは実践できていないのですからね」
「今は、他の話はしなくていい」
「その切っ掛けを作ったのは、あなたでしょう」
 腕が、引かれた。そのまま、私の身体がベッドの上に投げ出され、その上にヤシュバが圧し掛かる。
「今のは、良かった。でも、やっぱり俺は、お前をこうして組み敷いている方が好きだ」
「私も、同意見ですよ。気持ち良くて、つい我を忘れてしまって。もっと独り善がりに抱いてくれた方が、気分的には嬉しいですね」
 ヤシュバが、再び腰を動かす。荒々しくはない。先程の様に私を追い立てるやり方。私は一度だけ、にこりと微笑んだ。今夜はいつもの様に、笑っている余裕は無さそうだった。

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